いつものごとくアッシュから頼まれた家事をこなし、終える頃には昼になって、
 んでもって、昼食を終えたら……

 やることが、なくなっていた。

 元ユーリの部屋(本だらけの魔境は時間を決めてちょっとずつ掃除する事に決めてるし、他の部屋の掃除もアッシュと分担してやっているから、本当にやることがなくなった。
 いや、頼まれた分以上にやってもいいんだけど、それだとアッシュから「無理しないで欲しいッス」とか怒られるし。

 いつもはテレビを見たりして暇を潰すんだが、何だか今日はそんな気分にもなれない。
 あぁ、神にでも何かゲーム買ってきてもらえばよかった…。(神を使うのか)
 俺は一つため息をついてリビングのソファに座った。
 と、その時。

『キンコーン』

 玄関から、電子音が聞こえてきた。





自鳴琴・EX
トリッキー・クッキー
〜真夏の眠り姫〜





「ほいよ、麦茶」
「すまんな」

 麦茶を入れたコップを手渡すと、ソファに座った六(相変わらず慣れないのか、ソファの上であぐらをかいている)はそれを少し飲んでテーブルに置いた。
 カラン、と氷が音を立てた。
 この城にはエアコンがないので、夏である現在は蒸し暑くてたまらない。
 扇風機はつけているが、この広い部屋に涼風が届ききるわけがなく。

「…暑い……。」
 隣に座った俺がぼそりと愚痴を零すと、六は開け放った窓の方向に視線を向け、眩しそうに目を細めた。

「今日はまだましだろう。湿度が昨日より随分下がった」
「けど、暑い」
「…そうだな」

 城の中だからまだましだが、これで外に出たら焼け死ぬぞ。
 ユーリは肌が焼けて大変な事になったりとかしないんだろうか。
 こんな時に仕事に行っているDeuilが哀れで仕方がない。
 慣れてるとか言ってたけど、その表情はげんなりしていた事を覚えている。

「…あ、そういや六は何か用事があって来たのか?」
「あぁ、忘れる所だった」
 六はソファの下に置いていた紙袋を持ち上げて俺の方に差し出した。
「神からお前に渡すように頼まれた」
「俺に?」
「『仕事で忙しいから届けてくれ、お前暇なんだろ』だそうだ」
「………」

 神ならやりかねないな…。
 ま、仮にもこの世界を統括する者なんだから、そのくらい忙しくてもしょうがないだろうけど。

 …それにしても、何を渡すつもりだったんだろう?
 俺は紙袋を受け取って、中を覗いてみた。
 そして、
「……おー」
 小さな感嘆の声を上げる。

「何が入ってたんだ?」
「これ」
 六に紙袋の口を向けて、中を見えるようにする。
 中には、さらしが幾つかと……少し大きい立方体の缶。

 さらしは俺が買いに行けないし、Deuilの誰かに頼むわけにもいかないのでかなり助かった。
 最近暑くて汗で汚れまくってたから、新しいの欲しかったんだよ。
 ……で、問題は。

「…この缶は?」
「それは俺にも分かんねー」
 箱状の缶は、金色と青色で綺麗な絵が描かれている。
 見た所、クッキーか何かか?

「菓子か?」
「うーん、それっぽい?」
 紙袋の中身を再び見て、俺は正体不明のその箱を取り出した。
 木製の低いテーブルに置くと、カン、と小さく音がした。

 とりあえず目線で会話して、箱を開けることに決定。
 蓋をテープで密閉されているので、べりべりと剥がし始める。
 ここまでは普通の缶入りクッキーって感じだよな。
 さて、中には何が入っているのか。
 渡してきた相手が神だけに、中身が普通のものだとは限らない。

 テープを剥がし終え、蓋に手をかける。
「…んじゃ、ご開帳ー」

 ぱかり。
 蓋を外して、箱の横に置く。

 その中には……

「………普通のクッキー?」
 俺は首を傾げた。
 もっと何か、開けた瞬間に変なものが出てくるのかと思った。(変なものって何だ)
 缶からしてクッキーっぽいなと思ってたら本当にクッキーだった事にも驚きだけど、仕掛けが無い事にも寧ろびっくりだ。

