墓前の所縁



 春休み最後の日、優奈は一人しゃがみ込んでいた。
 人の気配の全く無い、家の裏。狭くも広くもない庭の中。
 目の前には大きな木蓮の木。
 桜より早くついたその蕾は、開花後の花の大きさを予想させる。

 木の根元にしゃがみ込んだ優奈は、握っていたシャベルを側に置き、たった今山状に盛った土へと視線を移した。
 この土の下には、一週間ほど前には元気だったはずの猫が埋まっていた。
 つい昨日病気で死んでしまった、優奈の飼い猫だ。

 子供の頃から育てていたその猫は、確かに病気にかかっていた。
 しかし、そんなに急に病状が悪化するようなことはないはずだった。
 それとも実はもっと前から体調を崩していたのだろうか。
 それに気付けなかっただけなのかもしれない。

 優奈は用意しておいた木のプレートを土の山に差し込み、墓を完成させた。
 目を閉じ両手を合わせて祈った後、ゆっくりと立ち上がる。

 泣きすぎて少し腫れぼったくなってしまった瞼をそっと指先でなぞりながら、ふと思った。
 ―――この子が体調を崩したのは、こっちに引っ越してきてすぐの事なのではなかっただろうか……。

 優奈が引っ越してきたのが、約十日前。
 優奈が飼っていた猫が体調を崩したのは、その数日後だった。
 車の後部座席で一緒に座って移動したのだが、それが原因だろうか。
 自分の見ていない間にどこかへ頭や腹をぶつけてしまった、とか。

 ……少し考えて、優奈は軽くかぶりを振った。
 死んでしまった今では、考えた所で意味など成さない。

 優奈はくるりと踵を返し、自宅を見上げた。
 そろそろ、遅く起きだしてくる父の為に昼食を作らなければならない。

 一つ溜息をついてシャベルを拾い、勝手口へと歩き出した……その時。


 ざっ、ざくり。 ざく、ざらり。


 土を弄っている音が、塀を越えた隣の家の庭から聞こえてきた。
 優奈は驚いてそちらを見る。

 いくら塀が高くて隣の家があまり見えないとはいえ、そこに人が居るなどとは思いもしなかった。
 しかも然程遠い距離ではない。
 寧ろ壁を隔ててすぐそこにいるといった感じを受ける。

 優奈は軽く混乱しかけて、しかしそういえば、さっきからこんな音が聞こえていたのかもしれない、と思い直す。
 優奈は墓を作る事に夢中で、他の事に全く神経を向けられずにいた。悲しくてそれどころではなかったのだ。

 引っ越してきたばかりで近所の人の顔はあまり覚えていないが、確か隣には同年代の女の子が住んでいたはずだ。

 土を弄る音が止んだところで、優奈は塀へと歩み寄った。
 塀の向こうに居る人物が何をしているのか気になったし、相手はしゃがんでいるのか、姿が全く見えなかったからだ。
 女の子なら、一度喋ってみたい。
 今は何より寂しい気分だ、友達も欲しい。

 胸の上辺りまである塀の前に立って、優奈は隣の家を覗き込もうと背伸びをした。
 するとその直後、五歩くらいの距離を置いた場所に一人の女性が立ち上がった。
 それは紛う事無く優奈が思い浮かべていた『隣に住んでいる女の子』だった。

 確か苗字は『高田』だ。
 下の名前はまだ知らないが、彼女の肩まで伸ばした漆黒の髪と、いっそ病気かと疑いたくなる程の白い肌ははっきりと覚えている。

 彼女は無表情で突っ立っていたかと思うと、突然優奈の方へ顔を向けた。
 そしてじっと優奈を見詰める。 何も言わない。

 優奈は急に気まずくなって、一歩後退りをした。
 しかし一度覗き込もうとしたのだから、何も言わずに逃げるわけにもいかない。
 優奈は彼女より先に口を開いた。

「……あの、こんにちは。高田さんですよね? 私は隣に越してきた中谷優奈といいます」
「……高田渚」
「え?」
 ぽつりと、呟くように零れたその言葉を聞いて、優奈は首を傾げた。
 すると目の前の彼女は更に言葉を重ねた。

