死者へのクイズタイム



「うそ……」
 私は青ざめた。…否、そもそもはじめから青白い顔をしていたので、色はさっきと然程変わらないのだけれども。

 状況を説明してみると、随分長くなるのだが……はしょりにはしょって要点だけ言ってみれば、現在私が分かっている事は『自分が死んだ事』。それから、『ここが天国と地獄の狭間だって事』。そして最後に、私が今『試されているらしい事』。

 何を試されているのかと問われれば、また事情をはしょりにはしょって説明するしかないが、要するに『これからの私の処遇をどうするべきか』を試されている……らしい。
 これは『天国に行くべき者か、地獄に行くべき者か』を試すという事だろうか。ああ、さっきから頭がうまく働かない。

 私は目の前の、マネキンのような人形のような、よく分からない大きな物体を見詰めた。
 奴は少なくとも私の全運命を握っていると言っていい。
 ちなみにこの場に来た直後の私に状況説明を施したのもこいつだ。
 ついでに言えば、現在私を『試して』いるのもこいつなのである。

 『試す』と言っても、方法は簡単、目の前に座っているマネキンもどきに出題されたクイズに私が答えるだけ。
 ちなみにこの場には私とマネキンもどきが一対一で座っているだけで、他に誰もいない。

 『試す』方法が簡単とはいえ、クイズの内容は難しい。
 ……否、難しいというか、分かりそうで分からない。
 事実私は、最初から今まで「ハズレ」続きだったのだ。

 現在既に七問連続不正解。いい加減、冷や汗が出てくる。
 これだけハズレを連発すると地獄に行くかもしれない。

「……あの、すいませーん……もしかして私、地獄に……」
「次の問題に行くよ」
「え、ちょっと待って。私の問題に答えてからにして。じゃないと集中して考えられないんだけど」
「……それはまだ、答えられないよ。全問分の回答を聞かないと」

「そもそも、あなたは誰なの?私のこれからの人生……もとい、幽霊生を決めるだけの権限を持ってるの?」
「地獄の閻魔様と天国の神様に任命されたから権限は持ってるけど、呼び名は決まってないよ。強いて言うと、職業名なら『天獄使』って言われてるけどね」
「天獄使……聞いたこともない」
「当然だよ。ここから出た生き物は漏れなく、ここでの出来事を忘れるから」
「例え生死を彷徨った挙句地上に魂が戻った人が居ても、ここでの事は覚えてないって訳ね」
「そう」

 こくりと頷く、マネキンもどき……もとい、『天獄使』。
 私より頭二つ分くらい背が高い上にデッサン人形みたいな姿をしてるわりには、少年のような声をしている。
 そのギャップがまたおかしくて、滑稽だ。


「じゃあ、疑問が解決した所で、次の問題に行くよ」
「待って待って。私が地獄に行く可能性が高いか低いかだけ言ってよ」
「……言えないよ。決まりなんだ。……次の質問に行くね」
「……はい」

 私が弱々しく頷くと、天獄使は「ごめんね」と一言謝ってから、問題が書いてあるらしい紙束を一枚捲った。
 天獄使の表情は、顔が電球みたいにのっぺらぼうだから窺い知れないけれど、声の調子で本当に申し訳なく思っているのが分かる。実は結構優しいのかもしれない。


「第八問。君が死ぬ間際に思った事は?」
「え……、ちょっと待って。それって今までの質問と随分雰囲気が違うよね?」

 今までの七問といえば、『母親の歳を正確に答えろ』だの『体長五十センチ以下の犬の種類を三つ以上答えろ』だの、終いには『赤ちゃんにあげるミルクの一日分の量は?』なんて問題まで出てきて、天国や地獄には全く持って関係のなさそうなものばかりだった。
 しかしだからこそ、この質問内容の急変ぶりはおかしい。あからさまにおかしい。

