ただ。

 コピーされたように同じ日々が繰り返されていくと。

 疑うことも無く。

 未来への切符は白紙だと言うけれど、

 不変の未来は、書き込まずとも白紙から文字で埋まっていくのだと。

 信じて止まなかったというのに。

 確かにそれは誰と約束した訳でもなく、

 ただ思い込んでいただけ。

 ただ……それが恐かっただけ。






自鳴琴・01
白亜
〜その手を〜





  、16歳・高1女子、一人称「俺」。
 ただ今木登り中。

 何で俺がそんな事をしているかというと、宿題のプリントが風に吹き飛ばされて、見事木のてっぺんに引っ掛かったからだ。
 あり得ない…マンガじゃあるまいし。

 場所は校内。
 奥の方+放課後なので人は全くいない。
 しかし不幸な事に校内で最も高い木に引っ掛かってしまった為、苦戦中。

 先生に事情話して別の方法でどうにかしてもらう、という案は元から俺の考えに無い。
 あの先生、なぜか俺には敵意剥き出しだから話したって鼻で笑われるに決まってる。
 以前実際にあった事例だ。(ちなみにその時は風でプリントが飛んだとかじゃなくて本当に無くしたんだけど)
 あの時だって鼻で笑われた挙句返された言葉は「じゃ、減点ねv」だったのだ。
 ちくしょ、今回は意地でもプリント取り戻してきちんと提出してやるっ!!

 しかもこれ、俺の激苦手な世界史のプリントである。
 プリントくらいでしか点が取れない。
 絶対提出せねば…!!!

 …が、俺は運動神経が悪い。
 ようやくここまで登ってきたものの、かれこれ1時間は経過してるんじゃなかろうか。
 基本的に根気強い方なので、一生懸命登りましたとも。
 てっぺん近くまで来ましたとも。

 もう手が届くだろう。
 俺は、プリントに向かって右手を伸ばした。
 もう少し…もう少し……!!
 枝に引っかかったプリントに力一杯手を伸ばす。

『ガッ!』

 よっしゃあ!!掴んだっ!!
 ――――と、その時。

『みしっ・・・・・』
 足元にある木の繊維が、引き千切れる音。

「!!?」
 ぐらり、と俺の体が傾く。
 何が起こっているのか一瞬分からなかった。
 …否、分かりたくなかったのかもしれない。
 だってどうしてくれるんだ、この直後の俺の未来!!


 全身を襲う、重力に引かれる感覚。
 頭の中が奇麗さっぱり真っ白に染まっていて、ただ体がどうすべきか迷って空を掻く。
 それが無駄だったことは、言うまでもない。

 …病院送りだけで済みますように。
 それだけが思考をかすめるようによぎり。
 みるみる内に地面が近付いてきて、俺は目を閉じた。


 その瞬間、地面に衝突するのとは違うような、強いショック…何だか筆舌に尽くし難い感覚が全身を包んだ。
 意識自体を掴まれて引っ張らてれる、とか、そんな感じ。
 気絶はしなかったけど、…少し思考が霞むのが、分かった。



***



 見渡す限り、白の世界。
 照らされているのかと思う程明るいのに、自分の影はどこにも見当たらない。

 その白亜の世界にいるのは、自分だけ。
 他には人どころか地面すら存在しない。
 しかし足をついている感覚はある。
 どこだ…ここは。

 何か見えてくるかも、と少しの希望を抱きつつ歩いてみた。
 しかし景色は僅かも変わらない。寧ろ本当に移動できているのかすら不明だ。この微妙に寂しい敗北感は何だろう…!!

 どうすることもできず、その場に座り込む。
 ……と。


「?」

 視界の隅で、何かが動いた。
 急いで振り返ると、遠くに黒い何かがあるのを見つけた。

 それは丸く、ぽっかり開いた穴のようだった。
 白い世界にそれは異様な程目立つ。
 …そして、その穴は徐々に大きくなっているようだった。
 何あれ。さっきまではあんなもの無かった。

 微かな風を感じた。
 どこかに隙間が開いているのか?

 いや、窓どころか何もないし(黒いのは出てきたけど)、それ以前にここが屋外なのか屋内なのかすら不明だ。
 じゃあどこから…?

 風向きを確かめ、俺は気付いた。
 …あの穴が、掃除機のように周囲の空気を吸い込んでいるのだ。

 ちょっと待て、あの穴かなり大きくなってきてないか!?
 そういや風も強くなってきてる。
 ってか穴近付いてきてるー!!?

 なんか嫌な予感がする。
 あの穴絶対近付いちゃダメだろ!!

 マンガでよくあるパターンだと、自分が吸い込まれたりとか?
 ……って、いくらなんでもそこまでは…

『ギギュオオオオオォッ!!!』
「あぎゃああぁっ!!?」

 穴の吸引力がいきなし強まった!!
 というかマジで引きずり込まれる!!!

