ぼーっ。
 リビングでソファの背もたれに体重を預けながら全力で暇を満喫中。
 今日はこの城に誰もいない。

 大きな窓からは太陽の光がさんさんと差し込んで、きっと外に出たらさぞ気持ちいい……んだろうか。多分まだ暑い。
 リビングの中がわりと涼しいせいで、眩しいほど晴れてるのに夏の暑さは忘れがちだ。
 この城、森の中にひっそり建ってるだけあって、俺が元の世界で感じてたじわじわ蒸される感じとか寝苦しさとか、そういうのがあんまり無い。からりと乾いた、気持ちのいい気候だった。
 まあでも気温は高いから暑いといえば暑いんだけど。


 機会を見てユーリが俺のことをそれとなく公表したのが少し前。
 その何気ないと言っていいほどのコメントが瞬く間に広まっていると、忙しい仕事の合間に本人から初めて聞いたのがそこから数日後。
 実際にそれを見聞きする機会もネット環境もない俺には全く実感がわかないんだけど。当分庭にも出るなとまで言われるとは思わなかった。
 なんという情報弱者。長期間居ることにもなったしそろそろ携帯くらいは買ってもいいんじゃないかなぁ。
 MZDのカードで携帯…は考えてるけど、ついでにパソコンとか買ったら流石に怒られるだろうか。趣味の領域すぎる。
 でも便利だと思うんだよなぁ、外を出歩けないなら通販で買い物しちゃえばいいんだし。…そのためにパソコンを買いに外に出なきゃならない辺り本末転倒ていうか、そもそもネット環境引くのにどんくらい時間かかるんだろう。この城そういうのなさそうだし。

 そんなことをつらつら考えてたら、ふと部屋の隅にある物体に目がとまる。

 まるでそれそのものが存在を否定するかの如くひっそりと静かに佇んでいる……そういえば最近誰も使おうとしなかった薄型テレビ。
 さほど大きくもないし飾り物のように棚の上に置いてあるし、皆仕事で忙しいのか電源入れてる様子も見なかったから俺も忘れてた。

 でもたった今目についた。…というわけで、暇すぎる俺へのプレゼントとばかりに近づいて電源を入れてみる。
 もしかしたら何かしらの情報が入るかもしれないし。いや、Deuilのことじゃなくてもこの世界のニュースとか、暇つぶしになるようなドラマとかアニメとか。
 それにしてもこのテレビ、リモコンが見当たらないんですが。ひとまず電源ついたのはいいけど、チャンネル変えるボタンどこにあるのかなぁ。

 うろうろ見てる内に、暗かった画面が時間差を置いて突然ぱっと映像を映し出す。


 ……あれ。
 ……………あれれ。


 画面見た俺は思わずぽかーん。
 偶然にもそこに映っていたのは、見知った面々だったからだ。





自鳴琴After
その後





『他の収録では一緒になること多いんだけど、この面子がお昼の番組に揃うなんて珍しいね。しかもLIVEだよ?』
『ふむ。なにぶん気まぐれな活動をしているせいで、気にしたことはないが』
『あははは、ユーリらしいね。スタッフも今日は張り切っちゃって、こっちは背筋が伸びる思いだよ!』
『え、どこが!?ニャミちゃん始終いつもの調子でしょ!』

 画面からは観客の笑い声が流れる。
 ……OH。

 俺はというと、画面の様子を目を皿にして脳内に取り込み中。『●REC』状態だ。
 テレビの直線上にあるソファに正座。

 そうだ一緒に住んではいるし俺が色々気をつけなきゃならない理由にもなってるし理解もしてたけど、あの3人はれっきとした芸能人だった。
 テレビの向こう側に居るのは当然。
 そんでミミもニャミも俺の歓迎会までやってくれたとはいえ有名なMCなのである。

 とどのつまり。
 テレビの中では、Deuil3人組とミミニャミがおしゃべりしていたのです。

 そういえば家をあけることは多くても芸能人らしい活動なんて見たことなかった!!
 これは見逃す手はない!!(しかも生放送とか偶然すぎて運命すら感じるんですけど!)
 できれば録画もしたい……のに、録画できそうな機器がない。ならば目に焼き付けるしか!


 見た感じはトークが目立ってても音楽番組っぽい。
 昼間からLIVEで音楽番組ってどうなんだろう。
 んでもこの世界ってポップンだからなぁ。音楽にまみれててもおかしくはない…のか?
 まぁ宇宙人とか天使とか居まくるこの世界で昼の視聴率なんて気にするのは野暮か。

 頭の隅でどうでもいいこと片付けて、食い入るように画面を見詰める。
 大物っぷりを漂わせるユーリの落ち着いた物腰やら、的確にツッコミ入れつつも普段より活き活きしてるアッシュやら、着づらそうな衣装を完璧に着こなして独特な雰囲気出してるスマイルやら。
 ミミニャミは俺と会う時と本当に変わらないのに、場の盛り上げ方とか、やっぱプロなんだな。
 感動で胸がバクバクいってるのが分かる。
 ふおおおおぉ、みんなバッチリ芸能人してるじゃないか!!

