しばらく見ていなかったけれど、ここは見覚えのある場所だった。
 何も見えない程の暗がりの中。深い深い闇の底。
 そうだ、私はまたここに来る事を望んでたんだ。

「リク、居るの?」

 私は何も見えない空間に向かってそっと言葉を投げた。
 ――空気が少しだけ動いたのが分かった。

「また、お前か……」
「……?」

 言われた内容にはさほど疑問を抱かなかった。
 以前にも夢で会ったのは確かだ。
 けれどそれよりも、彼の語気の中に僅かな苛立ちが含まれていた事が気になった。

 確かに前の夢の中で勝手に名前を当ててしまったり、リクのこれからの目的を直球で尋ねたりしたが、怒られるような雰囲気にはならなかったから、気にしていないのだと思っていたのだが。
 名前を当てた時点で不思議がられてもいなかったのは、今になって考えれば疑問を感じるけれど。

 しかしいくら気になるとはいえ、その理由を聞いていては、またもや聞きたい事を聞きそびれてしまう。
 私はリクの苛立ちをひとまず気にしない事にして、声の聞こえた方向(多分リクが居る方)を向いて、以前尋ね損ねた事を尋ねようとした。

「リク、貴方は闇に身を置いて何を――」
 しようとしているの、と。
 そう聞こうとして、


「お前は何でそこまで俺に関わろうとする!!」


 突然声を荒げられたものだから、私は言葉を呑み込むしかなかった。







割別の鍵・21
帰還
〜「ごめんなさい」と、それから〜






「そんなに、って……私まだそんなにリクとコンタクト取ってないよね?」
 怖くて数秒間口を開けずにいたけど、放っておいても何も進まないのが分かったので恐る恐る尋ねた。
 だって、話がチンプンカンプンだ。

 私とリクは夢の中でしか会っていない上、それもたったの2度だ。
 何度か言葉は交わしたけれど、怒鳴られるほど付き纏った覚えも無い。

 しかしリクは、まるで「そんな馬鹿な」とでも言うような…何だか嘲るような声で私に言った。

「何度も会っただろ。俺のやり方が間違ってるだの、戻って来いだの、散々俺に向かって喚いてたくせに、もう忘れたのか?」

 ……「そんな馬鹿な」と言いたいのは、今度は私だ。
 言っていない、そんな事は。
 そんな場面にも遭遇していない。

「何言ってるのか分かんないよ、リク……私そんな事言ってない」
「?……何にしろ、もう俺には関わるな。俺はカイリを助ける為に全力を尽くす、それだけだ」
「…リク、それって――」

 カイリを助ける。
 それが、リクの目的なの?

 それが分かって、私は表情をぱぁっと輝かせる。
 それなら、敵になっても何とかなるんじゃないだろうか。
 敵側に身を置いたのは悪事を働く為じゃないんだから、彼を何とか引き戻せるんじゃないだろうか……


 希望を見出した瞬間、私の高揚した心は地に落とされた。

「お前には元々関係ない話じゃないか。俺がカイリを助ける事だって、友達でもないお前には何の関係もない。首を突っ込むな」


 言われた瞬間に気付いた。
 私は、リクからすれば元々見知らぬただの他人なのだ。
 突然湧いて出てきた誰とも知れない人間がなぜか自分の名前を知っていて、更に自分のプライベートに首を突っ込んできた。…これが、リクから見た私。
 そして私はそんなリクの行動を軌道修正させようとしている。――滑稽この上ない。

 私だって、何かをして友達に諌められるならともかく、全く知らない人にストップをかけられたら戸惑うに違いない。
 私にはリクを軌道修正させる権利が無いのかもしれない。

 ――そこまで考えて、私は首を傾げた。

 …ちょっと待て、軌道修正させる『権利』とな?
 人がヤヴァい道に入ろうとしてるのをやめさせようとするのに、権利云々が関係あるのか?
 いやそもそも、私は『全くの』、『赤の』、『他人』、だっただろうか?

