様子のおかしかったスマイルは、無理矢理にでも夜食を食べさせて一息ついたら今日あったことを静かに話してくれた。
事実だけ。彼の気持ちは一切語られない。
スマイルが何を思っているのかは分からない。
けれど、普段からは想像できないほど明確に苦しんでいたから、言葉少なにでも慰めてそっとしておいた。
彼の場合、長々と慰められるのは苦手だろうから。
は部屋で静かに眠っていた。
どこか満足そうな顔すらしていたから、きっと今夜は何ともない。
それを確認してから、片付けに入ると……いつの間にかスマイルも手伝いにきた。
始終無言だったが、彼の中で感情の整理をしているようでもあった。
そうやって、最低限邪魔そうなものをどけたり捨てたり元の場所に戻したりして、何とか人がまともに入ることが出来るようになった。
部屋の窓ガラスが割れていなかったのは幸いだ。棚のガラス戸が割れていたから窓も駄目かと思ったが、何とか無事だった。
終わった頃には午前二時。
なのに、三人とも黙って立ち尽くしたまま。
明日…いや、もう今日のこと。
ここで全てが終わろうとしていた。
「…もう寝るぞ。睡眠も必要だ」
ユーリが静かにそう告げると、了解の言葉もなく全員が部屋を後にするのだった。
「おはよう、」
「おはよ。六」
昨日の部屋で迎えた朝。
六がふすまを開いて入ってきながら、挨拶を交わした。
「…眠れたか?」
そんな風に尋ねられて、俺は布団の上で軽く首を傾げる。
ぶっちゃけ下着が雨で濡れてたので気持ち悪くて眠れませんでした、なんて言えない。流石に。
今日のことを考えてて寝付きが悪かったのも本当だからそっちを言うべき?
そんなこと考えてたら微妙な顔をしてたのがバレたみたいで、「二度寝をする時間くらいはあるだろうが…」とか心配されてしまった。
うん、実はわりと早い時間。
俺が起こしてって言っといたから来てくれたわけなんだけど。(そしてその前に起きちゃってたんだけどな)
六って普段から早起きみたいで、俺のせいで夜更かしさせちゃったのに特に問題なく自室から出張してきてくれた。
「平気。ってか肝心な時に寝ぼけてると困るから起きといて意識をはっきりさせたい」
「…ふむ。それにしたって早過ぎると思うが」
「うーん、そうかな。…それより六、ちょっといいかな」
「何だ?」
「んっとな……」
にっこり笑って、言う。
「この辺にある店を教えてほしいんだ」
「店?」
「そう。あ、コンビニとかスーパーじゃなくて、もう少し大きいの。なるべく早く開く所がいいんだけど」
「それなら以前おまえと一緒に行った場所がいいだろう。…しかし何をするんだ?」
「そりゃ買い物だよ。ちなみにこっからの行き道分かんないから一緒に来てくれるか?」
「構わないが…」
腑に落ちないみたいで言葉が濁される。
うん、まぁ、こんな日に買い物とか言われたら疑問にも思うだろうなぁ。
でも。
「…必要なんだ」
そう言ったら、六は「分かった」と了承してくれた。
深く聞いてこないのって、六の良いところだと思う。
いや言ってもいいけど、何か……うん、人に言うことでもないと思うんだ。
「開店の時間がそこそこ早いとはいえまだ時間は大分ある。それ以外にやることはあるのか?」
「ん?えーっと。……俺の着てた服、今どこにあるんだ?もしずぶ濡れのままなら、コインランドリーにでも突っ込んで乾かしに行こうかななんて。買い物に行くのに必要だし。コインランドリーくらいなら、対人じゃないし着物をもっかい着直せば…」
「いや、お前の服なら洗濯して乾かした。畳み忘れていたが乾燥機の中にあるだろう」
え。
六が乾燥機使うって、イメージわかない。
なんか機械音痴っぽいからそんなハイテク機器があるなんて思わなかった(失礼
でも考えてみたら普通にヘッドホン常備だしな。機械音痴は間違いか。
うん、六はハイテク侍…っと(心の中にメモ)
「ってか、俺いつの間に着替えたんだろ。その辺の記憶がかなり曖昧で、気付いたら着物になってたんだよな。でもTシャツにズボンじゃないってことは自分で着替えたんだろうし…」
「……支障がないのなら気にする程でもないだろう。今持ってくる」
すたすたと部屋を出てく六。
あれ、つれないなぁ。
まぁでも口数が必要最低限なのはいつものことだし。
コインランドリーに行く手間が省けた分、時間があいた。
うーん、店が開くまで他に何かやること……
あ、そうだ。
「六ー!できればシャワー使わせてほしいんだけど!ちょっとべたついててさー!」
