……ほんの一瞬の間に随分長い夢を見た。昔の夢だ。
 走馬灯、という奴だったのだろうか。

 それが覚めて現実に引き戻されると、ふと違和感を感じた。
 着地したら次々と階段にぶつかりながら転げ落ちてゆくと思っていたのに、俺の体はなぜかぴたりと止まった。
 わりと長い階段だから、早々に落ちきった、という事はないはずなのだけど。
 しかも全くの無傷で。

 状況を把握しようと目を開くと、目で理解するより先に耳へと情報が伝わってきた。


「危ないなぁ」


 …聞き覚えのある声。
 次いで自分の体をぎゅっと力強く包む温度に気付いて、酷く動揺する。
 だって、これは、

「いくら妖怪の運動神経が凄いからって、突然落ちた人を助けるのは難しいんだよー?」
 階段5段抜かしで上っちゃった、とおかしそうに言う彼は、俺を片腕で抱き締めながらもう片方の手で手摺りを掴んで階段からずり落ちないように支えている。

「…いつから、そこに」
 が警戒しながら彼に向けて言うと、彼は特徴のある声でヒヒヒ!と笑った。
 …向かい合うように抱き締められてるから顔は見えないけど、

「最初から、だよ?」

 彼…スマイルは、今きっと俺の知らない顔で笑んでいる。





自鳴琴・22
策士
〜知らず壁の内に居た。けれど〜





 俺はスマイルの腕の中で固まった。

 スマイルが俺を抱きとめてくれたのは分かった。
 でも、最初から居たって…それは、

「全部聞いてたんですね」
 俺が聞く前にが鋭く尋ねる。
 しかしスマイルは笑って「ううん、全然ー」と首を振った。
「僕は階段の下に居たから会話は聞こえてないよ?」

 聞かれて、ない…。
 それなら俺が女だって事もとの関係についても知られてない…か。

 何だか凄くほっとして、自然に体の力が抜けた。
 その拍子にスマイルの腕の中からずり落ちそうになって、慌ててスマイルの体に腕を回す。
 …凄く細い。一体この体でどうやって俺の体重を受け止めたのだろうか。

 俺の体勢が不安定なのを見て取ったスマイルは、よいしょ、と俺を階段に座らせた。

 ……、あぁ、どうしよう。
 俺の体、震えが止まらない。
 に核心を問い詰められた事と、再び殺されかけた事への恐怖が一挙に襲ってきて、体が震える。
 歯がカチカチ鳴りそうで、奥歯をぎゅっと噛み締めた。
 薄暗いから見えにくいだろうけど、スマイルに気付かれてないといいな…。


「どうしてここに居るんですか」
 俺の後ろに居るは、あくまで取り乱さず冷静に、それなのにどこか突き放すような冷たさを持つ声でスマイルに言った。
 …まるで俺の事はもう見えていないようだ。

「こんな夜中に部屋を出る音が聞こえたから心配でついてきたんだよ。ほら、僕の部屋って隣だしすぐ気付いたんだよね」
「……。ここに来るまでに姿を見ませんでしたけど」
「それは透明化してたから。…姿消せるの、自己紹介の時見たよね?」
「どうして透明な状態でついてきたんですか」
「それは…ねぇ?」

 ヒヒヒ、と笑って言葉を切るスマイル。

「まぁ、そんな事よりまずを部屋に運ぶ事の方が優先だよね?こんなに震えてるんだから」
「…あ、」
「……」

 気付かれて、た…。

 スマイルは俺の頭を何度か撫でて、そして正面から抱き締めるようにして俺を持ち上げ、立たせた。
 …けど足が震えてうまく立てない。階段だから足場も悪かった。
 終いには崩れ落ちそうになって、何とかスマイルが支えてくれたけど危うく二人一緒に階段に倒れる所だった。

