その微笑みが好きだった。

 いつだって優しくて、撫でてくれる時はゆっくりで。
 けれど叱るときはとても厳しかった。
 それは私の事を考えてくれていたからだと分かってるから、きっとその厳しさも優しさ。

 温かかった。
 どんなに忙しくて寝る間もなくたって、私が眠る時には一緒にベッドの中へ入ってくれた。
 後からこっそり起きて縫い仕事の続きをしてたみたいだけど、残った温もりで眠る事が出来た。

 お母さんと違って、私は決して外に出る事はなかった。
 生まれてすぐは、私もお母さん以外の人と会った事があるみたいだった。
 けれど、今は誰とも会ってはいけないのだと。
 きつく言い含められるでもなく、悲しそうなお母さんの顔があったから、そっと諦めた。
 外へ出る事はなくても、嫌だと思った事は無かった。

 沢山の布が、服になる様子を、よく見ていた。
 魔法のようだった。
 お母さんの手の中で、綺麗な服になっていく。
 それが好きで好きで、私もやってみたくて。でも針を持つにはまだ小さすぎると、持たせてくれなかった。


 幸せだった。
 例え外へ出られなくても、お母さんと二人。
 どんなに貧しくても、笑い合えた。大声で笑っては、いけなくても。


 ―――窓から覗き込む人と、目が合うまでは。


 目が合ってそう時間のかからない内に沢山の人が家の周りを取り囲み、やがて私とお母さんを外へ引っ張り出した。
 暑い日で、私は白い簡単な服を着ていた。
 その裾を、風がぶわりと膨らませていった。――初めて感じた、外の空気。

 色んな人が難しい言葉を並べたてた。
 何か持ってる人も居た。
 お母さんが責められた。私が見上げるとみんな変な声を出した。

 見下ろされる目に含まれた、そういう種類の感情を知らなかった。
 はじめて怖いと思った。

 妖怪、と。
 私は沢山、そう呼ばれた。

 ころす、と私は言われた。
 こんな小さな女の子を、とお母さんは今まで聞いた事のない声で言った。
 妖怪に女も子供も無い、と太い声が遮った。

 私はお母さんが可哀想になって、生まれて初めて人を睨んだ。
 沢山の人の内お母さんを激しく責めていた人が言葉を止めて、半歩下がった。
 周りの人も「恐ろしい」「妖怪」と口々に言った。

 けれどすぐに、お母さんと私を責める人が増えて、聞き取りきれないくらいの言葉が降った。
 だからお母さんは、……私の手を握って走り出した。

 短く叫んで避ける人も居れば、押されて驚く人も居た。
 捕まえようとする人が手を伸ばす頃には、私とお母さんは町の人の輪から抜けだしていた。

 初めて、駆け抜ける町の中。
 お母さんがあまりに頑張って走るものだから、私は引きずられるように家と家の間を走った。
 細くて、お母さんがやっと通れるような場所も通った。

 沢山の人の声が、耳に入った。

 恐ろしい色の声だった。
 意味の分からない言葉が入っていても、良い意味でないことは分かった。

 それから、森に入った。
 どんどん奥へ進んで、私は疲れて泣きそうだったけど、お母さんが困った顔をしたから我慢した。
 こんなに走ったのは、初めてだった。

 その内にとても大きな木を見つけて、根元に座って休んだ。

 お母さんに聞いた。
 妖怪って何。
 ――お母さんは悲しそうな目で、知らなくていいのよ、と言った。
 でも気になったから何度も聞いた。
 最後には、人じゃないものよ、と答えてくれた。

 お母さんは、そんな事ないのにねと私に言ったけれど、私はそっか、なるほど、と思った。
 だって鏡に映る私はお母さんとはとても違ったし、町の人達とも違った。
 …私だけ、違った。

 だから町の人達は怖くて、だから私達は逃げなきゃいけなかった。
 私が外に出てはいけなかったのも、私が妖怪だから。
 ――とても、しっくり心に馴染んだ。
 分からなかったものたちに、理由がついた気がした。

