マスタング家。
その中のキッチンに、私はいた。
こっちの世界に来て、早半年強。
突如大佐の仕事机の上に出現した私を、保護という形でこの家に連れてきてからそれだけ経っていた。
あのまま元の世界で暮らしてたら今頃受験が終わってのんびりしてるんだろうなぁ、とか思ってみたり。
でも今更戻る気は毛頭ない。
だって勉強も追い付かないだろうし、それ以前に私は大佐と離れたくないし。
こっちの世界…ハガレン世界に来るより前から大分気になってたけど、実際に会ってみて更に気になる存在になった。
率直に言えば……まぁ好きなんだけど、向こうはどうなんだか。
望みは薄い。
だって毎日のようにデートに行ってるし。
引き止める勇気もないからどうしようもないんだけど。
今日は特別な日。
自分の気持ちを伝えるのを、手助けしてくれる日。
大佐が仕事に行っている間に、早くこれを作り終えないと。
贈り物・鋼ver.
〜Saint Valentine’s Day〜
部屋の中に充満する甘い香り。
チョコレートの匂い。
そう、今日はバレンタインデー。
さっきからキッチンにいるのは、チョコを作るため。
いやいや、それを言うと「チョコをカカオから作るのか」とか言い出す人がいるので言い換えよう。
チョコを調理しているのです。
今、型に移してるところ。
あとはトッピングして冷やして包むだけ。
ちなみに材料はちゃんと自分のお金で買ってきましたとも!!
人の家に住ませてもらってる上にお金まで取ってたらそりゃ図々しいにも程があるしね。
何より大佐の負担になるのはイヤだし。
てなことで私はバイトをしているわけなのですが、今日はお休み。
バレンタインに休みが重なるなんて神様ありがとう!!!
……や、実際はただ単にバイト先の店主さんが風邪で倒れて寝込んじゃったからなんだけど。
よし、トッピング完了!!
冷やしまっす!!
この世界には冷蔵庫ないし……仕方ない。
あおぐか。(をい)
『ぱたぱたぱたぱたぱた……』
……………。
つ、疲れた……。
手であおぐのは却下!!
じゃあ、
『ふーっ、ふーっ、ふーっ』
ぜーぜーぜー………。
だ、だめだ。
息吹き掛けて冷ますのも却下!!(最初からするな)
さ、酸欠…………。
それなら、
『ばさばさばさばさばさ………』
ああぁ埃が舞う!!!
やっぱし服で風を送るのも却下!!!
もういいや。
自然に冷えるまで待ってよう。
どうせ大佐が帰ってくるのは夜なんだし、それまでには何とかなるでしょう。
私はリビングへ行き、ソファに腰を沈めた。
あー、大佐早く帰ってこないかなぁ……。
いや、今は帰ってこられたら困るなぁ。(まだ出来上がってないし)
チョコ……あげたらなんて言われるかなぁ。
何となくっていうか、なにげにハート型使っちゃったし。
……うまく出来てるかなぁ。
まぁ、溶かしてちょっと生クリーム混ぜたくらいだからそんな突如カレーのルーとかコンソメとかになったりはしないだろうけど。
なったらヤヴァいって。
……………。
暇だなぁ。
今はまだ午後3時をちょっと過ぎたくらい。
大佐が帰ってくるまでまだまだ時間が余ってる。
洗濯でもしてようかな?
***
「うーん……。もうやることないや」
洗濯もしたし、掃除も終わった。
晩ご飯も済ませちゃったし、もう思いつく限りの事は全てやってしまった。
大佐、仕事で遅くなるとかで家で食べたことあんまりないんだよね。
時刻は夜7時。
大佐が帰る時間はもう少し後だ。
私は固まったチョコをラッピングして、いつでも渡せるようにした。
ぬぁ〜っ、緊張する!!
やっぱり告白とかもしちゃった方がいいんだよね!?
この期を逃すと来年まで何もできそうにないし……。
よっしゃ!!!
