がふり。
そんな、息を吐くような妙な音がして、の叫びが嫌に遠くなった。
…やがて遠くなった声は聞こえなくなる。
そしてそれからすぐに、ソラが握っていたキーブレードは霧の様に消えてしまった。
ソラは驚いたように右手を見て、何があったのかを理解しようと頭をフル回転させた。
……しかし、思い浮かぶのは最悪の事態ばかり。
思わず青ざめて唇を震わせた。
見えるのは、大きな…というよりは巨大な、三つ首の犬の後姿。
その化け物が姿勢を低くして、動きを止めている。
歩幅の広いその化け物――ケルベロスを必死になって追っていた一同は、状況が把握できずに固まった。
……場内に、沈黙が流れる。
を追っていたはずのケルベロスは、突然ソラ達の方を振り向いて口を開き…紫色の息を吐き出した。
すると、地面から黒い炎が幾つも噴出し、ケルベロスと対峙する全員を襲った。
簡易魔法だろうか。ドナルドはその黒い炎に焦がされかけた。
全員慌てて避けようと走るが……ソラはが気になって仕方が無かった。
ここからではケルベロスの巨体が邪魔になって見えない為、ケルベロスの攻撃を避けながら見える位置まで走る事にした。
するとドナルドやグーフィーも同じ事を考えていたらしく、同じ方向へ走ってゆく。
少し走った所で、ソラは後ろから襟首を掴まれた。
後ろにいたのはクラウドだった。
ソラを追いかけて来たらしい。
「武器が無い状態でここを走り回るのは危険だ」
「だってが!」
「あの二人が確認するだろう。お前はロビーに戻っていろ」
「大丈夫だから行く!」
「根拠が無い。無謀だと言ってるんだ」
「そんなのっ…」
ソラが反論しかけて、その瞬間二人の間に黒い炎が噴出した。
反射的に二人とも飛び退いて、それでも黒い炎は幾つも続けて二人を襲ったので、会話の中断を余儀なくされる。
ソラは、ここから見えないを見るように視線を向けながら、
「…」
その名を呟いた。
割別の鍵・18
飲食禁止!
〜そりゃもうごくりと。〜
「うがああぁ!もう!何、何なのこれはぁっ!!」
私は半狂乱になりながら地団太を踏んだ。
私の周囲に広がるのは、妙にぬらぬらと湿るピンク色の壁。
しかも時々地面やら壁ごと空間が大きく揺れる。
ここはさっきまでいた闘技場なんかじゃない。全く違う。
闘技場でケルベロスの顔が迫ってきて思わず目を閉じて、気付いたらここに滑り込んできてた。
…いやね、何となくこの状況の予想はつくんだけど。
理解するのを頭が拒否してるっていうか。
足元には、うっすら溜まった黄色の液体。
この地面はでこぼこしてるから、何とか液体がブーツに触れない位置まで上ってるんだけど…海で言う所の浅瀬の水が被ってない砂の部分みたいな感じだから、地面が揺れる度に波が立って結局ブーツには飛沫がかかる。
一体何なんだ、ここは。
私は試しに、やたらうねうねと動いてるピンクの壁を人差し指で突っついてみた。
ぶに。
…あ、柔らかい。てか、湿ってる。
「……ここってさー…やっぱ…」
思わず頭を抱えたくなりながら、私は混乱しないようにゆっくりと言葉に出した。
…自分一人しかこの空間に居ないけど。
「ケルベロスの胃、だよね」
………。
・・・・・・・・・。
「ぐああぁ!食われたのか!あたしゃ食われたのか!!しかも噛みもせず丸ごとごくりと!」
そんなに私を舌の上に置いておきたくなかったのか?
いや置いておいて噛み砕かれるのも困るけど。
つーか、まさか私の人生において獣に食われる日が来ようとはマジで思いもしなかったぜベイベ!(普通は思わないと思う)
…要するに。
私はケルベロスに食いつかれてごっくんされて胃の中に滞在しているわけですよ。
ヒラヒラした服着てなくてよかった。
よくアニメであるんだよね、怪物に食われて歯の隙間に破れた服が引っかかってるの。
…ってか、今はかなり現実味を持って ま す ね … !
「そういや、私と壁を隔ててるからソラは…」
キーブレード出せない状態?