「見た目は普通だな」
「普通だねぇ」
「あいつの事だから何か仕掛けがあるものと思っていたが」
「俺も。……って、あれ?」

 ふと見てみると、箱の横に置いておいた蓋に何か紙が貼ってあるのに気付いた。
 どうやら内側に貼り付けてあったらしい。
 今みたいに裏にして置くまで気付かなかった。
 俺は貼り付けてあったその紙に書いてある文章を読んだ。

「えーっと、『何か仕掛けがあるかも、とか疑ってただろ!邪推は駄目だぞ。そんな奴にはお仕置きだ』?」

 読み上げた瞬間、


『パァンッ!!』
「うごっ!!?」
「!!」

 銃声に近い音が、鼓膜を破くような勢いで突き抜けた。
 それから数瞬も間を置かずに俺の身体がソファの背凭れでバウンドする。
 口の中に何かが入ってきたが、それが口内に当たった勢いでソファの背凭れに俺の背が叩きつけられたらしい。

 どうやら音と共にどこからか飛び出した何かが、俺の口の中に飛び込んだようだ。
 『邪推は駄目だぞ。』とか書いておいて結局何か仕掛けてるじゃん!!

!?」
「うぐっ、ぐ、むむむーっ…」

 六が慌てて俺の顔を覗き込んで心配するけど、時既に遅し。
 口の中に入ったそれは喉の上部まで侵入を果たしていて、呼吸が困難な状態だ。
 大きさ的には親指の先くらいしかないんだろうけど、微妙に硬いんですよこれが!

 何だこりゃ、いったい何が喉に詰まった!?
 てか、これはどこから飛び出した?方向的にこの貼り紙からっぽいけど!
 神の策略によるものだってことは分かるが、せめて食べ物であってくれ!!

、吐き出せ!」
「うぐぐぐっ……!!」
 最早吐き出せる位置にないよ・・・!
 どうしよう、飲み込むか?
 飲み込むしか解放される術はない気がするが、神が仕掛けたものを飲み込むには勇気が要る…!!

 かと言ってこの位置で留めておける程俺の喉は発達してはいなかったらしい。
 もう限界だとばかりに、それを飲み込もうと勝手に喉が動き出した。

 そして遂に……


 ごくり。


「・・・・・」
「・・・・・」

 ……飲み込んでしまいました、神からの仕掛け物。

「おい、大丈夫か?」
 妙な緊張感を持ったその空気の中で六が俺に声をかける。
 ……が、俺はその質問に答える事が出来なかった。


 ぐんぐんと霞んでゆく風景。
 重たくなる瞼。
 眠いのかそうでないのか、あぁ、もしかすると毒で暗殺される人間はこんな気分なのかもしれない。

 …てか、死にたくないよ・・・!!(殺される事前提か)

 しかし悲しいかな、意識は沈むばかりで浮上せず。
 ずぶり、ずぶりとまどろみの世界へ引きずり込まれてゆく。

 ソファに目一杯自重をかけながら、俺の意識は完全に沈んだ。





「おいっ、!」
 幾度も呼びかけるが、からは何の反応もない。
 肩を掴んで揺すってみるが、がくがくと揺れるのみ。
 眠っているようにも見える。
 しかし、先刻の音が原因ならばそれも疑わしい。
 何しろ発砲音に近かったのだ。

 六は混乱しかけた頭を何とか静めつつ、現状の把握に取り掛かった。
 ひとまずの肩から手を離し、音の発信源であろう紙を見遣る。

 缶の蓋に貼りついたそれを蓋ごと拾い上げ、じっと見る。
 確かに音はこちらから聞こえたはずだ。
 そして事件の瞬間に目で必死に追った限りでは、この紙から何かが発射されたのは確かだ。

