鍛冶屋の男と、猟師が駆ける。
女の突然の悲鳴。
何があったのかは死角になっていて見えない。
通り道からほんの僅か外れた位置に居るようだ。
だから二人は全力で走った。
悲鳴を上げた女と、その婚約者が居る場所まで。…さほど距離は無い。
妖怪が出たのだろうか、見つかったのだろうか、ならば二人は無事なのだろうか。
…短い時間で様々な思いが駆け巡る。
けれど。
二人が視界に入る所まで来て、その思考は全て凍りついた。
なぜなら―――想像よりも遥かに酷い光景が、そこにあったからだ。
そこに居たのは紛れもなく二人。
妖怪の姿は無い。
「―――っ」
がたがたと震え、地面にへたり込む女。
怯えのあまりその視線まで震えていたが、視線の先には彼女の婚約者である男が居た。
……――血溜まりの中に。
「――なに、が…あったんだ」
鍛冶屋の男が詰まりながら問う。
女は、震える視線で振り向いた。
地面に倒れ、腹から血を流している男。
彼を抱き起こすようにして座り込んでいる女。
――しかし男の方は動く気配も無く、未だ大量の血を流し続けていた。
最早呼吸をしている様子も無い。
それもそのはず、男の腹の傷は――どんな物でどういう風に傷つければそうなるのか分からない程、滅茶苦茶に裂かれていたからだ。
……誰がどう見ても、男は絶命していた。
「…っ、助けて…血が、血が、止まらないの…!!」
女は錯乱しているのか、それとも男の死を認めたくないのか、必死の形相で猟師と鍛冶屋の男に助けを求める。
彼女の綺麗な蜂蜜色の髪も、べっとりと赤黒く染まっていた。
男の血が飛び散ったのか、それとも女自身も傷を負っているのか分からなかった。
男を抱き起こしている彼女は、血溜まりの真ん中に居たものだから。
猟師は一瞬の思考の後に横たわる男の方へ駆け寄り、しゃがみ込んで傷の様子を見た。
そしていくつか軽く確認して…眉を寄せ、女と視線を合わせる。
「何が、あった」
「――妖怪が…、いきなり…襲って来て…」
「……っ」
予想の範囲内ではあったが、実際に聞くと衝撃的だった。
何しろ、今まで妖怪に対して警戒はしていたものの、これほどの事があったのは初めてだったから。
「…追って来てたのか」
「じゃあ今も近くに居るのかよ!?」
鍛冶屋の男が動揺しながら視線を周囲に巡らせる。
けれど木々がざわざわと揺れるだけで、何の姿も見つけられない。
――それが余計に、焦りを生む。
「…っ畜生!!どこに居やがる!!」
「落ち着け、混乱してもしょうがない!」
「こんな状態でどうやって落ち着けってんだ!えぇ!?」
「騒いで挑発して死ぬつもりか!?逃げるんだ、ここからすぐに」
猟師の言葉でほんの少しだけ冷静さを取り戻したのか、鍛冶屋の男はぐっと感情をこらえて奥歯をかみしめた。
何とか落ち着いた様子を見て、それから猟師は再び女と目を合わせた。
「……君は、どこか怪我をしていないか?」
「…いいえ…、私が叫んですぐ妖怪は逃げたから……」
「良かった。じゃあ町に帰ろう」
「――待って!彼を…せめて止血してから…」
震える声で言いながら、血まみれの女は男を抱き寄せた。
びちゃ、と音がする。
猟師も鍛冶屋の男もそれを見て悲しそうな顔をした。
…けれど、今は余裕がない。
「彼はもう…駄目だ。君だけでも助かってくれ」
「嫌…さっきまで話してたの。お願い…助けて…!今ならきっとまだ……!」
「聞き分けてくれ。このままもう一度襲撃されたら今度こそ皆死ぬかも知れない!」
「嫌ぁぁ!」
「……っ」
何を言っても言葉が届かない様子に猟師もどうすればいいのか分からず、困り果てた。
万一の可能性も無いが先程軽く調べて、それでやはり男に息は無かったのだ。
こうしている間にも、またどこから妖怪が襲ってくるかも分からない。
そんな時。
「チッ…ならこうすればいいだろうが」
言って、鍛冶屋の男が進み出る。
大柄な体格を活かして、あっという間に女の婚約者を背負いあげた。
大量の血が鍛冶屋の男の背に染み込む。
染み込まなかった分は、赤い雨が降った。
「こんな事してる暇があるなら、両方背負って逃げた方が早ぇ」
「嫌、早く手当てをしないと…!」
「…すまない」
女の言葉を無視して、猟師は血まみれの女を無理矢理引っ張って背負った。
