あれから随分と時間が経った。
 もう、それがいつのことだったのか思い出せないくらい。
 けれど彼女との間にあったことだけは記憶の中で鮮烈に残っていて、今でもたまに歌に乗せて思い起こす。

 約束を適当なメロディで連ねた、へんてこな歌。
 適当だったはずなのにこびりつく、懐かしい歌。

 日付も曖昧だったから命日なんて覚えてもいないけれど、ふと思い立った時には墓参りもしていた。

 あの町は、今はもう地図から消えてしまったらしい。


 時代とともに楽器の種類も変わったものの、しっくりくるものが手に入った。
 自分で思うのも何だが、あの時よりずっとずっと練習して、楽器の扱いも上手くなったと思う。

 有名にだって、なったつもりだ。
 ベーシストというポジションだから派手ではないけれど、それなりに『皆に認められている』。
 まだまだもっと足りないのなら、更に頑張るだけだ。


 でも。


 キミがその耳で聞いててくれないなんて、どうやって約束を守ったことになるのか、僕には未だにわからない。

 どうか、どこででもいいから聞いててよ。


 それで、ヒヒヒって笑ってよ。
 お願いだから。






 −┼―――−- last promise _13 -−―――┼− 







「スマイル、出かけるのか?」

 スマイルの服装を見るなりユーリがそう尋ねる。
 動きやすそうな恰好に、少しばかりの荷物。それから、ギター。
 普段とは違う出で立ちだからすぐに気づかれてしまった。

「そうだよ。久しぶりにまとまった休暇が取れたことだし、ちょっと行きたい場所があるんだ」
「ギターまで持ってか。そのままふらっと居なくなったりしないだろうな?お前の放浪癖は治ったというわけでもないだろう」
「ヒッヒッヒ、安心してよ。用が済んだらすぐに戻ってくるから」

 そのまま城のリビングを出て扉を閉める、その前に少し付け加える。

「ああ、でも随分奥まった所に行くから時間だけはかかるかもね」
 というのも、スマイルは徒歩で目的地まで行くつもりだった。
 勿論途中まで何か公共の乗り物で行くことは出来るのだが、久しぶりに自分の足で旅を味わいたかったのだ。
 どうせ近くまで行けたところで目的地そのものには乗り物は入れない。
 それほどの奥地だった。

「…予定の日時までには戻るように」
「うん。あ、アッス君にも伝えといて」
「わかった」

 じゃあ、と片手を上げて、扉を閉めた。
 重厚な音がする。


 ユーリの城はメルヘン王国内でも最北に位置する。
 スマイルの目的地までは……少し、遠い。



 ***



「一人旅なんて久しぶりだなぁ」
 呟きながら、てくてくと歩く。
 ユーリの城は森に囲まれているから、慣れないと迷いやすい。
 普段通っているからスマイルにとっては何ということはなかったが。

「さてと。……前から随分と間が開いたから、きっと首を長くして待ってるよねぇ」
 少女の顔を思い浮かべて、ヒヒヒと笑いつつ森を進んだ。


 やがて間もなく森から出て、合間合間に町や村へ立ち寄りながら、休憩を挟んで旅を楽しむ。
 メルヘン王国領内ながらも人間の数はそこそこ。
 あの時からは考えられないことだ。
 人間と妖怪が打ち解けるまでには随分と時間がかかったが、今では同胞と同じくらいに仲良く話すことが出来るまでになった。
 得体が知れないというだけで戦争紛いのことまで起きた当時とは全く違う。


 ――もしも、彼女が今生まれていたら。

 ほんの少しだけ想像しかけて、やめた。
 それはとても虚しくて悲しいような気がしたからだ。


 夜になって、近くの町で宿をとる。
 道すがらサインや握手を求められ続けてちょっとだけ疲れていた。
 ある程度発達していて人間の町とさほど変わらない場所だと、テレビなんかも普通に見られるから、正体がバレる事の方が多い。
 これは対策を練るべきだろうか。

