21.目が覚める
「………、……、はっ」
不意に目が覚めた。
何度かまばたきをしたら意識はより鮮明に。
そしてガバリと起き上がる。
…はらり、と薄い掛け布団が落ちた。
あれ、私何がどうなって……?
「あ、起きた?」
「さん!!よかった、大丈夫!?」
ほぼ同時にそんな風な声がかかって、私はそっちを見る―――前に、がばっと抱きつかれた。
受け止めきれずに再び倒れこむ。
かろうじて抱きついてきたのがちゃんだってことは分かったけど、一体これはどういう……
あ。
気を失う前の事が走馬灯みたいに駆け巡って、一瞬の内に赤面する。
だって、え、ユーリが、……いや、うっそだー。モブの私にそんなことあり得るはずが…
「ごめんね、私がご飯を運ぼうなんて言って巻き込んだから…」
「首からの出血はもう止まってるから、あとはぼんやりするかもしれないけどそれが収まれば大丈夫だからねー」
「首…出血…」
「あのね、スマイルさんが助けてくれたのよ。でもユーリさんにも悪気があったわけじゃなくて。……ユーリさん、吸血鬼だから。首、痛かった?」
「・・・・・・・」
頭が真っ白になった。
頭は白紙なのに顔面は赤いという、我ながら器用な真似をだな、じゃなくて、
「あれ…夢じゃなかったんだ……」
ぼそりと呟くと、スマイルが「申し訳ないけど現実ー」と返答してくれた。
え。
じゃあ、あれもこれもそれも………、
「…っ!!!」
両手で顔を覆う。
色々思考が追いついてなかったからあの場は流されたけど、がっつり捕まって首筋噛まれて押し倒されたよね?
押 し 倒 さ れ た よ ね ?
「さん…!そんなに怖かった?」
「やっぱ年端もいかない女の子には衝撃的すぎたかなー」
衝撃も何も、恥ずかしすぎて顔が見せられない。
スマイルが助けてくれた、って、あの場面を見られたってことですかね!?
ひいいいいいっ恥ずかしいいいい!!
ちゃんが慰めるようにぎゅーっと抱き締めてくれるけどユーリの体温思い出して逆効果ですうわぁぁ
って、そういえば。
「ちゃんは大丈夫だったの?」
顔面覆ったまま尋ねたら、
「私は寧ろ楽しかったんだけど」
・・・・・・。
え。
「楽しかった…?」
片手を外してちらっと見てみたら、ちゃんは何でもないようにこくんと頷いた。
「わんこ…じゃなくって、狼になっちゃってるアッシュさんに全力でじゃれつかれた時はどうしようかと思ったけど。でもこっちも沢山もふもふできて楽しかったわ」
「はへ?じゃれつかれた…?もふもふ…?」
「そう。スマイルさんが言うには狼としての部分が大きくなるから、理性を忘れて犬…じゃなくて狼になっちゃうんですって。私も思いっきり遊んじゃった。でもアッシュさん自らが持ってきたとはいえレコードをフリスビーにしたのは本当によかったのかしら…」
なにそれ。
R-18な大人タイムが始まったと思ったらフルモッフな犬タイムが始まってただと…!?
じゃあまるっきり立場が逆じゃないか!!私の馬鹿ぁぁぁ!
脱力して顔を覆っていた手がだらんと下がる。
作戦失敗じゃないかー!
あれ、でもこれある意味成功…?
これは私にもイベントが起きたということで……、
否。
そういえば私で妥協したような雰囲気あったな。ちゃんじゃないよって言葉に思いっきり反応してた。
本当はちゃんがよかったんだよね、あれ。
わりと見境ないような感じだったし本能には抗えなかっただけだろう。
・・・・・・・。
なんか、思いっきり情けない……。代用品か私は。
ちなみにただ血を吸われても吸血鬼にはならないんだそうな。
てわけで私は人間のまま。ひとまずある意味セーフ。
22.反応それぞれ
そして私は羞恥と情けなさの間でぐるぐる考えながら、ちゃんはちゃんで昼も晩も食べに来ない二人のことを心配しながら、一日が終わった。
夜中には特定の部屋から遠吠えが聞こえたり聞こえなかったり。ほんとに今日はばっちり犬だなとか思いつつ。
んで、翌日のことである。
「わあああああああ!!!」
どっからかそんな叫び声が聞こえた。
この城、部屋の壁はそんなに薄くない。
なのに聞こえるってことはだいぶ大きな声だったんだろう。
ちなみにアッシュの声だ。
あ、多分犬タイム終了したんだなとか思いつつ、すっかり目が覚めたのでリビングに向かうことにした。
そしてリビングに来たはいいものの、私はそこで出くわすことになる。
「……」
「あ……えっと、…オハヨウゴザイマス」
おもっそ気まずそうな雰囲気のユーリに。
とりあえず挨拶してみるも、反応無し。
オイこっちは勇気振り絞って普通の対応しようと思ってんのにどういうことですか。
「…ユーリ、」
「昨日はすまなかった」
そして唐突に謝られる。
「え。……えっと」
「許されることではないのは分かっている。だがどうか謝らせてほしい。所々記憶が無いのだが、それでもレディに対して到底すべきでないことをしたのは覚えている。すまなかった」
「あ、いや、その……うーんと、」
押し倒されつつ首筋から血を吸われるのも困るが、出会い頭にガチの謝罪されるのも困る。
私はどう反応するのが正解なのか考えながら空笑いする。
「えっと……大丈夫。もう気にしてないから」
「そうは見えないが」
「う。…まぁ、気にしないっていうのは確かに嘘になるけど、でもわざとじゃないんでしょ?なら許すよ」
「わざとではないが、満月の日のことを言い忘れていたのはこちらに非があるだろうな」
「そこは実はスマイルに聞いてたんだけど、甘く見てたっていうか…。と、とにかく!もういいの!気まずいのやだし。もうこれでおしまい!」
「………」
「次からは気をつけるよ。不慮の事故みたいなのはもうごめんだし」
「こちらも次からは忘れず注意を促すこととしよう」
ちゃんじゃなくて残念だったね、とは言わないでおくことにする。
ねぼすけなはずのユーリがいの一番にリビングに来てたってことは彼なりに悩んでたんだろうし。
私みたいなモブに悩む手間をかけてくれたのがほんの少し嬉しかったりする。
ちなみにいくら待ってもアッシュが出てこないので私の次に来たちゃんと一緒に様子を見に行ったら自己嫌悪で部屋の隅にしゃがみこんでた。
ちゃんの存在に気付いたら顔真っ赤にしてあうあう言ってたのでちゃんからフォローが入る。
それが「えっと…可愛かったよ?」なんて地雷ど真ん中を踏んだようなものだったから、その日はアッシュを引っ張り出すのに苦労したこと。
うーん。
ちゃんのことを尚一層意識してくれてるみたいだからこれはこれで微妙に成功……?