いっちょがんばるか!!!
………。
大佐まだかなー……。
今日で何度目だ?同じ事を考えたのは。
まだもう少しあるってば。
……………………はっ!!
もしやまたデート……?
ヤヴァい。朝帰りか!?
チョコ渡せねーじゃん!!!
ピーンチ!!!
………と、その時。
「ただいま、」
「!!!!!」
び、びびびびびった………!!!
大佐がリビングの入り口に立っていた。
「あ、あれ!?仕事が終わるのってもう少し後なんじゃ……」
「今日は珍しく仕事の量が少なかったのでな。さっさと済ませて帰ってきた」
「そうなんですか……」
チョ、チョコ!!
チョコ渡さなきゃ!!
『ドサッ』
……………ん?
「何ですかその紙袋」
大佐がテーブル置いたかなり大きめな紙袋。
中はぎっしり詰まっているらしく、パンパンになっている。
「ああ、歩いていたら行く先々で貰ってな。一度に運べないから紙袋に入れたんだ」
「へぇ……」
……………よもや。
中身を覗き込むと、きれーにラッピングされたカワイイ袋やらリボンの巻いてある箱やらがみっしりと入っていたり。
やっぱりか……。
大佐モテるからなぁ。
しかも彼女いないし。
私は手に持っていたチョコの袋を後ろに隠した。
だってこんなに貰ってるんだもん。
どうせその中に綺麗な人もいるだろうし、もっとうまく作ってる人もいるだろうし。
私があげたってしょうがないよね。
デートの約束しまくってる時点で私のことなんか気に留めてないっていうのは分かってたし。
今更告白したって困らせるだけ……。
………怖い。
告白して断られて、大佐との距離が遠ざかるのが怖い。
決心したはずなのに、告白できそうにないや……。
くそぅ、バレンタインのバカ。
「、今何を隠した?」
「えっ!!?」
しまった!!
後ろにチョコ隠したのバレたっ!!
「なっ、ななななな何も?」
「なぜどもるんだ。」
「べべべべべ別に!?」
「明らかに怪しいぞ」
「にぎゃー!!寄るなー!!!!!」
必死になって大佐を止めようとするが、どうやらそれは逆効果だったらしい。
止まるどころかどんどん近寄ってくる。
「何でもないってば!!今日はデートとか行かないの!!?」
「………」
おや?
動きが止まった。
「……もう待ち合わせの時間まで残り少ないな。思い出させてくれてありがとう」
「………!!」
やっぱり、行っちゃうんだ。
バレンタインに他の人と過ごすって事はやっぱり私のことなんか何とも思ってないってことよね。
「」
「早く行ってあげたらいいでしょう!!つかさっさと行け!!!」
だめだ。
きっと私、今凄く嫌な顔してる。
俯いて表情を隠した。
泣きそうだし、落ち込んでるし、そんなの見られたらそれこそ困らせてしまうから。
「」
「行ってってば……」
声が震えた。
バ、バレたかな………。
「……少しは聞け」
「っ!!」
私の視界が、何かに覆われた。
それと同時に暖かさが伝わってくる。
視界を覆ったのは、大佐の胸だった。
背に回された腕が、私を緩く引き寄せる。
「さっきのは嘘だ。約束なんかしていない」
「え………っ」
驚いて顔を上げると、大佐の顔がすぐ傍にあった。
慌てて下を向こうとするが、大佐が片手で私の顎を持ち上げてしまって、それはできなかった。
目尻に溜まった涙を、大佐の指で拭われる。
「た、たい、さ…?」
「すまんな。悲しませるつもりはなかったのだが」
抱き締める力が強くなった。
「いつものように『勝手に行ってこい変態』等とツッコまれるものと思っていた」
「ぬにーっ!!?ヒドいっ!そりゃないよ!!」
「そして君が隙を作った瞬間に隠したものを奪おうとしていた」
「!!! いやーっ!卑劣!!」
「ところでもう奪った後なのだが」
「!!!?」
そういえばさっきから右手に握ってた袋がない。
いつの間に……。
「そのために抱きついたの!?ヒドい!!!」
「そんな訳はないだろう。大体仕事が早く終わったからといってなぜ真っすぐにここに帰ってきたと思っているんだ?」
「え………?」
「……と少しでも長い間一緒にいたかったからだ」
「!!」
あ、ヤバい。
顔が熱くなる。
「でも…他の女の人の方が良かったんじゃないですか?大佐だったらもっと綺麗な女の人とか選べたでしょうに」
「君でなければ駄目だ。それに私は最近デートなんかしていない」
「え!?じゃあ何で帰りが遅くなったり……」
「軍部の奴らに無理矢理付き合わされて遅くなったことなら多々あるが」
じゃあ何か?
