ジャー……
 お湯が流れる音。
 ちなみにシャワーの音だ。

、大丈夫か?」
「………痛い」

 ソラの問いに短く答え、眉を寄せながらも私は椅子に腰掛けてじっとしている。
 別に機嫌が悪いわけじゃない。
 けど、痛いものは痛い。
 そしてちゃんと会話できるほど体力は戻ってない。

 現在の状況。
 ここはシャワールーム。
 市営プールとかでよく見る、カーテンで仕切られた簡易シャワー。
 で、その中に木製の椅子を持ち込んで私が座り、この場に一緒に居るソラが私にシャワーのお湯をかけてくれているのである。






割別の鍵・19
流水
〜落ちる雫は、〜






 シャワー、と言っても実は私…服脱いでませんよ。
 ブーツは脱いでるけど、服ごとお湯被ってる状態ですハイ。
 これで二人とも脱いでる、なんて事になったら鼻血で失血死しますがな。

 全員が屋内に戻ったあの後、胃液でべっとりな私はとりあえずシャワー浴びる事になったんだけど、自分で立てる状態じゃなかった。
 だって…ただでさえケルベロスが動き回ってて、胃の中に居た私は常時地震くらってたようなもんだったのに、挙句の果てには洗濯機の如くゴウンゴウンと回されて、地響き立てながら着地ですよ。
 これで酔わない…ていうか、体調を崩さない方がおかしい。

 屋内に戻りながら聞いた話ではケルベロスがヘラクレスに掴まれて回されたらしいんだけど、そんな物理法則無視した人外テクニックを使っていたのですか、そうですか。
 私よく生きてたなぁ・・・!!!(感涙)

 ちなみに実際的には胃の中に居た時間は5分くらいだったみたいで、そんなに長くなかった。
 いや、黄色い液体から逃げ惑って過ごした5分間は果てしなく長く感じましたがね。


「痛い?」
 私の肩にシャワーのお湯をかけながら、続けて視線で「何で?」と問うソラ。
 しかし私は未だに乗り物酔い状態で、あまり喋ると胃の内容物出そう。
 簡潔に答えることにした。

「肌…溶けてる」
「…あ、やっぱり溶けたのか。俺の手もちょっと痛い」
「……」

 闘技場で私の肩を掴んで揺すったのがソラだっていうのは覚えてる。
 だから多分、その時ついた胃液のせいで溶けたんだろうなー。
 ソラの場合手袋してても指が出てるから。

 椅子の上でぼーっとしながら、微妙に動く手でゆるゆると胃液を落としてみる。
 服着てる部分はいいんだけど、手とか肩とか、肌が露出してる部分は実は皮膚が多少溶けてる。
 見た目に全く分からないんだけど、かなりヒリヒリする。

 あれだ、多少の火傷って見た目じゃどこに負ってるのか全く分からないけど、凄く痛いんだよね。
 それに似てるかもしれない。
 もっと長時間浸かってたら私はでろんでろんに溶けてたんでしょうね・・・v
 ・・・・・。
 うわ、笑えねぇ・・・!!!


 私が胃の中にいた時、胃液から逃げまくってたんだけど、否応なく全身に被ったのは2度だけだ。
 1回目は…多分ケルベロスがジャンプか何かしたんだと思うけど、その時。
 ちょっと肌が溶かされてピリッとしたから、腕やらをブンブン振って払ってみたけど、無駄でした。液体だしね。
 2回目は、例の洗濯機攻撃された数秒間。

 てなわけで、逃げまくってる時にブーツが溶けまくったのは例外としても、膝から上に胃液を被ったのはそんなに多い回数じゃない。
 そのお蔭で(って言っていいのか)私は多少の火傷もどきで済んだのである。

