あぁ、
 あぁ。

 壊れそうだよ?







077 : 大 暴 れ






 目を開ければ、そこは見知らぬ場所。
 ざわりと、少し湿った風の吹く草原。
 仰向けになっているので、空が初めに目に入った。

 低い、灰色の雲。
 ぼんやりと見つめている内に、大粒の雫が落ちてきた。
 その冷さにすら、うまく反応できずに。
 ただ、…ただ。
 自分が何なのかを考えていた。






「…ル、スマイル」
「……」
「スマイル!!」
「!」
 大声で呼ばれて、僕は驚いた。
 ていうか、折角寝てたのに。…まぁ、あんまりいい夢じゃなかったけどさ。

「…また寝ていたのか。次の仕事場に移動する。早く支度をしろ」
「えぇー、もう?僕眠いよ…。」
「仕方がなかろう。時間がない」
「……。しょーがないなぁ」
 もたれていたパイプイスから背を離し、重い体を立ち上がらせる。
 ここ最近、イスでも寝られるようになった。…それだけ疲れてるってことは目に見えてるんだけど。
 まぁいいや。暇よりはマシなんだから。



 次の仕事場に向かうまでの車の中。僕はさっきの夢のことを思い出していた。


 何も感じられない、霞のかかった思考が。
 現状の把握さえも打ち切っているようだった。

 知らない。何も知らない。
 ここは何処。僕は誰。

 ―――ここにいるのは、なぜ。

 漠然とした疑問の渦。
 雨に打たれながら、それまでの記憶を手繰り寄せようとして…失敗した。



「…ユーリ」
「何だ?」
 後部座席に座った僕らは、ユーリはフロントガラスから、僕はすぐそこにある窓から外の景色を眺めていた。

「…僕はさ、」

「…」
「…何だ?」
「…ヒヒッ、やっぱり何でもない」
「……なら呼ぶな」
「……。」

「…はーい。」



 唐突に視界を埋めた、空以外の何か。

「何をしている」

 その「何か」…いや、「誰か」は、僕を見下ろして言った。
 何、って言われても僕は何も分からない。

「誰だか知らんが、この雨の中大の字で寝るな」
「…君だってずぶ濡れじゃん?」
「途中で降られただけだ。…お前、明らかに不振だぞ」
「そうかなァ?」
「でなければ声などかけはしない」

「…ねぇ」
 僕が上半身を起こして呼びかけると、その紅い瞳の「誰か」は黙って言葉を待った。

「僕ってさ。…誰?」




 控え室。
 僕らの次の仕事は、音楽番組の収録だった。
 時間がないって言ってた割にはあと1時間くらい待たされるみたいで、やっぱり暇。

「ユーリ、寝ていい?」
「お前、一度寝たら起きないだろう。だめだ」
「……」
にでも会ってこい。隣の控え室に居るようだぞ」
「…今はいいや」
「……」



「記憶喪失か?」
「…分かんない。」

 僕はあのままでも良かったんだけど、この人――ユーリがそうも行かなかったみたいで。
 シャワーを借りて、服まで借りて。
 …ちょっと小さいなぁ。

「名前は分かるか?」
「…全然」

 髪がぼさぼさになっているようだったので、くしはないかと尋ねた。
 棚にある、と言われて取りに行く。…立とうとはしないわけね。
 ついでにそこにあったスタンドミラーを持って、座っていたソファに戻ろうとして。

 僕は、鏡の中の自分を見た。


『ガシャン。』




「ユーリ」
「…何だ?」
「……」
「…先刻から変だぞ」
「僕ってさ」

「存在する意味は、あるの?」



 飛び散った鏡の破片が、床を跳ね、滑る。

「何をしてい
「何…これ。」
 ユーリの声を遮って、しかしそれにも気付かずに僕は呆然と呟いた。

「何、で…?」

 染めたような青。
 髪だけでなく肌まで。
 それに加えて、

「肩…」

 そこにあるべき右肩が、なかった。
 慌てて手を伸ばすと確かに感触はあった。…なのに、向こう側が透けて見える。

「……あぁ、そうか」
 ユーリが僕の方を見て納得がいったような表情をした。




「意味の分からないことを言うな」
「分からないわけじゃないでショ?」
「……」

 ほら、はぐらかす。
 答えられないんでしょ?



