「じゃあ…ほぼ確定なんスね?」
「そうらしい」

 ユーリがアッシュに頷いて、斜め後ろに視線を向ける。
 その先に居たスマイルは、いつもの独特な笑い方で短く笑った。

 城の周辺に張り巡らされた『歪み』を抜けた森の中を歩きながら、彼らは話す。
 ここまで来ていれば、に聞かれる事は無い。

「でも、あくまで僕らの目的は『とコンタクトを取れるようになる事』であって、『連れ帰る事』じゃない。あんな事があった後なんだから、城から来たってだけで怯えられるかもしれないし…迎えに来たって誤解されると大変だよ」
「最悪の場合リュータに取り次いで貰うくらいのつもりで行くか」
「そっスね…ちゃんと心のケアもしておきたい所なんスけど」

 重く息をつきながら、少し前なら当然だったの笑顔を思い出す。
 その笑顔が今は失われているのだと思うと…どうにもやるせない。

「急ご。リュータも今日は日曜だから居るけど、これを逃せばややこしくなりそう」
「日曜っていうのもそうっスけど、今日はバイトに行ってないんスね」
「電話が繋がった所を見るとそうなのだろうな」
「そうだね。…さ、こっち」
 ニャミに聞いておいた道順を、スマイルが指さした。

 曇天の空が、また少し暗さを増したような気がした。





自鳴琴・25
すれ違い
〜錯綜する思い〜





「―――…っ、はぁ」
 肩で息をしながら、一旦足を止める。
 もう随分探し回ったが、はどこにも見当たらなかった。
 じわじわと汗が噴き出して、何もしないでいたら一筋顎を伝って落ちた。

「どこ…行ったんだよ」

 リュータはきょろきょろと周囲を見回す。
 家の周辺を走って探すも、の行きそうな方向など見当もつかなかったし、ほとんど当てずっぽうだ。

 季節は夏。
 だというのに今日は朝から薄暗くて、今にも雨が降ってきそうで。

 ――こんな日に限って。
 そう思いながら、天を仰ぐ。
 …昨日まで晴れていたのに。

「…っちっくしょ」
 目を閉じ小さく悪態をついて、一度深呼吸をする。

 肺の中の空気を吐き出しきらない内に、リュータは再び前を見て走り出した。
 ――分からないのなら、分からないなりに探すしかない。

 あちこちへ視線を配りながら道を走る。
 比較的太い道を選んで、時々曲がる。
 天候のせいか人はほとんど居ない。時々車がすれ違うが、その数の方が多いくらいだった。

 じと、と次第に湿気がまとわりつくようになる。
 重そうな雲が、今にも雨粒を落としそうだった。
 こんな状況で降ってこられたら…とリュータは少し憂鬱な気分になる。

 それでも足は止めない。
 左右に視線を遣ってから、次の曲がり角を駆け足で曲がった―――その時。

「!」
 誰かが歩いてきているのが見えた。
 複数人。リュータは彼らがを見ていないか背恰好を伝えて尋ねる為、駆け寄ろうとした…が。


「あれ…?リュータさん?」
 その内の一人が驚いたようにそう言って、残る二人もこちらを見た。
 それで彼らが誰なのか、はっきりと見て取れた。

「…っ!?」
 反射的にぎゅっとブレーキをかけるかのごとくその場に止まる。
 逆に彼らは少し足を速めてこちらへ近付いてきた。

「リュータ。…どうしてここに?」
 話を出来る距離まで来た彼らの内一人――ユーリが、眉を寄せてそう尋ねた。

 けれど、こちらこそ聞きたかった。
 どうして――Deuilが揃ってこんな場所を歩いているのか。
 こんな時間、こんな場所に居るからただの歩行者だと思っていた彼らは、あろうことか有名人で…そしてと深く関わっている者達だ。

 しかし思った直後に、ああそうか、と心の隅で思う。
 そういえばさっき電話をした時、敢えて気付かれるような態度で話した。
 スマイルならば言葉の裏にあるものを気付かないはずがないし、早々に手を打ったのならばこちらへ向かって来ていてもおかしくはなかった。
 …ただ、全員で来ている事と、早すぎる対応のせいで外で出くわした事が想定外だっただけで。