「いやいや待て待て、私は列記とした『ソラの仲間』だから、関係なくはないじゃん。私、ソラの仲間だよ。ソラで繋がってるよ、私とリク」
「…仲間、ね」

 溜息と共に、吐き捨てられるような言葉。
 それはどういう意味で呟かれたものなのだろうか?
 私がソラの仲間に相応しくない、と?それとも――

「…もういい。ここから出て行け」
 考え付く前に、リクは私に低く言った。

「やだ、何かまだ最終的にやりたい事まで出来てないから別れたくない」
「出ろ!!」
「やーだーっ!」
「っ…もういい!俺が行く」
「あっ」

 引き止める間もなく、リクの気配はここから遠ざかって…やがて消えた。
 夢の中だからかもしれないけど、気配の移動が全部分かった。

 私は闇の中に一人残された。

 …またできなかった。
 私がここで最終的にやりたかった事……リクが敵側に回らないように頑張る事。
 これがただの夢ならば意味がない事だけれど、回復魔法を覚えた時の様に特別なものならば……。
 期待は多く持ちたい。

 また会えたらいいのに。
 そう思いながら、私は暗がりの中座り込んだ。

 音も光も無い、自分の姿も見えない。
 リクと初めて会った時に見た闇より、もっと深いように思えた。



 ***


 ガコン、という振動と共に、私は目を覚ました。
 …うぅ、今回も夢の内容鮮明に覚えてるけど、リクに放って置かれてからかなり長い間暗い所に一人で居たから妙に寂しいよ……。

 やっぱり前に見た夢から続いてるみたいだったし、気配の感じとか物凄くリアルだったし、ただの夢じゃないような気がする。
 何かが普通じゃない時って、自分で分かる時があるよね。

 でも、普通じゃないって、じゃあ何なんだろうこの夢は。
 寝てる間ワープして実際にリクに会ってるとか?…うーん、それとはまた違う気がするけど…。
 仮に、夢の中で本当にリクに会えているとして、私にそんな特技はあったのか?
 この世界に来るまでは全くもって経験した事が無いんだけど。

 それにしても、リクが言ってた事も気になる。
 私とリクが何度も会ったって?
 私的に2回会っただけでは『何度も』とは言えないような気がするんだけど。
 しかも言った覚えがない事を『言った』とかのたまうし。
 うーむ、謎が謎を呼ぶ。


「皆、トラヴァースタウンに着いたよ!」
 グミシップのエンジンを切りながら声を張り上げるドナルド。
 私はまだぼんやりとしている意識を完全に浮上させきって、思い切り伸びをした。

「んー…ドナルドおはよう」
「良く寝てたね」
「…そういえばドナルドは運転してたから寝てないんじゃない?大丈夫?」
「大丈夫、実は途中で止まって休んでたしね」
「なるほど」

 頷いて、それからようやく他の二人の声が聞こえない事に気がついた。

「あれ?ソラとグーフィーは?」
「まだ寝てるみたい。起こさないと」
「あ、寝ちゃってたのね」

 私は、前列に座っている二人組みを交互に見た。ここからじゃ席の後ろ側しか見えないけど。
 そういえばさっきから寝息が聞こえる。
 私から見て右の席にグーフィー、左の席にソラが座っているはず。
 今から二人を起こしにかかるのか……
 ……………、

 ………いい事思いついた。

「ドナルド、二人は私が起こすから先に降りてて」
「え?何で?二人で一緒に起こした方が早いだろ?」
「いいからいいから!ちゃちゃっと起こすからね」
「うーん……別にいいけど」

 ドナルドは訝しがりながらも、コックピットを出ていった。
 これでこの場には寝息を立てる二人組みと私だけ。

 …うふふふふ。
 レッツ☆いじりターイム!!
 寝てる人をいじるのって定番だよね!(親指グッ!!)

 私は早速グーフィーが座っている席の正面へ回り込んだ。
 うわぁ、高いびきかいてますよ。
 脱力系ぬいぐるみみたいになってるし!

 私はちょこんとグーフィーの膝の上に座って、その温もりを堪能した。
 グーフィーって背が高いから膝に座ったら私の体なんてすっぽり収まっちゃうんだよね!
 ってかこれでも起きないって凄いなぁ。

 調子に乗って後頭部をグーフィーの胸にぽふぽふと当ててみる。
 あははは、クッションみたい!
 ついでに私の顔の横に垂れてきてる黒い耳をびろーん、と引っ張ってみた。
 柔らかい、柔らかいよママン!!
 ――と、その時。

