腕の中で、ひゅう、ひゅう、と苦しげな呼吸音が聞こえる。
嘘だと思いたかった。
血まみれになって細い息をしているキカのこの現状が素直に頭に入らなくて、スマイルは唇を噛む。
自分の腕が痛むのすら腹立たしかった。
なぜ、自分がこの程度で済んで、キカが、こんなに。
――安全な場所まで送り届けると、約束したのに。
現実を否定したくてもすぐ目の前にその存在があって、どうにもならなくて、苦しい。
走って逃げている間、一揺れごとに彼女の命を削っているようで、気が気ではなかった。
早くどこか、キカを寝かせられる場所は。
少しでも安全な場所は。
嫌な予感は……見て見ぬふりをして。
● −┼―――−- last promise _12 -−―――┼− ●
それからスマイルは、女に追われている間敢えて向かおうとしなかった川の方へ走った。
川へ入ってしまえば、血痕を追われることもない。
背後、遠くでかすかに人間の声がした。複数だ。
未だ呻き続けている女に気付いたのか、それともさっきまでの騒ぎで人を寄せてしまったか。
何にしろ二人分の血の跡は目印になってしまう。
なるべく揺れないように走り続けて、川辺に出た。視界が一気に開ける。
周囲に人が居ないかだけ確認して、躊躇いなく川の中へ入る。
幸いさほど深さはなくて、歩いて渡れそうだった。
フェイントの為に一度すぐに向こう岸へ渡って、ある程度水と血の痕跡を残してからもう一度川に入り直す。
上手くいけば追いかけてきてもこの近辺を探されるはずだ。
キカを抱え直し、川にもう一度入ったスマイルは、そのまま川沿いに進む。
できるだけ上がる場所を誤魔化しておきたかった。
誰かの声が聞こえた時はその辺の岩陰に身を隠して、それが去ればなるべく水音を立てないように歩く。
キカの空色の服が、赤く染まっていった。
しばらく歩いて人間の声が完全に聞こえなくなったところで、どこか隠れる場所を探す。
丁度いい具合に大きな岩があったから、川から上がって岩の陰に向かった。
近づいてみるとそこは複雑な形の岩が組み合わさっていて、岩と岩の間に入ればすぐには見つかりそうになかった。
広さは二人が入っても余裕があるくらい。
そこへ、キカを寝かせる。
そしてすぐさま膝をついてキカの様子を見る。
息は、まだある。
傷は……血まみれでよく見えない。
スマイルは何か拭うものをと考えるも、二人とも何も持っていない。
だから、ほんの少し迷った後、スマイルは上の服を脱いだ。青い上半身が空気にさらされる。
川を渡る過程で濡れてしまった場所(主に服の裾)を選んでつまみ、それでキカの傷口をそっと拭った。
う、という声とともにキカの顔が歪む。
それでも目が開くことはなかったから、軽く気を失っているのかもしれなかった。
傷を丁寧に拭うが、一瞬だけ傷口が見えても、すぐに溢れた血で見えなくなる。
血が、溢れて止まらない。
止まらない。
「……っ、」
拭うのをやめて服全体を押し付ける。
じわり、じわりと血が染みこんで、赤く染まった。
血が。…止まらない。
何か止血できそうなものは。
キカを救えそうなものは。
隣の町まではずいぶん遠い。妖怪の世界…メルヘン王国の方が近いとはいっても、この状態のキカを運んで無事でいられるほど近くもない。
人間に紛れて何かを買ってくることも最早できない。
おまけに自分達は何も持っていない。
そしてキカの傷は――あまりに、深い。
「っ……、嫌だ…!!」
諦めたくなかった。認めたくなかった。
しかしそれ以上に助ける手段を持たなすぎた。
現実を認めろと頭の中で声がする。
警鐘が鳴り響く。
嫌だ、嘘だと暴れる自分に、じゃあどうするんだと糾弾する声がする。
