「自慢じゃないけれど、恵まれた生活だったと思うわ。…あの時までは」
 語り始めた目の前の少女……から、城の住人達は視線を一切外さず真剣に耳を傾けていた。

 それは大切な話だったから。
 意味は違おうとも、この部屋に居る全員にとって。

 ――そして、今ここに居ない『彼女』にとっても。





自鳴琴・23
追憶
〜あなたから見た世界〜





 自分の父が、炎に包まれた友人の家から、友人を助け出した。
 目の前で起こった事件に、はきっと父は偉い事をしたのだと、起こった事実からはそう思ったけれど、しかしどうしても父を尊敬する事ができずにいた。

 友人を庇った時に出来た父の火傷は取り返しのつかない程で、それに比べ守られた友人は軽症。
 友人が助かったと僅かにほっとするも、残りの全ては焦りと悲しみ。

 目に見えて衰弱してゆく父に、どうしてああまでしてあの子を助けたのかと問うと、お前の友達だろう、と返されて泣きそうになった。
 優しかった父はその数日後にこの世から居なくなってしまって、家には自分と母だけが残された。

 唐突に要らなくなってしまった黒い革のイス。汚れた灰皿。大きなワイシャツ。

 そこに在った証拠はあちこちに残っているくせに、当の本人が居ない。
 使う人のなくなった髭剃り。ノートパソコン。ベッド。

 優しかった父はもうどこにも居ない。
 の友人――を残して。
 父はの死を代行したのだ。の代わりに、死んだ、のだ。

 父を引き止めていればが死んでいたのだろう。どちらかを選ばざるをえなかった。
 そんなものなど選びたくはない。けれど、どちらが死んでも同じくらい泣いたと思うのだ。

 たった一つ違うのは、心の行き場。
 が死んでいたら遅れに遅れていた消防士を恨んだだろうが、悲しみの鎮火と共にそれは治まっていたはず。
 しかし父の死は悲しみが去っても恨みが去らなかった。

 それは目の前に居続けたからかもしれない。
 『父の代わりに生きている』、彼女が。

 無意識に思わずにはいられない。この子が居なければ、父は生きていたのかもしれない、と。
 思ってはならない事だと分かるから、それを封じて今まで通り生活してみたけれど。

 罪悪感からか、元々優しかったは輪をかけて優しくなったし、父を思い出して沈んでいると明るく接してくれた。
 はそれを嬉しく感じながらも、どこかで苛々していた。


 父が死んだ元凶が、私を慰めたりしないでよ。


 時折鎌首をもたげる冷淡なその感情が、自分でも恐ろしかった。
 こんなにも優しく接してくれるに、そんな事を思ってはいけないと、自分を律した。
 彼女をきちんと受け入れなくては。

 けれど、どんなにそう思った所で心の奥底に閉じ込めた憎しみが完全に消える事は無かった。
 心のどこかで憎しみながら、親友であるはずのを失う事も恐くて、必死に胸の内を押し隠しながら隣に居た。


 そうしてある日、恋人が出来た。
 にも、母にすら本心を隠しながら生活してきただけに、『昔を何も知らない』という条件を持ち合わせる彼は、傍に居るだけでとても落ち着かせてくれた。
 『本当の自分』を出しても良い相手だと感じたし、自然体で居られた。

 暗がりの中にたった一つだけ陽だまりができたように、暖かだった。安らげた。
 隠した本音の所為で苦しくなっていた周囲との関係を、一切絶つ事ができる空間だった。

 との関係や母への態度も蔑ろになってしまうほど彼への愛情は深くて、悪いとは思いつつもその生活を続けていたら、も母も予想に反してとても喜んだ。
 特には、心の支えを見つけた事を殊更喜んでくれた。――親友として。
 …の心の中で黒くドロドロとした感情が蓋の内に渦巻いているとは知らずに。

 彼に依存する生活が続いた。
 同じ学校であることを利用して、隙を見つければ彼の元へ走った。
 まるで麻薬に浸かってしまったように、彼無しでは生きていられなくなった。

 唯一『という存在丸ごと』を受け入れてくれる。
 それだけで彼が狂おしいほど愛しかった。

 会う度に見詰め合った。
 一緒に学校から帰った。
 帰ってもメールを何通も打った。
 寂しい夜には電話もした。

 顔を見たくなって夜中に会いに行った。
 携帯電話から他の誰かの声が聞こえれば、彼が今どこにいて、そこに誰がいるのか必ず聞いた。

 彼から女子の名前が出たら、彼にその女子との関係を納得できるまで事細かに聞いた。
 笑みを彼にしか向けなくなった。そして彼の笑みを独占した。
 一緒に歩いて、彼に近付く女子が居ないか見張った。
 が普通に話のできる女子は、だけになった。

