どうして?
何で、そんなに自分を犠牲にするの?

 傷付くのを進んで引き受けるのはやめて。
 お願いだから。
 …お願いだから。






059 : 保健室






「あのね。」
「なんすか?」
 首を傾げる子津。
 私は棚から必要なものを取り出す。

「どうしてこんなになるまで練習すんのよ」

 ここは保健室。
 現在放課後。
 ちなみに保健医は帰った後。

「どうしてって…仕方ないじゃないっすか。皆に追い付くには練習するしかないんすから」
「だからってさぁ…」
 血豆、赤切れ。
 彼の両手に無数についたそれらは、痛々しいとしか言いようが無い。

 私は野球部のマネージャー。
 だからして、部員が怪我をした場合手当てをするのは当然。
 しかし手当ては大体、同じマネージャーである凪の役割で、私は大抵ユニフォームの洗濯に回っている。
 で、何が言いたいかというと、救急箱の有る場所が分からなかったのだ。
 凪なら知ってるんだろうけど、私は普段使わないので全く分からない。
 しかも今日、凪は用事があるとかで早目に部活を切り上げて帰ってしまった。
 なので聞きようもなく、わざわざ鍵を借りて保健室を開け、手当てをしているという訳だ。
 この男、「そこまでしなくてもいいっす」なんて言いやがったけど、そういう訳にもいかない。
 何しろ手はこの状態。
 放っておけというのかコレを。
 私はそこまで薄情じゃない。

「ほら、消毒するよ」
 私は消毒液の染み込んだ脱脂綿をビンからピンセットで取り出し、出された子津の手のひらにちょんちょんとつける。
 …見てるだけで痛そうで、あまり何回も付けたくなかった。

「いつつ……」
「あほんだら、自分のせいでしょ」
 消毒し終わり、脱脂綿をゴミ箱に捨てた。
 ガーゼを手のひらに乗せ、その上から包帯を巻く。
「…」
 その間私の手元をじっと見ている子津。
「…悪かったわね、ヘタクソで。慣れてないのよ」
「え、いや、そうじゃないっす」
「じゃあ何さ」
「その…何でもないっす」
「?」
 言葉を濁す子津に、疑問符浮かべる私。
 あー、やっぱりうまく巻けない。
 私不器用だしなぁ。
 他のマネージャー(もみじとか檜とか…いや、あいつらもまともにできるのか分からんが)に任せれば少なくとも私よりはうまく出来てたかもしれない。
 …でも、それでも私がやりたかった。
 だって、

「はい、出来上がり。ちょーっと不恰好だけど気にしないでねー。」
「ありがとっす。しかもわざわざ鍵借りて開けてもらってこんな…」
「いーのいーの。ほっとけないでしょ?」
「…どうもっす。じゃ、僕はそろそろ練習に戻るんで…」
「待てや。」
「!!」
 恐ろしくドスの利いた声で引き止める。
 オプションに真っ黒なオーラ漂わせながら。

「それじゃ何の為に手当てしたのか分かんないじゃない。今日は無理せず帰った方が…」
「でも…それじゃだめなんっす」
「はぁ?」
「僕は人の何倍も努力しないと皆に追い付けなくて…それでも、野球はやっていたいんっすよ」
「だからって…だからってこんな手になってまで!!」
 ガタン、と椅子を倒して立ち上がる私。
 …しまった、思わず…。

「…ごめん、つい」
 椅子を起こして座り直す。
「いいっすよ」
 困ったように笑う子津。
 あぁ、何でこう。
 私には彼を困らせるようなことしかできないんだろう。
 でも、仕方ないじゃない。
 だって、私は

「…見たくないの」
「?」
「これ以上あなたが傷つくのを、見たくない」
さん…?」
「見たく、ないよ…」
「…」
 不恰好に巻かれた包帯。
 その両手を私の手で包み込む。
 すると、それだけで顔を赤くする子津。
 この純情少年め…。
 女の子慣れしてないんだな?(してても嫌だが)

さん、僕は野球をやめるつもりはないっす」
「…」
「練習もやめられないっす」
「…。」
「でも…だから、その…これからも手当てを引き受けてくれないっすか?」
「……へ?」
 今何て?
 あたしゃこの歳で耳が遠くなったか?

