「なぁ、これって何なんだ?」

 エドがテレビ画面を指差しながら、そう私に問いかけてきたのが、事の始まりだった。
 私は数式を解く手を止めて、顔を上げた。

「何だっけ……あ、ジェットコースターっていうんじゃなかったかな?」
「お、アル正解ー」
 私より先に答えたアルに拍手を送る。

 そう、画面に映し出されていたのはジェットコースターだった。
 見た所この番組、バラエティみたいなんだけど。

「…てゆか、エドってジェットコースターに乗るどころか、遊園地に行った事無い?」
「ねぇよ。この世界に来てから旅もしてないし」
「うーん、成程。そうなんだぁ」

 私は最早ペンを放り出して、宿題を放棄。腕を組んでエドをじっと見た。
 …その場に沈黙が流れる。
 大佐は状況を窺うように、私とエドを交互に見ている。

「……何だよ」
 痺れを切らしたエドが探るように尋ねた。
 数秒後、私は脳内カレンダーを検索し終えてエドに言葉を返す。


「行った事無いなら、行っちゃえv」





stigmata・EX
遊園地
〜chase&chase&date!?〜





 『効果音:ぽかーん。』
 …いや、それが本当に似合うよ現在のエド。

 私とエドは、只今遊園地の中に居ります!
 電車に揺られてやって来ました。
 ちなみに、エドがテレビでジェットコースターを見てから5日後です。
 暇な時を見つけたので早速来ちゃったんだなこれが。

 そして、現在私はエドと二人っきりです!
 いや、アルは外連れて歩けないし(可哀相だから連れて行きたかったけど、『いいよ』って逆に気遣われちゃった…)、大佐はアルに引き止められちゃったし。
 何で引き止めるのか聞いてみたけど、「大佐がいるとさんの事が心配だから」って明るく言われましたよハイ。
 え、大佐がいると私に何かあるの?
 寧ろ私が大佐に何かするかもしれないけど。

 エドはいいの?って聞いたら「兄さんなら大丈夫でしょ」とか何とか……?
 ますます分かんない。
 まぁ、エドをつれてったら駄目とか言われたら遊園地に行く意味皆無だしね。

 エドが「と二人なのか?」とか行くのを妙に躊躇ってたけど、「行かないの?」って聞いたら好奇心に負けたようで、少し迷ってから「行く」と答えてくれましたよ。
 うーむ、やはり年頃の男子としては女子と一緒に出かける事に抵抗があるのかしら。
 私は抵抗なんて特にないんだけど。エドだしね!(ここ重要)

 二人を連れて行けなかったのは本当に残念だったから、お土産沢山買って帰ろう。
 デジカメも持って来てるから、ついでに色々撮影しておこう。

 ……そういえば何か忘れてる気がするけど……何だか分からないから気にしない。
 何となく思い出しちゃいけない気がする。


「さーて、何から乗る?」
「あ?あー…そうだなぁ」
 私が問うと、エドは気の無い言葉を返した。
 …どうやらエド、周囲の乗り物に目茶苦茶興味がある模様。
 そういえばさっきから乗り物を見詰めつつ、速度がどうの、遠心力がこうのとブツブツ呟いてる。
 ……乗り物解析中?錬金術師の本能だろうか。
 しかし言っている事は小難しくてよく分からない。

「うおーい、熱心に分析してどうすんの。楽しむべきでしょここは」
「あ、わりぃ。そうだな」
「どれに乗る?列が空いてる所から行こうか?」
「俺には勝手が良く分かんねーから、が決めてくれよ」
「イエッサ」

 ぐるりと周囲を見回す。
 何に乗ろうかな……。
 観覧車…は、一番最後よね!それは定番だよね!
 てか、エドと二人で乗れるんだね。
 それを考えるだけで今からドッキドキだよ私は。

 間近でエドの顔観察しまくれるんだ…!うわ楽しみ!!
 うふふふ、下心発生しまくりですよ。

「…おい、何ニヤけてんだよ」
「えっ!?あ、あははは!!何でもないよ、あれに乗ろうか!」
 腐ってカビの生えた内心を隠す為に、適当に乗り物を指差して駆け出す。
 ごめんねエド、私の心は妄想でデロンデロンだよ!

