もしかしたら。
 そんな期待を込めて、通話ボタンを押す。
 しかし、やはりそれは機械の無機質な音を繰り返すだけ。

 埋まらない距離が、こんなにも苦しいものだなんて。






 
019.電話






 溜息をついて、携帯電話をパクッと閉じた。

 電話をかけた相手は、あの人気バンド「Deuil」のメンバー・アッシュ。
 私と彼が男女として付き合い始めて早9ヶ月。
 世間に知られたら血生臭い事になりかねないのでばれないようにこっそりと。
 なんとかやってこれたわよ、スマイルとユーリの手助けもあって。
 何とか耐えてきたわよ、寂しくたって。

 人気バンドグループなんだから、当然アッシュの居ない時間は多い。
 私は一般人で、彼はそうじゃない。
 それは圧倒的な差。
 埋まらない距離。

 だからこそ今まで携帯で電話したりメールしたりで少しでも繋がりを持ってきた。
 それでも、傍にいないむなしさは消えることは無かったけれど。

 アッシュはまめなせいかくだから、メールを打てば半日の内には返事を返してくれたし、時折仕事の合間に電話だってかけてくれる。
 が……

 この5日間、全く音沙汰が無い。

 メールも送ったのに。そりゃ何度も。
 電話もかけてみた。けど呼び出し音が続くだけで、誰も出ない。
 呼び出し音が聞こえるって事はマナーモードにしてるわけでも電源を切ってるわけでも圏外っていうことでもないのよね。
 気付いてないの?
 …まさかそんなはずは。
 アッシュの聴覚は並じゃないんだから。
 バイブにしてたって気付くよ絶対。
 じゃあ何?携帯をどこかに放って仕事やってるの?
 そんなに忙しいの?
 それは仕方ないと思うけど。
 泊り込みで仕事してるのも知ってるけど。
「これじゃ、自然消滅も仕方なさそうだよ…」

 たった5日で、と思うかもしれないが、私にはその5日がとても大きい。
 アッシュの言葉が、全くなかった日は今までなかったから。
 忙しくて何もできそうにない日だって、断りのメールがあったし。
 こんな状態が普通になってしまえば、もう私達の繋がりは9割方なくなる。
 …携帯依存症。
 そうかもしれない。
 でも本当に私が依存しているものは…
「携帯のその先にある、アッシュの言葉と存在…」

 会えないほど怖くなる。見えないほどつらくなる。
 そこにいないから?
 今までの思い出が虚偽のように思えてくる。そんなことはないというのに。
 …否、本当に?

 私は考えを頭から追い出すように、左右に首を振る。
 溜息をつくと、白い吐息が空気を濁らせた。
 空には星が沢山。…寒いと空気が澄んでいて良く見える。
 寒いから、今私が座っている公園のベンチも数分経った今でさえ冷たく感じる。
 コンビニ帰りだったことを思い出して、私は袋から肉まんを取り出した。
 …あ、冷めかけ。ていうか、ぬるい。
 考え事をしてる時間が長かったか。

 時刻は11時。テスト勉強で夜更かしをするつもりだから夜食のつもりで買ってきたんだけど、いいや。
 ここで食べちゃえ。

 肉まんにかぶりつき、もそもそと平らげてしまう。
 コンビニ袋からペットボトルのホットコーヒーを取り出し、フタを開けて一口飲む。
 空気に混ざる息が、白さを増した。

 …どうしよう、これ以上ここにいても意味ないよね?
 帰ろうかな…。テスト勉強しなきゃ。
 でもそんな気分じゃないしなぁ。
 ……寂しい。

 ふ、と溜息をつく。…何度目かな。
 瞬間、

『ギャンブラーZ おおぉっ!!!』

「!!!!!」
 突如響き渡った奇妙な叫びに驚いて、コーヒーを取り落としそうになる。
 とりあえずフタを締めて置いて、音の方向を見た。

 これは……
「…スマイル?」
 叫びの後は静かに曲が流れている。
 音源は…私の携帯。
 …どうやったら最初だけあんな大音量なのよ…。(近所迷惑な)
 叫びと曲は、着メロだった(寧ろ着ボイス?)。この曲はスマイルからだ。
 …アッシュからじゃ、ないんだなぁ。