今までのは勘違いだったというのか。
「もしやヤキモチか?」
「なっ!?ち、違います!!」
「ではなぜ泣きそうになったりしたのかね?」
「それは…その……花粉症です!!」
「そんなに突然にか?」
「そうです!!!」
「では、なぜこれを隠したんだね?」
大佐は腕を緩め、私から取った袋を目の前に持ってくる。
「………意地悪」
「意地悪で結構。なりふり構っていられないんでね」
「へ?」
「気付いていないのか?」
「??」
軍の男どもがあれだけちやほやしていたというのに。
たまにが司令部に差し入れを持ってくる時ですら大騒ぎをする男どもが、バレンタインデーともなればチョコを求めて物凄い騒ぎになるだろう。
今日も、早めに仕事が終わったという部下がのもとへ行こうと目論んでいたため必死で仕事を見付けだしてその部下へやらせるよう命を下した。
それが数人なら良かったのだが、そんな生易しい数ではなかったのだ。
誰かに奪われる危険性があるなら、焦るなという方が無理だろう。
「…大佐」
「ロイと呼べ」
「………ロイ」
「…何だ?」
普段はここで素直に名前で呼んだりしないから、大佐は少々驚いているようだ。
「それ、受け取ってくれます?」
私は大佐の持っている袋を指差した。
「チョコですけど……これ以上貰って大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。嬉しいよ」
にっこりと笑う大佐。
「義理ですけどね!!!」
「!! ほ、本命は?」
「別にいます」
「それは一体誰……」
「教えません!」
「そ………そうか……」
あからさまに斜線入りまくってる大佐。
ちょっとおもしろいと思ってしまった。(をい)
「嘘。本当は………」
……部屋には他に誰もいないけど、そのまま言うのは恥ずかしい。
だから、大佐の耳に思い切り近付いて、そっと言った。
言った直後の大佐の顔ったらなかった。
目は見開かれていて、口は少々開きかけ。
かくいう私も、実は真っ赤だったりするけど。
「……、本当か……?」
「はい。それでも受け取ってくれますか?」
「当然だ。……ありがとう、」
訂正、バレンタインをバカだなんて思ってごめんなさい。
感謝しています。
“本当は義理チョコなんて1つも作ってないんです”
バレンタイン。
気持ちを甘さと共に贈る日。
決して菓子屋の策略だけだとは限らないようだと気付いた、今日の私。
〜fin〜
<アトガキ。>
2万回った頃にようやくUPした1万hitもの。駄目じゃん!!;
しかも更に謎なことに、バレンタインネタ。時期ハズレー!!!
でもこれの更に後に連載でバレンタインネタUPするってんだから幻作も相当なものであります。(コラ)
ロ、ロイ寄り………出来てました?(滝汗)
甘いの書いたことないんで焦りまくりました。
ああぁ普段シリアスかギャグしか書いてなくて恋愛ダメダメ!!修業せねヴァ。
それにしても大佐を連れ回しているという人達って誰なんでしょうね?
多分かなりの多人数だと思うんですが。
それでは、鋼世界に冷蔵庫があるのかないのかちょっと心配な幻作でした。
2005.4.28