城の裏にある小高い丘。
 太陽ほどに明るく輝く月の下で、静かに響くギターの音と一人分の歌声。


 ――くるくるくーる、ぱらりんとん。
   てをつなげば どこにでも。


 何の脈絡もないへんてこな歌。
 けれどそれは楽しそうで。


 ――くるくるくーる、ぱらりんとん。
   ほそいいとを つかってさ。

 ――きっといつか、できるはず。


 そんな、気の向くままに言葉を連ねているような歌を、遮る声が一つ。

「スマー、こっちに居るんスか?そろそろ晩ご飯っスよー」

 ぷつ、と歌声は途切れて、スマイルはくるりと振り向いた。
 近付いてくるアッシュの姿に、一拍置いてからにーっと笑む。

「あれ、アッス君。もうそんな時間ー?」
「そっスよ。…それにしても今回はまた一段とおかしな歌だったっスねぇ。プライベートだと大体妙ちくりんっスけど」
「ヒヒヒ!仕事とコレは別さぁー」
「いっそ今までのを集めてアルバム化したらいいんじゃねっスか?」
「あー、それは無理無理」

 ギターを抱えてひょいと立ち上がる。

「今回の以外は歌詞も伴奏も適当な即興だし全く覚えてないからね!」
「あれ?じゃあさっきのは特別なんスか?」
「うん、そーだよー」

 てくてく、坂道を下りながらそっと笑む。
 明るい月がその背中を照らした。

「…僕のお気に入り」

 また変なのを気に入るんスねぇ、などとアッシュが肩を竦めてスマイルの後に続く。
 きっとユーリは既にテーブルについて待っているのだろう。

 月光で出来た影を見ながら、スマイルは赤い瞳を僅かに伏せる。



 ―――ねぇねぇ、スマイル。



 呼ばれた気がして一度まばたきをする。


 ―――知らないよ?


 足を止めて、笑みを消す。



 ――――― 約 束 。



 立ち止まったスマイルへ、アッシュが不思議そうに視線を向けた。
 しかしそれにも気付かず月を振り返り仰ぎ見る。

 …ああ、そうだ。

 キミと居た日はいつだったか、もう覚えてない。
 だけど、

 キミの顔を最後に見た夜が、丁度今夜みたいに……満月でもないのにとても明るかったのを覚えてる。

 ……――約束は、今でも僕の中に生きてるよ。


 キカ。






 −┼―――−- last promise _01 -−―――┼− 








 それはまだ、世界が1つに統合されて間もない頃の話。

 『ポップンワールド』という世界は、その昔、妖怪や精霊の住む“メルヘン王国”、天使の住む“ホワイトランド”、そして人間の住む“人間界”の3つに分かれていた。

 しかしある時、世界の統治者であるMZDの意向により、それらの区域を隔てていた壁が誰でも通り抜けられるように創り替えられ――結果から言えば、行き来の出来る1つの世界になったのである。

 どうして急にそんな事をしたのかは誰も知らない。
 けれど、少なくとも悪い理由ではなかったのだろう。

 殆ど成功したと言っていい。
 元々音楽で出来た世界だ、みんな音を楽しむのは好きだった。
 それまで知らなかった音楽を分かち合う種族も多かった。


 ――けれど弊害もあった。


 閉鎖されていた空間が解放された。
 喜ぶ者も居れば……拒む者も居たのだ。

 とりわけ人間という種族は区別…というより差別と言った方がいいだろうか、そんな風習を強く持っていた。
 自分たちと違うものを持つ者達を異形として忌んだ。
 中でも理解の及ばなかったらしい種族――妖怪の類を特に嫌った。

 ある種の怯え、なのかもしれなかった。

 元々色んな姿の住人が居て、特に外見への偏見を持たない妖怪側としては、人間に対して友好的だった。
 …それが一方的に忌み嫌われ、攻撃されるものと知るまでは。

 だからメルヘン王国の住人達は口々に言う。
 ――人間界へは危険だから行くな、と。


 そんな、世界が混乱している最中の、話。







 青空の下、人々が賑わう市場をてくてくと歩く青年が一人。
 旅人を装って茶色いコートにフードを被って、それでも露出する部分にはさりげなく布を巻き。
 そうやって姿を誤魔化しながら歩いているのは―――彼が妖怪だからだ。

 妖怪、といっても彼の場合人間と形がさほど変わらないから、直接姿を見られなければ特に問題は無かった。
 青い肌、青い髪、赤い目。
 どうしてもそれらは人間とは程遠い。

 それらを一挙に解決する方法も持ち合わせてはいたが、彼はそれを使おうとしなかった。

 ――彼は、透明人間だった。
 要するに、姿を全く見えないようにする事が出来る。
 それならば堂々と歩いていたって問題は無い。
 けれど…彼は妖怪の中でも特に奇特な存在だったのである。

