私と勇者。
〜過去と現在の境界線・後編〜




 柄にもなく私は死を考えた。
 今まであれだけ生に執着していたというのに。

 今まで私がしてきた事を考える。
 鍛錬。情報集め。自責。
 …そして、

 最後に頭をかすめたのは。


 と、そこへ。
「ルーダ!」
 私を呼ぶ、聞き覚えのありまくる声が響いた。
 考えていた人物がいきなり登場して、私は正直驚いた。
 …否、そのせいだけでもなかったが。

「ル…ト?」
「大丈夫…じゃ、なさそうだな」
 駆け寄ってきて、私を抱き起こすルト。

「なぜ、ここに……。面倒だし無駄なのではなかったのか?」
「……ごめん」
「……」
 ルトは、少しだけ躊躇ってから、言った。


「俺の村も、モンスターにやられて滅びた」


「え……?」
「八年くらい前に、俺の村はモンスターに襲われた。その時は丁度旅の傭兵が来ていてモンスターを全部倒してくれたから助かったんだ。けど…数日後にまたモンスターが来た。傭兵はもう既に旅に出た後だった。襲ってきたのは普通のモンスターだったけど、村の人が戦うには強すぎる相手だった。だから、滅びたんだ」
「………それで、助けても無駄だと言ったのか」
 私の言葉に、小さく頷くルト。

「一度助けたって、その後も平和でいられるとは限らない。だから助けたって無駄だ……。今まで本当にそう思ってた。そうとしか思えなかった。……けど、」
 ルトは、そのまま私を抱き寄せて腕の中に閉じこめた。

「ルーダを放っておくことは……できなかったんだ」

「ルト……」
 普段の私だったらこんなことをされた瞬間に殴り飛ばしているだろうに、今の私はそんな事をする気になれなかった。
 ……落ち着く……。

「わぁー、ラブラブだねぇ。恋人同士っていーなぁ」
「!」
 いつの間に起きたのやら、奴がにっこり笑って拍手していた。
 ルトは慌てて私を放し、私はゆっくりと立ち上がった。
 足の傷が重く痛んで、少しバランスを崩しそうになる。

「恋人同士だ?ふざけんな」
 奴に向かってそう言ってから、私はルトを指差した。
「コイツはただのぐーたら勇者で、私の相棒だ。」
「ルーダ………。(天然なのか?はっきり言わないと駄目なのか?)」

 なぜかヘコむルト。
 ん?私、今何か変なこと言ったか?
 ……まぁいいか。どうせ大したことじゃないだろうし。

「………そーいやメイファを攫ったっていうモンスターは?」
 ルトが私に尋ねた。
「あ?何言ってんだよ。あいつだろ」
「は?」
 私が指差すと、ルトはその先にいる奴を見て首を傾げる。

「どう見ても人間の男の子じゃん」
「お前な……。モンスターと人間の気配の区別くらいつけられるようになっとけよ」
「えぇ?」
「男の子って言うけど、僕はこれでも500を越えてるよ?」
 自分を指差しながら言う、奴。

「………うっそ」
「まぁ、そんなもんだろうな。モンスターだし、魔王側近だし」
「魔王側近は何か関係あるのか?」
「知らん」
「………」
 呆れたように私を見るルト。
 ……何だよその目は。

「……で、俺はどうしたらいい?」
「手を出すな。じっとしてろ」
「はぁ?俺はルーダを助けに来たんだぜ?」
「………奴は私の町を焼いたモンスターで、これは私の戦いだ」
「………」
 ルトは、溜め息を一つついてから腰の剣を抜いた。

「おい、聞いてるのか?」
「ああ。少なくともお前だけが戦ったらピンチに陥るって事くらいは理解してるつもりだ」
「………!」

「そんなの一人で背負い込むなよ。町一つの過去なんてお前だけが背負うには重すぎるだろーよ。……少しくらい、俺にも分けろ」
「……でも…」
「…俺にも、守らせてくれ」
「……分かった」

