しん、と静まり返った部屋。
 アッシュがを呼びに行った後、何となく会話が途切れてしまった。

 うん、なんかちょっと気まずい。
 話題を探してみるけど特に無い…っていうか話すべきことなら沢山あるんだろうけどこの場で話していいものなのかどうか。
 あと長くなりそうだし途中でが来たらと思うと話せない。

 ……ええーと。
 どないせぇちゅうねん(キャラ崩壊

 あまりに話題がなくて只今の御機嫌いかがなんて雰囲気読まない上に適当すぎる話題を今まさに振ろうとした……その時だった。


「…、凄く可愛くなったよね」
 近くの椅子に座ったスマイルが、ヒヒヒって笑ってそう言った。

「え、…あ、う。自分じゃどうなってるのかあんま見てないんだけど……うん、凄く恥ずかしいですハイ」
「恥ずかしがる必要なんてないよ?戸惑っちゃうくらい似合ってる」
「……うううう」

 何だ何だスマイルってこんなタラシ属性ついてたっけ。
 こんなの困るっていうか恥ずかしいっていうかやっぱ困る、うん、困る!!
 ユーリも六も特にストップかけないどころかスルーしてるから(まぁ本題の前だとだいぶどうでもいい話題だしな!!)俺の赤面待ったなし。

「ちょ、ちょい待ち…そんなこと言われ慣れてないしくすぐったい。やめてくれ、恥ずか死する」
「何言ってんのさー。でも今日その格好見てびっくりした。さっきも言ったけど思い切ったよね」
「あー、うん。まぁ…色々思うところがあって」
「そっかー。……ほんと、昨日のことを考えるとここまで自分で来ちゃったなんて信じられないよ。しかもとびきり可愛くなって。…何がどうなってそんな踏ん切りがついたのかは知らないけど、これじゃ僕の手なんて不要なわけだよね」

 ヒヒヒ、なんてまた軽く笑ってるけどそれが若干寂しそうな気がした…のは多分間違いじゃない。

「不要…ってどういう事?」
「ん。だってってば本当に強いからさ。追っかけ回してたのが空回りだったみたいだなーってさ。寧ろ怖がらせた分だけ迷惑だったかも?でも今日くらいは傍に居させてくれたらいいなーなんて…」
「スマイル……それは違う」

 誤魔化すような笑みに私はつられない。
 そしてきっぱりと否定する。
 ――スマイルがそんなことを思っているなんて知らなかった。少しだけ胸が痛い。

「違うよ、迷惑でもなかったし、俺は全然強くない。確かにここに来たのも色々変わってみたのも俺の意思だけど…それは背中を押してくれる人が居たから」

 後ろでずっと沈黙を貫いてる保護者もどきを見上げる。

「六は、俺のやりたいことをはっきりさせてくれた。ちょっと強引だけど話を聞いてくれた。それから、うん、リュータも元気づけてくれた。逃げた俺をおっかけて、一緒に色々考えてくれた。そんでさ、」
 びしっ!とスマイルを指さして俺は明言する。
 ええそうですとも、はっきり言ってあげるよ。

「俺を助けてくれた中には、スマイルも居るんだ」

 きょとんとした片目がこっちを向く。
 だから俺はにっこり笑った。

「現実逃避してた俺を引きずり戻してくれて、ありがとう。多分スマイル以外じゃ無理だった」

 六の家からも逃げようとした俺をつかまえて、優しく宥めてくれた。
 あの体温を忘れない。

「あとそもそも、この城でと俺の間に入って助けてくれたし。凄く助かった。具体的に言うと命が助かった。100回感謝すれば届くなら100回感謝する。1万回っていうなら1万回。…俺のこと、助けてくれてありがとうって、言うよ」
「――…」

 絶句してるみたいだけど、気持ちが届いたのは何となくわかったから満足。うむ。
 そんでついでと言ったら失礼だけどユーリの方にも振ってみる。

「ユーリもアッシュも、俺のこと探してくれてたって聞いた。そんでさっき今まで通り迎え入れてくれた。…ここに戻ってくるのに必要な『居場所』になっててくれたこと、感謝してるんだ。嫌いにならないでいてくれたことだけで嬉しいのに、なんか凄く幸せだよ」