「どういう…こと?」
「透明人間。お前は人外のものになったのだ」
「え…?」
「死後、肉体が腐敗しない内に悪意を持った者に墓が暴かれたりなどすると、ごく希にそういったことが起こる。…なった本人は自覚どころかその前の記憶すら全く残らないらしいが」
「じゃあ…じゃあ僕は、」

「死人だ」




 青い手のひらを握り締めて、僕はユーリを見た。

「一度死んでるんだよ。」
 呟くように言うと、ユーリがイスに座りながら僕を一瞥した。

「生き返ることだって、多分望んでなんかいなかった」

 何も思い出せないけど。
 ひたすら空白だけど。

「生きて、死んで、いなくなる。自然淘汰のその内が、壊されてる。生きている内は意味があったかもしれないけど、僕はもう死んでる」
「…何が言いたい」
「分からない」

 頭がどうにかなりそうだ。

「ただ、僕がいる意味がわからない」

 酷く、疲れてしまった

「寧ろいない方が、いいんじゃないかって。」


 世界に  僕という存在は  必要  ない  。


「……」
 露骨に眉を顰めるユーリ。
 僕は唇を噛んだ。

「ねぇ、僕をあの城に住ませてるのは哀れみから?僕とユーリが組んでるのって、同情から?酷かったもんね、当時。」
 ショックで何も出来なくなってしまっていたから。

「…スマイル。言っていいことと悪いことがある」
 鋭く睨んでくるユーリに、僕は視線を外して。

「全部投げ出して、死にたい。」

 無表情に、告げた。

『ダンッ』
 ユーリが、拳で長机を叩いた。
「お前…っ、ふざけるな!」

 ふざけてなんかないよ。
 だって実際、僕は誰に祝福されるわけでもなくこの世に2度目の生を受けたんだ。

「透明人間の生まれる訳…僕が死人だってこと、ユーリ以外は数えるくらいしか知らないんだよね?
じゃあ、テレビで公表したらどうなるんだろう?あっという間に見放されるね」
「っ、」
「こんなにも不安定な、余分な存在がここに在ること自体、間違ってるんだ」

 口を開きかけて、しばらく迷って、やっぱり何も言わないままユーリは口を閉ざす。
 …あぁ。
 何もかもが、苛立たしい。

『ダン。』

 手のひらを、簡易的なその長机に勢いよく叩きつけて。
 次第に力を込めていく。
 薄いプラスチックのコーティングが、みしみしと音を立てる。

 その時。

『カチャ、』
「スマ?ユーリ…?」
 ドアを開けて入ってくる少女の姿。
 友達兼仕事仲間のだった。

「どうしたの?さっきから凄い音が…」
 言いかけて、固まる。

『ガン。ガタンッ』
 大きな音が耳を突く。
 僕が机を蹴り倒した音。

「…どう、したの…?」
 恐る恐る、といった感じに聞いてくる
 それすら、煩わしくて仕方がない。

「僕が、死人だって言ったらどうする?」
「え…?え?」
 戸惑う
 構わずに僕は続けた。
「僕さ、死んでるんだよね、1回。気持ち悪いでしょ?」

 肯定するだろう君のその言葉を、君がいる方を見もせずに待つ。
 さぁ、僕を否定して。
 どこかで組み間違えた、この積み木を崩して。
 …死ぬ許可を、出して。

 が、


「どこらへんが…?」


 数秒の間。
 眉根すら寄せてそう言ったに、部屋一帯が沈黙する。
 何をどう間違えばそんな言葉が出てくるの?
 別に早口言葉でも何でもないんだよ?

「肌だって青いし、透けるし、…死体が動いてるのと同じだ」
「青いのも透けるのも周知の事実だし、スマ生きてるでしょ。スマ以上に奇妙な生物は多いと思うよ」
 さり気に酷いこと言うなぁ…。

「それにさ、お墓荒らした人が悪いんでしょ?」

 自然に。
 そう付け足したは、言ってからはっとする。

…?僕が生まれた理由…」
「あ、えっと…その…。」
 知って、いたの?

には私が教えた」
「!」
「ユーリ…?」
 ポツリと零すユーリに、僕はゆっくりと視線を向けた。
 半分目を閉じたような、床を見つめたユーリ。

「ユーリ、何で…」
 僕が尋ねると、代わりに後ろからが答えた。
「私から話すわ…」

「それなら、私は席を外そう」
 ユーリがイスから腰を上げ、静かにドアから出て行った。
 入れ替わるように、がイスに座る。
 倒れた机はそのままに、隣のイスに座るように促してきた。
 僕は半ば呆然としながら座る。

「スマのことは…」
 唐突に、切り出す。

「スマのことは、私からユーリに聞いたの」
「え…」

 友達だから?
 好奇心で?
 …得体が知れない、から?

