『そっちはどうですか?』
「……んーん。居ないみたい」
電話越しに聞こえるリュータの声になるべく冷静にそう言ったら、小さく『…そうですか』って聞こえた。
僕は大量の雨粒が海に吸い込まれていく様子を見ながら、溜息をつく。多分これは雨の音で向こうには聞こえない。
タクシーで海に来て、そこそこ捜した。
雨で視界が悪いとはいっても、これ以上捜したって仕方がないのが分かるくらいには捜した。
…少し前に、皆で来たこの海。
こんな理由でまた来るとは思わなかった。
『スマイルさん』
「なぁに?」
『捜せる場所は大体捜したと思いますけど…どうします?俺、もうひとっ走りどこかを見てきましょうか』
「……んー」
人数が揃っている時に全員でショッピングモールを捜し、そこから散って周辺を捜し、公園を捜し、あちこちを捜し回って…仕事の時間が迫った。
最後に残った希望は連絡手段を唯一持っていなかったユーリだったけど、それも先程可能性が潰れた。
結果をリュータに伝えたのが、海に来て間もなく。
可能性のあるものは、全部潰えた。
今は僕が海に居て、リュータはもう一度自宅周辺をまわってる。
一旦タクシーで戻るとして、そこからは。
「リュータ君」
『はい』
「…合流して、一回話をしよっか」
『え、あ…はい。どこで?』
雨の伝い落ちる携帯を、ぐっと握りしめる。
…こんな結果で冷静になれって方が無理。
それでも、騒いだって意味は無いから。
今日捜している内に通過した場所の中から、適当なカフェを指定して電話を切った。
……水を吸った包帯が、ずれかける。
。
キミの声が聞きたくて、たまらない。
はじめはただの好奇心。
多分女の子、という半分予想に近い感じで観察して、やっぱり女の子そのものだったと思ったから、何でそれを隠すのか不思議で。
次に、興味。
隠してるからには何か意味があるんだろうけど、それ以外に隠してる部分が無さそうだったから余計に違和感を感じて。
普通、性別を誤魔化すなんて何か打算があるでしょ。
それが普通に男の子として受け入れてあげれば、特別何かをするわけでもない。
寧ろあまりに自然すぎて、元々そういう人なのかなと思うくらい。
じゃあ女の子だって明言したって同じじゃん、と思うと余計に興味が湧いてきた。
彼女の部屋を僕の部屋の近くにしなかった事を若干後悔し始めたのは、この辺り。
後悔先に立たず、警戒は時には要らないもの。
好奇心猫をも殺す、けど興味を引かれずにはいられないじゃないのさ。
それから、…予想外の心地よさ。
本当に愚直なまでに裏表がないから、警戒しろっていう方が無理になって。(まぁ時々何か表情だけで楽しそうにしてるけど)
すっぱり諦めたら、傍に居る事に心地よさすら感じて驚いた。
でも何となくすとんと腑に落ちたのだから、それでいいんでしょ。
で、もっと傍で観察していたくなった。
ほら、偶然見つけた野良猫が存外人懐っこかったらもっと構ってみたくなるじゃん。
それで、構ってたら。
――いつの間にか『構ってる』方から『構って貰いたい』方にすり替わってたりなんかして。
ほんとはそれ以上に何か心に根差してるものがある気がするんだけど、それをつつくのは僕の柄じゃないから敢えて放置。
春の日差しみたいな彼女の傍で、ごろんと昼寝するようなのが僕の立ち位置。
でもそれは、わりとすぐに終わりそうだった。
彼女が帰る。
別に、元からそのつもりで城に居たんだから普通。
今まで長い事生きてきて、予想外の所で色んなものを失くしてきたし、執着するだけ無駄って分かってる。そもそもこれは予定してた事だし。
それでも冗談のようにここに残れないのかなんて言ってみたら、彼女はほら、困ってる。だからいいんだ。
何より。
…それで彼女がもっと幸せそうに笑えるのなら、それでもまぁいっか、なんて。
そう言い聞かせてる時点で色々駄目な気はしたけど、納得が出来たからいい。
人の幸せなんてわりとどうでも良かったりするのに彼女だけは別。
まぁきっと、多分、そういう事。
そんな風に思っていた矢先の、日常が壊れる音。
