扉を大きく開いて、中を見渡す。
ここに居た期間からすればとても短い間しか離れていないのに、何だか懐かしい気がした。
廊下には誰も居ない。
広いせいか誰かの居る気配も感じられない。
土足なんて絶対許さなかったユーリのことを思い出して、来客用のスリッパに履き替え……ようとしてふと気付く。
……あれ、ここらへんに花瓶があったはずなんだけど。
下げたのかなぁ。花も含めて綺麗だったのに。
俺が世話を引き受けてた花。出てく時は咲きかけだった……ような。
若干の疑問を残しつつ、六からの視線が痛くなってきたのでいい加減スリッパに履き替える。
六もそれに倣った。
「……とりあえずリビングに行ってみるけど。六は俺より少し遅れて入ってくれ」
「それはいいが、言った端から元に戻っていないか?」
「あっ」
俺は口を押さえて一瞬黙る。
気をつけてはいるんだけど、わりと続けてたせいで最早癖よりタチが悪くなってるんだよなぁ。
うん。そうそう。
心の中で思ってる所から変えてかないと無理だこれ。
だから俺……私は、戒めとばかりに、今日調達したばかりの着慣れないワンピースをしっかりと視界に入れて、自分で決めた事を再確認する。
―――私は女として、ここに立つ。
誰に何を言われても……この姿で、決着をつける。
「行きましょうか、六」
「…それはそれでおかしいと思うがどうだろうか」
「……むぐ」
…女言葉なんてずっと使ってなかったからもう分かんないよ。
前途多難。
「無理なら自然体で行け」
「ぐ……むぅ」
だ、大丈夫、いけるって。
私は女、私は女、私は女…………多分。
思いながら辿り着いたリビングへのドアを前に、深呼吸。
これが私の奇襲、第一歩。
実に普段通りの朝だった。
アッシュが朝食を作り全員で食べ、その後自由時間となって各々の部屋に散る。
今日が特別なのだとは思えない。
けれど、ふとした瞬間に見える思案するような皆の表情から、何でもない日だなんてことはないのだと実感した。
今はリビングにユーリ一人。
予定の時間は昼となっていたから、見送りの面子が集まるのはもう少し先だろう。
朝食の前に六から電話が掛かってきていたそうだが、の方も問題無さそうだ。
ユーリはいつもの指定席に座りながら、何をするでもなくぼんやりとしていた。
窓の外が、とても明るい。
そういえば庭の花の手入れを忘れていた、と思った――その時。
『カチャリ』
控えめにドアノブが捻られて、……直後、それとは対照的に豪快に扉が開かれる。
思わず何事かと振り向いて現状把握をしようとして―――言葉が出てこなかった。
「……おはよう、ユーリ」
中に居たのがユーリのみと知るやいなや、どこかほっとした様子の……誰だ。
背中までさらりと揺れる髪、高くもないが低くもない身長、ウエストで絞られたシンプルで可愛らしいワンピース。
数瞬の思考。
「…っあ、の」
次に言葉が出てくるまで考えていたが、声を聞いた瞬間にはっとする。
けれど同時に絶句する。
「……無言はちょっと、お……私でもキツいかなって」
部屋の入口で居心地悪そうにしている少女は、苦笑しながらそれ以上入ってこない。
ユーリはようやく立ち上がって、喉に詰まっていた言葉を押し出した。
「―――、か?」
今ここに立っている彼女の髪を後ろに一本で引っ詰めてサイズの少し大きいシャツとジーンズを着せれば、紛うことなく本人だ。
それから、更に一人称を変えれば。
「…ん。ユーリの知ってるで間違いないよ」
苦笑がどこか悲しそうな色に染まった。
しかしそれもまばたきの間に変わる。
「皆と、話をしに来たんだ!」
向日葵の咲くような笑みが、広がった。
***
「お前が思っている以上に味方は多いし、…やれることも多い」
その瞳は、まっすぐこちらを見据えていた。
「さぁ、お前がやりたい事は何だ」
六に言われて胸の端に灯る思い。
それを躊躇しながらも受け入れて、考える。
