朝の大体8時半頃。
最近少しずつ暑くなってきていて、俺は花壇の水遣りも当番制ではあるが任されていた。
今日はたまたま早く起きたからちょっと前から水を遣ってるんだが、これが広い広い。
城をぐるりと囲むようにして花が植わっているし、おまけに現在俺がいる中庭なんてものもある。
俺が来る前はユーリとアッシュで世話をしていたらしい。
ユーリは花の世話とかは好きなのか。
…ビジュアル的に似合いすぎて素敵だ。
ホースを抜き差ししながら移動して、色とりどりの花達に水を遣っていく。
…あー、この花には水少なめって言ってたっけ。
こっちは多め?
で、あっちは……
移動しかけて、
『ぐしょっ』
・・・・・。
水で濡れた地面に、長いホース。
ぬかるんだ道に、柔らかい円筒形の物体。
視界が反転して、ようやく転んだのだと気付いた。
「うっへぇ、ぐっしょりだぁ」
大雑把な仕事が災いして、地面に散らばっていた水分は俺の短パンやら半そでTシャツやらに思い切り染み込んで泥染みを作った。
おまけに、転んだ拍子にホースが暴れたおかげで頭から水道水をたっぷり被った。
あー、もう濡れてない所がないくらいだ。
夏に近かったのと水遣りが終盤だったのがせめてもの救い。
…それにしたって派手にやったもんだ。
早く着替えないとさすがに気持ち悪いぞ。
こうなればもうどんなに濡れても同じ事なので、ホースの水をバシャバシャとかけて泥を落とす。
うあー、冷たいー。
日が照っててよかった。
「さて、着替えに行くか」
残りの花に向けて水をかけると、俺は水を止めて、大雑把に服を絞ってから城の中の自分の部屋へ向かった。
***
「ユーリ、早くするっス!」
「分かっている」
同時刻、リビング。
仕事の準備を整えて、慌ただしく出て行く2名…アッシュとユーリ。
「行ってらっしゃーい」
呑気に手を振って見送るスマイル。
スマイルは今回別行動で、出発までほんの少しだけ余裕がある。
のんびりと身だしなみを整えながら、甘いクッキーを1枚咥えてカリカリと食べた。
今日の仕事が終われば、Deuilメンバーは長期の休暇を得られる。
その事もあってか、今日のスマイルは上機嫌だった。
「中々構ってあげられなかったしねぇ」
同居人の顔を思い浮かべつつ、ヒヒヒ、と笑う。
自分達がしょっちゅう留守にしていても、文句一つ言わなかった同居人。
…悪いとは、思っていたのだ。
「…さーてと、ちょっと時間あるし、録画しておいたギャンブラーZでも見ようかな」
デッキ横に積んであるDVDの山に、立ち上がって手を伸ばす。
と、
『キンコーン』
重い音が部屋の外から響いてきた。
呼び鈴だ。誰かが来たのだろう。
「むー、しょうがないなぁ」
DVDを見るのを諦め、リビングを出て玄関へと歩き出した。
こんな朝から誰だろうか?
広い廊下を渡り、スマイルは少し足早に進んでいく。
…広いのも不便なものである。
玄関につくと、大きな扉を開いて訪問者を確認。
・・・・・・。
「珍しいね、ここに来るなんて」
「あぁ、散歩途中に近くを通ってな。他の奴らはどうした?」
「もう仕事。今いるのは僕とだけだよ」
「そうか」
ふむ、と腕を組む訪問者。
風でその白い着物の裾が少しだけ揺れた。
「…それならにも会っておくか」
折角来たんだしな、と付け足し、訪問者…六は組んでいた腕を解いた。
***
濡れた肌をタオルで拭きながら、クローゼットから服を選びにかかる。
あー、これだと下着も替えないと駄目だろうな…。
上はいつも通りダボダボした服。…これは体型を誤魔化す為だ。
夏は薄着だから下手な物を着るとヤバい。主に腰辺り。…女性と男性はこの辺の体格思いっきり違うし。
大き目の服であれば大分誤魔化しがきく。自分から見ても全く違和感がない。
下は…暑いし短パンでいいな。
…しかし、最近服の組み合わせが(色以外)全く変わらない気がしてならない。
しょうがないんだけどな。
さらしも巻き換えないと駄目か。
どこもかしこもびっしょりだ。
俺は服を取り出して、床の上に放った。
濡れた服を脱いで、あらかじめ持ってきておいた洗濯籠に入れていく。
うあー、まさかこの部屋で全裸になる事があろうとは。
下着とズボンを履いて、今度はさらしを巻きにかか…ろうとして。
「…あれ?さらしどこに置いたっけか?」
見当たらない。MZDに昨日の朝、新しいのを数本貰ったはずなのだが。
ちなみに新しいの以外は、2枚だけで遣り繰りしてたから既にボロボロになっちゃってて、捨てた。
昨日新しいのを1本抜き取って巻いて、残りの束はどっかに仕舞ったんだけど。
…ていうかMZDはどこからさらしなんて入手してくるんだろ…?