 嫌だぁ!吸い込まれるならブラックホールよりホワイトホールの方が良かったー!!
 これじゃ白い明日もとい黒い明日どころか俺に明日は無い気がする!!

「たたた助けてぇー!!!」
 必死に叫ぶものの、誰かがいる訳でもなく。
 うわぁ絶体絶命だ!!

 取り敢えず逆方向に走って抵抗を試みる。
 が、いくら歩を進めても某ダイエット器具のように前へ進めない…どころか進んでも強制的に後ろへ引っ張られるこの現状をどう嘆いたらいいんだろう。

 うわ、もう吸引力で足が進まねーし!
 足がふわりと浮きかけて、いよいよ吸い込まれるという、その瞬間。

「うっ、あ!?」
 ひやりと、手首に巻きつく何か。

 何だ何だ、急に手首を掴まれた!?
 っつーか掴む相手はいなかったはずだぞ!!?
 よもや幽霊…っ!?

 見てみると、そこには何も無い所からニョッキリと生えてきて俺の手首を掴んでいる手(体無し)。
「うを!?マジで幽霊かよ!!」
 見たのは初めてだな。(もっとリアクション返したいけど良いのが思いつかない図)

 つか、それどころじゃねぇ!!
 俺は今吸い込まれそうに……って、あれ?
「引っ張ってくれてる…?」

 手首を掴んでいるこの手は、俺が吸い込まれないようにこの場に繋ぎとめてくれているようだった。
 もうこの際幽霊でも何でもいい!
 助かるなら縋ってみるしかない!!

 俺は、もう片方の手でその手を握った。
 刹那、

「ぉわっ!!?」

 その手が俺を物凄い力で引っ張った。
 すると、ずるり、とどっかに引きずり込まれたかのように俺の腕は肘から先がその手と一緒に消えた。

 な、何かどっかに引っ張り込まれようとしてるのか俺!?
 謎の穴には吸い込まれる事警戒してたけど、幽霊の手がどっかに引っ張り込もうとするなんて想像もしてなかったぞ!?
 まさかこのまま死者の世界へご招待…?
 俺はまだ死にたくねー!!

 しかし、俺の両手は引きずり込まれた後なので思うように動かせず、そいつの手を放すことができない。



 俺が“幽霊の手”を振り払えたのは、全身が引きずり込まれた後だった。



***



「っ、…ったたた……」
 頭の痛みを感じながら、目を開く。
 どこか打ったのだろうか。

 俺は、仰向けに寝たまま視線を巡らせた。
 …空が朱に染まってきていた。

 ………。
 …あれ、俺、あの手を振り払ってからどうしたんだっけ。
 全身どこかに引きずり込まれたと思ったんだけど。
 え、でもここ普通の世界だよ。
 真っ白な世界でもブラックホールが近付く修羅場でもないよ。
 …じゃあさっきのは夢か?
 変な夢だったな…。

 っつか俺、寝てたのか?
 確か……

「…俺、木から落ちてなかったか?」

 誰かが助けてここに寝かせた、とか?
 いやいや、直前まで誰もいなかったんだ。来ても間に合わないだろ。

 じゃあ奇跡的に綺麗な姿勢(両手足伸ばして仰向けな状態だった)で落下してそのまま地面で爆睡、と!!
 しかも全身無傷で!!(頭が痛いのは打ったか何かだろうけど傷にはなってないと思う)

 ・・・・・ そ ん な ば か な 。

 いやもう、これは現場検証してみるしかないだろう。
 よいしょ、と体を起こして、今まで横になっていたベンチの端に手をつく。

 ベンチの……端、に?


「落下してきてベンチの上?」


 俺が今寝ているのは、ベンチの上だった。
 どんなに奇跡的でもベンチの上にすっぽり収まるような落下の仕方は無理だろ、俺はスタントマンか!!!(スタントマンでも困難じゃないか!)

 ていうか根本的な事を掘り返してみるが、うちの学校に ベ ン チ は 無 い ぞ 。
 ………って、じゃあここはどこだ?
 視線をぐるりと巡らせて……更に首をかしげる。