今、自分がやりたいこと。
ここで引きこもってしまうより、もっと大切な本音。
「…話をしたくないわけじゃ、ないんだ」
胸の最奥に閉じ込めていた思いを吐き出す。
弱音を吐くよりもっともっと怖くて無意識に避けていた、それ。
「出来るなら話し合って、今までのこと全部精算したい。許されるとは思ってないし、ただの自己満足になるのは分かってる。…精算ていうか、俺が話したかったことを話したいだけなんだけど。多分今のまま逃げたら後悔する…かな」
「…そうか」
「Deuilにも、…やっぱ謝りたい。世話になってたのにずっと騙してたのには違いないから」
これは、事情を知ってても知らなくても。
ここまできたらもうけじめのようなものだ。
そんな風に思っていたら、隣から手が伸びてきてぽんと頭を撫でられた。
「…お前という奴は」
そっと、唇に苦笑が乗る。
「最後まで……」
***
「なんか、やっぱこの状況落ち着かないよ」
背後に立ってる六を振り仰ぐと、軽く嘆息された。
「当然だろう、これで落ち着いていれば大物だが」
「…うーん」
ていうか背後に立って堂々とされると保護者みたいというかスタンドみたいというか。
やだ笑え……ない。今のところ。
ユーリに「皆呼んできて」って頼んで、今はリビングで待機中。
リビング出る時に六と鉢合わせしたみたいでそれにも驚かれたけど、説明する時間なかったしなぁ。
さて、どうなるだろう。
色々と決着をつけるために来たんだから、何か一つでも上手いこといけばいいなぁ。
椅子に座って足をぶらぶら。
視界の端にワンピースの裾が見えると、何だかそれも落ち着かない要因のような気がしてくる。
今朝、六に案内してもらった店(一回目に行ったのはもう随分前だな)で買ったワンピース。
似合うって太鼓判押してくれたから少しだけ(毛の先ほどとはいえ)自信はあるんだけど。
…自分で着るって言っておきながら女装感が否めない。
店員さんにも試着するまで果てしなく胡乱げな目で見られてたし。やめてそんな目で見ないで俺は変態じゃない(以下略
…うん。えーと。
恥ずかしすぎて鏡なんか一瞬しか見てなかったから、どんな風になってるのかよく知らない。
似合うって言ってくれるならいいや。
六へは今に至ってもワンピースを買った理由や一人称を急に変えた目的は言っていないけど(わざわざ人に言うのもおかしい気がする)、別に聞いてこないし突っ込まないし変な目でも見てこなかった。…ていうか多分大体の予想がついてるだろうな。
そして髪。
風呂以外ではほどいたりしなかったのを、フル開放。
総合して。
……女の子だ。
ちょっと恥ずかしいくらい女の子だ。
制服姿じゃないけど、少しは…あの時に近づけただろうか。
でもそうだなぁ、……ユーリがこの格好について何も言及しなかった辺り、やっぱり俺が男装してたことについては既に知ってんだろうなぁ。
こっそり溜息をついて、六が「どうした」と言いかけた……丁度その時だった。
『ガチャ、』
静かに、けれど風を切ってリビングの扉が開いた。
弾かれたように顔を上げてそちらを見る。
――そこに居たのは。
「!!ここに居るって本当―――」
「………」
アッシュが言いかけて固まる。
ついでにその後ろから覗きこんだスマイルも無言。
……うう。一瞬にして空気が氷河期。
ちなみにユーリは一番後ろから来てて、は―――
あれ、居ない?
「…は?」
「呼んでいない。……『皆』と言うから、彼女が入っているとは思わなかった」
言いながらユーリはリビングに入ってきて、こちらの正面に滑らかな動作で跪く。
そうして「すまない」とか謝りつつ片手を取って持ち上げられ唇に寄せられ―――って、
ふおおおお!?
それって王子とか貴族がお姫様なんかにやる挨拶ってやつじゃ…!
一瞬にして顔が真っ赤になるのを感じて右手をユーリの手からぶっこ抜く。
ぎゃあああいきなりこんなことされるなんて聞いてないっ!!?
