気配を消して、そっとそっと。
 やっと仕事が終わって彼女に会いに行くのだから、折角なら驚かせてみようかと思って。
 まぁ突然彼女の部屋に現われて驚かせるのはいつもの事だけど、今日はもっと。
 具体的には…そうだなぁ、後ろから甘く抱きしめようか。

 そんな事を思いながら彼女の部屋の空中にふわりとワープし、まだ悟られないように息を殺す。
 狙い通り背後に出られた。そして彼女は何かに集中しているらしく、椅子に座って動かない。

 彼女が驚く様子を思い浮かべながら両腕を伸ばして、抱きしめようとした。
 その時。

「うひゃあああぁぁ、萌えーっ」

 手元を見ながら明らかに桃色に染まった言葉を叫んだのである。





026:なにをしてるの?
〜コノミニアワセテ。1〜




 私がスマホアプリの乙女ゲーに集中し始めて10分くらい。
 萌え萌えしながら読み進めていると。

「お前、そういう……」

 誰も居ないはずなのに背後からいきなり声が聞こえた。
 ・・・・・。 誰 も 居 な い の に ?

「きゃ、きゃああああぁぁ!!?」
 な、何で、何で声が声が声が!!!
 叫びと一緒に心臓飛び出るんじゃないかと思うくらい叫んで、背後を振り返ったら誰も居なかった。

 や、やだぁ・・・・・心霊現象・・・・・!?

 バクバク鳴ってる心臓を右手で押さえて、混乱する頭を何とか鎮める。
 何か対処法…対処法は…!!
 ……あれ?

「今の声、MZDにそっくりだった気が…」
 鎮まってくると、途端にさっきの声が気になってきた。
 とりあえずもう一度部屋を見回すものの、どこにも姿は無い。

 でも普段からサプライズと称して唐突に湧いて出たり過剰な演出なんかしたりしてるからね。
 ありえなくはない。

 私は「うーん」と唸ってから、手に持ってるスマホを操作してMZDへ電話をかけた。
 呼び出し音。
 部屋の中からは音が鳴らないから、姿だけ消してるってわけでもないみたい。

 そう思っていると、ぷつんと呼び出し音が消えて通話が開始された。

か。な、何だ?』
「何だじゃないわよ!今さっきここにいた?」
『あ、いやー…居たかもなっ?
「何でキョドってんのよ。居たのね?幽霊かと思ったじゃない、姿くらい見せてから帰りなさいよね!…っていうかもっときちんと会おうよ」
 だって最近ずっと仕事仕事で会えなかったんだし、そしたら今日は今日で声だけ一瞬聞こえたと思ったら帰ってるし。
 寂しいったらない。

『あぁ、じゃあ…会おうか』
「MZD、なんか今日テンション低いね。何かあったの?仕事まだ完全に終わってないとか?」
『いや、仕事はもう終わった。あと別に俺いつも通りだし?
「声が上ずってます。…ほんと何かあったんじゃないの?」
何もねぇよ!そんじゃ今から………あ。』
 あ って何よ、あ って。

『そうだ!待ち合わせしようぜ!今から街に――』
普段めんどくさいからって私の部屋に直行してるくせに?っていうかさっきもそうだったならワープでとっとと来た方が早いんじゃない?」
『いいだろ、ちょっと準備が…じゃなくてだな!たまにはそういうデートっぽい事もしたいし』
「……」
 何か含んでるのは分かった。
 でもそれ以上に「デート」という単語が私のハートを打ち抜いた。
 いやその、ね。最近恋人らしい事どころか会う事すらままならなかったから。
 どうせ会っても私の部屋で二人だらだらしてるくらいで。

 MZDとデート…ちょっとほっぺた熱くなってきた。やばい、嬉しいかも。我ながら現金なもんだ。

「分かった、行こ!どこで待ち合わせ?」
『そうだなー…じゃ、駅前で』
「うん!着替えて行くからちょっと時間ちょうだいね」
『おう、焦らなくていいからな!まだ昼だし時間あるからな!』
 なぜか最後らへん念押しみたいな雰囲気だったけど何だったんだろう。

