「んー……専門外だから用語はよく分からなかったけど、どうやら呪印の力を塞き止める様な感じのものを研究してたみたいなんだ」
「塞き止める?」
「そう。…呪印が活動するのを封じる為の魔術」
「……っ!!?」
聞いた瞬間、私は息を呑んだ。
stigmata・19
ひなたぼっこ・後編
〜pond〜
私が苦しんだ理由。
その根本を排除するための魔術?
そういえばお父さんの目の前で人が死んだなんて、聞いたことがない。
「…成功、してたの?」
「……半分は。」
「半分…?」
「さんのお父さんがこっちの世界に来てすぐに術は完成してたみたいなんだ。どうやら向こうの世界でも研究をしてたようだから。
そしてその魔術を自分にかけた」
「で、ちゃんと呪印は封印されたんだよね?」
「そう書いてあったよ。…でも、術は中途半端だったんだ」
「…どういうこと?」
「……呪印が、それまで他の人で繰り返されてきたように、生まれた子供へ移ってしまった」
生まれた子供……
…私、に?
この呪印は本来、末代まで移されていく驚異的な呪い。
魔術程度ではそれを防ぎきれなかったのか。
「直接血の繋がらないお兄さんじゃなく、さんに移ったんだ」
「でも、じゃあ私にもう一度魔術をかければ誰の命も奪うことは…!」
「…向こうの世界でしか手に入らない道具を使っていて、自分に魔術をかける時点で全部使い切っちゃったって書いてた」
「………」
あぁ、だから。
だから、私の事をあんな目で。
慈しみとも哀れみとも取れるような、そんな目で私を見ていたのか。
でも、それが優しさゆえの瞳だと知っているから、私は恨んでなどいない。
「さんが生まれてから呪印封印の研究を再開してたよ。けど…術が完成する前に…。」
「…途切れてた、のね?」
「……」
私の胸にある呪印が、お父さんの命を吸った日。
そこで途切れていたのだろう。
「…今まで黙ってたのは何で?」
「言った方がいいって分かってたけど…、今のさんみたいな顔させたくなかったから言わなかった。けど、聞かれたら答えないわけにはいかないよ」
「……」
空の上の方で小さな鳥が、私達に届く陽光を一瞬だけ遮った。
「…そか。」
私が小さく頷いて。
そして沈黙が落ちる。
………静けさが痛い…。
話してた内容が内容なだけに、急に明るい話持ち出すわけにもいかない。
…よし、奥の手だ。
「……そろそろ中に戻ろっか?エド達も帰ってくる頃だろうし」
「そうだね」
頷いて立ち上がるアル。
続いて私も立ち上がろうとして―――
「ぎにゃあっ!!?」
傾く視界。
そして……
『ドブンッ!!!』
響く水音。
そう、私は足を滑らせて見事池に転落したのだった。
「さん!!」
慌てて池に入って私を抱き起こすアル。
私は背中から着水したため全身びしょ濡れである。
ちょっと水が鼻と口に入った……。
普段から池は丹念に掃除してるから藻が生えてたりは絶対しないし、寧ろ夏の学校のプールより綺麗なんだけど(周囲の除草はしないくせに)、いかんせん寒すぎる。
夏だったら毎年この池で遊んでたりしてるんだけどね。
残念ながら3月の日差しは暖かくとも気温は肌寒いこの状況下で池に落ちりゃ寒いの通り越して凍る。
「ざ………ざみゅい………!!!」
私はガチガチ震えながらアルにしがみ付く。
「うわぁ、早くシャワー浴びないと風邪ひいちゃうよ!!」
アルが私を抱え上げて池から出る。
また風邪か。
やだなぁ、あんなダルくて暇なのはもうこりごりですぜ。(それだけか)
時折吹く風が、普段よりメチャクチャ冷たく感じる。
吹雪かと思うくらい。
あぁ、物凄い勢いで体温が下がっていく。
さみぃー!!!
あー、服も吸水率良過ぎるっての!!
つーめーたーいぃー!!!