 ちなみにクラウドが「傷はないか」と聞いてきた時に首を振ったのは、これを傷としてカウントできるのか微妙だったからだ。(説明するのに一言じゃ済まないし)
 …っていうのもあったけど、あの時は乗り物酔いの方が私にとって深刻だったから言うの忘れてた。
 だって…今でこそちょっとはましになったけど、正直貧血になるより辛かったんだよ。
 生身の人間がミキサーに投入されるとあんな感じなんだね。


 胃液を落としながら、微妙に溶けて薄くなった服をびろーんと伸ばしてみる。
 おー、薄くなっても透けないんだねー。
 ヲトメに優しい素材だわ。さすがドナルド。


 …ていうかね。
 コロシアムにシャワールームがある事にビックリなんですが。
 まぁ、確かに闘技場で戦うと汗もかくだろうし。
 練習場でも運動しまくってるだろうから、こういうのがあってもおかしくない…かな?
 シャワーがこの世界にあること自体おかしい気がするけど。(時代が違う?)
 しかしKHやってた自分としては、ゲームで見たことのない設備にドッキバクなわけですよ。

 しかも現在個室でソラと二人きりv
 服は着ててもこれってもしかしておいしいシチュエーション!?
 気付くの遅いぞ私!!
 酔ってて脳ミソの回転まで鈍ったか!!


「よし、もういいかな」
 キュ、と蛇口を捻ってシャワーのお湯を止めるソラ。
 そういえばもう黄色い液体は落ちきってる。
 ちっ、もう少しソラを観察したかったのに・・・!!

 ソラは私の萌えオーラには気付かず、カーテンレールに掛けていたバスタオルを私にバサッと被せた。
「ふぇ!」
 驚いた私は思わず声を上げるが、ソラは気にせず私の頭をバスタオルでわしわしと拭き始める。
 あ、ああ!髪が絡まる!

「痛い…!」
「あ、悪い。自分の髪拭く時いっつもこんな感じだからつい…」
「あぅ…」

 ソラは一度手を止め、それからさっきとは打って変わって優しく撫でるように髪を拭いてくれた。
 うわぁ、ソラに髪拭いて貰えるなんて何て幸せなんだ私は…!!

「…ソラ、ありがと」
「ん?あー…いや…ジャンケンで負けただけだしなぁ」
 バスタオルを被せられてるからソラの表情は見えないけど、どうやら少し笑ったようだった。

 そう、屋内に着いて私がシャワーを浴びる事になった時、体力的に一人で浴びられないので付き添いを頼まなきゃならなくなって、その時に誰が付き添いになるかが問題になった。
 だって……女の人が私以外1人もいない事実に気付いちゃって・・・!!
 ビックリだよ。今更紅一点だったって気付かされるなんて。

 で。
 結局ジャンケンで決定したのがソラだった訳だ。
 いや、薄目を開けて見てた所、ソラが放心状態からあまり復活してないのをいい事にジャンケンで皆後出ししてたのが見えた気がするけど…あれは気のせいだろうな、うん。

 それで服着たままここに来て、現在に至る。
 ソラはシャワールームという場所に最初こそ照れくさそうにしていたものの、数分後には最早水遊びの要領でわりと楽しそうにしていた。
 自分にお湯がかからないようにしながら、強い勢いで私の体にお湯をかけまくって遊ぶ始末。
 うーむ、色気がないね。(あってどうする)

 何だかローテンション時のハウ○(液体だらけ)の洗浄みたいだったよ。
 なすがままに遊ばれましたよ。


 髪を拭き終えたソラは、手を止めた。
 そのせいで静かになって、何やら聞こえてくる水の音。

 …シャワー?

「ねえソラ、私以外に誰かシャワー浴びてるのかな?」
 仕切りを隔てた大分向こうから、シャワーの音がする。
 誰だろう?

「ああ、クラウドじゃないのか?」
「・・・・・エ?