「…リュータ君?」
 じっ、とスマイルの隻眼に見つめられ、リュータは我に返る。

「いや…その。そっちはを探しに来たんですか?」
「そっスけど…、」

 濁した言葉は暗に言う。
 『そちらに居るのではなかったのか』と。

 それを感じ取って、リュータは視線を地面に落とす。
 今の状況は隠していていも仕方が無い。
 そうして口を開こうとして、

「…そちらに、が居ると思ったのだが。何があった」

 先にユーリが問うた。
 それは、『何かがあった』事を確信している問い。
 ――性急に、答えを求めているもの。

 リュータは一度深く溜息をついて…もう一度彼らを見据えた。
 …本当は、こんな形で対話をするとは思っていなかったのだけれど。

「……まず、嘘ついてすいません。もう分かってるみたいですけど、は俺の家に居ました。でも…スマイルさんから電話があった時聞いてたみたいで」

 そこまで言った所で、スマイルの表情が変わる。
 それは…明らかな焦りの色。

 ――リュータは、彼のこんな顔を見た事が無かった。
 …僅かにそちらへ気を取られながら、しかし最後まで説明を続ける。

「城の人からの電話って事で凄く混乱して…連れ帰られるんじゃないかって。それで外に飛び出してしまって。…今は、俺も探してます」

 正直にそう伝えると、ユーリやアッシュは複雑そうな顔をした。

「……電話したのが仇になったっスか…。でも確認しない事には居場所も断定できなかったっスよね…」
「そうだな…、間が悪かったか。リュータ、がどこへ向かったのかは分かるか?」
「…や、正直見失ってます。見当もつかなくて。探し始めてから結構走ってますけど…どこにも」

 言いながら、後悔の念が押し寄せる。
 …あの時、の後をすぐに追いかけていれば。

 あんなに怯えていたのに、今はたった一人でどこに。


「――状況は分かったよ」
 それまで黙っていたスマイルが、唐突に言った。
 見ると、彼はもういつもの表情に戻っている。

「…ひとまず、今を見つけるには手掛かりが無さすぎるみたいだね。何か考えないと」
「でも…何をどう考えれば…」
「うん、今の時点だと何もない。この人数であてもなく探すには無理があることだし」
 スマイルは視線をすいと外して考え始める。

 数秒の間。
 リュータも打開策を考えてみたが…それに思い至る前に疑問が湧きあがってきた。

 …これは、先程も問いかけたのだけれど。


「…どうして、が城を飛び出すような事になったんですか」


 言った途端、目の前の彼らが一瞬呼吸を忘れたように止まる。
 リュータ自身、聞いてはならない事だというのは分かっていた。
 電話口でもスマイルからは『言えない』と言われたのだから。

 それでも聞かずにはいられない。
 …実際、これほど関わった今なら答えてくれるような気もしていた。

「城の誰かから電話がかかってきたってだけで怯えて飛び出したんです。正直…こんな事言いたくないですけど、このまま一緒にを探していいのかと…思ってます」
「…リュータ」
「あんなを見ておいて確認しない程、俺は無関心じゃありません。…教えて下さい」

 強い視線が、3人を射抜いた。
 誰もが口を閉ざすその場で、リュータの視線だけが雄弁に語る。
 …曰く、話すまで退かない、と。

 しかし誰も話し始める様子はない。視線を交わし合い…黙っているだけ。
 …このまま、濁されて終わるのだろうか。

 苦い思いが広がった…その時。


「――…あの城に、来訪者があったのだ」
 ユーリが、小さくそう言った。

 アッシュやスマイルがそれに振り向いてそれぞれ視線で何かを訴えるも、ユーリは「必要な事だろう」と短く返すのみ。

「…来訪者?」
「突然のな。…異世界の人間だった。しかしそれと同時に――にとって最も会いたくない人物だった」
「会いたくないって、異世界の人…なんですよね?それが何で」
もまた、異世界の人間だったのだ」
「――…、」

 一気に詰め込むには、思っていたものと情報の質が違いすぎた。
 うまく飲み込めずにリュータは目を白黒させる。

「偶然にも同じ世界の者で、しかも顔見知りだったらしい。…だが、親しいとは到底言えない仲だったようだ」
「…っちょ、ちょっと待って下さい。が異世界の人間って…じゃあ何で今まで当然のように城に居たんですか?」

 職業上、と言っていいのか立場上と言っていいのか。
 とにかく彼らが他人を受け入れ難いのはリュータも知っていた。
 だからこそ、異世界人とはいえ簡単に城へ住まわせる事など出来ないはずだった。