 ある程度見た所で内容が頭に入ってくるようになって、それにしてもアッシュいつもに比べて爽やかイケメン度が桁違いだなと思い始めた頃。
 ミミが『えーっと、次は、』と上手いタイミングでトーク内容を変更する。

 そしてその内容に俺は盛大に驚くことになる。


『視聴者の皆から質問が沢山届いてるよ。中でも多かったものから答えてもらおうと思うんだけど…これ、いいのかな?』
 リングで綴じたカードの一番上を、ニャミがミミに見せる。
『あー、多かったよね。やっぱ皆注目してるんだよ。――だってあのDeuilが、メンバー以外と一緒に住んでるんだもんね!』


 ブーーーーーーーーー


 何も含んでないけど盛大に噴いた。
 いやこれ一緒に住んでるとか 俺 の こ と じ ゃ な い か 。

 しかも質問が多かったって、…マジ?
 今更になってユーリが言ってたことが現実味を帯びる。
 え、でも一般人が家政夫として働きに来てるだけ(って設定)だぞ?
 有名とはいえ芸能人が『お手伝いさん雇ってます!』って言っただけでそんなに質問殺到するだろうか。
 俺だったら例えS●APの誰かが家事手伝いを雇ってても「あー、忙しいんだろうな」くらいにしか思わないんだけど。

 と、思ってたら。


『いやぁ、今の時期だから余計に気になるのかもしれないよ?だって、Deuilって長い間ギター募集してたじゃん。アッシュも“料理のできるバンドメンバー募集”って張り紙でメンバーに入ったわけだし、これは“家事のできるギター奏者”が入ったとしてもおかしくないよね、っていうのが世間の反応なのよ。男の人だって情報だしね』


 ふぶうううううううううぅぅぅ!!!?


 あ、あ、あ、ああああああぁ!!?
 よりによってメンバーと間違われてる!?
 これ思ったよりも事態は深刻なのか、そうなのか!?
 ユーリ何も言ってなかったけど……あ、

 俺に心配かけないためなのか?


 ちょっと…いやかなりショッキングだった。
 男だからって世間は見逃してくれませんでした。
 3人共これは予測してたんだろうか。俺はしてなかったよ!!


『実は私達、ピンとくるものがあったりするのよね。だからこれ、テレビの前の皆が意図する話題になるかどうかもちょっとアレだし、ここに居る3人も答えにくいだろうし、聞いてもいいのかなぁとも思うんだけど……番組側としてひとまずそれは置いといて。もう大体質問内容は分かったよね?』
『これで分からない人なんて居るんスかね…大丈夫、分かってるっスよ』
『ヒッヒッヒ、逃げ道作ってくれてありがとう。でもね、インタビュー苦手なはずのユーリがここ数日断らないの。何でだと思う?今質問されるとしたら絶対に聞かれる事があるはずなのにねぇ』
『え?…ってことは?』

 ユーリが脚を組み替える。
 テレビ用のメイクを施してあるせいで少しだけきつめに見える視線で、けれどゆるりと流し見るようにして画面越しにこちらを向いた。

『興味を持って問いかけてくれるのは非常に嬉しい。想像よりも多少盛り上がり過ぎだが、気持ちはこちらにも充分伝わっている。だからこそ、こうしてそれに応えるために動いているまでの事。勿論、後日正式な公表をするが、今日はまた別だ。質問を受け付けよう』

 見事なカメラ目線だ。これファンじゃなくてもハートど真ん中撃ち抜かれるわ。俺が証人だ。


 ……しかし、それにしてもコレどうなるんだろう。
 とりあえずミミニャミは何となく俺のことだって分かってるご様子。
 いや、これで俺のことじゃないとか言われたら困るんだけどな。だって他の住人なんて見たことないし新手の幽霊かなんかですか。やだそれこわい。
 この城自体お化け屋敷みたいな外観してるんだからあり得ないところが実に怖い。貞○とかとある日突然コンニチハなんて笑えない(ジャパンホラーしか浮かばないという想像力の貧困さもある意味ヤバい)