「名前、渚なの」
「ああ……なら、渚さんって呼んでいいですか?」
 優奈が訊くと、渚は一度こくりと頷いた。

 どうやら渚は喋る事があまり好きではないらしい。
 しかし会話をする事自体には嫌悪感を持っていないようなので、話は続ける事にする。

「渚さんは何をしていたんですか?」
 渚に近付いた目的の一つは、これを聞く事だった。
 が、渚はすぐに答えようとはせず、少し考えてから口を開いた。

「……お墓を…作ってた」

 それを聞いて、優奈は僅かに目を見開いた。
「あなたも?実は私もお墓作ってたんです」
「……」
「私は飼ってた猫が死んじゃって……大切な家族だったのに」
「うちも……家族だった」
「そうですか……」

 優奈は、背伸びをして隣の庭を覗き込んだ。
 土を掘り返し、埋められた跡がある。 その上には写真が一枚置かれていた。
 目を凝らすと、大型犬と一緒に渚らしき女の子と男性、女性が一人ずつ写っているのが見て取れた。

 渚の両端に居る男性と女性は両親だろうか。
 しかしここからでは顔がはっきりと見えない。
 特に聞くまでもないので、聞きはしないが。

 墓には随分と広いスペースが使われていた。埋められているのは写真に写っていた犬だろうか。
 確認したい気もするが、たった今墓を作ったばかりの彼女に尋ねることは酷だろう。
 自分だってあまり込み入った事は聞かれたくない。

 大型犬を庭に埋めるという事は、おかしいのを通り越して滑稽な気がしたが、渚の家は庭が広いのでありえなくはないのだろうと納得する。
 大型犬を庭に埋めて墓を立てた例はどこかで聞いたことがあった。

「ちゃんと火葬してあげればいいんでしょうけど、何となく形のままお墓に入れたかったんですよね…。渚さんもそうですか?」
「ええ……」
「…天国に、行けているといいですね」
「……」

 渚は返事をせず、空を仰いだ。
 太陽が丁度真上に来ていた。
 優奈もそれに倣って空を見て、はっとする。

「いけない、お父さんにお昼ご飯作らなきゃ」
 既に起きているであろう父は、怒ってはいないだろうが空腹だろうなと想像する。
 料理についてはからきし何も出来ない父のことだ、キッチンをうろうろと彷徨ったり冷蔵庫を意味なく開閉しているに違いない。

 優奈は慌てて方向転換をし、渚に「いきなり話し掛けてすいませんでした、またお話しましょう!」と言い残して駆け出した。
 残された渚は、しばらく黙ったまま優奈の去った方向を見ていた。


 ***


 翌日、初めて高校へ行く日。
 優奈はいつもより大分早く起きて準備を整え、それから朝食を作ってダイニングへと運んだ。
 高校へ行く準備を整える時間は思ったより長くかかったので、その時間には父も起きていたし、丁度良かった。
 昨日は日曜だったので父も休みだったが、今日は優奈も父も家を空ける。


 優奈の家に母は居ない。
 五年程前に家を出て行って、それきりだ。

 原因は浮気、らしいが父は関係ない。
 母が父以外に愛する男を見付け、優奈の父と縁を切ってそちらへ行ってしまったようだった。
 詳しい事は父も母も話そうとしなかったので、優奈にはよく分からない。
 ただ、行方が全く知れないというのは父の言動で分かっていた。


「いただきます」
「いただきます」
 二人で合掌して、朝食を食べ始める。

 食べ終えて食器を水に浸けてから、父は会社へ、優奈は高校へと向かった。


 ***


「同じ……学校だったんだ」

 優奈はクラスに着いて早々、呆然としつつ呟いた。
 目の前に居るのは、昨日庭で話をした、高田渚。
 新入生は何度か集まっているはずだが、その当時はこちらに引っ越してきておらず、電車で来ていたので、渚の事はただの他人としてしか見ていなかった。

 同じ高校の同じクラスだった事にも驚いたが、何より渚が同い年だった事には更に驚いた。
 同年代だとは思っていたものの、渚の方が随分と大人びて見えていたのだ。

「昨日はどうも。これからよろしくお願いしますね、渚さん」
「……よろしく」
 昨日と変わらず口数の少ない渚だが、優奈は知り合いが居た事に少なからずほっとした。


 ***


 優奈と渚は、然程時間をかけずに仲良くなった。
 初対面の時からの癖で優奈は渚に対する敬語が抜けずにいたが、それでも慣れてしまえばそれが普通だった。

 家が隣同士なので、二人はほぼずっと一緒にいることになる。
 一週間経てば、多少遠慮する気持ちはあっても、気軽に話を出来る仲にはなっていた。


「そういえば私、渚さんの家に行った事ないですよね」

 昼休み。
 教室で弁当をつつきながら、いつも通り他愛のない事を話していてふと思いついたことを優奈が口にした。
 渚はコンビニ弁当の卵焼きを嚥下してから、一度瞬きをした。