 エドは「おい、待てよ!」と私を追って駆け出した。


 ***


 着いた先にあったのは、コーヒーカップ。
 丁度人が少なかったので5分くらいの待ち時間で乗れた。
 ジェットコースターが目的で遊園地に来たけど、折角近くにあったんだから乗って損はないよね。

 沢山あるカップの内一つに乗り込んで、エドを手招き。
「エド、早く乗って!」
「これ何なんだ?」
「勿論遊ぶもの。早くー」

 エドは後ろ頭を掻いてから、私と同じカップに乗り込んだ。
 私の正面に座るエドは、カップの中心にあるハンドルを観察し始める。

「なあ、このハンドルは――」
『ビ―――ッ』
 エドが言いかけた言葉は、ブザーによって遮られた。

「な、何だ?」
「動くよ。つかまってて」
「えっ?」

 係員の人がスピーカーを介して幾つか注意点を言った後、ゆっくりとコーヒーカップが動き始めた。
 一定範囲内を滑るようにゆるゆると移動する。

「……つかまって、って…別につかまる程じゃ、」
「いやいや、これからだよ。ほら早く固定ハンドルの方につかまって」
 私は、可動式のハンドルの下にある動かせない方のハンドル(つかまる為のハンドル)を指差して、エドがそれを掴むのを確認してから可動式の方のハンドルをがっしり掴んだ。

「いっくよー!!」
 掛け声をかけてから、私はそのハンドルを力の限り回した。

「うおっ、回った!」
 ぐるり、ぐるりぐるり。
 最初は全体重をかけてもゆっくりとしか回らない。
 私は根気よく力をかけて回した。
 すると――

「お、おおおおおっ!!!?」
「きゃはははっ!!!」
 徐々に回転が速くなって、遂には周りの景色が全く分からなくなるくらい高速回転。
 脳ミソやら内臓が遠心力で外側に叩き付けられてるような感覚が!!

「回るーっ!!速い速い速いっ!!ぎゃー!!!」
「きゃははははは!!!」
 もう笑いしか出ない!!
 この何が何だか分からなくなるような感じが面白い。
 てか寧ろ、エドが叫んでるのが面白い。(鬼だ)

!と、止めろー!!」
「やだよー!!」
「とーめーてーくーれーぇ!!」
「いやーん!!」

 そんなやり取りを繰り返しつつ、私はハンドルを回す手を止めなかった。


 ***


「………うええぇ」
「・・・・・・・」

 コーヒーカップから降りて、私は半ば吐きそうになりながら、エドは最早無言で、ふらふらと歩く。
 ど、どこかベンチは…!!ベンチはありませんか……!!

 ぐるんぐるんする視界で物を把握するのもかなり難なのですが。
 ああ、調子に乗って立ってハンドル回したのがいけなかった。
 回転が更に速まって、もう三半規管が壊滅的だ。

「あー、あそこに…ベンチが見える…気がするぅー」
「……俺も見える…気がする…」
 何だかひたすら景色が揺れに揺れてて、通行人との間隔すら全く分からないから、何がどこにあるのかなんて見事に理解不能になっているわけですよ奥さん。(奥さんって誰よ)
 しかしエドも見えてるって事は、そこにベンチがあるのはほぼ確実だ。

 問題は……真っ直ぐ歩けない状態だという事。

 ぎゅるんぎゅるんと回転する世界の中で、私とエドは近付いたり離れたりしながらベンチの方へ向かう。
 うーあー、前に進めてるのかも不安だぁ。
 この際這いつくばって進みたいけど、ここは室内でもないし、確実に変な目で見られるからね!
 …いや、千鳥足でベンチに迫ってる時点で既に変だけど。