「確かに変わったけど、答えられるでしょ。頑張って」
「私からの質問への明確な返答は無しですか」
「そうだね」
「………」

 さも当然のように言ってのけた目の前のマネキンもどきに溜息一つ。
 ここに来てから会話をしてきて、この天獄使はこの場合の行動パターンとしてこれ以上何を聞いても自分の望む答えなど返さない事は何となく察知できたので、もう追及しない事にした。

「死ぬ間際に思った事って……、大体私、事故に遭った直後に気絶してそのまま目覚めなかったから、何かを思う暇なんて皆無だったんだけど」
「一分以内に答えてね」
「理不尽だ!しかもそれ、クイズ?」
「五秒経過」

 どうやら私が弁解などしても、聞く気はないらしい。
 まさに、のれんに腕押し・糠に釘だ。

「……ああもう、思った事でしょ?だったら、事故に遭う直前でもいいんだよね?それなら『今日は友達の誕生日だからプレゼント渡さないとなぁ』とか思ってたよ。しょうもなくて悪かったね、下らないからって不正解にしたら怒るよ」
「はい、正解」
「って、正解? ……いや、自分の思った事なんだから正解じゃないとおかしいか」

 それにしても、なんて妙な問題を出すのだろうか。
 私の気持ちを問題にするとは、答えられないはずがないというのに。
 ……否、答えなければならないのなら寧ろ……、

「私、もしかして果てしなく理不尽な尋問受けてます?」
「…………………、気のせいだよ?」
「ちょっと待って。何、その間は。……何が目的なの?」
「だから、『試す』事。ほら、九問目に行こう」
「だって……」
「はい、第九問。今、君は自分が死んだ事実を認められるか否か?」
「認められて当然でしょ。だって私、足透けてるんだもの」
 肩を竦めて言うと、天獄使は何かを考えるように少し首を捻った。

「……質問の仕方が悪かったね。じゃあ、自分が死んだ事実を受け止めきれてる?」
「………」
 私は思わず黙った。答えようが、なかったからだ。

 死んだという事実。残してきた想い。家族や友達を悲しませてしまっただろうと思うと、やるせない。全てをこんなに短時間で断ち切れるはずがない。
 それを知っていて、この天獄使はわざわざ尋ねるのだろうか。

「あと三十秒」
「時間制限が短いよ……」
 私は大きく溜息をついた。

 ここはやはり、正直に答えるべきだろうか。嘘をついたらまた「ハズレ」なんて言われそうだ。
 ……気持ちに対して「ハズレ」だとか「正解」だとか言われるのは何かおかしい気がするけれど。
 これではまるで嘘発見器にかけられている気分だ。

「受け止めきれてない。私、そこまで人間できてないし」
 人間というか、今は幽霊だけど。

「正解。君は……地上に沢山の想いを残してきたんだね」
「……当然でしょ」
「僕もそうだよ。といってもそんなに沢山ではないけれど。……捨てきれない想いを、抱えたままここへ来たんだ」

「最初からここにいたんじゃないの?」
「僕も元は地上にいたよ。……それはそうと、お喋りはこのくらいにして、次のクイズに移ろうか。次で最終問題だよ」
「え……もう?」

 これじゃあどっち道、私は半分以上不正解のまま巻き返しができないという事になる。これで本当に、大丈夫なのだろうか……。

「本当に最後?」
「うん。じゃ、始めるよ。……第十問。今君は、誰に何を伝えたい?」
「伝えたい……事……。遺族とかも相手に含む?」
「うん、そうだね」
「何?伝えてくれるの?」
「それはできないね。決まりだから」
「ちぇー。じゃあそんなの聞かないでよ。期待しちゃうじゃない」
「……ごめんね」
「……そんなに申し訳なさそうに言ったら、私が罪悪感を感じるよ……」

 私は溜息をついてから、言いたい事とその相手を数え始めた。
 お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、友達、ああそれから…お世話になった先生もいたっけ。指折り数えても、指の数が足りない。