 日に三度は「私の事、好き?」と尋ねて愛を確認した。
 休日は自分の部屋に彼を呼んで、一日中その姿をじっと見ていた。トイレにもドアの前まで付き添った。
 自分の母に彼を見られるのすら嫌悪した。母だって、女だ。

 雨の日、彼の傘を焼却炉で燃やして、彼の傘が盗まれた事にして相合傘で帰った。
 彼の教科書を盗んで、自分の教科書を見せてあげるのを口実に席をくっつけて授業を受けた。

 5分ごとにメールを送った。返事が来なければ、会った時に必ず理由を聞いた。
 もうすぐ高校受験の季節だったから、青色の糸と一緒に自身の長い髪を織り交ぜて編んだミサンガをお守りとして彼に渡した。


 付き合い始めて数ヶ月が経った。
 はその間ずっと満たされていて、幸せだった。

 …しかしそれはあっけなく、壊れた。

の事は好きだったけど、もうこれ以上耐えられない”
 ある日そう言い残して、彼はから距離を置いた。

 何に耐えられなくなったのか、聞く暇すら与えられなかった。
 突然訪れた孤独を、頭も体も受け付けず現実逃避すら起こした。
 壊れてしまいそうだった。狂いそうだった。
 なぜ。なぜ…突然。なぜ。

 そしてその数日後、どこからか聞こえてきた噂。
 彼がに、「好きだ」と告白したという噂。

 真っ先に二人の元へ確認しに走り、それが事実であると知った。

 その瞬間、彼が離れていったのは、の事を好きになったからなのかと目の前が真っ暗になった。
 そう尋ねてみたが、彼はそうじゃない、と一言返すだけだった。
 違うなら理由を言って、と問い詰めたが、結局返ってきたのは溜息だけだった。

 やはり女子を近くに置いておいたからだ。
 親友であれ、女子は遠ざけておくべきだったのだ。母すら遠ざけておいたのに、油断した。
 そう確信したは、へ「お前が女だからいけなかったんだ」「女子なんか傍に居させるんじゃなかった」と批難した。

 父を奪った次は、たった一つの拠り所まで奪った。
 今まで心の奥底に封じ込めていた黒く濁った感情が、一気に溢れ返るのを感じた。
 居場所を奪ったという女へ、憎しみの感情が激しく脈打った。

 の存在を否定した。傍に寄るなと距離を置いた。
 錯乱しかけのに近寄るのはだけになっていたが、彼女の制服のスカートが目に入るだけで気分が悪くなって、を突き飛ばして離れさせた。

 女という存在自体に過剰反応するに、は気付いていたのかそうでないのか。


 程なくして、でなくとも女子用の制服が目に入るだけで吐き気がするようになった。
 それを率直に告げると、「男ならいいのか」と少し遠くからが尋ねてきたから、「なってみなさいよ」と吐き捨てるように答えた。

 それだけでは心は静まらなかったが、尚も言い募ろうとした次の日、は学校に来なかった。

 次にの顔を見たのは数日後だった。
 そしてその時には、彼女はその姿をがらりと変えていた。
 男子用の制服。束ねられた髪。

 尋ねれば、それは償いの為なのだと、聞かされた。

 親友として傍に居られないのなら、人格や性別や今までの関係を投げ捨ててでも、傍に居て償いたいのだと。
 『女子の制服を見て気持ち悪くなるなら、男子の制服で傍に来るから』との視線が告げていた。――そう、『の為なら、何だってやるよ』と。


 償う。
 そんな馬鹿な。

 瞬間、冷たい感情がの体の中をぐちゃぐちゃに掻き毟っていった。
 償えるはずがない。大切な人を手の届かない所まで遠ざけたくせに。その寂しさすら知らないくせに。
 お前が傍に居て何ができるというのか。

 歪んだ友情が、歪みきって捩じ切れるのをどこかで感じた。

 暖かい感情を携えて再び擦り寄ろうとしている彼女が逆に許せなかった。
 償いが何だというのだ。全ての元凶が再び傍に寄ろうなど、おこがましいにも程がある。
 憎しみの対象が近くにある事ほど苛立つ事は無い。