「……うーん」
「!」

 いびきがぴたっと止んで、グーフィーが唸った。
 そしてゆっくりと膝の上の私を見下ろす。

「…?」
「あ、起きた?」
「おはよう」
「おはよう」

 普通に挨拶を交わして、グーフィーは一度あくびをした。
 …寝てる時に人が膝に乗ってても普通の反応って、凄い落ち着いてるなぁ…。

「グーフィーってお父さんみたいだねー。膝の上あったかい」
「あっひょ、もあったかいよ」
「えへへー」

 グーフィーの膝の上からひょいと下りて、既にドナルドがグミシップから出たことを告げると、グーフィーは「ソラも起こさなきゃね」と起こしにかかりそうになったけど、私はそれを止めた。

「ソラは私が起こすから、先に行ってて」
 必死の形相で見詰める。
 頼む、この絶好の機会を逃しちゃならんのだ、腐女子として!!
 …等と意気込んでいると、

「そう?頑張ってね」
 思ってたより案外あっさり引きましたグーフィー。
 ちょっと拍子抜け?

 そうしてグーフィーがコックピットを出て、今度はソラと二人っきりに!!
 よーし、ソラにはどんないじり方をしてやろうか・・・(ニヤリ)

 ソラの正面に来て、私は手始めに日頃からやりたいと思っていた腐女子の夢・ウエスト鷲掴みを試みる事に決定!
 気になってたんだよこの細さ!!
 ビーチに行ったら大勢のヲトメの鼻血を浴びる事請け合いなこの細腰!魅惑的だ…!

「せーのっ」
 小声で掛け声をかけて、わしっとソラの腰を引っ掴む!

 ・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・・。

 何 だ こ の 細 さ は

 思わず力を入れてぎゅっと挟んでみたり、ぺしぺしと叩いてみたりした。
 不要な肉がついてないのは見た目からしても想像がついてたけど、何ていうか全体的に『薄い』。
 お腹減ってない時でもお腹と背中がくっ付くんじゃないだろーかってくらい薄い。

 でも胸辺りを握りこぶしで軽く叩いてみた所、トントンって感じの効果音が返ってきて、そこで妙に「男の子なんだなぁ」とか認識を深めてみたり。
 女の子みたいに、ふにふにじゃないんだなぁ…。

 男の子って女の子みたいに丸みを帯びてない分骨ばってて細いけど、やっぱり造りはしっかりしてるんだね。
 そういえば学校の男子も、足とか腰とか女子より細かったけど、当然の如く女子より激しい運動してた。
 あんなに骨がくっきり浮き上がってるのに!とか、あんなに細いのにどこにそんな力が!って感じだ。
 体力測定のハンドボール投げなんて、どこまで飛ぶの!って位ボールが飛ぶ飛ぶ。

 …あぁ、もう何だか随分しばらく高校に戻ってない気がする。
 1ヶ月も2ヶ月も経ってるような。実際はそんな事ないけど。

 帰れるのかな…私。
 探せる限り探してみてるけど、グミシップで星の海を飛んでる間どんなに目を凝らしてもそれらしいのは見えなかったし。
 親も友達も心配してるかもしれない。もしかしたら捜索隊が出てるかも。

 …まぁ、ここで気を揉んでても意味は皆無なんだって分かってるけど。
 何ていうか、……帰る場所が見つからないって大変だ。
 うーん、探して見つかるような場所でない気もするし(ゲームの外の世界なんて最早普通の世界とは別次元だから)、これはもう誰かそれらしい知識を持ってる人に聞くしかないよね。

 そうだ、ドナルド&グーフィーが探してるあの王様に聞くとか!
 あの人結構何でも知ってそうだよね。いち早く行動を起こした人だし。
 王様を探す。よし、これを第一目標にしよう。
 目標が決まったら何とかそれに突っ走れるしね!
 自分で地球探すより早そうだ。

 只今を持って私の目的は「故郷探し」から「王様探し」に変更されました。
 何だかドナルド&グーフィーと同じ目的になったなぁ。


 …って、何だかソラで遊ぶ事から大分逸れたような。
 折角のチャンスなのに。

 私はソラの頭を右手で撫でてみた。
 ………こんなに縦横無尽に立ってる癖して何でこんなに柔らかいんだこの髪の毛…!
 おかしいよ!無重力ヘアがこんなにふわふわしてるなんて!!
 ヒヨコヘッドだ。可愛すぎる。

 ソラもうちの学校の男子みたいに、体力測定させたら羨ましいくらいの結果が出せるんだろうなぁ。
 …ちくしょうめ、その運動神経ちょっとは寄越せ。

 八つ当たりのようにわしわしと髪を乱すと、ソラは「うーん」と唸った。
 起きるかと思いきや、身じろぎして再び健やかな寝息を立て始める。
 そしてついでに。

「……カイリぃ…」

 舌っ足らずに幼馴染の名前を呼びやがりました。
 ………。
 …カイリ限定?リクの名前は呼ばないの?