突然やってきた彼女の脅威。
普段から彼女を観察してる僕にとっては、分からなきゃおかしいでしょっていうくらいの反応。
――僕が守らなきゃ、と反射的に思えるくらいには彼女が特別だった。
守りたい、なんて思った事自体僕にとっては稀で(だってあの二人は守らなきゃならないほどヤワじゃないし)、だから守り方なんてよく分からなかったけど、考える事だけは得意だったから。
考えて、実行に移して――それで。
僕にとってはわりと上手く出来た方だったと思ったんだけど、彼女にとっては不十分だったみたい。
やっぱり人の気持ちを汲み取るって、苦手。
僕のせいで彼女を守り切れず、彼女はこの手をすり抜けた。
元の世界へ見送るだけならよかったんだ。
きっといつもみたいな笑顔を浮かべて、バイバイって手を振れる。
それなのに瞼の裏に焼きついているのは彼女の悲痛な表情で、次に顔を見る事なく居なくなったのだからやるせない。
このまま別れるなんて、出来そうにない。
笑顔のままで居て欲しいから、見送りたかったんだ。
――執着、してるんじゃないかって思う。
何それ、馬鹿馬鹿しい。…なんて否定する自分が声を弱めた。
僕は彼女に執着してるんだろう。
…その証拠にほら、胸に突き刺さったままの『後悔』が抜けない。
笑って見送りたいくらいに。
普段の自分を忘れて焦ってしまうくらいに。
――僕は、キミを。
***
「ほんとごめんねー?そこまで考えてなかったよ」
「いやいや、俺も店に来てから思い出しました」
カフェの前の、軒下。
合流した二人は雨宿りをしながら苦笑した。
そうだ、こんなずぶ濡れの状態で店に入れない。(タクシーにはわりと無理矢理乗ったけども)
そんな事にも気付かないくらい、随分長い間雨に打たれていたようだ。
「で、今からどうしましょうか…もう捜す場所も思いつきませんし」
「そーだね。僕ももう何も思いつかない」
「そう…ですか」
リュータが項垂れて、水を吸った服や髪からぽたぽたと雫が落ちる。
スマイルは口を残して透明になっているから、誰も居ない場所から水滴が落ちているような光景だ。
人通りの多い町の中を歩く時はこうしてカムフラージュしている。
合流した時点で一瞬透明化を解いていなければリュータも気付くのに時間がかかりそうだった。
せいぜいが、なぜかタクシーが目前で止まってドアを開閉させた、くらい。
そうしていると、誰も居ないその空間からふっと溜息が聞こえた。
「でさ。……一旦切り上げようかな、なんて」
「…え」
リュータは耳を疑った。
切り上げる。…捜すのをやめる?
「そんな、雨だってひどいし、どっかで雨宿りをしてるにしても夜になったら――」
「分かってる。でもヒントも何もないんだ、このまま何も考えず捜し回った所で見つからない可能性も高い。一度家に戻って考えた方がいいと思う」
「考えるって言ったって…材料も何もないじゃないですか。それくらいなら俺、走って捜した方がまだましだと思います」
「んー。……リュータ君」
「…何ですか」
ずい、と誰かが近付くような気配を感じてリュータは少し身を引く。
「捜す側が倒れちゃったら、誰も捜せなくなるじゃないのさ。だから…休む意味を込めて帰ろうかって言ってるの。分かる?」
「………」
言っている事は分かる。
でも、納得が出来ない。
「…休む、なんて気分になれません」
「分かってる。それでもこれ以上この雨の中走り回るのは、やめた方がいい」
「……」
「もびしょ濡れになる前にどこか屋内に入ったのかもしれない。でもこっちは見当がつかないから、雨の中を走るしかない。今のままじゃ、あまりに効率が悪いよ」
「……それでも」
今度はリュータがずいと身を乗り出した。…ぶつからない程度に。
「俺、そんな頭よくないし、考えたって何も捻り出せないから。…捜します」
「……」
姿は見えないけれど、視線の合う気配。
やがて。
「…無理はしないようにね」
静かな声でそう言われたから、リュータは黙って頷いた。
「僕は一度帰るよ。少し疲れたし……ヒントは無くても、もしかしたら電話がかかってきてるかもしれないし」
