密偵赤ずきん・前編



 年の頃は十代半ばから少し過ぎた程度。
 髪は焦げ茶。
 細身のその体を強調させるような、ぴったりとした服に身を包んだ少女。

 少女は、灰色の無機質な壁に囲まれた、広い部屋にいた。
 その部屋には殆ど何も物が無い。
 あるとすれば少女の座っている回転式の椅子と、金属の机と、その上に置いてある機械。それに、少女の足元に置いてある小さ目のアタッシュケースのみだ。部屋には窓も無い。

 少女は回転式の椅子に座ってひたすら目の前にある機械の画面を見つめていた。
 画面、と言っても機械本体が空中に映写しているだけのもので、実際はそこに物質があるわけではない。
 その証拠に、画面は半透明だ。

 少女は手元にあるキーボードを叩いて大小いくつもの半透明な画面を空中に浮かび上がらせながら、それらに目を走らせる。
 指先を見ずにキーを素早く打ち、正面の大きな画面が切り替わるのを数秒待ち……、
 脚を組み替えた所で、少女は一瞬目を見開いた。
 そして、微笑する。

「……やっと、手に入れた…」
 呟いてから、足元に置いてあるアタッシュケースに手を伸ばす。
 椅子を引いてケースを膝に乗せ、中から金属製の小さな箱を取り出した。
 それを開いて、六角形の薄いもの――データ記録用ディスクを一枚引き抜く。
 ディスクを機械本体に差し込み、アタッシュケースを一旦床に置いて少女は再びキーボードを打った。

 それから手を止めて待つ事数秒。
 ディスクは勝手に機械から半分飛び出した。
 少女はディスクを機械から完全に抜いて箱に入れ直し、アタッシュケースの中に大事そうに仕舞う。

 アタッシュケースを元あったように足元に置いて、少女は機械の画面に向き直る。
 いくつも開いていた画面を閉じて、また新しい画面を一つだけ浮かばせた。
 画面は円形だった。

 少女はパスワードを入力した。
 すると円形の画面に、一人の男の姿が映し出される。

「どうだ、成功したか?」
「ああ。……手はず通り、私はこれからこのディスクを依頼主に届けに行く。そっちは?」
「ざーんねん、もうちょいかかりそうだ。こっちの依頼もちょっとばかし手間取っててな」
 画面に映った男は、そう言って大袈裟に肩を竦めた。
 少女は呆れたように目を細め、眉間に数本の皺を寄せる。

「…お前、何の依頼を受けてるんだ?そっちが終わり次第私の手伝いをするはずだろう。できるのか?」
「俺を誰だと思ってるのさ」
「『イーグル』」
「……そりゃただのコードネームだろーが。俺が聞いてんのは、異名の方」
 イーグルと呼ばれた画面の中の男は、人差し指をびしっと少女の方へ突きつけた。

「あぁ、『防水の祈祷師』?」
「『速遂の貴公子』!発音だけ合ってる様で全く合ってねえよ!…とにかく、仕事の遂行速度第一位の俺が言うからには間に合う」
「あっそ。そう願うね」
「…もしかして馬鹿にしてるのか?」
「別に。頼むぞ、『脊髄の医療費』」
「おいこら!ますます離れてるぞ!発音まで微妙になってきたし!」
「それはひとまず置いておけ。いくら組織最下層の情報漏洩対策が完備された部屋とはいえ、そう長い間組織のメンバー間で通信をしていると危険だ。…今回の敵は随分厄介なんでな」

 少女は画面下に表示されているデジタル時計を確認して、そろそろ出発予定時刻まで時間が無いなと考える。

「『氷結のメカマスター』でもそんなに大変なのか?」
「…異名の話はやめろ。正直幼稚すぎて呼ばれたくない」
「へいへい、コードネームで呼べばいいんだろ。『コイフ』」
 おどけた様子でそう呼べば、コイフと呼ばれた少女は口を真一文字に引き結ぶ。
 そしてイーグルに断らずさっさと機械の電源を切ってしまおうと手を伸ばす。
 と、

「お、こっちのターゲットが動いたらしいぞ。そいつも俺らと同じように極秘ラインで通信してるらしい。んじゃ、俺はさっさと依頼をこなしてくるからな!健闘を祈る!」
 画面の奥の方でイーグルの協力者だろう何人かの人間がイーグルに何事かを叫んで伝えた後、イーグルは勝手に捲し立てて唐突に通信を断った。
 プツリ、と音がして画面が黒くなる。

