私と勇者。
〜過去と現在の境界線・前編〜



「……なぁ、思うんだが……」
「ん?何だ、ルーダ」
「この構図、何か間違ってないか?」

 この構図とは、私(ルーダ)がトカゲを人間サイズにしたようなモンスターを相手に剣を構えていて、その大分後ろで彼が岩にもたれ掛かってくつろいでいるというものである。
 彼の名はルト。旅の仲間である。一応言っておくが、ルトは男で私は女だ。
 どうでもいいのだが、女がモンスターと戦って男がのんびりしているのは何か違う気がする………。

「いいじゃん。別にいつものことっしょ?」
「そりゃそうだけど、さっ!」
 私は剣を一薙ぎした。
 が、どうやら振りが遅かったらしく、モンスターはあっさりとそれを避けた。

「…ああもうウザい!」
 いい加減滅んどけこのトカゲ!私は今機嫌が悪いんだ!

 私は、かぎ爪出して襲ってくるトカゲモンスター(正式名・フレイムリザード)の頭部に剣を突き刺した。
 ちなみに奴の前脚は短いので、かぎ爪が私に届く前にあっさりと刺されて倒れた。

 マトモに奴の攻撃をくらえば悲惨だが、この様に倒し方を知っていれば簡単に倒すことができる。
 トカゲは、十数秒程痙攣してから砂の様になって崩れた。モンスターは大抵こんな風になって死ぬ。

「ルト、確認するが…お前、仮にも勇者だよな?」
 私が尋ねると、ルトは「そうだけど?」と笑った。

「大体いくら伝説に沿ってるからって、それだけで俺に魔王退治なんか押しつける方が悪いんだっての」
「そりゃそうだが、取り敢えず国王に選ばれた訳だし…ってか寧ろ、私に面倒事やらして自分はのほほんとしてるのが信じられん。きちんと勇者やれ」
「えぇー?」
 ルトは、いかにも「面倒だから嫌」というような顔をした。……こいつは………。

 この世界には魔王がいる。
 大体十年程前に魔界から人間界に来たのだが、どうやら人間界を支配しようとしているらしい。…今時そんなの子供用の絵本でだってやってないってのに…。ベタ過ぎて溜め息も出ない。

 まぁそれはいいとして、当然人間は魔王に抵抗した。しかし魔王が世界征服の為に放ったモンスターは星の数いる上にどれもとれも人間の手にはおえないものばかりで、人間は困り果てた。

 ところで、人間界の中心国やその周辺では、一つの言い伝えがある。
 それはかなり昔から伝えられているので小難しい言葉が並べてあるのだが、要約すると「人間がピンチに陥った時、青と緑の光を宿した聖なる者が剣を携えて救いに来てくれるだろう」みたいな感じで救世主らしき人物の事が言われている。

 そこで人間界中心国の国王がダメモトでそんな人を探した所、いたのだ。それに丁度該当する人物が、一人。
 それが…ルト。

 彼は左右違う色の瞳を持つ。その色は、右が深い青で、左が薄い緑。更にルトは剣士。
 剣を持ち、青と緑の瞳を持つ者。これ程言い伝えに当てはまる者は他に例を見なかったため、「これはラッキー」とばかりに王はルトを救世主もとい勇者として魔王退治に駆り出した。…そして、今に至る。

 まぁ、元より王もそんなに期待していないとは思うので失敗しても構わないのだが、王がルトを勇者として送り出す事を大々的に発表してしまったので途中でやめることはできない、といった具合。

 ちなみに、なぜ私がそんな面倒なものに引っ付いてきているかというと、私もまた王に命令されたからだ。ルトは、剣の腕こそたつものの、何とこの国の大都市の名が一つも挙がらないわ物価の相場は知らないわの物知らずもといイナカモノなのである。それで王直属護衛兵候補の私を付けさせた、と。