うわぁ、それってまさしくハデスの思う壺。
ケルベロスはハデスが出した命令をちゃんと聞いたことになるんだねー。
…いやいやいや、余裕ぶっこいてられる状況じゃないじゃん。
そんなに戦力になってなかった戦闘素人の私が消えるのはまだ大丈夫として、ソラが武器封じられるのはちょっと痛いぞ。
……。
………あれ?ていうか私、胃にいるんだから………
「いずれ消化されちまいますか・・・?」
嫌な予感。
そういやこの黄色い液体、もしかしなくても胃液だよね。
徐々に増えてる気がしないでもないよね。
・・・・・ねぇ?(涙目)
「ぎゃー!!勘弁してよ!私の青春物語は黒犬の消化活動で溶かされて「Fin」とか書かれて終了なのか!?出せ!出して!つか吐け!」
私は手が汚れるのも構わず胃の壁を両手で殴りつけた。
が、壁は柔らかい。衝撃が吸収されて終わった。
どうすればいいんだろう。
私はきょろきょろと辺りを見回した。
斜め上には狭そうな穴がダクトみたいに繋がってるんだけど…あれって食道だよね?
三叉路になってるけど、多分三つ首だからだよね?
あれを登っていけば口に辿り着けそう………なのは分かっても、上の方にありすぎて無理。
よし、かくなる上は……
「ファイアぁっ!!」
『ドゴンッ!ダゴンッ!!』
壁に向かってファイア撃ってみました。
…が、多少焦げただけでダメージは少なそう。
何てストマックしてるんだ、この三つ首ワンちゃん。
くそっ、このまま撃ち続けて胃痛にしたろか・・・!
でもそれくらいじゃ吐き出してくれそうにはないし……。
…あぁっ、そんなことしてる間に胃液が増してきてる!水位上昇!
本格的に消化始まってるよ!!
「ヘ、ヘルプミー!!!」
胃の中に、私の叫び声が木霊した。
***
「いない…どこにもいないよ!」
「じゃあやっぱり…はケルベロスに…!?」
が居たであろう場所にその姿を見られず、グーフィーとドナルドは焦ったように言った。
黒い炎の強襲が収まってほっとしたのも束の間、が居ない事が発覚して動揺する。
二人の言葉を聞いたソラは、自分の方へ方向転換をし始めたケルベロスを見ながら呆然とする。
「…っ」
「戦いの最中に動きを止めるな。お前は逃げろ!」
「嘘だろ、…!」
「おい!」
クラウドの言葉などまるで聞こえていない様子のソラは、顔面を蒼白にしながらケルベロスに向かって走っていった。
クラウドは一度舌打ちをすると、大剣を構えてソラを追った。
「を返せー!」
ソラの方へ方向転換をしてしまったケルベロスに、ドナルドが怒鳴った。
ケルベロスはそれに気付いて、頭の一つを使ってドナルドに食いつこうと牙を剥いた。
ドナルドと隣に居たグーフィーは慌ててケルベロスから遠ざかり、攻撃を避ける。
「…ねえドナルド、、死んでないよね…?」
「そ、そ、そんな、そんな事はないよ!……多分」
「…多分なの?」
グーフィーの言葉で、ドナルドは思わずがケルベロスの鋭い牙で噛み千切られる様子を想像してしまった。
そういえば、食べられてしまったのだから口の中でモグモグと噛まれた可能性も………
頭の中で繰り広げられるスプラッタ劇場は、一度始まると最悪の事態を描いて止まらない。
数秒もしない内にドナルドはガタガタと震えだした。
「はわわわわ・・・!!」
「…!!」
「この…っ!!」
滝のような汗を流し始める二人をよそに、ソラはケルベロスに突進してゆく。
ケルベロスは、ソラを真正面に捉えて睨み付けて一度姿勢を低くし……
跳躍した。
ケルベロスは、その巨体から想像できないほどの高さを跳んで、真下にソラが来るように着地地点を調整し…真っ直ぐに落ちてくる。
それは数瞬の出来事で、ソラがケルベロスを視線で追った時には落下が始まっていた。
このままでは踏み潰される、と認識した時には既に遅く、避けるには体を動かそうと意識を集中させる時間が足りずに。
「ソラー!!」
「ソラっ!」
ドナルドとグーフィーが驚いて声を上げた、次の瞬間―――