 そ、そういえば屋内に抱えて連れてきてくれたのも、シャワールームに運んできてくれたのもクラウドじゃん!(実際はケルベロスの口内から連れ出したのもクラウドです)
 『既にべとべとだから、ついでに運ぶ』だとか言ってたし、ケルベロスの胃液が私経由でついたのは間違いない。

 …ていうかね。
 気にすべきはそこじゃなくて。(おいおい)

 本気で覗きてぇ・・・!!!(変態)

 ああぁ、クラウドのシャワーシーン…!
 お金払ってでも見る価値がある…!!(じゅるり)
 あのっ、今から駆け出してカーテンの隙間から覗いてもよろしいでしょうか…っ!!
 そんな体力なくても絞り出しますぜ!


「…なぁ、
「うぁハイ!?」

 突然ソラに声を掛けられて、思わずドッキリ。
 だって考えてた内容が内容だし。心臓飛び出るかと思った。

 挙動不審な私を多少気にしながら、バスタオルを私の肩に掛けて真面目な表情をするソラ。
 …え、私の危険思考を見抜いて更生させようとしてるとか?

 しかしソラは何も言わない。
 黙って私と視線を合わせるだけ。

「…あの、何…?」
「……あ、その………」
 ソラは一度視線を外して言い淀む。
 …更生させようとしてるわけではなさそうだ。
 表情がいつになく陰りを帯びてる。

「…、ごめんな」
「え?」
 思っていたのと全く違う言葉が出て、私は数回瞬きをする。
 ごめん、て…何か謝られるような事あったっけか?
 しかもそんなに真剣に。

「何が?」
「俺…が危ない時、何も出来てないだろ。前もクレイトンに…」
「……」
 あぁ、そんな事あったなぁ。
 あの時も確か死んだとか思われて……いや、けどあの時も今回もソラが悪いってわけじゃないよね。


 クラウドのシャワー使用中発覚で、意識が逸れたせいか微妙に酔いが覚めてすっきりしてきた。
 これなら、多少喋っても大丈夫かもしれない。
 …って言っても、まだ胸はもやもやしたまんまなんですが。

「ソラが悪いわけじゃないでしょ…?」
「でもさ…今回思ったけど、俺から見えない場所でが危険な目に遭ってる時って、俺は何もできないんだよな……。これじゃ助ける事もできない」
「あ…。」

 そっか、私が別の場所にいたらキーブレード出せないしね。
 魔法も私が使ってるから、戦う術がなくなるんだ。

「…ソラ、戦えなくなるの不安?」
「不安っていうか………、うー、そうかもしれない」
 あまり認めたくなさそうな声で、ソラは語尾をすぼめた。
 そんな、傷ついたみたいな言い方されたら…この質問をした事を少し後悔する。

 不安にさせてごめん、とか。
 こんな質問をして再確認させるような事になってごめん、とか。
 罪悪感が募る。


が死んだかもしれないって、思ったのはもう2回目だ。俺だって何も考えないわけじゃない。しかも今回は本当に何もできなかったし…」
「私がキーブレード出現の鍵になったばっかりに…」
「いや、そうじゃなくて……あー、何かごちゃごちゃしてきた…」

 頭を掻き毟るソラ。
 うーん、はじめの方と論点がずれたかな。

「とにかく、俺はキーブレード以外にも何か戦う方法を探してみようと思う」
「そっか…じゃあ、私も心配かけないように頑張らないと。また死んだなんて思わせるのは流石に悪いし。…本当に死んだらヤバいけど、その時も多分ソラのせいじゃないよ」
「……」

 ん?何だかソラさん黙りましたよ?
 何事?

「ソラ?」
「……」
 呼びかけても、答えない。
 それどころか俯いてしまった。

 俯いたソラの顔を覗き込もうとして、その前にソラは私の肩にかかったバスタオルを再び私の頭にばさりと被せた。
「え、何?見えないっ…」
 私の視界はバスタオルのせいで真っ白。
 私は真っ白な視界のまま、椅子に座っている私を見下ろしているはずのソラに向けて顔を上げた。
 勿論、何も見えない。
 え、これは見るなって事?何で?