 あまりに一方的且つ突然だったのでコイフはしばし沈黙し、数秒経ってから乱暴に画面を消して機会の電源を切った。
「…何なんだあいつは……。いつも勝手が過ぎる」

 回転式の椅子をぐるりと回して機械に背を向け、コイフは少し考えた。


 ……極秘ライン。
 イーグルが言っていたそれはその名の通り、他へ情報が漏洩しないよう、特殊な防御システムを張り巡らされた、極秘内容を会話する際専用の通信ラインである。
 しかしそれを作るのは難しい上、管理にも多大な手間がかかる。
 イーグルがターゲットとしているものは、そんなに大きな組織だというのだろうか。

 更に言うならば、通信中の極秘ラインを見つける事など、ほぼ不可能だ。
 そうでなければ意味が無い。

 …いや、見つけたのがイーグルならば、その方法は機械に誰より詳しいコイフが5年の時間をかけて簡単なものを教えたのだからよしとするにしても、見付けるにはそれなりの規模の捜査専用機器が必要なのだ。
 普通一般の設備ではまず無理だろう。

 ……何かが引っかかる。
 コイフはアタッシュケースを静かに持ち上げ、席を立った。


 ***


 コイフが今回の依頼を引き受けた理由は、組織に届けられた依頼一覧の中でこの依頼の難易度が最も高いランクを示していたからだ。
 自分で引き受けたのではなく、組織が依頼遂行にコイフを選んだ。

 組織でトップクラスの実力を誇るコイフ。
 そして本来はもう一人同程度の実力の所持者がこの依頼に当たる予定だった。
 ……イーグルだ。

 しかしなぜか、直前になって別の依頼を引き受け、「後で合流するから」と言い残してどこかへ去っていった。
 イーグルの依頼内容も分からないまま、コイフは先に依頼をこなし始めて……今に至る。

「こっちの依頼も大変だというのに……」
 紅のバンダナからはみ出る邪魔な前髪を気にしつつ、コイフは溜息をついた。
 コイフが引き受けさせられた依頼は、情報の譲渡だ。

 ターゲットの極秘情報をハッキングによって入手し、保存して依頼主に渡す。
 その程度なら普段からよくやる事なのだが、問題はそのターゲットと依頼主だ。

 ターゲットは政治家で、依頼主も政治家。
 国家予算を使い込んだ輩がいるという情報を掴んだ政治家がいた。
 そしてその輩というのが、今回のターゲットである政治家。

 確たる証拠を得ると共に、それが誰であるのかを突き止めるのが、今回の依頼。
 証拠も犯人も、ハッキングを容易くやってのけるコイフにとっては突き止めるのは楽勝そのものだった。
 それが、先刻まで機械でやっていた作業だ。
 作業ついでに、イーグルの現在の状況まで通信で確かめたくらいだった。

 しかし、大変なのはここからだ。
 ハッキングで得た情報を、届けに行かなければならない。
 機械で転送しようにも、依頼主側の機械が特殊すぎて一般からの転送情報は受け付けない状態だった。
 これは直接本人に渡すしかない。

 そうとなれば、持ち歩く情報が情報だけに、邪魔が入らないとも限らないし、場合によっては危険な事になりかねないだろう。
 一人で対応しきれるかどうかは、疑問だった。

 普段からイーグルとコイフは危険な仕事になると組まされているが、コイフは策を練る役、イーグルはいざという時の戦闘員として各々役割を果たしてきた。
 コイフは、イーグルほどはあまり戦闘に長けない。
 が、時間が無いのだ。そんなに悠長に構えられない内容だ、時間制限もある。
 依頼主の指定した時間に間に合わなければ、こちらが失敗したと見なされるのだ。
 コイフは、こんな時に居なくなってしまったイーグルを心の底から呪った。

「本当にあいつは何を考えているのやら……」
 皺の寄った眉間に、突風に煽られた髪が跳ねる。
 ゴーグルのレンズの上にも、少し伸びすぎた前髪が幾度も当たった。

 コイフは、十字路でハンドルをきる。
 コイフの乗った二輪車は、空気を切る音と静かなエンジン音のみを響かせて右に曲がった。
 視界の左右を、多くの高層ビルが高速で流れてゆく。

 頭に巻いた赤いバンダナの余り布がバタバタと暴れる。
 コイフは迷うことなく、頭に入れた場所へと進んでいた。
 依頼主が指定した場所だ。

 まさか依頼主の自宅に届けるわけにもいかないので、場所を指定させたのだが……その場所が少々遠い。
 確かにこの都市内ではどこに人の目があるかも知れない。
 よって、向かうは郊外の、それもかなり辺鄙な場所である。