 だから私は妖怪なんだと、納得した。

 妖怪はどんなもの、と沢山聞いた。
 人を襲う。変な力を持っている。凶暴。――だからあなたとは全く違うのよ、とお母さんは全部を振り切る様に言った。
 そういうものなのかぁ、と思いながら私は頷いた。

 きっと子供だからまだ違うんだろうなぁ、大人になったらそういう妖怪になるんだろうなぁ、と。

 その日私とお母さんは、沢山葉っぱを集めてベッドにして、眠った。
 いつか大人になっても、お母さんだけは襲いたくないなぁと思いながら。






 −┼―――−- last promise _05 -−―――┼− 







 次の日、お母さんが町に行った。
 すぐに戻るから、と私にお留守番させて。
 お母さんが仕事に出ている間よくお留守番はしていたから、慣れていた。
 作り上げた服を売りに、よく出ていたから。

 日の光をたっぷり浴びて、森の中を走り回る。
 全部全部が、新しかった。
 お母さんが帰る頃には少しだけ森の奥へ入ってしまっていて、私を見つけたお母さんから「心配した」と怒られた。

 お母さんの両手には、今まで暮らしていた家にあったものが抱えられていた。
 どうするの、と聞いたら、これからはここで暮らすのよ、と微笑んだ。――今までとは、ちょっとだけ違う微笑みだった。

 暮らすんだったらベッドも、お皿も、お母さんの大きな鏡も持って来なきゃいけないんじゃないかと思ったけど、
 お母さんは、もう無いの、と煤けた頬で笑った。


 それから二人で大きな木をそのまま使って家を作り始めた。
 その枝には葉っぱが沢山ついていたから、次の日の雨には濡れなかった。

 更にその次の日。
 ――町の人が、何か長い物や重そうなものを持って、私達の家に来た。
 あの、怖い目だった。

 やっぱりお母さんと沢山言い合いをして、私は見ていられなくてお母さんの前に出た。
 …皆、一歩引く。
 だから私はもう一歩出た。
 皆更に、一歩引いた。
 駆けだした。

 全員、逃げ出した。

 それから何度かそういう事を繰り返して、いつの間にかぱったりと来なくなった。


 ――毎日、生きるのに一生懸命だった。
 そして家が完成して、木の実の取れる木を見つけて回って、お母さんが魚を取るのに苦労しなくなって。
 笑っていた方がいいねと、二人で笑いながら過ごしていた…そんな頃。
 お母さんが少し前から縫ってくれていた白い服が仕上がって。
 今まで着ていた服とほとんど同じ形で――お母さんが縫ってくれたものなのだととても嬉しくなって。

 それを着始めた頃に、お母さんは真っ赤な血を吐いた。


 病気なのよ、と言った。
 なぜか今まで持たせてくれなかった針をくれた。
 色んな事を教えてくれるようになった。
 既に木の実は、自分一人でも取れるようになっていた。

 そうしてある日。
 ――お母さんは、目を開かなくなった。

 死ぬって、こういう事なのかと、思った。


 お墓を掘りながら、泣いて。
 喉ががりがり削れるように痛む程、泣いて。
 でも……お母さんが『笑っていよう』と言っていたのを思い出して。
 最後には泣き笑いでお墓を完成させた。

 笑っていた方がいいのよと。
 悲しい気持ちが隠れるのよ、と。
 ―――それは悲しい気持ちが笑い声になって出ているだけの様な気がしたけれど。
 でも、何も考えなくていいから。

 確かに笑っていた方がいいんだろうな。


 大丈夫、私は、妖怪。
 だから強い。
 何にだって耐えられる。
 何とも、ない。


 お母さん。
 私は、まだ。

 生きてる。



 ***



「…―――っ」
 がばり。
 勢いよく起き上がれば、毛布がはらりと落ちた。

 しん、と静まり返った部屋。
 キカはぐるりと見渡して、まだ夜が明けきっていない事を知る。


「どうしたの?」
 不意に隣から声がかかって、ドキリと心臓が跳ねた。
 急いで視線を下ろすと……そこには深紅の瞳が二つ。

 ―――ああ。
 今は一人じゃ、ない。

 ほっとしたように息をついて、キカはたった今見たはずの夢をスマイルに伝えるために思い出そうとする。
 …けれど、飛び起きた瞬間に忘れてしまったようで、よく分からない。