 だから尚も優しく迫ろうとするを、更に突き放した。
 こちらを信じている様子が感情の逆流を倍助長した。

 ――こんな存在、要らない!!
 胸中でそう叫んだ瞬間、体が動く。
 持っていたカッターナイフで彼女の胸を刺した。

 の白い服が深紅に染まってゆく様子が、どこかを満たした。
 長年に渡って孤独と寂寥とやるせなさを寄越してきたこの女を、これで目の前から消せるのだ、と。

 カッターナイフを持つ手が喜びに震えた。
 …しかし更に深く刺す為力を込めようとした瞬間、の二人だけだった部屋に、『先生』という邪魔者が入ってきてそれは阻止される。

 そうだ、ここは学校だった。
 ぼんやりと再認識して、周囲を見渡す。…保健室だ。

 が憎しみを中断させられてだるい気分で沈黙している間に、を庇うように「これは事故だ」と嘘をついた。
 …こんな状態になってまでこちらの顔色を窺う彼女が、気に入らなかった。
 父をこの世から消して、恋人を手懐けて、そうして私まで懐かせようとするのか、と。

 そんなに幸せになりたいのなら、一人でなっていればいいのに。偽善者が。

 そう思って、へと「そういう所が、嫌いなの」と呟いた。
 そんな薄汚れた存在の所為でこちらが犯罪者になるのは嫌だった。
 だから、結局の嘘に付き合って、事実を揉み消した。

 してはならない事だと頭のどこかが訴える。
 けれどそれ以上に、が憎かった。

 殺せなかった事に多少の心残りを感じつつ、は学校を卒業してと離れた。


 再び会ったのは、異世界と称すべき場所、普通はどう考えてもおかしい境遇でだった。
 “彼”と化した彼女は、心を許す人達が周囲にいる、幸せな環境に居た。

 ――信じられなかった。
 こちらが燃え残った憎しみをどうすべきか考えている時に、は居場所を見つけてのうのうと過ごしていたのだ。

 今度こそ殺してやろうと思った。
 その後、この幸せな環境をずたずたに引き裂いてやろうと思った。

 けれど結局そのどちらも叶わず、うまく逃げおおせたへと未だ絶えぬ憎しみの感情をふつふつと滾らせている。


 心に光が、見えなかった。



 ***



「ごめんな、いきなり」
 玄関口に立って謝る俺に、リュータは廊下から振り返って「そんなの気にすんな」と笑みを浮かべた。


 電話ボックスの中から一生懸命地名の書いてある小さな看板を探してリュータに告げ、迎えに来て貰って(何しろどこをどう通れば大通りに出るのかも分からなかったのだ)、俺は現在リュータの家に居る。

「こっちこっち」
 廊下に面した階段付近で手招きをしているリュータに頷いて、俺は「お邪魔します」と靴を脱いでリュータの家に上がった。
 家の中は静まり返ってて、どうやら俺とリュータの他には誰も居ないっぽい。

 導かれるままに二階へと上がって、並ぶドアの内一番左のドアを開いてリュータが入る。
 それに続いて入ると、

「ようこそ、俺の部屋へ」

 そこがリュータの部屋だった。
 簡素な机とイス、それからベッドにチェスト。目立つ家具はこれくらいで、あとは学校の制服らしきものがベッドの上に放置されてるだけ。

「適当に座っててくれ。ジュースか何か持ってくる」
 そう告げて踵を返し、リュータはドア付近に立っている俺とすれ違い、

 とすん。

 瞬間、軽いのか重いのか分からないような音を立てて俺の荷物がフローリングの床に落ちた。
 リュータが足を止めてこっちを振り返る。

 そこで初めて気がつく。
 自分でも気付かない内に両手でリュータの服の裾を握って、引き止めていた。

 …あれ、何だ。何だこれ。
 思考と体の動きが一致しない。
 引き止めたいとか、思ったわけじゃないのに。


 リュータは「んー」と唸って後ろ頭を掻いた。
 俺は慌てて服を放して、無造作に放り出されてしまった荷物を床にきちんと置き直す。
「ご、めん」
「…いや……、まずは何か飲ませて落ち着かせようと思ったんだけどな…。それも無理ならいいや」
「え?」
「お前、自分が今どんな顔してるか分かってるか?」
「……」

 手近に鏡が無いので、ぺた、と手で自分の顔を触ってみる。
 …そんなもので表情など分かりゃしないんだけど。

 リュータは無言で部屋のドアをぱたんと閉めると、俺の手を掴んでベッドまで引っ張った。
 制服をベッドの隅に押しやってから俺を少し強引にベッドに座らせて、リュータも隣に座る。
 ぽんぽん、と頭を軽く撫でられた。