 …何となくそこでちょっと考え込んでしまう。
 そうだよね、ゲームの最初の方でソラはカイリにパオプの実を食べさせる絵まで描いたしね。
 洞窟の壁に。石で。

 パオプの実を食べさせあった二人は…何だっけ、恋愛成就するんだっけ。覚えてないよ細かい所。
 でもそういう事。恋愛のおまじないみたいな感じ。ソラはそれを模した絵を描いた。
 ソラが描いた絵でソラとカイリはパオプの実を食べさせ合ってはいなかったけど、ソラからは食べさせてた。
 それすなわち、カイリに食べさせたいという願望はあるという事。

 …とどのつまりは、ソラはカイリが好きなんだろうなぁ、って事。

「……何だかなぁ」
 『男らしい所を見せるんだ』とか張り切っておきながら、結局は他の女の子が頭の中に居るなんて、そんなの卑怯だ。詐欺だ。
 今更になって“公式カップル”なんぞというモノが脳内に蘇った気がする。

 今まで散々いじり倒してきたせいだろうか、ソラはそういうものに遠い気がしていた。(あ、そういえばソラも私に対して似たような事言ってたっけ)
 付き合いが短期間なわりに、ソラが爽快なくらい開けっぴろげな性格をしてるせいで妙に親しくなってたけど、そういう話が出なかったからっていうか。
 …ソラがのろけないから忘れてたっていうか。

 あぁもう、何で私がここまで深く考えなきゃならんのだ。
 とにかく私はカイリと会ったらソラとの仲を取り持たねばならんというわけで。
 まぁソラをいじるのは私の趣味だから、それは今まで通りで!(最悪な弄り魔)


 けれど、一瞬カイリとソラの仲の良い様子を想像して、
 ……何だかちょっと寂しい気がした。
 今まで私にくっ付き回してきたからなぁ、ソラ。それが他の人に移ったら寂しいわそりゃ。
 でも仕方ないよね。
 ソラが……

 ソラがカイリの事を好きなら。


 ……いや、まあ、ひとまず脳内会議タイムしゅーりょーとしますか。
 そろそろ本格的に起こしにかからないと、ドナルドとグーフィーに不審に思われる。
 私はソラの両肩を掴んで揺さぶった。
 しかし、

「んー……リクー……」

 ……今更リクの名を出すかっ!!遅いわ!!!私は誤魔化されないぞ、カイリの方が気になるんだろ!
 私はソラを完全に覚醒させるべく彼の耳元で怒鳴った。

「起・き・ろおおおおおぉーッ!!!」
「うわあぁっ!!」

 弾かれた様に席から背を離す寝ぼすけ。
 それから慌ててキョロキョロと辺りを見回し、間近に居る私に気付いて更に「うわぁ!!」と声を上げた。

「び、びっくりした!!」
「ソラがいつまでも寝てるから耳元で目覚まし時計役やってあげたまでよっ」
「……えっ、あっ!!」

 途端、「しまった」とでも言うように視線を泳がせるソラ。
 …何だ何だ?

「何?どうかした?」
「い、いや、何でも…ない」

 ……。
 ちょっと挙動不審なんですが。
 まぁ今はドナルドとグーフィー待たせてるから追及はしないけどね。

「じゃ、起きたならさっさと行きますか」
「ドナルドとグーフィーは?」
「もう既に外にいるよ。さ、トラヴァースへレッツゴー」

 私はくるりと背を向けてコックピットから出て行った。


(………俺がカッコ良く起こそうと思ってたのに、逆に起こされた……)

 のそりと立ち上がりながら、誰も居なくなったコックピットで少し口を尖らせたソラだった。



 ***



「お待たせー」
「あれ、ソラは?」
「ん?起きてるからすぐに来ると思うけど」

 グミシップからトラヴァースタウンに降り立つと、ドナルドとグーフィーがすぐそこに待っていた。
 うーむ、この町っていつ来ても夜なんだなぁ。ちょっと暗いよ。
 でも久しぶりに帰って来たって感じだ。

 いやもうまた美形達に会えるかと思うとよだれも流れる勢いでして。
 カマン、美形レオン!美少女ユフィ!美女エアリスっ!!
 そしてパパ的存在なシドっ!

