31.気まずい
「じゃあ僕ら仕事に行ってくるから、留守をお願いねー」
「任せてくださいな。いってらっしゃい」
「行ってくるっス」
「はーい。いってらっしゃい」
「・・・」
「・・・」
がそれぞれと声を掛け合う中で、唯一ユーリに対してのみ動きが止まる。
ユーリも何と声をかけるべきか悩んでいるようで、はそれが理由というわけでもないがじりじりと視線を逸らし、小さく「…いってらっしゃい」と述べて踵を返してしまった。
入れ違いにがやって来て、皆に「いってらっしゃい」と挨拶する。
けれどその顔は不思議そうだ。
「……さんと喧嘩でもしたの?ユーリさん」
「……、いや、……」
思案するその瞳は、しかし罰が悪そうだ。
そういえば食事の時も多少違和感があったかもしれない。
その時は疑問を抱くほどでもなかったため気付かなかったが、それはとユーリが直接話すことがなかったからだろう。
「もしかして、昨日何かあった?」
「…そうか、あのコーヒーはからだと言っていたな」
「あ、…それ、さんから聞いたの?」
「ああ。気を遣わせてしまってすまない」
「そんなことはない…けど……それで何がどうしてこうなったのかしら」
「いや…私の問題だ、が悩むことではない。なに、本人もこんな状況は望んではいまい。今夜にでも仲直りに努めてみるから心配するな」
「そう?」
「ユーリ、遅刻するっス。あとは帰ってからで…すまねぇっスけど」
「ああ、分かった。すぐ行こう」
が再び「いってらっしゃい」と手を振る。
城の出入り口である大きな門が開いて、閉じた。
いつも自信たっぷりなユーリの態度が、今日に限っては揺らいでいるようで、は眉尻を下げた。
心配するなという方が無理だ。
だって、あのコーヒーを持って行かせたのは自分なのだから。
32.聞いてみる
「さん」
「ん、なあにー」
午前中の予定である掃除をこなしながら、はに話しかけた。
「ユーリさんと何があったの?様子がおかしかったけど…」
「………えっと」
は言いにくそうに言葉をつまらせた。雑巾を持つ手が止まる。
けれどはめげずに言い募る。
「昨日のことが原因だったら、私、謝らなきゃ。嫌がってるさんを強引に行かせたのは私だし…」
「そうじゃないの!ほんとに、…違うの。全部私のせいだから」
それは先程ユーリからも聞いたような気がする。
異口同音な「自分が悪い」という主張に、は溜息をこぼした。
「でも…二人の様子、見てられないわ。すごくぎこちないし、仲直りしてほしい。そのためだったら協力するから」
「うん、ありがとう。でもいいの。自分で何とかするから」
「……そう」
取り付く島もない。
放っておいてほしいと言われたのを強引に押し進めてこうなったのだから、今度は無視するわけにいかない。
しばらく、様子を見る他なかった。
「…ごめんなさい」
「ちゃんが謝ることじゃないよ。大丈夫、心の整理がついたら仲直りする」
「ほんとに?」
「うん」
その表情が苦笑でなければ、もっと安心できたのだけれど。
今のには余裕が無さそうだった。
は悲しそうに目を細めた。
33.思い返す
「………」
「ユーリ、何してるんスか。もうそろそろリハ始まるっスよ?」
「そうだよ、ぼーっとしちゃってさ」
聞こえてるー?とスマイルが目の前でひらひらと手を振る。
「…視界からほんの少し外して……か」
「? ユーリ?」
「私はのことを何も考えていなかったのかもしれないな」
「…のこと、っスか?」
遠くの方から、「Deuilさんスタンバイお願いします!」とスタッフの誰かが声を張り上げた。
「いや、後から考えることとしよう。仕事中に上の空では申し訳が立たない」
3人で目配せをし合って、準備にとりかかる。
仕事は始まったばかりだ。
34.その日の夜
思ったよりも仕事が長引いて、3人が帰ってきたのは夕食の時間よりもっと後になってからだった。
が食事を温めなおして、3人はありがたくそれを食べる。
食べ終わる頃には既に真夜中一歩手前だった。
今夜話をするつもりだったユーリは、明日にすべきかと迷った。
――と、その時。
「――…」
「……」
当の本人であるが通りかかる。
どうやら風呂あがりらしく、水を飲みにキッチンへ向かうようだ。
例によって気まずそうにふいと視線を外されるが、ユーリは構わず呼び止めた。
「、少しいいか」
「え、…あ……、えっと」
「飲み物を飲んできてからで構わない。少し話し込むことになるだろうからな。…こんな夜更けにすまないが」
「……、うん。私も話さなきゃいけないなって思ってはいたから」
は「じゃ、ちょっと水飲んでくるよ」とキッチンに消えていった。
それから少しして、本当に水を飲んでくるだけだったのだろう、さほど間を置かずに戻ってきた。
準備万端、とでもいうような顔をしている。
今、この部屋には二人しか居ない。
話をするなら今だろう。
それとも自室に移動するべきだろうか。
そんな迷いを見抜いたのか、は「ここでいいよ」と遠慮がちに告げた。
客用にだいぶ多めに設置されている椅子の内ひとつを勧めて、ユーリもその近くに腰掛ける。
