「じゃ、俺は皆にも伝えてくる」
そう言ってワープをしようとした彼を、が止めた。
「――いえ、それは結構です」
「あ?何で」
「私が伝えておきますから」
何の迷いもなく言ったに、MZDはそれでもいいかと一瞬頷こうとしたが……ふと思い留まる。
「…いや、やっぱ今すぐ伝えた方がいいだろ。俺ならワープですぐだ」
「どうしてですか。大丈夫、帰ってきたらすぐに伝えますから」
「今は時間が必要だろ、帰ってからじゃなくて事情を伝えて今すぐ帰らせるべきだ。話し合いも必要だろうし。…それにお前はともかく、はここに来てしばらく経つ。まずあいつが帰る事になった場合、別れを言いたい奴も多いはずだ。時間がないとまともな別れ方もできねぇじゃねえか」
「………」
相変わらず無表情のまま、は口を閉ざして何かを考えた。
――それはMZDの知らない、暗い感情から来る思考。
ややあって。
「そうですね、神様の手を煩わせる事になりますが…その方がいいなら、伝えてきてくれますか?何時に帰るかも分からないし、私じゃこの世界の地理なんてさっぱりなので」
「ん、分かった。ちゃちゃっと行ってくる」
が考えていた間については、いつもの表情のわりに焦っているMZDでは気にする余裕がなかった。
軽く手を上げて別れようとする…が、最後にが一つ疑問を投げかける。
「『道』は、この城から繋げるんですよね?」
「ん?あぁそうだぜ。もうここのリビングから繋がるように作り始めてる。片付けとけよ?…明日の、昼だ。じゃあな!」
そう答えて、MZDは今度こそダイニングから姿を消した。
椅子に座っているは唇を真一文字に結んで、それを見届けた。
――折角自分一人だけ掴んだ情報だけれど。
このまま泳がせておいた方が、良い事もある。
会えるのならまた、会いましょう。
そして今度こそ、―――あなたに絶望を。
そうしてやって来た六の家の一角。
「!やっと見つけた!お前に言いたい事が―――」
宙に浮いたままそう言いかけて、MZDは言葉を止めた。
目の前に居るが――いつにない…もっと言えば、異常だったからだ。
目を見開いて、言葉も出ないまま固まっている。
ワープで出現した事に驚いているのではない。
それならこんな……怯えと焦りの混じった感情は無いはずだった。
「…お前、」
眉を寄せ手を伸ばしかけた、その時。
「MZD!待て!!」
ふすまを開いて六が部屋に入ってきた。
続いて足音だけが一人、それから少し遅れてもう一人。
には途中の一人が分からなかったのか、最後の一人――リュータにだけ視線を向けて息を呑んだ。
言葉にならない微かな声だけが、散る。
糸の張りつめるような空気。
あまりに、異様な光景だった。
「…おい、どうなってんだこれ」
「非常事態に首を突っ込んでから物を言うな。これ以上引っかき回す前に部屋を出て貰おうか」
「こっちも非常事態なんだから困ってんだ。時間がねぇ、どうしてもと話す必要がある。…けど、状況がおかしいのは分かってる」
そうしてもう一度の様子を見る。
…追い詰められているようなのに、それでいてどこか虚ろだ。
「どうなってんだ、さっきから。城のリビングは台風が通ったみたいに荒れてるし、はこの様子だし、…そういや急いでてなんも考えてなかったけど、お前仕事に行ってるんじゃなかったのか?」
姿の無い彼へと視線を遣る、が、返事は無い。
その代わりリュータから驚いたような声が上がった。
「城が荒れてるって…何で」
「理由は聞けなかった。気にするなって言われたし、中の住人も無事だったし、ひとまず保留にしといてもいいかと思ってな」
「…、その住人って」
「ん?…ああ、ってんだけど。リュータが知らなくても無理は――」
ダンッ。
遮る様に聞こえた音は、が逃げるように後ろへ手をついた音だった。
――。
その名前を聞いた瞬間から怯えの表情は恐怖に染まった。
それまで動こうとしなかったはずのが、後ずさりから逃げへと転じようとしていた。