抱えられたまま移動するのはちょっと恥ずかしいし悪いと思ったんだけど、あまりに寒いのでされるがままにしておくことにした。
だって自分で移動すると縮こまっておくことができないじゃん。
私を抱えたまま走っているアルは、家の中に入って廊下を駆け抜ける。
体が大きい割には早いなぁ。
床に池の水でいくつも水溜りが出来てるけど、まぁそれは後でどうにかしよう。
ここからお風呂までは比較的近いから掃除も楽だろう。
脱衣室に着いて、アルはその場にしゃがんだ。
「大丈夫?」
「………ん」
ガタガタ震えながら私は短く返事をし、アルの腕から降りる。
「じゃあ僕はリビングにいるけど、本当に大丈夫?」
「………」
無言でコクコクと頷く私。
もう言葉が出ない。
自分の唇さえもが、氷のように冷たく感じる。
「倒れないでね?」
そう言ってアルは、近くにある引き出しからバスタオルを2枚取り出した。
1枚は私に手渡し、もう1枚で自分の体を拭きつつ、脱衣室から出ていく。
私はバスタオルを低い棚の上に置いて、濡れて張りついた服を脱ぎ始める。
早くシャワーを浴びないと本当に凍死する!!!
***
『キュッ』
私はシャワーの蛇口をひねってお湯を止めた。
……はー、いい湯だった。
生き返ったよ。
温度設定してないからちょっとお湯熱かったけどね。
さっきまで寒さで死にそうになってたのが信じられない。
私はバスルームのドアを開け、脱衣室に出た。
アルが出してくれたバスタオルで体を拭きつつ暖かさに幸せ感じていた、その直後。
私は気付いてしまった……………!!(何)
「……替えの服ねーやん。」
急いでここに来たから替えの服のこと忘れてた。
いくら何でも濡れた服をそのまま着る訳にはいかないし、裸で歩くのはちょっと。(当然だろ)
一人暮らしの頃はやってたかもしれないけど、今は同居人が居てしかも全員男だしなぁ。
エド達もう帰って来たかな。
帰ってきてないにしても、替えの服がある2階の私の部屋へ行くには玄関の前を通らないといけないから、誰かが訪問してきたら即アウトだ。
むむむ、どうしたものか。
……はっ!
そうか、この手があった!!
***
「ふぅ、やっと着いた……。」
「長い道のりだったな」
黒い柵を開き、中に入るエドワードとロイ。
玄関のドアに向かって歩きだす。
「の奴、こんなに頼みやがって」
押しつけられて買い物に行ったはいいが、買い物メモを見て驚いた。
ぎっしりと小さな文字でしかも両面に買うものが書いてあって、短時間では済みそうになかった。
最近買い物を怠けているからこんなに買うものが溜まるんだ。
ブチブチと文句を言いつつ(これは主にエドワードがだが)、買い物を終えた時には2人とも荷物が両手いっぱいになっていたり。
そしてその重い荷物をようやくここまで運んできたのだった。
「まぁ、君も受験で疲れたのだろう。買い物は体力を使うし、たまには休ませるのもいいじゃないか」
「そりゃ…そうだけど。大体はなぁ、」
ガチャリ。
ドアを開けると。
「………………。」
思わず凍り付くエドワード。
「どうした、鋼の」
50cm程開いたドアの隙間から中を窺うと。
「あ、お帰りぃ」
何と、がバスタオル姿で目の前を歩いていた。
「君………。」
「あ、はい?」
足を止める。
「『はい』ではなく、なぜそんな格好で?(私としては物凄くいいと思うのだが)」
「あー、これはですねー…」
が答える前に。
『バターン!!!』
派手にその場に倒れ込むエドワード。
「エド!!?」
「鋼の!!」
慌ててロイが助け起こすが、エドワードは最早白目向いて気を失っていた。
ついでに鼻血がたれる。
「どうしたの、今物凄い音が……って、うわぁ!!!?」
リビングから駆け付けたであろうアルフォンスが、の姿を見て反射的に視線を背ける。
ロイに宣戦布告をする度胸はあっても、やはりこういうものに対する免疫はないらしい。
「やー、エドが倒れちゃってさ。どーする?」
「その前にさん、何でそんな格好……」
「え?替えの服が無い事に気付いてさー。すっ裸も何だからバスタオルで。」
「そういう問題じゃないでしょ!服なら言ってくれれば取ってきたのに」
「乙女のタンスの中身見るつもり?いやん大胆v」
「ちっ、違っ……じゃなくて!!僕ら一応男なんだからもうちょっと……」