上半身裸のまま、部屋の中をすたすた歩いて探す。
この辺は女失格かもしれない。
大雑把とも言う!!(いや、大雑把で済まされるのかこれは)
「あ、そうだ。棚だ」
思い出し、ベッドがある方の部屋へ。
クローゼットがある奥の部屋は壁で区切られて入り口から死角になってるけど、ベッドのある部屋は入り口間近だし、誰か来たらヤバいな。
ま、スマもそろそろ仕事の時間だし誰も来るはずないんだけど。
ベッドサイドの低い棚の引き出し。
その1番上を開けて中身を見る。
「あったあった」
新品のさらし、残り5本。
2本じゃつらいっていつか言ったの覚えててくれたみたいで、沢山持ってきてくれたのが幸いした。
ありがとう神!!
包帯のようなその布の、先端部分を探しにかかった。
「ここだよ」
3階の、階段からそう遠くない一室。
スマイルは、六をそこまで導いてからくるりと踵を返した。
「じゃ、僕そろそろ仕事に行かなきゃ」
「あぁ、すまんな」
「…そうそう、」
数歩歩いてから、何かを思いついたように足を止めて軽く振り返るスマイル。
「何だ?」
「に変な事しちゃ駄目だよ♪」
「………」
一瞬、言われた事の唐突さに思考が止まった。
「しない。第一は男だろう?」
「冗談冗談! じゃ、行ってきます」
小走りで去ってゆく透明人間。
その背を眺めつつ、少しだけ眉を寄せた。
冗談で言っていたのか、それとも本気で言っていたのか。
…本気で言っていたなら、『そういう』気があるという目で見られていた事になる。
だとすればかなり失礼な話だ。
……いや、先刻のスマイルの雰囲気はそういった意味を含んでいなかった気がする。
それなら……
「…鈍感なのは却っての方なのかもしれないな……」
ガシガシと後ろ頭を掻いて、溜息一つ。
そしての部屋のドアノブを握り、回した。
そういやスマが仕事に行ったら城には誰もいないんだし、さらしじゃなく普通に下着を着けても大丈夫なんじゃなかろうか。
巻き始めてから気付いたから、どうしようか少し悩む。
折角さらしを見つけたことだし、このまま巻くか?
いや、でも苦しいのは出来るだけ遠慮したいしな。
…よし、普通に下着つけるか。
半分巻いたさらしを、今度は解いていく。
と、その時。
『ガチャ』
背後にあったドアが開いた。
そして、反射的に顔だけドアの方向に向けた俺と、ドアの外の来訪者がそのまま数秒間硬直。
・・・・・・・。
「ひぎゃあぁぁ!!?」
「っわ!」
『バタン!』
現状を理解した途端に俺も相手も慌てる。
勢いよく閉じられたドア。
…その向こうにいたのは?
「六…?」
何でここにいるんだ。
てか、無茶苦茶恥ずかしいんだが。
背を向けていたとはいえ上半身ほぼ何も着ていなかったし、相手は男だ。
うあ、頭から湯気が出そうだ・・・。
と、とにかく早いとこ何か着ないと。
解いたさらしを放り出して、床に投げたままの服へと走っていく。
ついでに下着を取りにいく事も忘れずに。
***
「…すまん」
「いや…別にいいけどせめて今度からはノックくらいしてくれ…」
「分かった」
あれから、急いで服を着て六を部屋に入れた。
現在、俺達は2人でベッドに座っている。(六は俺の隣であぐら、俺は腰掛け)
部屋の奥にはテーブルもイスもあったのだが、六が「イスは慣れん」とか言って嫌がったのでこっちにしたのだ。
…俺は未だに六の顔がまともに見れない。
まだ頬が赤い気がするから、気付かれないように微妙に顔をそらしている。
「…ていうか六、何でここに?」
「散歩のついでだ。暫く顔を合わせていなかっただろう」
「まぁ、そうだなぁ」
……沈黙。
……………会話が続かない。
「」
「うぁハイッ!!?」
しまった。ついオーバーリアクションを…!
いつものテンションはどうした俺!!