 皆のことが大好きだ。
 だからその気持ちを全面に表すように、能天気そうな顔でにへらーっと笑ってみせる。
 そう、俺は幸せなんだ。

「だからもう、なーんにも気にしないでほしい。まぁ俺が言うのもおかしいんだけど」

 あははって笑ったら、気まずかった空気はいつの間にか綺麗さっぱりなくなってた。
 残るのは気の抜けた炭酸みたいな雰囲気だけ。
 ついさっきまで真剣な顔してたスマイルも微かに笑ってる。

 そうそうそれでいい。

「…さてそろそろ指摘するが、一人称と口調はもういいのか」
「っは!!?」
 六に突っ込まれて両手で勢い良く口をふさぐ。
 そそそそうだった、話が話だっただけに途中からすっぽ抜けてた。

 それを聞いてたユーリさんが腕組みながら「ふむ」とか言って首を傾げる。

。けじめという意味合いならば私達にはもう不要だ。話しやすいようにしてもらっていいのだが」
「いやいや、まだ必要なんだ…じゃなくて、必要なのよ。うう自分で言っときながら気持ち悪い」
「必要…か。……の事なのだな」
「うん。だからもう少し」
「しかし話し合うとしたら気持ちの入りやすいものがいいだろう。口調だけでもこの際置いておいてはどうだろうか?」
「………うぐ。いざとなったらそうなるかもしれない」

 キモいキモいと思いながら真面目な話が出来るわけないし。
 なら確かに、一人称死守くらいで留めた方が……。

 まぁそれはその時だな。

 むー、と考えながら視線をうろうろさせる。
 ……と、それでふと気付くことが一つ。

「あれ?今更だけどなんかこのリビング……私が出てく前と変わってるような?」
 指摘すると、ユーリが「…ああ、それは」と溜息混じりに返答してくれた。

「…ちょっとした台風がだな」
「は?」

 確かに物がちょいちょい無くなってる辺り大掛かりな掃除でもあったんだろうなとは思うけど。

 …なんてよく分からない方向性の話題を発見してしまった、そんな時だった。



「―――どうしてそんな急に引っ張り出されなきゃならないのよ。今まで何も干渉してこなかったくせに」

 涼やかな――いや、いっそ冷やかと言った方が的確だろう、少女の声。
 ドア越しに小さく言い争うような体で、こちらに聞こえてきた。


 それは、待ち望んだ…と言うにはいささか恐怖を呼び起こさせる、元友人の声だった。





自鳴琴・33
相対
〜二人の少女〜





 コンコン、とノックがされた後に(多分アッシュだな)ドアの向こうでに向けてか「さあ入って下さい」と言うのが聞こえた。
 有無を言わさず入れるつもりなんだな。アッシュにしては強引な。
 ていうかこの感じだとには私が居ることを話してないっぽい。

 数秒、何かやりとりをしているのが伝わってきて。
 ――それから。

『ガチャ、』
 一瞬の静寂、直後に適当な動作でドアノブを捻る音。

「入ればいいんでしょう。一体何をされるのやら、時間よりまだ早いんだからどうでもいいことで呼び立てないでほしい―――、」

 そいつはドアを開いて一歩踏み入れた姿勢のまま言葉もろとも止まった。
 視線の先には――私。


 一瞬とも永遠とも言えるような沈黙。
 私にはどっちかというと長い方に感じられた。

 そして。

「―――っ」
 そいつはそれまでの硬直がなかったかのように突然ずかずかと踏み込んで、私の方へまっすぐ向かってくる。
 歩幅が大きい、速い、あっという間に距離を詰められる。

 反射的に立ち上がって椅子を避けながら後ずさり…しようとしたところで何とか踏みとどまる。逃げたくない。

 こっちがぐっと堪えた反面、動いた面子があった。
 自分以外のリビングに居た全員だ。

 迷うことなくとの間に立ちはだかる3名。
 緊張してるせいか僅かな間の事がスローモーションに見えたけど、さながらボディガードに護衛されるどっかの偉い人みたいだ。

「っ……何よ、…邪魔なのよ!!!」
 は手近に居たユーリの腕を力いっぱい引っ掴んで叫んだ。
 けどびくともしない。
 彼らの体をかいくぐった視線が私へ鋭く突き刺さる。