六はこのままではまずいと素早くに近付き、その手首を捕える。
大袈裟な程びくりと震えたそれは、…頼りない程細かった。
「、大丈夫だ。ここにそいつは居ない、お前を今すぐ城に戻すつもりもない」
「―――っ、」
零れそうに見開かれた目で六を見つめて、捕えられていない方の手で耳を塞ぐ。
小さくかぶりを振って、…まるで『何も聞こえない』とでも言っているように。
「…いいか、お前は今安全だ。何も、気にする事は無い」
「――っ、―――っ!!」
はじめは左右に小さく振っていた頭が、徐々にぶんぶんと動きを大きくする。…拒絶するように。
「。…!」
幾度も呼んで、がそれを拒む。
少しの間そんな風に続いて、――そして拒絶するばかりだった彼女が唐突に力いっぱい腕を払って、六の手を振りほどいた。
そうして有無を言わせないまま立ち上がり、…少しよろけながら、部屋の出口に向かって駆け出した。
しかし。
「……っ!?」
途中で、どすっ、と鈍い音がしてその動きが阻まれた。
…何もないのに、何かにぶつかった。
六は後ろに居る、リュータはもう少し右に居る、MZDは浮いている、それなのに、なぜ。
は混乱しながら何とかしてそれを避けて進もうとするのに…その温かい何かは両腕ごとの動きを封じ込めた。
ぎゅう、と体が締め付けられる。
何もないはずの空間に顔をうずめさせられ、途端ふわりと知った香りがした。
「っ、――ぁ」
――その香りが、記憶の中の誰かを思い起こさせかけて…は一層激しく暴れ出す。
逃げようともがいて、何もない空間と戦って、ぐちゃぐちゃになって、足の踏み場を間違えて体勢を崩しかけて。
倒れる間もなくその背を受け止められて……尚も暴れようとしたのだから、その『何もない空間』はを引き寄せたままゆっくりと畳の上にしゃがんだ。
自然と、は座る事になる。
「…っ、や、だ」
暴れにくくなったをきつく腕の中に閉じ込めた。
はたから見れば、だけが不自然な体勢で固まっているように見えた。
元々きっちりとは着ていなかった着物の合わせ目がずれて、脚が大きく露出する。
それでも気にしないとばかりに…あるいは意識の外にあるのか、抵抗はやまない。
「ゃ……や……っ」
動けないから、脚をもぞつかせ、拒絶の声が上がる。
震えるその声は、所々かすれてしまっていた。
「や、だっ……、もう、…ゆるしっ、…」
言いたい事は分からなかったが、胸のつまりそうな声のせいで気持ちは充分に分かった。
温もりを移すようにその『空間』に掻き抱かれ、それでもは現実を否定するように拒絶の声を上げる。
「嫌……やだ…、や!!―――っ!」
放っておけば悲痛な声で叫びだしそうだった。
だから…それを途中で止めた。
聞くに、堪えなかったのだ。
不自然な体勢のまま、は固まる。
それもそのはず、何もないはずの空間から突然口を塞がれたのだから。
ぴっと指の腹を押しつけられたような、そんな温かい感覚。
止めると言うには優しく、しかし少し強引に。
それがそうっと離れる頃には、何も言えなくなっていた。
「…大丈夫だからね……大丈夫……」
いつか言われたその言葉。
いつか感じた温かさ。
じわりと心のどこかが溶けるような気がして、それと同時にの目から涙が滑り落ちていた。
夢の中のようだったその世界が、溶けてなくなってゆく。
代わりにどうしようもない現実感と、逃げられない絶望感と、…それから胸を裂く程の、ぬくもりを確かに感じた。
何もなかったはずの空間から、音もなくその人が出てきても。
…もう、は抵抗する事は無かった。
が落ち着くまで、誰も何も言わず静かな時間が過ぎた。
急いでいたはずのMZDも、空中であぐらをかいたまま。…雨の中を通ってきたはずなのにひとつも濡れていないのだけれど、誰も気にしなかった。
そんな中で、もう大丈夫だろうかと様子を探りながら、リュータがぽつりと呟いた。
「…。ごめんな」
その言葉に、それまでスマイルの隣に座ってじっとしていたが視線を上げる。
随分長いことまともに声を通していなかった喉が張り付いて、一瞬の間を作った。