「……えっと。忘れちゃった」
「怖い夢でも見たのかな。朝までもう少し時間があるし、もう一回寝ちゃいなよ」
「…うんー」

 半分眠そうにしながら、スマイルはぽんぽんとキカの背中を叩いた。
 キカはもう一度横になって、眠ろうとする。

 …十数秒。眠ろうと努力したのに、なぜか意識ははっきりしてしまっていて、眠れない。

「……んん」
 寝返りを打とうとしてスマイルの目が再び開く。
 今度は眠そうな気配が少しばかり薄らいで。

「眠れない?」
「んー……。何でだろ」
「…まぁ、そういう時もあるよね」
 スマイルはキカではないどこかを見ながらそう呟いた。
 キカには分からず、首を傾げる。

「…ヒヒ。じゃあそうだね、そんな時はゆっくり話でもしよっか」
「うん。…ヒヒヒ」
 二人して顔を見合わせ、静かに奇妙な笑い声を響かせる。


「何の話するのー?」
「んー、そうだねぇ。何でもいいんだけど」
「じゃあスマイルの事、きいていーい?」
「ああ、うん。何を聞きたいの?」
「えっとねー」
 言っておきながら今考える。
 今までスマイルの事を知る機会がなかったから、何か聞けたら嬉しい。そう思って口を突いて出た言葉だった。

 少しの間考えて、それからキカは軽い気持ちで口を開いた。

「スマイルには、おかーさん居るの?」
「ん……、お母さん?母親?」
「うんー」

 キカの言う『おかーさん』が『母親』である事を確認して、スマイルは一瞬何かを考える。
 けれどすぐに、質問の内容に答えるべく言葉を探した。

「そうだねぇ、僕を産んだ親って事なら、居るよ。まぁ僕の一族って放浪癖があって、ほとんどが行方不明なんだけど。母親もその一人」
「ほーろーへき?」
「旅が好きって事ー。あんまり顔覚えてないくらいだよ」
「ええー?うそー!」
「ほんとほんと。父親もあんま記憶にないなぁ」
「……ちちおや?」
「お父さん」

 おとーさん、と何度か口の中で呟くも、何だか心の中に嵌めこむ事が出来なかったらしく、スマイルの目を見ながら首を傾げる。

 そういえば。
 …キカの話の中に『おかーさん』は出てきても、『おとーさん』と呼ばれる人物は無かった気がする。

「キカのお父さんは、どうしてるの?」
「…おとーさんって、なぁに?」
「んんっと。親の片割れみたいなもの?男の親だよ。……お母さんとお父さんが揃ってなければ、キカは産まれてないはずなんだけど」
「? でも居ないよ?あたしは、おかーさんと二人」
「うーん。…キカ、一つ聞いていいかな」
「えー、なぁに?」

 スマイルが起き上がって胡坐をかき、ぴっと人差し指を立てる。

「キカの言う『おかーさん』って、母親の事だよね?」
「うんー」
「で、…育てただけの人じゃなくて、キカを産んだ人なんだよね?」
「うんだひと……」
「キカは『おかーさん』から産まれたんだよね?」
「あー、そうだよー?あなたはおかーさんの子、産まれて良かったんだって、よくあたしに言ってくれたー」
「……そう」

 言い聞かせるようなその言葉達に、何か重いものを感じないでもなかったが…どうやらキカの『おかーさん』が正しく『母親』である事に違いは無いらしい。

「じゃあやっぱりお父さんは近くに居たはずなんだけど。……お母さん、誰か男の人の名前言ってた事なかった?」
「んーん。キカの名前しか呼ばなかったよ」
「…うーん。…そっか」
「……ねぇねぇ、スマイル」
「んー?」