「…気に障ったか?」
「ふへっ!?いや、あう、違くて、」
「知らなかったとはいえ今まで不当な扱いをしてきたようだからな。今日こそはレディとして接しようと思っていたのだ」
「!? ちょっ、…え!?」
ちょちょちょちょーっとまった。
皆がどのくらい知ってるのかわからないまま先制パンチくらわされた。
なにこの羞恥プレイ!女の格好してはいるけど女扱いなんてされると思ってなかっただけに戸惑いしかない!!
ていうかさっきまでのキョトン顔どこいった!!もうナチュラルにこの姿受け入れてるじゃ な い か !!
「そのくらいにしときなよ」
突如ぽんとユーリの肩に置かれる手。……手、だけ。
右手だけが浮遊してるそれには見覚えがあったり。
すぅ、と色がつくようにして手以外も姿を現すと、それはアッシュの後ろに居たはずのスマイルだった。昨日ぶり。
「いきなりじゃ、も困るんじゃなーい?」
ヒヒヒ、とか言って笑ってる。
ええぇ…スマイルまで俺…じゃなかった、私の格好に驚いてない。
驚かないまでも急にこんな格好して来たら普通は……
「…本当に、、なんスか……?」
弱々しく尋ねる声が入り口あたりから一つ。
そうそう、普通はこうでしょ。
今まで男だと思ってた家出人がいつの間にかフェミニンなかほりを漂わせてやって来たら。
戸惑うアッシュに「うん」と頷いて、背後に居る六にも「ね」と同意を求めた。
そういえばさっきから六が空気だと思ったら、特に興味なさそうに無言でちらりと見てきただけな辺り本当に空気と化してた。
… 無 口 か 。
「んえっと。…この格好のことも含めて話をしたいから、適当に座ってくれると助かる」
「も呼んだ方がいいか?」
「いや…うーん。本当はそのつもりだったけど、と話したいことと三人に話したいことは別だから、今はこれでいい」
後からな、って言ったら皆複雑そうな顔をした。
…こりゃ色々知ってる顔だわ。
まぁ、家出までしたら何かしら話し合って多少の情報くらい入手してそうだけど。
皆が適当に席について(ユーリはいつもの椅子だな)、じっとこちらを見つめてくる。
あれ、アッシュだけ何か震えて………
「――す、すまねぇっス!!!」
「!!?」
何だ何が起こった。
ていうか謝られるほどの何かしたっけ俺!!?
いや謝られるなら逆じゃないだろうか。ほわっつ!?逆ナンならぬ逆謝罪とはこれいかに。
「に、が…その、女の子だったって聞いてはいたんスけど……実際に見ると急に実感が湧いてきて。そしたら今までの雑な対応が急に申し訳なくなってきたんス…!!うわああよりによってこんな可愛いなんて余計いたたまれねぇっスー!!」
頭抱えて悶える狼男。
可愛いとか言われてくすぐったい通り越して転げ回りたかったせいで気を取られてたけど今なにげに色々ぶちまけなかったか!?
ていうかやっぱから聞いたんかい!