「性別を隠してここにいるのはつらくないのか?」
「え…」
「今回みたいな事もあるだろう」
ここまでドッキリした事はなかったですハイ。六さんが初ですよ。(焦った事は多々あるけど)
…とは言えず。
「今の所大丈夫。てか、俺にはバレた時の方が色んな意味でつらい」
「そうか」
だって天下のDeuil様ですものー。
テレビ見てる限り、予想通りファンの女の子の扱いとか結構慣れた節があったし。
ユーリに至ってはフェミニストじゃんか!
これでバラせという方が無理だ。地獄絵図だ。
「…へぷしっ」
「風邪か?」
「んー、別にー」
「髪が濡れているが、どうした?」
「いやー、ちょっと花の水遣りの時にドジってな」
ホース踏んづけてすっ転んだ、って所はあえて割愛。
アホすぎるから。
内心で引きつり笑いをしていると、六が唐突に俺の片腕をひょいと掴んで持ち上げた。
「冷てぇ」
「六はあったかいのな」
「細ぇ」
「そーか?」
「お前これでよく気取られずに男装できてきたな?」
「俺より細い男子も探せば居るから。代表的なのはユーリな!ま、大き目の服着てたらわかんないって」
「そんなもんか」
「そんなもんです。」
六は俺の腕を放して小さく溜息をついた。
「…そもそもお前は、なぜ男装なんてものをするんだ?」
「いや、しょーもない理由だよ」
「一時的なものでそこまで手馴れているものか?」
「……いや…結構前からしてるんだ。それは今男装してる理由とちょっと違うかな」
こっちに来る以前からしていた男装の、当初の理由。
…まだ、鮮明に思い出せる。
「お前がここに住み始めたのは最近じゃないのか?」
「うん、最近だよ。けど男装はここに来る前からしてた」
一番初めに、男装を始めた頃。
それは結構前の話で、でも遠い昔じゃない。
『彼女』とのことは、男装を始めた理由は、今でもはっきりと覚えている。
「ミミニャミやらDeuilには既に言ってあるけど、俺は異世界から来たんだ。で、俺が男装し始めたのはそっちの世界での事」
苦笑して、俺はそっと六を見た。
六の視線と俺の視線がかち合ってしまって、思わず慌てて視線を前に戻す。
「…理由は?」
「へ?」
「お前の世界で、男装を始めた理由。…聞かない方がいいか?」
数秒、俺は動きを止めた。
……少しだけ、迷って。
「うーん…。今までは聞かれなかったから言わなかっただけだし、それに六ならいいよ。言いふらして楽しむタイプじゃないだろうし。…あ、でも」
「ん?」
「…あんまし軽い感じじゃない…よ。」
別に、俺より凄い過去を送ってきた人はいるだろうし、他の人が聞けばどうということもないのかもしれないけど。
…俺には、大きな出来事。
「嫌なら話さなくていい」
「…うん。でも…本当は誰かに打ち明けたかったのかもしれないから」
「……分かった」
未だにこうして男装している理由の、半分。
…六に会うのはまだ2度目だというのに、どうして打ち明ける気になったのかはよく分からないけど。
どこから話そうかと少し迷って、とりあえず覚えている事を片っ端から言う事にした。
「…俺には幼馴染の親友が居たんだ。っていう、女の子」
…名前、口に出したのも久し振りだ。
記憶にははっきりと残っているのに。忘れた事なんて無いのに。
「は、本当に小さな頃からの友達で、俺達はまるで姉妹みたいに育ったんだ。一緒の学校に通って、行動も共にして。家も近くだったし…本当に、親しかった」
記憶を掘り起こしながらの話に、六はじっと耳を傾けてくれてる。
…ここからはあんまりいい思い出じゃないから、目を合わせづらくて俺の視線は斜め上。
「で、小学校卒業前くらいの事なんだけど…、俺の家が火事になったんだ」
炎上する扉や柱、もう駄目かと思って窓の側にうずくまって。
きっと燃えて死ぬのだと目の前に広がる朱色の炎にじりじり焦がされながら怯えて。
結果訪れたのは――
「俺の両親は共働きだったし、帰りは夜遅かったから、家にいたのは俺一人だった。消防車は渋滞で遅れに遅れて、俺の生存は絶望視されかけた。その状況で、見かねたの父親が独断で行動して、俺を救出した」
――結果訪れたのは…生と、彼女の父の比類なき優しさと、…それから。
「の父親は、その時俺を庇った所為で…大火傷を負って…数日後に、亡くなった」
彼が俺を抱えて家から転がり出た直後に見えた、彼のただれた皮膚。
自分の火傷とは比べ物にならないそれに、泣き出したくなった。
ただ、頭の中にかつて見た笑顔が蘇って。
「火事の原因は…不審火だって。放火の疑いもあったんだけど、結局証拠が無くて原因不明のままだ。でも、俺の事庇っての父親がああなったのは事実だし…、凄く罪悪感があったんだ」
誰かが火をつけたのかもしれない、なんてはっきりしないものよりも、目の前で悲しんでいる友人がとても痛ましかったのを覚えている。