多少暴れたが、大して気力も無いのかさほど苦にならなかった。
「どっちみち今持ってる物じゃ彼の治療には足りない。早く町に帰ろう」
「……っ」
背に居る彼女へそう声をかければ、大人しくなった。
…勿論、治療をして助かるものではない。
が、女を説得するには少なからず効果があったようだ。
そうして、二人の男が血まみれの二人を背負って走り出す。
「…襲ってきたのは、どんな妖怪だった?」
走りながら、猟師が背中に居る女へ問う。
女は、しばらく迷ってから答えた。
「……青い、妖怪だったわ」
「…そうか」
もしも。
大事を取って、分断なんかさせずあのまま全員で帰っていたら。
あの時、油断している隙に青い妖怪を倒せていたら。
―――こんな事には。
町への道を駆けながら、苦い顔をする。
後悔ばかりが胸を占めた。
町についたらまず彼女に謝って、それから妖怪が危険である事を町長に報告して、それから―――
順を追って考えていた、その時だった。
とす。
そんな音がして、猟師は音とは裏腹に重い衝撃を受けた。
「―――…!?」
思わずつんのめって、バランスを崩す。
その間にも、とす、とす、と軽くて重い衝撃を何度も受けた。
膝から崩れ落ちる。
その直前に、緩んだ腕から女が背から抜けだした。
少しばかり前を走っていた鍛冶屋の男が、物音から異変を感じ取って振り向く―――寸前。
息つく間もなく女が身を翻し、その勢いで鍛冶屋の男の横腹を、――…刺した。
とす。
厚い筋肉のせいか、果物ナイフが食い込みにくい。
女は全力で刃を押し込んだ。
「っ、ぐ、あ…っ!?」
驚愕したような目で、鍛冶屋の男が見下ろす。男を背負っていて両手が塞がっている事で咄嗟に動けないらしい。
その視線の先で、女は尚もナイフを持つ手に力を込め、刃を動かして彼の横腹を切り裂いた。
引き抜きにくかったナイフが抜けるようになると、女は何度もナイフを突き立てた。躊躇いなく。
ずるり、背に居た男が滑り落ちる。
――やがて、屈強な体を持つ鍛冶屋の男は呆気なく地に倒れ伏した。
それでもまだ息はあるようで、ぎこちない息遣いをしながら女を見上げた。
「……何で、って顔してるわね」
服、髪、肌。色んな所を血で赤く染め上げて、女は口角を上げる。
「私も随分迷ったのよ。…でもね、貴方達を生かしておいたら、私がここに居た事が町の皆に知られちゃうじゃない」
しゃがみ込んで、真正面から鍛冶屋の男の視線を受け止める。
「他でもない私がなぜか偵察隊に乱入して、それでコイツだけが死んだりしたら。いくら妖怪の事で多少誤魔化せるとはいえ…元々コイツの悪い噂を知ってる人が聞けば、勘付かれちゃうでしょう?」
―――誤魔化す。勘付く。
敢えてそんな言い回しをされた事で、鍛冶屋の男の薄れゆく意識の中に一つの恐ろしい疑念が持ち上がる。
女はその表情を見て、目を細めた。
「ええ。…私が、コイツを刺したの。妖怪の仕業に見える程、酷く」
ふふ、と少女の様に微笑む。
――その様子は、寒気がする程異様だった。
彼女の背後に、血まみれの猟師が見えた。生きているのかどうかは――分からない。
「貴方達に罪は無いけれど。…死人に口なし、全員妖怪に殺された事にしてよ」
言うが早いか、女は素早く鍛冶屋の男の首へナイフを突き立てた。
何度も、何度も。
地面に転がっているお陰で身長差は関係なくなって、刺すのは簡単だった。
そうして鍛冶屋の男が完全に動かなくなった所で、振り返る。
辛うじて細く息をしていた猟師に…笑みを向けた。
「――いいわよね、別に」
だって私、不幸だから。
猟師の無抵抗の命を掻き消して、それからもっと妖怪の仕業らしく傷を増やした。
完全に絶命した事を確認してから……女は立ち上がる。
――その目は、狂気と満足に満ちていた。
まず、黒いブーツについた血を地面に擦りつけて血の足跡が残らないようにした。
隠しておいた長いコートを着て、フードを被り、体中に飛び散った血を隠してから森の淵に沿うように移動する。
決してすぐには町へ入らない。
自宅に最も近い場所から森を出て、細い路地を通り、誰も見ていない内に家へ入った。
何となく、女は思う。
全身を覆っている今の自分はまるで、数日前にこの町へ来ていた旅の楽師のような格好だ、と。