『ズダンッ!!!』
物凄い音を立ててケルベロスが着地。
と同時に、着地した場所から凄まじい風のようなものが巻き起こる。
衝撃波だった。
ドナルドとグーフィーは、それに巻き込まれてソラとクラウドがケルベロスの下から転がり出たのを見た。
実はギリギリでクラウドが駆けつけ、剣をつっかえ棒のようにして支えてしゃがんだ所、ケルベロスは剣が自分の足に刺さる事を嫌がって微妙に落下の体勢を変えた。
その為、踏み潰されずにその後に巻き起こった衝撃波でケルベロスの下から転がり出たのだった。
二人は衝撃波をまともに食らったせいで多少打撲を負っていたが、それでもほぼ無傷に近かった。
ケルベロスの下から転がり出た直後、二人は素早く立ち上がってケルベロスから距離を取る。
ケルベロスの牙が届かない位置まで来て、クラウドは何とか手放さずにいられた剣を構え直し、右に居るソラを一瞥した。
「…俺は守り専門じゃないんだがな」
「ごめん、つい…頭に血が上って」
「戦いに『つい』は命取りだ」
「そうだ、!」
命取り、と聞いて咄嗟にソラはを思い出した。
は…は死んでしまったのだろうか。
ケルベロスに食われた時点で絶望的ではあるが…。
何しろあの牙だ。人間などひとたまりもないのではないか。
ソラは、が居なくなって自分が戦えなくなる事よりもまず先に、彼女の心配をしていた。
寧ろキーブレードの事は現在頭からすっぽりと抜けている。
「二人とも無事ー!?」
「おーい!!」
ソラとクラウドの元に、ドナルドとグーフィーが駆け寄った。
途中、ケルベロスが噛み付こうと首を伸ばしたが、ドナルドがファイアを何発か撃って怯ませた隙に一気に走った。
「俺は大丈夫!けど…は……」
肩を落としてうなだれるソラ。
ドナルドもグーフィーも、の名を聞いて悲しそうに顔を歪めた。
しかしクラウドはそんな3人を見て溜息をつく。
「…何だよ、何で溜息なんてつくんだよ」
ソラはクラウドに静かに怒りをぶつける。
クラウドは、自分達の様子を窺っているケルベロスから視線を外さずに言った。
「お前達は、ケルベロスがあいつを食い千切る所を見たか?」
それに対してソラ達は首を傾げる。
…クラウドが言わんとする最終的な意味を測りかねたのだ。
「あの口の構造なら口内に入れて噛み砕く事は出来ない。人間なんて食べにくいものを食べる場合、噛み千切って飲み込むだけのはずだ。それにあの場で噛み千切っていたなら、叫び声は途中で不自然に途切れるはずだろう?」
「……!」
あの時の叫び声は、途切れずに遠ざかった。
…と、いう事は。
「は丸呑みにされてる!」
「生きてるんだ!」
「…その可能性が高い」
知った瞬間、3人は表情を輝かせた。
「そもそも、場内に血が流れていなかった時点で気付け」
「あ…」
「そっか」
「そ、それより!問題はをどうやって助けるか、だよ」
ドナルドがケルベロスを睨みながら言って、グーフィーとソラもその方向へ視線を向けた。
ケルベロスは、紅い眼を光らせながらこちらに突進してくる所だった。
「うわ、わ!!」
「逃げろっ」
全員が散り散りになって逃げる。
ケルベロスはその中でも武器を持っていないソラを集中的に狙った。
3つある首を総動員させてソラを追う。
ソラは必死になって逃げ惑い、咄嗟にケルベロスの顎を力いっぱい蹴り上げた。
それがどうもクリーンヒットを弾き出したらしく、ケルベロスの頭の一つが目を回したようにふらふらと彷徨い始めた。
その隙を突いてドナルドは魔法を撃つ構えを取る。
サンダーを撃とうとして――ケルベロスの中にがいるのを思い出し、感電するかもしれないとファイアに変更した。
「『ファイア』っ!!」
『ズドン、ドン!!ドドドンッ』
目を回した頭とは別のものを狙って、何発も火球を撃ち込む。
それに乗じてグーフィーが盾をブーメランのようにして投げ、ドナルドの魔法と同じ場所に命中させた。