「まぁ…諸々の事情を経てな。その辺りは長い。割愛させては貰えないだろうか」
「……、でも」
「…確かに普段ならば受け入れられはしない。だが、端的に言うならばMZDに直接頼まれたという事と、本人たっての希望だ」

 簡単に説明を受けて、何となく想像する。
 MZDという名前が出てきた時点で分かるような気もした。

「ともあれ、元の世界に帰るまでの身柄を預かる事となった。そうして過ごしてきたが…先日同じ世界から再び客が、文字通り降ってきた。勿論と同じように引き受けた。…が、昨晩その人物との間に……、いざこざがあってな」
「いざこざ…って」
「深くは言えん。しかし、それによっては城に居られなくなった。誰にも何も言わず出ていく程の事があった、と思っていい」

 言えない程の何か。
 誰にも行き先を告げず、飛び出すような。

 それを想像してリュータは眉を顰めた。

「…とりあえず、その人が何かをしたって事ですか?」
「嘘は言わん。言った所で一つもメリットがないどころか、お前の信用を失うだけだろう。…この厳しい状況を、お前自身もよく分かっているはずだ」

 言われて、リュータは静かに一度頷く。
 …もとより、疑うというよりは確認するような意味を込めての問答のはずだった。
 それが予想外の事を言われて混乱してはいるけれど。

 そして何より…、今の話の中に思い当たる事があったのだ。


「…その人……、、って名前ですか?」

 恐る恐るその名前を口に出せば、彼らは――凍りついたようだった。3人分の視線が、リュータを捉える。
 呼吸音すら聞こえてきそうな緊張感。
 その空気に、リュータはこれが当たっていた事を確信する。

「――何故、それを」
「いや…、が怯えながら口走った名前で。聞き覚えが無いから何となく覚えてたんですけど」
「…そうか」
が事情を話したのかと思ったけど、やっぱ違うんだね?」
「話すも何も…まともに話を出来るような状態でもなかったですから」

 そう断言して、リュータは思う。
 これらはやはり…本当の事なのだろう、と。
 のことで確証を得ると共に、やはりも異世界人なのだとようやく納得する事が出来た。

 そして。

 …これだけ焦って事実を確認するという事は、余程外へ洩らしたくないような出来事があったのだろう。
 その渦中にが居るのだとしたら――。

「…その人、まだ城に居たりしませんよね」
「……ああ、居るな」
「!?…どうしてですか。元の世界に戻るまでの間っていうんだったら、他の人にでも頼めばいいのに。の居場所はどうなるんですか…!?」
「―――それは、」


 ユーリはの顔を思い出す。
 花が咲くような笑み、穏やかな視線、――そして何もかもを遮断したような、無表情。

 彼女の中に隠された凶器の様な、鋭い瞳。 その奥に揺らめく暗い光。


「…出来ない」
「出来ないって…何で!」
「……頼む。聞かないでほしい」
「……っ!!」

 肝心な部分で急に扉を閉められたようで、リュータは目を見開き視線で非難した。
 それでも彼は、これ以上言うつもりが無いようだった。

「じゃあ、を探し出してどうするつもりだったんですか?そんな場所に連れ帰ったらまた…」
「連れ帰るつもりは無かった。…出来る事ならしばらく預かってほしいと、頼もうと思っていた所だ」
「……を預けてって人を置いておくんですか」
「…そうだ」
「どうして!!」
「――それが最善だからだ」

 ぴしゃりと言い放ったユーリの紅い目が、強い感情を伴ってリュータを見据える。
 ――その中に苦悶を見て取れたのは、アッシュとスマイルだけ。


 そう、あんな事情を抱えている人間を身近に置くのは自分達だけでいい。
 幸か不幸か、こちらは多少の事ではびくともしない体を持っている。――人間ではないから。
 少なくとも人間と同じような扱いでどうにかなるものでもない。
 多少は危険でも…刃を突き立てられようが、所詮少女の力だ。

 が居れば事情は違ったのだろうが、今は他の誰かに預けるよりもずっとましな状況だ。

 葛藤が全くなかったといえば嘘になる。
 自分達も無傷で済まない可能性が出てきたのだから。
 …しかしあの様子ならば、こちらから何もしない限りは手を出してこないだろう。

