「準備出来てるとはいえ体調の変化は避けられねーし、ちょいと急かもしんねぇけど、それだけは我慢してくれ」
「分かった」
というわけで椅子に座ったままそれに備えてみる。覚悟程度だけど。
はどうなんだろうかと、それとなく様子を見つつ。
そして。
―――バチッ、バチバチッ!!
雷というか、電流が迸るような音。
見ればMZDが指先の光を操って魔法めいたことをしてた。…あ、魔法じゃなくて神力なのか?
の頭上1メートルくらいの所に、見覚えのある青い光の針がちりちりと音を立てながら幾筋も飛び交う。
そしてそれらは徐々に一点に集中し始め、球体へと形をなしてゆく。
前に見た時よりずっとその速度は早い。
眺めていくばくもしない内に体がずんと重くなって、怠いような頭が痛いような。
…『道』を作る行程を早送りにしてる分、自分の体調悪化も早送りってこと?
うげぇ、ちょっとつらい。
「…」
俯いて額に手を当てた私に、小さく声が掛かる。
そいつは私の正面でかがんで左手をそっと取った。
頭の芯から響く痛みに耐えながら少し顔を上げたら、そこに居たのはスマイルだった。
――幾度も、感じたぬくもり。安心感を与えようと、慣れない手つきで優しくしてくれてるのが今なら分かる。
「…平気」
きっとまた、乗り越えられる。
「苦しかったら大きい方のソファで横になってもいいんスよ?」
「うん、ありがとう。でも何とかなりそうだから、今んとこいいや」
アッシュが心配そうに気遣ってくれたけど、空元気で遠慮する。
大丈夫じゃないのは見た通りでも、無理してるんじゃないのは分かったみたいでそっとしておいてくれた。
「ちなみに今回もこの『道』には近寄ったら危険、なのか?」
空元気のまま何気なくMZDに尋ねたら、作業を続けながら「いんや」と適当な声で返事があった。
「前回とは流れる方向が違うからな。前のはこっち側に流れてきてたから潰され注意、コレは向こう側に流れてるからベクトルが逆だ。だから吸い込まれ注意……と言いたいが、残念ながら一人用だからソイツ一人を送ればあとは何ともない。強いて言うなら間違って別の奴が入らないかどうかだな」
適当そうなのに返答の内容自体はとんでもなく真面目でした。
でもなるほど納得。
先着一名様ってことなんだな、気をつけないと。まぁわざと入る奴は居ないだろうし大丈夫だろうけど。
「この場所はお前らの世界と近い。だからお前らには快適で、そんでそいつに至っては直通でここへ転がり込んできたほどだ。だからゲートも間違いなく繋がるってことでここを選んだんだが…どうやらそのせいでひと波乱あったみたいだな。悪い」
「いや…結果オーライってとこだ」
「まぁ第二候補の場所としてこの近くにある公園もあったけど体調崩すのにそれはねぇと思ってな」
あ、それって私が最初にこの世界に来た時居た公園のことだろうか。
繋がりやすいスポットとしてはそこもあったんだなぁ。
………え、ひょっとして波長が合うって条件だけならユーリの城に引き取られる他にも公園で野宿っていう選択肢がひっそり潜んでたり?
いやいやいやいや!!変なこと考えるのはよそう、うん。
考えてる間にもバチバチと危険な音が響き続けて、球体だったそれは円形へ。
確かこれを過ぎたらフラフープみたいな輪っかになるんだよな。
体の奥から揺すられるような目眩を感じて大きく息を吐くと、ぎゅっと左手が握りしめられた。
だから、大丈夫、と握り返す。
の様子を見る。
少し苦しそうに眉を寄せて、息が乱れてる。
微かに意識があるのか、時々何か訴えかけるような目をしたり唇が動いたりしてる。
「……は、…平気なのか?」
「ええっと…」
様子を見ようにも近づけず、オカンことアッシュが遠巻きにうろうろする。
MZDが、の背後に居るはずなのに代わりに答えた。
「大丈夫、探ってみたが一時的なもんだ。――さぁ開くぞ」
――バチッ、ヂヂヂッ、……ピシッ、パキ、
円形になった青い光は、見覚えのあるフラフープ状になる。
…ただし、例のごとく中は見えない。
そう、あの時はここからが落っこちてきた。
「手っ取り早く真上にゲート作ったけど、そういやソファが一緒に巻き込まれたらスマン。生命体じゃないからノーカンなんだよな」
「…おい」
「ってわけで、見送りの言葉があればどうぞ」
ユーリの短いツッコミをものともせず、主にこっちへ返事を求めて視線を投げてくる。いやグラサン越しだけど。
「……ええっと」
『道』が開ききった直後から少し症状が軽くなった私は、簡単な物事を考えるくらいの思考力が戻ってたので、口を半開きにしながら考えた。
さようなら、っていうのとは違うか。からしたら戻っても私は居るわけだし。
じゃあ何だ。
…思いつかない。なら思いつかないまま素直な気持ちだけ言えばいいや。
「……まぁ、元気でな」
―――――バチッ!!!