 紙に何かを発射したような痕跡はなかった。
 ……しかし、それを裏付けるものは残っていた。


『どうせ暇なんだろうからゲームをしてみないか?』


 紙には、そんな言葉から始まる文章がつらつらと書かれていた。
 先程が読み上げた文句など、どこにもない。
 どうやらが意識を失う前と後で文章が変わったようだ。MZDの魔法だろうか。

 六は続きを目で追った。

『とりあえず、は寝てるだけだ。身体に害はない。
が、それも今の間だけだ。
今から30分以内に起こさなければ、こいつは3日ほど眠り続けたままになる。
更に、起きた時には洗脳をされて俺の忠実なお手伝いさんになるぞ。

自分の事じゃないからって放っておくならそれでも構わないが、助けたいなら頑張れよ!
ちなみに助ける方法は月並に、“異性とのキス”だ。
引き受けてくれそうな奴を選んで連れて来てみる事だな。

じゃ、良き暇潰しを。


by.MZD』


「………。」

 読み終えて、思わず眉を寄せる六。
 内容がかなりハチャメチャだった事も原因の一つだが、文章の一部分が気になっていた。

「……『選んで連れて来てみる』?」

 それは自分が出来ない場合、自分以外の男を連れて来いという事か?
 否、この文面にはどちらかと言うと『連れてこなくてはならない』というニュアンスが含まれている気がする。

 そういえば、Deuilがこの場に居た場合はどうなっていたのだろうか。
 恐らく大騒ぎになっただろう。
 特に世話焼きなアッシュ辺りは必死になって解決策を探すはずだ。
 そして、に口付けをさせる『異性』を見繕う為に慌てて……

「!」

 そこまで考えて、はっとする。
 あの3人組は、(一部怪しいが)が女だと気付いていないのではなかったか?

 だとすれば、Deuilが居る場合は女を連れてこなければならない状況になるはず。
 Deuilが居ても、城にいるのが男だけだという事には変わりがない。
 外に女を呼びに行く事が必至になる。

 つまりこの『ゲーム』は、が男だと思われている、という条件の下で動いているのだろう。
 MZDが魔法か何かで書いただろうこの文章は、『との口付けを引き受けてくれる女を城の外から連れて来い』と示しているのだ。
 それならば、この言い回しもしっくりくるし、制限時間の長さにも納得がいく。

 こちらがを女だと気付いていると知らないのか、MZDがを男だと思っているのか。
 果たしてどちらなのだろうか。


 六は缶の蓋を置いて盛大に溜息をついた。

 この場合、文章の意図通り女を呼んでくるべきか、それとも本当の異性が実行するべきか。
 MZDが単純に『異性のキスで目覚めるように眠らせた』のなら男でないと駄目なのだろうが、『女のキスで目覚めるように眠らせた』のなら女を呼んでこなければならない。
 そう考えれば、最早男女どちらを選べばいいのやら。

 どちらが良いか分からないのなら、いっそ、その中間を連れてくるか?
 いやいや、中間と言えど結局は同性か異性かのどちらかだ。
 どうすべきか。

 時計を見上げると、時刻は1時45分を指していた。
 ここから30分後というと、約2時15分だ。
 それまでに解決策を見つけなければ。

「…両方試すのが手っ取り早いんだがな…」
 ちらり、との寝顔を見遣る。
 ぱっと見には、単に昼寝をしているだけのように見える。
 胸を上下させて、規則正しい寝息を立てるだけ。
 目を覚ます気配もない。

 さらり、と髪を梳いてみる。
 思ったより指通りの良いそれを心地よく感じながら、六は思わず目を細めた。

(あんなつらい表情は…なるべくなら、もうさせたくないな)

 以前会った時に見たの表情を思い浮かべて、そう思った。
 過去を語る彼女は、見ている側としてもつらかった。
 できればいつも、今のような……安息を得た表情であってほしい。