 ――それに、まだ確かめていない事もある。


「…すまないが、これ以上はもう伝えられる事が無い」
「……」

 リュータは肩を落とし、深く深く溜息をついた。
 …やがて、ぽつぽつと言葉を落とす。

「…分かってます。ここに居る人達がを見放したい訳じゃないって。それでも…アイツの様子見てたら、やっぱ安心出来る場所に居させたいって…思って」
「……そうか」

 けれど今や、城は安心出来る場所などではない。
 だからは、外へ出たのだ。
 それは3人の誰もが分かっている。分かっているが……、辛くないはずはなかった。


「――…さて。そろそろ手掛かり探しでもした方がいいんじゃないかな?」
 スマイルが空を見上げて言う。

 雨雲が、低く横たわっていた。
 湿った風が一筋吹き抜けて、立っているだけでも汗をかきそうだ。

「そうだな。…しかしどうすべきか…」
「ん。とりあえずリュータ君は巻き込んじゃってごめんね。わりと話せる事情が少なかったり大変だったりするし、抜けるなら抜けても構わないけど――」
「そんな事出来ません」
「…了解。後で泣きごと言わないでね?」
「言いません!」

 子供のようにムキになって断言する。
 スマイルはスマイルで「そー、じゃあよろしくー」なんて言い返すものだから、本当についさっきまで真面目な話をしていたのだろうかとアッシュは溜息をついた。


「ひとまず、全然手掛かりないんだよねー?そんで僕らも午後3時から仕事があるわけ。これで今出来る事は…」
「ちょっと待ってほしいっス。…こんな事言ったら駄目だって分かってるんスけど……、仕事、休んだり出来ませんかね?城を出る前にユーリは『見つけても見つけなくても』って言ったっスけど、まさか本当に会えないとは思ってなかったっスよ」
「…アッス君は何となく言うと思ってたけど。じゃあ何て言って休むわけ?」
「そりゃ…、一緒に住んでる身内が大変な事に、……」
 言いかけて、アッシュは言葉に詰まる。

 …Deuilの住む城に、この3名以外の『身内』が居るはずがない。…表向きは。

の存在は秘密だよね。ならその線はナシ。仮に公表するとして、大騒ぎ。を探すどころじゃなくなるよね」
「………じゃ、じゃあ!友達がって事にしたら!」
「ぶぶー。…アッス君は正直だね。でもそれで雑誌の記者なんかがついてきちゃったらどうすんのさ?探してる様子から何から取材!事実を明るみにー、なんてできる?」
「……うう」

 腕組みをして考え込むアッシュを余所に、リュータがひょっこり手を挙げる。

「えーっと…。病欠なんて出来ないんですか?」
「なるほど、限りなく正解!ただし全員が病欠なんて事になったらやっぱり迷惑もかかるし騒がれるし疑われもするだろうから、1人が限界だと思う」
「ええ?そんなの1人でもヤバいんじゃ…?」

 学校のズル休み、くらいの勢いで言ってしまってから、そういえば彼らがそんな事をしてしまったら大変な事になるのに気がついた。
 普通にテレビの中に出てくるような人たちが3人まとめて病欠。確かにそんな事は前代未聞だし、仮に1人でもまずいのでは。

「やー、僕ら元々気まぐれで通ってたしねー。家で療養中、って事にして残る2人が全力でフォローしたら何とかなるかなぁなんて」
「…ふむ、一理ある」
「あるんですかっ!?」
「あるんスよねぇ…これが」

 ぼんやりと呟く狼男に、信じられないような目を向ける高校生。
 こんな人たちが茶の間を騒がせていていいんだろうか。

「まぁ今日出る所もゆるーい所なんで、もしかしたら何とか」
「ニュースのテロップではしゃぐような局だからな」

 顔を見合わせて頷く彼らの言葉から、リュータも何となくそんなニュースを見た事があったような気がして頭の隅で思い出す。
 …ああ、あそこか。確かに雰囲気がゆるゆるだ。…なんて納得できるのだから相当だ。
 ノリとテンションさえ保てれば何とかなるような気もしてきた。

「仕事に行く2人は『人に騒がれるような情報を言わない』、『取材が来るような言い方をしない』って事を遵守するとしてー。…誰が休む?」
「……」
「……」
 じっ、と3人分の視線が交わる。
 を探したいのは皆同じ。という事は、皆休みたいというわけで。

「ここは代表して私が休もう」
ユーリは寧ろ代表して仕事に出て下さいよ!!リーダーでしょう!…俺は体力に自信あるんで、を沢山探せるっス!だから俺が…」
「えー?ここは情報集めに適した僕でしょー!仕事では僕喋らないし、一回くらい居なくてもいいじゃーん?」