 ………。シド?
 ……………あっ。

「ドナルド、グーフィー!ちょっと待ってて、私グミシップの中に忘れ物したっ」
「しょうがないなぁ」
「行ってらっしゃい」

 グーフィーに手を振られつつ、再びグミシップのタラップを渡る。
 ――と、その途中でソラとすれ違った。

、どうかしたのか?」
「忘れ物したのー」
 そうソラに返答しつつ、振り向かずにダッシュでグミシップ内部へ。
 アレを忘れたら私は後悔するっ!!




 首を傾げながらを見送って、ソラはトラヴァースタウンに降り立った。

「ソラ、おはよう」
「おはよう」
 グーフィーと挨拶を交わすと、直後にドナルドに「ソラ」と小声で呼ばれる。

「何だよ?」
 いつになく密談モードなドナルドに、つられて小声で返すと、
「勇ましい振る舞いでに接するんじゃなかったの?」

 ………。

「ああぁっ!!!」
「しーっ!!に聞かれると困るだろ!」

 思い出した、とばかりに声を上げるソラにドナルドは人差し指を立てて『静かに!』のポーズをとる。
 そうだ、確か眠る前にそんな話をしていた。
 が誰かに恋をしてしまうとこっちを見てくれなくなるので、その前に男らしい所を見せて認めてもらおうと作戦を立てたのだ。

「起きたらすっかり忘れてた……を起こそうと思ってた事は忘れてなかったのに」
「そんな事まで考えてたの?」
「寝る直前に考えたんだ。…あぁー、何かもう既に色んな意味で失敗…。」
「元気出して、ソラ。チャンスはまだあるよ」
「……そうだな。よし、頑張るぞ!」

「何を?」

 がばっ、と一斉に振り返る男性陣。
 そこにはグミシップからたった今降りてきたであろうの姿が。

「な、ななな何でもない!!何でもないっ」
「…怪しいなぁ?」
「今日も一日頑張るぞって話してたんだ!」
「………」

 ジト目で見てくるにドナルドとソラは背中に冷や汗をかいた。
 これ以上この沈黙が続くとまずい。
 ――そう思った時、

、忘れ物はもうない?」
 実に自然にに問うグーフィー。(いや、実際本当に聞きたかっただけだろうが)
 は後ろ手に何かを持っていた。どうやらそれが『忘れ物』らしい。
「ん、大丈夫。待たせてごめんね」
「じゃあ行こうか。レオンさんを探さないとね」
「んー、」

 …再びちらっとソラとドナルドを微妙な視線で見たが、は一拍の間を置いて、
「そうだね」
 しょうがないな、と言った風に頷いた。
 これにソラとドナルドが心中で大きく胸を撫で下ろしていたのは言うまでも無い。


「あ、でも先に探してて。私はちょっと用があるんだ」
「用?」
「そ。シドの所にね。そんなに長くならないと思うけど、もし私が戻るより早く見つかったら…そうだなぁ、そこのポストの前で待ってて」
 は向こうの方にある背の高いポストを指差した。
 ……そしてそのまま固まった。
 訝しがってソラ達もポストの方を見る。…と、

「あ、ユフィ!」
「ユフィだ」

 ポストの前をユフィが歩いていた。
 そしてドナルドが「ユフィにレオンの居場所を尋ねよう」と判断を下す前に――

「ユフィーぃぃぃっ!!!」
 が怒涛のダッシュをかけていた。
 最早彼女は誰にも止められない。
 『用』もそっちのけで突進だ。

 男性陣は目配せをしてを追う。
 そして辿り着いた時には、ユフィとがきゃわきゃわと騒いで再会を喜んでいた。
 二人とも、かなり楽しそうな様子。

「ビックリしたよ、突然来るからさぁ」
「変わりない?ハートレスに襲われたりしなかった?」
「まあそれは日常茶飯事って感じかな!どっちかって言うと一般人を守る側だからね」
「そっかー」
「ねね、服変えたんだ?似合ってるよ!」
「ほんと?ありがと!これドナルドが変えてくれたんだー」