「も、もう少し…もう少しで我がオアシスに辿り着く…!!頑張れ私!ファイトー」
「いっぱーつ……」

 ………。
 どこでそんな素敵台詞覚えたのエドさん。

 私は脳内でエドのナイスな科白を反芻しつつ、ようやく目前に迫ったベンチへ手を伸ばす。
 エドも私の右で同じように手を伸ばしている。
 やっと座れる………


 と、思った瞬間。


「のわっ!?」
!?」
 私の肩が強い力で後ろに引かれた。

 な、何だ何だ!?何が起こった!?
 私の肩に乗ってるのは誰の手?

「見つけたぞ」
「「・・・・・」」

 振り返るとそこに居たのは、何となく見知った姿。
 …誰だっけ。
 数秒考えて行き着いた答えは………コイツ 黒ずくめの 変 態 でした。(約一名)

「ぎにゃああぁあぁ!!視界くわんくわん回っててよく見えないけどその真っ黒な服とセリフで分かったぞ貴様変態じゃないかー!!」
「失礼な!変態ではない!」
「遊園地に来てまで子供を追っかけ回す大人を変態と言わずして何と言う!」


 私は腕を目茶苦茶に振り回して何とか男の手を振り払うと、まだおぼつかない足取りでダッシュした。
 変態というのは勿論、黒ずくめの敵さんである。
 最近来襲頻度が下がってきてたからびっくりだよ!
 何でこんな所にまで…私の家から大分離れてるのに!

「ここまでは来ないだろ、なんて高括ってたのが間違いだったらしいな……、ぶつからないように逃げるぞ!」
 エドが私の前を走っていく。
 おお、私より足取りがしっかりしてるぞ。三半規管の強度の違いだろうか。

 てか、私が忘れてた事はこれだったんだ。
 敵がいつ襲ってくるか分からない事。
 できれば思い出したくなかったよ…。
 まぁ、思い出しててもさすがにここまで来るとは思わなかっただろうけどね。


「う、うあぁっとぉ!?」
 思うように走れないせいで通行人にぶつかりそうになって、反射的に身を捻る。
 おまけにバランスもうまく取れないから、よろめいて腕をわたわたと振り回した。
 しかしバランスは取り戻せない。寧ろ体が傾く!
 ヤバい!地面にコンニチハするのか!?

「呪印の娘は貰い受けたぁっ」
「させるかっ」
 揺れの治まり始めた視界に、こけかけた私を掻っ攫おうと低姿勢ダッシュをかける黒ずくめの姿が捉えられた。
 が、私が黒ずくめの腕の中にゴールインする前にエドが私の右手をぐっと掴んで右の方へ疾走。
 私はエドにうまく引っ張られて体勢を持ち直し、一緒に走る。
 黒ずくめは私を捕獲し損ねて、たたらを踏んだ。

「エドありがとう」
 エドの手をぎゅっと握り返すと、ぴくりと僅かに反応があった。
 それから、
「……どーいたしまして」
 少し上ずったような返事。
 エドもまだコーヒーカップ酔いが醒めてないんだろうか。


(手を繋いだのを自覚したくらいで、何動揺してんだ……)
 ちょっとばかりの焦りと、狼狽と、
 少しばかり速まった鼓動。
 どれにも説明がつかずに、理性が『この場ではそんな事を考える必要などない』とそれらを切り落とす事に決めた。

 エドのそんな葛藤を、私は知る由もなく。



「待てえぇっ!!」
「呪印の娘をよこせー!」
 黒い男二人の叫び声が追ってくる。

「って、変態が増殖してる!あんたら実はプラナリアか!!」
 注)プラナリア……2つに切断したら2匹に、4つに切断したら4匹に分裂して生きる小さな生き物。
 いや、こいつらが本当にプラナリアみたいだったら手におえないけど。

 二人に増えてるって事は、私達が見てない間に合流したんだろうか。さっき曲がった角とかで。
 てことは、手分けして探してたのか?
 ならこの遊園地の中にまだ変態が分布してる可能性が…!