 …まぁ、わざわざ候補の私を付けさせたのは 戻ってこなくても 支障 が出ないようにする為なのだろうが。
 私達は一応魔王の城に向かっているものの、各地に散らばった多くのモンスターの所為で中々辿り着けないでいる。
 それは、寄る町寄る町でモンスターに困らされてる人達から勇者(ルト)に助けを求められて、断わる訳にもいかずそこで足止めをくらう事も原因の一つなのだろうが。

 しかしルトは勇者をやることを非常に面倒臭がっているいるため、結局全部私が引き受けているも同然。あぁもう…何で私がこんな事に…。

「ルーダ」
 私は、呼ばれる声で我に返った。
「何だよ、ダメ勇者」
「日が暮れる前に次の町に着かないといけないんじゃなかったのか?」
「……あ」

 既に夕日は三分の一沈んでいる。
 日暮れまでに町に着かないと、野宿をする羽目になる。というか、野宿をするなんぞ、モンスターの餌になりに行くのと殆ど同義語になるので、はっきり言って嫌である。
 死なない自信はあるが、朝までモンスターの補食戦に付き合っている根気は無い。

「行くぞ!」
 私達は歩調を速めて町へと向かった。


   ***


「だはぁ…疲れた……。」
 私はベッドに仰向けに倒れ込んだ。ルトも、ベッド脇に置いてある木のイスに力なくガタンと座る。

 ここは宿屋。あれから何とか町に辿り着いたものの、その時刻は夕日のすっかり落ちきった夜。早足でここまで歩いてきたために、私達はすっかり体力を使い果たしていた。

「なぁ、これいつまでかけてりゃいいんだ?」
 ルトが、イスの背もたれにもたれてダレながら私に尋ねた。
 彼はサングラスをかけている。それは、この町に入る前に私がルトにかけさせたものだった。

「その両目を隠すためだ、仕方がないだろう。お前の正体がバレたらまた大勢の町人が寄ってくるし、面倒だ。どうせモンスター退治の依頼だろうし」
「それだけ困ってる奴がいんだろ?引き受けたらいいんじゃねーの?」
「引き受けて片付けんのはいつも私なんだっての!お前が退治するなら引き受けても一向に構わん」
「……ヤだ。面倒。」
「だろ?なら人前では外さんことだ。自分の部屋に行って鍵かけてから外せ」
「へいへい」

 ルトはダルそうに立ち上がると、部屋を出ていった。隣にとった、もう一つの部屋(ルトの部屋)に行ったのだろう。
 私は、移動に加えて戦闘までして大分疲れていたので、電気を消して早々に寝ることにした。
 静かな闇が、部屋に染み入った―――。


   ***


 翌朝。朝風呂に入って戻ってみると、大変なことになっていた。

「……ルト」
「あ、ルーダ!助けてくれ!」

 宿の廊下、部屋の前。ルトはそこで十数人の町人に囲まれていた。
 …サングラスを、外した状態で。

「どぉーいうことだ!なぜサングラスを外している!この町人の群れは何なんだっ!」
「お、俺はただ…」
「ただ、何」
「………ここでつまずいただけだ」
 ぼそぼそと言うルト。……ってことはつまり………

「すっ転んで顔面打ったのか」
「はっきり言うな!」
「…で、その時サングラスが落ちたとか?」
「………」
 こっくりと頷くルト。マジか。あーぁ、サングラス作戦も無駄だったか……。

「そんで案の定モンスター退治を?」
「頼まれてる途中……。」
 はぁ……。もう頭痛がしてくるよ……。

「お願いします勇者様、お付きの方!お礼の方も考えてありますのでどうか……」
「でもなぁ……」
「私ら急いでるんで………」
「お願いします、娘を助けて下さいっ」
 拝み倒してくる男のその言葉に、私とルトの思考は一時停止。

「…今、何と……?」
「ですから、私の娘を助けてくださいと」
「娘?」
「モンスターに攫われたのです。『返してほしければこの町を三日以内にモンスターに明け渡せ』と言っておりました。…今日は三日目です」
「……そのモンスター、喋ったのか」
「はい」
 頷く男。小太りで髪も所々白くなっているその男は、別段嘘を言っているとも思えない。