『じゃあ、遠慮なく質問しちゃうね。えーと…“最近男性の家事手伝いを雇ったそうですが、新規メンバーなのでしょうか?その人について詳しい話を聞きたいです”だって。どうかな?』
 ニャミが質問の書いてあるであろうカードを読み上げる。
 家事手伝い…という単語にほっとするやら緊張するやら。どうやら俺のことで間違いないらしい。

 ユーリは最初から心得ていたといった風に不敵な笑みを浮かべる。(こうしてみるとガチ芸能人だなほんと)

『ふむ。結論から言おう。…期待させて申し訳ないが、新規メンバーではないな。今後もそうなる予定はない。事情をもう少し詳しく言うならば、最近忙しさのあまり城の手入れが行き届かない。忙しいということは喜ばしいことでもあるのだが。…そういうわけで家事手伝いを募集したところ、良い人物に巡り会えてな。城の広さのことを考えて、住み込みでとこちらが頼んだ次第だ。男性だったのは偶然だな。勿論男性だからこそ住み込みの仕事を頼むことが出来たわけだが』
『だから本当に一般の方なんスよ。こちらがお世話になってるんで、迷惑をかけないためにもこれ以上の個人情報は控えてもいいっスか?』

 ミミニャミは、あれ?というように一瞬目をしぱしぱさせて、軽く首を傾げる。
 自分の知ってる話じゃない、って感じ。(俺も半分以上知らない話)
 それをいち早く察知したらしいスマイルが、二人に『どうかした?』って問いかけた。

 その一言と、スマイルのことをよく知る人なら分かる胡散臭すぎる笑顔で、ミミもニャミもはっとする。じっくり見てなきゃ分かんない程度に。
 …今「ああ、なるほど」って思っただろ二人とも。
 実情を知ってる側がら見れば分かる。多分「そういうことにするのね」ってな具合だ。なぜなら俺もそう思ったからだ。

『あ…ううん。ちょっと残念だなって思って!そっか、メンバーじゃないんだね』
『ミミちゃんったら正直ー!でもそっか、一般の人なんだね。じゃあお仕事に支障が出ちゃうかもしれないし、これ以上は触れない方向で』
『そうしてもらえると助かる。しかしギターは変わらず募集中だ、我こそはと思う者は是非来てほしい』
『さりげなく募集しちゃってる!!』
『ヒヒヒ!うちのリーダーは意外とちゃっかりさんだからね!』

 テレビ内の各方向から笑いが起こる。
 そして質問は次へと移っていった。


 ここ数日こうやって切り抜けてきたのかー…。
 俺の知らない所でこんな苦労があるとは思わなんだ。
 しかも本人が何も知らなくても『家政夫』って辺りをきちんと踏まえてれば大体は設定の通りだから特に支障が出ないっていう見事なかわし方。
 城の手入れが行き届いてないのは本当だし、住み込みっていうか普通に住んでて昼間家事してるし、掃除も洗濯も俺の仕事。…料理だけはまだ地雷原だけど。

 インタビュー、得意じゃないって言ってたな。得意じゃないっていうかユーリの場合は気まぐれすぎて答えない、っていうのが正しい気もするけど。
 何にせよ住ませてもらってる上にこれは…恩がありすぎる……。


 でも知ってしまったなら、やれることもある。
 皆が俺に与えてくれた便宜上の仕事でも、それを本当にすることだってできる。

 要するに本当の本当に、有能な家事手伝いになればいい。
 そしたら皆が楽になって、しかも俺のことなんてあっという間に事実に変身だ。……男になることだけはできないけど。

 というわけで、しばらく眺めていたテレビを消すために立ち上がり、胸の内で意気込む。


 立派な家政夫に、俺はなる。(どーん)







 その夜、今まで絶対に手を付けようとしなかった料理に決死の覚悟でトライし、うっかり暗黒物質作ってしまってDeuil&犠牲になった食材に土下座。
 キッチンという聖域を荒らされたにも関わらず苦笑しつつも許してくれたアッシュには感謝してもしきれない。
 料理オンチは改善の余地あり…だなぁ。


 ちなみに新メンバー騒動が落ち着いてユーリから外出許可が出るまでには、思ってたより時間を要さなかった。





 ― おわり ―




あとがき→
さて!Afterですね!
本当にがっつりと『その後』みたいな感じのお話を書きたかったので、本編後こんな感じー、を具現化したらこうなりました。
今までと変わらない生活と、ちょっと変わった何か、みたいな。
ポップンキャラが全員テレビ越しですが(笑
そういえば名前変換も出てない…だと…!?すみません適当なノリで作ってたらこんなことに。

こんな風に短編にして、時系列順に並べていこうと思います。
この連載設定でのネタが出次第随時書いてく感じです。
あ、でも今のところネタ沢山あるなぁ(笑

ではまた。

2015.5.23