 もう一度時計を見た。
 女を呼ぶなら、外に出なければ間に合わない。
 しかし、事実上の異性でいいのなら、急がなくてもいいのかもしれない。
 自分だけで事足りる。
 いやしかし、口付け等という重大な事柄を安易に自分で実験してしまうのは忍びない。
 かといって、他の人間で試すのも変わりがないような。
 ならば自分でいいのだろうか。

 数秒間脳内で堂々巡りをするが、やがて、

「……迷う時間が勿体ない」
 呟いて、両手での頬を包み込んだ。
 僅かに体勢を変え、の顔を自分の方へと向かせる―――


 が。


『ガチャッ』
「たっだいまー」
「遅くなったッス!」
「暑い…扇風機…」

 3名がリビングに進入。
 六は手を離して振り向いた。

「あれ?六さん、来てたんスか」
寝てるの?」

 3名の内2名が六とのいるソファへと歩み寄った。
 ちなみに残りの一名……ユーリは、彼らを素通りして扇風機の前へ。

 Deuilが帰宅したのだった。


 六は動じることなくテーブル上の缶の蓋を手に取り、そこに貼り付けられている紙をスマイルとアッシュに見せた。

「何コレ?」
「神からのゲームの誘いだ。……参加は強制的だがな」
「ゲーム…ッスか?」

 スマイルとアッシュが紙面を覗き込み、文章を黙読する。
 始めは訝しげだったその表情が、徐々に驚きへと染まっていった。

 六は、二人が紙面に集中している間に、さらしが入った紙袋をテーブル下へ足で追いやった。

「え、これ本当?」
「たたた大変ッス!!」
「どうした、何かあったのか?」
 慌てる二人に、ユーリは暑さにやられて霞む頭を扇風機の涼風に当てながら尋ねた。

「どうもこうも、が眠り姫に……いや、男なんスから『姫』はおかしいッスね。えーと…」
「MZDの策略に嵌って眠りこけてるんだよー」
「…どういうことだ?」
 窓際の扇風機からようやく顔だけ振り向かせて、ユーリは眉を寄せた。
 六とスマイルはそれに簡単な補足説明をする。

「30分以内に起こさなければは洗脳されて神の下に就く事になるらしい」
「『異性のキス』で目覚めるんだってさ」
「……また奴の遊びか…。」
 ユーリが溜息をつく。
 Deuilは…否、ポップンパーティーに出た者は大抵、今回のようにMZDに遊ばれた事が何度もある。
 どれも参加しなければ大変な事になるから参加してきたものの、やはり今回もそうせざるをえないようだ。

 六は、両手での頬を軽くぺちん、と叩いた。
 当然、それで起きるわけがない。
 一つ息をついて、周囲の3人を見回した。
「どうする?」

「や、やっぱり女の人を連れてこないと駄目ッスかね?」
「でもがここにいる事を知られると色々まずいから、口の堅い人か、既にの事知ってる人がいいよねー?」
「おまけに、この件を引き受けて貰えるような人物だ。誰がいる?」

 スマイルはの隣に座った。
 頭が冷えたのか、ユーリもソファまで歩いてきてスマイル達の向かいのソファに座った。
 アッシュは一人、混乱したまま辺りをうろうろとしている。

「ああぁ、早くしないと…が神の手下になったら絶対にこき使われるに決まってるッス!そんなの嫌ッス、かわいそうッス!!」
「アッス君、落ち着いて」

「…ミミとニャミは、こいつの存在を知ってるんじゃないのか?」
 ぼそりと呟く六。
 アッシュはそれに素早く反応をした。
「そういえば、一緒に買い物に行ったとか聞いたことがあるッスね。じゃ、今すぐ呼んでくるッス!!」
「おい待て、アッシュ!引き受けてくれるとは限らない――」
『バタンッ!』

 迅速に行動を開始したアッシュを引き止められる者は、誰もいなかった。
 ユーリは引き止める為に言いかけた言葉を引っ込め、扉の外に消えたアッシュの方を見て額を手で押さえた。