私が言葉を手向けたのが合図にでもなったかのように、大きな音を立ててフラフープ状の『道』が光を増す。
正面に居るスマイルの体が多少遮ってるっていうのにこの眩しさ。
目が焼け焦げてしまうんじゃないかと思ったから、咄嗟にぎゅっと目を閉じた。
バチッ、バチチチ、チ、……ジジッ…、……―――
………。
しばらくしておさまったみたいで、そーっと見てみると。
――そこには、もう居なかった。
あるのは空っぽのソファだけ。
「よし、ソファは巻き込まずに済んだな」
「………は、……帰ったのか?」
「――…」
誰も座ってないそこを見たままの私に、一拍置いてMZDは答える。
「ああ。俺が責任持って送り届けたよ」
それを聞いて実感する。
「…そっか」
一つの結末を迎えた、気がした。
うるさいほどの静寂。
ほうっ、といくつか安心したような溜息が聞こえた。
「……あー、疲れた。久々の大放出だ、ちょいと休ませてもらうぜー」
MZDが適当に椅子を選んでどっかりと座る。
それを見て皆気が抜けたのか、脱力したり座ったり。
んで、私はいまだ握られてる手に気付いてハッとする。
しゃがんで私の手を捕まえてるスマイルと、正面から向き合う自分。まじまじと眺めるとわりと恥ずかしい光景。
「あ、…えと、もう大丈夫だから!体調もすっかり元通りだし。ありがとな、スマイル」
「ん?僕はずっとこうしててもいいんだよー?ヒヒヒッ」
「ふぉ!?い、いやそれは…」
美味しいような困るような!?
「スマ。何してんスか、が困ってるっスよ」
「ヒーヒヒヒ!励ましてただけで何もやましい事してないのになー」
「だから…。は女の子なんスから、扱いには気をつけてほしいっス」
「はぁーい」
それまでがっちり掴んでたのが嘘みたいにぱっと放される。
いや満更でもなかったんだけどなー。
「…これで、しばらくは再びこの世界の住人となったわけだな」
静かな声。
適当なソファの背もたれに寄っかかりながら、六がちらりと赤い目を向けてきた。
「……うん」
それに万感の思いを込めて、頷く。
「まぁそんなわけで、もう『俺』に戻しちゃうけど。…こんな奴でよければ、皆もっかいよろしくな」
えへへへーっと笑ってみたけど多分ぎこちない。
なんか、どうしていいのかよく分からなかったから。
そしたら、
「なら歓迎の印として、カミサマから直々にプレゼントしてやるよ。まぁ楽にしてな」
だるそうに体を投げ出してたMZDが手だけを持ち上げて、パチンと指を鳴らした。
――すると、ぶわっと俺の周りに風が巻き起こって、髪も服もなびく。自分だけ。
あんまり強い風のせいで目を開けてられない。
と思ったのも束の間、わりとすぐおさまって、恐る恐るまぶたを引き上げると――、
「じゃーん。俺様流早着替え」
「!!?」
なんぞコレ、としか言いようがない。
目を開いたらそこには、パーカーにジーンズ着用した自分が居た……なんてどういうマジック。しっかりさらしもヘアゴムも完備で。てか、さらしは今更どうなんだ。
ちなみに今まで着てたワンピとか諸々はいつの間にかローテーブルの上に畳まれて置いてあった。
あれこれ今さらしってことはブラもワンピースの中に紛れてないか、オイ。結果的にセクハラまがいじゃないか。
持ってく時どうしたらいいんだ。はみ出て落ちるとか困る。超恥ずかしい。
地味に動揺誘う神パワーに冷や汗たらしてると、
「なんか…やっぱその方がらしいっスよね。安心するというか。…あ、スカートも凄く似合ってたし違和感も無かったんスけど!」
「分かるよ。が帰ってきたって感じするよねー」
そんな意見がチラリズム。
「あぁ、まぁ、…俺もすーんごくほっとした。色々訳あっての口調と服装なのに、もうすっかり馴染んでてさ。もうこれが俺ーって感じ」
「レディに外見は関係ないからな。自由にするといい。……ようやく緊張の糸がほぐれたようで、私としても安心した」
ユーリさん、こんな姿になっても俺をレディとして扱うとかどんだけ紳士なんですか。
ともあれ緊張がすーっと溶けたのは本当。
あー、制服から私服に着替えたみたいだー。
「凄く楽になったよ、MZDありがとう」
「おうよ、どういたしまして」
