☆┼───Sweet Sweet Valentine!───┼☆
→for:Yuli





「…ああ、か」
 近づいて何でもないようにさらりと呼んできたのはこの城の城主であるユーリだった。

 って、「ああ」じゃないわよう。

「……ねえユーリ、この光景を私が見たことに何のリアクションもないわけですか」
「む、」
 そこでようやく気付いたのか、部屋の中に視線を向けて気まずそうな顔をする。
 いやいや遅いからね!?

「…すまない、気を悪くしたか?」
「べーつーに。有名人の皆さんならこれくらい貰ってても何ら不思議はないわよね」
「そう拗ねるな。ファンから頂いたプレゼントだ」
「拗ねてない。ぜーんぜん拗ねてない」
「……ふむ」

 そんな困った顔したって許してあげない。
 だってこんな特別な気持ちのこもったものをこんもり盛られて誰がスルー出来ますかっての。
 腐っても乙女、世間に隠されてても恋人なんですからね。
 たとえ職業柄こういうのを貰うのまでお仕事なんだとしても、私が膨れっ面になるのはしょうがないと思う、うん。

 私はもう一回チョコの山と対峙して、それから意を決してずかずかと近づいていく。
 うへぇ本当に怖いほどある。

 テーブルに置ききろうとした形跡こそあるものの、それじゃおさまりきらなかったみたいでテーブルが埋もれてる。
 これ全部食べるとしたら糖尿病どころじゃないよね。ユーリの砂糖漬け確定だよね。

 ひょいと一個手にとってみる。
 ハートの形をした箱に、可愛いピンクのリボンがくるくる。
 そして小さなカードには宛名。

『ユーリ様へ』

 ・・・・・・・・・。

 私はそれを山の中に放り出してもう一個、もう一個、と確認してく。
 カード付きじゃないものも勿論あったから、宛名があれば見る感じで。

「……ちょっと」
 なんか呆れ通り越して絶望してきた。
 だってこれ、

「もしかしてこの山全部ユーリ個人宛て…なの!?」
 見る限り全部「ユーリ様(はぁと)」とか「For Yuli」とか「ユーリ様へ、愛をこめて」とか……おい最後の!!!

 思わず我に返って地団駄踏むと、背後から覗き込む顔が一つ。

「あとの二人の分は既に自室まで持って行っているだろう。…ああ、いや、自室ではないと言っていたな。それでは生活するスペースが無いとか。詳しくは知らんが個人で管理しているらしい。三人宛になっているものは申し訳ないがスタッフで分けた」
「……うわぁ」
 この山が連名含め4つあったってことだろうか。
 それってなんて糖分お化け。

。すまないな、片付けるのが遅れてしまっていた。気分を害したのなら謝ろう」
 言って自然な動作で私の髪を一房すくい取り、軽く口付ける。
 うわぁなんてキザなんだこっちが恥ずかしいったらありゃしない。
 うん、でもいい加減慣れた。大体いつもいつもこうなんだし。
 これくらいで機嫌が直ると思ったら大間違いです。

「別に気分を害してなんてないよーだ。大漁なことでいいじゃない、食べ過ぎで鼻血出さないでよね」
「さすがに食べきれないだろうな。ここへ来た客人に紅茶とともにそれとなく出すことになるだろう。勿論なるべく自身で食べるようにはするが」
「………」

 全然悪びれない。
 別にいいよ、そういう言い訳しないところが好きだから。
 そんでファンを大事にするところも好きだから。
 どうせメッセージカードも大切に保存するんでしょ。律儀なところも好き。
 でも複雑。

 ていうか既に食べきれないほどあるならコレ……いらないんじゃないかなぁ。

 私は持ってきた鞄をチラリと一瞥してますます口を真一文字に引き結ぶ。
 比べるわけじゃないけど、…いや比べてるけど、このチョコの山を構成してるものって超高級なブランドチョコだったり、手作りっぽいものだと凝った装飾したりしてるわけさ。
 私だって気合い入れて作ってはいるよ。でもどう見ても対民間人用にしか見えない。
 愛情勝負っていえば聞こえはよくても……はっきり言って見劣りするのよね。