 ルトの表情が、あまりに真剣で。
 そんな顔、今まで見たことがなくて。
 私は、頷かなくてはならないような気がした。

「…メイファは?」
「この奥」
「分かった。で、俺は何をしたらいい?」
「時間稼ぎを頼む。呪文の詠唱に集中したい」
「OK」

「気をつけろ。奴は核を傷つけられない限り死なない。逆に隙をつかれるなよ」
「うぃー。」
 ルトは返事をして、奴に向かって走っていった。
 走ったままの勢いで、剣を振り下ろす。

『ギンッ!』
「!」
 響く金属音。

「あ、言い忘れていたがそいつ剣は防御魔法で簡単にはじき返すぞ」
「先に言えっ!」
 怒鳴るが、ルトは一切隙を作らない。

 ……ルトは剣術においては、一流だ。
 もしかするとルトは王直属護衛兵よりも剣術に長けているかもしれない。
 ……まぁ、そのぶん魔法はからっきしだが。

 私は早口で呪文を唱え始めた。瞳を閉じて、魔法のイメージを思い描く。
 時折ルトと奴の声や金属音が響くが、けして目を開けない。
 私が攻撃される心配はない。ルトが、守ってくれるから。
 不思議と信用できた。

 もう少し……もう少しだ。この術を完成させれば……!
 魔力が全身から手のひらに収束していくのが分かる。膨大な量の、魔力が。
 そして、

「ルト!できたぞ、退け!」
「よっしゃ!」
 ルトは大幅に後ろへ跳び、間合いを取った。

「何の魔法か知らないけど、核を見つけない限り僕は殺せないよ」
「知っている。だからこそこの魔法で………」
 私は両手を奴に向けて突き出した。

「全身を丸ごと消滅させればいい!」

「! なっ、」
 奴が驚いたように目を見開いた瞬間に、

「『ラ・ゼスティア』っ!」

 私は呪文を解放した。
 私の有りったけの魔力が巨大な光の球となり、形を成した。それを、奴に向けて放つ。
 避けられるスペースは、無い。


ゴゴオオォンッ!


「うああああぁっ!」
 とてつもない轟音の間に混じって、奴の叫びが聞こえた。
 ホールの半分を埋め尽くした白い光は、壁や天井までも消滅させながら明るさを増す。

「すげぇ……」
 ルトが茫然としながら呟いた。
 数秒して光が徐々に消え始め、完全に消えた時には奴の身体が砂になって消滅していた。

「ふぅ……久々にやったからちょっと疲れたなぁ………」
 全身の力が抜けて、私は仰向けに倒れた。

 傷に響いて眉を顰める。まだ血が止まっていない。
 しかし止血をする気力も体力も、私には残っていない。
 ……魔力の使いすぎだ。
 『ラ・ゼスティア』は、自分の魔力の全てを一回の攻撃魔法に回してしまう術なので、これをやると必ずダウンしてしまう。

「しかし休んでる暇はなさそうだぜ?」
「は?」
 首を動かすのも億劫なので天井を見たまま聞き返す。
 ………ん?

「天井が崩れ始めてる………!」
 しまった、こんな場所で上級魔法なんぞ使ったから洞窟が崩れ始めたんだ!

「あ、メイファ助けねーと!」
「俺行ってくる!」
 ルトが奥に続く道へと走っていった。遠くないといいんだが……。

 いや、それはいいとしても私はどうしよう。
 魔力の使い過ぎで身体が思うように動かない。
 走って逃げようにも、起きることすらできないのではどうしようもない。
 這っていくのは時間がかかりすぎてアウトだ。
 ……ヤだなぁ、こんなアホな死に方。せめて奴と戦って死ぬとか、もっとこう何か……。
 っていうかまだ死にたくねぇし。

「おいルト!まだか!」
 私の顔のすぐ横に、天井の一部がドスッと落ちる。
 うわぁ、間一髪……。

「メイファ、早く!」
「は、はいっ」
 ホールに戻ってきたルトと、一緒に駆けてくる黒髪の少女。あの少女がメイファか。
 急いで来たのだろう、手首に巻かれた縄がまだ切られていない。