するとその頭は目を閉じて動かなくなった。
痛みに耐えているらしい。
「どうやってを助けよう…」
「ケルベロスを倒した後、中から出す?」
「それしかないけど、俺キーブレードないし」
ソラはケルベロスから走って遠ざかりながら、ドナルドとグーフィーの会話に介入した。
クラウドは三つ首のケルベロスの頭が二つ自由でない状態を、チャンスとばかりにケルベロスの背後へ回り、鋭い爪が生えた大きな後ろ足を足場代わりにして背中へ飛び乗った。
広い背中を駆け抜け、まだ動き回り3人を攻撃しようと隙を窺っている頭に向かって後ろから跳躍。
斜めになっている黒く長い首を一度軽く足場にし、更に跳ぶ。
剣の重さからか少し重そうにケルベロスの鼻先に着地して、振り向き様に剣で大きな紅い目を薙いだ。
ビリビリと振動がするほどの大きな咆哮。
片目を潰されたケルベロスは痛みに首を振って悶えた。
クラウドはケルベロスの頭から飛び降りて、身をかがめる様にして沈み込んで着地した。
両目を潰すことはできなかったが、これでもケルベロスを混乱させるには充分だろう。
ドスドスと無駄に動きながら、ケルベロスは再び咆哮した。
「よし、もう一息!」
「が傷つくかもしれないから、なるべくお腹に衝撃を与えないように攻撃だ!」
ドナルドとグーフィーは、意気込んで攻撃の態勢を取った。
ソラも、再び迎撃できないだろうかと構えた。
元々運動神経は悪くないソラである。
プロのようにとはいかずとも、先刻の攻撃である程度肉弾戦ができるかもしれない、と思っていた。
…勿論、本人が思うほど向いてはいないのだが。
クラウドも立ち上がって剣を構えた、その時。
ドナルドとグーフィーが居る方に、目を回していた首と魔法を当てられて痛みに耐えていた首が同時に正気を取り戻して大きく口を開け、迫ってきた。
ドナルドは魔法で迎撃の準備を。
グーフィーは盾で防御の準備を。
瞬間的に済ませた………のだが。
『ずどっ!!』
妙に鈍い音がして、唐突にケルベロスの攻撃が止まった。
ドナルドとグーフィーに攻撃は届いていない。
しかし、目の前に広がる光景はあまりに滑稽なものだった。
「やあ、大丈夫かい!?」
一人の青年が、青いマントをなびかせながら場内に立っている。
その青年はクラウドでもソラでもなければ、ドナルドやグーフィーでもない。
忽然と姿を現したので、どこから入ってきたのかもよく分からなかったが…遥か上から降ってきたらしい事だけは登場の仕方で分かった。
青年は、たった一人で、しかも素手でケルベロスの頭を食い止めていた。
…馬鹿力もここまで来るとこの世界の物理法則を疑いたくなる。
「大丈夫…だけど…」
「君は?」
呆然としながらドナルドが返事をして、グーフィーが言葉を繋いだ。
「僕はヘラクレス。さぁ、危ないから君達は逃げて」
軽く振り向いて微笑みかけた後、青年…ヘラクレスはケルベロスを下から殴り上げた。
ケルベロスは面白いほど上へ吹き飛ぶ。
吹き飛ぶ、と言っても体の大きさがかなりあるので、前足が浮く程度だったが。
「ま、待ってよ!」
「俺らはそいつのお腹の中の――」
ソラが言い切る前に、ヘラクレスはケルベロスの尾を掴み、ハンマー投げの様にぐるんぐるんと回し始めた。
勢いがついてケルベロスの巨体が黒い竜巻のように見えてくる。
何だかこのままではケルベロスが遥か彼方へ投げられて終了、というようなオチが見えてきそうである。
ソラとドナルドは焦りに焦った。(グーフィーは例によって人よりある程度落ち着いている)
この状況には流石のクラウドも「え…」というような顔をした。
何しろ、今までこの場の全員で解決策を考えていたその対象を根底から放り捨てられようとしているのだ。
「何か言ったかいー?」
ケルベロスを回しながらのんびりとした口調で言ったヘラクレス。
そして次の瞬間―――
『がすっ』
「人の話を聞けっ」
「投げちゃ駄目だー!!」
英雄ヘラクレスのドタマに背後から繰り出された拳と剣(峰打ち)。