 わいのわいの騒ぎだす彼らに、頭痛すらしてくるのは年下のはずのリュータ。
 ひとまずを探したい情熱があるのは伝わってくるが、何かが違うような。
 というかこれだけ騒いでしまったら通行人や周囲の家の人に見つからないだろうか。

「…もういっそ全員で出て、終わってから集中して探した方がいいんじゃ…。その間俺が探しますんで」
「おや、リュータ君も上手くなったよねー。でも駄目、そんな悠長なこと言ってられない」

 大袈裟に肩を竦めて、スマイルはすたすたと歩き出す。
 リュータの背後に回って肩を組み、にーっと笑った。

「僕が知る限り、ってリュータ以外の知り合いへの連絡手段を持たないんだよね。で、城に帰るなんて論外。って事はー?」
「…え、…それ本当ですか?」

 リュータはてっきり、の事だから知り合い全員にひょいひょいと連絡先でも何でも聞いているものだと思っていた。
 それこそ出会った時のあのテンションで。
 それが無いという事は。

「じゃあは俺の家に来たみたいに誰かの家に行ったり出来ない…って事ですか?」
「そうだね。で、知り合いの家にも行けない、精神状態はあんまりよくない、雨は降りそう。…こんな状態で仕事終わりまで放置したくないじゃん。第一、僕らの仕事って下手したら深夜帰りだし」
「な…なるほど…」

 普段生真面目なアッシュが『仕事を休みたい』と言う程なのだから、そのくらい拘束される時間が長いのは理解できた。
 これでたった一人で探して見つからなかった暁にはどうなる事やら。

 そんな事を考えていると、ユーリが長く溜息をついて。

「…順当に行くのならば、やはりお前が残るべきなのだろうな」
 ちらりと、リュータの隣にある顔を見遣る。
 スマイルは肩を組んだまま、にーっと笑った。

「ヒヒヒ。アッス君異論ある?」
「うう……。真面目な話、俺だって探したいっスけど…実際の所スマの方が適任な気はしてるんスよね」
 色々と情報を持っていたり、考察する能力に長けていたり。
 何より…何となくスマイルならば見つけられる気がして。

「じゃあそれに甘えて僕が残るよー。張り切っちゃうからねー?」
「…任せたぞ」
「俺の事も忘れないで下さいよ!今日はバイトも学校も休みなんですから」
 リュータが慌てて主張すると、スマイルはすぐ横で「はーい」と暢気に返事をした。

「さて、休む人が決まった所で。3時まではまだ時間があるし、それまでは全員で探そっか。まだ近場に居るかもしれないんでしょ?」
「そう…ですね、何時間も経ったわけでもないし。どっかに隠れてるかも」
「んじゃあ足を使っての捜索を3時前まで。見つからなければ、そっから仕事班と捜索班に分かれようか」


 確認するように言われた言葉に全員が頷いて、一旦解散したのである。



 ***



 しんと静まった城。
 その城のすぐ外でひっそりと佇む少女が一人。

 先程探り当てた出入り口を背に、靴下のまま迷いもせず地面の上を歩きだす。
 足の裏に石がごつごつと当たっても、そんな痛みなど無かったかのように平然と。


 ―――それが分かっても、キミには何もできないよ?


 先程の言葉が頭の中で反響して、じりじりと神経を逆撫でしてゆく。
 何も、出来ない。――そうだろうか。

 そうだろうか。


 少女――は、微かに笑みを零しながら、地面を歩く。
 次第に早足になって、最後には小走りになった。

 自分一人ででも……行動など、できる。

 そう思った直後、


 どす、


 鈍い衝撃と共に、体が前へ進めなくなる。
 ――何かにぶつかった、痛み。

 どさりとその場に座り込んで、正面を見遣った。
 …けれど。

 ……そこには何も、ない。

 あるのは道だけ。
 何にぶつかったのか分からず、は混乱しながら立ち上がる。
 そうして再び進もうとして……こつん、と肩に何かが当たった。
 まるでそこにガラスの壁でもあるような…固い感触。