「…何かあったんだろ?俺でよければ聞くから」
「……」

 じわり、リュータの言葉が温かく沁み込んでゆく。
 その暖かさに息を詰めてようやく、自分が怯えていた事に気付いた。

 ぽん、と優しく頭を撫でられる度、ぎゅうっと心臓が握り締められるように苦しくなって、息が詰まって、視界を涙がぼかしていった。
 この場所は安心していい場所だと確かに感じ取ったその瞬間、頭の中に僅かな混乱が巻き起こる。

 何が何だか、もう分からない。
 どうしていいのかも、分からない。

 大粒の涙が自分の膝に落ちた。

「…俺、もうあの城に居られない」
「あの3人が何かしたのか?」
「違う……けど俺は、逃げてきたんだ」
 ぼろぼろと涙が零れて、声が時々上擦る。
 徐々にしゃくりあげるようになって言葉が上手く繋がらない。

「逃げて、逃げて、それだけじゃ何も、解決、しないって…分かってるのにっ、……他にどうすればいいの、か、分かんないんだ…!!」
 遂に声を上げて泣き始めた俺を、微塵も疎ましさを感じさせない微笑を浮かべて撫でてくれるリュータ。
 それに余計煽られてしまって、堰を切ったように涙が出る。

「…逃げたのは、その場所じゃきちんと整理ができないからだろ。なら、場所を移して考えたっていいと思わないか?そんなに頭ん中ぐちゃぐちゃだと何も出来ないのは当然だ」
 しゃくりあげる俺にリュータの優しい声が心地良い。
 俺は返事どころか頷く事も出来ないけど、それでも混乱した頭の中にリュータの言葉は鮮明に残った。

「じっくり考えられる場所って事でここを選んでくれたのは、嬉しいな。…ただし、きちんと考えがまとまったら帰れよ?解決、したいだろ?」
「……」

 解決。
 それはこの場合、何を以て解決と言うべきなんだろうか。
 そして、俺との両方が納得できる方法などあるんだろうか。

 解決、できるんだろうか。

「俺は何も知らないからアドバイスもできないけどさ、その代わり好きなだけここに居ろよ。俺の親は夜には帰るから、話通しとく。…ま、あんまり深く考えない親だから反対される事はまずないと思うけど」

 相変わらず頭をぽんぽんと撫でてくれているリュータに、うまく言葉を紡げない事を諦めて、『ありがとう』の代わりに俯いて泣き止む努力をした。
 涙をごしごし擦って、それでも沢山涙が零れて、手の甲がびっしょり濡れる。

「…無理に泣き止まなくたっていい。こう見えても俺、頼られるの結構好きなんだからな」
 俯いているからリュータの表情なんて分からないのに、笑んだのが確かに分かった。
 …その時、肩の力が抜けるのを確かに感じた。

 …もういい。
 何だっていいよ。
 今は泣きたい。泣かせてほしい。
 全て忘れるほど泣かせて。

 ―――恐いんだ。

 昨日の夜の事もスマイルが全部皆に話してるだろう、とか
 それならも昔の事喋ったかもしれない、とか
 次に会ったときはもう仲間として見てくれなくなってるかもしれない、とか

 お前なんかもういらない、って言われたら、とか。

 皆から向けられるかもしれない白い目とか、の冷たい言葉とか、もう、
 もう何もかも全てが、


 恐いんだ。

 耐えられそうに、ないんだ。



 ***



「火事の原因って、何だったんスか?」
 の話を聞き終えて、アッシュがぽつりとそう尋ねた。

「知らないわ、知りたくもない」
「…そんなのおかしいっス」
「重要なのはそこじゃないの。私のお父さんがアイツのせいで死んだって事」
「だってそれじゃ、あまりにも…!」
「アッシュ、落ち着け」

 横から制したユーリを見遣れば、彼はいつも通りのポーカーフェイスでを見ていた。
 ――しかし、

に危害を加えるのを許し認めたわけではないが、昔の事を語って貰えたこと、感謝する。…あとはを探し出すだけだな」

 そのポーカーフェイスが少しだけ崩れたのを、アッシュとスマイルだけが判別した。
 長い間共に暮らしてきたこの二人でなければ分からない程度の差だった。
 そこから読めるのは、怒りでもなく呆れでもなく、ましてや焦りなどでは決してなく、