にっ、と笑うその笑顔に張りがない。
…相当疲れたみたいだなぁ。
「大丈夫なのか?…結構きてるみたいだけど」
「へーきへーき、こんなもん寝てりゃ治るって。つーわけで俺様は寝る。起こすなよー」
で、被ってたキャップを前の方にずらしてアイマスク代わりにしつつ、だらけてた体勢をさらに崩して動かなくなった。
やがて聞こえ始める寝息。
M Z D の 寝 息 だ と ! ?
ふおぉ、録音したい。録画したい。そして是非写メをおおぉ!!
だがしかし俺の手元には携帯電話というものが無いので寧ろそのキャップとグラサン引っ剥がして素顔を拝むとかどうだろうか!?
とその時、ロマンの尽きない興奮状態の俺にボソリと重要発言投下した奴が居た。
「それで。…これからどうするつもりだ?」
要所要所で大事なとこ持ってく六の、今回もまた聞き逃せない疑問だった。
それってあれですよね、行く宛のことですよね。
熱急降下、真面目な方面へ思考が戻ってくる。
「あー……うん、どうしよう。俺、ここにいてもいいのかなぁ」
MZDが来る直前まで話してたそれを蒸し返す。
そう、これ大問題なんだよなぁ。
「よく考えたらここに居るだけで迷惑かけるっていうのに、更に女だもんな。しかもどれだけ留まることになるかも分からないし。困るっていうなら別のとこに行こうかと……って、ここ以外だと体調崩すんだっけ?六ん家では平気だったけど」
「………まぁ、気候の急激な変化みたいなもんだからな、一日そこらで何かあるわけでもねーよ」
寝たと思ってたMZDから眠そうな声で返答があった。
「それに、今度は何年先になるか分からねー。もうこーなりゃこの世界の波長に慣れた方が得策だろうな」
ふわぁぁ、とあくびが漏れる。
あー、それって慣れるほど居ることになるって意味ですか。
「うーん…一応ここが駄目だったら六の家に行ってもいいかとは聞いてみたんだけど。…気が進まないみたいで」
ちらっ。
…うん、相変わらず無表情で分かりにくい。
俺としても男女二人きりって言われたら行きづらい。…でも実は強引にでも暮らしてみればその内慣れるんじゃなかろうかと適当な事思ってたりもする。
「、いくらなんでもそれは反対しちゃうかも。だって女の子が男の家に一人で乗り込むなんてそんなの、」
「ああ。だから女だとばれているのに男三人が住むこの城に住み直すというのもどうかと思うが」
こっちにおいでと言わんばかりのスマイルと、それに被せて否定する六。
え、つまりどっちも野郎ばっかで駄目だって?じゃあどこ行けばいいんだよ。
なぜか軽く火花散らしてる場合じゃないんだよ。
「てか、カード使えばどこにでも行けるんじゃねー?」
「うお!?まだ寝てなかったんかMZD。いや、なんか悪いからカードは返すよ。元々そんな長く貸し出すつもりなかったんだろ?」
「いいっつーの。俺は神様なんだからゲストの面倒見るのは当然だろ?」
「でもこんな便利グッズ、俺の身には余るってもんで…」
「こっちの過失なんだから素直に取っとけ。お前は無茶な使い方したことねぇしな。…んじゃ今度こそ本当におやすみ」
ぷすー。
間抜けな寝息。(俺にとっては可愛い寝息)
ふむ。
「…なら、ホテル暮らしでもするかな……」
「」
呼ばれて振り向く。
アッシュが真面目な雰囲気でじっとこっち見てた。
あ、これはあれだ、……『叱る時のオカン』ってやつだ。
「の希望する場所はどこなんスか?少なくとも一人暮らしが第一希望じゃないみたいっスけど」
そりゃそうだよ、ほとんど知らない場所で一人暮らしとかどんだけ大冒険。
「でも皆が困るなら仕方ないだろ?」
「困るとか困らないとかじゃないんス。の希望する場所は、どこっスか?」
……そりゃ、
「………ここ、だけど」
この世界に来てから厄介になってて、楽しいことも嬉しいこともここで経験した。
単純に皆と離れたくないなって思いが強い。
すっかり第二の家になってるんだよなぁ。
女として自覚が足りないって言われそう。主に六辺りに。
でもまた皆と一緒に楽しく過ごしたいってのはおかしいだろうか。
「もう経験したと思うっスけど、かなり不便なのにっスか?」