「――何よ、これ…」

 ぺたり、と両手で目の前の『見えない壁』に触れる。
 それを伝って歩いていけば…どうやら切れ目など無いようだった。

 どうやらここからは、出られそうにない。

 何となくの勘で結論を出して、はその場にひたと止まった。
 ―――全ての時が止まったかのように、まばたきすらせず。
 そうして数秒。

「……ふ、ふふ……、」

 腹の底から、鍋がぐつぐつと煮えるような笑いが這い上がる。
 まばたきを忘れた目から空気に抵抗するように涙がうっすらと溜まったが、は微動だにしない。

「―――…」

 ダンッ。

 やがて唐突に動いたが右手をその『壁』に打ちつけ、今度は湧き上がる笑い声を抑えもせず吐き出した。

「――あはははは、そう、…そうなのね。最初からそのつもりで!」
 笑っているのにおかしそうな空気は全く持っておらず、『笑いの形をした何か』が無意味にこだまするだけ。

 …やがて数秒の後。
 叩き切ったように笑い声は止まり、不意にが歩きだす。
 今度は…城へ。

 外へ出た時の歩調とは打って変わって、ふらり、ふらりと。





 誰も居ない、広いリビング。
 その中に、ゆぅらりと戻ってきた少女の影が一つ。
 外に出ていたせいで靴下は汚れていたが、構う事はなかった。

 はふらふらとしながらも、しかし明確に目的を持って部屋の中を進む。
 ふらふら、ゆらゆら。


 ――そして、部屋の隅の、ある場所で止まる。


 数秒、まるで亡霊のように静かにしていたが――、次の瞬間、低い棚の上を、引き出しを、無造作に荒らしてゆく。
 手帳を開いて、落とす。
 メモを一瞥して、放り出す。
 …ある程度整頓されていたはずのキャビネットが、あっという間に散らかる。


 ――そうだ、何も出来なくなんて、ない。


 ぎりりと奥歯を噛みながら、少女は――は、目的の物を探してひたすらそこを荒らす。
 苛立ちのせいで一部の紙を握りつぶしてしまったが、そんなものは気にも留めない。

 このまま見つからなければ唯一キャビネットの上で手をつけていないコレを叩き壊してしまおうか…、そんな事がチラリと脳裏を掠めたその時。
 ……何かの間に挟まっていたのだろう小さな手帳が、ぽろりと落ちる。

 はそれを手にとって躊躇なく中身を見て……ふ、と笑う。


 その顔はまさしく、花のつぼみがほころびるような。


 ぐちゃぐちゃに荒らされたキャビネットの上で唯一その存在を守っていた電話に、手を伸ばす。
 カチャリ、と受話器が持ち上がった。

 は手帳に書かれたものの内、先程ここで聞いた覚えのある名前を見つける。
 そしてそのすぐ下に並べてある数字を見ながら…電話のボタンを押した。

 幾度かのコール音の後に、相手が電話に出る。


「…――突然すみません。私、といいます」
 か細い声で、電話の先の相手へ告げた。



「お城に閉じ込められてしまったみたいで。…助けて下さい」


 ほころびた花が、満開になった。





〜To be continued〜




<アトガキ。>

さてさて、だいぶ混じり合って参りました。
全く別の色の絵具がパレットの上で不意にぐっちゃぐっちゃ掻き混ぜられたかのごとく、です。良いカオス色!(ぇ
キャラが勝手に動いてくれてるのでネタはぎゅうぎゅうです。ついでに私も書くこと増えてぎゅうぎゅう。

今回、夢主が登場しませんでした。
本当は一番下のちゃんのシーンの後にでも、と思っていたのになぜかえらく長くなってしまったので次回にパス。
そのせいか今回物凄く文章が硬い気がします!ええ、とても!!(何
反動でギャグ入りましたけどね!!(大問題
どうしてこうなったのかは不明ですが、きっと愛です。愛ゆえです。

本当はちゃん、動く予定なんてなかったです。
勿論予定なんてざっくりとしか書いてなかったですけど、どう記憶を掘り返してもそれは無かったんですぜ。
夢主さんが居なくなった城で、優雅に過ごすか、空気の抜けた風船みたいにぼんやりするか。
でもスマイルが放った言葉がうっかりさくっと刺さってしまったので、きっとこう動くんだろうなと。
私の中で 予定<<<キャラの個性 なので、人としてキャラとして活き活きしてる方へと出来るだけ傾けるようにしています。
きっとその方が楽しいですよね!
え?予定?…ええ、完結出来るように必死ですよ!!(真顔

というわけで、何だか夢主の居ない間に話を整理するような回になりましたが…次は絶対出ますんで!
次回はネタ帳に残っていた数少ない『予定』を踏みます。着実に進んでは…いるんですよね!

ではでは、また次回で。


2014.3.5