「――あんた、よね。もう女だと思わなくていいって大口叩いたよね!?後悔してるとか償うとかその口で言ったくせに今更どうしてそんな格好でここに居るのよ!!!」

 ユーリの腕に爪を食い込ませながら烈火のごとく喚き散らす。
 刃物を持っていたらそのままあっさり刺されてしまいそうだ。

 私はその激しい剣幕を受けて息の詰まるような思いで、ようやく立っていた。
 ――分かっていたけど、つらいし怖い。体が竦む。
 何せずっと積もってきたトラウマだ。

 でも。

「……
 掴まれたユーリの腕がどうも痛そうで、おずおずと手を伸ばし――いや、それじゃいけないんだとの目を見据える。
 それから一呼吸。彼女の手を払って、言った。

「皆を傷つけるのだけは許さない」
「――っ!!!」

 は驚愕、というより怒りに目を見開く。
 そして次に口を開く前に、

「同じように俺らも、に危害を加える事を許さねぇっス」
 アッシュがの肩をゆっくりと、けれど強く引いて、その場から数歩引き離した。
 の刺すような視線が向いても動揺したりしない。

「元々、どちらが元の世界へ帰るのか話し合いをする予定だっただろう。それに服装は関係あるまい」
「だからって…よりによってこいつは私の気持ちを踏みにじるような事を、」
「座れ」
 ゆったりとした歩調で数歩の距離を縮めて一言。六がの正面に立つ。
 余裕のある動作はそのまま、軽く彼女の体を押して、椅子に座るよう促す。

 普段から無口でよくわからない六なのに、いつにも増して感情が削がれてるのを感じる。

「話し合いをするのならば大人しく座れ。それが出来ないほど子供じゃないだろう」

 の口が開いては閉じる。
 やがて、ぎりっと奥歯を噛んだ後それに従う―――ように見せかけて椅子を素通りし、全員と距離をとった。

 まるで自分以外全てが敵だとでも言わんばかりに対峙する。

「話し合い…ね。ええそうよ、ついさっきまでは厳正な話し合いの結果私が帰らせてもらう、そういうつもりだった。でも気が変わったわ。話し合いなんて出来る状況じゃないもの。あんたのせいでね」

 威嚇のようなそれに、その場に居る面々が顔をしかめる。
 彼女はそこからまた油を注がれたように私を睨みつけた。

「ねぇ、こんな風に守られて嬉しい?楽しい?今まで騙してた人達に庇われて自分は特別だとでも思ってる?それともまた私の居場所を奪って復讐をしようっていうの?――やっぱりアンタの偽善者めいたそぶりは全部メッキだったって証明されるわけね!!」
「…、アンタ何てことを、」
「いや、いいよ」
 咎めようとしたアッシュを制して、一歩前に進み出る。
 すぐ傍に居たスマイルが心配そうな視線を寄越してきたけど、大丈夫、と微笑んだ。

。…確かにあの格好の私は昔のことを引きずってた。図らずもそれが未だ罪悪感を抱えてる証明にもなってたんだな。それをいきなりやめたら、が怒るのも分かる。…でも、」
 訝しんでるへ、耳に届く内にと更に言葉を重ねた。

「私はその格好を今日はしない。全部、――全部断ち切って、終わらせるために来たからだ」
「―――っ、」
 目を皿のように見開いて、言葉を失っている様子の
 …というか怒りで言葉が出てこないのかもしれなかった。

「私は、私だ。女で、の…元友人。だから本来はこの格好もおかしくなんてないはずだ。違うか?」
「…っ、……、」

 問いかけても言葉にならない声が幾度も出てくるだけで、まともな会話にならない。
 代わりにはどうしようもない衝動を抑えるかのように拳を握りしめ震わせていた。
 でもそれも数秒の間。