「何、アイツを殺そうとしたこと、怒らないの?」
「……咎めてほしいのか」
「別に。…でも、探すのね。アイツの事なんかもう放っておけばいいじゃない。それとも探し出して私に殺して欲しいの?」
「誰が殺生を好もうか。今のままでは元の世界への帰り道が出来た所で伝えることすらできまい。連絡手段を掴むだけだ、連れ戻しはしない。…お前がその様子ではな」


 彼の表情から窺えたのは――、『無関心』。
 それはかつてDeuilが活動しだしてまだ間もない頃に良く見られた。

 無駄な争いを年中繰り広げる“人間”という種族に対して、呆れを通り越した顔を向けていた彼は。
 バンドを組んで、この城に3人が住み込みで練習を始めた後、リビングに据えた真新しいテレビから日がな一日垂れ流されるニュースを見て一言零した。

『そんなに争いが好きなら、勝手にやっていろ』

 ――彼らしからぬ、投げやりな発言だった。
 しかし元が温和な彼であるからこその、発言だった。

 今でこそ様々な人間に触れてきて表情や考え方が柔らかくなったものの、当時は『客に音楽を聴いてもらう』というより『自分がやりたいことだけやって去る』といった有様だった。
 熱狂する人間にすら、興味を失っていた。今は、違うが。

 その頃の彼が戻ってきてしまったのだろうかと、アッシュは瞬時に不安になった。
 ……が、


「何をしている、アッシュ、スマイル。を探すぞ」
 ユーリの表情があの頃に戻っていたのは数秒だけで、もう既にその顔に戻る気配は無かった。

「アイアイサー、ユーリ」
が帰れなくなって悲しむ姿は見たくないっスからね」
 の殺人未遂について言い咎めるのを後回しにするつもりらしいユーリを誰も引き止めなかったのは、彼なりに何かを考えているのだろうと判断したからだ。
 アッシュとスマイルは僅かに笑みを乗せてソファーから立ち上がった。
 ―――そして。

「やっぱりあなた達もアイツの味方なのね。そうやってアイツは私から全てを巻き上げていく。今の環境すら奪っていく」
 無表情にそう呟いたの言葉が三人の耳を掠め、足を止めさせた。

「…。俺はがどこかに行ったとしても、同じように探したと思うっス」
「どうかしら。あの時の彼と同じで、私よりアイツの方が気に入ってるんじゃないの?」
「――っ、そりゃより長い事ここで暮らしてたとは親しいっス。けど誰がを否定したっスか?今の雰囲気を作り出してるのは間違いなく…」
「アッス君、ストップ」

 アッシュの頬が軽くへこむくらい、ぷに、と人差し指でつついたスマイルは、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「すぐ熱くなるのは、アッス君の悪い癖。ちょっと頭冷やしなよ、今はそれどころじゃない」
「………」

 ヒヒヒ、と笑う彼の声が、アッシュには何かを含んでいるようにしか聞こえなかった。


「仕事の時間まで、目一杯探すぞ」
「はーい」
「了解っス」

 そうして、失踪した彼女を探し始めた。





〜To be continued〜




<アトガキ。>

はい、ようやく完成です。随分と間が空きましたごめんなさい…。
書く気はものっそいありました。バイトやら色々含めて体力が…ああぁ…;

今まで正当性のある様子だった友人の生い立ちは、ここで崩れ気味になりました。
でも各々の主張したい事はちゃんと存在する、と。そんな風に書きたかったんですが…;
…まぁ、友人視点の話を書けただけでも満足です。
それにしても書いてから気付きましたが、あの友人って死んだら化けて出そうなタイプですね…。
そうそう、友人の狂愛っぷりは私には表現しきれなかったので、一部ヤマモト殿に手伝ってもらいました。さんくす!

そしてリュータの部屋訪問。
個人的には探索とかしてほしかった(特にベッド下とか)のですが、どうやらそんな雰囲気でもなさそうで…。ちきしょー。
こうなったら最終話後で書きます。あぁ無念…。

ちなみに事情を聞いてすぐに友人へとごちゃごちゃ文句を言わなかったのは、まぁ彼らにも何か思う所があったんでしょうねぇ。(今後明かしますが)

さて次回は夢主捜索と色んなごたごたです。逃げる側と追う側。
情緒不安定な居候、殺人未遂の女子を抱えながら暮らす者達。
…お楽しみに(どうやったら楽しめるんだこの展開!?)

2007.9.18