 ここまできても透明化して進むという案が無い辺りがスマイルだった。


 結局、翌日帽子を買って目深に被り、人目のある場所ではやり過ごすことにした。
 全身を隠していたあの時より随分ましだ。


 いくつもの町や村を通り過ぎ、緑の美しい森へ差し掛かる。
 遠くから見ても分かるくらいの巨木が森の奥に聳えていた。
 目的地はそこだ。

 旅に適した恰好をしているとはいえ、野宿の準備はなかったから、手前の村で夜を明かす。
 そして万全を期して森へ突入した。

 木々は緑に輝いて、動物は活き活きとして、本当に美しい森だった。
 時折見える川はどこまでも澄んでいて、水晶のようだ。

 帽子を取って、木漏れ日を全身に受ける。
 深呼吸。体に染みるような気さえする、透明な空気だ。

 この森一番の大樹を目指す。
 森に住む妖精や精霊と挨拶を交わし、道の確認をとる。
 スマイルよりも長命な種族も普通に存在するので、昔話なんかも織り交ぜて。

 歩く。ひたすら、歩く。


 ――くるくるくーる、ぱらりんとん。
    てをつなげば、どこにでも。

 背負っていたギターを取り出して、歩きながら歌う。
 ともすればスキップでもしてしまいそうになりながら。

 ――くるくるくーる、ぱらりんとん。
    ただいまにはー、おかえりなさーい。

 茂みの向こうから動物がちらちらとこちらの様子を窺ってくる。
 どうせだから、ハーメルンの笛吹きみたいに皆ついてくればいい。

 ――くるくるくーる、ぱらりんとん。
    細い糸を使ってさ
    誰より上手くなるのさ
    きっといつか、出来るはず。

 楽しそうな雰囲気が伝わるのか、本当に動物を引き連れ、大樹を目指す。

 ――くるくるくーる、ぱらりんとん。
    うそはだーめ、ほんとのことだけ。

 直前の村で買ってきた弁当を広げて、途中でランチタイム。
 量は多めだったから、物欲しそうな動物にちょっとだけおすそ分け。

 ――くるくるくーる、ぱらりんとん。

 昼食を終えてからもしばらく歩いて、歩いて。
 たまに見かける空色の花を摘んで、集めて。
 そうして、開けた場所に出る。

 目指していた大樹が、目の前に在った。

 ――細い弦を使ってさ
    誰より上手くなるのさ
    みんなみんなに認められれば
    それが約束の証。


 ざわり、大樹の葉が風にざわめく。
 その根本には―――古ぼけた十字架。
 最後に新しく取り替えたのはいつだったろうか。

 スマイルはにーっと笑って、十字架のもとへ駆け出す。
 動物たちは手前の茂みに隠れたまま、その様子を窺っていた。


「キカ。キカのおかーさん。久しぶり」
 道々摘んできていた空色の花を墓に供えて、挨拶。
 その花は、キカが着ていた服の色に似ていた。

「約束通り、楽器の練習したよ。上手くなったって自信もある。色んな人から認められて褒められたりもする。キカもどこかで聞いてくれてるかなぁ」

 勿論返事など無いが、まるで人がいるかのように呼びかける。
 傍から聞いていれば誰かと話をしているのと間違いそうなほどだった。

「キカとの約束、忘れてないよ。そりゃ、忙しかったら頭の中からすっぽ抜けちゃう日だってあるけど。僕はキミと約束できる相手だからね」

 墓の前ですとんと座り、報告したかったことを話す。
 長いこと来なかったから、話題は尽きそうになかった。

 音楽のこと、バンドのこと、音楽仲間のこと、今でも時々約束の詰まった歌を歌うこと、こないだそれが聞かれたこと、――今が楽しいこと。

 最近作った一曲を披露して、それからここに来るまで歌っていた約束の歌も歌った。
 墓の前に居るのはたった一人なのに、まるで小さなコンサート会場のようだった。
 木々も、まるで嬉しがっているかのようにざわざわとざわめく。

 最後に、ご清聴ありがとうございます!と締めくくって、ヒヒヒと笑う。


 日はほんの少し傾いていた。
 スマイルは立ち上がってギターを背負い、「ちょっと待っててね」と言い置いて森へ入り直す。
 手頃な枝を2本拾い上げ、荷物の中に入れてあった小さなノコギリで長さを整えた。

 そうして戻ってくると、再び荷物に手を突っ込んで頑丈な紐を探り当て、枝を十字架の形に結んだ。
 墓にさしてあった古い十字架を抜き去り、新しいものにつけかえる。
 最初の頃結んであった白い布は既にボロボロになって以前捨ててしまったから、今回持ってきた新しいものを巻きつけてきゅっと結ぶ。
 ここに来るまでに立ち寄った町で、良さそうなものを見繕って買っていた。

「これでよしっと」
 ぽん、と誰かの肩をたたくように十字架に触れて、笑う。


 空を見上げる。
 懐かしい、在りし日を思い出して、目を細めた。

 ここに墓を作って以降、自分は人間を信じられなくなった。
 誰も彼もがあの町の住人と同じように思えて、疑うようになった。
 それまで培ってきた価値観をひっくり返されるくらいには、酷いことがあったから。

 それでも落ち着いた頃に旅を再開したのは、本当に人間全てが醜いものなのかを心の何処かで確かめたかったからかもしれない。
 見るもの全てを否定するつもりで旅を再び始めて、やはり人間は汚いところの方が多くて、その頃からか初対面の相手には本心を疑り深く探るような癖がついた。
 腹の底では何を思っているのか、この人間はどういうつもりで寄ってきたのか。
 実際、見返りを望んでいるような人間も多かったし、その方が安心もできた。
 善意で寄り添ってくる相手ほど油断ならないものはないと、本心から思ったし、それは今でも思っている。

 それでも。
 絶望させたのも人間なら、希望をもたらしたのもまた人間だった。

 疑いながら、恐れながら、それでも近づいてみれば、心から打ち解けられるような相手も居たからだ。
 妖怪と人間の衝突を本気で止めようと、――それこそ本人には返ってくるものなど無いも同然なのに、全力で動いてくれた人間もいた。
 実際に会ったこともある。
 曰く――お互い勘違いしたままなんて勿体無いじゃないか、と。