「ちょ、ちょっと待て…情報が多すぎてリアクションが取れねぇ…じゃなくてとれないよ!いや私は特に気にしてないから大丈夫なんだけど!」
「ほ、本当にすまねぇっス…」
「いいっていいって」
超申し訳無さそうなオカンことアッシュはとりあえず宥めといて。
えーっと脱線した。
「…『私』、か」
ひとりごとみたいにユーリが呟く。
「あ、…うん。今日は目一杯女の子として、行動するよ」
「そうか。最早隠さないのだな」
「……うん」
頷いて……一呼吸。
「皆に、謝るよ」
全員を見渡して、私は低くゆっくりと言う。
六を除いて皆驚いたようだったけど、続きがあるのを察して黙っていてくれる。
「もう知ってるみたいだけど。…改めて、言う。――私は皆のことを騙してた。本当はこの通り、女なんだ」
立ち上がって、そっと頭を下げた。
「今まで誤魔化して隠して、騙してて……ごめんなさい」
知ってたらここには居させなかったかもしれない。
ただでさえ有名人の家に知らない人物が住むっていうのは厄介なのに。
そして沢山親切にしてもらった。
…それを台無しにするくらい、酷い嘘。
皆は、どう思っているのだろうか。
「それから色々全部放り出して逃げて、ごめんなさい。心配かけてごめんなさい。……連絡あったみたいなのに更に逃げてごめんなさい」
色々迷惑かけたなあ。
開口一番批難されないだけまだましなんだろうな。
「顔を上げてよ、」
首を傾げて、苦笑しながらスマイルが言う。
「こんな可愛い子に頭下げられたら困っちゃう」
「え、いや、…可愛くなんて、ないよ」
「駄目駄目。もうそんな言葉じゃ誤魔化せないんだからね」
「ええ?」
いやもうなんかここに来て女扱いが濃密すぎて空恐ろしいんだけど。
じゃなくて。
「怒ってないのか?上手く入り込んで何をするつもりだったんだとか、他にも嘘ついてるんじゃないかとか…」
「ないな。そんなことを出来るほど器用でないのは生活を共にしていて分かっている。そして今までの男のような立ち振舞いはその場限りの付け焼き刃などではないということも理解しているつもりだ」
「…う」
ユーリさん天然なところもあるくせにこういう時キリッとしてて何も言い返せない。
「それに謝るのは僕らの方だよ。…のこと、肝心な時に支えられなくてごめんね。しかもこんな思い切った格好で謝らせることになっちゃってさ」
「が来た日に何があったのかは、大体聞いたっス。…どうして相談出来なかったのかも、少しは知ってるっス」
「何も出来ず、すまなかった」
ぽかーん。
三人から言われた言葉が頭に入らなくって口が半開き。
これっていわゆるカウンターってやつ?
って現実逃避してる場合じゃない。
「ええっと。…ええと。から他に何か聞いてないのか?非情な事をした嫌な人間だとか…」
「なにそれ。っていうかね、もう全部どうでもいいの。それよりも」
スマイルが立ち上がってすたすた歩いてきて、私が何を言う間もなくぎゅうっと腕の中に閉じ込められた。
今まで何度かそうしてきたように、戯れに抱きつく感じで。
「…よく、出てきてくれたね。すごくほっとした」
…あ。
昨日の様子を見てたスマイルだったら今の私は180度変わって見えるのかも。いきなり閉じこもって出てこなかったわけだし。
そして今までの癖でおずおずと抱き返そうとして。
「…スマ。知らなかった今までならまだしも、今は軽々しく抱きついたりしちゃマズいっスよ」
「ヒヒヒ!!バレちゃったー?」
スマがアッシュにひっぺがされてこっちまでドキッとする。
うわぁそういえばもう男じゃないんだから(?)こういうのタブーなのか!?
「でも今まで普通だったのにねーぇ」
「諦めろ。訴えられたくなければな」
「あ…スマイルのは別に他意を感じないから俺…じゃなくて私は何ともないけど」
「駄目っス!普通に考えてセクハラっスよ」
「う、うーん」
スマイルがセクハラとな。
別にそれはそれで美味し…げふごふ。
「まぁそれはそれとして。…撫でるくらいならいいっスかね?」
「え?」
仕切り直すようにアッシュが言った後、ぽすんと私の頭に大きな手のひらが乗る。
わしわしわし。
撫でられてちょっと髪が乱れる。
「帰ってきてくれて、嬉しいっス」
……乱れた髪が気にならなくなった。