「渚さんをうちに連れて来ることは何回かありましたけど……今度そっちに行っていいですか?」
 今度、と言っても家が隣にあるので近い内になりそうだが。
 優奈がいつも自分から遊びに誘っているので、必然的に渚の家に行く機会はなかったし、それならば自分から行ってみようと思ったのだ。

 渚は数秒思案し、「分かった」と頷いた。

「じゃ、いつにします?」
「今週の土曜辺り…どう?」
「いいですよ。お父さんのお昼作ってからになるんで、1時以降でお願いします」
「…優奈さんが作ってるの?」
「ええ。私の家、お母さんいないんで」
「そう……」
 パック入りのコーヒー牛乳をストローで一口飲んで、渚は箸を持ち直した。

「渚さんのお母さんはどんな人ですか?」

 優奈が何気なく訊いて、渚は唐揚げを口に運ぼうとしていた手を一度止めた。
 それからその唐揚げを口に入れる事無く弁当のパックに戻し、優奈をじっと見る。

「……酷い人、だった」
「え?」
「血も繋がってなかったし……、父の金を利用しようと近付いただけみたいで、優しいのは初めの1年だけだった。本当の母親は私が生まれた直後に死んだ」

 淡々と語る渚は、全くの無表情だった。
 否、どこか怒りを含んでいるかもしれない。
 優奈は、聞いてはいけなかった事を聞いてしまったと、後悔した。

「…ごめんなさい、嫌な事聞いて」
「……いいえ、今はもう大丈夫」
「今は?」
「その人も、死んでしまったから」
「……」

 優奈は弁当を食べる気も失って、じっと黙った。
 渚は何も気にしていないように弁当を食べ続けたが、何となく罪悪感が優奈の頭を渦巻いていたのだった。

 しかしこれ以上気にしていると、ずっとこの出来事を引きずってしまいそうなので、優奈は昼休みが終わったら気持ちを切り替えることに決めた。


 ***


 土曜日。
 優奈は約束通り渚の家に来ていた。

 しかし、渚の家に入ってすぐ、優奈は何か違和感を感じた。
 それが何なのかは全く分からなかったので気にしないように努めたのだが、無意識の内にその正体が何なのかを考えてしまっていた。
 渚は優奈の態度がおかしい事に気付き、どうしたのかと尋ねるが、優奈自身にも原因が分からないのだから答えようがない。

 優奈は渚の部屋に案内されてからも首を傾げていた。
 一緒に宿題をして、雑談をして、時間が過ぎてもちょっとした間があればすぐに頭の隅でこの家の違和感について考える。
 渚といる時間が暇なわけではないが、考えずにはいられなかった。
 渚に気付かれないように、心配されないように、自然に振舞ったつもりだが、もしかすると無意識の内に視線を宙に彷徨わせていたかもしれない。

 そうした時間は日が傾くまで続き、優奈は夕食の下準備にかからなければならないので、普通一般の女子高生が遊びを終えるにしては早い時間に帰りの支度を始めた。
 渚も夕飯を作らなければならない事を思い出したが、材料を買うのを忘れていたらしく、優奈を見送るついでにそのまま近くのスーパーまで買い物に行くと言っていた。

 渚の父親はまだ帰っていないので、鍵をかけて出なければならない。
 渚は家の鍵を持って、部屋を出た。
 続いて優奈も部屋を出る。
 ……そして。

「!……」
 優奈は、記憶の中の何かが繋がるのを感じた。
 そうだ、この家に入ってから感じていた違和感は、この家の『匂い』ではないのか?

 どこかでかいだ事のある、匂い。
 芳香剤で多少紛れているが、壁や扉、そこかしこに染み付いた…長い時間をかけてこびりついたような、甘ったるい匂い。
 一体どこで、どこでかいだ?