 バスタオルを頭から取ろうとして、その手をソラに掴まれた。

「…心配させるなよな…本当に」

 上の方から聞こえた、声。
 それは本当に、痛々しいくらいに心配する声。
 それなのに、どこか酷く怯えているようで。

「本当に、死んだと思った」
「……」
「誰か死ぬなんて…嫌だ」
「……」
「頼むから…あんな心配なんかさせるなよ…!!」
「……」


 私は素直に頷く事ができなかった。
 だって、前回も今回も私には回避できない出来事だったから。
 もう少し反射神経が良ければ、もう少し身体能力が良ければ。
 けれど、改善しようと思った直後に改善できるはずもなく。
 勿論努力はするけど…。

 ああ、でも。
 私だって仲間の誰かが死んだら、きっと壊れそうに怯えるはずで。
 笑えなくなってしまうはずで。
 …自分を、責めるはずで。

 だから、何だか苦しい。


「俺、がケルベロスに食べられたと思った瞬間頭が真っ白になった。どうしようとか、そればっかりで何も考えられなくなって……体中が冷たくなった」
 私の手を握るソラの手に、力が篭った。
 私は返す言葉を探して……見つからなかった。

「後悔したんだ。どんな方法を取ってでもケルベロスの意識をから逸らせばよかった、って。だって俺、あの時助けたくても戦う方法が…なかった…っ」


 それはまるで、血を吐くような懺悔。
 恐れ戦慄く迷い人。

 違うのに。
 私はそんな声を聞きたいわけじゃないのに。
 太陽みたいに笑う、いつもの貴方でいて欲しい。

 けれどこれは、私のせい。


「本当に死んだら、とか簡単に言うなよ……次言ったら、怒るからな…!」
「ごめん…」


「お前のせいで寿命が半分縮んだんだから……っ、責任取れよ…!!」
「うん……ごめんね…」



「頼むから…あんな心配、もうさせないでほしい…」
「……」



「頼む、から…。」
 搾り出すように、もう一度私に懇願するソラは…顔や表情なんて見えないのに、壊れてしまいそうな気がした。


 私は、私の手を握るソラの手が細かく震えている事に気付いて、
 声が揺れているのにも気付いて、
 でも…それを指摘するのはやめておいた。


 私は前も後ろも見えないまま、手持ち無沙汰だった方の手を震えるソラの手にそっと重ねた。
 触れた、暖かい体温。
 そっと私の手を放させて、それからその手を私の両手で包んだ。
 暖かい、手。
 けれど今は、悲しい手。


 ぽつ、ぽつり。
 いくつか、何かの雫が私の膝の上で跳ねたけど、やっぱり気付かないふりをした。


「ごめんね。……ごめんね」
 ゆっくりと、優しくそう言ったけれど、ソラの震えは止まらなかった。

 嘘でも「うん」と頷けばいいのに、私はそうした後でそれを守れる自信が無い。
 私は、臆病者。 とても卑怯な臆病者。
 それでもきっと貴方は私を責めないんだ。また何かあっても心配するんだ。
 多分それは、ドナルドやグーフィーも同じなんだろうなと、思う。

 私はソラの、皆の優しさに甘えてるのかもしれない。
 もっと…強く、なりたい。
 皆と一緒に居て、体が、心が、悲鳴を上げないように。


 その時初めて私は、心配される事の苦しさを知った。
 心配させる事の重さを知った。
 もうこんな思いをさせたくないと、思った。


 ***


「ふへー、生き返ったぁ」
 私はまだ微妙にダルさを引きずりつつも、完全復活に近い状態で壁にもたれかかった。
 そのままずるずると床にしゃがみ込む。

 ここはロビーだ。
 あの後、10分ほど経ってドナルドが私の換えの服をシャワールームに届けてくれて、ソラはシャワールームを出た。
 ちなみに服のデザインは変わりませんでした。
 換えの服を出してくれるって分かってたら、もうちょい露出のない服を頼んだのになぁ。
 でも動きやすいし、服出してくれた事が嬉しかったから何も言わない。