六のあとを追いかける。
俺なりの“準備”が進む、朝のこと。
『道』の出来る余波で少し気分が悪くなるのは、それからちょっと後。
これは予測できていたから大丈夫。
でも、本当に今日なんだって分かって、たじろいだ自分が居た。
だから余計に前だけ見て歩く。
もう決めたんだ。俺の――これからのこと。
***
そうっと、目を開く。
凄くきらきらした朝だった。
こんなに目覚めの良い日も久方ぶりだ。
少しばかり気怠いのも、熱っぽいのも、全く気にならない。
はベッドの上で伸びをして、微笑む。
今日は『あいつ』にまた会える日。
本当は、神だとかいうあの男が今日のことを触れ回るのを阻止して、あいつの帰路を断ってしまうのがいいと思っていた。
そうすればきっと絶望してくれるのだと。
しかし会って直接捻じ伏せられるのなら、それはそれで。
皆が皆警戒しているであろう場であいつを殺してしまうことは難しいから、最良の手段を取る。悪くない。
それに結果が分からないまま帰るより、この方がより良いと思った。
奪われたものが多い私なら、あいつの故郷くらい目の前で奪ってしまっても構わないでしょう。
幸いここの住人はお人好しだから、基本的に生活に不満はない。
多少体調不良だろうがきっちり食べてきっちり寝ることが出来ているのでそれらを実行する体力だってある。
「…まぁ、欲を言うなら服が欲しいけれど」
風呂には毎日入っているものの、そろそろ着替えがほしい。
でも。
「今日帰ることが出来るなら、それも問題じゃないわね」
まるで自分を応援してくれているように晴れ渡った空を窓から眺めてひとりごちる。
さて、あいつは見つかったのだろうか。
城の三人が見つけていなくても、神が何とかしている気がする。
できれば三人には見つかっていなければいいな、と思う。
そうすればまた、お前は無力だと笑い飛ばせるのに。
スキップでもしたくなるような気分で、昼までの時間をゆっくり過ごすことを決めた。
***
普段の朝食より少しだけ前の時間。
六の家から電話があった。
きっと心配しているだろうから、と。
だから受話器を持つ手に自然と力が篭った。
は大丈夫だろうか、今日こちらへ来ることができるのだろうか、それは何時くらいだろうか。
そんなことを矢継ぎ早に尋ねたら、「申し訳ないが、待っていてくれないか」と苦笑しているような雰囲気で返された。
次いで、「恐らく心配はいらない」とも。
それは自信に満ちたもの。
だから少しだけ安心して待っている。
でも早く会いたいのには違いなかった。
だって、彼…いや、彼女は、自分達の大切な仲間なのだから。
アッシュは祈るような気持ちでを待つ。
この城の主であるユーリが言うから、を特別咎めもせずに普通の暮らしを与えながら。
。―――。
今頃何をしているのだろうか。
+
もう一度会えばきっと救う事が出来るだなんて、驕っていた。
結果は彼女からの拒絶で、最後まで部屋から出てくることなどなかった。
必要なかった。
この手なんか必要なかった。
それを知って初めて思う。
――彼女のためにと動いていたと思っていたけれど、実際は自分が彼女にもう一度近づきたかっただけなのだと。
自分のため。
彼女の笑顔を取り戻して、自分なりに諦めて元の世界へ帰す。
……全部全部、自分のことしか考えていない。
そんなの、を見つけられない自分へ無力だと罵って笑ったあの狂った人間と同じじゃないか。
酷く胸が痛んで、頭の中が空っぽになった。
何を期待していたのだろう。
自分で自分を正当化してまで六の家へ押しかけて、に近づいて、……何を期待して。
この手をもう一度取ってほしかったなんて、身勝手なことを。
自分を責めながら、まだ彼女の傍に居たいと思うその気持ちを理解できずにいた。
そんなことをしても、彼女にも自分にも得られるものなんて何もないはずなのに。…意味なんて、無いはずなのに。
全く理にかなわない、この気持ち。
そろそろそれに名前をつけないと、自分で自分が分からなくなりそうだった。
本当は認めることが怖かった。
分かっていて遠ざけていた。
深入りすればするほど、本気になればなるほど、失った時に傷つくのはよく知っている。長いこと生きてきたのだ、いちいち心を砕いていたらきりがない。
現に今だって失う可能性がとても高い。
だからずっと「必要のないもの」「柄にもない」「馬鹿馬鹿しい」なんて並べ立てて、言い訳をして逃げてきた。
今までは、その方が楽だし後で苦しまずに済むと思っていたから。
それでも。