 どうせ依頼主が政治家なのだから、どこかのビルの一角を立ち入り禁止にでもして受け渡し場所にすればいいのに、とも思ったが、敵も政治家だ。
 依頼主の政治家が動いているのにも気付いているとの事なので、少しでも目立った事があれば恐らく乱入くらいはしてくるだろう。
 とりあえず現在までに妨害は入らなかったが、それはコイフの存在と居場所が割れていないから…なのだろうか。

 ハッキングしたターゲットの機械は特殊なものだ。
 可能性は低くともハッキングに気付かれたかもしれない。
 急ぐ必要がありそうだ。

 コイフは、旧式のもので言う「バイク」に似たその二輪車を加速させた。





 しばらく行くと、この辺りではめっきり数を減らしたはずの木々が姿を現した。
 ここの木も昔に比べて減少したと聞くが、乗り物に乗ったままでは進みにくいという事実は変わらない。
 ここからは徒歩で進む事にした。
 受け渡しは、この「森」の少し奥だ。

 今まで乗ってきたその二輪車のエンジンを止め、後ろに括り付けていたアタッシュケースを外す。
 少しひんやりとした空気の中、コイフは歩き出した。




 十分ほど歩いただろうか。
 コイフの頭の中のコンパスが狂っていなければ、そろそろ指定場所に着くはずだ。

 ぐるり、と辺りを見回す。……すると。
 ガサリ。
 枯葉を踏む音が、コイフの耳に届いた。
 自分の立てたものでは、ない。

 音源の方向へ歩み寄りながら目を凝らすと、そこにはこの場にいっそ不釣合いな服――茶の皺一つ無い背広に、皮製の靴が木漏れ日を照り返している――を身につけた、背の低い男がいた。
 あの男が今回の依頼主なのだろうか。

 組織の上層部の手違いで写真が回ってこなかったため、顔が分からない。
 依頼遂行中に依頼主の詮索をするのは組織の規律で禁止されているため、調べる事もできなかった。
 これだけ重要な依頼でこの大きなミスはかなりの痛手だが、上を責めている暇などない。
 本日明け方に正式な依頼として受理され、こちらに回ってきたこの依頼は、依頼主との交渉の末に受理されたばかりだというのに遂行期限がその日一日限りだったのだから、依頼内容の整理をする者に慌てるなと言う方が無理だ。
 だからといってすんなりと許したわけでもないが、コイフはもう諦めていた。

 視線の先にいる、押せば転がりそうなくらい丸々と太ったその男は、足音を忍ばせずに大股で近付くコイフに気付き、振り向いた。
 男は、コイフを上から下までじっくりと眺め回した。
 やがて、右手に持ったアタッシュケースに気付くと、ようやく口を開く。

「例の物は持ってきたか?」
「ええ、ここに」
 コイフは、視線でアタッシュケースを示した。
 そして、男と十メートルほど間を空けた所で足を止める。

「……、ご依頼をされたフジタニ様、ですか?」
「ああ、そうだ」
「そうですか。では……」
 コイフはアタッシュケースをその場に置き、僅かに開いて中身を取り出した。
 手のひらにすっぽりと収まるその円筒形の機械を、男に見えるように摘んでみせる。


「貴方のその声と、依頼書に添付されていたこのボイス・メモと……声質を比べてみましょうか」


 男はその言葉を聞いて、黙った。
 コイフはその男が答えられないのを知っていた。
 依頼内容を確認した時にボイス・メモで聞いた声と、たった今聞いたその男の声は、似ても似つかなかったからだ。

「…あいつも念入りな事だ」
 男がニヤリと笑った。
 それとほぼ同時に、今まで感じられなかった人間の気配が幾つも感じられるようになる。

 ―――囲まれた。

 目の前にいる男――恐らく今回のターゲットの側近的役割の人間なのだろう――をひと睨みし、コイフはボイス・メモをアタッシュケースに仕舞った。
 パチン、と音を立ててアタッシュケースを閉めて……その瞬間、目の前の男が叫んだ。

「そのアタッシュケースを奪え!女は殺しても構わんっ」
 言い終えるか終えないかの所で、周りに感じていた気配が一気に押し寄せた。
 木の上から、木の陰から、次々とスーツ姿の男達が現れ、コイフを囲んでゆく。