手が震える。
せめぎ合う声が、傷の痛み以上に自分を支配した。
だから。
…そっと、キカの腹部にのせていた自分の服を、血が染み込んだそれを、どけた。
「――…っ、」
視線が揺れる。
けれど頭の隅はどこか冷静で、キカの傷をしっかりと捉えた。
刺し傷は複数。
浅いもの、傷というほどではないもの、それから……かなり、深いもの。
冷静な部分が告げる。
これは、この場では応急処置すらできそうにない。
更に言えば、きちんとした医療施設に運び込めたとしても、これでは……。
すなわち。
「…っ、嘘だ……」
ダンッ、
岩に拳を叩きつける。
それは、ただ腕の傷が痛んだだけだった。
だって、あんまりじゃないか。
生まれたその時からおよそ幸せというものを知らず、迫害され、疎まれ、住む場所まで追われて、母を失い、知らない所で罪を被せられて。
挙句妖怪だからというだけで踏み台になり。殺されて然るべきだとされてこんな風になった。
キカが何をしたというのだろう。
少しいびつなだけの彼女が、誰に迷惑をかけただろう。
本当は明るくて、素直で、強がりで、誰よりも優しい彼女。
――少しずつ、命が砂塵のようにこぼれ落ちてゆく。
「何で、キカなんだよ…!!僕を狙うんじゃなかったのか…!!」
怒りに任せてダンダンと岩を叩く。
少し固まりかけていた腕の傷口が開いて、ぽたぽたと血が飛び散る。
そのひとしずくがキカの頬に飛んで、ひとつの筋を描いた。
「……ぁ…れ、スマイル、」
うっすらと目を開いたキカが、突出してぎょろついた目で周囲を探る。
スマイルは両肩を軽く跳ねさせて、押し黙った。
「ここ、…どこー。なんか、苦しい、の……」
相変わらず息は細い。
声もかすれていて、弱々しかった。
「あ…、スマイル、血…」
腕のことだろうか、それともキカの傷を調べている最中についた血のことだろうか。
スマイルの両手は赤く染まっていた。
スマイルは黙ったまま、じっとキカの顔を見詰める。
その様子を、キカは不思議そうに見た。
やがて、呼吸をすることすら傷に響くのか、ぎゅっと眉を寄せて目を閉じた。
それで気になったらしく、キカの右手がゆらりと持ち上がって、そっと腹部に置かれる。
ぺちゃり、粘り気のある音がした。
その手を、キカが顔の前まで持ってきて薄目で眺めた。
「……スマイルー、あたしにも、血……どうして…?」
スマイルはキカの赤い手を両手で包んで、無言のままうつむいた。
「スマ、イル…?」
「…キカ」
ようやく絞り出せた声で、スマイルは彼女の名を呼んだ。
苦しそうに息をしながらかすかに不思議がるキカに、「どうしてだろうね」と震える声で答えるしかできなかった。
だからキカは、スマイルにもわからないんだ、とぼんやりとした思考でそう思った。
「血…いっぱいねぇ」
「…うん」
「…痛い、よう」
「……うん」
「おかーさんと、…同じなのかなぁ」
「…そうかも、しれない」
「そ…っかぁ」
「ねぇ、ここ、どこー?」
「川の近くの、岩の隙間。多分上手く逃げられたから、もう心配しなくていいよ」
「…うんー。そっかぁ」
「おかーさんと同じだったら、あたしも、もう…しぬのかなぁ」
「……まだ、分かんないよ」
「そ…っかなぁ。だって、こんなに苦しい」
「……」
「……、キカ」
「なぁにー…」
「何かほしいもの、ある?」
「んー…。じゃあ」
――スマイル、傍にいて。
あまりに小さくて細い声でそう言われたから、
「…分かった」
涙の一筋がこぼれることくらい、許してほしかった。
*
それからはとりとめもなく話して過ごした。
時々途切れながら、それでもゆっくりと。
