約束という名の意地と賭け
体育館で卒業式をたった今終えたばかりの高校生男子が二名、保健室に乱入してきた。
一人はもう一人を引きずるようにして。
引きずられている方は、マシンガンの如くもう一方へと罵声を浴びせながら。
「っつーか何で保健室開いてんだよ!普通は卒業式の当日なんて開いてないだろ!」
「ふふふ、残念だったな。実はさっき廊下で保健室の先生に会ったんだが、その時に先生が保健室に弁当箱を忘れたって事を聞いたんだよ」
「……で、先生が取りに来たから開いてるってか。生徒並みだな、あの人。今年度何回目だ?」
「9回目。んでもって、『鍵は俺が返すから』って開けたままにしてもらったわけだ」
「そこまでやるかよ……。」
「観念したまえ、夕輝君。ほら」
保健室の奥まで、引きずり、引きずられて移動してきた二人は、一旦動きを止めた。
引きずっている方の男子が、空間を仕切る生成色のカーテンを開く。
そこにあったのは……身体測定に使う、諸々の器具。
引きずってきた方の男子は、引きずられてきた方の男子…夕輝を放して、器具の中から身体測定に使うものを掴み出した。
一番手前にあった為、全く苦労せずに出す事ができた。
「約束だろ」
「勘弁してくれよ、明良……」
夕輝は、たまらず嘆いた。
約束というのは、明良と夕輝が約一年前に交わしたものだ。
この学校で親しくなって、誰より厚い友情関係を持つようになった二人だが、衝突が絶えなかった時期がある。……原因は身長の事。
当時殆ど身長の違わなかった二人は、ふとした事でどちらの方が身長が高いか、低いのはどちらなのか、果てはこれからどっちの方がより背が伸びるかという所で論争になった。
その時の身長の事で言い争うならばさっさと測れば解決するのだが、将来の事となると測る事もできない。
端から見ればかなり低レベルな話なのだが、やっている本人達は最早盲目状態だ。
周囲の視線には全く気付きもしない。
やがて論争開始から一週間ほどの時を経て、夕輝がある事を提案した。
『じゃ、一年後に保健室で身長を測って、高かった方が正しいって事にしよう!それまでに身体測定があっても、結果はその時まで言わない。いいな?』
…これも言っている事は小学生並みだが、本人は至って本気だ。
一週間も続いた論争に少々疲れていた明良はそれに賛同し、そしてそれだけでは面白くないからと条件を付け加えた。
『なら、その時低かった方は罰ゲームとして高かった方の言う事を一つ聞くってのはどうだ?』
『いいぜ!どうせ俺が勝つし』
夕輝は二つ返事で了承した。
思えば、これがいけなかったのだ。
約束を交わしたその日から時が経つにつれて、同じくらいだった身長は徐々に差を見せ始めた。
初めは気のせいだと思っていた夕輝も、三ヶ月、半年と過ぎて更に身長差が開いてくると流石に冷や汗を流す。
……明良の身長が、目に見えて大きく伸びていた。
それまで男子としてはかなり身長の低い部類であった二人。
その内明良は、どうやら高校二年になって遅い成長期を迎えたようだった。
が、逆に夕輝は約束を交わした日から殆ど身長が変わらず、色々と人に聞いて身長の伸びる方法を試してみたのだが効果は全くと言っていいほど上がらなかった。
そしてそのまま、今に至る。
「お前が言い出しっぺだろ。ほら、測れよ」
「嫌味にしか聞こえねぇ……。」
約頭一つ分も身長が高い明良を見上げながら、夕輝は眉根を寄せた。
どう考えても、背中を合わせるまでもなく明良の方が背が高いのだ。
それでも尚身長を測らせようとする明良に、軽く殺意を覚えた夕輝だった。
今では身長の低さが大きなコンプレックスなのだ。
「夕輝が言った約束内容では、『一年後に保健室で身長を測る』って文句があったはずだぞ」
「うっせ。もういいんだよ、それは」
「お?じゃあお前、負けを認めるのか?」
「負けでも何でもいいから、早くここ閉めて帰らせろ」
「言ったな?もう言い逃れはできないぞ」
「………え?」
首を傾げた夕輝に、明良はニヤリと口角を上げて言った。
「罰ゲーム発動!」
それを聞いた夕輝は、しまった、という顔をして慌てた。
「い、今のなし!だから罰ゲームは……」
「じゃ、測るのか?身長」
「………」
どう転んでも逃げられない状況に陥ってしまった事に、思わず後悔をせずにいられない夕輝。
それに対して明良は、いっそ清々しいほどの笑顔で詰め寄った。
「言う事を一つ聞くんだよな?」
「……」
「な?」
「……」
「なー?」
「……あーもう、勝手にしろ……。」
「よし。じゃ、何をさせようかな」
嫌な笑みを浮かべて考え始める明良を、夕輝はただ滝のような冷や汗を流しながら見ているしかなかった。
