祭の少し前



「ちょっと、何それ!」

 俺の目の前でげらげらと笑う少女・ティス。
 ティスは、俺の手の中にある物を見ている。
 それは……カボチャ。

「いいじゃねぇか、どうだって」
 俺が半眼で言っても、ティスは笑いを堪えながらまだカボチャを見ている。
 いくら付き合いが長いからって、そこまでされたら俺も怒るぞ。

「毎年見てるけどヴィウって全然手先の動きに進歩がないねー」
「あーあー、そうですか」

 現在、俺はハロウィンの準備をしている。
 ……否、正確には『俺達は』だが。
 つまり衣装を作ったりカボチャでランタンを作ったり、料理の下ごしらえをしたり……当日に必要なものを作っているという事。
 俺はランタンを、ティスは仮装の為の衣装を作っている。

 どうせ毎年の事だが、ティスは俺の作ったランタンの芸術的なまでの形の崩れ方に笑ったのだ。
 こんなことならおばさん――ティスの母親――に誘われたからって来るんじゃなかった。
 どうせ作るなら一緒の方が楽しいでしょ、の言葉がどうしても断れなかったのだ。

 断れなかったというか、おばさんは一度決めたら全く退かない性格をしているため、断ることが不可能だと言った方がいいかもしれない。
 これも毎年の事で、こうなってくると隣同士の家に住んでいる事自体が憎らしくなってくる。

「ティスは衣装作り終わったのかよ」
「うーん、あとは尻尾つけるだけ」
「尻尾……?何作ってるんだよ」
「化け猫の衣装」
「……お前、そんなの着るつもりか?」
「えー、ヴィウが着るに決まってるでしょ」
「俺かよ!?」

 冗談じゃない、俺が猫のコスプレをするなんて、想像しただけでナメクジが全身を這うくらいおぞましい。

「勘弁してくれ……」
「あはは、冗談冗談!いくら私でもそれが気持ち悪いって事くらいは分かってるよ」
「………」

 人間、自分で思っても他人から言われると腹の立つものである。
 しかしこれで怒っても自分が子供じみていると公言するようなものなので、抑えておく。

「化け猫衣装は、近所の女の子に頼まれたから作ってるの。私は例年通り魔女で、ヴィウは……」
「俺も何かあるのか?」
「当然。毎年時間がなくて作ってなかったけど、今回は余裕があったからね。で、ヴィウは……」
 そこまで言って、ティスは視線を泳がせて黙る。

「……やっぱり当日まで秘密!」
「途中まで言っといてそれかよ」
「いいじゃん、お楽しみー」

 別に楽しみでも何でもない。
 毎年衣装を作る時間がなかったのは寧ろ助かっていたくらいで、ハロウィンに衣装を着るのはあまり好きではない。
 ……どうせ当日になったらおばさん譲りの強引さで押しまくって着せてくるんだろうけど。

「ヴィウ、絵描くのは上手いくせにランタン作るのは本当にヘタクソだね」
「お前こそ、下手どころかランタン彫れないじゃないか」
「それはいいの!だって私はランタン作らないもん」
 どういう理屈だ。

 俺は一つ溜息をつきながら、すっかり止まっていたランタン作りの作業を再開する。
 ガリ、ガリ、ガリ。
 中身を既にくりぬいてあるカボチャに、ナイフで目と口をつくっていく。
 今は全部の部分に穴を開けた後だが、形と切り口を整えるためにナイフで少しずつ削っている。

「何ていうかそれ、貯金箱にパンダの目が付いてるみたい」
 真四角の口と垂れ気味の目を見てはっきりと指摘するティス。
 作業は進まないし、けなされるしで俺はいい加減キレた。

「あのな。俺の事はいいから、さっさと自分の作業を終わらせろっ!」
 顔を上げて怒鳴った。
 瞬間、

「いっ、」

 俺は顔を顰めた。
 指先からは血が出ている。
 どうやら手元を狂わせてナイフで切ってしまったようだ。
 傷はそんなに深くないが、血がたらりと垂れる。

「ヴィウ大丈夫!?」
「痛ぇ……。お前が変なことばっか言うから」
「本当のことじゃん」
「お前なぁ……」
「ほら、うだうだ言ってないでじっとしてて」
「は?」

 ティスは、何やらポケットをごそごそと漁りだした。
 そして出てきたのは 花柄の絆創膏。
 その封を切って、裏のビニールを剥がして、絆創膏を俺の指に巻き付けた。

「これでよし」
「おい、この花柄はどうにかならんのか」
「贅沢言わない!処置してくれるだけで感謝すべき」
「……はいはい」
「はいはい、じゃない!」
「へいへい、ありがとう」
「もー……」
 ティスは呆れたように肩を竦める。

「……つーか、こんなもん常備してたのか?」
「そーだよ、ヴィウがあまりに不器用だから、いつかはやっちゃうんじゃないかって思って」
「うるせ。」
 これでも俺は今まで二度しかナイフで自分切ったことないんだぞ。
 心の中でそう付け足して、人差し指に巻かれた花柄の、よりによってピンクの絆創膏を眺める。

「……一応…その、ヴィウの為に用意したんだからね?」
 怒って上気したのか少し頬を染めてそっぽを向くティスに、俺は片眉を上げた。

「……お前さ、」
「何よ」
 ティスがちらりとこちらを見た。
 俺は真顔で言った。


「……物凄い世話焼きだな」


「……」
 少しの沈黙が流れる。
 そして、

「もう!何よ、ヴィウの雰囲気クラッシャー!変態っ」
「何だよそれ、何でそんな事言われなきゃなんねぇんだよ」
「うるさいうるさーい!ヴィウの馬鹿っ!」

 喚くだけ喚くと、ティスはさっさと自分の作業場――と言っても室内だしすぐ目の前だが――に戻って衣装作りを再開した。
 俺も、盛大にため息をつくとランタン作りの為にナイフを握り直す。

 まったく、ティスはいつでもうるさい奴だ。
 時計を見ると、もう夜十時を過ぎていた。
 あぁ、今日もここで泊まることになるのか。
 祭は明後日。
 それまでずっとそうだろうが。

 窓の外を見れば、月が外の世界を明るく照らしていた。
「……別に、どんな反応をしてほしいのかは分かってたけどな」
 ぼそりと呟いて、ティスが「何?」とぶすけた声で俺が何を言ったかを聞き返す。
 俺はそれに「疲れたんだよ」と投げ遣りに答えて、ナイフを床に置いた。

 少し休んでまた始めるか。
 壁に凭れて、再び窓の外を眺めた。



 ハロウィン当日、俺の衣装として狼男の衣装を出され、犬耳犬尻尾を付けられ、怒るのを通り越して嘆くというのは……まだ俺の知らない話だ。





〜fin〜



<アトガキ。>

砂吐く・・・!!(ぇ)
甘いの書くの久方ぶりだから;
それにしても、文芸の締め切りがヤバいからって
構想せずにいきなり書き始めるのは今考えても危なかったと思いますよ。
当初はギャグにする予定でした。文芸に提出するものは大抵死ネタだったので。
変に甘い; 甘がうまく書けない私を許して…(駄目)

2005.9.6