 そして着替えてる途中で気付いたけど…シャワーの音が止んでた。
 イコール、クラウドは先に上がってた。
 い、いつシャワールームから出たんだろう…!
 ソラとの会話が重かったのと覗きにいけなかったのでダブルパンチだよ!
 てか、あの会話聞かれただろうか。

 シャワールーム内でもそもそと着替えた私は、歩けるようになっていたので一人でここに戻ってきた。
 おー、皆さん勢揃いですねー。
 あ、フィルも居るや。
 何だか久しぶりに見た気がする。

 ソラと目が合うと、ソラは慌てて僅かに視線を外した。
 嫌な雰囲気ではないので、どうやら照れてるらしい。
 あー、さっきの出来事が原因ですか。照れるなんて可愛いなぁもう。

 ……って、あれ?そういえば。

「クラウドは?」
 この場にクラウドが居ない。
 シャワーシーンを見られなかったなら、せめて髪が濡れて色気倍増vなクラウドだけでも見たかったのに!

「奴はさっき外に出た。まだ近くにいるんじゃないのか?」
 フィルがそう答え、私は納得する。
 あー、そういえばクラウドが外の階段に座ってるシーンとか有ったなぁ。
 ふっふっふ、絶対に眺めに行ってやる!色気倍増クラウド!


、大丈夫?」
 グーフィーがしゃがんで私に目線を合わせながら言った。
 一瞬「私の脳の事か?」と思ったが、体調の事なのだと気付いて「あははー」と間延びした笑いを零す。

「んー、大分良くなったよ。でもケルベロスの胃液に溶かされた部分の肌がちょっと痛い…」
「えぇっ溶けてたの!?」
 ドナルドが横から大声を上げた。
 あっはっはー、溶けてるようには見えないだろうからねぇ。

「胃液被ってたのは短時間だからそんなに溶けてないけどねー。これでハゲたらケルベロス怨んでやる!」
「それなら早く言ってよ!こっちに来て!」
「わっ!?」
 言葉を無視されつつドナルドに手を引かれて立ち上がり、引きずられるようにして部屋の入り口付近へと向かわされる。
 な、何だいきなり?

 私は部屋の隅に強制的に連行され、何事かと問おうとして……瞬間、私の体を光が覆った。
「っわぁ!」
 びっくりして声を上げるが、直後にその光の正体に気付いた。

 あー、回復ポイント(私の世界で言うセーブポイント)かー。
 確かにこれならMPも使わないで全回復できるよね。
 魔法って精神力使うみたいだから、自力で回復しようにも気分が乗らなかったし(気分が悪化しそうだったから)丁度良かった。

 光が収まってきた所で、私はソラのいる方に振り返った。
「ソラはいいの?手痛いでしょ?」
「俺はさっきやった」
「あ、そうなんだ」

 多分私の着替え中に回復したんだろうな。
 …って、じゃあクラウドはどうなんだ?
 少なくとも両腕が溶けてるはずなんだけど。

「クラウドは回復したの?何だかあの性格だと『大した事ない』とか言って放っておきそうな気がするんだけど」
「…何だよ、さっきからクラウドクラウドって…」
「・・・ハイ?」

 何だかぶすけたソラの声。
 え、何か機嫌を損ねるようなこと言った?
 クラウドとソラって仲悪いのか?
 そういえば闘技場で戦おうとしてた仲ではあるけど。

「ソラ…?」
「俺、絶対あいつを超える!!」
「・・・・・・は?」

 ちょっと待て。
 今ソラは何を言いました?
 そしてその闘志みなぎる瞳は何。

 困惑する私に、ドナルドがそっと耳打ちをしてくれた。
「…さっき、倒れてたを持ち上げられなかったのを気にしてるみたいだよ」
「え、うそ

 てことはアレか。
 闘技場で試合を見てなかった上に私がクラウドに色々して貰ってばっかりだから、私がクラウドの方をソラより男らしいと認めているなんて思ってたり?
 んで、ソラはクラウドを超える事で男らしさを認めてもらおうと?
 じゃ、つまり……

 単純に体力で勝とうとしてるなら、体鍛えまくってクラウドより更に体格良くなっちゃう可能性がある、と?