● −┼―――−- last promise _07 -−―――┼− ●
「偵察隊が、帰ってこない」
町長が重々しく告げた言葉に、再度集められた町の有力者達はざわめく。
妖怪の事についての町民への公表がいやに遅れているとは思っていたが、まさか帰ってきていないとは思わなかったからだ。
時刻は夕方。
もうとっくに帰ってきているはずだった。
町長の言葉を聞いて、集められた者達の中で一際動揺する人物がいた。
――偵察に行っていた若い男の、婚約者だ。
「か、帰ってこないって…どういう事ですか!?私、報告に手間取っているのだとばかり…!!」
彼女は蜂蜜色の髪を振り乱し、町長に激しく問う。
無理もない、と何人かが痛ましげに眉を寄せる。
男が出発する直前に彼女がとても心配している様子を見た。早く帰ってきて欲しいと、念を押していた。
それなのに――最悪の事態が訪れている可能性が出てきたのだから。
「きっと…念入りに観察してるだけよ。町の脅威だもの、慎重になって…」
「…彼らの持ち物に、食料も明かりも無い。元々そう長い時間をかけて偵察するような手筈にはなっておらんのだ」
「じゃあ迷ってるのよ!!私達が昔使ってた通り道から大きく外れたなら、自分がどこに居るのか分からなくなってるんだわ!」
「偵察隊には森に詳しい猟師が入っておる。それはあり得ん」
「…っ……なら何だっていうの……あの人が、…妖怪に、襲われたとでも…言うの…?」
女は、喉を締め付けるような細い声で町長に尋ねた。
町長は彼女がその答えを聞きたくない事を知った上で短く返した。
「可能性は有る」
冷静に返された言葉に、集まっていた町民はざわつく。
「…おい、もっと言い方ってもんを考えた方がいいんじゃないか…」
「そうよ、可哀想じゃない」
事実だからこそ、と暗に含まれた言葉を悟ってか、女は席からふらりと立ち上がり、部屋の出入り口へと向かった。
実際、3人ともが帰ってこないとなると何もないはずがなかった。
それだけに、無事なのではと言える者が誰も居ない。
そんな状況が、より一層彼女への同情を集める。
「……すいません。私…ちょっと家で休んできます……」
口元に手を当てながら、彼女はふらふらと歩いてドアノブに手をかける。
町民の数名が心配そうに駆け寄り、声をかけた。
しかしそんな空気をもう一度裂くように、町長は女の背中へ告げた。
「今からすぐに、もう一度偵察隊を組んで森に入らせる」
その言葉を聞いて、一歩部屋の外へ足を踏み出していた女はぴたりと止まる。
「町長……、結果確かに偵察隊が掴んだであろう情報は回って来ていない。けど、またすぐに送り込むなんて…あの3人の事はもう忘れるって言うのか!?それに、どんな危険が待ってるか分からないじゃないか!」
「偵察の事でこの子の未来の旦那がどんな目に遭ってるのか分からないっていうのに、今この子の前で言わなくたっていいじゃないのさ!」
「いや、俺は偵察には賛成だ。というより、偵察じゃなく討伐の方がいいと思ってる。何かあったのには違いない、もう回りくどい事してるより乗りこんでとっとと狩っちまえばいいんだ」
「そうだそうだ、どうせ生かしてて良い事は無い。今こそ町全体で団結して妖怪を倒すべきだ!!」
ざわめきが、言い合いの火種になりつつあった。
火種といえば、既に不穏な出来事が起きたのだから仕方のない事ではあるが。
「…全員、良く聞け。……再び送り出す偵察隊は、妖怪を探るものではない」
幸いにもまだ町長の声が通る程度だった為、その話に皆黙る事が出来た。
部屋から一歩出たままだった女が、ゆるりと振り返り町長へ視線を向ける。
「…どういう事ですか?」
「偵察隊が全員帰ってこないという事は、何かがあったのには違いなかろう。ただし……何があったのかまでは不明。ならば彼らに何があったのかを確かめ、現状を把握する事が必要だろう。…要するに」
町長はテーブルの上に両肘をつき、指を組む。
「―― 一組目の偵察隊の、所在を探る為の偵察隊だ」
元々皆黙ってはいたが、部屋の中が更にしんと静まる。
けれどすぐに、反論の声が上がった。
「こんだけの事があって、まだ引け腰なのかよ!臆病者!!」