たまに人間の声らしきものが聞こえたら、息を潜めてやりすごして。
まるで隠れ家みたいね、なんてキカが言うから、森での生活も似たようなものだったじゃない、とスマイルが返す。
そうだねー、とキカは薄く表情だけで笑った。
そんな何でもないような会話だというのに、スマイルが時々黙りこむから、キカも何かを感じ取ったようだった。
自分の身に、何が起きているのかを。
けれど、泣き喚いたりはしなかった。
ただただ、会話を重ねるごとに何となく腑に落ちていったのだ。
おかーさんと、同じようになるのだと。
日が傾く。
さほど時間は経っていないような気がしたけれど、夕日が差し込んでオレンジ色に染まった。
日暮れまで、そんなに時間はかからない。
既に一番星が輝いていた。
「ねぇ、スマイルー」
「ん?」
何度繰り返したか分からない遣り取りを、もう一度。
「あたし、ね」
「うん」
「……スマイルのこと、だいすきよー」
「……」
いびつな造りの顔で、不器用に笑ってみせるから。
スマイルは、微笑み返して返事する。
「僕も、キカのこと大好きだよ」
「うんー…」
それなのに、キカは困ったような声を出した。
だからスマイルは軽く首を傾げる。
「ねぇねぇ、スマイルー」
「…ん?」
「あたし……」
「スマイルに会えて、よかったなぁって、思うの」
――こんなに、複雑な表情をするような子だったろうかと、スマイルは思う。
勿論普段から見ていなければこの子の表情の変化というものは分かりにくい。
けれどそういう話ではなくて、難しい顔をしているのだと、思った。
「町の人、みんなこわくて。やさしいのはおかーさんだけで。それ以外いないんだって、思ってた。でも…スマイルは違ったの。スマイルは、もしかしたら…なかまじゃないって、思ってるかもしれないけど。あたしは、妖怪のなかまでいられて、すごーくうれしかったのよー」
ゆっくりと、夜の帳が降りてくる。
スマイルは「ヒヒヒ」と笑った。
「何言ってるのさ。僕はキカのこと、仲間だと思ってるよ」
「ほんとにー?」
「うん。あの時は変なこと言ってごめんね。でも、キカは最高の仲間さ」
「……」
脂汗の浮いた顔で、キカはにぃっと笑った。
ヒヒヒ、と、二人で決めたあの笑い方で。
やがて。
その笑顔がゆがんで。
眉間にしわが寄って。
笑みが不格好になって。
ほつりと、涙が零れた。
「スマイ、ルー」
「…なぁに」
「……あたし、……あたし、しにたく、ないよー……」
かすかにしゃくりあげるも、傷を引っ張ってしまうのか、途中で「ぐ」とか「うぇ」とか苦しそうな声を挟んでしまっていた。
痛いから、苦しいから、必死に抑えようとしているのが分かる。
「…あたし、まだ約束、まもれてないよう……おさいほうで皆に認めてもらってないよう…!!」
「っ……、うん、」
「スマイルと離れたく、ないよう…!!」
「うん……」
限界まで抑えながらしゃくりあげて泣くキカに、スマイルは何もできなかった。
抱き締めることさえ、最早苦痛にしかならない。
だからせめてと、キカの頭をゆっくり撫でる。
キカと過ごす内にほんの少しだけ上手くなった手つきで、撫でる。
スマイルの手についていた血は、もうからからに乾いていた。
「スマイル…寒い、よ」
「ん…、どうしよう、火をおこす?」
「やだ、離れ、ないで…」
「……うん」
ひゅうー、ひゅうー、とキカの細い息が酸素を求めるように深くなる。
どんどん、心細くなる。
キカの目から涙が次々とこぼれ落ちた。
「ねぇ、スマイ、ル」
「ん?」
「あたしは…やくそく、だめだった。でも、スマイルは…がっき、上手くなって。もっともっと、上手くなって。それで、いーっぱいの人に認められて。約束」
