26.彼から見た私
は、ごく普通の人間の女性だと思った。
違和感があるとしてもそれらを帳消しにするくらい、本当に「普通」という言葉がぴたりと当て嵌まるような人だと。
その違和感といえば、この世界に来た時にほどうろたえなかったこと。
それから妖怪という存在に素早く順応したこと。
から聞いた話では、元の世界では世界間を行き来することはまずありえないはずで、尚且つ妖怪や天使などは架空の存在とされているらしい。
だというのに、はそのどちらもが普通に有り得ることとして最初から受け入れているかのような反応を示した。
その見た目に反して順応性が高いのかもしれない、といえばそれまでだ。
こちらではどれも普通のことなので、どのくらい驚くに値するものなのかは推し量れない。
ただ、が最初に来た頃の反応と比べると、恐ろしく受け入れるのが早いように見えた。
それ以外は、取り立てて思うところもなく、普通。……否。
最近はその行動がほんの少し不可解だ。
元々は控えめな性格らしく何においても譲りがちな彼女だったが、最近謎の行動を積極的に取っている。
アッシュとの二人だけに何かを頼む事が増えた。
そしてその頼みをこなすため、二人が向かおうとすると今度はなぜかが複雑そうな顔をする。
そういう時は大概アッシュとが二人きりになるようなあんばいなので、思うところのある私かスマイルが顔を出しに行くと更に彼女は難しそうな顔をする。
時々「駄目か…」などと呟くこともある。
普通に考えてアッシュの気持ちを推しているように見えるのだが、ではその複雑そうな顔は何だ。
不可解といえば、そう、もう一つあった。
は以前私が吸血してしまったあの日、「ちゃんじゃないよ」と言って私を止めようとした。
なぜそこで彼女が出てくるのか、順当に考えれば私の気持ちが知れているということになるのだが、それを意識したような会話はない。
ただひたすらに譲っているような態度が見え隠れしているのだ。
ともすれば諦めにも似た顔で、何かを譲っている事が多いような気がしているのだ。
そう、元から消極的というか相手に何かを譲ることが普通のようだが、ことに関してはそれが更に強い。
まるで「最初から自分には権限がない」とでも言っているようで。
元の世界では知り合いではないらしいが、どこか一歩引いている。
本人に言えば「気のせいだよ」とでも言いそうだ。
だが、小さな違和感が沢山あって、それが気になるのも確かだ。
勘の鋭いスマイルなんかも気付いているかもしれない。
これだけ並べ立てることができても彼女を「普通」と評するのは、私の逃げかも知れなかった。
彼女の「普通」であるところを見れば、本当に普通なのだから。
何もかもを知って、それで諦めているようなその一面を認めてしまえば、多分彼女を「普通」としては扱えない。
あの日味わった血が、異様に甘く感じられたことを、思い出す。
「普通」に見える彼女の、その中身は――存外、他とは違う「味」なのかもしれなかった。
27.地味に上がる
あれから随分とイベントを作り上げては失敗して、時々微妙に成功して、を繰り返した。
多少周囲に怪しまれてるかもしれないけど、特に言ってこないってことは問題ないんだと思う。多分。
ていうか本気で気付いてたら態度とかで分かると思うけど、ユーリもスマイルも特に変化がない。
だから夢小説空間なんだし案外気づかれてないのかも、とか思ってしまう。
だって当の本人であるちゃんが気づいてないんだもの。
失敗と微妙な成功って、あんまり意味ないんじゃないかと最初は思ってた。
が、最近はちゃんの方からアッシュへ視線を投げることが増えてきたりして、ミリ単位ずつでも進んでるのだと発覚。
頑張った甲斐があった。
でも告白イベント級のものを望むとすれば、もっと大きなイベントがないと無理かなぁ。
もしくは告白がなくても両思いになりさえすれば他の人とのイベントは起こらなくなるだろうか。
そうよね、どう見ても両思い…って感じになったら他からは手出しできないよね。うむ、これでいこう。
ならもう少しイベント起こせばきっと…?