ぐるぐると回されるケルベロスにぶつからない様、必死に避けながら接近しての迅速攻撃。難易度は高い。(だから何)
ジャンプした勢いで殴ったソラと、大剣の重さに乗じてそのままヘラクレスの頭に振り下ろしたクラウドは、見事コンボを決めてヘラクレスを前のめりに倒した。
「がふっ!!」
『ずどおおぉぉぉんっ!!』
凄まじい音を立てて、ケルベロスごと倒れるヘラクレス。
ケルベロスは、ヘラクレスの手から離れて場内で激しく砂煙を上げながら惰性でズザザザ、と滑る。
広い場内を思い切りスライディングさせられたケルベロスは、数秒して壁に激突。
何やら壁が破壊される音が地震すら巻き起こして響いた気がするが…そこは敢えて無視する事にする。
大量の砂煙が湧き上がって、それが地面に舞い戻った頃、目の前の青年がむくりと起き上がる。
…ケルベロスは瓦礫に埋もれてピクリとも動かない。
「いきなり何をするんだよ…」
「それはこっちの台詞!」
ヘラクレスにドナルドが叫んで返した。
ソラは……最早ケルベロスの方に視線を釘付けにしたまま言葉も出ない。
「ケルベロスの中に、人が居る」
クラウドが簡単に説明をすると、ヘラクレスは目を皿にして驚いた。
直後、ソラはケルベロスの横たわる壁際へと一目散に駆けていった。
それに続いて、ドナルド、グーフィー、…数秒間をおいてクラウドとヘラクレスも同じ方向へ走った。
広い場内を、全員が同じ方向に駆けて行く。
やがて辿り着いた先には、腹部に壁や柱の残骸を大量に受けて動かなくなった、仰向けのケルベロスの姿が。
そして、丁度瓦礫の中からはみ出ている二つの大きな黒い頭。(頭と言うよりは、仰向けなので主に顎しか見えなかったが)
その内の一つは軽く口を開いた状態で止まっていて…覗くと、一本一本が腕程もある黄色い歯の隙間に小さな手が見えた。
「!! っ」
ソラはその手に駆け寄って、ケルベロスの口内を更に覗き込んだ。
口内には、腕が続いていた。
しかし薄くしか口が開かれていない為、その先が良く見えない。
…どうしようかと迷っていると、
「それっ!」
掛け声が聞こえて、突然ケルベロスの口が大きく開いた。
見上げると、ヘラクレスがケルベロスの口をこじ開けていた。
ケルベロスの上顎に、うつ伏せになって倒れているがいた。
全く動かないので一瞬嫌な想像をしたが、弱々しくも呼吸音が聞こえてきたのでひとまずほっとする。
ソラがをケルベロスの口から抱えて出そうとして、が気を失っているからか、重くて持ち上がらなかった。
ドナルドとグーフィーが手伝おうとケルベロスの口内へ入りかけるが、それより先に大剣を地面に突き刺してからクラウドがすたすたと入っていって、いとも簡単にを抱き上げた。
…ソラは、また男として負けたような気がしてむっとする。
しかしクラウドはそれに気付かずさっさとケルベロスの口から外へ出た。
ヘラクレスがマントを地面に敷き、クラウドはその上にそっとを降ろした。
仰向けにされたは、漂白された様に真っ白な顔をしていた。
体中に纏わりついた黄色い液体が日に晒されて、てらりと光った。
瞳は、閉じられている。
「…!」
「!!」
ブーツは底が形を変えるほど溶けていた。
どうやら消化されかかったようだ。
見た所溶けているのは膝より下までなので、ロングブーツに守られて肌は無事だったらしい。
黄色い液体は胃酸か。
しかし胃から口に出る過程でか、それとも戦闘中にか、胃酸は体中にかかっている。
ドナルドとソラが必死に呼びかけるが、反応は無い。
体を揺すろうとして、クラウドに「乱暴に扱うな。内臓がどうなっているか分からない」と止められた。
「どうすれば…どうすればいいんだよ!」
「とりあえず僕がケアルをっ…!!」
ドナルドが杖を振り上げて、回復魔法『ケアル』を唱えようとした。
…が、
「―――、」
の紫色の唇が、僅かに震えた。
何かを、言ったようだった。
「、意識が…!?」