その隙にリュータが続ける。
「居場所、作ってやるはずだったのに。…気遣いが足りなくて怖がらせて、結局何も出来なかった」
「リュータ、」
「ここに来ても会えないかと思ってたけど、もし会えたら絶対謝ろうって決めてたんだ。でないと自分で自分を許せなくて」
「……リュータ」
かすれてしまった声が、名前を呼ぶ。
そっと、目が合った。
「…謝るのは、俺の方だ」
小さく、けれど胸の内を削り出すようには言う。
その拍子にこれまでの事を思い出したのか、苦しそうに表情が歪んだ。
「リュータは優しくしてくれた。何も聞かないで、傍に置いてくれた。なのに…自分の勝手で逃げ出して、」
「。自分を責めるなよ」
「傷つけた。…最後に部屋ですれ違った時の顔、覚えてる。謝るのは俺の方だ」
「待てって」
「ごめん。――ごめん」
落ち着いたとはいえまだ根底は不安定なのか、記憶に囚われるようにして話す。
それを止めたくてリュータは声をかけるのに、その瞳はこちらを見ているようで見ていない。
「。…ゆっくりでいいよ」
スマイルの手がそっとの頭を撫でて、ようやく我に返ったのかはびくりと肩を揺らして視線をうろつかせた。
そうしておずおずと、もう一度リュータと目を合わせる。
「…リュータ」
「ん。…お互い謝ってばっかだな」
「……」
「だから、もう気にしないことにしよう。俺はもう全然気にしない。は?」
「……う、ん」
すっぱりと言い切ったリュータに半ば引きずられるようにして頷くと、リュータはの好きなあの明るい笑顔で返した。
「じゃあ、もう仲直りな」
「…でも、いいのか?」
「何か悪いのか?」
「……分からない」
「ならいいに決まってる。俺ら友達だろ?」
「……」
ぽかん。
そんな擬音が似合いそうな顔で、がリュータを見る。
…やがて納得がいったのか、それとも考えるのを諦めたのか、苦笑ではあるがやっと笑みを見せた。
その様子に、張り詰めていた部屋の雰囲気が幾分か緩む。
「……っとまぁ、少しはマシになった所で、だ」
そこでようやく、これまで宙に浮いて場を見守っていたMZDが口を開いた。
「何があったのかは俺としても凄く気になるんだが、その前に……、お前に急ぎの用事がある」
「…俺に?」
見上げて問うと、MZDはいつになく真面目な顔で「そうだ」と肯定した。
「まぁ、ここに居る皆にも関係がある事だから、全員聞いて欲しい」
そう言われてスマイルだけは何となく想像がついた。
…MZDが自分を含めて重大な事を話したのは記憶に新しいし、恐らくはその関連――が元の世界へ帰る事に関する話なのだろう、と。
けれど今回は、『に』『急ぎの』話があると言った。
そこに何となく嫌な予感を覚えて、一人身構える。
「…って、そういやが異世界人だって知らない奴はこの中には?」
「俺は大丈夫だ」
「あ、俺も…ごく最近知ったばっかだけど」
六もリュータも特に問題がなかったのでMZDは話を続ける。
…リュータが事情を知っている事に、は僅かばかり目を見開いて驚いていたけれど。
「ならいいか。じゃあ続き。…スマイルはもう知ってるだろうが、は元の世界に帰れる事になった」
「え、」
「……」
二人分の視線がへと突き刺さる。
「。…それ、本当なのかよ」
「…あ、…うん」
「……」
リュータが焦ったように聞いて、それに気圧されながら頷く。
六も何か聞きたい様子だったが、今質問攻めにしてしまってもは混乱するだろうし、事実ならば寧ろMZDの話の先が気になったから何も言わない。
ちらり、と赤い瞳が空中に漂う神へと向かう。
それを受けて、MZDは再び口を開く。
「で。Deuil含めに既に話してある情報は『数日後に、元の世界へ帰るための道を開く』。…合ってるな?」
とスマイルに確認すると、二人とも頷いた。
先日MZDから聞いた内容に相違ない。
「数日…って、そんな近いのかよ?いや、もう既に何日か経ってるのか?」