「偵察偵察って、結局何もする気がないだけでしょう!!」
「町への被害を考えたら、いますぐにでも打って出るべきです!」
「勿論、先の偵察隊の安否は大切だ。しかし安否確認をしながら出撃してもいいじゃないか!」
それは主に妖怪への攻撃を是とする者達の声。
彼らの言い分も尤もだった。
妖怪が増えたと聞いてまず様子見の案。そして妖怪の事を知る為に偵察。それが帰って来なければ彼らがどうなっているのか探る為に偵察。
町に与えられた恐怖に対して、町長の判断は冷静で、そして慎重過ぎた。
この場に集められたのはいかに有力者達とはいえ、人を束ねる者として推察しても限界があった。
けれどそれに反する言葉も出てくる。
「同時進行なんて、もし最初の3人が傷ついて歩けないだけだったら争いに巻き込まれるかもしれないじゃない!」
「それに結局どんな妖怪なのか分からないんだ、今倒しに行ってもどうなるか分からない。これまでの作戦が水の泡じゃないか!」
「見つかりさえすれば何かの情報はあるはずなんだ!3人とも生きてれば連れて帰って話を聞ける、逆に例え――」
言いかけた一人が、はっとして口を噤む。
猟師と鍛冶屋の男の身内はこの場に居ないとしても、ここには蜂蜜色の髪をした彼女が居た。
一般市民だが、妖怪の発見者と共に訪れ、事情を知っているという事でこの場に呼ばれ続けていた者。
町長は溜息を一つついて、言わんとしていた言葉の続きを足す。
「――最悪の事態になっていたとしてもだ。連れ帰って丁重に弔う事が出来るし、その時は……妖怪をこの町史上最悪の害とみなして、日を置かず狩る事が決定されるだろう」
弔う、という言葉に女が唇を噛む。
きっと大丈夫、と数名の女性が励ました。
「という事は、町長。…場合によっては妖怪退治に行くんですね?」
「ああ。…しかしそれは、あくまで急を要すると分かった時だ。基本としては、先の偵察隊を探し出し、話を聞いてからどうするか決める」
「じゃ…じゃあ、放っておく可能性もあるって事かよ!?」
「無論。もとより最初の一匹目はそうしていたはずだ」
場に居る全員が顔を見合わせどよめいた。
…事ここに至って、件の『青い妖怪』が無害である可能性を捨てていない事に、驚いたからだ。
「殴られた奴が居るから議題になってんのに。何でそんなに寛容なんだよ」
「触らぬ神に祟りなし。町の者を守るためだ」
町長はゆっくりとした動作で立ち上がり、周囲の面々を見渡す。
「実際、町に居る限りは襲われてなどおらん。――儂には、町を守る義務がある」
強い意志。責任感。
それらが宿った瞳を目にして、皆一様に黙った。
彼が町長として誠実に、時に冷酷な程真っ直ぐに町全体へ判断を下しているのを、町人は知っている。
特に、町の有力者であるこの人々は。
勿論、妖怪を討伐するべきだという者達は、場合によっては妖怪を放置するという事に納得など出来ない。
それでも…今日彼が取った方策には従っておこうかと思わせるものがあった。
「……では、偵察隊を送り込む事を決定事項とする。人選は、儂が行う。最初の偵察隊と同じように最適と思う人物を選び、事情を伝え…日の暮れきらぬ内に決行する」
夕方とは言えまだ日もオレンジ色にはなっていない時刻。
猶予は少ないが…ある程度森の中を探す事は出来そうだった。
…直接は誰も言わないが、最初の偵察隊の生死が事の緊急性を大きく左右する。だから、出来る限り早く見つけなければならなかった。
「それから。…最早情報を秘匿する事で裏目に出ないとも限らん所まで来た。青い妖怪が存在する事は事実と捉えるものとする。各自、町民たちに妖怪の事を伝え、注意を促すように」
偵察隊が帰ってこない事が、妖怪からの被害のせいなのかはまだ分からない。
けれど、第二の偵察隊が帰ってくるまで待っていては手遅れになる可能性が出てきた。
――それはすなわち、最初の偵察隊が最悪の事態を迎えていた場合である。
第二の偵察隊が帰ってきた時、情報が浸透していなければ……逃げる事も身を守る事も出来ない。
それに、これは考えたくもない事だが…第二の偵察隊も帰ってこない可能性を含めて考えざるを得なかった。