「了解です。じゃあ俺はもう少しこの辺を回ってきます」
「ん。じゃあ…一旦解散」
リュータが駆け出す、スマイルが歩きだす。
その姿が透明だったせいで、赤い瞳に苦渋の色が浮かんでいたのには……気付かなかった。
***
蛍光灯が照らす、和室の隅。
そこには座っていた。
ぼんやり、宙を見上げたまま動かない。
六は、降りしきる雨の中で佇んでいたの姿を思い出す。
あの時にはすでに、こんな風だった。
アッシュから『は居ないか』と電話がかかってきて、六はすぐさま何事かと問い返した。
実はアッシュは、問われれば『城にの姿が無い』という事実を大まかに話していた。
それを聞いた六は、電話が切れるなり独断でを捜し始め、……しばらくして、見つけた。
――見つけた、のだが。
その後ろ姿は、生きているのか疑問になるくらい気配が薄くて、ともすれば雨の見せる幻なのかと思う程。
あまりの危うさに一瞬恐怖に駆られて…気付けば一も二もなく抱き寄せ、傘に入れていた。
しかし呼びかけるも、無反応。
意識はあるようだったが、その瞳には何も映していない。
城に連れていくかどうか迷って、いや、と思う。
何があったのか分からない内に元の場所へ戻してしまっては、これ以上どうなるのか分からない。アッシュが詳細を話そうとしなかった所も引っかかった。
元々場所としても自宅の方が近い事もあって、六はを自宅へ連れ帰る事にした。
水に濡れた鞄を拾い上げて、の手を引く。
…しかし、引っ張られるから一歩足を踏み出す、といった具合だったので、今にも崩れ落ちてしまいそうで。
だから六は、無抵抗な――そもそもこちらの事をきちんと認識しているのかも分からない状態のを、抱き上げて歩いた。
着物が濡れてしまう、などといったことは、見つけて抱き寄せた時からもう気にしていなかった。
そうして自宅に辿り着く。
二人ともがびしょ濡れで、けれどを降ろす事も出来ない。
だから玄関に傘と鞄を放り出して、を抱き上げたまま廊下を歩いた。
――本当はすぐにでも連絡を入れるべきだったのだろうけど。
先に、雨に濡れたを風呂に入れようとして、呼びかけるもやはり無理で。
せめて体を拭こうと風呂場に座らせバスタオルで拭き始めるも、服が濡れていては意味がない。
幸いにも、よく見たらさらしを巻いているような形がうっすらと浮き出ていたから、思い切って上を脱がせた。
他意はない…と言い聞かせ、四苦八苦しながらズボンを脱がせ素早くバスタオルで全身を包む。
少しくらい動揺していても、今のには気取られないようだったから…それだけは安心した。
…と同時に、以前着替え中のの部屋へ入ってしまった事を思い出す。
――あの時と比べると、今の虚ろなは、変わり過ぎていて怖い程だった。
バスタオルに包まれたを部屋に移動させ、別のタオルで髪をわしわしと拭いてやった。
しばらくされるがままにしていたが、時折こちらの姿を目で追うようになって、…自分も着替えようと部屋を後にしようとした所で、袖を小さく摘まれた。
…着替えてくる、という旨を伝えて手を放させようとすれば、声もなく一粒の涙がこぼれた。
目を離す事が、出来なかった。
多少雨が染み込んでも構わないだろう、とバスタオル越しに抱き寄せて、しばらく。
強張っていた体からゆっくりと力が抜けてきた所で、ぽんぽんと頭を撫でて体を離せば、今度は引き止められる事は無かった。
着替えてから、ついでにもう一枚着物を箪笥から抜いて、のいる部屋へ持ってきた。
目の前で広げれば、はおずおずとそれを受け取って、ちらりとこちらを見た。
それに気付いて部屋を出る。
――ようやく取れた、意思疎通だった。
しばらくして、声をかけ部屋へ入れば、着方が分からなかったのか、不格好な着物姿のが居た。
男物を女が着ているのだから、違和感は仕方がないのだが。
…それにしたってあんまりな姿だったから、多少手伝って目のやり場に困らない程度に着せた。
下着だけは水を含んだままだったから気持ち悪そうにもぞもぞとしていたが、そればかりは仕方がないだろう。