 少しの間があって、私ははっとする。電話に出なきゃ。
『ピ』
「もしもし?スマイル?」
『もしもし、っスか?』
「…え?」
 あれ?幻聴?
 スマイルの声がアッシュの声に聞こえた…
 ていうか、語尾。
『…?』
「ほへっ!?」
 私は思わずその場に立ち上がる。
『どういう驚き方してんスか…。』
「だって…だってスマイルがアッシュ喋りを…てか、変声機?
『違うっス!正真正銘アッシュっスよ!』
「えぇ?でも着メロがスマイルの…」
『スマイルの携帯を借りてるっス』
「え…」
 借りてる?何で?
『城に俺の携帯忘れて…けど忙しくて取りに行けなかったっスよ』
 私の思考を読んだ様に言うアッシュ。
 …あれ?じゃあ5日も音沙汰が無かったのは…

「…なんだぁ…」
 私の事を忘れてたんじゃなく、忙しかったからでもなく、単に置き忘れてたのね。
 てっきりさ。
 私は、

?』
「……」
 私の頬には涙が一筋。
 怖かった。このまま離れていってしまうかもしれなかったから。
 不完全燃焼の想いが、終わりを告げてしまうのが嫌だった。
 このまま私の存在がアッシュから薄れてしまうのかと、思っていた。

?』
 心配そうなアッシュの声が、再び私を呼ぶ。
 けど、ごめんね。今何か言ったら泣いてるって分かるでしょ?
 たかが5日間の空白でこんなになるって知ったら、正直煩わしいと思うだろうから。
 私は別にメールや電話を強制したいわけじゃなくて、あなたと繋がっていたいだけなの。

『…、怒ってるっスか?』
「!」
 聞こえた言葉に、私は慌てた。
 違う。そんなんじゃない。
 …言いたいけど、言ったら私の声は今涙声。
『寂しい思いさせてすまねぇっス。これからは忘れないようにするっスから…』
 明らかにしょげてる声。
 あぁ、だから…

「違うのっ!!私はこれくらい大丈夫なんだから!!」
 耐え切れずに大きな声で否定。
 これなら何とか…
『大丈夫じゃないっス。…泣いてるっスね?』
「っ!」
 何でバレてるんだろう。(滝汗)
 声は震えてなかったはずなのに。

「泣いてないよ!アッシュってば心配性ー!」
『嘘ついても駄目っスよ。大声でごまかしてるけどバレバレっス』
「違―――え?」
 私は、背後からの「カシャン」という音に気付き、振り返…ろうとしたのだが。

「ほら、嘘つき。」

 私を包んだその温もりが、それを半ばで止めた。

「あ…え?」
「…、やっと見付けたっス」
「アッシュ…?何で…」
「何ではこっちっス。こんな時間に家に居ないなんて誘拐でもされたかと思ったっス!」
「ゆ、ゆーかい・・・。」
 相変わらずの心配性。
 どうやら偽者ではないらしい。(いるのか偽者)
「仕事してたんじゃなかったの?」
「既に帰ってたっス。というか、帰りにタクシーで直接の家に寄ったら誰もいないみたいだったからスマに携帯借りてに電話かけつつ探してたっス」
「……そ、だったんだ…」
 嫌な程すれ違ってたんだなぁ、私達。

「…、」
 アッシュは私をくるりと回して向かい合わせた。
 一瞬アッシュの向こうにフェンスが見える。
 …さっきの「カシャン」って音はアッシュがあれを乗り越えてきた時のものだったのか。
 しかしそれに加えてベンチまであの短時間に超えてくるとは、何て運動神経の持ち主だ。
 …などと考えているとすぐに私の視界は塞がれた。
 すぐそこにアッシュの胸があるんだけど、近過ぎて見えない。
 アッシュは、スマイルの携帯を自分のポケットに入れてから私を抱き締めなおす。

、会いたかった…」
「…私だって」
 止まっていたけれど溢れそうになっていた私の最後の涙を、アッシュが指で拭った。
「最後に会ったの、いつだっけ?」
「2週間前っスよ。5日前に一度帰ってきたっスけど睡眠時間くらいしかなかったっス…。」

 それで疲れたような声してるんだ…。
 一体アッシュの睡眠時間はどれくらいなんだろう。
 不規則なのにはちがいなさそうだけど。

「こんな所にいていいの?寝ないと体もたないよ?」
と居ることの方が大事っス!俺のせいで5日も連絡がつかなかったし」
「それは仕方ないじゃない。誰だって忘れ物くらいするよ」
「俺にとっては一大事だったっス」
「アッシュ…」

 すぐ近くから聞こえる鼓動。
 凄く早く聞こえるのは私の気のせい?