 …自力で立てない。
 どうしようかと迷っていると、スマイルが「んー」と少し唸ってから……

 ふわり

 俺を横抱きにした。
「…!!スマイ、ル…!」
「立てないみたいだから。ちょっと我慢してね?」

 混乱に混乱が重なって、もうどうしたらいいものやら。
 それと同時に今更になってスマイルの優しさが沁みて、涙が滲んだ。
 目から溢れ出さないように息を詰めて、けれど意思に反してどんどん視界をぼかしてゆく。
 せめて見られないように、スマイルの胸に顔を埋めた。


「…朝になったら、こんな事した理由聞くから」
 スマイルは普段とは違う真面目な声でに言って、ゆっくりと階段を上り始めた。
 すれ違うように、とんとんという音がして、が階段を下りているのが分かる。
 も自分の部屋に向かっているのだろう。
 すれ違い遠ざかる二人の足音が、静かな空間に響く。

 の足音が少し遠ざかった所でスマイルは一度止まり、思い出したように振り返って言った。

「さっきの『透明化してついてきた理由』のヒント。…“心配してついてきた”のは、君の為だけだったと思う?」

 …の足音が、しなくなった。
 止まった…?

 俺はスマイルの言っている事がよく分からなくて、うまく働かない頭で考えようとしたけど無理だった。
 再び階段を上り始めたスマイルは、真っ直ぐに俺の部屋へ向かった。





「…あの人……」
 階段を背に歩みを止めたまま、はスマイルの言った事を頭の中で繰り返していた。

 『君の為だけだったと思う?』

 透明化してこっそり尾行する。それは即ち、気付かれては困る行動だという事。
 そしてその行動はの為だけではないと言った。…言葉の流れからすると、の為。
 つまりの為に透明化してを尾行した。
 それが意味する事は。

に害が無いように…私を監視、してた?」

 いや、まさかそんな事は。
 そう思う反面、思い当たる場面がいくつも浮かんでくる。

 の隣の部屋を割り当てられようとしていた時に、スマイルが割り込んできたのは?
 …の隣にしない為。
 彼が空き時間中ずっとに遊びの誘いを続けて、寝る前まで一緒に居たのは?
 …自分の目の届く範囲に置く為。
 わざわざ自分の隣の部屋へ来させたのは?
 …今回みたいな事がないか監視する、為。

 憶測でしかないのに、考えれば考えるほど恐ろしいくらいしっくりくる彼の行動。
 が事情を話してそうさせたとは考え難い。彼が独断でそうしたのだろう。

 ……これが事実だとしたら、随分頼りがいのあるナイトだわ。

 はそう思いながら、忌々しげに目を細めた。



 ***



 意識が浮上する。
 まだ朝日が昇る前なのか、部屋の中は薄暗い。
 時計を見ると、随分早い時間を示していた。


 結局俺が眠れたのは随分遅くなってからだった。
 スマイルは俺が寝付くまで一緒に居て、手を握っていてくれた。
 今は多分自分の部屋で寝てるんだと思う。
 悪い事したな…今日からDeuilは仕事再開するのに。

 …体がだるい。
 寝付いてから多分1時間も経ってない。
 おまけにもう眠れそうに無い。

 大きく溜息をついて、夜中の事を思い返す。
 俺がに突き落とされた所、スマイルには見られてしまった。
 今日、その事情を聞くって言ってたっけ。過去の事を話す事になるのだろうか。
 物凄く、気が重い。

 ……そういえば、いつ話すのだろうか。
 Deuilは今日から仕事だというのに。
 …あれ?仕、事?
 思った途端、

 …どく、ん。

 思い切り心臓が跳ね上がる。
 …Deuilが城に居なくなる?
 それは、

 それはと俺が、城で二人きりになる、という…事?