***
「…本当にこれで良かったんだな?」
夕輝は、胡散臭そうな顔で明良に言った。
その両手には、缶コーヒー。
「何だ?他の注文の方が良かったのか?」
「いや……俺はこれでいいけど」
夕輝は明良の隣に腰を下ろし、片方の缶コーヒーを差し出した。
ここは校舎の裏。
日当たりのいい場所で、二人は花壇の縁に腰を下ろしている。
明良が言い渡した命令は夕輝が思っていたより簡単で、夕輝はほっと胸を撫で下ろした。
保健室の鍵を閉めて事務室に返却した後、夕輝は明良の命令通り缶コーヒーを校内の自動販売機で買って、明良の待つ校舎裏へと向かったのだった。
夕輝は、熱くて長く持っていられないのか、缶コーヒーを花壇の縁に置いてから指先で開けた。
明良は全く平気なようで、簡単に缶を開けてコーヒーを飲み始める。
「……何か後味悪い卒業だな……」
夕輝がぼそりと呟くと、明良は「そうか?」と返した。
夕輝は絶え間なく日光を照射している太陽を見上げ、眩しすぎて一瞬見ただけで視線を逸らした。
「俺にとってはそうなんだよ」
「あー、そう」
「……まったく、こんな奴と大学でも同じ生活を送らなきゃなんねーかと思うと本気で欝になる」
「腐れ縁もここまで来ると奇跡に近いな。普通なら卒業式で「学校は違っても友情は変わらないぞ」とか感動の別れを果たすのがセオリーだよな」
「志望校も、学科も、推薦で合格したのも、全く同じ。照らし合わせたわけでもないってのに、そりゃ奇跡以外に何があるってんだ?……はっ!実はお前、俺のコピーかクローンだろ!それで俺と思考が同じ上に、将来の夢やら実力まで大差ないんだな!?そうなんだろう、頷け。肯定しろ」
「好き勝手に妄想ワールドを繰り広げた挙句成績を低迷させまくったお前と同レベルに引き下げようとするな」
「一息で言うなよ…。えぇ、どうせ俺はお前と違ってテストの成績はそんなに良くないですよーだ」
「あっさり認めたな」
缶コーヒーを飲み干し、明良は花壇の縁に空の缶を置いた。
夕輝はまだ飲みかけのコーヒーを持って少しずつ飲んでいるが、どうやらまだ熱くて缶が持てないらしく、少し飲んでは花壇の縁に置いている。
けなされる事が人一倍嫌いな夕輝が成績の事を認めたのは、明良にとって少し疑問だった。
少し首を捻って様子を窺うが、当然理由が分かるわけもなく。
夕輝はそんな明良を見て、ふふんと笑った。
「だが、これからは違うぞ!大学では絶対にお前を超える!」
「その自信は一体どこから湧いて来るんだ?」
「てなことで、今回のリベンジだ。いいか、大学でより良い成績を取って卒業した方が勝ちだ。次は負けない」
「は?また突然な」
何が『てなことで』なのか分からなかったが、この際それを聞いても仕方がない。
が、明良は眉を寄せずにはいられなかった。
夕輝は更に笑みを深くする。
「自信ないのか?」
「…有る無し関係なくお前はこの約束を取り付ける気だろ」
「まーな」
頷いてコーヒーを一口飲む親友を、明良は黙って見た。
学科が同じでも取る教科が違えば成績は比べようがない気もしたが、敢えてそこには口を出さなかった。
やがて、明良は空の缶コーヒーを持って立ち上がる。
「分かったよ。ただし、今度負けた方は罰ゲームとして勝った方の言う事を二つ聞くこと」
「了解!楽勝だ」
夕輝も缶コーヒーを持って立ち上がり、伸びをする。
今度は熱くなさそうだ。
コーヒーはそれなりに冷めたらしい。
明良が空き缶をゴミ箱に捨てるべく歩いて行くのを、夕輝は追っていった。
この『約束』という名の賭け、どちらが勝ったのかは本人達と神のみぞ知る。
〜Fin〜
<アトガキ。>
日記で「リクエストがあればサイトに載せる」と言ってみた所、何と「見たい」と言って下さったお方がいらっしゃいましたので、載せてみました。
反応が早くてビックリです。かなり嬉しいです。
えーと。冒頭で妙な想像をした方がいらっしゃれば、恐らく私の某友人と仲良くなれます。(?)
いや、読み返して思っただけなのですがね。
それは置いておくとして、馬鹿話を書くのは好きだったりします。
企画もの(文芸部の)なのに文の案が全く思い浮かばず、
途中で「恋愛含まなくていいんじゃん!!」と気付き、あっさり仕上がる。
恋愛は難しいです。ネタ被りますし。(この話も大概ベタですが)
しかし、普段漢字で名前考えないので、そこに一番苦労しましたよ。
ちなみに文芸部の企画としては『季節もので、お題は卒業+約束』といった感じです。
では、オリジナル小説に需要があったことに感激しながら…これにて失礼します。
2006.4.10
(文芸部の部誌にこの文章が載ったのは2006.2.6・卒業号)