「・・・マジでどこ・・・。」
 そこは、全く見覚えの無い公園だった。
 学校の近くにもこんな所無かった気がする。

 大体、公園という存在自体俺の住む地域では少ないんじゃなかろうか。
 …昔はよく遊んだんだけどなー。減ったしな。

 っつーかなぜに俺はこんな所にいる?
 落下中だった、って事を盛大に無視して仮に学校でうたた寝してたとしても、全く見覚えの無い所までどうやって移動できるんだ。

 誘拐?いやいや、うちは全くもって裕福でも何でもない。
 しかも誘拐ならこんな所に人質置いてって何の利も無い。

 どこだよ…ここ…。
 ほんと、俺何でこんなとこにいるんだ。

 取り敢えず何かしない事には何も始まらないし、動いてみるか。
 一つ溜息をついて、俺はベンチから降りた。
 と、

「痛っ」
 肌と砂利が擦れる僅かな痛み。

 …靴履いてなかった。というか靴下も履いてないから、素足。
 木登りしてたから脱いでたんだよなー。

 見回すが、靴も靴下もなかった。
 当然か…。

 …素足でこんな知らない所にほっぽりだされて、どうしたらいいってんだ。
 帰り方も知らないし。

 誰かに現在位置聞いてみっかな…。
 人通り全くないから望み薄だけど。
 このまま誰も見つからなかったらどこか大通りまで出て聞かなきゃなんないのか?
 って、そもそも大通りの位置分かんないぞ。
 人の有無によってコンクリ道を裸足で彷徨う確率が左右されるのか、そうなのか。
 未だかつてこんなに切実に人と会いたいなんて思った事は無いぜちきしょー。

 でも結局道を聞いた後、知ってる道に出る為に歩かなければならない、なんてことは今の時点では棚上げしとく。寧ろ棚上げさせてください。

 先程より更に盛大な溜息をつきつつ痛みを我慢して少し歩くと、
「……っ!」
 今度は左足に鋭い痛みが。

 片足跳びでベンチに戻って恐る恐る足の裏を見てみる。
 ……一瞬目を逸らしそうになったけど、今だけは現実逃避はいけない。
 そんなわけでしげしげ見る事になった足は、さっくり開いた傷から血が出てる状態で。
 さっきまで歩いてた場所を見ると、地面には誰が捨てたのか、ガラス片。
 ふ、踏んじゃったのか俺…!

「あーもー…痛い…。」
 多少脈と一緒にジンジンするけど、痛すぎて殆ど感覚無いよ。
 食い込んで抜けないよりは幾分ましだったろうか。

 公園ってたまにこういうの捨ててある時あるよなぁ…。植木の近くとか、砂場とかに。
 いや、そんな事しちゃ駄目だけど。
 何かもう、さっきから運が無いにもほどがあるから怒る気力も失せるっていうか。
 何だ、今日は厄日か?

 もう涙が出そうだけど、傷を手当てをするような道具もない。
 映画みたいに服を破って云々っていうのは無理だし。(だって服を破るような怪力とかコツなんて持ち合わせてないし、ついでに言えば今着てるこの制服はブレザーだ)

 もー嫌だ…なんで俺がこんな目に…。
 帰れないし痛いし、血は出るし。

 いっそ白い世界の事は現実でいいから、こっちのが夢であってくれ。
 途方にくれて頭を抱える。

 もういいよ、しばらく何も考えたくない…。


 ――数秒、そうしていると。


「どうしたっスか?」
 突如、声が降ってきて視界に影が落ちる。

 誰かが目の前まで来てるのか。下向いてるからどんな人か分からないけど。
 誰だろう。この近所の人かな?

 …あ、もしかしてこの期に及んでようやくチャンスが回ってきた!?
 現在位置を尋ねれるかもしれない。

 質問をすべく、俺は顔を上げてその人物を見た。

「あの、お…れ?
 『道に迷ったんですけど』と続けようとして、失敗した。
 顔を上げて見えたその人のその姿が、あまりに信じられないものだったので。

「あぁっ!ケガしてるじゃないっスか!!て、手当て…あ、道具全く無いっス…」

 俺が呆然と見上げてるその先で、男はおろおろするばかり。
 いや、緑頭の巨躯な男が慌てる姿ってかなりアホいっていうか…ヘタレっていうか。
 つか、この人見覚えがある容姿してるからこっちもかなり戸惑ってるんだけど。

「痛いっスよね?結構血出てるっス…。もしかして歩けなくて困ってたっスか?」
「いや、まぁ…。裸足で歩かざるを得なかったし…。気付いたら靴すら無くなってたっていうか」
「ケガした上に靴盗まれたっスか!?災難だったっスね」
「盗まれた…のかはよく分かんないですけど」
「家は近くっスか?肩貸して送るっスよ」
「(素敵な程お人好しだなぁ)いや、まったくもって近いとは言えないと思います」
「……遠いんスか…」

 遠いっていうか、分からないっていうか。
 どう説明しろというんだこの状況。

「時間的に遠くまで行くと夕飯が遅れて二人がうるさいし……じゃあ手当て優先……、あぁ…でも連れ帰るわけには……けどケガしてる人を放っておくのも…うー…」
「…あのー…?」
 彼は何やら困っている模様。
 あちゃー、俺のせいで困らせてるんだったら悪いな。
 こっちとしても某狼男と似てる彼が困ってる姿はあんまり見たくない。