って、両思いになったとしてもそれを知る切っ掛けがなくない?
と、いうわけで。
「ちゃん」
「あ、さんもう掃除終わったの?」
「うん。今日は玄関前の廊下って決めてたから、もうおしまい。ちゃんは?」
「私もそろそろ終わり。今日はアッシュさん居るからお昼ごはんは任せてあるし」
「じゃあそれまで女同士おしゃべりでもしない?」
「うん!」
二つ返事でOKが出たので、私はちゃんの手伝いをしつつ待つことにした。
定期的に手入れしないと部屋がホコリまみれになっちゃうってほんと不便だよね。部屋数多いし。
ちゃんが拭き掃除担当、私はホコリのはたき落とし担当。
確かにもうちょっとでこの部屋の掃除は終わりそうだ。
全開にされた窓から外を見る。綺麗な晴れ。
私はちゃんから有力情報を得るため、井戸端会議目指して掃除を開始した。
28.会議中
こういう時って女同士は便利だと思う。
ガールズトークっていう名目だったら色々聞きやすいし。
昼前だからお菓子こそ持ち寄らないけど、プチ女子会のような雰囲気。
掃除が終わって私の部屋に二人して集合。
ベッドに腰掛けてうーんと伸びをした。
「終わったね!お疲れ様ーっ」
「お疲れ様!あとは午後からだね」
「うん。ほんと部屋が多いからきりがないね」
「だねー。やりがいがあるのは確かだけど」
なんて言い合いながらふふっと笑う。
そして私はここぞとばかりにちゃんへ質問した。
「そういえばちゃん、最近気になる人でもできた?」
「えっ、な、何で?」
「最近特に可愛いから。ねね、誰なの?」
「えー…、」
ちゃんは両頬を押さえて躊躇う。
背景から花が生えてきそうだ。超天使。
「じゃあ当ててみるよ。アッシュでしょ?」
「や、やだ、何で分かるの?…あっ」
失言、みたいな風にベタに口を押さえる。
おお、分かりやすい。
「やっぱりねー!最近視線がそっちに行ってるのよく見るもん」
「もー、さんったら…。絶対に言っちゃ駄目よ!」
「言わない言わない。大丈夫、私口硬いから」
「ほんと?」
「もっちろん」
というか既に恋愛対象になりかけなのか。
ナイスな情報ゲットだぜ。
「じゃあちゃんの恋のお手伝いしちゃおうかな?」
「え、だ、駄目よ!ほんとにちょっと気になるだけだから、恋なんかじゃないし……アッシュさんが迷惑するかもしれないし…」
「大丈夫だって。そんなあからさまなことしないから」
「ほんとに?」
「うん」
嘘だけど。
ていうか今までのがあからさまじゃないのならこれから何したって大丈夫な気がする。
恋は盲目って本当だったんだ。…あとはヒロイン補正。
「そういうさんも気になる人居るんじゃないの?」
「え」
「知ってるわよ。ユーリさんを時々意識してること」
「え、あ、……ほんとにそういうつもりじゃなかったんだけど」
まさか気づかれてるとは。
というか私の場合は向こうが気にしてるわけでもないから、恋とかそういうのに発展するわけもないちょっとした気持ちだけなんだけど。
あの事件以降ほんの少し意識してしまってるだけで。言ってみれば一方的に気まずいっていうか。
大体望んでも私じゃそんな関係になれないわけですしおすし。
「私も応援しちゃおうかな」
「あー…そこは本気でご遠慮願います」
「どうして?」