「――っ馬鹿にしないで!!私への償いの気持ちはもう無いっていうの?私はまだアンタの罪をこれっぽっちも許してなんかないのに!!」
「私はもう、過去に囚われたくない。だから――許されなくても今日はとして話をしたいんだ」
「っ…!!随分勝手ね。自分で男装なんてしておいて『償う』だの何だの言っておいて、また勝手に元に戻るの。散々振り回してさぞ気分もいいでしょうね!!」
「ごめん」

 あっさり謝ると、は面食らったような顔で口をぱくぱくさせた。
 こんな顔、見たことなかったな。

「身勝手なのは確かだ」
「アンタ……私のことを何だと思ってるのよ。今まで散々酷いことをしておいて、その態度は何!!何様のつもり!?アンタ自分が何をしたのか忘れたの!?」
「………」

 肩で息をするに私は静かな目を向ける。
 …心臓はまだ暴れてる。でも、今までにないくらい落ち着いてる。
 きっと皆のおかげ。――皆が勇気をくれたおかげ。

「…が何一つ忘れられないのは分かったよ。だから、それについて話をしたい」

 との距離はローテーブルと椅子と、もうちょっと分。
 この部屋は広い。
 だから私も声を張る。――ちゃんとに届くように。

「私が何を言ってももう届かないのは知ってる。言葉をかけても償おうとしても、にとっては憎いだけ。例えが好ましいと思うことを沢山やったって、私がやったと知れた瞬間この世で一番嫌いな出来事にすり替わるんだ。…けど」

 例えそんなになったって。
 …ここまでこんがらがって、複雑に絡み合って、ほどけなくなってしまっても。

 話をする機会がここにあるのなら。

「聞きたいことが、一つある。今までずっと聞けなかった」
「……嫌」
「怖くて……聞けなかった」
「嫌よ、私を苦しめた一番の加害者のくせしてこんなに尊大な態度を取られて、話すことなんて何もないわ」
「…

 が「嫌」と視線を落とした。
 両耳を塞いでその指でぐしゃりと髪を握り込んだ。

「何でよ。今だって私を苦しめ続けているくせに。今この世界で居られる場所なんてここしかないのに、それもアンタが全部奪って。私は疎まれて」

 それは自分に言い聞かせるかのような。
 の目に映っているのは、恨みばかりの真っ黒な世界なんだろう。

「……、」
「しまいにはそんな格好で登場してお姫様気取り。全員味方につけて、私には何も残さない。――あの時と同じ」

 だから女は、と、言いかけては重く息をつき胸をさすった。

「吐き気がするわ」


 それは女というものを全て受け付けなくなったあの時のそのままだった。
 苦々しい思い出が蘇って一瞬目を逸らす。

 でも、もう過去には戻りたくない。


「――。たった一つでいいから答えてほしい」
「…っ、気安く呼ばないでよ。アンタと同じ空気を吸ってるだけで気分が悪いわ」
「頼むから聞いてくれ。ずっと考えてたけど分からなかったんだ」

 拒絶するように、首が左右に振られる。
 それでも私は続けた。


「何をすれば…はもう一度幸せになれた?――私は何をすればよかった?」


 それは遅すぎる答え合わせ。
 取り返しの付かない所まで来て、それでも何か一つくらい解答があったんじゃないかって。

 自分一人じゃどうにもならなかった。
 何をしたってにとっては不正解だった。
 その内に、正解なんて無いんだって諦める自分が居た。

 でもひょっとしたら、万に一つでもやれることは存在したのかもしれない。

 最初で最後の機会のようなものだから、これを逃せばきっと後悔する。
 だから――聞きたかった。
 どうすれば過去から吹っ切れられるか、なんて果てしなく愚かな内容だけれど。

 でも、ずっと…答えが欲しくて彷徨ってた気がした。


「何を今更…。――そんなの、最初から決まってたじゃない」
 それまで拒絶の色を示していたが、ゆぅらりと視線を合わせ、綺麗な唇を歪めて笑んだ。


「アンタが、死んでしまえば済む話よ」

 夢見るようなその瞳。――そこにそれとは真逆の真っ黒な色が混じっていることなんて、一目瞭然だった。


 分かってはいたけど、私は酷く落胆した。
 緩く、首を左右に振る。

 どうしようもない袋小路。
 …やっぱり他の答えなんて無かった。

 の中ではもう他の事を考えてすらない。それしか残ってないんだ。
 まるでそうしなければ自分が死んでしまうとでも言わんばかりに妄信的で、それさえ果たすことができれば幸せになれると、きっと本気で思ってる。

