ある昼下がり。
 その日は全員がオフで、皆疲れているのか外出もせずに自室に篭ってだらだらごろごろとしていた。
 俺は現在誰も居ないリビングでソファに座ってぼーっとしている。
 …皆だらだらしてる中でユーリだけは自室で歌詞を書くのに必死のようだけど。

 俺が手伝えればいいんだが、そういうわけにもいかないからなぁ。
 差し入れとか、料理類も寧ろアッシュに任せた方がいいし。
 俺が作っても食える物体になっているかは補償できない!!


 とまぁ、そんなわけで何もやる事がない状態だ。
 今日任された家事も終わったし。
 いっそ誰かの部屋に押し入って、疲れて抵抗できない状態の部屋の住人をそのまま襲ってみようかな・・・!!

 いやいや…そんなことしたら嫌われるかも…?かなり疲れてるみたいだし。
 …でもちょっとだけ、様子を見に行くくらいなら…いいかなぁ?

 ・・・・・。


 おっしゃ決行じゃ!!!


 立ち上がり、誰の部屋に行こうか目を血走らせながら城内地図と睨めっこする。
 と、その時だった。






自鳴琴・09
包帯
〜アソビましょう〜







「随分恐い顔してるねぇ、
「!!!」

 突如響いた声に、俺は熊に鉢合わせしてもそんな驚き方しないだろというくらい大袈裟に驚いた。
 持っていた地図がはらりと落ちる。

「び、びびびびっくりしたぁ…!!!」
 バックンバックンと鳴っている心臓を右手で上から押さえつけ、俺は声のした方向を振り向く。
 が、そこには誰の姿もない。

 ・・・・・、

「…スマ?」
 こんなことが出来るのはスマしかいない。
 きょろきょろと辺りを見回す。
 しかしスマイルは一向に姿を現さない。

「そこにいるのは分かってるんだぞ!」
 銃を捨てて速やかに降伏しなさい!!と付け加えると、
「えぇー、僕銃なんて持ってないから降伏できないー」
 ソファに座っている状態の俺に、背もたれを挟んで後ろから腕を絡めてくる誰か。

「スマ……、隙ありぃぃ!!
 俺は一気に上体を捻って後ろに向け、腕の位置から予測した脇の場所を両手でくすぐる。

わ!!あ、あははは!!はははっ、や、やめ、あ、あはははは!!!
 数秒くすぐっていると、徐々に青い髪の青年が出現してくる。
 スマイルだ。

「ふっ…、またつまらぬものを斬ってしまった…」
「……」
 手を止めてもまだぴくぴくと痙攣するスマイルを前に、俺はにやりと笑う。
 スマがくすぐりに弱いと言う事実は最近知った。
 それから何かにつけ必殺技として使用している。

「ところで何でスマがここに?」
「…部屋にいても暇だしね」
 ようやく回復してきたらしいスマが、膝をついたまま顔を上げて答える。

「じゃあ何かして遊ぶ?俺も暇。」
「んー…、何か遊ぶものってあったっけ、この城…」
「見つけたことないですオヤビン」
「だよね…僕も見たことない」

 落ちる沈黙。
 ややあって、

「スマってさ、」
 俺が口を開いた。

「何?」
「包帯巻いてなくても腹は実体化できてるのか?」
「…へ?」
「いや、だからさ。現在包帯を解いたら腹とか見えるのかなって。それとも透明なままだから巻いてないと何処に何があるか分からないのか。仮にも透明人間だろ?」
「あぁー」
 まじまじと自分の体を見下ろすスマ。
 そしてにっこり笑って言った。

「秘密!」
「えぇ!?それくらい教えてくれたっていいじゃんか!」
「秘密にしてた方が楽しいって事もあるじゃない?」
 頬を膨らます俺に、スマはヒヒヒ、と笑って立ち上がる。
 俺は「何だよそれ…」と半眼で睨んだ。

「ていうか何で急にそんな事を?」
「スマの包帯見てたら気になった。だから教えなさい。」
「ヒッヒッヒッヒ、自分で考えてみたら?」
「むー…」
 あくまで教えるつもりはないらしい。
 しかし俺も考えるつもりはない。(少しは考えろよ)
 なので!