「既に迷惑かかってるからかな」
「?? どういうこと?」
「これ以上踏み込んだら迷惑じゃ済まないって感じ。ユーリにとっては不慮の事故があったばっかだから」
「ユーリさんがさんの血を吸ってしまったこと?」
「そういうことかな」
そっかあ、とちゃんが上手く飲み込めないながらも小さく頷く。
イベントに赴いたのがちゃんじゃないからこういうことになってるんですよ。
って、あれは自分から巻き込まれに行ったんだけど。
会話の中で気付いたけど、どうやら助けに来てくれたのはスマイルだけで、ちゃんはあの場面を目撃してはいないらしい。
ていうかスマイルのヘルプが入った順番は私の方が先だったみたいだ。
だからいまいち気まずさが理解できていないようで。勿論押し倒されてたなんて私からも言わないし。
「じゃあさんとユーリの仲を取り持つとか、そういうのがいい?」
「そうじゃなくて。全力で遠慮願うよ」
「うん、分かった」
・・・・・・。
その綺麗な笑顔は何ですか。
嫌な予感しかしないんですが。
情報を得るつもりが得られてしまった気がするのは気のせいでしょうか。
29.コーヒーの罠
夕方。午後の掃除も終わってココアを飲んでたら、ちゃんが私にコーヒーの入ったマグカップを手渡してきた。
「これ、ユーリさんに」
「え?」
「今、部屋で新曲の歌詞を考えてる所だから。差し入れに持って行ってみて」
「……え。」
それってあからさまな梃子入れってやつじゃないですか、やだー。
「ちょっ…そういうのなしって言ったはずじゃ」
「いいから。ユーリさんも喜ぶと思うわよ?」
ぱちんとウインク。ベタなのにこれは男ならイチコロですよ。
じゃなくて。
「待って、それなら私よりちゃんが行った方が…」
「だーめ。じゃ、お願いね」
そして部屋から出て行くちゃん。
残されたのは私と、ちょっとだけ残ったココアと、それからコーヒーの入ったマグカップだけ。
差し入れに行くとか、一番の地雷なんじゃ。
部屋に行って何かを置いてくってそれ自体あの時を思い出すし。
気まずそうに謝ってきたユーリが思い出される。
思い出してまた謝られても困るし、寧ろこっちが謝るかもしんない。
どういう思惑でこれを渡してきたんだろうか。
ヒロイン思考って、夢小説読んでる側の時だとわりと納得できるのに面と向かって対応すると思いっきりワケワカメ。
でもこれを捨てちゃう勇気も、自分で飲んで「持ってったよ」って嘘つく自信もない。第一これブラックぽいし。苦いの飲めないし。
…しかしまがりなりにも、人が淹れてくれたものだしなぁ。
そうだ、ちゃんからって言えば何とか上手く収められるかも。
ちょっと行ってちょっと渡してさっさと帰ってくればいいんだよね。
・・・・・あれ、そんな思考回路、デジャヴを感じるんだけどな。
気のせい……かな。
冷める前にとユーリの部屋へ向かう私だった。
30.罠に乗せられて
てなことでコーヒー届けにやって参りましたユーリの部屋前。
さてドアをノックして入室許可を貰えばいいのだけど。
……これ、前回のことが物凄く思い出されるんですが。
ちょっとノックしづらくないかコレ。
でもうろうろしてるだけだと不審者だし。
……ええい、他意はないんだ!行ってしまえ!!
