前略、皆は



「で、あの子本当に死んじゃったんだよね。前から『死んでやる』とかは言ってたけど」
 隣に居る私の友人は、苦い表情でそう締めくくった。
 もう十年も前の話だが、私も忘れたわけではない。
 何しろ一人の人が死んだのだから。

 クラスメイトだった彼女が死んだのは、クラス内のいじめが原因だ。
 そういえば、親による虐待もあったと聞いた気がする。

 私とこの友人は、当時直接彼女をいじめてはいなかったものの、見て見ぬ振りをしていた。
 その時も心苦しいものがあったが、それは現在でも変わらない。
 彼女が自殺したのは自分達にも責任があると思っている。
 直接いじめていたクラスメイト達は、彼女の遺書によって自殺の原因だと証明されたが、結局本人達がそれを認めなかったのと校長が事実を揉み消したのとが相俟って、罪に問われる事はなかった。

「あの子、タイムカプセルに何か入れたっけ」
「さぁ?時間的には私たちがタイムカプセル埋めた後に死んだんだけど、あの子の姿は見てないから入れたかまでは分かんない」
「ま、行けば分かるよね」

 現在、タイムカプセルを埋めたあの中学校へ車で向かっている。
 十年経った今日、タイムカプセルを掘り出すという連絡を受けて、家が近い私と友人は一緒に行く事にしたのだ。

 隣でハンドルを握る友人は、赤信号が消えて青信号が点くのを確認してからブレーキから足を離し、アクセルを踏み込んだ。


 ***


 記憶の中でおぼろげになってしまっていた中学校の校舎は、所々改築されていて壁の色が新しくなっていた。
 それでも瞬時に思い出したその光景とはさほど変わりなく、私も友人も正門から入って少しの間きょろきょろと辺りを見回して懐かしげに目を細めたりしていた。

 懐かしい面影がちらほらと見える。
 クラスメイト達だ。
 走っていって声をかけたり、向こうから声をかけてきたり。

 他のクラスの人達も今日集まっているようで、抱き合って懐かしんでいる人が何人か見受けられた。
 中には子供を連れてきている人も居て、楽しそうに談笑をしている。
 私達は、ひとしきり再会を喜び合うと、タイムカプセルの埋めてある校舎裏へと向かう事にした。




 行ってみると、そこには既に何人もの知った顔が集まっていた。
 私達はそこでも少々はしゃぎながら挨拶をして、全員が集まるまで話をした。
 勿論、『彼女』は来ないのだけれど。

 そして、欠席の報告があった人と現住所が分からなかった人以外が全員集まった所で、いよいよタイムカプセルを掘り起こす事に。
 目印の札を引き抜いてから学校から借りてきたシャベルでそこを掘る。

 男数人掛かりで騒ぎながら掘っていくと、そこから大きな黒の入れ物が見えてきた。
 その入れ物の周りから丁寧に土をかき出し、女性も手伝って穴の外へ出す。

 密封されたそのタイムカプセルを開くと、今回の行事の幹事――当時はクラス委員だった男だ――が、中身を周囲の人達に配り始めた。
 それは絵だったり、手紙だったり、プラスチックの小さな箱だったりした。
 全員が受け取り終えて、自分がかつてタイムカプセルに入れた物の中を一斉に開こうとした…その時。

「待て、まだ一つだけ中に残ってる物がある」
 タイムカプセルの中身を配っていた幹事が、皆の動きを制止した。

 その場の全員は、きょろきょろと辺りを見回す。
 誰が受け取っていないのか。
 私も注意深く見てみるものの、幹事を含め全員がタイムカプセルの中身を一つずつ持っていた。

 …そして私は、はっとする。
 隣にいた友人も気付いたようで、私を見て頷いた。
 私はタイムカプセルの中身を覗いて、一つだけ残った真っ白な封筒を取り出す。

「誰のものかわかったのか?」
 幹事が言ってきたが、私はじっと見詰め返すのみで何も言わなかった。
 程なく、幹事であるその男は少しだけ目を見張る。
 その様子に、元クラスメイトの皆も思い出したようだった。
 ……このクラスにはもう一人、連絡も入れられないクラスメイトがいることを。

「……あいつ、なのか?」
 元クラスメイトの内の一人が、私に向かって問う。

 私は封筒を裏に返して、書いてあった名前の文字を視線でなぞった。
 問いに対して、私は言葉はあえて返さず、ただ躊躇いがちに頷いた。
 瞬間、その場がどよめく。

「やっぱり、死ぬ前に入れてたんだ」
 友人が、私の手の中の白い封筒を見ながら言った。

「私、あの子が手紙持って来てたの見たよ」
「俺も見た。けど、何か言う前にどこかに行ったから…本当にあいつだったかは正直自信ない」
 ちらほらと聞こえる過去の目撃証言。
 けれどそれもほんの数人。

 私はタイムカプセルに物を詰める時、彼女の姿を見なかった。
 ここには木が多い。
 隠れながら来て、すぐに逃げれば姿を見られずに済むだろう。
 まして、全員制服を着ていたのだから、少し見たくらいでは区別もつきにくい。


「ねぇ、開ける?」
 唐突に、誰かが言った。
 しかし、すぐに他の誰かが首を振る。

「嫌よ、恐い」
「呪われそうじゃね?」
「恨みの文章だったりしたら気持ち悪いし」

 そう、彼女の自殺の動機はいじめ。
 だからこそ、開けるのは余計に躊躇われた。

 しかしそういったものを関係ないとでも言うように、数人が「開けろ」と好奇心に任せて連呼する。
 仕舞いには手紙をひったくられそうになって、私は必死で守る。
 友人も私を守るように私の前に立った。