「俺らが怒ってるとしたら、無断外泊と心配かけたことくらいっスよ」
「そうだな、あとは戻ってくるなら事前に連絡を入れてほしかった」
ユーリが脚を組み替えて優雅に笑む。
「そうすれば、最初から揃って出迎えることが出来たというのに」
――すとん。
無言のままゆっくりと、腰が椅子へ落ちる。
「?」
「……ごめん、なんか……こんなあっさり許されると思ってなかったから…」
声にも力が入らない。
なんかもう…こっちが驚かされた。
呆然。
「」
それまで黙ってた六が呼びかけてきた。
背後から見下ろしてくるその視線を受ける。
「嬉しくはないのか?」
……うん、そんなこと言われたらじわじわ実感するしかない。
呆然としてた顔がにやついた顔に変わる。
「…嬉しいに決まってる」
にやけ顔で返事をしたら、背後からぽんぽんと数回頭を撫でられた。
うん、嬉しい。
皆の存在が、こんなに嬉しい。
「皆、ありがとう」
気持ちのまんま笑顔全開で言ったら、皆も笑ってくれて更に幸せ。
うわぁなにこれ、今日ここでこんなに幸せになれるなんて思ってもみなかった。
いい感じのサプライズ。
そうしてひとしきり幸せを噛み締めて、
…幸せばかりじゃないんだと意識を切り替える。
そんな変化を見て取ってか、ユーリが僅かに目を細めて言った。
「…あとは、『彼女』への話か?」
「……うん」
決意を込めて頷く。
「どちらが元の世界に帰るか、話し合うんスよね。…大丈夫っスか?」
「ん、えーと。ちょっと違うけどちょっと合ってる。でも二度説明して平気な自信がないから、本人と話すまで秘密」
「?? どういう意味っスか?」
「その内分かるよ。一人なら全員集合する必要もないし、私だけ部屋に出向こうかなぁ」
奇襲なんだし、それくらいしてもいいだろ。
ちょっと…いやだいぶ勇気いるけど。
部屋のドア開ける瞬間とか超ためらいそう。
とか思ってたら。
「いや、わざわざ一人で行くこともない。ここに呼んでも問題なかろう」
「そっスよ。俺が行ってくるんで」
「え?あ…うん」
焦ったように二人からストップがかかってちょっとビックリ。
何だ、二人でひそひそと密談されるのがそんなに困るんだろうか。
襲いに行くわけじゃあるまいし。っていうかそれで言うとある意味襲われる可能性あるのは俺…じゃなくて私の方だけど。
「んでも聞いててあんま愉快なものにはならないだろうし、それどころか不快になるだろうし、そんくらいなら自分一人で…」
「構わん。ここに居ろ」
「がいいならっスけど、居てほしいっス」
お願いだから、みたいな雰囲気で言われるとこっちも嫌とは言えない。
ていうか今はもう特に聞かれて困るわけじゃないんだ、全部決着つけるつもりでいるから。
この三人に知られて恐怖する自分じゃない。
でも、…どっちかっていうと私との間に溜まった膿みたいな部分を見て気分悪くならないだろうかとか、そっちのが心配。
こっちに来た当初の以外の顔を、皆はもう見たのかなぁ。
「…何見ても引かないのなら、いいよ。個人同士の醜い争いみたいなもんで超が付くほどどうでもいい話だけど」
「構わねぇっスよ」
「首を突っ込まないで欲しいというのであれば、少し離れているが」
「いやいやそれくらいなら同席してくださいな」
ちょっと遠巻きになられたら逆に気になるっつの。
「ヒヒヒ。要するに……目の届かない所に行かないでって言ってるのさ」
「へ?」
……ああ、そっか。
「ん、分かった。この部屋で話をしよっかな」
心配してくれてるんだって分かって、むず痒いような更に申し訳ないような。
だってそんな人達に修羅場チックな話を聞かせる可能性があるなんてそんな。
でもまぁうん。…少し甘えようか。
「じゃあ俺が呼んで来るっスよ」
「うん、頼んだ」
自分が行くとそのまま修羅場と化すかもしれないのでアッシュに頼むことにする。
「ああ、その前に一つ確認してもいいか?」
不意にユーリが尋ねてきたから、アッシュも振り返って様子を見る。
「何?」
「について…確かめたいと思っていたことがある」
「…について」
「そうだ」
確かめるって、一体何を。
一緒に居た時間があったわりに本人に聞いていないってことは、こっちにしか分からないこと?