 ――でも、それがの答えだ。
 私が聞きたかった最後の問いに対する、…答えなんだ。

 にとって私という人物は、そういうものでしかない。


「アンタが死んでしまえば私は幸せなの。もうずっと前からそう。だから…償ってよ」
「…私が死んでも、誰も戻ってこない」
「私は被害者よ、アンタにだけは言われたくない。それに私が幸せになれるって言ってるじゃない。全てから解放されるのよ。お父さんはアンタを庇って焼け死んだんだから、それでも足りないくらいだわ」
「――本当に、」

 言いながら酷く残念な気持ちになる。
 いや、おかしいな。だってそれじゃ何か期待してたみたいじゃないか。
 だからこれは、自分の口で確かめなければならないことへの失望なんだろうと思う。

「本当に、私が死んだら満足なのか?」

 静かに問う。
 スマイルが私の名前を呼ぶ。アッシュが息を呑む。
 が―――満面の笑みを浮かべる。

「ええ。この上ない幸せよ」


 私は両目を閉じて俯きだらりと力を抜いた。
 ――ああ、何だかなぁ。

 ずっとずっと答えのないまま過去のことを引きずって、迷って悩んで。
 男装もとけなくて不安で不安で。
 どうすればいいのか直接聞けばいい、なんてそんな簡単な事も怖くて出来ずにいた。

 それが、やっぱり最悪の形にしかならなかったことに、どうしようもない虚しさを感じる。

 …いや、以前の自分ならこの答えに絶望してる。
 そうじゃないのは…少しでも変わることが出来たから。


。それでも私は……死ねないよ。それが全てなら、私に出来ることはもう何もない」
「…っ!?な…によ、それじゃこのまま何もしないっていうの?――そんな馬鹿な!!!」
「私が死んだらがそれを背負わなきゃならなくなる。私が自分で命を絶っても同じことだ。…それに、は心を許せる新しい居場所を求めてるようだけど……、はっきり言って誰かが死んで喜ぶような人間に居場所を与えてくれるような人なんて、居ない」
「―――っ、」

 言葉が、彼女の喉奥で詰まるのが聞こえた。
 どうやっても声にならないそれらは、やむなく噛み潰される。

 けれどふと、何かを思いついたようにその唇へ笑みが乗る。
 笑みといっても、少女とは思えないとても歪んだものだったけど。

「…それは…どうかしら。アンタみたいな奴の傍に沢山寄ってくるぐらいだから、私は何ともないでしょう。寂しいからって人間じゃないものにまで手を出すようなアンタと同じにされたくないの。そこまで落ちぶれてないのよ」
「…っ!?」
「現実逃避したくなるのも分かるけれど。…それにしたってこんな選択肢しか無かったの?」

 それって、

 ――思い至った瞬間目の前が真っ赤になって、近くに居た彼らや障害物となる椅子を押しのけて一気に詰め寄った。
 何か止めるような声が聞こえた気がしたけど今の私の耳には入らない。

「何よ…、本当のことじゃない」
「謝れ。俺の恩人で家族で友達だ。謝れよ!!」
「ばっかじゃないの!!そんなにムキになるほどこんなものが大切だっていうの!!どうせ隙間埋めの適当な関係なんでしょ、しかもバケモノばっかり。気を遣う必要なんて――」

 言い終わらない内に右手の平を振りかぶった。
 そんな言葉聞きたくなかった。ふざけるな何がバケモノだ適当な関係だ俺がどれだけ皆を大切に思ってるか知らないくせに―――

「少し頭を冷やせ」
 ぱしり、と軽い音が響いて俺の手が止まる。

 知らずじわりと汗をかいていたその右手は、振り下ろされることなく六に掴まれていた。
 そしてほぼ同時に背後から肩を抱かれるようにしてストップをかけられてる。
 …振り向けばスマイルが大きな椅子を乗り越えるようにして何とかこちらへ手を届かせていた。