 奇特と言えばこんな時勢に人間界に来た事もそうなのだが、あろうことか彼は人間界へ『観光に来た』のだ。

 一族の止める声も聞かず(元々放浪癖のある種族だったから偶然居合わせた親戚だけだったけれど)、ただ人間というものの珍しさに好奇心を刺激され、古びた弦楽器を片手にここまで歩いてきた。
 勿論、人間が妖怪に対してどういう反応をするのかも知っている。
 知っているから変装までしてここに居るのだ。

 好奇心の赴くままにあちこちを歩けば、思った通り見た事も聞いた事もないものが沢山発見出来た。
 人々と会話をし触れ合って、彼らが悪いものばかりでないのも知った。
 そうやって町や村を渡り歩き、旅にも慣れ始めていた。


 今日辿り着いたのは、町と村の間くらいの規模と言えばいいだろうか、そんな集落。
 けれど地名としては『町』と付くようだから、呼ぶには町と言った方がいいのだろう。

 人も多い。
 市場は活気づき、ごった返している。

 そんな中、全身を覆い隠した青年は歩いた。
 人々と触れ合うために、透明な姿にはならず。


 彼は自ら『謎の楽師』と名乗り道の端で楽器を奏で、歌った。
 それで路銀を稼いでいけるほど上手かった事と、その行動で彼が姿を完璧に隠している事に疑問を抱かせないため。
 ――要するに、謎めいたその姿を『売り』にして、深い追及を免れている。
 目深にかぶったフードを、そういう衣装なのだと売り込んだのである。
 仕上げに「…謎の多い方が、魅力もありましょう」とそれらしく言えば、完璧だ。
 雰囲気作りもまた、彼の得意技だった。

 その目論見はここでも成功して、数日生きて行ける程度には稼いで尚且つ誰にも追及されない。

 そうやって彼は手早く店仕舞いをし、大手を振って食堂へ入り、席へ着いて料理を注文した。
 料理が運ばれてくるまで、しばしの間。


 聞き耳を立てなくとも人々のざわめきが自然と耳に入り、興味は無くたって色んな話をつまみ食いする。
 果実売りの少女が美人だとか、恋人が夜遊びをやめなくて困るだとか、どこそこの奥さんが噂好きだとか、――妖怪にまつわる良からぬ噂だとか。

 憶測混じりの陰口と言ってもいい。
 けれどそんなものは、人間界を旅してきて珍しいものでもなかった。
 人間を食うだなんて、メルヘン王国のどの種族にも当てはまらないのだけれど。

 ふっと笑って、彼は紅玉の様な両目をそっと細めた。


 テーブルに料理が置かれ、フードを被り直しながら口布を外す。
 店員からは不思議そうな目で見られたが、話好きそうな女性客から『さっきそこで歌ってた、謎の楽師さんよ』と身振り手振りで楽しそうに説明を受けて、彼女の視線はただの物珍しそうな目に変わった。
 売り込む時は派手にやるものである。こんな幸運だって出てくるのだから。


 相変わらず店内はざわついている。
 メルヘン王国のものとはまた違った味の料理を味わいながら、この後の行動について考えていた。
 ――その時。


「またあの妖怪が、町に下りてきてたらしい」


 不意に耳を掠めた、男の話し声。
 偶然耳に入っただけだから聞き流そうと、最初は思った。
 どうせメルヘン王国から来た誰かが根も葉もない噂の的にされているだけだ、と。
 …けれど、彼の耳はその先の会話も拾った。

「適当に追い払ったが、また例の場所に戻ったらしいぞ」
「町外れとはいえ、そろそろ出て行ってほしいもんだ。…もう何年だ?」

 ――彼は、少し料理の残った皿をそのままに、席を立ち上がった。
 そうして男達の居るテーブルへと近付く。

 男二人は、彼の姿を見るなりその姿に目を見張る。
 旅人のようで、更に顔が見えない。そんな人物がいきなり傍へ寄れば、驚きもする。

「な、何だお前」
「――私は、」

 言いかけた所で、男の片割れが「あ、」と声を上げる。

「さっき言ってた奴だよ!『謎の楽師』!凄く上手いんだぜ、こいつの演奏と歌」
「ああ…旅芸人か。それでそいつが、何の用なんだ?」
「……」
 フードの中で、彼はそっと首を傾げる。

「先程貴方達が言っていた、『妖怪』の事を詳しく聞かせて欲しいのですが」

 ……言えば、男二人は顔を見合わせた。



 ***



 少女の様な形をした妖怪なのだ、と聞いた。

 元々は一人の女が町で匿っていたのを、事実を知った町人達が女ごと追い出したのだと。
 それが町外れの――森の中で二人ひっそりと住み始め、最初は妖怪だけでも殺しておくべきかと話が出たのだが、手を出して何か報復があった場合が怖いとしばらく放置したのだそうだ。