「薬局……こ、ここから遠いっス…夕飯作るの遅くなるっス……ああぁ」
「あの、どなたか知りませんけど、ここの地名さえ教えて下されば別に放っておいていいですよ」


 ・・・・・・・・・。
 なぜか数秒の沈黙。
 男は石のように固まった。


「…俺の事、知らないっスか?」
「え、あ、……はい(見覚えはあるけど本物じゃないだろうし)」
「本当に、知らないっスか?ちらっと見たとかそういうのも無いっスか?」
「はい(地元じゃ有名なのか?)」
「…! よし、それなら多分連れてっても大丈夫っス」
「は?」
 男は一人で納得して、ガッツポーズした。
 …片手にスーパーの袋握ってるから片手だけのガッツポーズだけど。(えらい主夫じみてるなこの男)


「あの、よければうちで手当てしていかねぇっスか?こっから近いんスよ」


 男のにこやかなお誘い。
 おおぅ、不思議とナンパ臭しないから驚きだ。
 多分このヘタレ+主夫+お人好し加減がそう見せているのだろう。
 ってか実際裏があるような誘い方には見えないし。

 寧ろ深読みすると罰が当たりそうなくらい素敵な笑顔ですハイ。


「じゃあ…お願いします」
「了解っス!」

 頷くと、男はかがんで俺の腕を取った。
 俺が肩を貸してもらう形になって、片足で地面に立つ。
 ・・・・・・・。

「…片足で歩くの、つらいっスよね」
「……いやー…うーん」
「しかも素足…」
「……だ、大丈夫。多分」
「……………」
 男はじっと俺の足を見て……、


「着くまで我慢するっスよ」


 不意に言ったと思ったら、俺の視点は唐突に押し上げられた!!

「ぎゃっ!!?」
 女子が発する言葉とは思えないほど色気の無い声を上げながら、俺は動揺する。
 な、な、何だこれは!

「が、我慢って、ちょっ…」
 足を負傷した人間がそこにいるからって、唐突に肩に担ぐ奴がどこにいる!!

 男の背中に手を突いてちょっとだけ体を浮き上がらせ、男の後頭部に向かって抗議しようとする。
 が、

(ええええぇ、獣耳…!?)

 俺を担いでるこの男、今まで髪に隠れてて見えなかったが茶色い毛に覆われたふわふわな耳をしていた。
 しかしどう見ても付け耳のようには見えない。うそん!!

 新緑の髪は逆立ってて、肌は浅黒い。
 これも染めてるとか塗ってるとかそんな感じがしない。
 え、何だこれ、どんどん思っていたものに当て嵌まっていく。
 パズルのピースが『妙な現実』という絵柄を徐々に完成させていくようだ。

 「よっ」と俺を担ぎ直した反動で男が持っているスーパーの買い物袋が揺れる。
 ちなみに袋からは大根がはみ出てます。

 ちょ、待って…混乱しそうだ。
 だって、大根とか主夫っぽい云々は置いとくとしても、姿は……


 ポップンのアッシュ、そのまんまじゃないか?


 待て、待てよ。
 本人から直接言われたわけではないじゃないか。
 でも限りなく確信に近い思いを感じてる自分が居るのが憎い!

「なぁ、重いだろ?下ろして…」
「裸足じゃ痛いっスよ?それに片足で歩いてまた傷が増えたら大変っス」
 俺が誤魔化すように言ったら、にべもなくそう返された。

「……。」
「大丈夫、これでも俺鍛えてるんスよ」

 思わず「ドラマーって体力いるからねぇ」とか返答して納得したくなったっていうのは秘密だ。


「男の子なら恥ずかしくても我慢するっスよ。この辺は人通りも少ないっスからね」
「・・・・・・・・・は?」
「ケガしてる時は素直に運ばれるっス」
「ま、待った!俺は―――」
「ほら、急ぐっスよ。2人とも待ってるだろうし」
「えっ、ちょっとぉー!?
 俺女なんですけどッ!!?

 男が歩き出したので、突っ張っていた腕が外れて顔面から男の背中にぶつかる羽目になる俺だった。





 〜To be continued〜




 <アトガキ。>

長いので一旦切りました(おい)
男装夢…初めてなのですが。いいのか…?
今回アッシュしか出てませんね。次は色々と出てくるはずです。
ではお楽しみに。

2005.1.3





加筆・修正→2008.2.10

色々行き詰まってしまってしばらく書かずにいたら、過去の文章を思い出せず、読み返したら思いっきり恥ずかしかった罠。
という事で、これを期に全文章加筆・修正する事にしました。丁度春休みに入りますしね。
シナリオ的にはあんまり書き換えるつもりは無いですが、表現をごっそり入れ替えたりとか、もっさり付け加えたりとかはしてます。
昔を振り返らない私の遅すぎる処置…orz