 玄関まで渚の後をついてゆくが、優奈はその間ずっと廊下をきょろきょろと見回していた。
 どうやら渚の部屋よりも廊下の方が匂いは強いらしい。
 強い、と言っても集中しなければ芳香剤に紛れて分からなくなる程度だったが。

 甘い、甘い匂い。
 玄関に着いて渚がドアを開けて、優奈を振り返った。
「早く」
「あ、はい」

 優奈は靴を履きかけて、数瞬迷った。
 ……どうしても、この匂いが気になるのだ。
 そしてこの機会を逃してはならない、気がする。

「……あ、私忘れ物しちゃいました。取ってくるので少し待っていて下さい」
「? ……ええ」

 優奈は踵を返して渚の部屋へ向かった。
 それから数分もせずに戻ってきた。
 そして二人は外に出て、渚が鍵をかける。

 優奈は自宅へ向かい、渚は反対方向へ買い物をしに行った。
 優奈は自宅の鍵を開けて中に入るふりをして、渚の姿が見えなくなるのを陰から見て待ち、角を曲がるのを視認してから再び渚の家へと戻った。

 庭に回り、すぐ近くにある窓に手をかける。渚の部屋の窓だ。
 実は先程忘れ物を取りに行った時、開けておいたのだ。
 忘れ物をしたというのは……実は嘘だ。

 完全に不法侵入だが、何も泥棒をしに入るわけではない。
 知り合いなのだし、ばれないようにすればいい。
 ばれても理由を説明すれば許してくれるだろう。
 そう軽く考えて、優奈は窓を開き、靴をその場に脱ぎ捨てて窓枠へよじ登った。

 渚の部屋に入ると、真っ直ぐに部屋の外へ向かう。
 廊下に出て、匂いを確かめた。

 ……やはり、どこかでかいだ事がある。
 どうやら匂いが強い場所と弱い場所があるようだ。
 優奈は匂いの強い場所を求めて歩き出した。

 玄関とは反対方向。
 初めて来た上、今日は渚の部屋にしか来ていないので、そちらに何があるのかは知らない。

 とりあえず廊下の突き当たりにあったドアを開けて中に入った。
 少し大きめの、磨りガラスを使ってあるドアだったので、恐らくリビングだろうと予想したのだ。
 渚の部屋以外の個人的な部屋に入るのは、何だか躊躇われたためでもある。

 予想した通りそこはリビングで、ソファやテレビ等が置いてある広々とした部屋だった。
 優奈は、匂いが強まったのを感じた。
 ここには芳香剤が使われていないからかもしれない。
 なぜか、その匂いをかいでいる内に焦燥感が募ってゆく。

 どうして。ここには初めて入ったはずなのに。
 渚には自室にしか連れて行って貰っていないのに。
 なぜ、かいだことがある?

 どこかの店でかいだ?
 いや、違う。
 違う家で同じ匂いの芳香剤を使っていた?
 違う。……芳香剤ではない。
 では、何だ?

 優奈はリビングの中を歩き、ある地点で足を止めた。
 カーペット越しに、何かを踏んだ感触があった。

 優奈はそれが無性に気になって、カーペットを捲ってみる事にした。
 ソファがカーペットを踏んでいたが、何とかどかしてカーペットを捲る。
 するとそこには、

「……指輪……」

 指輪があった。
 カーペットを敷く前に落としたのだろうそれは、鈍く銀色に光っている。

 数秒眺めて、優奈は硬直した。
 その指輪のデザインには、見覚えがあった。
 それに思い当たった瞬間、この家にこびりついた匂いの正体をも思い出した。


 ……なぜ。
 そんなはずは。
 優奈が思い浮かべた結論は、考えれば考えるほど焦燥感を加速させた。

 細い指にこの指輪が常に嵌っていたのを覚えている。
 近付けばむせ返るほど甘い香りが漂っていたのを覚えている。
 しかしそれらは、五年前に途絶えたもの。

 指輪を嵌めていたのは。この匂いを纏っていたのは。
 指輪を嵌めていた人物は。この匂いを纏っていた人物は。

「そんな、はずは……」
 半ば呆然として呟くが、その言葉に反して優奈の想像はどんどん現実味を帯びてゆく。
 震える手で指輪を摘み、再びじっと眺めた。


 ……指輪には、赤黒い点が付着していた。
  明らかに何かがついて固まったものだ。


 それを見た瞬間、焦燥感に重ねて胸騒ぎが優奈を襲った。
 指輪を握り締めて立ち上がり、左にある低くて大きな窓を、鍵を開けて開いた。

 裸足のまま外へ飛び出して、玄関とは反対の方向へ大股で歩いた。
 次第に足の動きが速まり、遂には駆け足になった。
 途中、渚の言葉が思い出される。


『……お墓を…作ってた』
『うちも……家族だった』
 犬だとは言っていなかった。
 彼女の顔には泣いた痕などなかった。

『血も繋がってなかったし……』
『その人も、死んでしまったから』
 なぜ死んだかなんて言っていなかった。
 悲しそうでもなかった。


 嫌な想像と、先走る心の所為で、額に脂汗が滲む。

 この庭に、犬の小屋など、無かった。
 ならばあの大きな墓は。
 墓に置かれた写真は。

 優奈は家の裏に辿り着き、墓を目の前に立ち止まった。
 墓の上には、雨でぐちゃぐちゃになった写真が放置されていた。
 数秒躊躇って、優奈は写真を震える手で拾い上げた。