 キカはのっそりと起き上がり、スマイルの真似をして胡坐をかいた。…骨ばった足が枯れ木のように組まれる。

「あたしには…もう一人おかーさんみたいな人が居たってこと?」
 見慣れた眼球が、純粋な感情を湛えて真っ直ぐにスマイルを見据える。
 …この質問に、素直に答えていいのか分からず、スマイルは一瞬言葉を詰まらせた。

「……。居たかも知れないね」
「かもしれないって、どういうことー?さっき、居ないとキカが産まれてないって言ったよねー」
「キカのお母さんみたいな人かどうかは分かんないって事。今居ないものは、どうしたって知る事が出来ないからさー。キカは、居た方がいいと思う?」
「…うーん」

 尋ね返すと、キカは困ったように少し顔を伏せた。

「おかーさんみたいな人が居るのなら、それもいいと思うー。…でも、おとーさんっていう人が居るのが想像できないよー」
「まぁ…そうだよね」
「でもね」
「んー?」

 にーっ。
 いつもの猟奇的に見える笑み。

「スマイルがおとーさんなら、あたし嬉しい!」
「………」

 ぱちぱちと、まばたきをする。
 頭の中でよく言葉を咀嚼して、胃に落ちる頃には、存外戸惑っていた。

「え、いや、僕みたいなのが父親とか…駄目でしょ。だっていい加減で、旅だって好きだし」
「えー?でも今旅してないよー」
「それは……少し、ここに居たいと思っただけで」
「スマイル、おかーさんみたいに優しいよ?」
「そんな事も……ないん、だけど」

 動揺する気持ちを何とか落ち着かせようとするのに、キカの返答がそれをさせてくれない。
 純粋な気持ちで、何の裏もなく心の内に裸足で入ってくるような。それこそ、ずんずんと。
 無垢な子供だからそんな風にできて、けれどスマイルにはそんなものを向けられた経験が乏しかったから…初めて子供という存在に困惑した。
 どう対応していいのか、分からない。
 今までは、そう、…対等に接していれば何とかなったし、楽しかったから。

「ええっと…。僕には多分、親としての心構えなんて無いと…思うんだよね」
「こころがまえー?」
「……。うーん。気合いって事かなぁ」
「きあい……頑張るって事ー?」
「そうそう、そんな感じ。…大体僕は妖怪なんだから、駄目だよ」
「? あたしも妖怪だから、大丈夫でしょ?」
「………」

 また、返答に詰まる。
 …子供というものは、こんなに扱いが難しいものだっただろうか。

「……キカ。もう一つ聞いていい?」
「んー?」

「――キカのお母さんって、人間?」

 ―――…これは、ずっと聞きたかった事だった。
 妖怪だと自称しながら、妖怪である確たる証拠が無い彼女。
 率直にその正体を聞いてしまうようで、敢えて言いださなかったのだけれど。

「うん、人間よー」

 尋ねてしまえば…あっさりと返答があった。
 スマイルは片手で自らの目を覆い、一つ息をつく。
 予想していたから、今更何ともない。…けれど、その事実から推測される事に溜息をつかずにはいられなかった。

 しかしそれは一旦置いておいて、「じゃあ、」とキカに言い聞かせる。

「お母さんが人間なら、お父さんも人間の方がいいんじゃない?」
「んえ?なんで?」
「人間と妖怪は違うでしょ。お母さんと同じような人なら、やっぱり人間がいいよ」
「そう…かなぁ。人間でも、こわーいの沢山居るよ?町の人、怖い人多いよ」
「……まぁ、そうかもしれないけど」
「でもそういえば、スマイルって妖怪じゃないみたいね。妖怪って、きょーぼーで、人間を食べるんでしょー?あたしは妖怪だから食べないって事ー?」
「いや、メルヘン王国の妖怪はそもそも人間を食べない…って、じゃなくて。キカのお父さんなら、やっぱり人間がいいよ」
「なんで?」

 こりん、と首を傾げる彼女。
 スマイルは、口を中途半端に開いて、閉じて、それを数度繰り返した。
 …こんなに何かを言う事に躊躇うなんて、早々無い事だった。

 やがて、……一つ決心したように頷き、口を開く。


「キカ。…キミが、人間だから」


 静まり返った家の中に、耳に残る様に言葉が響いた。
 それでいて、特に大きな声というわけでもなくて。
 キカはそれを聞いて、細い体を固まらせた。ぎょろついた目が、スマイルを穴が開く程見詰める。