「ま、待って待って!!ソラはそのままで充分だから!!」
「何でだよ!俺があいつを超えたら男らしいって認めてくれるだろ!」
「いやいやいや、今のままでもかなり男らしいから!大丈夫だから!!」
「あいつが駄目なら、ヘラクレスでもいい!」
「更に勘弁して下さいー!!」

 私はうっかりヘラクレスばりに筋肉のついたソラを想像してしまって、手に汗を握った。
 勘弁してくれ、それだけは!!
 せめて青年と呼べる歳になってからお願いします!


「…って、君は僕を知ってるのかい?」
「へ?」
 何だか聞き覚えがあるような、そうでないような声がして見てみると……私に声を掛けてきたのは、青マントの青年・ヘラクレスだった。

 ……し、しまった。
 私はまだ彼からきちんと名前を聞いてない。
 なのに名前が出てきた時点で誰だか分かってる風に返答しちまったよ!

「えーと…えーと…。そう、ハデスから色々聞いたの!あいつのせいで色々大変だったわー」
「あいつか…」
「そう、あいつ」

 ふむ、と腕を組むヘラクレスとフィル。
 慌てて嘘で取り繕ってみたけど、案外とあっさり納得してくれたみたいで、それ以上は何も聞いてこない。
 良かった…。
 利用させてもらいましたぜ、死者の国の神!アンタには怨みもあるからね!
 けど流石にこれでチャラにはできないぜ!

「それにしても、君には悪い事をしたね。まさか女の子がケルベロスの中にいるなんて思わなかったんだ」
 後ろ頭を掻くヘラクレスさん。
 まぁ、確かにあの状況で人間が捕食されてるなんて誰も思いやしないだろうさ。
「いやぁ、生きてるから大丈夫大丈夫」
「そうかい?でも本当にごめん」
「誰でも悪い奴はさっさと片付けたくなるしねー」


 ちなみにこの時、「ソラとクラウドが背後からヘラクレスをドツいたのが多少事態を悪化させたかもしれない」なんて約数名が考えていた…って事は、私が知る由も無く。


「悪い奴と言えば、ケルベロスは僕が来る前に随分弱ってたね」
「何っ、あのケルベロスが!?小僧共、やる時はやるな!」
「え、でも殆どクラ……ふごっ
 ドナルドが言いかけた所で、ソラがそのくちばしを引っ掴んだ

 そういやソラ、キーブレード出せなかったから戦えなかったんだよね。
 なら、クラウドが主な戦力になってたんじゃ……
 ううむ、嘘つくのは良くないけど、ソラにもプライドってもんがあるだろうから今回は見逃しておこう…。
 ていうか、まぁソラなりに何かしらの方法で戦ってただろうし。


「よし、その勇気と力を称えてお前さん方を英雄の卵と認めよう!」
 フィルが言って、私はここに来た当初の事を思い出した。
 そういや、ソラがフィルに英雄だと認めて貰いたくてタル破壊までやったんだっけか。(そこだけ聞くと中途半端にグレた悪ガキみたいだ)

 つか、フィルがソラを『英雄の卵』だって認めてくれるシーンってゲームではもう少し表彰式みたいな感じだったような。
 気のせいか。

「ちょっと!何で卵なの!」
 わりと細かい所にまで執着するらしいドナルドが目を吊り上げてフィルに抗議する。
 それに乗じて私も声を張り上げた。

「そうだよ、生卵なのかゆで卵なのか気になるじゃん!あ、それとも半熟とかいうオチ!?
「「「いや、そこかい」」」

「どっちかと言うと生卵」
「「「しかも答えてる!」」」

 おー、ドナルド&ソラ&ヘラクレス、ナイス突っ込み。
 プラス、乗ってくれてありがとうフィル!
 いっそこのメンバーで吉○興業狙えないだろうか!(狙うな)