「んー、達に話したのは昨日だな。っていうのも、昨日ユーリの城にもう一人……」
そこで不自然に言葉が止まる。
ちらり、と窺うようにスマイルと…それからを見れば、はやはりどこか表情が強張っていて、スマイルはそんな彼女の様子をそっと窺っているようだった。(表情自体は変わらないがMZDには分かった)
だからMZDは敢えて名前を伏せる事にした。
――時間にすればほんの数十分前に城で話をしたあの少女が、この二人にはどんな風に見えているのだろう、と思いながら。
「……客が来たんだが。そいつもと同じ異世界人でよ。その時に開いた道からの世界へ戻す方法を見っけて、そこから全力で作ることになった。まぁ今までも全力だったけどな。…それで作るまでの期間が数日って言ったわけだ」
「数日もかかるような代物を作っているはずなら、お前はここで何をしてる」
勿論サボりに来たわけでない事を知りながら六は尋ねる。
元々ぶっきらぼうな物言いが目立つのは知っているし、MZDもさらりと受け流して肩を竦めた。
「そう急ぐなよ。こっからが重要なんだ。……、伝えたことに重要な変更点が出た」
「…?」
そう聞いても何のことなのかピンと来ないらしく、けれど不安そうに眉を寄せる。
MZDはひとつ深呼吸をして、それでも言い淀む。
今のにこれが耐えられるだろうか。
……やっと元の世界へ帰る光明が見えて、それを信じて疑わなかったであろう彼女に。
加えて『』という名前を零しただけであんな反応をしたのだ。
これがタブーなのだろうという事くらいMZDとて分かっている。
しかし――言わないという選択肢は、無い。
「……頼むから落ち着いて聞いてくれよ。今ばっかりは俺も冗談は言わない」
「…早く、言いなよ。僕も気になってしょうがないでしょ」
続きを急かしたのは、意外な事にスマイルだった。
しかしそういえば、ずっと身構えていたような気がしなくもない。
「俺が伝えたのは、数日後に、二人まとめて送り返せるような『道』を開くって事。……けど、今回作ってみて重大な事実に気づいた。…俺が今まで作ろうと研究してきた『道』も一人分で、今回模倣した『道』も、あいつ一人が通ってきた細い『道』だ。――もっと大きくするには根本から違うらしい」
しん、と静まり返った部屋で、一拍遅れて何かに気づいたのかが息を呑む。
視線を逸らしたのはMZDの方だった。
「…だから。……俺が作る『道』で帰れるのは、二人の内どっちか一人だけだ」
相手が違うだけでこんなにも言いづらいなんて思わなかった。
実際、焦っていたのもあるがに告げる時には今のような言い訳じみた説明は省略していたのに。
の傷つく様子がありありと想像できたから。
――それと同時に、ふと気付く。
表現は悪いけれど、そう、この反応が普通のはずだった。
……きっと状況が理解できていないのだろうと、急いでいて何も考えていなかったが。
はこの話を聞いて――薄く笑ったのだ。
気のせいかとも思った。
それくらいうっすらとした笑みだった。
ひょっとしたら動じていなかっただけで無表情だったのかもしれない。
けれど……無表情だとしても、今思えば異常ではなかっただろうか。
「…ええっと、MZD」
ではなく、リュータが呼んだ。
「あの…さ。MZDって今までポップンパーティーで何度も異世界人招待しただろ?送るのも招待するのも自由…じゃ、ないのか?」
「いや、二人は別だ。世界が遠すぎる。…そもそもここへ来たのだって神の力すら及ばねぇ奇跡みたいなもんだからな」
「……」
つまり、が帰れば二度と会えないのは勿論の事、これを逃せば大変なことになる上に一人しか帰る事が出来ないとなれば――片方は故郷から断絶される。
それを聞いて、誰からも声が出ない。
「…この次があるとすれば、相当先の話になっちまう。だから…」
「――どっちが戻るのか、話し合いをして決めて貰わなきゃならない」
言い終える頃には、は畳に爪を食い込ませて震えていた。
さっき少しだけ戻ったはずの『らしさ』は欠片もなくて、そこにあるのは紙のように白い肌と怯えた瞳。