「…六。この悪ふざけの開始時刻は?」
「今からさほど前でもない。1時45分だ」
「あと20分弱か…」
「それまでにと誰かをキスさせないとね」
「………」

 ユーリは、軽い頭痛を引き起こし始めた頭を先刻より更に強く手で押さえた。
 なぜよりにもよって、他人のキスの場を強制的に作らされているのか。
 いや、そもそも本人の意思とは関係がないのだから、これは勝手に相手を見繕っても良いものなのか?
 しかしを救うには、これしかない。

「私は念の為に電話で他の者にも当たってみる。スマイルはに異変がないか看ていてくれ。六はアッシュ同様、外へ誰かを呼びに行ってほしい」
「おっけー」
「分かった」

 二人が了承したのを確認して、ユーリはこの部屋の奥にある電話へと歩いていった。



 ユーリが奥へ行ったのを見てから、六とスマイルは小声で会話を開始した。
 部屋は広い。多少の声ならばユーリには聞こえないだろう。

「六、僕らが帰ってくるまでに何もしてないよね?」
「…何が言いたい?」
「べっつにー。ほら、って女の子みたいに可愛いからさ」
「俺がそういう趣味を持っているとでも?」
「ヒヒヒ、違うよ。疑ってごめんね?」
「………」

 感情の読めない笑みを浮かべたスマイルを、六は半眼で眺めた。
 スマイルは再び「ヒヒヒ」と笑った。

「案外と男同士でも目を覚ましちゃったりしてね。僕がやってみよっかな」
「お前は平気なんだな」
「だって、可愛いし♪」
「……」

 じっ、と互いに視線を合わせたまま逸らさない。
 否、逸らせない。
 何となく、双方ともここで退いてはならない気がしていた。

「…後でに何を言われても知らんぞ」
「だいじょーぶだいじょーぶ、軽くだから」

 何が『だいじょーぶ』なのかがいまいち判然としないが、六はにっこりと笑うスマイルから視線を外して、外へ女を探しに行くためにリビングの出口へと踵を反した。

 ちらりと振り返れば、スマイルがと向かい合うようにしてソファに膝をついているのが見えた。
 六はまたすぐに正面を向き、ドアの方へ手を伸ばした。



 残り頭一つ分くらいの距離でとスマイルの唇が重なろうとしていた。
 スマイルは視線だけでユーリの様子を窺ったが、どうやら相手に現状を説明するのに手間取っているらしく、こちらを気にする素振りは全くない。
 見られたとしても言い訳はできるのだから構わないが。

 何も知らずに寝ているに、スマイルは苦笑を禁じ得なかった。
 そして、ゆっくりと二人の間を縮めてゆく。

 ―――と、


「悪いが、やはり中止にしてくれ」


 突如スマイルの視界一杯に広がった緑色と黄色。
 数瞬の後、スマイルはそれがと自分の間を遮ったのだと知る。

 スマイルはその障害物を持っている六を振り仰いで、から顔を遠ざけた。
 その際に、近くにありすぎて見えなかった緑と黄の障害物が、ひまわりの花の裏側だった事に気付いた。
 リビングの出口の近くにある花瓶に挿してあったものだろう。
 花は現在満開だ。

 六はひまわりの花をの顔にあてたまま、スマイルを見て言った。
「MZDの書いた通りに、女を連れてきた方がいいだろう。それまで待て」

 数秒、沈黙を守ったまま二人は視線を合わせていた。
 部屋の奥からユーリの話し声が僅かに聞こえる。

 そして、
「…ぷっ」
 耐えきれなくなったのか、スマイルが笑い出した。

「あははは!六って固いねー。そういう道に走らせたくないんだ?」
「そうだな」
「これでが起きれば面白かったのになー」
 言って、スマイルは元のようにの隣に腰を下ろした。