「ルーダ、何してるんだ早く!」
「あー、わりぃ。魔力使い果たして動けねぇんだ」
「……うそん」
「あーもー、先に行け。私は何とかするから」
 何とか……なればいいけどな。

「アホか、そんな状態で何とかなる訳ないだろ!行くぞ!」
「は?行くって、うわ!」
 突如感じた浮遊感。私はルトに、俗に言う「オヒメサマ抱っこ」をされていた。

「下ろせ!こんなことされるくらいならここで死ぬ!」
「あー、うるせぇな!黙ってろ!大体足ケガしてるんだから走れねーだろ!」
「うぁっ!」
 急に走りだしたので、バランスがとれずに慌ててルトの首にしがみ付いた。
 隣を走るメイファが、くすくすと笑う。

「わ、笑うなっ」
「ごめんなさい」
 あやまりつつ、尚も笑い続けるメイファ。くそ、全部ルトのせいだ!

 ルトとメイファが全力疾走して、ようやく洞窟から出た。
 中からはまだ重いものが落ちるような音が響いてきていて、崩れている最中なのが分かる。
 ………って、ちょっと待て。

「あー!剣落としたまんまだ!」
 拾うの忘れてたよ!あれ結構高かったのに!
「あ、なんか落ちてたやつか?」
「それだ。……あーもー、マズったなぁ………。」
 剣って結構高いしなぁ。路銀削って買うのにはちょっと勇気がいる。

「あの、それでしたら私の町にいい武器屋がありますから……」
 メイファがおずおずと言う。

「あー、私ら金ないのよ」
「どれでも差し上げます」
「んー………って、えぇっ?」
「私を救ってくれたのですから、お礼です」
「ほんとに?」
「はい」
「やった、ありがとね」
「いいえ」
 メイファはにっこりと笑った。
 その時丁度、洞窟の入り口が崩れて塞がった。


   ***


「あー、疲れた」
 町に着いた途端、大パーティー。

 私達は雰囲気的に出席せざるを得なかったのだろうが、私の負傷&疲労が半端ではなかったので欠席。
 いや、欠席したのは私だけだが。
 ルトはケガも何もなかったので、今し方町の人に引っ張り出されていった。
 勇者も大変だな。

 私のケガは明日には完治するだろう。治癒魔法のうまい医者もいるもんだ。
 魔力の消耗も明日までゆっくり寝てれば半分くらい回復するだろうとのこと。
 まぁ、半分も回復すれば旅に支障は出ないので私達は明日出発しようと思っている。
 剣も明日選ぶことになっている。
 ただ、

「……暇………。」
 何もやることがない。
 奴を退治しに出たのが早朝だったから、帰ってきたのが昼を少し過ぎた程度だった。
 これで一日中寝てないと回復しないってんだから、溜め息が出る。

 ………退治。
 あぁ、退治したんだなぁ………。

 私の旅の目的は奴に会って戦うことだった。
 そして今、戦うどころか倒せてしまった。
 私は戦って死んでもいいと思っていたから、これ以上の目的がない。
 さて、どうするか……。

 今現在どころかこれからもやることがないのだ。
 暇というか、意味がないというか……。
 確かに、王に命令されたから旅にはこれまで通り付いて行かなくてはならない。
 魔王退治も手伝うのだろう。

 しかし、魔王退治も世界の平和も実はどうでもいいので、目的とは言えない。
 旅に付いていっても、ただ付いていっているだけになるような気がする。
 何か目的となるものはないだろうか……。

 あーもう、考えていてもどうしようもない。取り敢えず今は寝よう。
 私は、病院の真っ白なベッドで目を閉じ、眠りについた。


   ***


「うーん………」
「これなんてどうです?」
「あ、それもいいなぁ………」

 翌日。
 私達は町長から謝礼金を貰ってから剣を選びに武器屋に来ていた。

 ……いや、両方貰うのは図々しいと思ったのだが、ありえない程押しに押されて否応なく貰わされたのだ。
 しかも謝礼金が「もう目を皿にするしかない!」ってくらい袋に入っていたもので、余計に罪悪感が…。
 うーん、太っ腹だよ町長&娘。