 そうして何もないまま数年が過ぎ、実害は無かったのだが……妖怪の存在があるというだけでも良く思わない者も多い。
 そんな中で、どうやら女の方が死んだそうで。
 最近になって少女の妖怪が一人、人恋しさからか度々町へ下りてくるのだという。
 異様なその容姿に、怯える者も多いとか。


 人間界に、数年。
 そんな珍しい妖怪も居るのだろうか、という単純な興味。居るならきっと自分と話も合うのだろう、と。
 それから、人間の諍いに晒されながらも尚居つく理由を聞きたかった。
 ただ、それだけ。

 こんなに情報を聞き出せば興味もだだ漏れだったようで、「行くつもりなら、やめといた方がいいぞ」と釘も刺されたのだが。
 …何せ彼自身が妖怪だったのだから、危険である事など考えられない。

 町から外れて、木の多くなった道なき道を歩く。
 弦楽器一つを持って。


 どれだけ歩いただろうか、この方向で間違いはなかったのかと疑問に思い始めて、――それから間もなく。

 自然ではありえないものが視界を掠めて、目を凝らす。
 ……そこには、巨木の陰に隠れて扉の様なものが見えた。

 大きな樹木の枝葉や、様々な木を使って上手く組み立てたのだろう、それは大木に抱かれるようにして存在する――ひとつの家だった。

 自然をそのまま利用しているようで、それでいてドアがちょこんとついているのだから不思議な光景だった。
 彼はしばらくそれを眺めていたが…思い出したようにまた足を進める。

 近付けば近付く程、そこかしこに生活感のあるものが転がっていた。
 硬い実を割ったのか、殻と少し大きめの石。
 水を汲んである大きめの器。
 それから――低い枝に引っかかっている、古めの布。

 辺りを見回す。
 居るとしたらこの中なのだろうか。……少女の妖怪というのは。

 そう思って扉の前に立つ。


 すると。


「――だぁれ?」
 突然、背後から声がかかった。
 軽く驚いて、振り返る。

 そこには―――沢山の木の実を籠に詰めて抱えた、背の低い誰かがいた。

「…こわい人?」
 少女らしき高めの声で尋ねてくるのも気にかけず、その姿を見詰めてみる。


 ――ぎょろりと突出した左目。
 片や潰れでもしているのか、窪んだ右瞼。
 熟れ落ちた桃が地面に叩きつけられ潰れたような、いびつな形の頭。
 伸び放題のごわついた髪。
 骨の形が浮き出るほどやせ細った体。
 質素な白い服。

 今まで見てきた人間とはどうも違っていた。
 が、――彼にはそれ以上の事は考えられなかった。


「町の人…じゃなさそう」

 少し不安そうに見上げてくる少女に、彼は今度こそ言葉を返す。
「キミが、妖怪なのかな」
「――…」

 それを聞いて、少女はぎょろついた左目でやりづらそうにまばたきを一度。
 そして、食虫植物を思わせるような口で笑った。


「そーだよ。あたしが妖怪の、キカ」




 ***




 年の頃は10より少し上だろうか。やせ細っているせいでどうにも判別はつかない。
 キカと名乗った少女は、よく喋った。
 いびつな形の顔のせいでどうも喋りにくい事もあるようだが、それでも比較的聞き取りやすかった。


「で、キミは一人で暮らしてるの?」
「ん、えーとね。そう。今はあたしひとり」
 へらり、と丸太で出来たテーブルに両肘をつきながら笑う少女。
 少女の前でまで『謎の楽師』を演じる事もないと判断して、青年はほぼ素の状態でそれに応じる。

「前までは、おかーさんがいたの。でも、病気で死んだの」
「……ふーん」
「お墓、作ったけど深くまで掘れなくて。ちょっと、失敗」
 強張っているのか、笑っているのか。頬がひきつっている。

「どうやって暮らしてるの?一人で暮らすには、キミはちょっと幼すぎるよね」
「おさない?」
「小さいってこと」
「そう…かなぁ。きっと妖怪だから大丈夫なの。強いの」
「……ふーん」
 何度か繰り返した口調で再び頷く。

 そんな遣り取りに少しばかり飽きたのか、キカは今度は青年に質問した。

「ねぇ、あなたはどうして服で隠れてるの?」
「…――ん。」
 妙な言い回しだが、どうやら全身を服で覆っている事が気になるらしい。
 思いもよらなかった…というより自分に関しての話が出るとは思わなかったので、青年は僅かに反応が遅れた。
 そうして、考える。