やがて、うつらうつらとし始めたので、掛けるものを持ってきて……そっとしておこうと立ち去る寸前、また袖を引かれた。
今度はどんなに宥めすかしても放そうとしない。
だから、……隣に座って、一緒に目を閉じた。
どれくらいそうしていたのか。
目を覚まして隣を見遣れば、その僅かな動きだけで起きてしまったのか、は目を開いて視線をうろつかせた。
…けれど、いくばくもしない内にまたぼうっと虚空を見つめ始める。
ぼんやり、宙を見上げたまま動かない。
そうして……連絡が随分と遅れてしまった事に気付き、今に至る。
「…」
呼びかけながら、六は立ち上がる。
は袖をつかみ損ねて、六の方を見た。
「…安心しろ、どこにも行かん。少しだけ待っててくれ」
苦笑しながら言えば、はそれまでの無表情から少しだけ不安そうな色を浮かべた。
数分の辛抱だ、と言い置いて、頭を撫ぜる。
…今度は、袖を掴む事を諦めたようだった。
六は部屋を出て、別の部屋にある電話へ向かった。
部屋は少し遠くて、廊下を一つ二つ折れ曲がる。
入ってすぐに戸を閉めて、迷わずに電話をかけた。
Deuilの住む――ユーリの城へ。
***
スマイルは、いつものように『鍵言葉』を唱えて城の領域内へ入った。
透明化はもう既に解いている。…視界の端に映る服が、水を吸って重苦しい。
「…ただいま」
玄関の扉を開いて、ごくごく小さくそう呟いた。
――と。
「――…、」
一歩足を踏み入れて、異常に気付く。
…入ってすぐの位置に置かれていた大きな花瓶が、割れて飛び散っている。
勿論、外へ出る前はこんな事になどなっていなかった。
すぐに誰の仕業か思い至って、溜息をつく。
それから、何でもなかったかのようにスリッパへ履き換え、破片を避けながらエントランスを突っ切った。
なぜか足跡のように所々床に散っている土を追って。
ぽたぽた、スマイルの歩いた後に水滴が残る。
土はリビングの中へと続いていた。
ドアは開け放たれていたから、髪や服から水が垂れるのも構わず、ずかずかと入る。
部屋の中は――凄まじい有様だった。
手当たり次第荒らしていったのか、ローテーブルがずれて上に置いてあったものが軒並み転がり落ち、観葉植物は横倒しになって土が零れ、棚のガラス戸は割られ破片が床に散っていた。
ぱちりと、明かりをつける。
そうすると、部屋の奥にあるキャビネット辺りが一番荒らされている事に気付く。
僅かに眉を寄せて、そこを調べようとすると。
「早かったんですね」
不意に背後から声が聞こえて、スマイルは立ち止まった。
「仕事へは3人一緒に行ったものと思ったけれど。…忘れ物ですか?」
少女の涼やかな声が、この部屋の惨状など知らないとばかりにスマイルへ投げかけられる。
スマイルは一拍遅れて、いつもの笑みを貼り付け振り返った。
ぼたり、と水滴がカーペットに落ちて染みを作る。
「そー、大きな忘れ物してねぇ。…城をこーんな風にしちゃう野獣の檻に、鍵をかけ忘れちゃったのさ?」
「あらそうですか、それは大変。――それで、」
は土のついた靴下でそっとスマイルに歩み寄り、そっと微笑む。
「アイツは、見つからなかったのね」
かすかな微笑みが、満面の笑みへ変わる。
スマイルは一瞬だけ目を細めたが…すぐに元の表情へ戻った。
「何の事かなぁ。もう別の所で保護して貰ってるかもしれないのにねー?」
「じゃあどうして川にでも落ちたみたいにずぶ濡れなんですか。まるで今までずっと外を走り回ってたみたいですよ。まさかそれがお仕事だなんて言いませんよね?」
「僕はそれでも一向に構わないんだけどねーぇ。そういうキミこそ足が土まみれだよ?」
「ねぇ、ねぇ、どうして濡れ鼠になって一人だけ帰ってきたんですか?どっちにしろ仕事に行くって言ってたのに想定外の事でも起きたんですか?それがまだ解決してないって事ですか?」
矢継ぎ早に出てくる言葉と共に、の表情が輝いてゆく。
スマイルは張りつけた笑みのままそれをじっと見て、何も答えない。
は全く気にせずスマイルの周りを軽快な足取りで一回りした。