「よし、これに決めた!」
 私は、並べてある剣の中から一本を取った。
 軽くて長いし、手に馴染む。

「中々いい目してるね。それはこの店で一番いい剣だよ」
 店の主人であろう細身の老婆が、にっこりと笑ってそう言った。

「あ、やっぱ別のにしようかな……これ以上負担になる訳には…」
「いいんですよ。いくらですか?」
 メイファが尋ねると、老婆はゆっくりと首を振った。

「お代はいいよ。持ってお行き」
「えっ」
 老婆の言葉に私達は思わず目を点にした。

「だ、だってこれ一番いい剣だって……」
「この町を救ってくれた人に貰ってもらえるならいいさ。黙って貰っておくれ」
「あ……」
 差し出した剣を、押し返される。

 ああ、良い人ばっかりだよこの町……。いっそこの町に住もうか。
 ……いや、それは王の命令に背くことになるから駄目か。

 私達はお礼を言って店を出た。
 さて、あとは旅に出るだけだ。

「どうする、行くか?」
 ルトが私に訊いてきた。
「それしかないだろう」
 これ以上世話になるのも悪いし、食料は足りてるはずだし。

「もう行くんですか?」
 メイファが寂しげな表情をした。
 見る度思うが、メイファってかなり美人だよな。
 黒髪は綺麗だし、色白だし。

「そろそろ出発しないとすぐに夜になるしな」
「そうですか……」
 残念そうに言ったが、メイファはすぐににっこりと笑って町の入り口まで案内してくれた。


   ***


 いつどうやって聞き付けたのか、入り口の門には大勢の町人が見送りの為に集まっていた。
 監視されていたとか?……いや、まさかな。

 私とルトは盛大に見送られ、町を出た。
 その数十分後。私達は草原を歩いていた。

「あー……どうしようかな……」
「さっきから何言ってんだよ、ルーダ」
「いや、奴も倒したし、目的がねえなぁと……」
「魔王退治は?」
「私にとっちゃそんなのどうでもいいんだよ。まぁ、それはそれでやるけどな。何かこう、やりたいこととかさ……」
「あー……。」
 ルトが、珍しく眉間にしわを寄せて考え込む。
 そして、

「……魔王退治が終わったら俺と一緒にまた旅に出ないか?」

 視線を外して頭を掻くルト。なぜか顔が赤い。
「あ、その……嫌だったらいいんだが…」

「……それもいいかもな」

「え……」
「魔王退治が終わったら、もう強くなる必要もないだろうから護衛兵をやめる。それならまた旅を続けられるし」
「ルーダ……!」
「お前といると退屈しないで済むしな!元勇者なんかと一緒にいればモンスター退治の依頼も自然と入るだろうし、路銀に困る事もない。楽でいいな♪」
「…………………。」

 ルト、なぜか固まった後沈む。
 昨日もそうだったが、一体なぜ?
 私は何か変なことを言っているのか?
 自覚がないのに変なことを言っているとすれば、これは由々しき自体である。

「なぁ、私何か変なこと言ったか?」
「………いや……(わざとなのか?天然なのか?しかしどっちでもタチが悪いことにかわりはない………。)」
「じゃあ何でヘコんでるんだよ!」
「いや、いいんだ……。(普段は切れ者なのになぁ……)」
「何だその「思考と発言がバラバラだ」と言わんばかりの顔は!」
「その内教える」
「はぁ?」
 訳が分からない。一体何だというのか。

「教えろ!」
「やだよーん」


 そんな私達の問答は、しばらく続いた……。





     〜完〜


<アトガキ。>
文芸部の部誌にのせたブツです。
…あぁ、何だか某魔法物語にそっくりですね…。
でもそれを意識したわけではないのですが…(本当かよ)

随分長い文でした、すいません。
では。

2004.12