 じっくり数えると、どんどん増えてゆく。そうだ、あの人もあの人も…あの人も居た。
 誰に何を伝えたいか。それを確かめてゆくだけでこんなにも時間がかかる。
 これだけいると、問題に答える為に数えた内容を口に出して言い直すのも面倒になりつつある。言いながら数えれば良かった。

 ……ふと、気付く。思い出すだけでこんなに時間をかけていては、制限時間に間に合わないのでは?
 しかし珍しく、天獄使は制限時間の事を言ってこない。無制限なのだろうか。
 私は制限時間について危ぶみながら、まだ『誰に何を伝えたいか』を考えていた。……一向に尽きる気配がしない。

「……ああもう、数え切れない!無理だよ、未練がありすぎて伝えたい事が山ほど思い浮かぶ。いくらでも思いつくよ。言い切れないっ」
 ヤケになったように叫ぶ。
 この状況下で考えることにしてはあまりに根気のいる質問だったから……もとい、途中から面倒になってしまったのだ。
 あまりに理不尽だ。なぜ死んでまで頭を使う事を強要されなければならないのか。苛立ちというよりは、嘆きに近い。

 私の正面に座っている天獄使は腕組みをして、何かを考えている……ように見える。
 顔がないから分からない。

「何よ、また『答えないと駄目』って言う?」
 どうせ言われるんだろうから、さっきカウントした人を思い出さないと……
「ううん、君はもう答えを言った。正解だよ」
「……………は?」
「正解」

 私は目を点にした。意味が、分からない。
 私は何か言っただろうか。言ったとすれば、さっきの文句しか思い当たらない。

「何が答えなの?私、何か……」
「『言い切れない』。これが、君の答え」
「えっ、ちょっと……駄目だよ、あんなのただの文句…」
「取り消しは不可能。結果的に正解だよ?」
「………」
 ふふ、と、天獄使が笑う。……笑顔はないけれど。


「それで、天国行きか地獄行きか決まったの?」
「決まったよ。さあ、行っておいで」
「え?どっちなの?教えてよ」
「君が試されたのは……資格の有無。君は神様に間違えられたんだ」
「何言ってるのか分からないよ。ねえ、どっちなの!……やだ、何か体が光ってるよ?どうなってるの?ねえ!」

 私の体は白く光っていた。
 幽霊だから透けて見えてるのは分かる。けど、発光するなんて予想だにしなかった。
 意識がぼんやりと薄れてゆく。何か、ヤバい気がする。

「地獄に行くなら地獄に行くって言って!」
 私は立ち上がって天獄使の肩を掴み、揺らそうと――したのだが、できなかった。私の手がすり抜けたのだ。私はぎょっとして目を見開く。
 椅子に触れようとして、やはりすり抜けた。
 試しに座ろうとして、それすらすり抜けた。予想はしていたので、尻餅をつかずにしゃがみ込む。

「……君は……地獄には行かないよ。けど、天国にも行かない」
「じゃあ何?どこに行かされるの?私怖い!」
「怖がらないで。君はまだ完全に死んでいないんだ」
「………え?」

「既に言ったように、ここは天国と地獄の狭間。君は寿命がまだ残っているのに、神様に寿命の尽きる人だと間違われて事故に遭った。幸いまだ仮死状態だし、生き返れるんだ。君はこれから生き返る」
「じゃあ何で?何で私は試されてたの?」
「生き返っても害にしかならない人は、そのまま天国か地獄に送ることになるからね。それを試したんだ。六問目までは、リラックスを兼ねた普通の問題だったけど。ただ問題内容は君の身近な所から出した……いや、これはどうでもいいね」
「?」
 天獄使が言いかけたことに首を傾げるが、これについてそれ以上言うつもりはないらしい。私は諦めた。