「モンスターが乗り込んできたのはそれで何度目だ?」
「初めてです」
 ……やっぱりか。
 この町の人達はモンスターが喋る事を普通だと思い込んでいるようだが、実はそうではない。
 喋るとしたら…魔王本人か、その側近。魔王が動く訳はないので、後者だろう。
 しかも、そこらのモンスターには「人を攫う」事を考え付く程の知能はない。

「……ルト、この依頼引き受けるぞ」
「えっ?」
 驚いて目を見開くルト。

「引き受けてくださるのですか!」
「ああ」
 私が男の言葉に頷くと、そこにいた町人の全員が口々に礼を言ってきたり喜び合ったりした。

「おい、ルーダ!」
「ところで、なぜ一人の為にこんなに大勢が集まって頼みに来たんだ?攫われた娘がアイドルか何かだったのか?」
 私はルトの抗議の声を無視して町人に尋ねた。

「攫われたのはメイファ…町長さんの娘です」
 と、町人の一人が答えた。
「町長の?」
 ちょっと待て。ってことはこの小太りの男は町長だったのか。
 人は見かけによらないと言うが、まさかこいつが町長とは。

「私達にとって町長さんやその娘さんも、この町に住んでいる全員が家族のようなものですから。例え誰が攫われたとしても町全体の者が心配するのは当然です」
「へぇー。」

 今のは3へぇくらいかな?
 今時ここまでイイヒト揃いの町も珍しいものである。大抵は…そう、モンスターに何かをされたと聞いた時点で諦める方が多いから。
 一般人が何をしてもモンスターには勝てるものではない。だから、見捨てる。

「………いい、町だな」
「どうも」
 小太りの男…もとい、町長がちょこんとお辞儀をした。

「じゃ、町長さん。娘…メイファを攫ったモンスターがどこにいるか知ってるか?」
「はい。町を明け渡す決心がついたらこの町から小一時間程北に行った森の中の洞窟に来いと言っておりましたので、多分そこに……」
「そうか。…ルト、朝食も済んでるし、朝風呂にも入ったし、今から出発するぞ」
「えぇっ?」
「えぇじゃない。はい荷物まとめて出発ー」
「ま、待てよ!おいルーダ!」


   ***


 町を出てすぐ。私達は草原を歩いていた。

「おいルーダ、何であんな依頼引き受けたんだ?折角宿も決まってのんびりできそうだったのに……」
 ルトが、むくれながら言った。

「何でもいいだろ。『礼は考えてある』とか言ってたし」
「普段のお前だったら報酬なんかに釣られないだろ。この前なんて金貨1000枚出すって言ってた依頼断わったじゃん。…結局町を襲ってきたモンスターは全部倒したけどさ」
「いちいちうるさいな」
「…ルーダ、メイファって子を攫ったモンスターの事を聞いた時、血相変えてただろ」
「………」
 カンが良すぎるんだよ、ルトは。

「あーぁ、それにしても面倒だなぁ……俺は勇者じゃねーってのに」
「勇者でなくとも命が危うい奴は助けとけよ。いままでだってそうだっただろ?」
「そりゃそうだけどさ、あれは自分達までやられそうになってたし…」
「はぁ?じゃあ何か?お前は目の前で人が襲われてても何とも思わないのか?」
「………別に?」
 ルトは私から視線を背けた。

「嘘だろ……?それじゃ人以下だぞ!」
「うるせーな、大体この世界にはモンスターが溢れんばかりにいるんだぜ?助けたってどうせまた襲われるに決まってる。全く意味がねーんだよ!」
 声を荒げるルト。


 ……違う。そんなの間違ってる。
 でなければ、私は。  私は……………。


「なぜ、そんなことが言える?なら今まで私達が町や村を助けてきたのは全部無駄だったというのか?見殺しにした方が…良かったのか?」
「それは……」
「私の町は五年前モンスターに襲われて焼かれた。家族も全員死んだ。……私を、庇って」