「……」
その『約束』は、今まで積み重ねてきたキカとスマイルの約束に追加するものだと、自然とそう思った。
だから、スマイルは深く頷いて言う。
「うん、分かった。…約束」
ヒヒヒ、とキカが笑う。
泣き笑い。
丁度燃え尽きた太陽が見えなくなって、完全に夜と化した頃だった。
満月でもないのに明るすぎる月が、登る。
ひゅうー、ひゅうー、と響き続けていたキカの呼吸が、ぱたりと止んだ。
スマイルは慌ててキカの脈をとる。
最後の弱々しい脈をとらえて、それ以降何も感じ取れなくなった。
「――あ…」
必死に、手首以外の場所でも脈を探して。
それでも何も感じ取れなかったから、耳をキカの胸に押し当てる。
――なにも、聞こえない。
「っ…あ、…あ、ぁ、……」
言葉を忘れてしまったかのように、何も言えなくなる。
だって。
キカが。
動かない。
「キ、…カ」
呼んでも動かない。揺すっても動かない。
薄く開いたままのいびつな眼球が、虚空を見上げていた。
「――っあ、ぅ、…っあ」
ひとりでに、涙がこぼれてやまなかった。
悲しいのか、苦しいのか、それすら分からないまま。
自分の体を抱き締めて、その指が腕の傷に食い込んでも。
…構わずに涙をこぼし続けた。
ともすると、痛みでこの感情を消せないかとでも思っていたのかもしれない。
けれど、どんなことも無駄だった。
何も心を打たなかった。
ただひたすらに、キカが動かないことがつらかった。
―――キカ。
僕はキミを、幸せにしてあげたかった。
キカ。
最後の約束だけが、頭の中を巡っていた。
満月ほどに明るい月が、それを見守る夜だった。
***
スマイルはキカを背負ったまま丸二日飲まず食わずで歩き続け、誰にも会わないように、遺体としてのキカが見つからないように、メルヘン王国を目指した。
それで、やっと目的地へ辿り着いて、近くにあった手頃な石で穴を掘った。
根気強く、時々傍らに寝かせておいたキカを見詰めて。
それでキカが入れるほど…否、二人くらいは余裕で入れるほどに掘り広げたら、最後の挨拶とばかりに抱き上げて目を閉じた。
彼女と出会った時を思い出す。
それはあまりに鮮烈で、とても愛おしい記憶だった。
そうして、それが終わったら、穴の中に丁寧に寝かせた。
土がかけられてゆく。――キカを寝かせた、穴の右半分だけ。
ここはメルヘン王国の中でもひときわ美しい森で、その森の一番高い木が生えている場所だった。
動物たちも沢山居る。
ここならば、きっと彼女も寂しくない。
穴の右半分を完全に埋めた後、スマイルはすっくと立ち上がる。
まだ作業を終えたわけではない。
そこから再び歩き出し、まずはメルヘン王国内の町へ向かった。
少しの労働力の代わりに腕の治療をしてもらって(医者には傷を放置しすぎたことを怒られた)、再び旅立つ。
人間界の、あの森へ。
キカと最後に隠れていた岩陰を通り越し、透明になりつつ更に進む。
予想よりも人間は少なかったが、見つからないように静かに歩いた。
よほどのことがない限り見つかりはしないだろうが、それでも用心するにこしたことはなかった。
所々で見かける町人らしき人々から察するに、混乱はまだ去っていないらしかった。
立ち止まって要所要所を聞き取る。
どうやら数日前の一件で町長を追放してしまったらしく、町の住人の統率が全く取れていないとか。
更に別の人間が会話しているのを聞くと、例の女はやはり視力を失ってしまったそうで、大層憐れまれているのを知った。
復讐は、考えなかった。
ただ、彼女が重ねた罪を償うどころか丁寧に扱われていることに、何だか笑ってしまいそうになった。
中々の、殺人犯を。そんなに、丁重に?