「不便…とは思ったことあんまりないかも。元々インドア派だし」
「女の子だとわかった以上は、今まで通りとはいかないっスよ」
「あ…うん、……でもぜーんぶ変わっちまうわけじゃ、ないんだよな?」
「はっスから、根本は変わらないと思うっスけど」
「俺は皆とまた楽しくやってけるならそれが一番嬉しいよ」
「でも。…は女の子っス。男しか居ない場所に、女の子だとバレた状態で住んでも平気なんスか?」
と、言われて一瞬乙女ゲーなんかにありがちな展開が頭をよぎる。
けどそんなんあるわけないない。
自意識過剰、ダメ絶対。
「んーと…、精神衛生上の問題なら別に今更だし。それに俺自身男みたいなもんだし、特に問題はないんじゃないかと。寧ろ皆に気を使わせないか心配だなぁ」
「信頼してくれてるのか天然なのか…。けど、の意向は充分分かったっス」
というわけで、とアッシュが別の方へ顔を向けて話を振る。
「ユーリ。城主としてどう思うっスか」
「…どうもこうも。お前がほとんど結論を出してしまったようだが」
ユーリはいつだったかと同じように深く溜息をついて。
「私としては、それだけ信頼されてしまえば責任を持って節度ある……いや、今まで通り接していれば何ら問題はないな」
こほん。空咳ひとつ。
そして、
「…少々不便な思いをするかもしれんが、それでもいいか?」
これもまた、いつだったかと同じ台詞を吐いたのである。
厄介事そのものである俺に対して。…チャンスをくれる。
だから俺は、
「…宜しくお願いします」
思わず、以前と同じ遣り取りを再現してしまった。
「……」
「!」
呼ばれた声に反応してびくっと肩を震わせる。そそそそんなたしなめるみたいな言い方されると思わず背筋伸ばしちゃうんだぜ!?
勿論声の主は六だった。
「あれだけ言ったにも関わらず、まだ女としての自覚が足らんようだな。以前までならまだしも、今はもう全員に女だと知れている。望まぬ事態になるかもしれないと言っているのが分からんのか」
「だ、だって……、っていうか望まぬ事態って何ぞ」
「…お前は女一人で男の集団へ飛び込んでよもや何もないとは思っていないだろうな」
「は?……え?」
足りない脳ミソでたっぷり考える事5秒くらい。
ついさっき考えた乙女ゲー式展開が脳裏に再来。
いや。…いやいや。
「ないない。絶対ない。俺みたいな女らしくない女にそんなフラグあり得ない。大体意識して考えなきゃ俺が女だってこと忘れると思うぞ」
「お前は……そんなことだから簡単に隙ができるんだと何故気づかん」
「…隙って言ったって……」
なんか六が今までにないくらい多弁になってるんですがなぜですか。
世話焼きなのは気付いてたけど。
「ちょっと六、ほっといたら僕らがをどうこうするなんて勝手な想像しないでほしいなぁ。ユーリも言った通り、今まで通り過ごしてもらうだけだよ?ねぇ」
「あ、うん、そのつもりなんだけど」
「………」
あれ、なんか六の視線が過去最大にじとっとしてるんですけど何で。
ちなみにスマイルに向けられてるわけなんですが。
「六の言いたいことも分からなくはない。だがが不快に思うことを私達が強制することなどあるはずもない、とだけ言っておこう。彼女は私達の家族であり仲間だ。私はがそうしたいと言うのなら、出来得る限り望む形で迎え入れようと思う。そこに他意はない」
堂々としたユーリの宣言に六が胡乱げな目を向けて、しばらく。
ついでに俺の期待するような視線が加わると、もう折れるしかなかったみたいで降参とでも言うみたいに顔を背けた。
「…そこまで言うのなら、自由にするといい」
「!」
「ただし。何かあれば相談するように」
なんか今日の六はアッシュと同レベルのオカン臭がするんですが。
でもこれって気にかけてくれてるんだよな。
「わかった。りょーかい!」
ビシィ、と敬礼してみる。
…あ、呆れたように溜息つくな。
「さて。これで再びを正式にここへ迎え入れることになったわけだが」
「やったね!!」
「おうよー!!いぇーい」
スマイルが両手伸ばしてカモンしてくれたのでそれを引っ掴んで立ち上がった勢いのまま二人してくるくる回る。
喜びの舞じゃああぁ!!