「私に話せることなら」
「なに、簡単なものだ。…お前にとってのとは、一体何者だ?」
「――……」
言葉が見つからなかった。
っていうかどういう意味。
ユーリは至極冷静な顔で尚も言う。
「彼女からはお前の事を『知り合いだ』と聞いたし以前の関係もおおまかには把握したが、お前からは聞いていなかったからな。…という人間から見て、はどういう存在だ」
「……どういう、かぁ」
ぼんやり考える。
特別であることには変わりないけど、それってどういうものなんだろう。
「…元友達…かな。大切だった。でももう届かない。酷いことしたし許されない。…凄く、怖い。ほんの少し前まではの隣に戻りたかったけど、もうそんなことはあり得ないって納得した。今は…過去に友人だったことのある人、って感じ」
そして俺に殺意を向ける人。
…って言ってもいいのか分かんなかったから言わない。
説明するには長いし。
「……まだ、大切か」
「…心のどっかでは、そうなのかも」
「そうか」
ゆっくりと飲み込むような、少しの間。
それからユーリは一人納得したような顔で「分かった、ありがとう」なんて言った。
「…ならば然るべき対応を取るか」
「え?何、どういう…」
「何でもない。さてアッシュ、早く呼んでくるといい」
「さりげに顎で使ってんじゃねぇっスよ。…まったく、毎度毎度…」
ぶつぶつ言いながらアッシュは今度こそドアノブに手をかけた。
相変わらずの世話焼きである。
ていうか今の聞いて何するつもりなんだろうユーリ。
でも、まぁうん。
――もうすぐ終わるから、何があっても構わない。
どんな顔をしてやってくるのだろうか、と『元友人』の顔を思い浮かべた。
それは遠い記憶の中の、綺麗な笑顔だった――。
―――、
僅かな緊張をはらんだの横顔を見ながら、ユーリはひっそりと胸の内で思う。
――ようやく、確認が取れた。
ずっとずっと、確かめたかったこと。
今までを……あんな危険な思想の人間を、城の中で自由にさせていた理由。
客として丁重に扱っていた訳。
彼女がどんなに理不尽で、理解し難い人間でも…それは彼女の側から見た一面にしかすぎない。
彼女はまがりなりにも、の知人。
が――家族に等しい人物が見知った者だ。
こちらの勝手でぞんざいな扱いをしたくはなかった。
過去彼女達にあった様々なことも、の意見しか知らない。
がどう思っているのかなんて分からなかった。
万が一が『自分から見た事実は違う』などと言えば、こちらが憤るのはお門違いだ。
だから放り出すなんてもってのほか。
もしも。――本当にもしも、のことを『大切な人物だ』と言うのなら、…その可能性が消えていないなら、確認できるまで「の知り合い」としてもてなす。
客として、過ごさせる。
そう決めていた。
そして今。
本人からの言葉を貰って、ユーリの気持ちは固まる。
――のことは、今からの話し合いでもこれまで通り普通の客として扱うことにした。
はを完全には否定しなかった。
だからきっと、これでいい。
それから、今後のこと。
が帰還してが残った場合。
これも本人の意志を尊重していくことを誓う。
この世界の神から任されたにしては、個人としては、あまりよろしくない心象しかないから。
…だから、せめての望むようにしたかった。
がまだ大切だというのなら。
―――可能な限り、丁重に扱うこととしよう。
一つ目の決着が、本人の与り知らぬところで静かについた。
〜To be continued〜
<アトガキ。>
思ったより多かった&遅れました。でも最高にテンション上がった時に推敲できたのでいい感じ。
ふおおおおおお、最終決戦なう。いやラスボス前の中ボス?(その表現ってどうなのよ
実にいいです。次でラスボス登場ですか。
第何形態まで行くかなぁ(ガチでボスかよ
あと文体がほぼ完全に以前の状態に戻ってすごく書きやすかったです。楽しいし。
私にはこっちが向いてるんだなぁ…。
お硬い文章も好みなのになぁ。シリアス向きで(そこか
さてさて。
真の姿(防具:可愛いワンピース)で挑みます夢主さん。
武器は『昔の一人称』でしょうか。
今のところ凄くいい雰囲気になってるので魔王が怖いです。楽しく書けますように!
2015.1.24