 とりあえずそっから一言二言交わして、電話を切る。
 まぁ何でもいいや。
 デートデート。

 買ったばかりのワンピースを出しにクローゼットへスキップかける私だった。


 ***


 で。
 やって来ました駅前。
 MZDの姿はまだない。

 おっかしいなー、ワープで移動するから先に着いてると思ったんだけど。
 でも妙にロマンチストな所があるから、もしかしたら「ごめーん待ったー?」「ううん全然!」なベタ展開でもやってみたくてどっかでタイミングを見計らってるのかも。
 ……、MZD相手ならやってみてもいいかも!!(こっちも大概バカップル気質)

 そんな妄想していると、

「おーい、!」
 人混みの向こうから手を振るMZDの姿が!
 ………って、

「ナニソレ!!?」

 徐々に近づいてくるMZDを見て、私はぎょっとした。
 え、だって、普段パーカーとかTシャツとかなのに、走ってくる彼はスーツに眼鏡。ついでに背が高い。
 リーマンって感じじゃなくて、もっとこう、上品な感じで…ぱっと見秘書か執事?ナニゴト??
 とりあえず私を抱きしめてくれる時に大人の姿になってくれる事が多いんだけどそれより更に背が高いっ!?なにそれ外人!?

「お待たせ!」
「……ちょ、MZD、それ何なの」
「ふっ、惚れ直したか?
「いやちょっ……普段とのギャップのせいか凄くびんみょー・・・
「はぁ!? 紳士な感じでいいだろ!何でも着こなせる俺グッジョブ!
えええええ!!!何かMZDって感じしなーい!!そりゃイメチェンしていい感じといえばそうだけど、何でわざわざそんな姿に!?」
「だってお前こういうの好きなんだろ!!?…はっ
 言ってから、しまったとばかりに両手で口を押さえるMZD。
 怪しい。

「好みって、私そんな事言った覚え無いしどういうことかなー?」
 MZDをじっと見る目が語る。曰く「何か隠してるでしょ」。
 視線を受けたMZDは明後日の方向を見る。曰く「俺何も知らないしー?」。

「だぁもう!!今日ずっとおかしいよね?何かあるんだったら言いなさいよ!!」
「何だよ!!俺はお前の事を思ってだな!!」
「どういう事?」
「……その。好みなんだろ?こういう紳士的な感じで、眼鏡で背の高いの」
「・・・・・・・・」

 つらつらと述べられたその単語たちを頭の中で並べる。
 そうして思い浮かんだのは、

「…まさか私がやってた乙女ゲー?」
 そう、MZDの声が聞こえる直前までやってた乙女ゲーで、現在攻略してるキャラがまさにそんなイメージ。
 スーツを着こなす眼鏡で紳士なクールビューティ。ついでにやっぱ背は高い。
 でもこれ、MZDを知らない人が見たら見惚れるほどイケメンに見えても、私から見たら普段のイメージが強すぎてナンジャコリャアアアなんだけどね!?

「どうしてそんなの知って……あ。」
 あの時真後ろから声が聞こえたという事は。

「…覗いた?」
「な、何だよその目は!!ああ覗いたよ、覗いたさ!!ついでにお前ピンクな悲鳴なんて上げてただろーが!!何してるか気になるだろっ!!」
「ぎゃあああそこまで見てた!!?」
 そうだよね私萌え萌えしながらゲームしてたもんね!?
 その真っ最中に心霊現象もといMZDが覗いたんだもんね!?
 あらぬ叫びまで聞いている は ず ・ ・ ・ ! !

 やだ恥ずかしいいいいいいいい!!!!

「っちょ!!何で言わないのよ!!見てたなら突っ込んでよ!」
「知らねぇよ!!サプライズで後ろから抱きしめようとしたらお前乙女ゲーに夢中だし、画面に映ってる男は俺とは正反対な雰囲気だし!?これでもショックだったんだよアホーっ!!!」
 ぜぇぜぇぜぇ。
 二人揃って息切れ起こす。
 大勢の視線がサクサク刺さって痛いけど、そんなの気にしてる暇は無い。