MZDが寝ぼけ声で「うるせー」とかもにょもにょ言ってたけど気にするもんかー!
「まったく、そんなにはしゃいでたら危ないっスよー。……でも、本当は俺も嬉しいんスよ。ユーリもが居なくなると知った時は随分寂しそうだったっスよね。今密かに喜んでたりするっスか?」
「野暮なことを言うな。だがこれからまた楽しくなりそうなのは確かだな」
「そっスねぇ。…ただ、仕事で中々相手が出来ねぇかもしれねぇっス。そこだけは何とかならないっスかねー」
それを聞いて、はたと気付く。
そうだ、仕事。彼らの職業。彼らの事情。
すっかり忘れてたけど、解決してないことがある。
俺はぴたっと足を止めて不安の籠る目で3人それぞれを見た。
「…あー…、俺すごく舞い上がってたけど、そういえば俺の存在って迷惑かけるんじゃないか?皆がいいって言ってもデメリットは何も消えてないわけで」
今まで住んどいてなんだけど、長期間住むとなると改めて考えさせられる。
隠れ住んでる間何もなかったのは幸い、でもずうっと居たら何が起こるか分からないってもんで。
しかも俺が女だっていうリスクを皆はもう知ってる。不安要素は大きくなったと思う。
芸能人宅に見知らぬ一般人が住んでるとなると、バレたら凄く突っ込まれそう。
あまつさえ女だと知れたら困るどころじゃないしお荷物だしスキャンダルのネタにしかならない。
雑誌なんかにあることないこと書かれて皆が傷つくのなんて見たくない。
…まぁ女だとバレることなんて早々ないだろうけど。
「覚悟の上だ。それに、急に居なくなってもらっては隙間風が吹く」
「きっと大丈夫っスよ」
「…むー、」
それってつまり、厄介事があっても受け入れてくってことですか。
でも世話になる以上はなるべく嫌な思いをさせたくないなぁ。
「受け入れてくれるのは嬉しいんだけど、これからの事を考えると……」
「いーのいーの、何とかなるよ。寧ろ考えなきゃならないのはが不便ってこと。今までは帰るまでの辛抱ってことで耐えてもらってたけど、もうどれくらいかかるか分かんないし。その間ずっと引きこもるわけにいかないでしょー?」
「それは芸能人の家に住んでたら仕方ないっていうか…、見つかったらまずいし。うーん」
スマと繋いでた手を放して腕組み。
俺が居る時点で解決の糸口はどうもなさそうだ。かといって、ここまできて簡単に出て行きたくはないし。
ウェルカム直後にさよーならとか悲しすぎる。
「…ならば一つ、提案があるのだが」
そんな時、ユーリが人差し指を立てて、珍しくちょっと迷いながらそんなことを言った。
「? 何だ?」
「どうにか解決出来るやもしれん。…勿論が少しでも心苦しくなければという前提での実行になるが」
心苦しくなるような条件なんだろうか。
と思うと少し身構える。
「ええっと…内容を聞いてもいいか?」
「…そうだな、……」
「何?」
「――男装を続ける気はないか?」
脳ミソ軽くフリーズ。
んんっと。
…ええっと。
これってどういう意味?
続けてるといえば続けてるんだけど。そうじゃないんだ?