 瞬間、俺は頭が真っ白になった。
 死刑宣告に限りなく近いものを突きつけられて、平常心を保てるわけが無かった。

 部屋に篭っていれば安心だとか、そんなものは最早何の気休めにもならない。
 同じ建物の中に居るというだけでナイフの切っ先を喉元に押し当てられているような恐怖があるというのに。
 何しろ、既にこの建物の中で、殺されかけてしまったのだから。


 俺はベッドから降り、無表情でクローゼットの前まで歩いた。
 適当に選んだ服に着替えて、それから椅子に掛けてある鞄をテーブルの上に置いた。

 いくつか物を詰め込んだ所でそれを持って部屋の入り口に立ち……
 物凄く躊躇った後、意を決したように扉を開けて、部屋の外へ飛び出していった。


 ***


が居ない?」
 ユーリはリビングに戻ってきたアッシュに眉を寄せ尋ね返した。


 10分くらい前の事だろうか。
 朝食の準備を終えた後、まだ顔を出さないを心配してアッシュは部屋まで呼びに行った。
 ユーリは、の体調はまだ悪いのかと何かしてやれる事を考えていたし、
 スマイルとが部屋を出られない理由を思い浮かべて沈黙していた。

 しかし、一同の考えは全て覆された。
 リビングに戻ってきたアッシュは、が部屋に居ないと告げたのだ。


「別の部屋にでも行っているのではないか?」
「でも、朝食の準備を手伝わずにどこかに行くなんて事は今まで無かったっスよ?具合が悪くて寝てる事はあったっスけど。今も体調は万全じゃないはずなのに…。どこかで倒れてたら大変っス」
「……」

 スマイルはを見た。…の顔は、アッシュやユーリには真剣に話を聞いているように見えるだろうが、スマイルには興味のなさげな無表情にしか見えなかった。

「ちょっと俺捜してくるっス。皆は先に食べてていいっスよ」
 言い残して、返事を聞かずに慌しくリビングを出て行くアッシュ。
 ユーリは自分も捜すと言おうとしたのだが、そんな隙間は無かった。

「…食事の後捜すか…」
「僕も捜すー」
 ユーリがダイニングに入って、スマイルともそれに続いた。
 今日の朝食は、アッシュが最近知ったの好物が並んでいた。


 ***


 今日のDeuilの仕事は午後3時から。
 それだけにたっぷり時間を割いて捜したのだが、は見つからなかった。

 捜し始めたのが朝7時半くらい。今は9時。
 城の広さを考えればまだまだなのかもしれないが、の行動範囲を全員で調べきるには充分だった。
 …は途中から抜けてリビングで待機していたので、正確には全員ではないが。

 が見つかっても見つからなくても9時にはリビングに集合する事を決めていたユーリ達は、途中でアッシュを見つけて一緒にリビングに集合して今に至る。

 歩き続けて少し疲れた一同は、ソファや指定席に座って息をつく。
「あと捜してないのは…膨大な数の客室とか、地下室とか…。でもは地下室への鍵を持ってないっス」
「となると、客室か?…しかし客室に入り込む理由がないな。もう地図は持っているし、迷う事もないだろう」
「…うーん、そうっスね…」

 スマイルはしばらくアッシュとユーリのやり取りを聞いていたが、二人が手詰まりの状態で沈黙してから数秒後、「あのさ」とようやく口を開いた。

「これは確信に近い勘なんだけどね…は多分、この城に居ないよ」
「…居ないって、スマ、それどういう事っスか?」
「何聞いても驚かない?」
「勿体ぶるな、何か知っているんだな?」

 ソファの上で胡坐をかいてクッションを弄んでいたスマイルは、ぽいとソファの後ろにクッションを放り捨ててちらりとを見、それからアッシュとユーリを見た。

「昨日…あ、日付的には今日になるのかな?夜中に、」
 …スマイルは、の視線を感じた。


ちゃんがを殺そうとしちゃったんだよね。階段から突き落として」


 しん、と静まり返った。
 誰も反応できなかった。

「僕が何とか助けたから無傷だったけど」
「ちょっと待つっス。…何かの冗談っスよね?」
「本気。僕がを助けてなかったらは死んでた。本当の殺人現場を見たんだよ」
「殺そうとしたって、ふざけてたとか事故とかをスマが見間違えたんじゃ、」
「ないねぇ。じゃなきゃはあんなに怯えてなかった」
「知り合いだろう?…何か、あったのか?」
「その辺の事情を皆で聞く為に、今日の朝全員が集まるのを待ってたんだけどねぇ」