「スマのこと…知りたかったの」
「…?」
「私…、」
 一呼吸、置いて。

「私…スマのこと好きだから。誰より、知っておきたかった」

 ぎゅっと拳を握り締めて、膝の上に置く君は。
 俯いて顔を隠している君は。
 今の僕には、あまりに信じられなくて。

「どのくらい前から、知ってたの?」
「3ヵ月くらい前…かな」
「そんなに、前から…」
「最初はビックリしたけど、」
 は立ち上がって僕の前でしゃがんだ。
 そして、その右手を僕の胸へ。

「ちゃんと心臓動いてるし。生きてるし。…スマはスマでしょ?」
「でも、僕は死んだ。生きてる者全てに存在する意味があるなんて言うけど…一度死んだ僕には意味どころか何もなかった」
 記憶すら残されなかった。
 白紙で、放り出されて。

「でも今はちゃんとある。ユーリだって私だって、前のスマにはなかったものだよ?存在する意味だって…」
 は、僕の胸に当てていた手でそっと僕の手を包んだ。

「皆が…私が必要としてるからじゃ、駄目?」

 静かに僕の顔を覗き込む君に
 嘘偽りの見えないまっさらな君に。

「妖怪だよ?」
「うん」
「青いよ?」
「うん」
「…死人、だよ?」
「うん。」

 空っぽだった何かが
 確実に、埋まっていく不安と

 暖かさ。

「……」
「!」
 しゃがんでいた君を抱き寄せてその肩口に頭を乗せて。
 何も分からなかったあの時から、ほんの少しだけ…たった少しだけ前進した気がしたから、
 なぜだか混乱して。

「…スマ?」
「…」
 僕の背に回された君の手が、余りに暖かくて。
 あの時冷えたままだった僕の内が、氷解していくのが分かった。

「…スマ、

泣いてるの?」



 あぁ、今だけ。
 今だけ―――――――。










「きゃぁ!?」
 びくりと震える
 ヒヒッ、毎回いい反応☆

「もう!スマでしょ!!出てきなさいっ」
「ヒッヒッヒ☆バレた?」
「当然!何回やられたと思ってんの?」
「相変わらず背中弱いねぇは〜」
「分かってるなら狙わないでよ…。」

 久しぶりの休日。
 ユーリは仕事だけど、いつも通り城にを呼んでみた。

「ヒヒッ、恋人の特権☆」
「触れてくれるのはいいけど、背中なぞられるのは嫌・・・。」
「いいじゃん」
「だめ!」

 言ってからクスリと笑う
 相変わらずカワイイなぁ。

「…あ、そーだ」
 思いついたように言うに、僕は首を傾げる。
「Deuilにドラマーが入るんだって?」
「ん?うん。人狼だって」
 本人が言ってたけど、あれはどう見たって犬じゃないノ?
 僕が付け足すと、なにそれ、とが笑う。

「仲間が増えるんだね」
「……」

 2人、ソファに座りながら。

「…そーだね。」

 共に時間を過ごして。





〜fin〜



〜おまけ〜

「あ、でも」
「?」
「新参には絶対渡さないんだから!!」
 僕が力を込めて言うと、はぷっと吹き出した。
「…大丈夫。私はスマしか見えないから」
「ヒヒッ、嬉しいなァ☆」

 …大好き。



〜完〜




<アトガキ。>

あっはっはぁ。
・・・甘くねぇ・・・っ
やっぱ甘いのは苦手だ。(だからってこの糖度の低さ・・・)
すんまそ…。

人狼は種族。吸血鬼も種族。
…果たして透明人間は?
そんな疑問から生まれたもんでして。(をい)
どう考えたって生まれたときからじゃないと思うんですよね、私は。
映画の「透明人間」だって生まれたときからではないんです。
…まぁ、それなら1回死んでるんだろうな、とか…。
そのせいでスマ、土葬説・・・。土葬じゃないと死体は残ってません…。(貴様)

スマはちゃんと生きてます。2度目の人(?)生歩んでます。
…ゾンb(滅殺)

真実を言ってしまったことによって苦しんでるスマを見て、少なからずユーリも悩んだんだと思われ。
何も感じないほど無責任じゃない。
だからこそに話したんでしょうねー。

ちなみに説明しなきゃ分かんないでしょうが、これはスマとユーリが会って1年くらい経った時の話。
出会いも入ってますが。
最後らへん、とスマが付き合いだしてちょっと経ってからになってますね。(分かるか)

あぁー、スマ好きなのに…。
ってか、そんな大暴れってほどでもなかったなとか言う話は置いといて。(をい)
…。
甘いのは連載でってことでv(貴様)
では!(逃)

2004.12.12…泣きネタ多いなと思いつつ…。(何