忙しい。

 そんな言葉も忘れるほど、私は仕事に明け暮れていた。
 そういえばご飯を食べる時間も取れない日が続いている。

 歌手をやりながら、ドラマに出たりバラエティーに出たり。
 いわゆる「芸能人」やってるわけなんだけど。

 頼まれたら断れない性分のせいで、最近仕事が膨大な数になっていて。
 面倒だとか疲れたとか、うだうだ考えている時間すら皆無なのでさっさと仕事場へ入った。

 足りない時間は寝る時間から削っていく。
 計算なんてしてないけど、睡眠時間は平均1時間半…くらい?

 そんなのが3週間強続いたからだと思う。


『どごっ』


 かなりいい音を立てて、私は倒れる過程でカメラに頭をぶつけた。
 直後、べちゃりと床に顔面から着地した私は、そのまま意識をどこかへ飛ばしてしまった。






贈り物・ポップンver.
〜お見舞い〜






 目を開いてまず見えたのは、白い天井。
 それから、その周りの白いベッドや床や…、とにかく、室内の殆どが白い。
 その白い部屋が、窓から差し込む日によってオレンジに染まっていた。

 私は…確か、深夜の生放送番組に出るために撮影所に入った所だったはず。
 …って、ここどこ。

 とりあえず体を起こそうとして、
「痛…。」
 頭が痛む事に気付く。

 起きられない程ではなかったので上半身を起こすと、私はようやくそこが病院なのだと気付いた。
 …あぁ、思い出してきた。
 撮影所に入った直後に倒れてそのついでにカメラに頭打ったんだっけ。
 我ながらアホなことをやったものである。
 たんこぶできてるんじゃなかろうか。

 ということは、このオレンジの日は朝日か…。
 あぁ、仕事に出席できなかった。
 お、怒られる…。

 ふぅ、と溜息をつく。
 しまったなぁ。こんなことならもう少し睡眠時間とっておくんだった。

 と、その時。


ちゃんっ」
 スライド式のドアが勢いよく開く。
 個室だけど(これは相部屋にしたら療養どころじゃない騒ぎになってしまう為だと思われる)、他の部屋の人の事も考えて静かにして欲しいものなんだけどなぁ;

「大丈夫?!」
 足早に歩いて来たのは、ミミとニャミだった。

「過労で倒れたんだって?」
「私達忙しくて中々来れなくてごめんね!いつ起きたの?」
「たった今だけど…と、とりあえずちょっと静かにして;」
「あ、ごめん」

 私が言うと、2人は声のトーンを落とした。

「これ、お見舞いの品ってことで」
ちゃんフルーツ好きだったよね」
「!ありがとう」
 ベッドサイドにあった小さな机に置かれたのは、かごに入ったフルーツ。

「でも大げさだよ?私そんなに酷くないし」
「だって1日の4分の3も目を覚まさないんだもん。大げさではないと思うんだけど」
「え…」

 …1日の?
 ……4分の3?

 …イコール、18時間?

「ま、待って。てことは今は…」
「午後6時ちょっと過ぎだけど?」
「……」

 ニャミの言葉に、思わず口を開けたまま呆然。
 ということは、昼の番組や午後の番組まですっぽかして尚且つ歌番組の収録がそろそろ始まる頃なのだが。

 私は一気に青ざめた。

「いやだああぁ仕事に戻る!!」
「ちょ、ちゃん落ち着いてっ、静かに!」
「だってっ」
「もう休むって届出はしてあるから!」
「……!!」

 あぁ、もう手遅れか…。
 これで相当厳しい事になるかなぁ。
 仕事、来なくなるかもしれない。

 全身から力が抜けて、ベッドに深く身を沈める。
 こんな時に限ってマネージャーは何をしているのだろうか?
 …あ、やっぱし事後処理とか?