 おかしそうに、けれどどこか裏の感情が篭った笑い方で、スマイルはヒヒヒと笑った。

「…本当っスか、
「……」
 は一度溜息をついて、冷めた目をして頷いた。

「本当に殺そうと…したっスか」
「何度も聞かないで下さい」
 昨日と同じ丁寧な言葉遣いだというのに、今は感情が一つも篭っていなかった。

「私は確かにこの手で、あいつを確実に殺せるようにと本気で望みながら背中を突き飛ばしました。結局死にませんでしたけど」
「こんな状況下で城に居続ける方が無理って話だよねぇ」

 アッシュは自分の唇が震えるのを抑えられなかった。
 彼女が知り合いだと聞いて、真っ先にが喜ぶ顔を期待していたのに。

「どうして…どうして!!確かに俺らはの事をよく知らないし、長く居たの事もあんまり知らないっス。けどが悪い人じゃないのは知ってるし、が真っ直ぐで良い子だって事は何となく分かるっス。なのに…何で…!」
 それは怒りより悲しみの方が強い、悲痛な問いだった。
 しかしはその感情全てをすり抜けて受け止めず、全くの無表情のまま。

「あいつの事、何も知らないのに『悪い人じゃない』なんて言わないで下さい。…貴方達も既に被害に遭ってるのに」
「被害だと?が悪人だと言えるような被害など今まで無かったが」
「気付いてないからです。騙されてるんですよ?あいつが若い男だと思ってる時点で貴方達は被害者ですから。…あいつは、」

 そこでようやく彼女が浮かべた表情は、
 ――破滅的な、笑みだった。


「あいつは、性別を誤魔化してここに住んでたんです」


「…何だ、それは」
「言葉の通りです。何ならもっと噛み砕いて言いましょうか?あいつは、女です」
「それは、どういう…」
「服を脱いだ所を見たことがありますか?体格を比べた事は?」
「……」

 そういえば、とアッシュは思い出す。
 が体格のはっきり出るような服を着た所を見たことが無かったし、海では水着の上にTシャツを着ていた。

 ユーリは、バーベキューの時一人逃げてしまったを連れ戻す為に握った手が随分細かったのを覚えている。

「私はあいつが女だった頃を知っています。嘘じゃありません。…あいつは貴方達が騙されてるのを見て裏でほくそ笑んでたんですよ。そういう奴です」

 3人は、視線をに向けたまま閉口した。
 何ともいえない沈黙が流れる。

 が、女だった。
 ずっとずっと男だと思っていた、が。

「いい人だなんてとんでもない、嘘で塗り固められている奴が一緒に住んでたんですよ?…許せないでしょう?信じてたこっちが馬鹿みたいでしょう?」


 アッシュは膝に両肘をついて、手で顔を覆った。
 そんな、事って。

が…そんな……俺…」
 くぐもった声で、ぽつぽつと呟かれる。
 それは困惑で一杯の声。

 は哀れむように、しかし蔑むように、彼を見た。
 アッシュと同じように、ユーリも眉を顰めている。

「……どうしよう…そんなの……




俺、知らずに風呂に乱入しちゃったっスよー!!」




 ぎゃー!と叫びながら、褐色の肌でも分かるほど耳まで真っ赤になっている狼男。
 そしてついでに、

「私は女性に『女性のようだ』と形容してしまったのか…」
 と、ユーリは何やら落ち込んでいる様子。

 これには流石のもぽかんと口を開いて呆然としてしまうわけで。


「…ぶっ、くくく…ヒヒヒヒヒ!ヒーヒヒヒ!!!」
 今まで必要な事以外喋らずじっとしていたスマイルが、腹を抱えて笑い出した。
 とてもとても面白そうに。

「そう来なくっちゃね!!あぁ、ほんとに君たちが仲間でよかったよ」
「…スマイルさんは驚かないんですね?」
「え、だって僕最初から知ってたもん。が気付かれたくないみたいだったから知らないふりしてたけど」
「ええぇ!!?」
「知っていたのか?」
「初日の内に気付いたよ?ってば可愛いんだもん」
「・・・・・」
「・・・・・」