「…MZD」
「……な、何だよ」
 ばつが悪そうにそっぽを向くMZDを見上げ(背が高くて首が痛い)、私は多分彼が一番尋ねてほしくない事を尋ねた。

「…やきもち、やいてくれたの?」
「なっ、そ、そん……うるっせぇよ」
 ぼそ、と呟いて一層顔を背けるも、彼の顔はどう見ても赤い。

「俺にだってあんな反応した事なかったのにキャーキャー言ってやがるし、しかも画面に映ってる奴は俺とは全然違う雰囲気だしよ。じゃあ俺はの好みじゃなかったんじゃねぇのかって…思っただけだ」
「……」
「なら、なってやろうってな。俺様、神だし?出来ねぇ事なんてねぇし。お前の好みに合わせるなんて、別にワケねぇんだよ。…まぁその、コーディネートとかはよく分かんねーからちょっと迷ったけどそんくらいで、」
「MZD」
「…なんだよ」
 セリフをぶったぎって名前を呼び、随分背の高い彼にしがみつく。

「あのね…確かにあの乙女ゲーではあのキャラを贔屓に攻略してるし、好きなキャラ。で、今のMZDもはたから見ればイケメン。でもさ」
 頭をぐりぐりと彼の胸(よりちょっと下?)に押し付けて、目を閉じる。
 思い浮かべるのは普段の彼。

「…やっぱ普段のMZDがいいよう…。」
「っな、おい!?あんだけ萌え萌え言ってたじゃねぇかよ!?」
萌え萌えは余計だ!!!……私さ、MZDとデートしに来たの。ゲームのキャラとじゃないの。というかね、ゲームはゲーム。萌えは萌え。MZDへの気持ちとは全然違うの!!」
 がばっと抱きついてぎゅぅ、と力を込めると、MZDはしばらく黙ってぼうっとした後、そっと私の背に腕を回してくれた。

「…好みじゃなくても、なのか?」
「普段の自信はどこいったのよ。…その、MZDは何もしなくても私の好みなのよっ、言わせんな!!…あのゲームはアイドルおっかけみたいなもんよ、キャーキャー言ってても何もないわ。大体、MZDと会えない事の隙間埋めとして始めたわけだし」
「……」
 背に回された腕に力が込められる。
 と同時に、何だかすーっとMZDの胸の位置が下がってきた。
 ぱっと彼の顔を見ると、いつの間にかいつもの高さに顔があった。
 驚いて顔以外を見てみるも、これまたいつの間にかスーツからパーカー・半ズボンにチェンジ。

「…
「あ…え?」
「デート行くか!」
 ぽんぽん、と頭を撫でられて嬉しいのだけど、状況についてゆけず目をぱちぱち瞬かせる事しかできない。
 とりあえず、分かってくれたのだろうか。

 体を離して私の手を取り、MZDは駅の中へ向かう。
「あー、なんか安心したら腹減ってきた。どっか食いにいかねー?」
 そう言うMZDは、もう普段通りだ。

 そんな彼にふっと笑みをこぼし、私は「そうだね」と頷いた。
 …昼過ぎだし、実はもうお昼食べてたけど。デザートくらいなら入るんじゃないかななんて。

 切符を買って電車に乗って、窓際に立ちながらふと思った事を聞いた。

「でもさ、あんな荒業までしたって事は、裏を返せばそれだけ私に好きでいて欲しいっていう願望があるのかな?」
「…さぁなっ」
「えー?」
 にやにや笑いが止まらない。

「べっつにー、お前は俺の事好きだし。そんなん知ってたしー」
「はいはいっ」

 誤魔化す言葉も嬉しい、そんな日。
 他でもない彼と思いきりデートをして、とても楽しかったのでした。



 〜fin〜




<アトガキ。>
ひっさしぶりに夢書きましたともさ!!
やっぱあれですよ、MZD大好きですよ。変わりませんなー。
ついでに私の文章力も変わらなかった。(切ない)

というわけで復帰第1号がコレ!!
ネタ帳に溜まりまくったネタから1本。
ちなみにサブタイに「1」って書いてありますが、実は2本立ての予定なのです。
とはいっても単品で読んでも問題無いように書くつもりですが。
両方読むと美味しい、という感じで。

乙女ゲーと、リアルで付き合いたい人。やっぱどっか違うと思いません?
いや、MZDならリアルで付き合ってもいいんですけどね!!(乙女ゲーじゃねぇ)

そんなわけで(どんな?)、またどっかのアトガキで会いましょう。

2013.10.24


追記:「2」が出来上がりました! 001「女子高生」です。
どっちも単品で完結しますが、よろしければどうぞ。