 しかしコイフはまったく動揺せず、アタッシュケースを持ち上げた。
 総勢二十名は居るだろうその男達を見回し、配置を覚えてしまう。

「まさか一人で来るとはな!遊びにでも来たつもりか!」
 男が下卑た声で嗤う。
 コイフを取り囲んだ男達は手に手に鉄の塊……銃を持ち、構えた。

 パスンッ
 男達の内一人が、コイフに向けて発砲した。
 サイレンサーがついているらしく、音は殆ど出ない。
 コイフはそれをするりとかわし、銃を見る。

「……旧式の銃か。使い勝手は良さそうだがな」
 呟いたのを始めの合図とするようにして、男達は一斉に銃を乱射し始めた。
 ……が。

「…でたらめだ……」
 男の内一人が呆然として言った。

 自分たちが標的にしている少女は、跳んだりしゃがんだり、アタッシュケースを盾にしたりで銃弾を全て避けきってしまったのだ。
 やがて男達全員の銃が弾切れになって、換えの弾を持っている者は弾倉ごと弾を入れ替えるが、そうでない他の半分くらいの男は狼狽えた。

 そんな中でコイフは堂々と立ち、アタッシュケースを右手に持ってからだの前でゆらゆらと振ってみせた。
 どうやら特殊な素材を使っているらしく、傷一つついていない。

「ええい、どうした!早く奪わんか!!」
 コイフの動作を挑発と受け取った偽依頼主が叫び、男達は弾切れの銃を捨ててコイフへと駆け出した。

 するとコイフは、アタッシュケースを握ったまま地に着けた。
 それから、片足でがつん、とそれを蹴り上げる。

 ガキンッ
 音がして、アタッシュケースはその形を変えた。
 …否、変えたというよりは、アタッシュケースのどこかの部品が組み変わって、中から何かがはみ出しているような感じだった。
 はみ出しているそれは―――銃口。

 驚いた男達は足を止めるが、逃げるには時間が足りず。
 コイフがもう一度ケースを蹴り上げ、次の瞬間にはケースからはみ出した銃口が連続して火花を散らした。

 タタタタ、という音が数秒続いた後には、男達は一名を除いて全員その場に伏していた。
 撃たれた者は、全員等しく脚に弾を貫通させていた。
 正確な射撃だった。

 コイフは、ガン、ともう一度アタッシュケースを蹴って、銃口を出したまま連射を止めた。
「残ったのはお前だけだが…こいつらを全員回収して帰るならば見逃してもいい。こっちで処理をするのは面倒なのでな」
 残った一名……偽依頼主に、ぴたりとアタッシュケースの銃口の照準を合わせて、コイフは静かに言い放った。


 ―――数秒の沈黙。
 しかし男はコイフの案に回答を言い渡すでもなく……笑った。
「くっくっく……まさか本当に一人でこいつらを全滅に追い込むとはな…。あの男の言う通りだ」
「……?」

 意味の繋がらない男の発言。
 コイフはそれに眉を寄せるが、男はそれを見て逆に笑みを深めた。
 コイフは男に何かを言おうとして……その前に、男が言った事の意味を知る事になる。

 ザ、と足音を響かせ、木の後ろから一人の細身の男が出てきた。
 一人、残っていたのだ。

 コイフは目を見開いた。
 倒しそびれた者が居たから……ではない。

「……イーグル」
 対峙しているその相手が、知り合い…それも突然行方をくらませた、今回の仕事の相方であるはずの人間だったからだ。

「よっ、元気みてーだな」
 イーグルは片手を上げてそう言った。
 偽依頼人はそれを見て首を傾げる。

「……仲間か?」
「いえいえ、飽くまで依頼優先なので、今は仲間じゃないですよ」
 イーグルはにこやかに返し、それからコイフへと視線を戻した。

 ――雰囲気が変わった。
 イーグルの目は、まるで獲物を狙うように鋭くなっていた。
 コイフは、イーグルが仕事に本腰を入れるとこの顔をするという事を知っている。

「……どういう事だ、イーグル」
「簡単だ。俺が引き受けた依頼の依頼主が、そっちにとって敵だったっつーこと。要するに、今は俺とお前が敵同士」

「お前、その依頼を受ければ私と敵対することになるのは分かっていたはずだろう。…いや、それ以前にお前は組織の上層部からこちらの依頼を受けるように命令されていたはずだ」
「こっちの報酬の方が高かったんだよ。俺にとって簡単でもあったし。組織の依頼一覧からは依頼内容と依頼時間の関係でこっちの依頼が抹消されてたが、これは俺個人で受けた。やるからには全力でやる」