 そうして数秒経って。


「―――えー!!!そんなはずないでしょー!!」


 空気を裂くような明るい声で大きくそう言って、キカは笑い出した。
 けらけら。
 笑い転げる。

「…キカ」
「変なじょーだん!!あっははは、ヒヒヒヒヒ!!ヒーヒヒヒ!!!あたしがさっき、スマイルが妖怪じゃないみたいって言ったからー!?おかえしかなっ、あー楽しいっ!」

 お腹を抱えて笑う彼女に、掛ける言葉が見つからなかった。
 一緒に笑う気にもなれない。

 先程の推測も、引っかかっていた。


 キカの母親が人間。
 ならば、キカが妖怪だという可能性は全て潰れたからだ。

 実は、父親が妖怪でキカがハーフだという可能性すら無い。
 なぜなら…この世界が一つにまとまって、メルヘン王国と人間界を行き来出来るようになったのはごく最近。
 その間にメルヘン王国の妖怪とキカの母親が出会ったとしても、キカがこの年齢に達しているはずがない。

 親のどちらかが人間だと分かった時点で、父親も、キカも、人間なのだと確定した。
 彼女はその全てが純粋な、人間だ。


 けれど。
 …その事実を説明する事が、どうしてもできない。

 妖怪だから強いのだと。
 一人でも暮らしてくることが出来たのだと。
 ――妖怪だと言い張る事で自身を保っているような、彼女には。

 それを手折るような、言葉など。


「キカ」
「んー、なぁにー?」
「…僕は父親には、なれない。でも」
「でもー?」
「……お兄さんになら、なれるかなって」

 笑い転げていたキカは、それを聞いてぴたりと止まる。
 そうしてスマイルに、きょとんとした様子で尋ねたのだ。

「おにーさんって、なぁにー」

 スマイルは、苦笑しながら説明する事になる。



 ***



「どうして、すぐにでも手を打たないんだ!男手を集めて一斉に仕掛ければ何とかなるはずだ!!」
 壮年の男が、テーブルを拳で強く叩いた。
 周囲の町人も、同意するように頷く。
 窓際に座っている若い男女も。

「でも、そんな事をして、大きい方の妖怪がとんでもなく凶暴だったらどうするのよ!」
「俺たちはそいつの事を何も知らないんだぞ!!」
「小さい方だけでも厄介だというのに…!」
 しかし糾弾する声に反論が飛ぶ。
 こちらも、意見が出れば周囲の者が頷いた。

 場は、二つに分かれていた。

 部屋の最奥に位置する場所に座っている、たっぷりと髭を蓄えた男は溜息をつく。
 彼は……この町を束ねる、町長だった。

 昨晩、町の住人二人が駆けこんできてとんでもない事実を報告した。
 それからずっと、当の二人も参加させつつ町の有力者達を集めて話し合いをしていたのだが…意見が真っ二つに分かれ、言い合いは激化し、最終的に議論として意味を成さなくなった。
 だから一晩頭を冷やす事を目的として一旦解散し、朝になった今、再開されたのである。
 それでもこの有様だ。
 町長はもう一度溜息をついて、声が通る場になっただけましかと心の隅で思う。


「大体、本当に見たんだろうな!?朦朧としてたんだろう?」
「そうよ、見たのは貴方一人じゃない!」

 今までの流れ以外の発言があったかと思えば、その場の全員分の視線が窓際に居る若い男へ向く。
 男はむっとしたように眉を寄せ、「当り前だろう」と言い放った。

「見たと確信してなきゃこんなに大騒ぎするもんか!青い髪、青い肌…俺はバケモンを見たんだ!!」
 彼の主張に、隣に居た女は頷く。

「彼は現に頭を強く打って、気絶していたんです。隙を突いて攻撃してきたに違いありません。私は彼を信じます」
 冷静に、しかし強く言ってのけた彼女に、場は一度静まる。