 と。

『コンコン』

 私達は、ノックをされたドアの方へと視線を集中させる。
 誰かが来たらしい。

「どうぞ」

 私が答えると、部屋のドアを音も無く開いて誰かが入ってきた。
「失礼」
「失礼します」
「こんにちはー」

 てっきり1人だと思っていたのだが、どうやら複数いたらしい。
 私は気だるいままの視線を向ける。
 …そこには、そこはかとなく怪しい人物達がいた。

 1人目・サングラスに黒いニット帽、長めのコート
 2人目・ロングコートのフードを目深に被る長身の人物(声からして男)
 3人目?・口だけ浮遊

 ・・・・・。


「ユーリ、アッシュ、スマイル…それ、余計目立つと思うのは私だけかしら。」
 名前を当てていくと、彼らは変装(だったらしい)を取って普段の顔を見せた。
 スマイルは的確に姿をごまかしていたようだけど、他の2人はどうなんだろう;
 ファンが見たら泣くと思う…。

「分かっちゃった?」
 スマイルもすぅっと透明化を解き、姿を現す。

「いや…毎度歌番組やら何やらに一緒に出てる上に裏口から出るのも一緒でしょ。
ファンの子の過激なファンコール避けるために変装してるのも良く見るし」
 そうでなければスマイルの透明化も2人の変装もちょっと見抜けない。

「もう仕事終わったの?」
 ミミが尋ねると、アッシュはええ、と頷いた。

「今日はたまたま早かったんス」
「仕事場からここに直行してきた」
 急いでいたから手土産は忘れてきたがな、と付け加えると、ユーリは傍にあったイスを持ってきて腰掛けた。

「もう大丈夫なの?」
 スマイルが私の頭を撫でて言った。
 んー、スマイルの手あったかい。
 久しぶりに人の手に触れた気がする。

「大丈夫だから仕事に行きたいんだけど…」
「駄目っスよ、しっかり休まないと今後に響くっス」
「うー…。」
「ここの所家にもまともに帰っていないそうではないか?それでは今度こそ本当に過労死するぞ」
「むー・・・・・・。」

 アッシュにもユーリにも言われてしまったが、どうにもこうにも納得がいかない。
 今までが仕事詰めだったので休んでいるのは落ち着かないのだ。

「じゃあ深夜番組のやつでもいいから出たいー」
「それじゃ意味無いじゃん?」
 珍しく真面目な顔をするスマイルに、私はぐっと詰まる。

 …そんな時。

『カラカラカラー』


 新たな人物の声。
 が、それはドアの方向からではなかった。

「きゃっ、どこから入ってきてるの!?」
「泥棒!?」
 ミミとニャミがその人物を見咎め、全員がその方向に視線を集中させた。

 …その人物は、何と窓から病室に入ってきていた。

 私も一瞬驚いたが、その人物に覚えがあったのでとりあえずミミとニャミを宥める。
 あぁ、私の家にもこうやって入ってきてたっけ。

「ジャック、窓から入っちゃ駄目だっていつも行ってるじゃない」
「…入り口を見つけるのが面倒だった」
「確かに入り組んでるけどねぇ;」

 そう、窓から入ってきたのはジャックだった。
 彼が私の家に不法侵入してきてから何度か会ったことで仲が良くなった。
 …不法侵入してきた奴と仲良くなった事が今でも不思議でたまらないのだが。

「知り合いっスか?」
「うん。まぁ」

 どうやら彼がつけているガスマスクやら何やらの装備品については何も訊かないつもりらしい。
 普段から周囲に濃いキャラが多いから今更突っ込む気もないのだろうが。

「…ていうか、どうやって入ってきたのよ」
 窓の枠から素足を病室の床に伸ばすジャックに問う私。
 窓から見える景色からして少なくとも3階以上だと思うんだけど…?