 一体どういう理屈でその結論に至ったのか分からない。(が可愛くないわけではないが)
 とりあえずスマイルは知っていて傍観者を決め込んでいたのだ。

「知っていたならなぜ言わなかった…。」
「だから、は気付かれたくなかったみたいだからー」
「それにしたって…ああぁ、考えれば考えるほどあれもこれも恥ずかしい思い出と化していくっスううぅ!!」

「ちょっと待って下さい!貴方達、騙されてたのに怒らないんですか!?」
「え?」
「……うーん?」
「む……」

 言われて初めて3人は顔を見合わせる。

「…何ていうか、慣れてるっていうの?」
「俺ら、いつも神っていう存在に思いっきり引っかき回されてるっスから……これはまだ可愛い方なんじゃないっスか?」
「性別以外で嘘はついていないだろうしな」

 何て人…否、妖怪たちだろうか、とは眉を寄せる。
 それを気にせず3人は確認するように意見を出し合った。

「私はが男だからこの城に受け入れたわけではないからな。男女どちらであってもだ」
「女の子だって分かってもあの性格のままだろうしねー」
が男のフリしててこっちが迷惑した事も無いっス。普通に過ごしてたっスよ?」
「………」

 殺せなかったのならせめてこの3人の信頼でも奪えばいい、と思っていたのが甘かった。
 本当に、あいつはいつでも強運らしい。
 溜息をつきながら、は無表情に戻った。


「…さて、話を戻そうか。……何故を手にかけた?」
 真面目な顔に戻して、静かな口調で問うユーリ。
 アッシュもスマイルもに視線を注ぐ。

「どうせもうすぐ元の世界に戻るのに、聞く必要がありますか?」
「必要があるかないか、ではない。と過ごした者として、知っておかねばなるまい」
「残りの日を過ごす為にも、それは必要な情報っス」
「…私は元の世界であいつに酷い事をされたから、恨んでるんです。それだけ」
 それ以上言うまいと口を閉じたを、3人はじっと見詰めた。
 しかし視線でいくら発言を促そうと、が言葉を繋ぐ気配は無い。

 やがて諦めかけた頃、スマイルは「やれやれ」と微笑した。
 ……もうやめよう、と提案をするのかと誰もが思ったその時。

が男装を始めたのは、君がきっかけらしいね?」
「…え、」
「君は大切な人を二人失った。その事とへの恨みは深く関係がある」

 どうして、それを。

「『やっぱりあの時殺してればよかった』…って事は、を殺そうとしたのは初めてじゃないんだよね?」


 ―――私はまた、この男を甘く見ていたらしい。
 は唇を噛んだ。

「…やっぱり、聞いてたんですね」
 階段の下に居た彼は、会話は聞こえていなかったと笑って否定した。
 しかしそれは全くの嘘、だったのだ。

「さぁー?が聞かないでいて欲しいって思えば僕は聞いてない人になるし、聞いてて欲しいって思えば聞いてる人になるよ?事実なんてそんなもんでしょー?…ただ、そのが居ないから僕は実体験を語ってるだけ」
「…貴方、本当にとんでもない人ですね」
「だっての為だもん。…さぁ、全部全部話して頂戴?君との関係も、何があってこうなったのかも、ぜーんぶ。まさか人を殺そうとしといて『恨んでるから』だけで済むと思ってないよね」


 ……誤魔化しは、きかないよ?