 あれが善意でないのなら一体何なのだろう。

 人間の善意がひどく恐ろしかったあの当時、彼だけは応援したかった。
 今の世界があるのも、彼のおかげなのだろう。
 事実、自分が人間のことを思い直したのもその成果のひとつだったのだから。


 いつだったか墓前でキカにも報告したことがある。
 ――もう、妖怪と人間が種族のことで争うことはなくなったよ、と。

 もっと詳しいことも話したかったけれど、それがもっと早ければと思うと、自然と閉口してしまった。
 彼女は妖怪ではなかったし、迫害されるような性質の人間でもなかった。
 けれどやっぱり、人間と妖怪の種族間に起きた衝突が原因なのには違いなかったから。



 頭上でカラスが鳴く声がした。
 それでふと我に返る。

「…いっけない、これじゃ日が暮れちゃうよ」
 空が染まりかけているのに気付いて、慌てて帰り支度を始める。
 とはいっても荷物を持って、ギターを背負い直せば終わりだけれど。

 立ち上がって、もう一度墓を見る。

「じゃあ、またいつか」

 手を振って、別れを告げた。



  *



 案の定森を出て町についた頃には夜で、何とか宿をとってベッドの上に寝そべる。
 もう少し遅れていれば閉まっていたところだった。

「あー…今日もよく歩いた」

 アッシュが居れば叱られてしまうが、今は一人きり。
 道中買った揚げ菓子を寝転んだままぽりぽり食べる。

 やっぱりたまには悪くない。


 たまの不摂生は健康にいいとか、そういう話があればいいのにね。なんてどうでもいいことで笑うのである。



 ***



 それからはまっすぐに城へ帰るだけだった。
 勿論道中を楽しんではいたけれど。

 城に到着してただいまを告げるのもそこそこに(ユーリから返事が聞こえたから大丈夫だろう)、城の裏にある小高い丘へ走った。

 時刻は夜。
 登ってきた月を見て、やはりここは墓があるあの場所と似ていると思った。
 どこがと言われれば分からないけれど。

 だから持っていたギターを抱えて、またでたらめな歌を歌うのだ。
 ここなら彼女に届くような気がして。

 そうしてアッシュかユーリがそれに気付いて、変な歌だと笑うのだ。


 たぶんきっと、それでいい。




 スマイルの休暇は今日で終わり。
 明日からまた音楽に忙しい毎日となる。

 スマイルは、天まで届けとばかりにそれらをこなすのだ。



 キカ。




 キミがいなくて悲しかった。
 キミがいなくなった理由が悔しかった。
 キミがいない日々が寂しかった。

 でも、約束は……キミとの約束だけは、今でも僕の中に生きてる。

 それがたまに、どうしようもなく愛おしく感じるんだ。


 いつかそっちに行った時は、また一緒に歌おうよ。



 約束。





 ―おわり―






**後書き**

まずは、ここまで読んでくださってありがとうございます!
このお話はここで終わりです。
UPするつもりもなく何となく始めたのを最初として、ここまでこられた事に感動です。

スマの過去というか、スマメインのお話を書けた事に対して物凄い満足してたりします。
徐々に今現在のスマが形成されるのを書いてる時が一番楽しかったです。

ところで最後らへんに妖怪と人間を和解させた男がこそっと話に浮上しますが、実はもう一つ脳内でぼんやりと考えている過去話がありまして。
脳内だけでごにゃごにゃしていたら文章に滑り出ました。
でもこれまた多分重たい話&長いかもしれないので今のところ書く予定は無いです。

ノンシュガーすぎるエンドでしたが、いかがでしょうか。
スマイルがスマイルらしくなる過程を1ミリでも描けていたら、幸いです。



この終わり方、何かが足りないなと思ったりします?
私は思ったのですが、ぶっちゃけキカちゃんを殺されて終わりだとぶつ切りな気はしてました。
多分足りないのは報復ですかね(物騒
私もキカちゃんが事切れて目の前真っ赤に染まったスマが怒り狂って暴れるシーンとか想像しました。
でもそれだとスマが犯罪者になっちまうしなぁ。(どこまでやる気だったんだ
というわけで「もしかしたらこんなシーンもあったかもしんない」的な何かをこそっとどっかに書いてUPしようかなと思います。
正式なエンディングだとこれで終わりです。
自己満足な作品だし付け足しも一興。
またお付き合いいただけたら、宜しくお願いします。



追記>>
上で書いていた『付け足し部分』が書けました。
こそっとどっかにUPしようかなとか書いてたので、いっそここにUPしてしまうかと思いまして(笑
時系列としてはキカちゃんが逝ってしまった所から繋がる感じです。
それを考えるとひとつ前のお話からリンクを繋げるのが良いのでしょうが、一応扱いとしてはIfなので、全てが終わったここからつなげようと思います。
キカちゃんを奪われたスマイルの、復讐劇。

If話へ行く