「その様子だとやっぱりアイツは見つかってないんですよね。ああ可笑しい」
「……敢えて聞くよ。何がおかしいのかな」
肩を竦めてそう尋ねると…はぴたりと足を止め、俯きながら押し殺すようにふっと笑った。
「だって。――だって貴方、私に『何も出来ない』って言ったのに。貴方だって何も出来てないじゃない!」
言い終えて、押し殺していたものが壊れたように声を上げて笑い始めた。
現状を知らない者なら、さぞ幸せな気分になるような声で。
――数秒、それを聞いていた。
やがて。
「…知ってるよ」
スマイルが低く呟いて、が顔を上げる。
しかしそこにはスマイルの姿が無い。
見回すも、リビングには誰も居なかった。
「――…、」
「知ってるよ、分かってるよ、そんな事」
それでも声がしたから、目を凝らす。
――声のした方から、雫がぽつっと落ちた。
そういえば、この男は透明人間だった。
思い至った時には、の背後から「ヒヒヒ」と笑い声が聞こえて。
「僕が無力な事なんて……分かってるのさ?」
「……っ!」
あっという間に手首を捻り上げられ、はじたばたともがく。
振り向いて鋭い視線を向ければ、頭から徐々にスマイルの姿が現れた。
「…っや、」
「それでも…いや、だからこそ僕はを助けたい。キミには一生分かんないだろうね?自分の為にしか動かないキミにはさ」
―――あははははっ
スマイルがいつもの独特な笑い方でなく、腹の底から笑った。
は訳もなくぞっとして、腕を固定されたまま硬直する。
今下手に動けば……どうなるのか、予想がつかない。
ふ、とスマイルが唐突に笑いを打ち切る。
静かな緊張感が走った―――…その時。
『リンッ……リリリリリン、リリリリリン、』
場の空気を裂くような音で、電話が鳴った。
二人の意識がそちらへ向く。
数コール。
スマイルは動かなかったが、唐突に興味を失ったようにの手首を放り出し、すたすたと歩き始めた。
に背を向け、日常でそうするように。
――には、『どうせ背中を向けた所で何もしないんでしょ』とでも言われたようで神経が逆撫でされるようだったが、ついさっきの事を考えると手出しは出来なかった。
ごちゃごちゃに荒らされたキャビネットの上で、どういうわけか唯一無事な電話。
その受話器を、手に取る。
「…もしもし」
『――ああ、やっと出たか。留守かと思ったが』
「その声は六?どうしたの?」
『スマイルか。…実は』
六から一言二言聞いて、――スマイルは一瞬硬直しそうになったが、留まった。
出来得る限り感情を消して、情報になり得るものは出さないようにして。
大丈夫。…感情を消す事には、慣れているはずだから。
「…そっか、急だったもんね。でも今日は仕事に出る気分じゃないから」
受話器から漏れ出る声が、いくつか。
けれどスマイルはそれに緩く首を振って、「しょうがないよ」と溜息をついた。
「――…あ。あと、」
申し訳なさそうに…そして真面目に、電話の向こうの相手へ伝える。
「本人には、何も言わないで」
――数秒の、間。
相手も黙っているのが、受話器から何も聞こえない事でにも分かった。
「…ごめん、悪いけど今は話したくないんだ。切るね」
一方的に言って、耳から受話器を遠ざける。
電話口からは思い出したようにまた声が聞こえていたが、がちゃりと受話器を置く。
の方を振り向くと、今までこちらを見ていたのか、ふいと目を逸らされた。
「……さて。この惨状、どうしよっか」
ふ、と息をつきながら部屋を見回す。
…本当に、酷い有様。
「気分で仕事を休めるんですね」
「まぁ、元々気分で始めたバンドだからねぇ」
「…じゃあきっと、貴方がアイツを構うのもただの気分なのね」
「……」
吐き捨てて、は踵を返す。
リビングから出る間際、「壊れたなら全部捨ててしまえばいいんじゃないですか」と言い残して、どこかへ去ってしまった。
恐らく部屋にでも戻ったのだろう。
リビングに残ったのは、スマイルだけ。
――多分、何も気取られずに済んだ。
それでいい。
「まぁ……片付けはアッス君とユーリが帰って来てからでいっか」