 二人に増えた変態を背に、私達は猛ダッシュ。
 寧ろエドの足が速いから私が引きずられてるみたいな感じなんですが!
 すまん、私の足は壊滅的に遅い。

、あの中に入るぞ」
「えっ?」
 突然小さく言われて、私は目をしばたたかせた。

 エドの視線の先には、道一杯に広がって通行している、旅行にでも来たらしい団体。
 そのすぐ向こうには、ジェットコースター乗り場。
 団体の中を曲折しながら突っ切って、こっそりジェットコースター乗り場に入っちゃえば黒ずくめを混乱させて居場所が隠せるかもしれない。

 私達は人込みの中に自ら突っ込んで行った。
 団体を構成しているおじさん・おばさんは驚いてたけど、そんなの構ってる暇は無い。
 沢山の人の群れの中を蛇行しつつ進み、ある程度来た所で軽く振り返って黒ずくめの姿が無いのを確認する。
 声も届いてこない。
 どうやら混乱くらいはさせられた……か?

 低姿勢になりながらジェットコースター乗り場へ滑り込み、看板の裏にへばり付く。
 ……数秒経過。
 追ってくる気配は無い。

「撒いた……かなぁ」
「んなわけねーだろ。この辺りまで来たのは見られてるんだ、ここまで絶対に追ってくる」
「ええぇ…どうしよう」

 小声で話をしながら、切れた息を整える。…エドは全く息が乱れてないんだけど。
 ……くそう、これだから運動神経のいい子は!素敵過ぎて萌えるぞ!(地団駄)

「裏口みたいなのは無いみてーだし……、こうなったら多少の時間稼ぎにしかならねぇだろうが、あれに乗るか」
「え?……ジェットコースターに?」
 丁度乗り場まで戻ってきたジェットコースター。待っている人も僅か。
 乗るなら今、なのだけど。

「随分長距離走るから、遊園地に潜んでる黒ずくめに居場所知らせる事にならない?」
「あんだけのスピードが出てる状態で一人一人の顔を見分けられる程器用な奴はあんまりいないと思うぞ」
「…だね」
「どうせここから出ても見つかるのは確実だ。なら行ってみるしかない」
「………実は単に乗りたいだけだったり?」
「……………ちびっと」

 うわ、可愛いなぁもうv
 好奇心には勝てないって事か。まあ今回の目的は元々ジェットコースターだったからね。

「よし、そうと決まれば早いとこ乗ろう。見つかっちゃう」
「ああ。……行くぞ」
 用心深く辺りを見回し、ジェットコースターまでダッシュをかける。
 途中で係員のおじさんにフリーパスを見せて、料金支払いをスルー。
 素早くジェットコースターに乗り込んだ。
 上から黒いバーを引き下ろした直後、係員の人が点検をして、早々に動き始めた。
 どうやらタイミングが良かったらしい。

 コースターが乗り場を離れるまでの間、見つからないかと冷や冷やしていたが、通り過ぎるまで黒ずくめの声は聞こえなかった。





「くそっ、どっちへ行った!?」
「こっちへ来た筈だが…」
「あの集団のせいで見失ったな…」
「ここで乗り物に乗ったのではないか?」
「いや、こんなに長い列が出来ているのなら、まだ並んでいるはずだ」

 ジェットコースター乗り場へ辿り着いた、息も絶え絶えの男二人組み。
 すぐ傍にある長蛇の列を気にしつつ、金髪の少年と黒髪の少女を視線で探す。
 が、一向に見当たらない。

 その探し人が、奇跡的に人の空いている時にさっさと乗り物に乗ってしまったのを、彼らは知らない。


 ***


「うだっはぁ……せっかくコーヒーカップ酔いが醒めてきたのに今度はジェットコースターだよ……」
 ジェットコースターを降りてふらふらしながら愚痴る。
 いやまぁ、全てあの黒ずくめのせいなんですがね!
 脳ミソを散々シェイクされた感覚ですハイ。
 最初からジェットコースターには乗る予定で来てたけど、コーヒーカップの次になるとは思ってなかった…。