火事の原因が分からなかった事より、自分の家を失った事より、友人の父の葬式がとても心の中に重かった。
自分が家の中に居なかったら、彼女の父親はこんな事にならずに済んだ。
「でも、は俺との付き合いをやめようとはしなかった。それが救いだった…」
ごめん、って言える。
また傍に居てくれた。そして笑ってくれた。
申し訳なくて、でも嬉しくて。ありがたかった。
「中学に入ってから、に恋人が出来た。凄くいい人で…俺も心から祝福した。父親を失ってからどこか寂しげだったんだけど、その人が傍に居るようになってから見違えるみたいに明るくなってさ」
俺じゃ少しもを支えられていなかったんだ、って少し落ち込んだけど。
…が元気になった事が一番嬉しかったから、そんなの少しの間だけだった。
「けど…しばらく経って、の恋人は俺の方が好きだ、なんて言い出して。…要するに俺に乗り換えたい、って。こっちには唐突過ぎて意味不明だった。何でそうなったか、訊いたんだけど理由は言ってくれなかったから今でも分からない」
決して彼が軽かったわけではなくて。
決してを嫌いになったわけではなくて。
けれどそんな展開に転んだのは、何故だったのだろうか。
の事はどうするの、と聞いた時の彼の表情が、何故か不自然なほど強張っていたのをよく覚えている。
「それがにばれて……途端に、俺との関係は崩れた。父親を奪った次は私の恋人まで奪うのか、って。悲鳴じみたそんな怒鳴り声を聞いて初めて、俺は気付いたんだ」
どんな鈍器で殴られるより、重く響いて痛かった。
実は俺が、彼女の心なんて欠片すら理解していなくて、
俺の傍に居る時の笑顔は決して心からの笑顔じゃなくて、
そして、彼女がずっとずっと胸の内に秘めていた思いは。
「父親が亡くなった時点では俺を憎んでいて、今までそれを押しとどめて一緒にいてくれたんだ…って。」
何より呪ったのは気付けなかった自分。
彼女が傍に居てくれるからって、友達として話しかけてくれるからって、過去の罪悪感をないがしろにして甘えていた。
そんな事、許されるはずはないのに。
「償おうにも、恋人との一件で既にはトラウマをかなりえぐられてて、ちょっと錯乱気味でさ。お前があの人を奪ったんだ、とか、女なんか傍に置いとくんじゃなかった、とか叫ばれて、挙句突き飛ばされたりしたから傍に寄れなくて。彼氏の方は逃げるみたいに遠ざかっていったから、後の行動は全く分からない。もそれは大分嘆いた」
その程度の男だった、なんて事はないと思う。
近寄れないほどの様子は酷かった。
「彼氏が出来た時点で、多分これ以上大切な人を奪われまいとしての事だと思うけど、女子を敵視してる風ではあったんだ。それが別れた後、混乱のせいで変な方向に拍車がかかってさ。…女性不信、って言っていいのかな。そんな感じになったみたいで」
「結果、俺だけを拒否するに留まらず、女子全員を見ただけで吐き気がするような状態にまで陥ったんだ」
彼女の心は壊れていた、のかもしれない。
でもどうすればいいのか俺も混乱してしまって、分からなくなって、悩んで。
焦って焦って、必死になった。
許してもらえるなんて、思っていなかったけれど。
せめて償いを。
親友…だったから。
既に壊れていたのに、それ以上絆が壊れるのが恐すぎて。
結局彼女に認めてもらえることは、なかったけど。
俺とは別の高校に行って、会わなくなって。
それでも続けた男装は、女の姿をする事に対しての違和感もあるが、自分への戒めなのかもしれない。
「以上、俺が男装を始めた理由」
ぽつりと、そう締めくくって。
大きく顔を逸らして、滲んだ涙を隠した。
ぽん、と俺の頭に大きな何かがのる。…六の手だった。
髪をぐしゃぐしゃとかき回され、俺は少し頬を膨らませた。
「髪が絡まる」
「すまん」
「…いいけど」
…暖かい。安心する……。
「……えーい。」
隣で胡坐をかいている六の脚へ、上半身を倒れこませる。
…膝枕ゲット。
「お前な…女がすることか?」
「男でもやんないと思うけど」
「……」
うつ伏せたままもごもご言うと、諦めたように「あー」と唸ってから、背中を撫でてくれた。
猫気分。結構いいかもしれない。
「聞いてくれて…ありがとう」
「…大丈夫か?」
「……ん。」
そっと涙を零しながら、六の体温に安堵を覚えた。
***
結局あれから六は俺が落ち着くまで20分近くあの体勢でいてくれた。
…あれだけの時間同じ体勢だったのに、六は全く脚が痺れた様子を見せなかった。
鍛えてるんだろうなぁ。凄い。
そして今、六を玄関まで見送りに来た所だ。
「折角会いに来てくれたのにこんなになって悪いな…」
「いや、構わん」
「…えへへ。六大好きー」
「軽々しく言うな」
「あだっ」
でこピンをくらわされ、少し後ろへとよろける。
うあー!今かなり力込めただろー!!