は、足をぶらぶらさせながら少し緊張しているようだった。
「……。話というのは、他でもない昨日のことなのだが」
「…えっと!そのことなら、私が考えなしに言いすぎちゃったかなって。しかもユーリには多分よく分からないことも言ったと思うし。ほんとにごめん、仲直りしよ!」
「――…」
発言を遮るようにして息継ぎもなく捲し立てるの様子に、ユーリは軽く閉口する。
緊張のあまり早口になってしまっているようだった。
「…まあ、そう焦るな。こちらの言い分も聞いてほしい」
「あ…う。ごめん。言わなきゃ言わなきゃって焦ってて…」
「私もそうだ。だが大切なことだからな、誤解のないようにしっかり話し合いたい」
「そ…だね。でも何ていうか、あんまり気にしないでほしいっていうか…」
「そういうわけにはいかない。私を含め皆でには申し訳ないことをしていたのだからな」
「…え」
ユーリは腕を組んで、まっすぐにを見た。
「私達が『視界からほんの少し外して』いたと、お前は言ったな」
「あ…えぇと。それはもう気にしないで、」
「実際に思い返して、思い当たる点が多々あった。すまない、お前のことを何も気遣ってやれていなかったのだな」
「…何もってわけじゃ…」
「知り合いも居ない、全く知らない世界で、置いてけぼりをくらう気持ちは私には想像がつかない。が、それは相当寂しいものだろう」
「それは……」
当たっていたようで、は言葉の続きを言わなかった。
否、言えなかったのだろうか。
「のことを全く気にかけていなかったといえばそれは違う。が、のことをよく見ていたのは確かだ。……より少しばかり長く滞在しているからな、気の置けない仲になっているのは間違いない」
それだけでないことは、ひょっとしなくともは気づいているのだろうか。
「だがそれで無意識にでもをないがしろにしていいはずはなかったな。すまない、これからは気を付ける」
「や…嬉しいしありがたいんだけど、気遣われてると思うと緊張するから普通でいいよ」
「そうか。では他の二人にもそのように伝えておく」
「いや、それはやめて!事情を知ったらあの優しい二人のことだから絶対謝りに来るだろうし、私にはそれが心苦しくてしょうがないからさ。全員から気遣われるのも何だかかえって居づらいし。私はユーリっていう理解者が居るだけで私はもう大満足なんだ。だからお願い、二人には伝えないで」
「……ふむ」
ユーリの柳眉が寄る。
けれどそれも束の間で、緩やかな溜息と一緒に「…そうか」と呟いた。
「そうまで言うのなら、そうしよう。…私との、秘密だ」
「…秘密」
その響きが何だか不思議だったのか、は何ともいえない顔をして口の中でもごもごと何か呟いていた。
「その代わり、。一つ約束してもらうぞ」
「? 約束?」
「ああ。…に遠慮をしないことだ。全てを譲って寂しそうにしているのはもう見たくないからな」
「…うん……、」
「だから、にも言ったがお前にも言う。…昨日は差し入れをありがとう」
「……うん。どういたしまして」
はにかんだ彼女の顔には、ようやく笑みが乗っていた。
35.仲直り、そして
「いってらっしゃい!」
3人を見送るが、昨日とは打って変わって笑顔だった。
それを見たは、目をぱちくりさせる。
「さん、ひょっとして…」
「えへへ。無事仲直りできました」
「そっか、よかった!」
どういう経緯なのかは言わないが、不和が解消されたようでは純粋に嬉しかった。
ユーリとが目配せをする。
昨日のことは、二人の秘密だ。
「では、行ってくる」
「お留守番よろしくねー?」
「多分昨日よりは早くに帰ってこれると思うっス」
「はーい」
が返事をして、3人は玄関を出ようとする。
しかし何かに気付いたようで、は「あ、待って!」と声を張り上げた。
振り向く3人にが駆け寄る………が、直前で滑ってこけた。
「いたたた…」
「大丈夫っスか?」
アッシュが抱き起こすと、は照れたように笑った。
その距離がとても近くてアッシュも思わず赤面する。
「ごめんなさい、私ったらドジで……。今日は雨が降るらしいから、念のため折り畳み傘を持って行って、って言おうとしたの」
立ち上がったが玄関脇から折り畳み傘をひょいと取って渡す。
「あ…すまねぇっス」
「いいえー」
(・・・・・オーラが・・・イベントオーラが凄い)
思わず何とも言えない表情をする。そして軽く二人の世界に入ってしまっている彼ら。出発しそびれた残りの二人。
今日も元気にイベントを成立させるヒロインに、ああ、ここでの「いつも」が戻ってきた、と思わざるをえなかった。
続く!>>
<あとがき>
PCを新しいものに替えたのもありますが、さりげに難産だった気がします、今回。
ユーリさんと仲直り。
次はもう少し王道に戻って何か書きたいです。買い物回とか。
ちなみに今回は何となく文体が違うと思いますが、主人公視点でないからだと思います。
いろんなキャラ視点がまざるのでいっそ第三者視点にしてしまえと思いまして。
ほんのり違和感でした(笑
2016.8.9