 別段隠す理由もない、と。
 少女自身が妖怪だと言っているのだから。

 それに何より、少し彼女の反応が気になった。


「……僕は、こんな姿をしてるから」
 そう言って、フードと口布を外す。

 青い髪、青い肌、赤い目。
 少女の家の中で晒されたそれらは、最近だと宿の部屋に鍵を掛けてからでなければ自分でも目にかけられないものだった。

 キカは、見張っているのかよく分からない目でぎょろりとそれを見た。
 零れ落ちそうな――と言っていいのか、ともすれば本当に落ちてしまいそうなのだけれど。

 やはり彼女の目にも奇怪に映るのだろうか。
 そう思いながら少女の様子を興味深く見守る。
 …すると。


「―――すっごい!!あたしと同じ、妖怪!?」


 分かりにくい表情の中でもすぐにそれと分かるくらいに顔を輝かせて、ぱぁっと笑う。
 ギザギザの歯が良く見えた。
 なかま!なかま!とはしゃぎだす。

「それだけじゃないんだよ?僕は透明人間だからね?」
 すうっと器用に服の中だけ透明になってみせれば、彼女は更にきゃっきゃと嬉しそうに声を上げた。

 驚かないんだなぁ。
 感心しながら元のように姿を現す。

「ね、ね、名前は?」
「ん?僕?」
「うん。なんてゆーの?」
「んん。……長いし愛着もないから忘れた」
「えええ!!!じゃあ呼べないよー!」
 全身を使ってしょぼくれる少女に、青年は顎に手を当てて視線を逸らした。
 不便と言えば、不便なのかもしれない。
 人間界でそんな仲になった人物は居なかったから、気付かなかった。

「そうだね……、じゃあスマイル」
「じゃあって、どういうことー?」
「まぁ、僕なりに考えてみたんだ。人間の使う言葉の中で一番好きかなって」
「スマイル…が?」
「うん。笑顔。笑ってて損な事はないよね」
「そっかー、うん、笑ってた方がいいのは知ってるー!」
 へらり、と再び少女は笑った。
 そういえば彼女はよく笑う。

「じゃあ、スマイルって呼んでいい?」
「うん。なら僕はキカって呼ぶ」
「わーい、呼んでくれたのひさしぶりー!」

 純粋に喜ぶ彼女に、青年――スマイルは、複雑な表情を浮かべた。
 …彼女は本当に一人なのだな、と。

 そして―― 一層深まる興味を、感じていた。


「ねぇ、キカ」
「なぁにー」
「…僕、しばらくここに居ていいかな」
「え?ここにって?」
「泊まっても、いい?」

 小首を傾げて問う。


 ――数秒の、間。


 キカは立ち上がり、そわそわと足踏みをして。
 ぱたぱたと手を上下に動かして。

 それから(本当の意味で)怖い程の笑みを浮かべ、身を乗り出してこう言った。


「居てくれるの!?」


 ――まさかそんな歓迎のされ方が来るとは思っていなかったから、スマイルは一度目を見開く。
 何も問題ない事を頭の中で確認して、それから。

「うん」

 思いがけず素で笑ってしまいながら、頷いたのである。


 こうして少女――キカとの奇妙な共同生活が始まった。






 ―続く―






**後書き**

突然思い立って書いたら長くなった文章、の巻。
本当はUPする予定も無かったのですが、あまりに長い+なんかスマ好きとしてはUPしてみてもいいんじゃないか、と思った次第。
でも思うまま趣味のままつらつら書いてる感むんむんなので地雷の香りすらしますがどうですかね(ををい

夢小説じゃない二次創作として置くのは(リレー以外なら)この文章が初だったりします。
最初からサイトに置くつもりで書いてる夢と違うのは、あくまで自分で妄想して完結させようと思ってたので、『楽しいかどうか』じゃなく『自分で納得するかどうか』を基準として書いてしまってて、ひょっとしたら自分以外楽しくないかもしれないって点。(どうしようもないな!!)
ささっと書いて形にして数年後にでも読み返して楽しむかー、なんて気楽に書いてました。それが更新滞る程長くなるとは思わずに。(これはひどい)
何にせよ趣味丸出しなので気分を害されたらバックして下さいね!約束ですからね!!
でもスマの過去がこんなだったら自分的には燃える。萌えるじゃなくて燃える。

実はコレ、漫画として書き始めたのですが長いし重いし気力いるしで無理ですよねそうですね。
下手しなくても10話くらいの予定になっちまってるので小説でその量なら漫画だと…ゾワ…

1話のこの終わり方に既に切なさを感じてる人はそのままそれを信じていいと思います、まる
ではまた次でお会いしましょう。
…といっても2話分まとめてUPしたので宜しければどうぞ!