 決して威圧するような笑みではないのに、一寸も体を動かせないこの感覚は何なのだろうか。
 は手に汗を握って、スマイルを睨み付けた。

「…分かりました。そんなに知りたいのなら、話します」


 はどこまで遡るべきか少し迷って、結局一番初めから話すことにした。



 ***



 曇天の空を見上げて、そっと溜息をつく。
 …城の皆にまた迷惑をかけてしまっている。それにMZDがいつ『歪み』の完成を告げに来るかも分からないのに。
 けれど、今更戻る気には到底なれなかった。

「…俺、また逃げちゃったよ……」

 あの時は胸を刺された後、から遠ざかって逃げた。
 昨日は部屋の中に引きこもって逃げた。
 そして、今……城の外に、逃げた。

 逃げて、ばっかりだ…。

 城を出てどこからどう走ってきたのかも分からず、知らない公園に辿り着いた。
 財布は持ってきたので空腹で困る事はなかったが、たった一人で心細いのは確かだ。

 おまけに何だか雨が降りそうだし、今日中に城に帰る気があるかと言えば頷けない。
 …要するにどこか泊まる所を考えなければならない。

 普通のホテルに未成年が泊まるには保護者の承諾がいるとか聞いたことがある。
 それで城まで電話をかけられたら居場所が知られて元も子もなくなるし、普通のホテルには泊まれない。
 中には別にいらない、って所もあるらしいけど、その区別は外見からじゃ分からないし、そんな賭けはしたくない。

 …仕方ない、緊急時だからアレを使わせて貰おう…。


 この時代に珍しく生き残っている電話ボックスを見つけて、ドアを開ける。
 鞄から財布を取り出し、財布の中から一枚のメモを抜き取った。
 …これが秘密兵器。といっても普通の紙なんだけど。
 そしてもう一枚、今度はカードを抜き取る。
 勿論このカードは神のカードである。

 …もうこのカードで何が起こっても驚かないぞ、と思いながら、テレホンカードを通す穴に神のカードを突っ込んでみる。
 すると、

「・・・・・・・」

 度数を表示する画面には、数字ではなく8を横に倒したような模様……つまり「無限」を現す記号が。
 …かけ放題?

 いやいや、度数を凝視してる場合じゃない。
 俺は受話器を耳に押し当てながら、メモに書かれてある番号を押した。
 

 何秒も何秒も呼び出し音が鳴って、
 やっぱり無理かと、諦めかけた……その時。

『プツッ――もしもし?』
 繋がった。

「もっ、もしもし!?俺だよ、
『ああ』
「取ってくれないかと思った…。電話ボックスからかけてるから……」
『え?ちゃんと“”って表示されてたぞ?城からかけたんじゃなかったのか?』
「・・・・・・」

 何だそれ。
 …よもや、神カードのパワー?
 そうとしか説明がつかないから、そういう事にしとこう。

「…まぁ、とにかく。重大な頼みがあるんだ」
『頼み?』
「俺、ちょっと事情があって城に居られなくなったんだ。……だから、その…」


「俺を泊めてくれないか?……リュータ」





〜To be continued〜




<アトガキ。>

書いてる方はメチャクチャ楽しんでました今回。
そのお陰で随分早く仕上がりましたよ。ウフフフ(何)
本当は他に書かなきゃいけないのもあったんですが、こっち優先しちゃいました…!

予告通りスマとかスマとかスマが活躍。てゆか半分くらいスマ夢になってすいません orz
スマが夢主を助ける場面はプロットを立てた当初から考えてました。
それにしても5段飛ばしって…; 妖怪は凄い。

夢主救出場面はスマが夢主をひったくってそのまま逃げる、っていう予定だったんですが、読者の皆様の後押しのお陰で駆け引きやら何やら思いっきり追加しちゃいました。
皆さん本当に有難うございます。お陰様で愛を詰め込めるだけ詰められました(詰めすぎだ)

そして男装夢の山場とも言うべき性別暴露。これ、今回入れる予定は無かったです。
しかし遅くとも次回には入れるつもりだったんで、1話くらい早まってもいいか…とか。
実は話の内容からしてもっとシリアスに暴露されるはずでした。
ええすいません、シリアスそっちのけです。楽しく書きたい症候群が発症しました。でもこの方が理想に近いです。

んで、予告で言っていたリュータ。…声だけです申し訳ありません orz
リュータを登場させた当初、こんな役回りになるなんて思ってませんでした。同じ系統の役柄でもう一名いるので…;(ぇ)

さて次回は友人視点の話とか夢主捜索とか色々です。着実に進んでますねぇ。
ではまた次回で。

2007.5.27