 (負けてる感があって)出しにくい上に、(大量にあって)出したくない。
 自然と私はしょぼくれてしまうわけである。

「…
 私の気分が極寒になってるのを見抜いて…っていうか分かりやすかっただろうけど、ユーリが背後からそっと抱き寄せてきた。

「……なによ」
「一つ言い忘れていた」
「だからなに」
「私はまだどのチョコにも手を付けていない」

 囁くようにそう言うと、私はユーリの腕の中でくるんと前後を反転されて真正面から向き合う形になる。
 で、覗きこむその赤い瞳が存外近くに寄ってきてたからびっくりした。
 びっくりしただけじゃなくて別の意味でも心臓が大騒ぎし始めたので何とか目を逸らそうとしたんだけどユーリがそれを許さない。
 ひんやりとした指でほっぺたを包み込まれて、視線を引き戻される。

「だから……なんなの、よ」
 私の精一杯の強がりなんてこの吸血鬼にはお見通しで、薄い唇が笑みを形作る。
 悔しい。
 悔しいのにどぎまぎするから余計悔しい。

「だから、から早く欲しいと言っているのだ」
「あ、え、ちょっと待っ……、ん」
 元々距離なんて有って無いようなものだったのに、あっという間に顔が寄せられて唇が重なり合う。
 優しい優しいキス。

 いやいやこんなので誤魔化すとか大変遺憾です乙女の心を何と心得ますか紳士たるものキス一つで済ませようなんて見え透いた魂胆は……、
 なんてムッとしていたのもほんの一時。

 その口付けは徐々に深くなって唇を食むようになり角度が変わるようになり腰を抱かれて更に深く。

「ん、んん…ぅ、…」
 とんとん、とユーリの胸を叩いてギブアップの意思表示。
 でもお構いなしに堪能されてこっちはたまったもんじゃない。

 いや、ちょ、待って、ほんとに待って、頭が沸騰しそう。

 なのにユーリの思うまま気の向くままに味わいつくされて。
 そして思考回路まででろでろに溶けそうになった頃になってようやく開放される。

 ………。
 ……………くっそう、もう苦情も憎まれ口も出てこない。

 もうキスは終わったのにもう一回ユーリの胸をべちべちと強めに叩いてささやかな反抗。
 ユーリはものともせずに私の額へ余韻のような口付けを一つ贈って吐息で笑う。

「これ以上待たされると、このままお前を食べてしまうことになりそうだが。…勿論あるのだろう?」
 ――本命のバレンタインチョコレート。

 …なんて妖しげに言うから心臓が止まらないじゃないの!
 どうしてそんなに自信があるのよ、ええそうですよ存在しますよ貴方への本命チョコレート!!

「…でもユーリが満足するようなクオリティじゃなかったら、どうすんの」
「何を言っている。お前から貰うならば嬉しくないわけがなかろう」
「だって……そこのチョコ、すんごく美味しそう」

 そこの、っていうのは無論チョコ山のことに他ならない。
 けれどユーリはそちらに目もくれないで、催促するようにこっちを見つめてくる。

「美味かどうかは私が判断する。だから早く渡せ」
「………」

『欲しい寄越せ』みたいなオーラが全開ですよ駄々漏れですよ。
 この羞恥心の死んだ吸血鬼は元から隠してなんかないんだろうけど。

 うう。
 何よもう、いいよ渡してあげますよ。
 なんか負けた感があるけど誤魔化されてあげますよ!!

 じっと鞄に視線を注ぐとユーリが腕を緩めたのでそのまま鞄を開いて漁る。
 そして一番大きい箱を引っ張り出してユーリの顔面間近に突き出した。

「…はい、どーぞっ」
「ああ、貰うとしよう」
 ぶーたれたままの私に対しておかしそうに吹き出して、ユーリはその四角い箱をするりと攫う。
 くっそう、どうしてそんな仕草まで美しんだ、女の私顔負け…いや比較対象にならない。ちくせう。

「開けても?」
「…好きにしなさいよ」

 というわけで早速長い爪がリボンを解きにかかる。
 それ結ぶのにも結構時間かかったんだからね。

 ラッピングフル開放、包装紙は丁寧に開かれて近くのソファに置かれました。リボンも同様。
 そんで箱の中にある沢山のハート型チョコとご対面。
 オーソドックスなミルクチョコにホワイトチョコ、ストロベリー。混ぜてマーブル。わりとカラフルです。
 ユーリさんはそれをひとつ摘み上げて、じっと眺めて……いやそんなに眺めてたら溶けちゃうよ。
 なんて慌て始めたらようやく口の中に放り込んだ。