 地下室から出た瞬間の、焦げたニオイ。
 たった一人生かされて胸に生まれた感情は、喪失感と罪悪感。
 それから、誰一人守れなかった自分への、憎悪。

 だから私は、町を襲ったモンスターを探した。
 探して戦って、例えそのモンスターに殺されたとしても、私はそれでいいと思った。
 ただ、何かをせずにはいられなかった。

 その為に、世界を歩けるだけの強さを求めた。
 あのモンスターに会うまでは死ぬ訳にはいかないから。
 そして私は国の兵に志願し、戦うすべを身に付けた。
 全ては…あの時のモンスターを見つけて戦う為に。

「あの時誰かが助けてくれていたら、あの時点で生き延びた者もいただろう。いや、もしかすると今も皆生きていたかもしれない。それが…全て無駄だというのか……?」

 確かに私は、あのモンスターを見つけること以外何も考えていない。
 他の人間がどうなろうと知ったことではない。今回の魔王退治同行の件を甘んじて引き受けたのも、旅をしながら探すためだ。

 しかしどうしても、目の前でモンスターに襲われている者を見つけると昔の事が脳裏に過ぎって結局助けてしまう。
 …自分への憎悪を、緩和させるために。
 もう誰も死なせる事はないと、自己満足するために。

 しかしそれでもいいと思った。
 自分と同じ思いをする者が少なくとも減ったのだから。
 ……なのに、それさえも否定されたら…私は。

「……もういい。そんなに面倒なら私一人で行く。お前は町に戻っていろ」
「あ、おい!」

 ルトが止めるのも無視し、私は駆け出していた。
 心の内に、吐き気を覚える程の感情の渦を感じながら。


   ***


 あれから結構走ったと思う。
 息が切れ切れになってようやく私は足を止めた。

 周りには欝蒼と生い茂った木々。ちょっと前に森に入ったのだ。
 方向は合っていたと思う。多分この近くに洞窟もあるはずだ。
 それはいい。それはいいのだが………

「なーんでもう少し冷静になれなかったかねぇ、私は」

 ルトのものぐさは今に始まったことではない。
 ……まぁ、だからといって許されるような発言でもないのだが、それでも今までピンチの時は面倒がりながらも共に戦ってくれていた筈だ。

 ルトは普段飄々としていて、怒る事や怒鳴る事なんか殆どというか全く無い。
 それがあれだけ必死になっていたとなると、何かあったのかもしれない。

 しかも問題なのは、私の昔話を思わずぽろりと言ってしまったこと。
 別に誰にも聞かれたくなかった訳ではない。
 しかし誰にでも聞いてほしい訳でもなかったのだ。

「あー……気落ちしてる場合じゃねーよなぁ……。今からモンスターと戦うんだもんなぁ」
 ふぅ、と溜め息をつく。

 と、唐突に木々が開けている場所に出た。正面には切り立った崖。
 その、土の壁ともいえるような崖にはぽっかりと穴が開いていた。自然に できた洞窟とは思えない。
 明らかに誰かが掘ったものだ。
 ………これか。

 私は洞窟に足を踏み入れた。
 数歩歩くと、薄暗さに足元どころか自分の姿さえ闇に染み入って見えなくなった。
 奥の方には、ぽつりぽつりと等間隔で壁に明かりがともされている。

 ………広い。
 枝分かれこそしていないものの、この洞窟内はかなり広いものだと言えた。

 壁の明かりが、私の身体を薄く照らし出す。
 しかし少しでも遠ざかると、再び濃い闇へと沈められる。

 洞窟内に、私の足音が異様なまでに響いた。
 モンスターはこの奥にいるのだろう。

 広いと言っても、七〜八人が一気に通れる程度の一本道が続いているのみ。
 この分だとモンスターは多くて三匹か四匹。……普通なら。

 私の予想が間違っていなければ、モンスターは一匹のはず。
 ルトと別れてきてしまったのは、私的には正解だったと思う。
 戦力は欠けるが、加勢してほしくないので寧ろ好都合なのだ。
 私は、一人で戦いたい。いや、一人で戦うべきなのだ。
 ……この為に、私は生きてきたのだから。