「ね、そう思わない?六」
「…どうだろうな」

 六は肩を竦めて、それからの顔にひまわりを置いたままだった事を思い出す。
 顎下から鼻までを覆っている少し小さめのひまわりだが、の呼吸を多少なりとも妨げている。
 長めの茎を持ち上げて、の顔からひまわりを外……そうと、思ったのだが。


「うぶっ…げふんっ」

 その前にひまわりの下から咳をするのが聞こえ、細い指がひまわりの花を持ち上げた。

!起きたの!?」
「うげほっ、ごふっ!……うー?」

 寝起きのような声で呻くと、寝ているはずのはひまわりの花を持ち上げたまま、ソファの背もたれからのそりと背を離した。
 その顔は、花粉で所々黄色かった。むせたのは花粉のせいだろうか。
 六はひまわりを自分に引き寄せて、竹刀のように肩にとん、と置いた。

「…何がどうなって起きたんだ?」
「わかんない……でも、30分以内に起きたからとりあえずは大丈夫なんだよね?」
「ふへ?」

 何が何だか分からない、といった様子で六とスマイルを交互に見る
 花粉には気付いていないのか、顔は黄色いままだ。

「おーい、ユーリ!!が起きたー!!」
 スマイルがユーリに叫んだ。
 ユーリは驚いたように3人のいる方へ顔を向け、電話の相手に何事か告げてから電話を切って近付いてきた。

「誰も連れてきていないのだろう?」
「ああ。突然起きたんだ」
、大丈夫?」
「うー…、死ぬかと思った。……あれ?スマとユーリ。おかえりー」
「「…ただいま」」

 妙な表情をしているスマイルとユーリを見ては首を傾げるが、気にしない事にした。

「アッシュは?」
を助けるために奔走中だよー」
「…俺を?」
 訝しげに言う
 そういえば、『ゲーム』のルールはが眠ってしまってから出てきたのだから、本人が知らなくとも無理はない。

 ユーリ達はに事情をかいつまんで話し聞かせた。
 とりあえず驚いたのは言うまでもないが、それも少しの間。
 今度は周囲の男性陣同様に首を捻った。
 自分が起きた理由が全く分からないのだ。

「念の為に聞くけど、誰も俺にキスしてないよな?」
「全然」
「何も」
「それはないだろう」

 六は、「内2名はぎりぎりだった」と言いそうになったのを飲み込んだ。

「おっかしーな……いや、目は覚めたからいいんだけどな。けど何も口に触れてないのに神の魔法が解けるか?」
「……あ」
 小さく零したスマイルに3名の視線が集まる。

「何も口に触れてないわけじゃないよね?ほら、それ」
 スマイルは、六が手にしている花を指差した。
「それって…ひまわりじゃん」
「そうだよ。ひまわりはの口に触れたよ。の口の周り黄色いでしょ」
「えっ!?」

 そこでようやく気付かされたは、口元を慌てて拭う。
 の手には黄色い花粉がついた。

「…しかしそれがきっかけで目覚めたとは思い難いぞ」
 ユーリがの向かいのソファに座って足を組んだ。

「うーん?案外と、めしべが当たったから起きたんだったりしてー?」
「そんなまさか!」
 スマイルにが笑って応じるが、ユーリは花をじっと見て「あり得るな…」と呟いた。
 めしべが『女』の役割を果たしたのかもしれない。


「てか、それはひとまず置いておくとして。何でひまわりが俺の口に当たったんだ?」
 周囲に居る3名をぐるりと見回して、は問うた。
 ユーリは首を傾げ、他2名は苦笑した。

「え、何だよその笑い方。知ってるなら教えてくれよ!」
「ヒッヒッヒ!には秘密」
「知らぬが花、といった所か」
「うえぇ?何でだ!」
「それも秘密ー」
「うわーん、六とスマが意地悪だー」