 が、何人もが次々と手を出してきて、四方へ腕を振ってかわすのにも限界が出てきた。
 相手の人数に対応しきれず、ついには私の手から白い封筒が掴み取られてしまう。

「やめてよ、元々それはあの子のだし、開ける権利は誰にも――」
「あいつはもう居ないんだ。それなら中身を確かめてみたっていいじゃないか?」
「かわいそうじゃない!」

 強く諌めるが、手紙をひったくったその男は全く聞く耳を持たず、さっさと封筒の端を破いた。
 私も友人も、クラスメイトの何人かも手紙を取り返そうとしたが、それ以上に手紙の中身に興味のある人の数の方が多くて、手紙を持った男の周りの人達が邪魔をして取り返せない。
 男は、封筒の中身を取り出して音読し始めた。

「『前略、私へ』」

 目の前で行われる遊び半分の愚行に、私は唇を噛んだ。
 しかし、聞いている内に私は文面に疑問を持ち、顔を上げる。
 短い文章を終わりまで読み終えた男は、しばらくその手紙を畳まずに固まっていた。

 手紙の内容は、未来の自分ではなく『死んで生まれ変わった後の自分』に対するものだった。

「何それ」
 薄く嘲笑を含んだ声で、聞いていた中の一人が言った。
 ……手紙を書いた彼女をいじめていた女子の一人だった。

「あいつ頭狂ってたんじゃない?」
「それっぽいな。意味不明な文章だし」
 伝染する、嘲りの波。

 あぁ、変わらない。
 こんな所まで変わらない。
 私のクラスは、いつもこうだった。
 人を見下していなければ生活していけない人間が半分を占める。
 寧ろ異分子は自分達の方だろうに。
 子供だって連れてきている人もいるのに。

 そんな人達から、数歩離れて視線を地面に落とす。
 これが恐くていじめを止められなかった自分も、全く変わっていないのだと思うと、胸の内がずきりと痛んだ。
 友人が私の背をそっとさすって、「あんたのせいじゃないよ」と慰めてくれた。

 やがて、何分か経って話題に飽きたのか、タイムカプセルに入れていたそれぞれの物を開けたいと意見が挙がった。
 私は内心ほっとしながら、自分で持っていた紙の箱の封を切る。
 幹事が合図して、皆で一斉に手紙や木箱を開け、包装を解き、中身を取り出した。

 恥ずかしさに赤面をする人、見なかったことにして再び封をする人、皆に見せびらかしている人。
 私はその中の―――どれでもなかった。
 なぜなら、私は箱を開かずにある一点を凝視していたからだ。

 …一人の子供が、私の目の前を通り過ぎたのだ。

「あれ、あんた開けないの?」
 友人が私の箱を見ながら言ったが、私は子供から視線を外さなかった。

「あの子…」
「え?…あの子供?誰かの子じゃないの?」
「だって、あの子どう見ても十歳くらいかそれより上でしょ。そんなの、おかしい」
「…え……」

 十歳からそれより上なら、この中の誰かの子供だとする場合私達が中学3年かそれより若い時に生まれていなければならない。

「それなら、近所の子じゃないの?」
「でも…」
 近所の子が、こんな知らない大人たちの間をあんなに毅然として歩くものだろうか。
 無言で、前をしっかり見て、何か目的でもあるかのように。

 私は、変な胸騒ぎを覚えた。
 友人もその小さな女の子をじっと見て、何をするのかを窺った。
 そして、

「それ、頂戴」
 少女はある男へ、手を伸ばしてそう言った。
 男は、幼い声に驚いて下を見る。

「誰だ、この子」
「え、知らない」
「いつの間に来たんだ?」
 疑問がいくつも飛び交うが、少女はそれらに全く応じず、また言葉を繰り返す。
「それ、頂戴」

 男は気付いたように、自分の手の中に視線を落とした。
 手の中には、男のノートと、例の手紙。
「頂戴って…」


「じゃあ、返して」


 少女の言葉と男の手の中にある物を照らし合わせて、その場の全員が凍りついた。
 無表情な少女に視線が集まる。

 嫌な予想が、私の中で組み立てられていく。
 彼女が死んだのも十年前、そしてこの少女は十歳くらい……

「ありがと」
 怯えた表情の男から半ば無理矢理手紙を受け取って、やはり少しも笑わずに踵を返す。
 全員が注視する中、少女は『亡くなった彼女』の手紙を持って歩いてゆく。
 少し離れた所でふと足を止め、端の破られた封筒を見て振り返らずに声だけで少し笑った。

「読んだら戻してって書いたのに…」

 聞こえるか聞こえないかの声量で呟き、少女は校舎の角を曲がって行ってしまった。
 何も考える事ができず、ただその少女がを追って校舎の角を曲がると、少女は丁度校門から出て行く所だった。

 それ以上は追う事ができず、学校から出て行く姿を呆然と見送る。



 少女はこの近所の子供だったのか、違うのか。
 それとも……『彼女』の生まれ変わりなのか。
 誰も断言できず、ただ全員が青ざめて立ち尽くした。


 青く晴れ渡った空が、少しだけ曇り始めていた。





――― 終 ―――



<アトガキ。>

えー、「前略、私へ」の続きというか、関連作品というか。寧ろこっちの方がメインの気もしますが。
文芸に出す文章はどうしてこういつも死ネタなのでしょう…;
文章構成とかは、書き始めてから考えたのでかなり時間短縮が図られています。
うあー、もっと考えて書きたかったー。
でも夢小説を早く書きたかったので。
はぁ、いつも文芸ってこんな感じだなぁ…。時間かけたいです。

2005.9.6