「……ふむ、美味い」
 息まで甘ったるくしながら実に素直な感想を聞かせてくれた。
 ユーリは基本お世辞を口にしないのでこっちも悪態なんかつけない。
 それどころか2つ3つと味わってふむふむとか言ってるのを見たら気分が徐々に浮上してきたのを否めない。

「この上なく美味いが……一気に食べてしまうのは勿体無いな、残りは後にしよう」
 5・6個食べた辺りで満足したのか、大切そうに箱を閉じた。
 ユーリってさほど甘いものを好んで食べてる様子は見たことないからこのくらいが限度なのかも。
 私だったらもっとガツガツ食べてそう。…あ、そこ、太るとか言うな。


「何?」
「こんな風に愛情を形にしてもらえるのはとても嬉しいことだ。…ありがとう、愛している」
「……」

 どうしてそんな台詞さらりと吐けるんですか。恥ずかしい。
 斜めだった機嫌がすっかり上方修正されてるのを自覚していながら、私は未だ機嫌が戻らないふりをして「うん」と短く返事する。
 照れ隠しに使ったのなんて多分やっぱりバレてるんだろうなぁ。
 その証拠にユーリは若干悪戯っぽい顔してる。

「少々言葉が足りないようだが?」
「…何のこと?」
「期待してはいけないか?」
「…………うう」

 くっそう絶対知っててやってる。

 だから私はユーリの耳に顔を寄せて内緒話みたいにして言ってやったのだ。
 誰に聞かれるわけでもないと思うけど。


 ――私も大好き。


「……ふむ」
「?」
「及第点だがいいだろう」

 右手にチョコの箱、左手に私の腰を抱いてユーリは不敵に笑う。

「次はもっと素直に言えるように……私から直々に教えてやらねばな」
「なっ…いやいいです結構です!それくらいなら自分から言うように努力しますっ」
「言ったな?」
「う…、でも、二言はないからね」
「楽しみにしている」

 このように私はよく手のひらで転がされるのである。
 けどこのくらいで丁度いいのかもしれない。
 自分があんまり素直じゃないのは知ってるから。

「あ。ユーリ、あとの二人の居場所分かる?どうせ二人も山ほど貰ってるだろうけど一応作っちゃったから渡したい」
「……義理とはいえ手作りチョコを直接手渡しか。成程お前の気持ちが少し分かった気がする」
「どういう意味よ」
「私に預けておくといい。お前が帰った後にでも渡しておこう」
「…それ信用していいの?」
「勿論だ」

 大袈裟に頷くのを胡散臭げに見てる内に手を取られ連行される。

「それよりも今は二人の時間を大切にすべきだろう」
「ちょっと急に引っ張らないで、行くってば行きますから!」

 あああ引きずられる!
 これは多分ユーリの部屋に連れてかれるパターンだ。

 ユーリは甘やかし上手なふりしてかなり甘えたさんだから今日みたいな日はどうなることやら。
 ぼんやり思いながら引っ張り込まれる穏やかな午後のことでした。





 ― おわり ―





→あとがき。

ぐべぁ(吐血
スイマセン甘いの書いてないせいで悶絶するほど恥ずかしかったです。
スマホ向けの乙女ゲーはプレイしてるので文章自体はわりとすんなりは出てきたんですが。…が。ががが。
いけないもの書いてるようでプルプルしてました。

とはいえ普段と文体を変えてみると凄く楽しかったり。主人公がちゃんと女してるって時点で!(現在書いてる夢連載も男装ものですからね!)
どうせなら思いっきりベッタベタな甘いものを、と思って妄想した結果がこれである。
ユーリさんに超堂々と愛されたかった。それこそ「愛を注いで何が悪い」とでも言わんばかりに。
彼ならきっと抵抗なんてないんだろうと好き放題甘くすることが出来ました。満足。

順番的にはユーリが一番最初に出来上がりました。
さて早く皆仕上げなきゃ(笑