「あくまで、注意喚起だ。勝手に森の中へ入る者がないよう、充分に伝えて欲しい。妖怪の姿と、それを見たらすぐに周囲に伝え、逃げる事。これを重点的に言い含めるように。破れば、命の保証が出来ん」
あれほど言い争っていた面々が、それぞれ頷く。
ある者は真剣に、ある者は難しい顔で。
「ではこれにて今回の会議は解散とする。…忙しい中、参加に感謝する」
「情報の共有は重要ですから。次の会議は、偵察隊が帰って来てからですか?」
「うむ、そうだな……いや、本日の夜にまた呼ぼう」
その言葉を聞いて、是とも非とも言える者は無かった。
…帰ってこない事態を、想像してしまったからだ。――今回の様に。
「良い情報がもたらされる事を、期待しよう」
出入り口で真正面から町長に向き直っていた女を、ひたと見据えて。
――婚約者が無事であればいいと、言葉の裏でそう言った。
***
「ねぇスマイルー」
「んー?」
スマイルは楽器を弾く手を止めて、隣を見る。
「何で、難しい顔してるのー?」
キカは袋の続きを縫いながら、ぐりんと首を傾げた。
理由はよく分からなかったが、昼食を摂ってから(厳密には途中から)スマイルの様子がどこかおかしいような気がしていたのだ。
キカが思うに元々スマイルは自分と一緒に居る間『頑張って表情を変えている』風だったから、今回の様に目に見えて分かるくらい表情が変わるのは珍しかった。
それが楽しそうな部類でないから余計に気になった。
「んー……。何でもない」
「えー。やだやだ教えて!だって何でもないわけないじゃーん!!」
「…うーん」
それでもスマイルは話すのを躊躇っているようだった。
だからキカは何となく、そわそわする。
「やだー、教えてー!じゃあ今から約束!本当のことをいうことー!」
「ええー?そんな急に言われても」
「だめなの?」
「……駄目じゃ、ないけど」
言うと、キカがぱぁっと顔を輝かせる。
…これは、歌に追加せざるをえないのだろう。
「……しょうがないね。じゃあ、約束」
「やったー!」
持っていた布と針を万歳で掲げる。
何も持っていなければ立ち上がってくるくる回っていただろう。
「で、で?難しい顔、何でー?」
「そうだねぇ。……昼ご飯の途中に、何かがこっちを見てるような気がしたんだよねー」
「なにかって、なに?」
「んー。獣って言われたら否定は出来ないんだけど。…もしかしたら人だったのかなって」
「ひと?町の人?」
「分からない」
できれば怖がらせたくないからスマイルとしては秘密にしておきたい所だったが、それでは次にキカが『それら』と出会った時に対処が出来ない。
視線を感じる程大きな獣だったとしても、人だったとしても。
ところがキカはさほど気にしていないように「ふーん」と頷いただけだった。
「…あんまり、動揺しないね?」
「どーよー?」
「ビックリってことかな」
「あ、うんー。だってここに来た時はいっぱいの人が、何回も来て、おかーさんを怒ってたしー。最近は来ないけど、こわい人じゃなければいいよー」
「…そう」
一言呟いて、スマイルは再び難しそうな顔に戻ってしまった。
キカはそんな顔にさせたかったわけではないので、「うーん」と唸る。
「スマイルー」
「…んー?」
一拍遅れた返事を気にすることなく、キカは元気に言い放つ。
「歌おうよ!」
スマイルは目をぱちくりさせて、彼女を見遣る。
隣には、目一杯明るい顔で見上げるキカが居た。
それを見て、ふっと柔らかな吐息が零れる。
「…うん」
表情を緩めたスマイルが、楽器に指をのせた。
二人とも、ヒヒヒと笑い合う。
くるくるくーる、ぱらりんとん。
約束が増えたお陰で歌詞の長くなった歌を、揃って歌い始めた。
森の浅い場所で、3人分の無残な死体が見つかったのは…その少し後。
―続くよ―
**後書き**
まずはじめに。…サーセン。(何
注意書き通り血表現です。
苦手だったら……というか注意書き読んだ時点で逃げてますよね!そうですよね!(
スマイルとキカ以外の人物に具体的な特徴が上がりました。
彼女に「わざとらしいな…」と思って頂ければ幸い。
さて。
二人の楽しい生活が崩れる音が徐々に聞こえているかと思います。
…というかメイン二人が中々出てこないですね!私自身「少ないなー」っとションボリ気味。
次でもう少しだけ書けたらなぁ。