23.最有力候補
好感度らしきものが上がったのかは知らないけど、最近アッシュのちゃんに対する態度が変わったように思う。
実際はまだ恥ずかしさを引きずってるだけなのかもしれない。
でも、視線でちゃんを追ったり、声をかけられたらどもったり赤くなったり。
あれからわりと日数経ってるんだけど。
これってやっぱ……アッシュにとってちゃんが気になる存在になってるのは確かだよね、うん。
それすなわち。
アッシュがちゃんのお相手の最有力候補になったというわけである。
ちゃん自体はそれに気付かないようで、それまで通りに接してる。
というか見詰められても態度変わっても気づかないとか本当にヒロインしてるな。
ああいう雰囲気に気づかないのってラノベ主人公と夢小説ヒロインの十八番だもの。
あんなに分かりやすいのに。
ちなみにユーリは私の言葉通り今までと同じように接してくれてる。
というか頑張ってくれてるというよりも本当に今まで通りだ。
好感度が上がるとかそういうのは全く無い。
これがヒロインとモブの差だというのか。別にいいんだけど。
…いいんだけど。
私ばっかり意識してるようで少し悔しい。
やっぱあれだけの事があったら異性として意識しちゃいますよ。そりゃ。
でも私はちゃんじゃないので仕方がない。私じゃ夢小説みたいにはいかないよね。
んで、ですね。
私はちょくちょくアッシュの背をプッシュしてみることにした。
相変わらず小規模なイベント構築をしまくってるちゃんに特定のお相手を作るため、…っていうかアッシュと盛大にフラグを立ててもらうために。
これで脱・イベント巻き込まれ。
頑張るしか無い。やれば出来る、ファイトだ私。
24.イベントを生やす
こういう時に限って中々大きいイベントが起きないのはなぜでしょうね。
というわけで私は痺れを切らしてイベントを自ら作成してしまうことにした。
生えろイベント!そして好感度を上げまくってアッシュ落ちにするんじゃ!!
具体的にどうするかといいますと、まず私が「甘いもの食べたい」と言います。てか言いました。
丁度おやつになりそうなものを切らしてたのは調査済み。
んで、「じゃあ作る」と申し出たのが二人。料理の得意なアッシュとちゃん。
そこで「なら二人で作って!」と二人の背中を押してキッチンに追いやった。
キッチンという密室。
二人っきりの空間。
何も起きないはずはない!!
と、思ってたのだけど。
「はいはーい、僕も手伝うー」
「菓子のできる過程を見るというのも悪くはない。少し見ていこうか」
忘れてた。
ちゃんは最早逆ハーの渦中にいるということ。
ユーリとスマイルの妨害が入ることは計算に入れてなかったよ!!
「あ、あの…」
何とかして止めようとするも、スルーされて広いキッチンに全員吸い込まれていく。
あいたたた、こりゃもっと綿密に作戦練らなきゃ無理だったか。
ちょっとアッシュ、ちゃんとくっつきすぎじゃなーい?とかそんな声が聞こえてくる。
モブの計画、あっさり打ち破られる。
25.練り直し
美味しいスコーンにこれまた美味しいジャムを乗せて、もぐもぐむしゃむしゃ。
さくさくスコーンはアッシュ作で、3種のベリージャムはちゃん作。
ふぐぅ、美味しい。
これだけでも今回の作戦は打ち立ててよかったと思える。
のだけど。
本来の目的は大失敗。
皆でわいわいやれたのは良かったんだろうけど、結局ちゃんを取り合う男どもの図はぴくりとも動かなかった。
どうすべきか……。
こうなったら他の二人が仕事で出払ってる時を見計らって作戦立てる?
んでもそれじゃ効率悪いしなぁ。
うーん、と悩んでいる私を誰かがちらりと見ていることに、残念ながらその時は気づかなかった。
「…ふむ」
スコーンの一欠片が、その口へと消えた。
続く!>>
<あとがき>
今度は真夜中ではないテンションで書いたらかなり落ち着いた感じになっちまいました。(そうか?
というわけで第5話をお届け。
何となく書きながらスコーンの画像検索したらお腹が鳴りました。お、美味しそう……
食べ物の話になると毎度自分が食べたいものになります。スコーン食べたい。
相変わらず逆ハーなヒロインとそれをなんとかしたい主人公の図なのですが、少しずつ何かが変化……してきましたか?(聞くな
とりあえず次は別キャラの視点を交えて何かゴリゴリ書きたいと思います。
ではまた次回で。
2016.7.20