とても滑稽な話だ。
だからスマイルは寄り道をすることにした。
森から町へ入って、人の話を立ち聞きしながら場所を探る。
さほど時間をかけずに、その家へ着いた。
「誰?」
音を立てないように扉を開いたつもりだったが、目が見えない分聴覚が鋭敏になっているようで、中の住人にはすぐに気づかれてしまった。
スマイルは怯むことなく家の中へ上がり込み、その人物のすぐ近くまでそろりと歩いて近づいた。
幸い、他に人間は居ない。
「誰?ねえ、誰よ。お願い、返事して」
彼女が――蜂蜜色の髪をした女がそう言うものだから、スマイルは耳元に唇を寄せて返事をした。
「はーい」
女は、ビクリと硬直した。
スマイルは構うことなく囁く。
「ねぇ、今幸せ?よかったねぇ、大切にされてて。僕も仲間に入れてよ」
包帯で両目を覆った彼女は、いくつか意味のない言葉をこぼし、震え上がる。
叫ぶこともできないほど怯えているようだった。
「そんなに震えないで。ちょっと挨拶していこうと思っただけなんだ。――ねぇ、殺人鬼さん」
「――っ!!!」
丁度キカの腹の傷があったところを指でつつけば、拒絶反応のように大袈裟に抵抗された。
その拍子に女が椅子から転げ落ちる。
盛大に音が鳴ったから、それで気付いたのだろう、外に居た人間たちが心配して声をかけてきた。
ドアが開いて誰か入ってくる前にもう一度彼女の耳元へ囁く。
「じゃあね、いつでも見守ってるよ」
そう言い残し、壁まで必死に後ずさった彼女を置いて、町人と入れ替わりに家を出る。
心配する声と、怯えて錯乱する声が背後に聞こえた。
それからスマイルは再び森へ戻る。
キカの家へ辿り着き、そこにも人間は居るようだったが、無視をして周辺を探る。
恐らく近くにあると思うのだが、本人から詳しい位置は聞いていなかった。
――キカの『おかーさん』の、墓。
時間をかけてじっくりと探すと、ようやくそれらしいものが見つかって、その頃には夜になった。
丁度いいとばかりに人が居なくなるまで待って、そこを掘り返す。
キカが言っていた通り、それは大人を埋めるには少し浅かったようだ。
それでも真夜中までかかった。
全部の遺骨を掘り出して、土をもとあったように戻し踏み固める。
さてこれをどうやって運ぶかと考えて、それで一旦キカの家へ向かった。
そこになら、布があるだろうと。
誰も居ないかを探りながら中へ入ると、そこはほとんどキカと過ごしていたまま全てが残っていた。
ただ、少しだけ期待をしていたのだが……スマイルの楽器は跡形もなく姿を消していた。
誰かが持って行ったのだろう。
一つだけ深く溜息をつき、元々の目的へとりかかる。
結果的に言えば、布はあった。
だから2・3枚取り出して袋を元通りの位置に戻しておく。
墓へ取って返し、掘り出した遺骨を丁寧に布にくるんだ。
それを持って、立ち上がる。
これを運ぶなら今しかなかった。
透明化しても荷物は見える。人間の寝静まった今が絶好のチャンスだった。
『あたしが、死んだら』
『おかーさんと一緒に、埋めて』
約束にならなかった約束を果たすために、スマイルは彼女の『おかーさん』を運ぶ。
大丈夫、もうすぐ一緒にいられるようになるから。
結局移動の間何も口にすることなくひたすら歩き、キカの墓へ辿り着いた頃には最初から全て合わせて一週間ほど経過していた。
食べる暇がなかったわけではない。
ただ、食べるという選択肢がその間だけ死んでいたのだ。
それを行うくらいなら、移動していた方が精神的にマシだったのだ。
そうやって持ち帰った『おかーさん』の遺骨を、墓穴の空いていた左側へ丁寧に詰める。
土をかぶせて手のひらでぽんぽんと固めれば、二人分の墓の完成だ。
キカ。
今頃会えているだろうか。
十字架を樹の枝で作り、キカが縫うはずだった布の一枚を結んだ。
白いそれがはたはたとはためく。
ありがとうと、ごめんと、大好きを、墓の前で目を閉じて伝えて、スマイルは去った。
―次で終わりかと―
**後書き**
予想外に予定通りの話数で終わりそうで自分でもビビってます。
多分次で終わりです。
おおまかな想像はついていたかと思いますが、キカちゃんはこんな風に最後を迎えました。
ちなみに町まで行って例の女性と話すシーンは特に考えてなかった所だったのですが、何となく筆が進みました。
悪はいつでも成敗されるものでもないですね。
私の知る限りは悪い人間ほどうまい具合に生き延びています。
ほんのちょっとの、仕返しでした。
さて。次は現代に帰ってくると思います。
長い懐古でしたね。