恐怖の海辺
えー、状況が分からない方の為に説明をします。
只今、夜の海で肝試しが行われております。
夏休みの宿題に早くも匙を投げた中学生の、女子二人・男子二人による現実逃避が決行されている訳です。
電話で呼び合って早速集合した中学生四人は、岩場の近くにある洞窟のような場所で肝試しをするべくロウソク四本と懐中電灯一つを持って、ともすればうっかり誰かの足を踏んでしまいそうな、そして踏んでも誰の足なのか分からない程の暗い浜辺を歩き出しました。
この洞窟を選んだ理由は至極簡単。近所にあるから、プラス、最近「出る」と噂だから。
彼らは洞窟に到着した後、懐中電灯の明かりを頼りに全員で入っていって、しばらくして全員で戻ってきました。
手にロウソクがなくなっています。
どうやらルート確認を兼ねて肝試しのゴール地点にロウソクを置いてきた模様。
この肝試しは、ゴール地点でロウソクを持ってくるというオーソドックスなものであるようです。
入口に全員が集合して、ジャンケンで順番を決定。
さぁ彼らの肝試しが始まります。
まず一人。
男の子です。痩せているくせに背は大分高く、暗がりに居るとどうも彼の方が幽霊に見えそうです。
洞窟に流れ込む海水が彼の足を濡らします。
懐中電灯の明かりだけが洞窟の中を照らしますが、岩場なので段差も多くて蹴躓く事を免れません。
一度派手にこけて、海水の水溜りの中へダイブした彼は全身びしょ濡れになりました。
懐中電灯が防水で、壊れなかったのが不幸中の幸いと言うべきでしょうか。
彼は一つくしゃみをしてから先に進みます。
何か、人影を見た気がしたようで、びくりと肩がはねました。
しきりに辺りを窺いますが、何も居ません。気のせいだったようです。気にしすぎです。
先程洞窟の外で仲間に見せていた気丈な笑顔は見栄だったのですか。見栄だったのですね。
その後も彼は慎重に(悪く言えば怯えつつ)進み、奥にある台のような形の大きな岩に置かれたロウソクを取って、一緒に置いていたライターで火をつけました。
それから彼は、ふと顔を上げました。
そして肝試しのルートには無かった道に踏み出しました。
***
一人目の探検者が生還しました。仲間達が口々に冒険の感想を聞いてきています。
少年はやはり全く怖くなかったと虚言を言って見え張りに勤しみ、他の仲間は信じているのかいないのかよく分からないような相槌を打って、二人目の探検者を送り出す準備をしました。
この年頃なら、他人の弱みに興味はあっても「怖くなかったぞ」等という成功話にはあまり興味が無いものです。
仲間の反応が薄かったのも仕方がありません。
少年が多少面白くなさそうな顔をしましたが、他の仲間は最早関係がないとでも言うような態度しか取りません。少年の体験談はいち早く忘れられそうです。
二人目の探検者である女子を送り出す為に、懐中電灯を受け渡しました。
一人目の少年が、先程のうさ晴らしとでもいうかのように二人目の女子へ何やら一言言い放ちました。
奥はヤバいぞ
少女は顔を引き攣らせて、洞窟に入るのを拒もうとしましたが、仲間が入れ入れと彼女の肩を押して、遂には入らないと罰ゲームだ、等と脅迫までされてしまったからには入らざるを得ず、恐る恐る一歩入り込みました。
慎重に慎重に。フナムシの這う音にすらオドオドしながら進みます。
そこまで怖いならばなぜ肝試しなんかに応じたのかが不思議なくらい怯えながら。
一人目の倍近くの時間をかけて、少女はロウソクのある岩まで辿り着きました。
そしてロウソクに火をつけます。
辺りがぼうっと明るくなって、少女はほっと溜息をつきました。
明るさが増して何となく少し落ち着いたようです。
すると少女は今まで頑なに肝試しのルートしか見据えなかった視線をある一点に向けました。
岩と岩の間から漏れ出る、青白い光。
少女は興味を引かれたのか、そこへ向かいました。
……一人目の探検者のように。
***
二人目が帰還しました。
一人目の時と同じように中間達が集まって感想を聞きます。
少女は大分怖かったと正直に告げて、周囲はそれを聞いて勝手にはしゃいでおります。
やはり失敗談の方が受けが良いらしく、フナムシの這う音が怖かっただの、滑って転びかけただのという話に中間達は食いついています。
中学生ながら人間の浅ましさが滲み出るようで面白いですね。
そして、一段落着いた所で三人目の肝試し施行者へと懐中電灯を受け渡し、いってらっしゃいと手を振って洞窟へ向かわせました。三人目は女の子です。
しかしこの女の子、どうも勇敢で何にも驚きません。
見る側として面白くないので省略しますが、敢えて言うならばこの少女も奥の岩の隙間を見にルートを外れました。
そして唯一そこで「うわぁ」と声を上げ、しばらくした後帰って行きました。
***
三人目が帰ってきました。さぁ残りは四人目です。
流石に感想にも飽きてきたのか三人目の話を聞く気はあまりないらしく、さっさと懐中電灯の受け渡しをして送り出しました。
ただ、送り出す直前に他の仲間全員が、「奥は凄いから行って見てみろ」と意味の分からない事を述べました。
つまり「行けば分かる」という事です。
四人目は男の子です。