「だから、手当て…」
 先刻より殊更顔を赤くして言う子津。
 少々俯いている。
「何で?こんな不器用がやるより凪にやってもらった方がよくない?」
「いえ、僕は…さんに、やってほしいんで…」
 語尾が小さくなってるぞ。
 ……って、
「え…?」
 幻聴?

「おかしいよ子津。凪の方がうまいよ?しかも私と居たって今日みたいにうるさいだけでしょ?」
「うるさいなんて、そんな…。上手い下手はどうでもいいんすよ。えーと、だから…」
 すぅ、と深呼吸をする子津。
 そして。

「僕はさんが、いいんす」
「へ……」

 耳まで真っ赤になってる子津と。
 口を半開きにさせている私。

「好きっす…さん」
 私の手の中の子津の両手が、細かく震えている。

 あぁ。
 これは私の都合の良い夢なのではなかろうか。
 だって、私はあなたが

「私も…あなたが、好き」

 自分よりも一回り大きなその両手。
 優しくて、強くて、…脆い彼。
 本当に本当に大好き。

 じゃなきゃ手当てなんて引き受けてないよ。
 必死になって練習を止めたりなんてしてないよ。

「…ねぇ」
 私は椅子から立ち上がり、両手を握ったまま子津の肩に額を乗せる。
 びくりと跳ね上がる子津の肩。
 …やっぱ投手だなぁ、筋肉ついてるよ。
 腹とかは知らないけど。(でもヘタな男子よりはついてそうだよね、野球部だし)

「必死になって練習してるのは分かった。止められないのも分かった。でも私、好きな人が傷付くのを黙って見てられる様な性格でもないの。だから…」
私は顔を上げ、子津の瞳をまっすぐに見据える。
「手当て、これからもやらせてもらうわよ」

 呆然と開いていた子津の口は、やがて笑みを形作って。
 赤い顔は、そのままに。
 多分私の顔も赤いんだと思う。

 本当は引きずってでも止めさせたいけど。
 でも、それだとあなたの夢を潰すことになるから。
 そうすると結局、あなたは今以上に傷付くだろうから。

 私はあなたに、笑っていてほしいの。

「不器用だけど、いいよね?」
「もちろんっす」
 子津の両手が私の手の中から抜け出して。
 子津は座ってるから、少し低めの位置の私の腰に両腕が回されて。
 引き寄せられる……直前に。

「くっそ、子津のくせにあんなことまで!!後でブッコロじゃー!!」
「コラ押すなって!!」
「うわ、倒れる倒れる!!」


『ドバタ―――ンッ!!!』
 響き渡るドア倒壊の音。

「ななな何すかっ!!?」
 慌てて距離をつくる私と子津。
 ドアの方には、ドアと一緒になって倒れてなだれ込んでくる野球部のメンバー。(引き戸なのにそんなに簡単に倒れるんか)
 その中には猿野と虎鉄まで混じっている。

 野郎、覗きか

 見つかってしまったことでわたわたと逃げ出す者が6割方。
 で、残りの数名は開き直って子津に突進。
「ウォラ、子津ううぅー!!!てめぇ何ちゃっかりさん口説いてんだよ!!」
「野球部の天使に手を出すとは何事Da!!」
「死刑じゃ死刑―!!!」
「ごごごごめんなさいっすー!!!」

 なぜ謝る、子津よ

「どうでもいいけど、これ以上子津に傷増やしたらぶっ殺すv(黒オーラ全開)
「・・・・・・!!!」

 その後、野球部員達(子津含まず)は素直にグラウンドへ戻って行ったとか。
 あぁ、折角あの奥手な子津が抱き締めてくれようとしてたのに…。
 かなり惜しかったかも。
 自然にそういうことができるようになるのって…いつになるのかなぁ……。
 …ま、気長に待ってみますか。
 誰より奥手で優しいこの野球部投手を。





〜fin〜




<アトガキ。>

わーい、ミスフルお題第2弾!!(ドンドンパフパフ!!)
難しかったですよ、子津。キャラの動かし方が。

ヘタレ最高!!
もー、かわいいったらありゃしません。
ドリ主がちょっと強引なくらいが私の好みです。(貴様の好みなぞ聞いてない)
ヘタレ最高!ヘタレ万歳!!(をい)

2004.7.26