 エドも多少ふらつきながら、辺りを見回す。
「……待ち構えてもいないんだな。あいつら本気で俺らを追ってるのか?」
「撒けたの?やりぃ!じゃあこれからどうする?」
「どうって、もう帰るしかないだろ」
「帰る……って、ええぇ?折角遊園地に来たのにもう帰るの?」
「お前、状況分かって言ってるか?明らかに危険だろ」
「……だって、私も遊園地に来たのは久しぶりだったんだもん」

 来ようと思えば来れたんだけど、短い友達付き合いしかしてない私には、一緒に遊園地まで来るような人が中々居なかった。
 だから、今回遊園地に来る事になった時には私自身結構楽しみだったりしたんだよね。
 けど、やっぱこのままじゃエドも大変だろうし…帰るしかないかなぁ。
 我侭言ったらそれこそ迷惑かけちゃうし。

「…よし、これも運命!また来れるんだから、今回は帰ろうか」
「……、本当にいいのか?」
「何言ってんの、帰ろうって言ったのエドじゃん」
「まぁ…そうだけど……」
「皆に心配かける方が悪いよ。それより、遊園地から無事に脱出する方法を考えなきゃ」

 乗った時と違ってジェットコースター乗り場には随分長い列が出来てるよ。
 私達が乗った時は神がかり的に空いてたのに。
 うーむ、これこそ日頃の行いのお蔭だね!
 ……って、日々萌えてばっかなんですが。(寧ろ罰当たり?)

 看板の陰からそっと通りを覗き込む私とエド。
 私はクラクラしてて微妙に焦点が定まらなかったんだけど、エドはわりとしっかり見えてるらしく、「よし」と呟くのが聞こえた。
 やっぱり、暇さえあればだらけてる私とは違うんだねぇ。
 そもそもエドは運動神経がいいから、ジェットコースターも平気なんだきっと。
 落下地点で「あぎゃろほへーっ!!!」とか叫んでたけど。
 うん、聞かなかったことにするわ。物凄い長距離落下だったからね。

、行くぞ」
「ハイ隊長」
 小声で短く言った後、私とエドは素早くジェットコースター乗り場から出た。
 そして小走りで掲示板の裏へ隠れる。
 ……私達、めっちゃくちゃ怪しいような気が……

 通りを見渡して、黒ずくめの姿が無いのを確認すると、エドは次の場所へ駆け出した。
 私はそれを追う。

 角を曲がって、屋台のアイス屋さんの影へ。
 エドはまたも黒ずくめがいないか確認している。
 私は……

「おじさん、チョコとストロベリー1本ずつ頂戴」
「あいよ。2本で480円」
「はいはーい」
 その間に屋台の真横からアイスを注文しました。
 
「な、何やってんだよ!」
「いいじゃんちょっとくらい!いないんでしょ黒達」
「今の所はな」
 注意深くきょろきょろと辺りを見回すエド。
 アイス屋のおじさんは軽く笑って、

「かくれんぼかい?頑張りな」

 爽やかに勘違いしつつアイスを手渡してくれました。
 私とエドは思わず苦笑い。
 いや、当たらずとも遠からずなんだよ実際。

「エド、どっち食べる?」
「あ?どっちでもいいよ」
「むー……、じゃあ半分こする?私がストロベリー半分食べて渡すから、エドはチョコを」
「アホか!!」

 何でいきなり怒鳴るんだ、と眉を寄せてから気付く。
 …そういや、それじゃあ間接キスになるんだよね。
 いや、その方が私にとっては萌えなんですが。

「じゃあ私がチョコで」
「なら俺がストロベリー」
 …エドがピンク色の物体を持ってるって何だか不思議な光景だ。

 そこでふと思いついて、私はウエストポーチからある物体を取り出した。

「なあ、出口までちょっと遠い……」
『カシャ』

 機械的な音がエドの言葉を遮った。
 それは、マイデジカメのシャッター音である。
 やりぃ!エド+アイスの萌えショットゲット!!