この少年は先程の少女と同じくあまり怖がらず、強いて言えばドジで、薄暗い中壁の存在が分からず正面から衝突した事が二、三度有った位で、さっさと奥へ辿り着きました。
そしてロウソクに火をともし、きょろきょろと辺りを見回します。
先程仲間から言われた通りに。
そして然程探す事無く、岩の隙間から漏れ出る青白い光を見つけました。
彼はルートを外れてそちらに向かいます。
その隙間は人一人がようやく通れる位の細さで、少年はそこから光の正体を見るべく隙間を覗き込みました。
しかしでこぼこの岩が邪魔をして中々向こう側が見えないようで、踊るように体を右へ左へ揺らします。
やがて焦れたのか、少年はその隙間へと入っていきました。
ずりずり、ずる。服が岩にこすれて嫌な音がします。
岩にくっついているフナムシなんかを一緒に引きずってしまいそうな感じです。
そうして向こう側に出ると……
――うわぁ。
少年は思わず声を上げました。それは感嘆の声でした。
隙間を抜けたそこは、洞窟の外に繋がっていて、一面平らな岩が足場として存在しています。
少し遠くに見える海は静かに波打ち、空は紺色の中に大きな大きな、それはもう大きな満月を抱え込んで白んでいます。
仲間は皆これを見て「凄い」と称したのです。早々見られる光景ではありません。
少年は明らかに別の「凄い」を考えていたので、正直ほっとしました。
怖がらないといっても実際に幽霊が出ないに越した事は無い、という事でしょう。
少年はしばらくその景色を眺め、踵を返しました。
凄く満ち足りた顔でした。肝試しに来た人間だとは思えません。
この男の子が最後の探検者。この少年が戻れば終わり。
肝試しは――終わるのだ。
少年は再び岩の隙間に足を踏み入れて、洞窟の中に戻ろうとしました――が、動けませんでした。
彼の足首に青白い五指が絡まって、彼を引き留めたのです。
勿論先程までこの場所には少年以外誰も居ませんでした。
彼はすっかり忘れていたようですが、この洞窟には「出る」のです。
ここで肝試しをした理由はそれなのですから。
そう、足首を掴んでいる手は噂の霊の物。
少年には手しか見えないようですが、見えないだけでちゃんと身体もあるんですよ。
手が少年を強く引っ張ると、少年はバランスを崩してばたりと倒れます。
尚も引っ張ると、少年は金切り声を上げてもがきます。あぁ、無駄だというのに。
手は構わず海の方へ力の限り引きずります。
岩の上を、擦り傷を沢山作りながら少年が引きずられてゆきます。
そうして最後には――
―――どぶん。
少しだけ水しぶきを上げて、少年は海へ引きずり込まれました。
浮き上がれないように手は海の深い深い方へぐいぐいと引っ張ってゆきます。
あぁ、少年が吐く呼気が、銀色の空気の泡がとても綺麗。
手は、今日の四人があまりに楽しそうだから、自分の寂しさを堪えきれなくなって最後の一人を引き込んだのです。
長いことここに一人でしたから。
最近何度か違う人たちが肝試しに来ましたが、今回でついに我慢しきれなくなったのです。
ごめんなさい、でも友達になって下さい。
手は――私は、そう言うように、少年の足首を更に強く握り締めました。
その夜、肝試しをした四人の中から一人が潮の音の間に消えました。
***
なぁ、五年くらい前にここで人が一人、自殺したって知ってるか?
少年が自慢気に話します。
他の仲間は頷きます。
しかしここで死んだ人は自殺ではなかったんだ、霊に殺されたんだ、と少年は続けます。
本人自身半信半疑のようですが。
霊についてしばらく楽しく話した後、少年と仲間はロウソクと懐中電灯を持って洞窟へ入っていきました。
全員でロウソクを奥に置いてきて、入り口まで戻ってくると、ジャンケンをしました。
――肝試しの順番を決めるために。
一人目が懐中電灯を持って洞窟へ入っていきました。
それはそれは、怖そうに。
楽しそうに。
さぁ、彼らの肝試しが、始まる。
私は、私の隣にいる“友達”と一緒に寂しさを堪えて笑った。
―― 終 ――
<アトガキ。>
えー、この作品は小説表現の授業に提出したブツです。お題は「潮騒」。
……潮騒とか聞いて、一切文章のネタが浮かばず、締め切り日までうんうん唸ってました。
2週間もネタ浮かばず夢にまで出そうになったんですが、結局最終日にぱっと思いついたのを超高速で書き上げました。
だから提出した時点では授業で初の誤字が…っ(うわああぁん!!)
アレです、ヤケになってギャグに走った結果思いついた物なんですが(潮騒と聞いて肝試しと結びつけた時点でギャグだ)、構成を終えた時点でホラーに決定しました。
あ、でも題名がギャグのままなのは、ギャグに見せかけるための罠です。
「何だ、景色がオチかよー」とあっさり納得させる為の。
だって題名が真面目だったら「これだけじゃ終わらないよな」って気付かれちゃうじゃないですか。
最初から最後まで肝試しの実況をしていたのは幽霊さんでした。
初っ端から肝試しメンバー以外の視点で話が進んでいたので、気付く人は気付いちゃうでしょうね。
書いていて楽しかったです。
…これ以上書くと必要以上に長くなりそうなので、これで切ります。(既に長い)
では、また書いたときにでも小説載せますので。
2006.11.24