「…依頼内容は?」
「『フジタニが雇う密偵を全て排除せよ』」
「体力馬鹿のお前にはうってつけだな…」
 コイフは額を押さえて大きく息を吐き出した。

「…そういえばイーグル、お前連絡を取った時に画面の向こうでターゲットが極秘ラインで通信してるだの何だの……」
「あぁ、あれはウカワのデータにハッキングしてきた奴に探査をかけたんだが、今辿ってみるとあれって、その時丁度極秘ラインで会話してた俺らに探査が引っかかったんだよな。つまりあの時動いたターゲットってのはお前だった事になるのか」
 ウカワ、とはコイフのターゲットである。

 コイフは納得がいったように「ああ、」と零した。
 極秘ラインを探査できるほどの規模の機械があったのは、イーグルの依頼主が政治家だったかららしい。
 そういえば、今思うとこちらの依頼主の写真が紛失したのもイーグルが処分してしまったからなのではないだろうか。
 上層部に気付かれずに処分するのは容易なことではないが…イーグルならばできないこともない。

「まったく、依頼を終えれば合流するとか言っておいて、どれだけ面倒な合流の仕方をするんだ、イーグルは…。で、待ち伏せをしていたということは、私の依頼人をどうにかしたのか、それともここに呼び出した事自体がお前達の罠だったのか…どっちだ?」
「実は、前者だったりする。…そっちの依頼主は、既にこっちで捕まえてあるんだ。だから……」

 口調は普段通りのわりに、視線は未だ鋭いまま。
 それが更にすっと細められ……イーグルはコイフの方へ、ゆっくりと歩いてくる。
 コイフはじりじりと後ろへ下がるが、イーグルの威圧感は迫るばかりだ。
 イーグルは本気でコイフと敵対するつもりらしい。

「おとなしく、倒れてくれ」

 言った瞬間、コイフが銃を構える暇も無く、イーグルの手刀が飛来した。
 コイフは間一髪でそれを避け、その場から逃げるべく、無駄なく足の方向を変えた。

 …ところが、イーグルの方が動きが速かった。
 あっという間にコイフの肩を掴み、拳を彼女の鳩尾へと埋めた。
 くぐもった声を上げて、コイフはその場に崩れる。
 どうやら気絶してしまったようだ。

「……相変わらず弱いなー」
 小声で言ったのを偽依頼主である男は聞いていたが、それ以前にコイフの戦いぶりを見ていたので素直に賛同できなかった。
 ただ分かったのは、イーグルがコイフより更に化け物じみて強いという事実。
 男は、イーグルが味方で良かったとほっとした。

「さてと、引き上げるか。……このアタッシュケースの中身も一応処分しないといけないんですよね?」
「あ、ああ」
「……けど、何かロックかかってますよ?暗証番号が必要みたいです」
 コイフのアタッシュケースを弄ってみるが、留め具付近に暗証番号入力画面が表示されていて、開かない。

「気絶させたのは間違いだったかな……こいつ、ひとまず連れて行って後で番号を聞きましょう」
「ああ、そうしよう」

 こくこくと頷く男を一瞥し、イーグルはコイフを肩に担ぎ上げた。


 …時間が無いな。
 イーグルは、頭の隅でそう考えていた。





〜To be continued〜




<アトガキ。>

拍手でリクエストがあったので載せてみました第2弾。
ちなみにこの部誌(文芸部の雑誌)には、コレと「約束という名の意地と賭け」が組で載っていました。
基本的に1号分で2本の小説が載ります。

長くなりそうだったので、部長さんの許可を得て前編として部誌に載せてもらいました。
何か妙なモノを書きたかったんです…。
一応、題の通り「赤ずきんちゃん」のストーリーに沿っている……はず。
今回は「おばあさん(依頼人)の元へ届け物(データディスク)を持って行ったら、
問答の挙句おばあさん(依頼人)が狼(敵)であったことが判明した」って辺りでしょうか。
題と内容のギャップがあるので、周囲の友人に「ギャグじゃない」と認識してもらうのに苦労しました。
たまには私だってギャグ以外を書きたくなりますよ。

近未来ですが、機械類やらに詳しくないので微妙に誤魔化している部分があります。
しかし雰囲気として近未来書くのは好きだ……
カッコイイ女の人も好きだ…(何)
では、次回で更に色々と明かされるのを自分でも楽しみにしつつ。(ぇ)
また後編でお会いしましょう。

2006.4.10
(文芸部の部誌にこの文章が載ったのは2006.2.6・卒業号)