16.プッシュ作戦決行…?
んで、いつものように家事を始めたわけですが。
……ちゃん、手が止まってます。
どう見ても引き篭もり二人組が気になってる様子。
視線も明後日の方を向いてるし。
朝食のお皿を下げる間、「お腹は、すくのよね…」と呟いてたし。
きっと食事もとらず引き篭ってるのが心配でしょうがないんだな。
その優しさ、プライスレス。
そしてそれをまんまと利用してしまおうとしてるのが約一名。…私である。
Deuilの誰かとくっつけちゃうなら、今日の一大イベントを使わない手はない。
問題は……どっちにするかなんだけど。
ヒロイン補正があるならきっとどっちも危険はあれど美味しいはず。
暴走したユーリに吸血されちゃう?それとも本能むき出しなアッシュに襲われちゃう?
・・・・・・・・。
いかん、私めっちゃ悪役だ。
これってどう考えても乙女としては重要なことじゃないか。
そこにわざと放り込むってことは、罠にかけて唇であれ何であれ、ちゃんにとって大切な部分を奪わせるようなもの。
これ……今更だけど思いっきり非道なんじゃないか。
と、思ってたら。
「……さん。私、……やっぱり二人に朝ごはんを届けたいの。苦しんでるらしいところに、更にお腹が減ってるなんてもっと辛いと思うから。どう思う?」
さすがヒロイン、舐めてましたスンマセン。
イベントになりそうなところなら片っ端から突っ込むのが貴女でしたね!
「そうだね…いいと思う」
自分から突っ込んでくならいいよねとか思いつつ片棒担ぐのであった。
17.やはり決行
トレーの上に今朝の食事を並べて、二つ持ち出す。
幸いにもそれを見たら引き止めそうなスマイルは自室に戻っている。
「どうする?どっちがどっちの部屋に届ける?」
私は最早彼女が決めればそれに従うつもりでそう尋ねた。
「そうね……、さんにも運んでもらってるけど、私が両方行こうと思ってるわ」
「え、両方!?」
「ええ。だって本当は行っちゃ駄目って言われてたし、それくらいなら私の独断ってことでさんには運んでもらうだけにしようかなって思って」
いや、両方巡るの可能なのかなそれ。素朴な疑問。
「ええっとー……ほんとにいいの?それで」
「? 何か変なこと言ったかしら?」
「いや…うーん」
まぁでも本人が言うならそれでも……いいのか?
どっちも好感度上げとけば私の野望も果たせる確率が上がるのかな。
ちゃんがどっちかで足止めされてしまえばもうその時点で確実ではあるし。
両方なんて無理でしたー、でもOKだし。寧ろそのつもりだったけど。
「そっか…うん、ちゃんがそのつもりなら、それでいこう」
「うん」
「で、近いのはどっちなの?」
「アッシュさんかな」
どっちかっていうと危険度高い方きたー。
18.到着
で、案内されるまま到着しましたアッシュの部屋前。
既に部屋の中から唸り声聞こえてますがこれいかに。
そしてちゃんは恐る恐るといった風にノックする。
「アッシュさん、何も食べてないでしょう?朝食を届けに来たわ」
「っ、………っ!?駄目っス、開けないで…!」
「でも、お腹は減るって聞いたわ。無理は良くないから、お願い、食べて」
「……!!」
切羽詰まった声で呼ぶアッシュと、難しい顔のちゃん。
ちゃんは数瞬迷って、やはりドアノブに手をかけた。
補足だが、ホテルではないので各部屋に鍵はないらしい。
と、いうわけで。
かちゃり。
静かに音を立ててドアを開くちゃん。
できるだけ静かに入ってゆく。
そしていくばくかも経たない内に、
ごとん、と何だか鈍い音。
「! アッシュさ、」
「だから…言ったじゃねぇっスか」
「ま、待って…!!」
「無理っスよ…もう我慢出来ないっス」
あらやだ、妄想次第ではちょっといかがわしい発言が見て取れますが何か。
半開きのドアが遮るここからでは全く見えないけど、これ多分見ちゃいけない聞いちゃいけないタイプのアレだよね。
うん。……うん。
よし、目標達成だ、直ちに帰還せよ!
あいあいさー!