「お・ま・え・なぁ!!」
「記念写真が欲しかったんだもん!」
「……ったく」
 小さく溜息をついて、アイスにかぶりつくエド。

『カシャ』
「おい、また撮ったろ!」
「えー、いいじゃん。じゃ、私も撮ろーっと」
 自分で自分を撮ろうとして、シャッターを押そうとしたが……

「俺が撮る。これ押せばいいんだろ?」
『カシャ』
 有無を言わさずデジカメをひったくられて、一枚撮られました。

「…ちゃんと撮れてるの?」
「さぁ」
「まあいいけど……エドが撮ってくれたなら何でも」
「何でもって…、………。いいから早く行くぞ!!」

 大口開けてまるでアニメのようなスピードでアイスを平らげたエドは、さっと立ち上がった。
 え、何?何で突然そんなスピードで?
 私がニヤリと萌え笑みを零してしまったせいか!?
 しょうがないじゃないか、エドが撮ってくれて萌えた嬉しかったんだから!

「え、ちょっと待って!私まだ全然食べてない…」
「いいから行く!」
 デジカメを私に突っ返して、アイス屋の影から素早く出てゆくエド。
 私はアイス片手にデジカメをウエストポーチへ仕舞って、エドの後を追った。
 走りつつ、チョコアイスをかじって。


「…青春だなぁ」
 アイス屋のおじさんが呟いたその言葉は、通行人の一部にしか聞こえなかったとかそうでないとか。


 ***


「何とか出入り口付近まで来れたね…」
「あとは遊園地から出るだけだ。……外で待ち構えてるのが居なければな」
「うーわー…やだなそれ」

 あれから、何人かの黒ずくめに遭遇しかけたものの、何とか隠れてやり過ごしながら無事ここまでやって来ました。
 …2回くらい見つかりかけたけど。

 現在私達は大きな四角いゴミ箱の影に隠れております。
 黒ずくめの姿は無い……けど、出入り口付近とあって目の前の場所はだだっ広い。
 要するに、現在隠れてる場所から出ちゃったら身を隠せないんだなこれが。
 てなことで、ここから出るには細心の注意を払わなければならないのである。

「エド。右・右斜め・正面共にオッケーだよ」
「左・左斜め・出入り口近辺確認」
 ちなみに後ろにはお店屋さんの壁があるから、確認は不要。
 どうやら黒ずくめは居ない模様。

「行く?」
「行こう」

 私達は頷いて、ゴミ箱の陰からさっと出た。
 そして出入り口にまっしぐら!
 ―――と、

「呪印の娘、覚悟ーッ!!!」
「ひぎぃやああぁ!!」


 突如すぐ側の茂みから、変態出現!
 隠れてたのかぁっ!!

っ」
 襲い来る熊のように飛び掛ってきた変態。
 そのせいで固まっていた私をぐっと引き寄せ、見事回避させてくれたエド。 ナ、ナイス!
 しかし腕を目一杯掴まれて引かれると痛いです…!

「エドありがとう、けど痛い…」
「あ、わりぃ」
「いやいや、大丈夫……って、そんなこと言ってる場合じゃない!!」

 いつの間にやら、私達の周囲には変態どもがずらりと5〜6人。
 ちょっと待って、壁を背にしてぐるりと取り囲まれてるから……逃げ場ナッスィン?
 さすがに通行人が沢山居るこの場所でエドに暴れさせるわけにもいかないよね……

「どうしよう…」
「……、そういや…」
「え?」

 じりじりと男達が詰め寄ってくる中、エドは私に耳打ちした。

「…そうだよ?……って、ああ!そっか!」
「確認が取れた所で、いくぞ!」
「オッケ!!」

 男達が両腕を広げて一斉に捕獲体勢に入った。
 が、それより一瞬前。
 私とエドは同時に息を大きく吸って、


「「助けて警備員さん!!怪しい人が迫ってくる!!」」


 すると、既に怪しいと思っていたのか、近くまで来ていた何人かの警備員がすぐに駆けつけた。
 いやぁ、警備員さんって素敵だね!