「僕ら特に気にしてないからね。そんな事でが手を汚す必要なんてないよ」
「だ…って、皆がこんなこと言われる理由なんて何もないのに」
「それがきっかけなら、やはりやめておけ」
「私も二人と同意見だ、謂れのない陰口など取るに足らん。それ以前に、身内のためならば聞き流せないわけもなかろう」

 ユーリは本当にいつもの雰囲気で悠然とした微笑みを向けると、優雅な足取りでこっちに歩み寄ってきて俺の左手の指先を取り自然な動作で背後へ誘導する。
 今のでちょっと頭冷えた。というか寧ろエスコートが流麗すぎて顔が熱い。恥ずかしい。
 流れるように庇われてるけどこれ本当どうしたらいい……ってそうじゃない。

「よくないよ、俺結局皆のこと巻き込んでる」
「一人称が元に戻るくらい必死なのは嬉しいんスけどね」
「あっ、…えっと。……俺って言ったのナシで」
「そこはらしくていいと思うんスけど。…まぁ、気にしてないったら気にしてないんで」
「まったく仕方のない奴だな」

 最後、六に溜息つかれてふと気付く。
 あ、そうだよ、一絡げに罵られたけど六は人間じゃないか。あっという間に怒りのメーター振り切れたから何も考えてなかった。
 まぁ元の世界の人間と比べるとだいぶ奇抜な髪色してるけど(ごめんそこは言い訳できない
 目も赤色してるし人外組と間違われても仕方が………ないわけないな。思い出すと腹が立つ。

 でも本人は総スルーしてるみたいだし敢えて掘り返さない。

 いつまでも庇われてるわけにいかないのでユーリの背中からちょっと逸れてもう一度正面から向かい合う。もう止める声はなかった。
 ――と。

「……何なの」
 の顔が見えたことでその異変に気づく。

 冷えきったその表情に、わなわなと震える唇。
 呪いのような声。

「どうしてアンタだけそんなに幸せそうなの。――私を不幸にしたアンタが、私の目の前で」
「……そういうつもりじゃ、」
「私から居場所を根こそぎ奪った人間が、私の目の前で団欒。優越感もひとしおでしょうね。――アンタ本当に人間なの?よくそんなことが出来るわね!!私はまだこんなに苦しんでるのに!!!」

 息を切らしてありったけの感情を吐き出して、それでも尚足りなかったのかその右手がすぐ傍のローテーブルの上から空っぽの花瓶を掻っ攫う。
 それをテーブルに叩きつけると派手な音とともに破片が飛び散った。

 そしての右手には花瓶の首から先が鋭利な破片となって残る。


「――こんな悪夢、すぐに終わらせてあげる」


 言うが早いか、はそれを持ったまま弾丸のごとく私へ近づき、全力で振り抜いた。

 本当に一瞬の出来事だった。


 短い時間の内にいろんな事が頭を駆け巡った。
 怖い。恐ろしい。またこんな風にして殺意を向けられる。
 頭が真っ白になる。

 それは胸を刺された時や、階段から突き落とされた時に似ていた。

 恐怖に目を閉じる暇さえ与えずの悪意が降りかかる。


 ――はずだったけれど。


「女性がこんなものを振るうべきではないな」
 その背からはみ出る形で立っていた私を、再び彼女から隠して彼は言う。
 どこからそんな力が出ているのか、片手での腕を掴んで止めているのは―― 一番近くに居たユーリ。

 …いや、あれ。
 えっと。…動揺してるせいで判断がつかないんじゃなくて、本当にこれは物理的にどうなんだろう。
 女の力とはいえ全力で振り抜いてるんだから反動もなく片手でひょいっと捕まえられるはずなんて……、

 …あ、でもそういえばいつだったか私の頭だって片手で捕らえられたことがあったような。(この場で思い出していいのかアレ)
 あの時は窒息死する勢いだったから考える余裕無かったけど、今なら思う。
 これ多分人外の力だ。
 まさかさっき掴まれた時はわざと避けなかったのか。