「…って、ちょっとちょっと」
「「ん?」」

 ドナルドが横から割り入って、会話を中断させた。

「ユフィに聞いたらレオンの居場所が分かるかもしれないだろ」
「あ、そうだった。ごめんごめんユフィちゃんを目の前にして理性が。
「(理性・・・?)それで、どこにいるのか分かる?」
「レオンだったら地下洞窟で剣の練習でもしてるんじゃない?宿屋の裏通りの水路、あれって地下洞窟に繋がってるんだよね」
「なるほど」

 剣の練習とは、なるほど生真面目な彼らしい。
 ソラはユフィに礼を告げ、に振り返った。

は用が終わったら来いよ。すぐ終わるんだろ?」
「むー……うん、分かった。すぐ行くから」

 何を迷ったのか少しの間があったが、とりあえず以外は先に地下洞窟へ行く事に決定した。

「すぐ行くから絶対地下洞窟に居てね!絶対だよ!先に戻ってきたら駄目だからねっ!!」
 熱を込めて釘を刺すに少し首を傾げながら、ソラは「分かった」と了承。

(この町に来たからには絶対レオンにも会わねばっ)
 別に後で一人で会ってもいいのだが、用件が無いので気まずくなる事は間違いない。
 何としてもソラ達と一緒に会わなければ。
 腐女子心を燃やしてファイト一発と脳内雄叫びを上げるだった。

「じゃ、私は用事を済ませに行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
 どこから出したのかハンカチをひらひら振って見送りをするグーフィー。
 はそれに手を振って、シドの店へ駆けて行くのだった。



「…とりあえず、勇敢なエスコートはが来るまで延期?」
「え、何それ何それ。エスコート?誰が誰を?」
 ドナルドがぽつりと呟いた言葉を耳聡くも拾い上げて、ユフィは問い詰める。
 言葉だけ聞けば恋愛沙汰に聞こえるのだから仕方ないのかもしれないが。

「うーん…説明すると長くなるから秘密!」
「ええぇ、いいじゃんか、それくらい話してくれたって!」
「僕らはレオンの所に行かないと」
「じゃあ言ってくれるまでついてく!」
「別に話してもいいけど、ユフィが思ってるような事は全然ないからな?」

 ソラがユフィに注釈するが、ユフィは「そんなの構わない!」と一蹴。
 …暇なのだろうか、と男性陣は一瞬思った。

「じゃあ話しながら行こうか」
 ハンカチを仕舞いながら提案するグーフィーに、一同は頷いて歩き出した。



 ***



「こんにちはー!」
 木の扉を大きく開いて、私は店内に突入した。
 カウンターの向こうにいるシドは、こっちを見て目を見開いた。

じゃねぇか!」
「ただいま、シドさん!」
 カウンターの真ん前に来てえへへと笑うと、シドは私の頭をがしがしと撫でた。
 シ、シドパパ・・・!!(パパかよ)

「無事帰って来たみてぇだな。……ってお前、俺がやったゴーグルは?」
 ぐちゃぐちゃになった髪を片手で直している私のその首元にゴーグルが無いのを見て、シドは問う。
 私は一瞬手をぴたりと止めて、……ちょっと言葉に詰まった。

「……実はその事を言いに来たんです」
「お?」

 私は実に言い難そうにしつつ、今まで後ろ手に隠していた物をそっとシドに差し出した。
 それは…左のレンズのど真ん中に弾丸が食い込んだ、シドのゴーグルだった。
 無理に引き抜いたら更に壊れちゃうかもしれないから、弾丸はそのままだ。
 さっきグミシップに取りに戻ったのはこれである。

「……これは…」
「ごめんなさい!!無理言って貸してもらったのに、壊して……。修理しようとも思ったんですけど、どこでどうすればいいのか分からなくて…」

 シドはひょい、と私の手からゴーグルを掴み取って、天井の明かりにかざした。
 あわわ、やっぱり怒ってるかな。
 そうだよね、大事な物だって言ってたもんね。
 どうしよう償おうにも何をすればいいのか…!