 これによって撹乱された黒ずくめ達は、私達に逃げる隙を与えてくれました。
 後ろから黒ずくめにも警備員さんにも呼び止められたけど、後で事情聴取なんかがあると面倒なので、私もエドも気にせずダッシュで遊園地の出口を出て、止まる事無く去っていった。


 ***


「…ってなわけで、散々だったわけよ」
「それは災難だったね…」

 家に帰って幾ばくか経った頃。
 結局まともに遊べなかった私達は、疲れだけが溜まってリビングでだらだらしてる。
 現在、日が傾いた夕刻。
 あぁ、せっかく遊園地に行ったのに!

「しかし君が無事で良かったよ」
「どうもですー。が、ちょっとしか遊べなかったのはやっぱり残念ですー」
 ソファの上でだらだらしながら、大佐の言葉に応じる私。
 ちなみにエドはテーブルを挟んで向かい側の椅子に座ってる。
 そして私同様にだらだらしてる。

「また行けばいいじゃないか」
「また黒ずくめに邪魔されたらやだなぁ……お土産も買って来れなかったし」
「土産はいいが、君が楽しめないのは困るな。……黒ずくめの件に片がついたら、ということでどうかね?」
「………」

 私は腕組みをして天井を見上げた。
「……そうですね」

 それは、黒ずくめの一件が終わるまでこの世界に居てくれる、という意味なのか、単なるアドバイスなのか。
 私は何となく聞かないでおいた。


「ああー、けど観覧車に乗れなかったのが一番残念ー…。景色が綺麗に見渡せるのに」
「テレビで見たが、大きい乗り物だな」
「あ、知ってます?夕陽をバックにしながら観覧車の一番高い所でキスすると、その二人は結ばれるっていうジンクスがあるんですよ。大佐は誰と乗りたいですか?」
「それは勿論く」
さんは誰と乗りたいの?」

 …ん?何だか大佐の発言がアルにきっちりくっきり遮られた気がするんだけど…気のせい?

「私はね…キスっていうより皆で楽しく乗りたいかなー」
「……そうなんだ」
「アルも一緒に、っていうのが今の所の夢」
「ありがとう。嬉しい」
「えへへー」

 本当なら小さめの観覧車くらい作れるんだけど、ここらの住人の迷惑と土地の関係を考えたら作れないんだよね。

 それにしても遊園地に残してきた黒ずくめ達は今頃どうしてるんだろうか。
 もう釈放されてるだろうか。
 …まあいいか、敵だし。(適当だな)

 私は、次に遊園地に行く時こそ色んな乗り物に乗って楽しもうと心に決めつつ、今日の出来事に思いを巡らせた。





〜fin〜




<アトガキ。>

大変お待たせしました…!!がはっ!!
リクエストを頂いてから随分経ちます。他の方もかなりお待たせしております…;
「エドと連載夢主が遊園地に行く」との事で、行かせてみました遊園地。
殆ど乗り物に乗ってないんですが…!!(滝汗)
しかし書きたいと思っていたコーヒーカップネタは書けたので物凄く嬉しいです。楽しかったです。

何だかめっちゃギャグですね!連載主人公だからでしょうか、全く甘くありません。
変態さんも出て来てますし。…いや、楽しかったですよ。書く方は。(ぇ)
色々と裏設定も考えていましたが、番外なので泣く泣くカット。残念だ……

てなことで、この夢文は雷様のみお持ち帰り可能ですー。
煮るなり焼くなり捨てるなりお好きにどうぞ…!
では。

2006.6.6