 はユーリに泣きつこうとするが、ユーリはテーブルを挟んで向こう側に居るので出来なかった。


「…さて、俺は帰るとするか」
 六はひまわりを片手に、ドアの方へ歩き出した。
「え、もう帰るのか?」
「用事はとっくに済んでいるしな。…また来る」

 花瓶にひまわりを戻して、六はリビングから出て行った。
 直前にが「またな!」と叫んで、六が「アッシュに会ったらが起きた事を伝えておく」と言い置いた。


「あー…大騒ぎだったみたいだな。ごめん」
が謝る事ではない」
「そうだよ。……あ、気になってたんだけど、このクッキーって食べていいの?」
 スマイルは、テーブルの上を指差した。
 それは、この事件の発端である缶に入っているものだ。

「え、食べるのか?でもお勧めはしない…」
「いただきまーす」
 聞き終えない内に、スマイルはクッキーを食べ始めた。
 何枚食べても何も起きなかったが、はそれを食べる気が全く起きなかった。


 ***


「あ、やっぱり目が覚めたきっかけはひまわりだったんだ?」
『あぁ、まず間違いない。……もう少し魔法を改良する必要があるな…』

 事件から数時間後。
 MZDに電話で確認を取っているのは、スマイルだ。

 アッシュは上手く六と会えたらしく、すぐに帰ってきた。
 今はと共に夕食の準備をしている。
 ユーリは現在、自室に篭って新曲の歌詞を考えている。
 つまり、このリビングにはスマイル一人。
 暇だったので好奇心からMZDに電話を掛けてみたのだった。

「ねぇ、MZD?でもさ、本当に女の子がキスしても起きたんだよね?」
『そうだな』
「じゃ、男がキスしたらどうなった?」
『…は?』

「……何でもない。それより、時間切れになったら3日間眠り続けた後にMZDのお手伝いさんになるっていうのは本当だったの?」
『あれは冗談だ。さすがに記憶改変はに悪いだろ?だから、3日間寝るだけだ』
「へー」

「じゃ、そろそろ切るね。またに悪戯したら怒るよー」
『…へいへい』

 がちゃり。
 音を立てて、受話器は置かれた。





 電話の子機を切ったMZDは、それを持ったまま天井を仰いだ。
 椅子の背もたれがぎしりと音を立てる。

「……あいつ…」

 今のスマイルは、『が男とキスをしても眠りは覚めたのではないか』と訊く為に電話をかけてきたようにしか思えない。
 そういう発想にはいかないだろうと、一応男がキスをしても魔法は解けないようにしてあったが、あの質問が意味する所はすなわち……

 にとっての『異性』が、男なのではないか?という疑念。


「…ちゃんと隠しきれてんのか、あいつ……?」
 バレればそれはそれで面白いからいいけどな、と心の中で付け加え、MZDは微笑した。





〜FIN〜




<アトガキ。>

た、たいっへんお待たせ致しました…!!ごめんなさい!(平謝り)
塔乃様へ捧ぐ、35000hit企画のポプ夢ですー。
「六と家でのんびりお話、Deuilの乱入で一波乱」というリク内容でしたが……
どっちの家なのかが分からず、ユーリの城にしてしまいました;(滝汗)
『のんびり』『一波乱』は意識してみました。
しかし、連載のストーリー上、番外ができるような時期が夏しか…!!
寒くてごめんなさい。ああぁ…。

今回、夢主の一人称でないものが殆どだったので、文字の色変換がほぼないですね。
しかし、男らしい六と何かを含んだスマが書けたので個人的には満足です(個人的にかよ)
六とスマが贔屓だ…うぁ、自分の趣味丸出しですね。
当初のリクエストに「Deuilが嫉妬をする」とありましたので、それも少し入れてみたのですが、いかがでしょうか;(主にスマで)

しかし、六がひまわりでキスを阻止したのは本当に『待った方がいいから』だったのでしょうか。(何)
ちなみにMZDは、六が夢主の正体を既に知っているという事を知りません。

…というわけで!
これにて幻作は逃亡させて頂きます(コラ)
リクエストありがとうございました!塔乃様のみお持ち帰り可能です!
では。

2006.1.29