「見事に食い込んでんなー」
「…はい」
「ど真ん中だ」
「……はい」
「良かったな」
「はい…………………、え?」

 申し訳なくて徐々に縮こまっていた私は、我が耳を疑った。
 マイ両耳よ、いつからそんなに都合の良いように言語変換するようになったんだい?
 ママはビックリだよハニー。(混乱中です)

「今『良かった』っておっしゃいましたかシドさん」
「言ったが?」
「な、何が良いもんですか!?大切なものだって言ってたじゃないですか!償う方法とかどうすればいいか分からないですけど、店内の掃除とか店番とかあまつさえシドさんの身の回りのお世話でも言いつけてくれていいんですよ!?『おい、飯作れっ』『はい、只今!』『こんなもん食えっかー!!(ちゃぶ台返し)』『きゃぁっ』なんて事になっても文句は言えないわけでしてっ」
「俺はどこの雷オヤジだ」

 オヤジでしょう。
(禁句)


「と、とにかく!大切な物が弾丸とハッピーセットになって帰って来たのに何故良かったと?」
「お前が死んでねぇからだろ」
「ほ、ほわっと?」
「だ・か・ら!!」


「お前が・死んで・ねぇからだ」


 聞きやすいように言葉を区切って言うシド。
 …いやいや、そうでなくて。

「シドさ――」
「お前、このゴーグル首に下げてたんだろ?」
 言葉の真意を尋ねようとして、途中で遮られる。
 ゴーグルをことんとカウンターに置いて、シドは再び私の頭に手を置いた。

「それでこのゴーグルのレンズに撃ち込まれたっつー事は、これを下げてなけりゃお前は危なかったってこった。……ゴーグルが何だってんだ、人の命には代えられねぇ」
「……シドさん…」

 …あぁもう、何だか泣きそうだよ。
 シドの優しさにも、
 私へ『生きていて良かった』と言ってくれる事にも。

 そっか、私は既に色んな人と関わってるから、『生きる為に』頑張らないといけないんだね。


「ま、それでも掃除やら店番やら頼まれてくれるってんなら止めやしねぇがな!」
「いえいえそれ位頼まれないとやっぱり申し訳ないですって」
「そうなのか?いや…掃除はしたばっかだし、店番は特に必要ねぇし……」
「……」

 ぶつぶつと呟くシドをじっと見詰める事十数秒。

「……今んとこ何も頼む事ねぇな。ま、何かあったら頼むっつー事で、貸しだ」
「…了解しました」

 何言われるんだろうなぁ。ちょっと覚悟しとこう。


「それで?こいつは修理してまた持っていくのか?」
 ちょい、とゴーグルを指差してシドが私を見下ろす。
 私はそれに数秒考えて………首を左右に振った。

「いいえ、もういいです」
「壊すかもってんなら、別に構やしねぇぜ?」
「そうじゃなくて…」
「…お守りはもう必要ない、か?」
「…はい」


 私は一人じゃなくなった。
 信頼できる仲間が出来た。
 そして……

 お守りに頼って他力本願に徹するよりも、自分で努力する事が必要なんだ。
 だって、『心配させる事のつらさ』を知ったから。
 気丈なはずの彼の、怖いほどの弱い声を知ったから。


「そうか。良かったな」
「はい」

 戦う方法についても考えないと。
 鈍い運動神経についても一考の余地あり。…前途多難。

 私は一度苦笑して、次の瞬間には満面の笑みを浮かべた。


 ゴーグルを壊して「ごめんなさい」。
 それから、色々と「ありがとう」。

 それらを告げて、私は店を出た。





〜To be continued〜






<アトガキ。>

あああぁ遅くなって申し訳ないですーっ!!!
そして更に「勇ましい言葉のソラ」を書けなくて私自身ものっそい悲しいですーっ(うわあぁん)
次回に持越しですね。ううぅ次こそ笑われるがいい。(ええぇ)

リクとの面会は現在の時点では不明な事が多いですねー。
いえ、勘の良い方は既に何がどうなっているのか読めているかもですが;

そして悩みに悩んだ末のソラとカイリの関係。
ここは某オフ友の力一杯のごり押しに応じました。公式を持ち込んでます。
そうですよね、KHを知っているヒロインだからあのシーンを見ていないわけがないですもんね。
頑張ってその辺も考慮したソラ相手の夢小説にしていきますとも。(苦労しそう…)

そしてシドとの再会。このシーンは初期に予定していた通り書けました!
オッサン大好きです。威勢の良いオッサングッジョブ。(親指グッ)
では、次回辺りソラに笑われ役を買ってもらいますよ。お楽しみに!

2007.1.9