「卵である理由は、お前達がまだ英雄の何たるかを心得ていないからだ」
「ハイ、提案ー」
「何だ、
「フィルは卵(しかも生)だって言ったけど、」
「…完璧な英雄だとは認めんぞ?」
「生は流石に嫌なので、ヒヨコくらいにして下さい。頼んます」
「・・・・・・・・」


 え、何で黙るの?
 もしかして、ゆで卵すっ飛ばしてヒヨコにしたのが駄目だった!?(別に茹でたらヒヨコになるわけでもないけどさ!)
 なら別にゆで卵でも…っ!!

「えっと、ゆで卵の方がいい?」
「(ゆで…;)いや、ヒヨコがいいならそれで構わんが」
「お、面白い事言うんだね……!」

 ぬおっ、ヘラクレスが笑いを堪えてますがな。
 何だよ何だよ、いいじゃないかヒヨコ!

「じゃ、僕達は英雄のヒヨコ?
「ヒヨコ……」
「あひょっ、可愛いね!」
「でしょ!でもヒヨッコと間違えないようにね!」
 親指をグッ!と立ててみたら、グーフィーが「分かったよ」と親指立て返してくれました!
 ノリがいいねグーフィー!


「まぁ…ヒヨコではあっても英雄と認められたわけだし、そろそろ行こうか」
 言って、ソラや私、グーフィーをぐるりと見回すドナルド。
 え、それって……

「もうここから出るって事?」
「そりゃそうだよ、元々ここにはグミシップ酔いを醒ます為に来ただけなんだから」
「あ…そうだっけ」
 それを考えれば、今日は酔いまくったんだなぁ。
 グミシップ酔いに加えて動物酔い。
 なぜこんな酔いどれワールドと化しちゃったんだろう、オリンポス。

 まったく、KH世界に来てから香港映画のヒーロー並みにアクティブな動きをしてる気がするよ。
 …ハイ、気がするだけですが。
 動いてる、っていうよりは動かされてるって感じだ。
 セーブ陣で回復できなきゃ筋肉痛必至だしね!

「うーむ、私はもう少し居たかったんだけどなー…」
「え、何か思い残しでもあるの?」
「あの男の人の事かな?クラウドって言ってたよね」
 …おお、鋭いなグーフィー。
 グーフィーっていつも肝心な所で的を射た事言うよね。

 クラウドと離れるのは惜しいんだよ!
 だって大人の魅力が!美しいお姿が!!
 ううっ、もっと見ていたかったのにっ……!

「グーフィーよく分かったね」
「あひょっ、はここに来てからずっとクラウドを追いかけてたからねぇ」
「そういえばそうだな……もしかして、あいつの事好きとか?」
 軽いジョークをふっかけるように、さらりと問うソラ。
 うむぅ、流石14歳。言い回しが初々しい。(お前何歳だよ)
 よし、ここは正直に答えて進ぜよう!

「うん、大好きだよ」
「え………、えええぇぇっ!!?」
「そんなに驚かなくても…; いや、ていうか私が誰かを好きだとそんなにおかしい?」
「おかしいっていうか…その…、普段のからはそういうのがあんまり想像できないっていうか…」
 …おいおい、そりゃちょいと失礼なんじゃありませんこと?ソラさん。
 私だって恋の一つや二つや三つ………、

 ……あ、したことないや。(ぇ)


「ボウズ、振られたな」
「違うっ!!俺とはそんなんじゃ!!」
「ほほう、そのわりには驚き方が大袈裟だったな」
「だってこんな短い間しか居なかったのに好きになったなんて聞いたら驚くだろ、普通!」
「言い訳はよくないぞ!」
「言い訳なんかじゃ――」
「あー、そこのフィルとソラさん。一応言っておきますが、さっきの『好き』の意味は別に『恋愛対象として愛してるv』って事じゃなくて、どっちかというと『熱烈(且つ腐ってドロドロ)なファン精神』としての『好き』だからね」
「「・・・・・・・・」」