スマイルは無言でそれを見て、手を伸ばしかけ…やめた。
代わりにMZDへと視線が向く。
「本当に、……どっちかしか、無理なの?」
「ああ」
取り付く島もないような、冷静で短い返答。
けれどそれがMZDなりの優しさだった。
曖昧な所を見せれば傷つくのは他でもない本人だ。
しかしそんな思いを知らず、あまりに冷静な対応に火をつけられたように今度はリュータが激しく言い募る。
「何で、そんな……不公平だろ!?は帰りたいに決まってるじゃないか。それなのに……一人って。大体がこんな風になっちまったのだって、城にいるそいつのせいじゃないか。それなのに話し合いなんて出来るはずが――」
「リュータ、やめろ」
六が遮って、はっとする。
――見ればは、耐え切れない様子で目をきつく閉じていた。
完全に拒絶している風でないのは、そうするべきでないとかろうじて踏み留まっているからだろうか。
…そうだ、こんな事が一番分かっているはずなのに。
「…ごめん」
「……」
は本当に小さく頭を振って、大丈夫、と示したかったようだが、今にも泣いてしまいそうだった。
これ以上は何を言うのも憚られて、口をつぐむ。
「。…俺はこの世界の神だ。だからといって、異世界人のお前を無下に扱いたいわけじゃない。……それでも、本人に決めて貰うしかできねぇんだ」
ふわりと、の正面に近づいて閉じられた瞳と向かい合う。
物言わぬ貝へ言い聞かせるかのようで、その胸へ全てが届くのかは分からなかった。
これ以上傷つけて、その貝ごと叩き割るような真似はしたくない。
…したくないけれど。
どうしても必要な情報がもう一つだけ。
――この上なく彼女の心をかき乱すと知りながら、言わなければならない。
「じっくり考えてる暇も、実はねぇんだ。……道を開く日。これも変わった。…他の世界への干渉という点で制限されて、『道』を繋げられる日付も限られたんだ」
いつになく回りくどい言い方になっているのには、何人かが気付いた。
そしてきっと本当は言いたくないのだろうとも。
…それだけに、その先にある言葉が何なのか、怖くもあった。
全員の神経が集中して、MZDの言葉を拾う。
「……『道』が繋がるのは。…明日だ、」
――閉じていた瞳が、驚愕に見開かれる。
正面に居たMZDとサングラス越しに目が合って、の目にはMZDの苦しそうな表情が映り込んだ。
「――あ、した…」
震える唇から反射的に零れた声に、MZDは小さく頷く。
そうだ、と。
言葉でも肯定されたその瞬間、ようやく言葉の意味が頭の中に入ってきて息が詰まった。
視点が心臓の音と一緒に震えて上手く定まらない。
――あした。
明日、帰る道が開く。
けれどどちらかしか帰れない。
ならば、明日までに………
と、会って話を。
「…急がせて悪いな。出来ればこんな結果には…したくなかった。話はそれだけだ。…そろそろ、作業に戻らないと厳しい」
MZDは帽子を深く被り直して、再び部屋の高い場所へ舞い上がる。
今度はに背を向けて。
「明日の昼、ユーリの城のリビングだ。……他に事情を伝えておいて欲しい奴が居るなら、簡単に伝えてくるくらいの時間はあるけど」
「………」
黙ったまま、首を振る。
MZDは背を向けているからそれが見えないはずなのに、…あるいは目で見ずとも彼なら分かるのだろうか。
「そうか」と返して。
「参考までに。……あいつは、帰りたいそうだ」
最後に小さく告げて、MZDは音もなくその場から消えた。
―――しん、と静まり返った部屋だけが残される。
「…」
そう声をかけたのは誰だったのか、には上手く聞こえなかった。
それでも返事をしようとして、…失敗した。
酸素が足りない魚のように幾度か唇を開いては閉じ、それでも声が出なくて。
…そうして何度目かの時。
「――…大丈夫だから」
返事の代わりに滑り出たのは、そんな言葉。
この場に似つかわしくない、不自然なほど明るいトーンの…けれど震えたの声。