 どのくらい歩いただろう、私は広いホールのような場所に出た。
 まだ奥に続く道がある。
 私はホールに入った。
 魔法の明かりが、青白くホールを照らしている。
 そこは今まで歩いてきた道より格段に明るかった。

「おや、お客様かな?」
 ホールに響く、幼い声。

 中央に佇んでいる、外見は十歳程度の少年。
 他には誰もいない。

「……やはり、お前だったか」
「君、町の人じゃないね?」
 少年が目を細めた。その表情には、恐ろしく冷たい感情が含まれている。

「メイファを返してもらいに来た」
「あー、あの人間だったら奥にいるよ。でも渡さない」
 少年は、にっこりと笑った。
 しかしそこに暖かさといったものは微塵も感じられない。
 あるのは、常人なら後退りしそうな程の殺気。

 ……この少年がメイファを攫ったモンスターなのだろう。
 何度もモンスターを相手に戦っていると、気配だけで人間とモンスターの区別がつくようになる。
 尤も私は、気配を探る事無くこの少年がモンスターだと分かっていたのだが。

「町を明け渡す事を拒否した時にメイファを町の中で殺す気だろう。そしてその後町を焼いて乗っ取る。黙って明け渡したとしてもメイファは殺すつもりだ。だから渡せない。……そうだろう?」
 私の問いに、少年は髪と同じ血のような赤黒い眉を、片方だけ僅かに引き上げた。

「よく知っているね。そうさ。僕は人間の恐怖や悲しみに歪む顔がたまらなく好きなんだ。だからどっちにしたってあの人間は町人の前で殺すつもりだ」
「お前は以前にも同じ事をしていた」
「僕が町を落とす場合はいつもこんな感じだしね。三日間っていう猶予の中で町の人がどうしようかって戸惑う姿を見るのも面白いしさ。最後には皆殺しにできちゃったりとかで楽しいし」

「………フェキスタ、という町を知っているか?」
「ん?うーん…あぁ、あの大きな町ね。五年くらい前に僕が滅ぼした」
「私は……その町の生き残りだ」
 少年は、薄く眉間にしわを寄せた。

 ……私の町は、この少年によって壊滅させられたのだ。
 メイファの父親…もとい町長に聞いた特徴でおおよその予想はついていた。
 人語を話す上に人を攫うなどという回りくどいことをするモンスター は、私の知る限りただ一匹。
 ……私の町を襲ったモンスターのみだ。

 奴は五年前、私の町に来て私の母を攫った。
 メイファの町がそうであるように、私の町も「イイ町」だった。
 しかし町を明け渡す訳にもいかない。
 だから、母を助けるために町全体で武装して奴のいる場所に乗り込んだ。
 ……そして、全滅した。

 当然だった。奴は魔王の側近なのだから。
 私を含む残っていた人達の眼前で、私の母は奴に首を切り落とされて死んだ。
 止めようとした人達も、殺された。

 残っていた人達ごと町を焼かれるその直前に、私は町の人に魔法研究施設の地下室に閉じこめられた。
 決して出てくるなと、念を押された。

 私を閉じこめたその人が張った結界のおかげで、私の存在が奴にばれることはなかった。
 そして私が出てきた時に見た光景は、どれが誰の亡骸か分からない程焦げた死体の転がる、町とは名ばかりの地獄。
 三日前に来たモンスターがたった一匹でやったというには、あまりに信じられない光景だった。

 それから私は何度も死のうとして…やめた。
 このモンスターを探す事に決めたのだ。

「一応ここに来たのはメイファを助けることが名目だが、本当の目的はお前を……」
「殺すの?無理だよ」
「それでも、私はお前と戦うと決めた」
「………ふぅん」
 少年は笑みを深めた。