「この5日間気になって仕事に集中できなかったっスよ…」
「…」
 更に腕の力を強めるアッシュ。
 あぁ、アッシュがいるんだ。
 ここに。私の傍に。

「…私、アッシュに忘れられてるのかと思ってちょっと怖かったの」
…」
「でもそんなこと言ったらさ、メールとかせがんでるみたいでうっざったいかなぁとか?」
「(いや、聞かれても…)それより俺は信用されてなかったのがショックっス…。」
「え、いや、そういうわけじゃなくてっ!!」
 なんて言えばいいんだろう?
 よく分からないけど。
 どっちかっていうと悪いのは私だと思うから。

 言い方が分からなくて、「あー」とか「うー」とか唸る私に、アッシュは苦笑。
「俺は、から離れるなんて考えられないっス。仕事ばっかりで構ってやれてない自分が言うのもどうかと思うっスけど」
「そんなことないよ。休み返上で私に付き合ってくれるじゃない?」
「寂しくないって言えるっスか?」
「それは…。」
「だから、少しでも繋がりを持っていたいっスよ。携帯…忘れないようにしないと駄目っスね」
「無理しなくていいんだよ?仕事忙しいだろうし…」
「無理なんて酷いっス!と会話できるのが何より楽しみなのに」
「…ほんとに?」
「嘘言ってどうするっスか」
 少し離れてじっと見詰めてくるアッシュ。
 普段は見えないアッシュの紅の瞳が、斜め下のこの位置からなら少しだけ見える。
 …優しい、優しい目。

「〜〜〜…もー…。」
「?」
 私は、何となく恥ずかしくなって視線を下げた。
「アッシュ、大好き」
「!い、いきなり何言うっスか!」
 おや、かなり動転してますな。
 まぁ普段言わないし。

「アッシュは?」
「え、……、」
 明らかに躊躇した。
 ほら困れー、やれ困れー。(酷)
 …が、

 アッシュは私の耳に顔を寄せ、吐息が触れる程の距離で囁いた。

「っ!!!」
 私は瞬時に目を見開く。
 …やられた。

 アッシュは固まった私を見て柔らかく笑んだ。


   『愛してる』


 「大好き」で照れるような奴がそんなこと言うなんて嘘だ。卑怯だ。反則だ。
 多分私の顔は今赤い。
 …あまりに悔しいから、私は顔を隠すことにした。
 私からアッシュを抱き締めたら、今度は貴方が驚く番。


      fin.



 〜おまけ。〜

「今度もし携帯忘れたらスマに借りればいいっスね」
「あれ?ユーリは持ってないの?」
「持たない主義なんだそうっス。…まぁ、要は使い方が分からないだけっスけど」
「……今時珍しい…。」
 まぁ忙しいからあんまし使う時間がないんだろうけど。
 …って、業界の人から連絡があるときどうしてるんだろ?
 スマイルにかけてからユーリにかわってもらうとか?…面倒だなぁ。

「…ていうか、スマイルに電話してアッシュにかわってもらえば良かったんだ…」
 今更気付く私。
 それを言ったら逆も然りなわけで。
「最初から俺がスマに借りて電話すればよかっスね。…すっかりスマの携帯の存在忘れてたから…。」
「まぁ、どっちもどっちってことで。…会える時は会おうね?」
「当然っスよ」

 ベンチに座って星空を見上げる。
 すっかり冷えてしまったコーヒーを口に含んだ。



 翌日、テスト勉強どころか宿題すら忘れていたことに気付いた私が絶叫。


 end.




<アトガキ。>

終わった…。私もテスト真っ只中だった。(をい)
甘…かったのか??いや、寧ろ砂っていうかセメント吐きそう。(何故)
甘いのは書きなれない…駄目だ、ぐはぁ。(吐血)
それにしてもドリ主が泣くのが多い。(バリエーションがない/ぐは)
アッシュはもっと純真な方がいいのかしらと悩み。うーん…。
……まぁ、そんなわけで!(逃走)

2004.12.20