「いったぁ」
「…お前の生活上周りにいるのは男ばかりなんだ。覚えておけ」
「そんなの知ってるよ…」
だから今男装を楽しんでるんだよ。
絶対Deuilをあっと言わせてやる!
「お前には危機感が足りんようだ」
「なぬ!?」
六が溜息をついたのを見て、眉を顰める俺。
それはどういうこったい?
「中には勘が鋭い奴もいる。性別を誤魔化すなら気をつけておくんだな」
勘?六みたいに一発で気付くような?
うーん、そんなの中々いない気がするんだが。(神は気付いたけど)
反論しても仕方がないので、俺はとりあえず「うん」と頷いておいた。
「じゃあな」
玄関の扉を開けて、六は城から出た。
「また来てくれよー」
直後に言った俺の言葉は、聞こえたか聞こえていないか。
自室に向かって歩きながら、俺は少し考えた。
しばらくとは会っていないが、今会ったとしたら一体どうなるんだろうか。
…やっぱり、また『あの目』で見てくるのだろうか。
恐ろしく冷たい、氷のような目。
六には一つ言っていないことがあった。
言う必要もないし。
俺が男装を始めた、その後のこと。
放課後の教室で、偶然と2人きりになった時があった。
そう、その時に、俺は。
「…ぅ、」
思い出した瞬間、酷い頭痛が襲う。
まだ俺は…割り切れていないのか。
…時たま夢に見るしな。
夢の中ではひたすら繰り返されるんだ。
あの場面だけが。
会おうと思えば会えるのに、と会わなくなった決定的な理由。
それ以上思い出したくなくて、俺は自室へ向かう足を速めた。
部屋に着いて、ベッドに潜り込む。
早く誰か帰ってきてほしい。
…そう、懇願した。
***
次に目を開くと、室内が暗かった。
どうやら俺は相当な時間寝ていたらしい。
ぼーっとする目を擦りながら起き上がり、明かりをつける。
今何時だろうか。無性にお腹が減った。
…あ、昼食べてない…。
さらしを巻いて部屋の外へ出た。
皆帰ってるかなぁ。
1階のリビングへ向かってのろのろと歩を進める。
あー、頭が痛い。
1階に到着、リビングのドアを開ける。
と、
「あ、今呼びに行こうと思ったんスよ」
丁度、アッシュがダイニングに繋がるドアからリビングに出てきた所だった。
スマイルもユーリも、その場に揃っている。
全員仕事が終わったのか。
「…うあー、皆ああぁ…」
何となくそれが嬉しくて、安心して、駆け寄った。
…直線上にいたのはユーリだったため、俺に衝突したのはユーリだが。
「な、何だ?」
椅子に座ったまま、ユーリは自分に抱きついてきた俺を怪訝そうな目で見る。
アッシュもスマイルも、目を瞬かせている。
「どうしたの、?」
「何かあったっスか?」
「ううん、皆がいなくて心細かっただけ」
「「「??」」」
いなかったらどうしようかと思った。
色々考えて潰れそうだった。
皆、いてくれてありがとう。
〜To be continued〜
<アトガキ。>
…えーと…。
く、暗すぎてすいません!!いつものノリはどうした、って感じですね。
過去話は、簡単にして色々省いても良かったんですがね。
でも、省いたら後々困ったことが起きてきますゆえ…。(ぇ)
「女だと親友に存在を認めてもらえないから男装を始めた」って、1行だけで済む話なんですが、それだとヤバいんです。
後から苦しいです。
今回何だか六とラブラブっぽかったですねー。(ぇ)
本当はもっとくっつくように書けたんですが、逆ハーなんでやめました。六大好きだー。
さぁ、次はどうやらDeuilが揃った話を書けそうですな。
台風な話です。お楽しみに。
2005.7.3