「……大丈夫、だから…」
両足を引き寄せてぎゅっと縮こまって、掻き抱くように自らを抱き締めて。
の空っぽな笑い声が、外から聞こえる雨音に混じって溶けた。
「、」
「俺、大丈夫だから。…ちょっと混乱してるけど、心配しなくていいよ」
今度こそ震えていない、明るくて気丈な声。
それは以前の、何に対しても全力で、時々ドジで、そしてちょくちょく暴走して皆を振り回していた――ちょっと前のの声。
「よく考えれば皆には随分迷惑かけたな、ごめん」
「俺は大丈夫。帰るのだって元々その予定だったし、ちょっと早まっただけで」
「もしかしたら帰れないかもしれないのだって、それは…その時だし」
「、…ともいつかは話をつけなきゃならなくて」
「――分かってたから、大丈夫」
必死に元気なふりをするくせに、視線を逸らしたまま。
そうして徐々に俯いて、もうその顔は見えない。
「…大丈夫、考えるから。………少しだけ、一人にしてくれないか」
『大丈夫』と、彼女は何度も繰り返して言う。
それなのにその度に彼女の心がぼろぼろと剥がれ落ちていくようだった。
どうしよう、というようにリュータが六とスマイルへ視線をうろつかせる。
六は目を伏せ、スマイルはうっすらと溜息を零し……そして。
「わかったよ、一旦部屋の外に出るから。…何かあったら、すぐ呼んで」
スマイルが囁くようにへと告げて、そっと部屋の外へ向かう。
六も目を薄く開き一瞬考えてから、何も言わず立ち上がった。
リュータはそんな二人の様子を見て…数秒何かを考える。
を一人にしておくのは嫌だった。
放っておけば今にも崩れ去ってしまいそうで、危うかったから。
人生を左右するような事が起こっているのだから、出来れば傍にいて弱音だって何もかも全部受け止めたい。
自分を頼ってくれたその時出来なかったことを今やればいい、と。
…本当は残り僅かな時間を一緒に居たかったのもある。
けれどそれ以上に、考える時間が必要なのも確かだった。
そして誰かが居ればそれが出来ないのだろうという事も。
ぎゅっと、拳を握りしめる。
「…、一つだけ忘れないでくれ」
何も出来ないならせめてこれだけはと、優しく声をかける。
「お前は一人じゃない。…いつだって、頼っていいんだ」
そうしてほしいと願うように告げて、ゆっくりと立ち上がり…俯いたをしばらく見ていたが、やがてなるべく音を立てないように部屋を去った。
雨音の響く中で、一人固く身を縮める。
「……どうして」
一粒の涙が、抱えた膝の上に落ちた。
かすれた声は誰にも届かない。
届いてほしくなかったから一人になった。
もう逃げることは、許されなかった。
〜To be continued〜
<アトガキ。>
度重なる鬱展開のせいで書いてる間うーうー言ってました。うー。
捜索組と夢主さんがようやく会えたっていうのに!(誰のせいよ
タイムリミットと人数制限が伝えられました。
でもこれ不平等条約ですねほんと(何
MZD的にはなるべく本人同士で話し合ってくれたらなと思ってるんだと思います。
話し合いになるかどうかは置いといて、間に入ってごちゃごちゃするよりも本人が納得できるんじゃないかと。
今後の長い時間を左右するもんなんで。
それぞれの言い分を伝えていくとしても、代理で話をしていい部類ではないですし。
一方的に言い負けたりしちゃうならその時は助けに入ってくれるんじゃないですかね。
そんなこんなで色々かき回していってくれました。
こっからは多分ゆっくりでも浮上していくしかないと思います。多分。…多分。(ををい
あ。…え?ナンデスカ?
一部引っかかった表現がありますか?主にスマイルさんで?
ええ、まあ…引っかかった表現なんて無いという方はそのままで結構でありんす(何その喋り方
あってもうん、気にしない方向でどうぞ!(にっこり!!)
やだなぁハハハ、何したのなんて別にそんな。別にそんな。
次回はユーリとアッシュが出てくる…といいな!(希 望 か
2014.9.26