 両者黙りました。
 …言わない方が良かったか。もうちょっとからかわれるソラを見たかった。(そっちか)

「ファン…」
「…って、じゃあやっぱりはクラウドの方が男らしいって思ってるんだな!?ファンになるくらいだし。他の奴らは簡単に認められるのに何で俺だけ!」
「えぇっ、それとはまた別だよ!?ソラはもうちょっと自分らしさを大切にしなよ」
「それこそ別問題だ!俺やっぱりクラウドを超える!」
「だあぁっ!!そればかりはやめておくんなましー!!!」

「ちょっと、ちょっとソラ、!」
 私とソラの際限なさそうな言い合いに割って入ってきたドナルド。
 何かと思って視線を向けると、ドナルドはこの建物の出口をびしっと指差し、
「出発するのが先!!」
 単純明快にそう告げた。

「ああ、ごめんごめん。危うく忘れる所だった」
「こんな短時間で忘れないでほしいなぁ…」
「だって一大事だったんですもの!」
 それこそ色んな意味でね!!

 ソラはまだ何か言いたそうだけど、黙ってます。
 確かに、今口を出したらまたエンドレス論争が始まりそうだからね。


「もう行くのかい?会ったばかりなのに」
 ちょいと残念そうなヘラクレス。
 あー、確かに会ってからそんなに時間経ってないね。
 ケルベロス戦で乱入してきたんだし。

「ここに来るのはこれで最後じゃないと思うから、さよならじゃないよ。 ね、皆」
「そうそう、また来るよ」
「次に来る時にはヒヨコなんて言わせないからな!」

 …ソラはん、ヒヨコって言っちゃったのは私なんですが。
 しかし当初フィルが称したように生卵って言っても結局笑える台詞になるぞ。


「じゃ、行こうか」
 ドナルドが出口の前に立った。

「あ、待って!私ロッカーにブレザーとスカート置いたまんまだ!」
 ヘラクレスのマントを巻く時に脱いだからね。
 またいつ来れるか分からないし、持って行かないと。
 あ、そういえばマントはカッターシャツと一緒に闘技場に置きっ放しにしてあるじゃん。
 色んな所に散在してますな、私の服。(プラス借りたマント)

「なら取っておいでよ、待ってるから」
「ありがとう、行ってきまーす!」

 私はくるりと踵を返し、ロッカーのある部屋へと走っていった。





〜To be continued〜






<アトガキ。>

妙なシリアスで申し訳ない。
だって…だって…!ソラって仲間が死んだらものっそいショック受けますよね多分。
KH2での某シーンは悲しむ暇がなかったようですけど。
てゆか、死亡疑惑なんて一度目は「死んでなくて良かったぁ」で済んでも、二度目になると誰でもこの位不安になりますって。

夢主さん、クラウドの腕が溶けてないかとか忘れてますね。次回で書きますが。
てことは次回でオリンポス編終了ですか。…だといいな…!!(何)
今まで随分予告外してきたので、番狂わせがないように願うのみです。うわーん。
たまにあるんですよ、終わろうとしたら美味しいネタが転がり込む事が。
いや、クラ様と別れるのは果てしなく惜しいのですが、これ以上オリンポスが続くと連載の大部分を占めてしまうので。
くっ…クラ様への愛が尾を引く…!

ちなみに今回本当に書いていいのか迷ったのが、シャワー。
あの時代・あの場所にシャワーがあるはずがn(以下略)
ど、どうかスルーして!!(平身低頭)

では、次回で話が進む事を願いつつ(だって全然進まないんですもん!)、終わります。
あ、ご感想などありましたら拍手やBBSにてお気軽にお願いしますー。幻作、感想に飢えてまs(終われ)

2006.4.30