「女の子でなくてもこれは嫌だなぁ」
 ユーリの横からスマイルが手を伸ばして、の手から鋭利な凶器をもぎ取る。
 それを部屋の隅へ放り投げると、またガシャンと嫌な音がした。

「…スマ。掃除するの大変なんスからね」
「ヒッヒヒ」
 アッシュが小言を言いながら残りの破片をスリッパ履いた足で遠くに寄せていく。
 「踏まないように気をつけてくださいね」とか言いながら。


 そしていつまでもそれを黙って見ているではない。

「放し、なさいよ…っ」
 暴れだしたはユーリに掴まれた腕を引き抜こうと全力で引っ張りながら手近なものへ当たり散らす。
 それは最早、喧嘩腰の女の子、という枠にはおさまらない。
 手加減など知らないと言わんばかりに手当たり次第暴れる。

 椅子もテーブルも蹴られてずれて、私の方へ強引に進もうとして阻まれると手が出る足が出る。
 勿論それはの腕を掴んだユーリが一番被害を受けるわけで―――

「邪魔よ!!!」

 けれどどうやっても全部止められてしまうから、は今度こそ受け切れないようにと身を捩って力の限り体当たりをしようとした。
 いくらユーリでもこれは――、

「ユーリっ」
 間に入って身代わりになろうと私の手が伸びる。

 それでも間に合わない、と思った―――その時。

「っ!?」
 素早くの足が払われて、その体がガクンと沈む。
 つんのめるようにして倒れるも、床に激突する前に難なく受け止められ、あっという間に近くの重たそうな椅子にうつ伏せ状態で力任せに押し付けられる。
 勿論途中でユーリの手を外すことを忘れない。
 椅子っていうか、一人掛けのソファというか。
 とにかくは暴れる余地もなく背後から押さえつけられ、床の代わりにふかふかな椅子の背もたれへ沈んだ。
 掴んだ肩にそのまま体重をかけ膝で背を押し込みついでに余った手で背中側に手首を捕まえて、これ以上動けないのを慣れたように確認する………六。

 え。
 え、なにこれ、六ってこういうの慣れてるの。
 鮮やか且つ一瞬すぎて目が点になったよ。

「女子供にやることじゃあないが、ここまで来ると仕方がない。これでも手加減をしたんだ、感謝しろ」
 多分椅子を選んで実行したことを言ってるんだろう、と気付いたのは一瞬後。
 柔らかそうな背もたれにぎゅうぎゅうと体を埋もれさせたはそれでも何とか動いてこちらを振り向き眼光鋭く睨み上げる。
 ちょっと哀れとか、そんなことを心の隅で思う……けどやっぱりしょうがないんじゃないだろうか。まだ敵意に満ちてる上に抵抗するつもりみたいだし。

 私は少しだけ近づいて、しゃがんで目線を合わせる。

「…
「――何。笑いにでも来たの?」
「いや。……もう、終わりにしないか」
「…っ!?何を終わらせるっていうのよ、…何も終わらないわよ、無理に決まってるじゃない!!」
「でも、これ以上続けたって無意味だ。の望み通り私の命を差し出すことは、出来ない」
「どうして!!背負うものがあるっていうのなら私はいくらでも背負うわよ。その上で幸せになってみせる。だから、」
「…言ってることは一瞬まともに聞こえるんだけどなぁ」

 無理にもがくから、六が更に体重をかけて押さえ付ける。
 椅子が柔らかいから痛くはないだろうけど、苦しくないだろうか。

 でも何度も殺されかけてまで『開放してあげて』とは言えない。
 これ以上皆に迷惑かけられないし。

が一生背負わなきゃならないっていうのも、勿論ある。それから私が死んだところでに新しい居場所なんて見つからないっていうのも。……あとはさ、」
 反論したそうなその視線を無理矢理無視して、私は続ける。