 真ん中に移っているのは、大型犬。
 それに背中から抱きつくようにしているのは、渚。
 左に居るのは、渚の父親。
 右に居るのは………
 ぐちゃぐちゃになっていて見えにくかったが、それは紛れも無く、


「お、かぁ、さ……ん…?」


 染めた茶のロングヘア。
 挑発するかのような釣り上がった目。
 左手の中指には、優奈が今握っている指輪と同じ物。

 見間違えるはずも無かった。
 写真に写っていたのは、優奈の母親だった。

 五年前に出て行って行方不明になっていた母。
 母がつけていた香水と同じ匂いのする、渚の家。
 渚の家に落ちていた母の指輪。
 指輪についていた、赤黒い………血。
 そして墓の上に置かれていた写真に写っている、母。

 ゆっくりと、しかし確実に、嫌な推測が頭の中を埋め尽くしてゆく。

 何だかこの場に居る事が怖くなって、
 震えが止まらなくなって、
 逃げ出したくなって、
 …けれど、視線は墓に釘付けになっていた。

 狂ってしまいそうな程の恐怖に、泣き叫んでしまいそうになったが、優奈は首を振ってそれを耐えた。
 がたがたと震える体で、操られているかのようにぎこちなく両膝をつき、写真と指輪を地面に無造作にぼとりと落とす。
 そして墓へと、両手を伸ばした。

 取り憑かれたように、手が傷つくのも汚れるのも厭わず土を掘り返した。
 大きな大きな、墓を。


 ざくり。ざっ。
 ざらら。ざらり。

 深い深いそれを掘り返す内、腐臭が鼻を突いた。


 恐い。恐い。恐い。
 この中にあるものを確かめるのが恐い。
 しかし、見なければ。確かめなければ。
 それはある種の使命感。且つ、絶対的な自分からの命令。


 ざくり。ざっ。
 ざらら。ざらり。

 何分掘り続けただろうか。
 時間感覚も忘れて、優奈は掘り続けた。
 やがて、


「……っ!」

 優奈は、墓の中から見えたものに目を見開いた。
 しかし、その瞬間。



「……何で、見つけちゃったの?」
「!」



 背後から聞こえた声に振り向く前に、がつん、と嫌な音がして優奈の思考は闇に溶けた。
 優奈はどさりとその場に崩れる。
 その様子を、大きなスコップを持った渚とその父が見下ろしていた。

 墓からは、真っ赤なマニキュアに彩られた爪が五つ揃った、細い人間の手が突き出ていた。





 数日後、その家には土を掘って再び埋めたような跡が、もう一つ増えた。





〜EnD〜




<アトガキ。>

文芸部の部誌に載せた文章です。……ありえねぇ!!
大体、新入生歓迎号なのにこんなホラーのせてどういうつもりなんだ、私は…;
お題は確か『出会い』。 こんな出会い イ ヤ ダ ・ ・ ・ v

実はこの話、曰く付きです。
文芸部に提出するには文章を打った後印刷しなければならないのですが、私はワープロに打っているのですよ。
感熱紙が余っているので有効活用です。(貧乏性)
で。いつものように印刷ボタンをぽちっと押したわけですな。
しかし……全18ページ、印刷すれば上下二段にする関係で9枚。
それを印刷しきるまでに、5度も印刷が止まったのですよ。
用紙はちゃんと入れているのに、『用紙を入れてください』なんて表示されたり。
ミスプリントで用紙の半分から印刷され始めたり。
うわー、恐い…!!印刷したのが2時頃だったから余計恐い!半泣きですよもう。くそぅ。

最後の方、渚の父親が平然とした態度で登場してるって事は、優奈の母親を殺した時にも立ち会ってるって事でしょうね。
確かに、人間を埋められるほどの穴を掘るのは女子高生だけの力では無理です。
恐らく夜が明けるまでずっと父親が掘ってて、朝からは渚が掘ってたんでしょうね。
そこから墓を完成させて、完成した直後に優奈に会った、みたいな。…それはそれで恐い。

では、何だかアトガキまで恐い話になりましたが……これで終わります。
って、ホラー好きの方には随分ぬるいのでしょうけどね。

2006.4.24