「ははは!!それなら実際に確かめてみるまでよ!」
「え、」

 スマが俺の言葉を理解するより早く、俺はソファを乗り越えてスマをひっ捕らえる。
 そしてスマが着ているパーカーを勢い良く捲り上げた。
 …しかし、やはり包帯でびっしりと埋まっていて肌を見ることはできない。

「はいスマ、ばんざーい」
「ばんざーい」
 抵抗するでもなく、スマは素直に両腕をあげた。
 隠す気はないのか?

 少し屈んでもらったりしながら、俺はスマのパーカーを脱がし終わる。
「…抵抗しないのか?」
「する理由もないしねー」
「教えないとか言ってたくせに」
「こっから先は僕も逃げるよ?」
「!」

 包帯の先端を探していた俺の目の前から、スマイルが消える。
 いや、透明化したんじゃなく、視界からするりと逃げ出しただけだ。

 ちっ、うまくすれば襲えそうだったのに・・・

 スマイルは、テーブルの向こうで俺の方を見てにっこりと笑う。
 透明化しないし、リビングから出る様子もないので、どうやら本気で逃げるわけではないらしい。
 強いて言うなら遊んでいる、という所か。

 …あぁ、これを暇潰しにするつもりだな?
 遊びの道具がないから。

 ……つか、スマなら玩具とか持ってそうなんだけど。
 今更持ってくるのも面倒、ってことだろうか?
 ここから部屋まで一般の家よりちょっと距離長めだしなぁ。


「待てー!!」
「あっはっは!捕まえてごらーん」

 にこやかに猛ダッシュする俺と、爽やかに全力逃亡するスマイル。
 ・・・何だか滑稽だ。

 広いリビングを駆け回り、俺とスマイルはさながら浜でおっかけっこするカップルのような会話をする。
 室内なのに何だかいらん太陽光線見えてくるのは多分幻覚です。

 花瓶の飾られた棚にひょいと乗り上げ逃げるスマイルを、俺は同じように棚ににじり上って(ひょいひょい登れるほど俺は運動神経良くない…)追いかける。
 棚の幅が広いので楽に走れる。
 花瓶が落ちそうになったが、慌てて支えたので大丈夫だった。


「待ーてえぇぇー…!!!」
「きゃー!!」

 幽霊ポーズをして尚も追いかける俺に、スマイルはふざけてキャーキャー言いながら逃げ続ける。
 うーん、スマはノリが良いぜ!!

 ストンと床に降り立つスマに続いて、俺は「よいせっ」とゆっくり降りる。
 何でスマはあんなに楽々動けるんだ…。

 次に暖炉の上に身軽に乗ったスマイル。
 俺はスマに向かってダッシュして、しかし手が届く範囲まで近付く前にスマは軽く跳躍してソファに着地する。
 幅跳びも得意だろスマ…!!
 段差があるとはいえ、ソファの背もたれ跳び越えてるし、しかもソファまで何メートルあるんだ!?

「スマ運動神経良すぎー!!」

「……、」


 …あれ?何だ?

 俺が言った途端、スマイルは動きを止めた。
 徐々に笑みが消える。

 俺はその場に止まってスマイルの様子を窺う。
 …あれ、何か悪い事言っただろうか。
 考えても、浮かばない。引っ掛からない。


「…それは種族の違い、かな」

 スマがぽつりと呟く。
 ソファに立ったまま、へらりと笑って。

 …それがやけに空っぽな笑みのように見えて。


「妖怪と人間じゃ身体能力も違うし、妖怪はこれが普通なんだよ。」
「……」


 何だろう。
 何でこんな痛そうな表情するんだ、スマは。

 種族の違いなんて、今更だろ?
 じゃあ、何だ。

 何だ?