ずるり、とずれかけた包帯がついに片目から外れて、スマイルは何でもないようにひょいと位置を直した。
…張り付いた服が気持ち悪い。
ひとまず風呂に入って、着替える事にした。
「……何だ、訳が分からん」
受話器を置いて、六は首を傾げた。
最初の受け答えから、かけ間違いでない事は確かなのだけれど。
がここに居る事を知らせたのだが、途中から会話が噛み合わなくなって、電話を切られた。
――しかし。
(何かある、のだろうな)
不確かだが、そう思える何かがあった。
強いて言うのなら……会話内容を誤魔化しているような気がしたのだ。
こちらに対してではなく、“それ以外の誰かに対して”。
ならば、と会話の内容を浚ってゆく。
…一つだけ、会話の途中から気になっていた発言があった。
『本人には、何も言わないで』
何度も会った事があるから感じた違和感。
…何となく、彼らしからぬ声のトーン。
話は途中から最後まで噛み合わないままだったが、あれは…あれだけは、恐らく本心から伝えたかった事なのだろう。
……それなら、その通りにするだけだ。
どの事を言わないでほしいのかは分からない。
だから六は今の通話自体を自分の心の中だけにとどめておく事にした。
何か事情があるのなら、時が来るまで待てばいい。
なんにせよ、帰すという選択肢があやふやになってしまったのだから。
それまで…にはここでしばしの休息を。
部屋で待っているであろうに、足早に会いに行った。
〜To be continued〜
<アトガキ。>
おはこんばんにちは、幻作です。今回スマのあれこれを書けて超満足だったりします。
あらやだ…何だか夢小説みたいじゃないの(夢小説ですよ)
というか夢小説らしい表現なんてこの連載で出てこないと思ってた人も多かったんじゃなかろうかと。(それはそれで問題)
敢えてスマの思考だけは殆ど書かずにいましたが、今回でどばっと開示。
スマ主観モード。こんなんだったのかーっと解明する瞬間って何でこう楽しいんでしょうね。あとやっぱ愛ですかね。
まぁその。『一番最初から気付いてた特典』ってことで。じゃあ六にもあるのかっていうと、それは追々。
書いてる本人も概要は考えてても詳細を考えずに書き始めてるので、書きながら「へぇ」とか思ってます。(をい
で。さりげに美味しい所を持ってった六さんですが。
前に「リュータと同じ系統の役柄でもう一名居る」とか後書きに書いたりしましたが(休載前なので記憶としては遥か彼方)、そうです、彼の事でした。
寧ろ保護する役目のキャラは六だけだったのですが、リュータ書いてる内に好きだなぁ絡ませたいなぁと思いまして。(何という優柔不断)
吉と出るか凶と出るかはこれから次第。本格的な自転車操業。
ちなみに六さん宅には他に住人がいる設定にしようかなと思ったり…しましたが、最後まで迷ってやめました。(理由:その方が美味しいから)
公式ではないですが、私の中ではムラサキさん(個人的に姐さんと呼び慕ってます)が六の姉設定な感じです。ハニーさんも場合によっては兄設定。
夢主さんがムラサキ姐さんに優しく介抱され、六がハニー兄さんに「女の子を連れ込んで!」なんてはやし立てられる。そんな家でもよかったです、うん。…ときめき重視にしたらたち消えた話ですが。(やっぱ二人っきり最強ですよね)
あとは。
友人さんがキャビネット以外にもリビングのあちこちを荒らして回った理由は……ご想像にお任せします。
時系列から考えると恐らくニャミちゃんが去った後です。
とりあえず、話の流れから一旦帰る事になって、そこで初めて「あれ、このまま帰ったら友人ちゃんが何も言わないはずがない」って事になって付け足した部分がソー・ロング。
ヤバい、こんなに長くなる予定じゃ(笑
っと、書いてるうちに後書き自体がソー・ロング☆
というわけで楽しかった回だけに言いたい事は山ほどありますが、これくらいで打ち止め!
今回はがっつり予定を踏めたので(六に保護される)、次は好き放題書き散らした後始末をしながらもっと話が動く…といいな!
では、また次回でー。
2014.4.25