「壁を登ってきた」
「普通に入り口から入った方が楽だと思うのは私だけなのかしら」
 思わずこめかみを押さえる私。

「それにしてもどこから情報を仕入れてきたのだ?がここにいることは殆ど誰にも知られていない筈だが」
「仕事の帰りに小耳に挟んだ」

 あっさりと答えるジャックに、思わず眉を寄せるユーリ。
 あぁ、疑ってる疑ってる。
 ていうかどうやったら小耳に挟めるのですかそんな情報。

「…大丈夫か?」
「え、うん。…もしかして心配してくれた?」
「……」

 ちょっと視線をずらして小さく頷くジャックに、私は小さく笑んだ。
 あー、かわいいなぁ。
 これだから弟みたいでいいんだよね。

 …なんて思っていると、

『コンコン』

 鳴ったノックの音。今日は何だか千客万来である。

「どうぞ」
 言うが早いか、ピシャン!と音を立ててドアを開け、入ってきたのは。

「…タイマー」
ちゃんー!!大丈夫!?ね、死なないよね!?」
 ハイテンションに私の元へ近づく彼。
 病室にいたメンバーは、明らかに(また増えた…)などと失礼な事を考えていた。

「いや、死なないって。そんな大したもんじゃないから」
「本当に!?…あぁ、よかったぁ…」
 ほっと胸をなでおろすタイマー。

 どうやって移動してきたのか知らないが、スタジオにいる時と同じ衣装のままである。
 まぁ彼は足が速いから、大方タクシーか何かで来て、そこから周囲の人間が認知できる隙を与ない程のスピードで走ってきたのだろう。
 彼なら出来る。覚えがある。


「タイマー、アレ。ちゃんと準備できた?僕の方は大丈夫だけど」
「あぁ、もうバッチリ!!」
 にやりと笑うスマイルに、親指をぐっと上に向けるタイマー。
 突然行われた謎のサイン交換に、そこはかとなく嫌な予感がしたのだがどうなのだろう。

「…スマイル。アレとは何だ?」
「またよからぬ事を考えたんじゃ…」
 ユーリとアッシュが私の脳内の言葉を代弁するが、本人はただニヤニヤするだけ。
 …ていうか仲間内でも知らなかったのね。
 スマイルとタイマーのコンビのみで何か行動したのかしら。
 普段から仲がいい感じはしてたけど。

 スマイルに訊いても無駄っぽいので、私はタイマーに視線を向けた。
 すると、その視線に気付いたのか彼は微笑した。

「ふふ、僕とスマイルからのとっておきのお見舞い品。その内分かるから」
「???」

 何の事だかよく分からなかったが、頷いておくしかない。
 あまり言い予感はしないのだが、即行で受け取り拒否するのもどうかと思ったのでどうにもできない。
 こうなったら受け入れてみるしかないのだが、その内分かるとはどういうことだろう?

「とにかく、ちゃんはしばらくゆっくり休んでなよ」
「そうそう、また体調崩しちゃったら嫌でしょ?」
 ミミとニャミは優しく私に言ってから、まだ仕事があるから、と病室を後にした。
 仕事があるのに来てくれてたのね。
 嬉しいなぁ。


 それから数時間、残った皆で和やかな時間を過ごした。


***


 退院してから数日が経った。

 やはり仕事数は減った。
 減ったんだけど…


 この人為的っぽい減り方は何・・・


 もっと減るかと思ってたんだけど、思ってたよりは減ってなくて。
しかも適度に睡眠時間がとれるような組み合わせで仕事が来るというか。
 睡眠時間が5時間以下になる事はなくなっていた。

 仕事に困るほどではなく、過度に入るわけでもなく、ピッタリって感じでしょうか。
 何だこのあからさまに素敵な仕事メニューは。


 そう考えていて、ふと思う。


『僕とスマイルからのとっておきのお見舞い品。その内分かるから』


 ・・・・・・。
 まさか、ね。

 一人苦笑を漏らしながら、私は今日もテレビ局内を歩く。



 その後、誰かがどこかの事務所のお偉いさんを脅したという噂が広まったのだが、それが真実かどうかは定かではない。





〜Fin〜




<アトガキ。>

ぷはぁ…今日中に仕上がりましたねぇ…。1日で仕上がったのは珍しいですよ。
本当はもっとキャラを出す予定だったのですが、
夢主さんが芸能人設定だったので一般人系のポプキャラが出せなかったというか;
でも書いていて楽しかったですよ。

それにしても某事務所の偉いヒト、何か弱みでも握られたのでしょうか…?
そして夢主のマネージャー、一体誰なのだろうと予想中。

それではこれにて失礼。

2005.3.14