――そろそろ認めなければ前に進めなくなる。失って傷つくよりもっと後悔する。
最後になるかもしれないなら、余計に。
だから、今度こそ逃げずに認める。
そう。
この気持ちに名前をつけるなら、それは執着なんて無骨なものだけじゃなくて。
「――もう、迷わないよ」
ずっとずっと俯けていた顔を、上げる。
暗かった自室に陽の光が白々と差し込み始めた。
必要とされていなくたって、彼女を最後まで助けることは出来る。
全部自分の為だって何だって、もういい。
助けたいから、助ける。傍にいたいから、傍に行く。
求めることはそんなに罪じゃない。だってこれはそういうものなんだろうから――どうしようもない。
もっと……幸せでいてよ。
僕の好きなひと。
+
この城に異世界人を受け入れてから、退屈なんてする暇がなかった。
それは今までなら、とても良い意味で。
まさか女性だったなんて思いもしなかったけれど。
二人目は……推して知るべし、だ。
同じ世界から来てどうしてこうも違うのだろうか。
が帰って来にくい場所になった、と改めて思う。
元の世界に関する話し合いをするべき、とはいえ好き好んであんな人物とは話をしに来たくはあるまい。
それでも来るなとは言えないから、ただ待つ。
異世界への門が繋がるこの城で。
自分はこの城の主だ。
ならばこれ以上ここで好き勝手はさせない。
せめてがらしくあれるように、それを害するような行動は一切許さないつもりだった。
それをするだけの自信は、ある。
――自分は誇り高きヴァンパイア。人間に遅れなどとるわけがない。
普段はその力をひけらかすこともないが、必要なら使うまで。
いつでも、帰ってくるといい。
責任をもってもう一度受け入れてみせる。
帰ってこないなら、その時は迎えにだって何だって行く。
その手を取ることを許してくれるだろうか。
今度こそ女性として、完璧にエスコートしてみせよう。
それを望まないならば、不安など吹き飛ぶほど強く手を引こう。
いつだって出迎えてくれた彼女だから、――次はこちらが目一杯出迎える。
許してくれるだろうか。
許さないなんてそんなことは……彼女なら、きっとない。
リビングの椅子に座って、ユーリは堂々と彼女を待つ。
***
―――そうして、昼とは言えないが太陽の高く登った頃。
は、自分の足で城の前まで来た。
「…もう随分離れてた気がするよ」
「……そうか」
隣にいる六へ、苦笑しながら言う。
でもそれが冗談なんかじゃないことは知っているから、六も真剣な表情を崩さない。
大きく息を吸って、吐いた。
深呼吸。
この城の中に入れば、ユーリが居る。アッシュが居る。スマイルが居る。
そして―――が。
一瞬強張りかけた表情に気付いた六が、気遣わしげな視線を向けてきた。
「……大丈夫」
それに答えて、証明するように口の中で例の『鍵言葉』を唱えた。
これって、こんな場には凄く不似合いなくらい楽しすぎる合言葉なんだけど。
ぶつぶつ唱えながら笑いそうになるくらい。最初に知ったのは買い物に出た時だったっけ。
どんな気持ちでつけたんだろうなぁ。
思い浮かべたら堪え切れず笑みが零れた。
六の手を取って一緒に入る。
少し驚いたみたいだったけどすぐに普段通りの歩調でついてきてくれた。
『歪み』を簡単に越して、振り返りながら笑う。
「行こう、六」
普段から鍵なんかかかっていない玄関の扉を、開いた。
誰にも連絡を入れずに来た。
奇襲くらい、構わないだろ?
なぁ、。
〜To be continued〜
<アトガキ。>
今年はじめての更新です!
……うう、やっぱり年内に間に合わなかったかprz
少し短いですかね。
区切りとしてはここがいいなと思いまして。
話は進まないのですが、一旦整える回が欲しかったのでした。
今回色々と準備をする感じになりました。心のを含め。
決戦前夜、…いやいや、決戦の朝、みたいな!(時系列あえてバラバラにしてるので時々夜が混じってますが)
あ、ちなみに前回『書きかけ』とか言った部分は次回に回されてしまいました。あふん。
そして「スマ落ち?」などと言われても仕方ない寄り方になってしまいました。
まぁスマイルが一番早かったというわけで…。(何その言い方)
そう、全員その予定があったんですよ。最終回に間に合いませんけど(オイコラ
その証拠に他の面子にも若干その気配が。………気配だけかい。
でも大丈夫。そう大丈夫。うん。無駄にはしないよ!(何
さて次回奇襲です。
楽しい予感がしてなりません。
2015.1.4