 そういえば、『私の処遇を決める』とは言っていたけれど、『天国行きか地獄行きかを決める』とは直接的に言っていなかった。……何だか騙された気分だ。

「君はまだ思い残した事が沢山ある。死ぬ間際まで人の事を考えているような人が悪い事をするようには思えないからね。頑張って、生きて。僕にはもうない未来が、君にはまだ残ってる」

 徐々に意識がぼやけて、白んで、天獄使の言葉が上手く聞けなくなってくる。

「ねえ、あなたは……どうしてここにいるの?人間じゃないよね。本当に、死んだの?」
「うん、物だけど死んだよ。大切にしてくれたから、命が宿ったんだ」
「死ぬ時は怖かった?私……生き返るのに、今、怖い」
「……………その質問をされたのは、二度目だよ」
「え?」
「ほら、もうそろそろ地上に着く。さようなら」
「待って、またまともに答えない気なの?そんなの──」

 言い終わらない内に、私は酷い目眩に襲われた。思わず口を閉ざして、額を押さえる。


「さようなら、未来ある人」
 何処か遠くで聞こえた気がして………私の意識は、そこでぷつりと途切れた。


***


 はっとして、目を開く。
 心臓がバクバクと脈打っている。ここは……どこだろう。
 まず視界に入ったのは、沢山の人の顔。次に白い壁や白いカーテンがその奥に見えた。

「目を覚ましたわ!」
「ああ、良かった!」
「私、お医者様を呼んでくるっ」

 駆けだしていったのは、私の妹。
 いつもなら小さな犬を連れているのに、なぜ何も連れていないのだろう?

 私の顔をのぞき込んでいるのは、お母さんと、お父さんと、おじいちゃんと、おばあちゃんと、親友の優子と、それから……なぜか家庭科の先生。

「何で先生がここに?」
「先生は事故直後に偶然通りかかって、救急車を呼んで下さったのよ」
「その後も心配で、今までここにいたの」
「………そういえば、ここはどこ?」
 私が問うと、私の顔を覗き込んでいた一同が顔を見合わせた。

「ここは病院だよ。まさか、事故に遭ったのも忘れたんじゃないだろうな?」
 お父さんが答えた。

 病院……事故……、ああ、そうか。私は事故に遭ったのだ。

「すっかり忘れてた。思い出したけど」
 起き抜けだったせいで妙に記憶が混乱していたけれど、今ので全部思い出した。とりあえず事故のせいで記憶喪失になった、なんて事にはなっていないらしい。

 深呼吸をした。あばら骨の辺りが少し痛んだ。事故の時に打ったらしい。
 体を動かせば他の部分も痛むのだろうけれど、痛いのは嫌いだから動かないでおく。

 ……ああ、でも。痛みがあると「生きている」という実感が湧く。
 医者と看護師がぞろぞろと入ってくるのをぼんやり見ながら、私はほっと溜息をついた。

 生きていて、良かった。





 ─── 完 ───




<アトガキ。>

「沈黙の意味」と続けて読むと、何となく繋がりの見えそうな文章です。
いえ、ただのお遊びで繋げただけなので大した意味は無いですー。
授業(小説表現)と部活(文芸)に流用提出したブツです。
部活の顧問と小説表現の担当の先生同じだけど、何とか大丈夫だと思います。(危険だよそれ…)

クイズメインの生き返り話。
いや、普通の小説でずっとシリアスばっか書き進めてたんで、息抜きとしてギャグ書きたかったんですよ。
てなことで、「沈黙の〜」と丸きり変わってアホい文章の出来上がり。

天獄使は……『死んだ』後になぜあんな場所に留まったんでしょうね。
お偉い方から任命されたとはいえ。
…誰かが死んでやってくるのを待っていた、とかだったらニヤリです。(?)
それか、もう既に待ち人に会ったけど、これからもずっと任命された仕事を頑張るよ…みたいなのでもいいですね。

では、何となくだらだら書いてみたアトガキを終了させます。
次回はもっと構想練って書きたい……。

2006.6.10