「…ユーリ?それって…」
「男の家事手伝いとして一人住み込みで雇っていると、公表する。そうすれば、しばらくは騒がれてもいずれ堂々と出入りが出来るようになる」
つまり家政夫だと宣言する、と。
でも実際今までの暮らしはそんなようなものだったから、あながち嘘でもない…のか? 性 別 以 外 は 。
「要するに格好だけでなく男のふりをするということになる。…しかしには込み入った事情があるからな。それが苦しいというなら、無理強いをするつもりはない」
「…なるほど」
あらかじめ新しい面子が増えましたと宣言することによって騒ぎを未然に防ぐと。
そんでもって男ならファンにも週刊誌にもいらんスキャンダルとして伝わらずに済むと。
これによって俺は引き篭もりにならずに済む、と。
ふむ。
「なにも難しいことではない、バレそうになったら誤魔化す程度だ」
「見た目も中身もわりと普段から男だもんな。そっか…ふむふむ」
「……少しでも抵抗があるのなら別の案を考えるが」
「いや?要するに今まで通りってことなんだろ?」
だって会う人会う人みんな揃って俺のこと男だって思ってたしな。
普通に過ごしてても問題無さそう。
男装についても、もうこれが俺の素だからなぁ。
ぜーんぶ終わらせた身としては以前みたいな意味は持ち合わせてない。
だから特に問題はないんだけど。
「でもそれって、既に知り合った友達とかでも言っちゃ駄目か?」
「どこから漏れるか分からないという点ではそうだろうな」
うーん。
何も話さず隠し通すとかちょっと申し訳ない気がするんだけどなぁ。
皆が皆信頼できないわけでもないんだし。
「信頼できる人には、機会があれば話すってことでもいいかな?」
「そうだな、が信用に足ると判断するならば。ただ、事情が分かる人物だけにしておいた方がいいだろう」
「そっか」
うん、よし。
「何人か思い当たる人は居るけど、その人達にはいずれ話すとして。……そんじゃ俺は、その案でいくことにする!」
どん、と胸に拳をあてて宣言!
男のふりなら任せとけってんだ!伊達に死ぬ気でやってませんぜ。
おー、とスマイルから拍手を受けて俺もノリノリ。
「とはいえ城では普段通りでいいんだよな?」
「ああ。『歪み』のお陰で部外者は立ち入れないし、来客といっても滅多にない。楽にしていて問題はないだろう」
「ふんふん。てか、それよりも家政夫が居るって公表する方が大変なんじゃないか?」
「そこは適当に広めてしまえば問題ない。噂など瞬く間に広がるものだ」
あ、てっきり大々的に何か言うものだと思ってた。
よく考えればそんな大したことじゃないしな。
「噂の的として自身をインタビューにでも引っぱり出そうとする輩が出てくるかもしれんが、私が躱しておく。あくまで一般人を普通に雇っているということにしておくからそのつもりで」
「はーい」
教師と教え子みたいな風体で把握OK。
って言っても口裏合わせみたいな感じなんだけど。
「さてと。これで何とかやっていけそうな気がしてきたなー。……ってわけで、改めて宜しくお願いします!」
「こちらこそ、また宜しくっス!」
「歓迎する」
「。……おかえり」
おおっと、不意打ち。
おかえり、かぁ。
第二の家にはこの上なくふさわしい遣り取り。
「ただいま!」
くすぐったいような、そんな気分で俺は『帰ってきた』のである。
『家政夫』にクラスチェンジして。
〜To be continued〜
<アトガキ。>
メインのお話としてはこれで終わり、のはずなんですが!!
まだ拾いきれてない部分が存在するので予定通りもう1話続きます。
何って、何か忘れてませんか?
そう………結構関わったくせにこの場に居ない誰かとか、奇しくも友人さんに(予定外に)出くわしてしまった人とか。
蛇足に近いのですが、きっちり詰め込んで終わりたいと思います。なのでもうちょっとだけお付き合い頂ければと(笑
ここに至ってようやく夢らしい夢になってきたんですがどうしましょう…。やっとスタート地点ですか、やだこわい。
でも終わるという。(最悪
元々の予定が逆ハーものだったなんて嘘のようですよね。(ぇ
既にお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、これ最終話の後にAfterという形でちょびちょび短いのを置いていくつもりです。
出しきれなかったネタが色々ありまして。
ひょっとしなくてもおまけが本編ならぬ、おまけが夢小説、になりそうな気配。
さて、また次回で。…多分最終回!
2015.3.29