「いいよ、かかってきて。敵討ちをしに来る人間を殺すのも好きだし」
「敵討ちじゃない……これは過去の私への贖罪のつもりだ」
 何もできなかった、無力な私への。

「面白いことを言う人間だね。ますますその顔が恐怖の色に染まるのを見たくなったよ」
 五年前のあの時から全く歳を取っていない少年が、全く変わらない声で言った。

 私は、腰の剣を抜いた。洞窟内に、鞘と刃が擦れるスラリという音が広がる。
 奴は何も構えず、ただ微笑して立っているだけ。
 私は剣を構え、奴に向かって一気に踏み込む。

『ギィンッ!』
「!」

 振り下ろした剣が出した音は、金属同士がぶつかったようなものだった。
 しかし奴は私の剣を片腕で止めているだけ。
 奴はノースリーブなので何かを仕込んでいる訳でもなさそうだ。
 ………いや、これは……

「防御魔法か……!」
「モンスターには詠唱がいらないもんでね」

 私は奴を力任せに押して何とか隙を作り、再び切り込む。
 しかし結果は同じだった。刃が奴に届く前に防御されてしまう。
 私は一度後方へ跳んだ。

「どうしたの?僕はまだここから一歩も動いてないよ」
「『ディスチャージ』!」
 私はさっきまで小声で唱えていた呪文を解放した。途端、奴の足元から紅蓮の炎が吹き上げる。

「くっ、」
 奴は咄嗟に後ろへ跳んでそれを回避した。
 私は炎柱がおさまるのも待たずに、追い打ちをかける為に剣を構えて炎の向こうへ飛び込んだ。

 幸い、術が終わりかけだったので火傷することはなかった。
 奴が着地する寸前に、私は剣を振った。

『ザフッ!』

 確かな手応え。私は奴の腹を薙いでいた。

「誰も魔法が使えないとは言っていない」
「ぐっ……ぅ………」
 奴は着地に失敗し、大きくよろめいた。そして両膝を地面につく。
 奴の腹からはおびただしい血が………出て、いない?

「なんちゃって♪」
「!」
 奴は一瞬の内に私の背後に回り、恐ろしい力で両腕を掴んできた。
 これはもう少年の力ではない。成人男性を上回っている。

「っ…く、そ……!」
 あまりの痛さに奥歯を噛み締める。
 手が言うことを聞いてくれない。
 私は剣を取り落としてしまった。

「残念、僕は核を突かれない限り切ってもすぐ再生するよ」
「……!」

 『核』とは、人間で言えば心臓にあたる部分。
 モンスターの種類によって核がある場所は違ってくる。

「君さぁ、もうちょっと楽しませてくれない?折角来たんだからさ」
 そう言って奴は、私の両腕を放した。
 ……こいつは遊んでいるだけなのか。

「じゃ、今度は僕からいくね♪」
 言うが早いか、奴は私に向けて手刀を繰り出した。
 私は紙一重でそれをしゃがんで避け、剣を拾って右へと転がる。

 ……まだ手が痺れていてうまく剣が握れない。
 一先ず私は剣を置いておくことにした。
 何しろ剣を鞘におさめる暇すらないのだ。

 奴の手刀は魔力を纏っていた。
 背後にいようと気配でそれくらいは分かる。
 あんなもんでどつかれたら身体が真っ二つに切り裂かれてしまうだろう。
 奴が私に再び手刀を振り下ろす。私はそれをバック転で避けた。

「凄い運動神経だね。猿みたい」
「るせぇ!」

 私は早口で呪文を唱え始めた。

「呪文なんて唱えてる暇あるの?」
 奴は、私に向けて右手を突き出した。
 その手のひらから、黒い光線が放たれた。

 ヤバい、『ブラック・トリスト』か。闇属性の中でも一二を争う破壊力を持っている。
 しかし動きが直線的なので、手の向けられた方向をちゃんと見ていれば銃弾よりは多少簡単に避けることができる。
 私は、何発も放たれてくるブラック・トリストをギリギリで避けながら、何とか呪文を完成させた。