「だからバスタオル巻いてるじゃん。私全然気にしない方だし、いんじゃない?まぁ、いくら何でも裸見られるのはイヤだけどさ」
カラカラと笑う。
ある意味最強………。
「さんが良くても僕らは良くない………。」
「そうだぞ君、そんな姿を見せられてはこちらとしても理性が保たな『ゴスッ!!!』
いつの間に起きたのやら、エドワードがロイの顎目掛けてアッパーカットくらわせました。
上半身をロイに抱き起こされた形だったので簡単に出来た模様。
エドワードは鼻血を左腕でガシガシと拭いつつロイを睨み上げた。
「この変態大佐!!」
叫びつつ、の方には目を向けない。
というより、向けられない。
「変態はどちらだね。君を見るなりいきなり鼻血を吹いて倒れるとは」
殴られた顎を痛そうにさすりつつニヤリと笑うロイ。
「そういうお前は何で平気なんだ!!変態だからだろ!!」
「ふふふ、君のように青臭くないだけだ」
「……要するに老けてんのな」
「なっ!!!」
「………あ。」
口論が始まりかけた直後、が小さく声を上げた。
一斉に視線がそちらに向く。
「ちょ、ちょっとあんましこっち見ないで;
普段こういうのやらないから慣れてないんだよね……。緩んできちゃった」
緩んだバスタオルの結び目を握り、押さえる。
元々かなり大きなバスタオルなので太ももは半分くらいまで隠れているのだが、胸の谷間がモロ見えな上に手を離せばすとんと落ちそうなくらい緩んでいる。
それは置いておくとしても、更にヒドいのはエドワード。
「―――――!!!!!」
声にならない悲鳴を上げて鼻血を噴出、再び白目向いて卒倒したのだった。
「さん、早く着替えて!!!」
「(かなり惜しいが)鋼のが出血多量で死ぬ前に頼む」
「はーい」
は階段に向かって少し駆け足で向かっていった。
それと同時に、盛大に溜め息をついたアルフォンス。
「び……びっくりしたぁ………。」
「あれしきで驚くのか?」
「大佐は女性慣れしてるだけでしょう。さて、兄さん運ばなきゃ」
「(はぁ…。)……私がこのまま連れていこう。どこへ寝かせる?」
「リビングのソファで充分ですよ。ここから近いですし」
「そうだな」
いまだ鼻血をボタボタ零しているエドワードをロイが抱え上げ、2人リビングへと向かった。
***
「んー………。」
目を開けて最初に見えたのは、白い天井。
体を起こして辺りを見回すと、今自分がいるそこがリビングのソファの上だという事に気付く。
妙に頭がフラフラする。
「あ、起きた」
「全く、床を拭いたり血の付いた服をかえたり色々大変だったぞ」
「あー……?」
「覚えてないの?」
「むー……………。」
ぼーっとした感じのエドワードに、こりゃ駄目だと肩を竦めるアルフォンス&ロイ。
と、そこへ。
『ガチャッ』
「エドだいじょーぶー?」
着替え終わったが入ってきた。
「!!!」
一気に思い出したらしく、瞬時に顔を朱に染めて俯くエドワード。
「やっぱ貧血?鼻血で貧血なんて、イヤンこのスケベー!!エロワード・エロリックーv」
「………。」
「あり?おーい、エドー?」
いつもならここで激しく反論してくるのだが、何も反応がない。
かわりに頭から湯気出してへにゃける。
(だめだ、あの姿が頭の中でチラついて離れない………)
どうやら思春期真っ盛りの少年には少しばかり刺激が強すぎたらしい。
「兄さん、また鼻血出さないでよー?」
「うっ、うるせーや!!」
「あれ位でどうしてそうなるかなぁ?」
声を荒げるエドワードに、私は首を傾げる。
「それは君の肝が座っているからでは………。」
「そうなの?」
「そうなの!!」
いまいち納得していない様な表情のに、ツッコむアルフォンス。
それからしばらくエドワードの頭からは今日のことが離れなかったという………。
〜To be continued〜
<アトガキ。>
ぐはー!!終わったああぁ!!
いやー、色々楽しかったなぁ、今回。何がって、バスタオル事件とかv
つか、果たして夢主には羞恥心というものがあるのか。謎………。でもあのシーン、一番ペンが進みました!!(をい)
とりあえず書斎での伏線は拾い終えましたかね。
拾いきれていない部分があったらどうしよう;伏線張りすぎて何処に張ったか忘れかけ。(コラ)
でも重要なのは覚えてますよー。
次回は戦闘有り?
次回出てくる敵のモデルとなったキャラのファンに殺されないことを祈りつつ、
では!!!
2005.5.19