 そして次に発言をしたのは……それまで黙っていた町長だった。

「実際に居るか居ないかは、別としてもだ」
 落ち着き払った、威厳のある声が全員の耳に届く。
 …昨夜は、これが届かない程激しい口論をしていたのだが。

「どちらにせよ今まで居座っておった妖怪も、様子を見るという事で落ち着いていただろう。むやみにつついて犠牲者を出す事もない」
「犠牲者なんて、既に出てるじゃないか!」
「そうよ、気絶までした人が居るわ!!」
「……落ち着け。気絶で済まん場合を考えている事が分からんのか」

 その一言に、口を噤む。
 …妖怪というのは、得体が知れない。
 人とは全く異なるもの。怪物の様な姿をしているものもあれば、人に近いがとんでもない能力を持つものも居るという。
 化け物、なのだ。
 その想像をして、怯まないでもない。

「で、でもよ!武器になりそうなもんありったけ用意して、町全体で取っかかれば…一匹や二匹、何とかなるんじゃねぇか?」
「そうだそうだ、俺らそんなに軟弱じゃねぇよ!」
「ではその妖怪が人を食うのに長けていたら、お前達は対応が出来るのか?人ならざるものに、対抗しうると断言出来るのか?」
「………、」
「…いや、……その」
「今ここで動いて、死人を出すわけにもいかん。…しばらくは様子見をするべきだと、儂は思う」

 沈黙、しかし大半は納得のいかない表情をしていた。

「でも…そうやって様子見してる内に、向こうから攻撃してきたら?」
「何もしてなくても、この人はこんな目に遭ったんでしょう?」
「…だからこその様子見だ。何もしていない状態でこれ以上仕掛けてくるようなら、考えねばならん」
「そ、そんな悠長な!次に仕掛けてきた時に、人が、し…死んだら!!」
「注意しながら過ごす以外に無かろうな」
「町長!!幾ら何でも投げやりじゃないですか!?」

 最早悲鳴のように言われ、町長は「ふむ」と髭を撫でる。
 座して出方を見ろと言われたのだから仕方のない事だろう。
 しかも相手は妖怪。最悪生死に関わる事態だ。

 けれど、それでも町長は譲るつもりがなかった。

「全滅の可能性も顧みず正体不明の妖怪にむやみに挑むのか。手に負えなくば討伐に赴いた者達や、それをきっかけに町全体を危険に晒す可能性はどうする。…今は、注意を呼び掛け警戒しながら様子を見る事。これが今打てる精一杯の手だろう」

 反論する言葉が無いのを確認して、町長は次の言葉を繋ぐ。

「何かあればすぐに駆けつけられるように、町の者全員へ勧告するとしよう。それでいいな?」

 依然として異議を唱える者は無い。
 しかし、どこか不完全燃焼をしたような結論に、皆が複雑な表情を浮かべる。
 町長はそれを見越していたかのように更なる提案をした。

「ただ、そうだな」

 一瞬、窓際に居る男と目が合った。
 それからぐるりと周囲の人々を見渡す。

「こちらも受け身ばかりとはいくまい。どんな妖怪なのか、知っておいた方が良いだろう」


 朝日が窓から差し込む。
 窓際の二人が、一際よく照らされていた。


「――誰か選りすぐって、偵察をすべきだな」



 男の隣で俯いている女の表情は、逆光も相俟って誰にも見える事は無かった。






 ―続いてほしい―






**後書き**

思っていた所まで進まなかったです!(にっこり
でも前回より尺が長いってどういう事。

キカちゃん回想シーンでだけガッツリ漢字が多いのは、頭の中ではいつもそういう発音のつもりだからです。
普段は顔の骨格に阻害されてて発音しにくいから舌足らずで平仮名な感じ。
だから「私」が「あたし」。
でも話す事自体に長けていないのは元からなので、文体をある程度ぎこちなくしてあります。あ、決して私の技量が足りないからでは…!!(必死

さて、この話にはラスボスが居る予定なのですが。
一体それは誰なのか、何人なのか。
お楽しみに(私がこれ言う時って大抵楽しめない時だなぁ)