「驚いたね。詠唱中に動けるんだ」
 奴がわざとらしく驚いた顔をする。

 呪文の詠唱には多大なる集中力が必要なため、あまり詠唱中動ける術者はいない。
 まぁ、私も大技になったら動けなくなるが。

「でもさ、これならどう?」
 奴が突き出した手の前に、いくつもの黒い光がともる。
 ブラック・トリストの大量放射か!

『ピシュンッ!ピシュ、ピシュウゥン!』

 雨のように大量に放たれる黒い光線を、私は目で追う事すらできずにほぼカンのみで避けていた。
 ………と。

「っ!」
 突如右足に衝撃を感じた。……撃たれた。

「あ、やっと当たった。普通の人間は一発で急所に当たって死ぬのに凄いねぇ」
 太ももを打ち抜かれて、大量の血が紺のジーンズを黒に染めていく。
 私は片膝をついた。

「うーん、君かなり強いよ。人間にしてはまあまあだ。でも、遊ぶ相手にはならないね。つまんないし。……そろそろ君の死ぬ顔が見たい」
 奴が、私の方に歩み寄ってくる。

「『ブレストボール』!」
 私は先刻完成させていた呪文を発動させた。
 炎の球がいくつも奴に向かって飛んでいく。

「初級魔法なんてそれこそ魔力の無駄だよ」
 奴は、簡単に炎の球を避けて再びこっちに向かって歩き始めた。
 途中で、落ちていた私の剣を拾って。

「君、結構美人だから死ぬ時いい顔するんじゃないかな」
「冗談じゃない……!」

 やがて私の目の前に来ると、奴はにやりと笑った。
 私は何とか後ろに跳んで逃げようとしたが、その直前に視界が反転した。
 息苦しさと腹部の鈍い痛みを感じながら、私は仰向けに倒れた。
 腹を殴られたから倒れた、という事には少し遅れてから気付いた。

「っ、……!」
 背を強かに打ち、腹の痛みも手伝って私は息ができなくなる。
 奴が私の横にしゃがみ、剣を私の胸に突き付けた。

「いい断末魔、聞かせてね」

 私の胸に剣が食い込む……その直前。

「……『セイブル・ライト』…っ!」
 殆どかすれて声になっていない声で、私は呪文を発動させた。
 瞬間、かなり太いレーザーが奴に向かって発射された。白い光が私の視界を覆う。

「うああぁ!」
 レーザーで吹っ飛ばされている奴の声が、凄い速さで遠ざかった。
 やがて奴が何かに当たった音がして、光は納まった。恐らく壁に当たったのだろう。

 実はさっきの初級魔法の呪文を詠唱した時、一緒にこの魔法も唱えておいたのだ。
 これは中級魔法なので結構時間がかかってしまったが。

 初級魔法がきかないのは分かっていた。
 だからこそ、唱えていたのが初級魔法だけだったと思わせて油断をさせた。
 ……まぁ、あまり結果オーライと言える状態ではないが。

 まだ腹の奥が重い痛みで支配されていて、身体が動かせない。
 奴は壁に背を打ち付けて力なく倒れたが、多分すぐに起き上がって攻撃を再開するだろう。
 この状態だと私は簡単に殺されるだろうな。
 ……終わりか。

 私は最後の時に備えて、瞳を閉じた。





〜To be continued〜




<アトガキ。>

えー、長い上に字ぎっしりなので前後編に分けました。
このページを見てくださっているお方がいらっしゃるのかどうかちょいと怪しいところだと冷や汗かいておりますよ…。
本人結構楽しんで書いてたのは覚えてるんですがね…。
それでは、ここまで読んでくださった心優しき方、ありがとうございました!!