「どうして、そんな顔するんだ?」
「え?」

 俺が訊いて、スマは目を見開く。

「…僕、どんな顔してた?」
「死にそうな顔。」
「……」

 ちょっとオーバーだったか。
 けど、よく綺麗に笑ってるスマからはあんまり想像できない顔ではあった。


「で、どうして?」
「……、
 スマイルはその場…ソファにしゃがみ込み、俺から視線を外した。



「僕、元は人間だったんだって。」



 そっと。

 静かな笑みをたたえながら。


「気付いたら透明人間になってて、こうなるより前の記憶はなくなってて。……僕が人間だったっていうのはユーリから聞いたんだけど…」

 それも結構昔の話だなぁ、と目を細める。


 あぁ、
 …そうか。
 ようやく納得した。


 運動神経がどうのっていう俺の言葉に、改めて人間でない事を確認させられてしまったのか。

 多分それは妖怪である自分が嫌いなんじゃなくて、人間だった頃を思い出せない寂しさ。
 自分は透明人間だ、って説明してくれた時は、苦しそうでも何でもなかったし。
 …知らず人間の『普通』より違った行動をしていた事に、思わず閉口してしまったのだろう。

 …俺のせいだ。


「ごめん」
「え?」
「俺のせいでスマにそんな顔させた」

 スマのいるソファに歩み寄り、まっすぐスマを見る。…視線を上げたスマイルと、目が合った。
 見上げたスマの瞳の紅が、こんな時だけど本当に綺麗だと思った。

「そんなことないよ。僕が勝手に色々思い出しちゃっただけ」
「…あのさ、」
「?」

「スマって凄く綺麗に笑うから、スマの笑顔って好きなんだ。…だから。」


 スマイルは、俺の言葉に目を見開いて。
 それからゆっくり、いつもの笑みに戻っていって。


「ありがと。」


 花のような笑みが、咲く。

「スマ…」
「ん?」



「包帯の端っこ見っけ。」
「え」



 スマが逃げる隙を与えず、俺は手を伸ばして包帯の端を引っ掴んだ。
 そう、本来の目的はこれだったはず。
 絶対に正体あばいてやる!(何の)

 慌てるスマを尻目に、素早く結び目を解く。
 俺は力任せに包帯を引っ張った。

「あぁーれぇー!!」
 引っ張る事により、くるくると回されるスマイル。

「へっへっへ、良いではないか良いではないかー!!!
「あーれー、おやめ下さいませお代官様ー!!」
 数度回ってからもう回るまいと何とか踏ん張るスマイルに、俺は尚も力を込めて包帯を引っ張る。
 …何だか本当にお代官様になった気がしてきた。

「えいやぁ!!」
「わぁっ!!」
 一際強く引っ張ると、遂にスマはソファの上を転がってしまう。
 よっしゃ、これで確かめられる!!

 …が。


 隙間が出来て確認が出来ると思った瞬間、スマはその姿を空気に溶けさせた。
 …要するに、透明化した。
 普段通り服ごと消えているので、このまま逃げられる可能性も。

「ひ、卑怯だー!折角確かめられると思ったのに!!」
「これでこのネタでまた今度遊べるからいいんじゃないー?ここで明かしてもいいけど次に暇になった時の遊びがなくなるよ?」
「む…。でも知りたい!」
「ヒッヒッヒ!秘密ー」
「むー!!」




 結局その日、スマの腹が実体化できるのかどうか確かめる事は出来なかった。
 アッシュやユーリに尋ねればいいのだろうが、それでは俺が負けのような気がして訊けなかった。
 何に対しての『負け』なのかは自分でも疑問だが。

 くそ、その内暴いてやる!!
 堅く心に誓う俺だった。





〜To be continued〜




<アトガキ。>

あ、あれ?何だか短い…;しかも久しぶり更新ですよ。(コラ)
もっと頑張らねば…。

ちなみにスマの過去の設定はお題の77:「大暴れ」と同じだったりします。
簡単に言うと透明人間は種族でなく、何らかの異変によって人間から変化した妖怪だという事。
連載では細かい事書くかどうか怪しいです;
知りたい方はそちらをどうぞ。

それにしても…予定ではギャグだったのに。
しかもDeuil全員出るはずがスマオンリー。今回スマに寄る予定ではあったのですが。
…愛故です。スマ大好きです。

さて、次回は夢主さんがDeuilの部屋を覗き回…げふん!巡るようです。
それでは今回はこれにて失礼。

2005.5.8





加筆・修正→2008.2.25

殆ど無修正で済みました、やっほい!自己ベスト!(何のベストだよ)
昔の文章の方が突拍子もなかった事実を発見しちゃった罠。
明日修正するつもりで下見してたんですが、下見の時点で然程修正部分が無い事に気付いてそのまま終わらせちゃいました。
わー、珍しいー。
さて次も頑張ってきますー(毎度言ってるな)