「……折角のお父さんが生き長らえさせてくれた命なんだ。あっさり投げ出すなんて、したくないよ」
「…っ、…」

 はそれを聞いて硬直してしまったようだった。

 けれどそれも束の間。
 身を焼かれるかのような叫びが耳をつんざく。


「――じゃあ!!私のこの気持ちはどうしたらいいの!!!」


 それは痛々しいくらい、今まで全てを否定して否定して、否定し続けてきた彼女そのものを表わすようだった。

「…
「お父さんを殺した張本人に言われたくないし、第一そんなこともうどうだっていいわよ!!アンタが死んでくれないと私の気持ちがおさまらないのよ!!」

 ソファに埋もれながら無理にでも動くけど、押さえつけられているせいで体のあちこちが痛いだけだ。
 は顔を歪めて恨めしげに唸る。
 唯一半分自由な足をばたつかせても、最早抵抗にすらならない。

。もうやめよう。どこかで止まらなきゃならないんだ」
「何、言って」
「私のことを、『お父さんを殺した張本人』って言ったよな」
「本当のことじゃないの」
「でもが私を殺せば、は――私と同じ所に落ちることになる。私の同類だ」
「…っな、」

 目を見開き明らかに驚いた様子のを、私はじっと見詰める。

「しかも故意に命を奪うんだ。…きっと私より『罪』ってやつは重い」
「そ…んなの……、だって私は被害者、」
「そうすると、が私へ恨みを持ったみたいに、ここに居る皆がに対して恨みを持つ。――それを全部受け止める覚悟があるっていうこと、なんだよな」

 六に拘束されたまま、はっとして焦ったように視線で周囲を見回す
 次の言葉を探して、―――探しあぐねて唇を噛む。
 自分を囲むこの人数に、押さえこまれたこの状況に、急に威圧感を感じたようで身を竦ませながら。

 そこから視線は戻ってきたはずなのに、その焦点は最早私に合ってすらいない。

「……私が言えることじゃない。でももう、終わらせなきゃ駄目だ」
「…っ……!!それなら私にも…考えがあるわ。元々『どちらが元の世界に帰るのか』で話し合いをしに来たのよね。じゃあ私が提案してあげる」

 それは酷く引きつった……けれど残った気迫を振り絞った、彼女の最後の訴えだった。

「アンタをこの世界に置き去りにして、私一人で帰る。――アンタから故郷を奪ってあげる。それで許すわ」


 走る緊張感、集まる視線。
 きっとここ一番っていう決断の時。

 なのに、私には今日という日で一番心が凪いだ時だったのかもしれない。

 私はの艶やかな黒髪を薄紅色の美しい唇を透き通るような白い肌を――薄暗い感情の籠もるその瞳を見ながら、言った。


「―――いいよ。それで気が済むのなら」


 ひりつくような沈黙。
 それを最初に破ったのはスマイルだった。

、――何で。だってキミはずっと帰りたがってたのに」
「…うん、ごめん。でも……実はここに来る前から、もう決めてたんだ」


 唖然とした空気の中。
 私は相変わらず一人落ち着き払った六と視線を交わして、小さく頷いた。





〜To be continued〜




<アトガキ。>

というわけで、ラスボス戦佳境です。いやもう終わりかけでしょうか。
皆さんのカウントでは第何形態まで行きましたか?(にっこり!!

ぎゃんぎゃん言わせるのは予想以上に体力が必要でした。
最初はもっとリアルに発狂させてみようかと思ったのですが、これ夢小説ですしね。かなりライトになりました。
って、普通の夢小説なら発狂タイムなんて発想がまず無いっつーの…

あとは前々回からorz状態なスマイルを復活させたり六が力仕事(?)したり。
実は今回、珍しく半分以上が没ったりして試行錯誤したのですが……その中では力仕事役がアッシュだったり止める役がユーリだったり六だったりと、かなり錯綜してます。
一生懸命目を皿にして誤表記がないか探しましたが、文脈がおかしい部分があったらそのせいです(笑
何せ(物理)みたいな行動がほぼ無くて論争ばっかだったり、一度友人さんがアッスに羽交い締めにされたり、スマの落ち込み具合がもう少しひどかったりしてましたんで!!(何そのカオス

ともあれ何とか入れたかったシーンは詰め込んだ…はず。
中々辿りつけないシーンだけにとてつもなく慎重になってます。

みんなと戦うラストバトル、エンディングまでもう少し。


2015.2.8