「しっ!黙って、何か言ってる!!」
ドナルドがグーフィーを黙らせ、その場の全員がの言葉に耳を傾けた。
「………皆…」
細く掠れた声で呟き、はガクガクと震わせながら右手を持ち上げた。
ソラはその手を両手で包むようにぎゅっと握り締め、言葉の続きをじっと待つ。
…の手は、驚くほど冷たかった。
「もう…私、駄目………」
ぐたり。
右手から力が抜けて、胃液で滑るせいでソラの手の中から滑り抜けた。
とす、と軽い音を立て、の右手が落下した。
唇も動かなくなる。
「う、そ…だろ?なぁ、!」
「死んじゃ駄目だっ」
「!!」
の手を握っていた為、ソラの手には胃酸がべっとりとついていた。
そのせいで皮膚が溶けてきたのか、ソラの両手は僅かにヒリヒリと痛みだす。
しかしそれすら関係ないというように、ソラはの両肩を掴んで軽く揺すった。
「元の世界に帰る方法探すんだろ?俺が頼りになるって事もまだ認めて貰ってないじゃないか?なぁ!」
揺すられるままに、は力なく揺れた。
クラウドは、もうそれを止めようとはしなかった。
「こんな…俺、どうしたらいいんだよ!嫌だ、嫌だ!!…っ!!」
感情の混乱が止まらない。
それなのに思考は白紙で、現状を認めたくない。
ソラの周囲に居る4人は、思わず視線を逸らした。
そして……そして。
「揺らすな、吐く」
ソラは突如がしりと両手首を掴まれ、獣もビックリな低音で唸るように忠告された。
「!!!?」
「ぎゃー!!が生き返ったー!!」
カッと目を見開いてソラの両手首を掴んでいるは、まるでゾンビだ。
低音の忠告は、どうやらが言ったらしい。それはそれで怖い。
ソラは別の意味で青くなった。
「死んだんじゃなかったんだね」
グーフィーの言葉に弱々しく頷いて、は声を絞り出す。
「…酔った」
……一同、沈黙。
どうやら、顔が真っ白なのも唇が紫色なのも、果てには弱々しかったのも乗り物酔いならぬ極度な動物酔いを引き起こしたからだったらしい。
それはそうだ、胃の中に居たとはいえ、あれだけヘラクレスに回転をかけられて平気なはずがない。
念の為クラウドが「他に傷は?」と聞くと、首を緩く左右に振ってきたので、命に別状がないことが判明した。
ソラは魂が抜けたように呆けてしまった。
…こちらこそ本当に死んでしまったように動かなくなる。
「ソラ、大丈夫?」
グーフィーがソラの前で手を振るが…反応なし。
完全に灰になっている。
全員が数秒沈黙して……やがてヘラクレスが屋内に入る事を提案し、一同は頷いた。
〜To be continued〜
<アトガキ。>
ななな長らくお待たせ致しまし…っ(ひい!!)
楽しい事を後回しにしてしまう癖がここに出てしまったようで…!!(あわわわ)
申し訳ない……
今回、夢主食われましたねー。そりゃもうごくりと。
本当はすぐに外に出られるはずだったんですが、何故だかクラ様の戦う姿を書きたくて。
…もっと書けたらよかったのに、なんてまだ思ってますー。
しかしあの状態だとソラが惨めなので切り上げました。
ヘラクレス登場!しかしその登場は逆効果だった!・・・・・・ガクリ。
いやね、本当はヘラクレスにケルベロスの腹殴らせてポーンと夢主が出てくるなんていう漫画チックな事させようとしてたんですよ。
が、どうにもこうにも…ギャグを書きたく な っ て … ! (コラ)
だってヒーローのドタマなんてそう簡単にドツけないじゃないですか。(おいおい)
しかも夢主一人称文章じゃないとギャグが出ない。捻出するしかない。イコール、書いちゃえv
…ヘラクレスファンの方々、申し訳ない。
しかし夢主死亡疑惑第2ですねー。やはり一般人に旅は辛いか。(それ以前の問題)
…ごめんなさい、楽しかったです。
今回でオリンポス終わるかもとか言っといてそうならない事実。ああぁ…無計画…。
更に言うと、もう2話くらい続くのかもしれない。
では、また次回で会いましょう。
2006.4.2