コンコン。
ノックをして返事を待つ。
今回はユーリが素面の状態だから、さっさと床に置いてさよーならってわけにもいかないと思って。
……。
中々返事がないな。
気づかなかったのかな。
レッツリトライ。
再びノックをしようと手を持ち上げた、のだけど。
ガチャリ。
ノックは空を切って、代わりにドアが開いた。
返事の前にユーリ自らがドアを開けたのである。
「か。どうした?」
「あ……えっと、その」
一瞬混乱したものの、すぐさま思い出してマグカップを差し出す。というか突き出す。
ユーリはちょっと驚いたような顔をしたけど、構うものか。
「これ、差し入れ。…ちゃんから!」
「…ああ、…ありがとう」
・・・・・。
妙な間があった。
ユーリが何を考えてるのか何となく分かるような気がして、私は慌てる。
そうだよね、あの時の繰り返しだよね。立ち位置とかも。
「…心配するな、もう引きずり込んだりはしない」
「あ、や、そうじゃなくって。えーと」
やっぱりそんな感じのこと考えてましたか。
「お、お仕事がんばってください。じゃ、私はこれで」
「待て。これをが進んで届けるとは状況的に思えない。何か他に用事があったのではないか?」
「いやほんとに差し入れに来ただけで。ちゃんに頼まれたから。…お礼ならちゃんに言った方がいいと思うよ、うん。私はただ運んできただけだから。ちゃんって凄く気が利くよね。あははは…はは…」
空笑いをして、私は今度こそ踵を返す。
「んじゃ、そゆことでー」
「なぜ、」
「?」
声がかかって、足を止める。
「そうも固執しての名を出す。まるでお前を居ないものとして扱えとでもいうように」
一瞬うまく意味が飲み込めず、首だけ振り返ったまま固まる。
……あれ、私そんなにおかしな態度取ってたっけ。
「そうまでは…思ってないんだけど。実際差し入れはちゃんからだし、そっちのが嬉しくないかな…って」
「。前からそうかとは思っていたのだが、お前は自分の事を軽視してはいないか?これをここまで届けるために足を運んだのは紛れもなくお前なのだ。なぜ全てを譲ろうとする」
「譲る……って、よくわからないけど。私は事実を言ってるだけだし」
「お前の中で何がどうなって、どうして色々なことを諦めているのかは知らないが…そうやっているのはつらくないのか?」
今日はえらく饒舌だなユーリさんよ。
私がモブらしく居ることにどうやら不満を感じてるみたいだ。
でもそれってさ。
「…しょうがないでしょ、そうは言うけどユーリだって…アッシュだってスマイルだって、私をそういう風に扱ってきたんだから。ヒロインは二人も要らないの」
つい苛立ってぴしゃりと否定した。何を否定したって、私を。
ヒロインとモブの扱いが違うのは仕方がないし、ヒロインらしいヒロインが居るんだからしょうがない。
「…ヒロイン?」
「私のことを視界からほんの少し外してちゃんばっかり見てたのはそっちでしょ。そりゃちゃんは可愛いから仕方ないけど。そうしておいて諦めるななんて、土台無理じゃないの」
いけない、と思いながらも今まで溜め込んできた何かがこぼれて止まらない。
決して我慢していたというわけでもないと思ってたのに。
「私は、それでもいいと思ってた。今でも思ってる。…ユーリには分かんないだろうけど。私だってちゃんのこと嫌いじゃないっていうか好きだし、全部納得済みなの。もうこの話題には触れないで。…お願いだから」
言うだけ言って、私は小走りで立ち去った。
呼び止めるような声が後ろから聞こえた気がするけど、今度は止まってあげない。
ほんの少しの苛立ちと、悲しさと、…図星を突かれた苦しさが混じる。
私だって望んでモブになったわけじゃない。
それでも納得せざるを得ないくらい、ちゃんがヒロインしてたから。
今更つらくないかなんて聞かれたくなかった。
全くつらくないと言えば、僅かに虚しさを感じるくらいはしてるから。
……ああ、これ、また一層ユーリとの仲が気まずくなるなぁ。
階段を下りながら、私は溜息を零した。
続く!>>
<あとがき>
今回ちょっと長めですね、こんにちは。
ユーリさんがあれこれ考える回になりました。
書いてる本人は楽しかったですよ。ええ。
それと同時に、このお話ってスマイルの影がとことん薄いなと感じてます。
今まで別の連載でメイン枠に堂々と居座ってたので違和感バリバリ。
でもそれって今までは他のキャラが影薄かったんですよね。
何だかその分を取り戻しにかかってるような気がしてます。
さーて、喧嘩もどきをしてしまった彼らですが、どうなるやら。
んではまた次回で。
2016.7.25