というわけで私はそっと回れ右をした。
さーん、なんて声が微かにしたような気がしたけど、気のせい気のせい。
そうか、アッシュとくっついたか……
私はぼんやり空宙を見ながら胸中でそう呟いたのである。
っていうかどうしようこれ。2枚目のトレー。
あったかいスープが冷めちゃうんですが。
………。
そっか、名案。
19.フラグなんて立つわけないので
ちゃんから「アッシュの部屋の真上がユーリの部屋」と一緒に運んでる時に聞いたから、私はユーリの部屋の前に来ていた。
『Yuli』とドアにプレートが下がっている。
言わずもがな、朝食を届けに来たのである。
だって勿体無いし、言ってしまえばモブの私にフラグなんて立つわけないから限りなく安全だと踏んだまで。
今まで期待してても何も来なかったどころか通りすがりのちゃんに吸い上げられたことすらあるくらいだから、私には何もないのである。悲しいくらいに。
だからこの何の罪もない朝食にはユーリのお腹に収まってもらう。
大丈夫、さっと開けてさっと置いて帰っちゃえば何ともない。
ていうかそこまで用心するなにかがあるのか疑わしいところ。
と、いうわけで。
コンコン、とノック。
私は間を置かず薄く扉を開いて、そっと床にトレーを置いた。
指ですすすとそれを部屋の中に押し込みつつ、声をかける。
「ユーリ、これ朝食ね。食べないのも体に悪いから……」
で、そっと扉を閉じようとして……
予想もつかないところから腕を掴まれる。
「!!?」
訂正、腕を掴まれることが寧ろ予想外だった。
部屋の中からにょっきりと出てきた手が、私の右腕を掴む。
要するに扉のすぐそばに居たのである、彼は。
「血……の、甘い香りが……する。近づいてくるのを待っていた…」
ゆるやかに、しかし色気を孕んだその声が耳朶を打った。
ちょっ、ちょっと待て、
「待って、私はちゃんじゃないよ!!」
「………」
ユーリは一瞬迷うようにぴくりと反応し、けれどより強く握ってきた。
「関係ないな」
「いや、おもっそ迷ってましたやん」
思わず突っ込んでしまって、急激に室内へ引き寄せられるのに対応しきれなかった。
そのせいで床に置いていたトレーにつまずく。
少しだけスープがトレーの上にこぼれてしまった。
「ちょ、っちょっとユーリ。折角ちゃんが作ってくれた料理が」
「私が今欲しいのはこちらだ」
つう、と首筋を指が辿る。
鳥肌がたった。
え、何これ、おかしい。
だって私はモブで、超普通で、ヒロインは別にいて。
イベントらしいイベントなど起こるはずも……
色んなことが頭をめぐる内に、首筋へ鋭い痛みが走った。
「っい、……!!」
視線を走らせると、すぐそばに銀色の髪が見えた。
首筋に顔を埋めて、私の……血を、吸っている。
それと同時にくらくらと目眩がして、…目眩と一緒にふうっと力が抜けて、壁に押し付けられる。
何だか…ふわふわして気持ちがいい。
「っ……ユーリ、…」
何も考えられない。
ただ血が吸い上げられるせいで気のせいか指先がひんやりしてきて、感覚がなくなってしまうのではと怖くなってユーリの肩を弱々しく掴む。
大丈夫、まだ平気みたいだ。
貧血というより夢のなかを漂っているようで、ともすれば変な声まで上がりそうで。
「ゆぅ、り……待って……」
ずるずると壁からずり落ちて、床に転がってしまっても、それは続いた。
角度を変えて、尚深く。
押し倒されるような体勢で。
「…ん……、」
ぞくぞくと背筋を這い上がっていく何かに、抗う術は何も無かった。
20.それから幾分か後
「だから言ったじゃん。行っちゃ駄目って」
「…ごめんなさい」
スマイルが気を失ったを抱えながら歩く。はそれに続きながら申し訳無さそうに謝った。
スマイルの部屋はユーリの部屋の近くで、物音で気付いて助けに入れたからいいものの。
何しろ助けに入った時にはもうは気を失っていたのだ。
あのまま助けなくても死に至ることはなかっただろうけれど、どうなっていたかは定かじゃない。
それでが今朝作ってくれた朝食が転がってたから、嫌な予感がしてアッシュの部屋にも行ってみれば、案の定狼化したアッシュがと文字通りじゃれていた。
それはもう、犬……いや、狼としての本能むき出しに、日頃好意を寄せているに向かって腹を見せながら撫でてコールをしていたのである。
普段のアッシュなら恥死しているところだが、今日に限っては理性が吹っ飛んでいるのでどれほど犬行為を重ねても気にならないらしい。
多分明日の朝辺りに思い出して悲鳴を上げることだろう。
だから女の子には言いたくなかったのだ、と思う。どうせ知ったら犬として可愛がりに行くに決まっている。
否、言わなくてもこの結果である。溜息一つ。
「とにかく、今度からは満月の日には入室禁止ね」
「……でも、空腹はつらいですよ」
「でもじゃないの。本人は空腹以上に大変な思いしてるんだから、寧ろ空腹は気にならない範囲だと思う。年上からの注意は聞いた方がいいよ?」
「………、はい。すみません」
そんなにしょげなくてもいいんだけど。
しかし次もまた同じことが起きてはかなわないので黙っておく。
問題はが起きた時どうするか、である。
まがりなりにもあんな風になっていたのだ、思うところもあるだろう。
溜息二つ目。
リビングの大きなソファに寝かせて看病することにした。
続く!>>
<あとがき>
真夜中のテンションで仕上げたらこんなことになりました。
反省はしてません(ヲイコラ
蓋を開けてみたらユーリのが危険だったってことですね!
主人公がこれまでらしからぬ扱いを受けてますが…今後どうなるのでしょうか。
ではまた次回で。
2016.7.13