春の日差しは暖かく、窓から差し込む光に思わずうたた寝をしたくなる。
中学校も卒業して、今は春休み。
高校は無事に決まったし、受験勉強はもうしなくていいし、うーん幸せ。
エドと大佐に買い物押しつけてのんびりできていることだし、何しようかな。
そうだ、折角こんなにあったかいなら外に出ちゃおう。
アルが残ってるから、そうね……中庭で一緒にぬくもっちゃおうかな。
stigmata・18
ひなたぼっこ・前編
〜chat〜
「はー……やっぱあったかくて気持ちいいなぁ……」
「春だねぇ」
私とアルは、中庭に出て芝生の上を歩いていた。
いや、芝生といっても整備とかしてないから殆ど伸び放題で所々伸びまくってるんだけど。
草抜きしないとなぁ;
ま、今回は置いといて、日の当たる所にでも座りますか。
家に囲まれてるから影も多いけど、それでも日の当たるところは半分くらいある。
私達は池の周りに置かれた大きな石の内の1つに腰掛けた。
池は直径3〜4mくらいの円形の小さなもので、深さは大体50cmちょっと。
落ちても大丈夫だよね、春だからまだ寒いけど。
池の水が日に反射して綺麗。
「……この池、何もいないね」
「うん、何か飼ってたら私だけじゃ世話しきれないし………呪印で、殺しちゃうかもしれないから」
「………」
自らの体で呪印の強さを体験したため、安易に「大丈夫だ」とは言えない。
言ったとしても彼女を傷つけるだけだと分かっている。
「……さん、僕は恐いんだ」
「え……?」
空を見上げ、アルは不意に言った。
言葉の続きを聞くのが、恐かった。
「…何、が?」
「…さんが、呪印のせいで誰も信じられなくなってしまうことだよ」
「………」
冷たく早鐘を打っていた私の心臓が、少しずつ治まっていく。
気取られないよう静かについた大きな溜め息が、肺を締め付けた。
私を、私が持つ呪印の魔力を恐れているのかと、思った。
私は今まで遠ざけられ、憎まれて生きてきた。
だから、アル達がここに住むことになってからはずっと恐くて仕方がなかった。
いつか……皆遠ざかってしまうのではないかと。
彼らは私を受け入れてくれた。
呪印のことを全て知った時、彼らはちゃんと受け入れてくれたのだ。
……なのに、心のどこかでまだ疑っている自分がいる。
心は、いくらでも隠せる。
誰にも見透せない心は、だからこそ誰でも騙せる。
エドやアル、大佐ともなればそれは私よりうまくできること。
私を騙して、実はどこかで遠ざけたがっているのではないかと、疑心暗鬼を生じてやまない。
そんな事をしても、何にもならないというのに。
「ごめんね……」
「…さん?」
「信じたい。信じてるはずなのに、心の片隅で疑ってる。自分が嫌になってくるよ…」
疑って、信じずに、距離を作って。
……いつでも、逃げられるように。
逃げ道を作っておいてまで、私は自分が傷つく事にただ怯え続けている。
卑怯とかそれ以前に、その行動は私に好意を持って接してくれている人の気持ちまで無下にしていると思う。
でも、そうと分かっているのに……私は。
ただただ疑って、怯えて。
そうするしか、私は生きる術を知らない。
本当に何をしているのだろう、私は………。
「信じられなくても、仕方ないよ。さんは今までの殆どをそうやって生きてきたんだから。
でも僕らはさんを裏切ったりしない。さんを傷つける奴がいたら、僕が許さないから」
じっと。
私を見つめて、アルが言った。
……あぁ、何て強い眼差しで、声で、言うのだろう。
ふっ、と私の胸を締め付けていた何かが緩んだ。
「…ありがと。すごくほっとした」
「ううん、たまには本音を言うことも大切だから」
「…そうだね」
私は軽い笑みを向けた。
「……アルってお兄ちゃんに似てるかも」
「え?(あの)お兄さん?」
「そう。私がどんなに弱音を吐いても優しく包み込んでくれたの」
「………そっか」
(『兄』か……。まだまだ遠いなぁ)
「でもさー、お母さんも始めから酷かった訳じゃないんだって。お兄ちゃんから聞いたことがあるの」
花のように笑うお母さんの事。優しいお母さんの事。
どれも見たことはないけれど、お兄ちゃんが嘘をついたことはなかったから。
私が生まれてから、そんな表情をすることはぱったりとなくなったらしいけど。
……私が、その表情を奪ってしまったんだ。
「…でさ、お兄ちゃんの話によるとお父さんって浮浪者だったらしいのよね。」
「浮浪者!?;」
「うん。まぁ別の世界から来た人だから仕方ないんだろーけど。
…そんなお父さんに偶然出会って一目惚れしたのが、お母さん。
そっから大恋愛して、嫁がバツイチ子持ちにも関わらずスピード結婚、お母さんのお父さん…つまり私の母方のおじいちゃんが息子がいないのを理由に私のお父さんを次期社長に決定。
それで今お兄ちゃんが受け継いでるって訳」
「何だか凄いね…。おじいさんは結婚を反対したりしなかったのかな」
「寧ろ大賛成だったみたいよ。後継者がいなかったから」
「……(さすがあの兄の祖父。)」
どうやらそういうことにこだわりを見せない、大雑把とも言えるようなその性格はその祖父が根源なのか。
いやはや、遺伝とは恐ろしい。
「…そういえば前から思ってたんだけど、お兄さんがお母さんの連れ子なら母親は同じ人だし異父兄妹としてちゃんと血は繋がってるんじゃ?」
「ううん、お兄ちゃんはお母さんと前の夫との間の子じゃないよ。前の夫の連れ子を私のお母さんが育てて、そのまま家に引き取ったの。だから、本当に赤の他人」
「そうなんだ……」
今一番に信用されているのは、恐らくの兄。
ずっとずっと前から、を守ってきた彼。
……はっきり言ってかなり悔しいかもしれない。
過去の事を含めてもそうだが、自分はいつまでこの世界にいられるか分からないのだ。
『これから』というものが、この世界でどこまであるのか。
いつまで……の傍にいられるのだろう。
そんな心配をしなくて済む兄が、羨ましい。
「……ねぇ、アル」
「何?」
「元の世界に帰りたい?」
「えっ」
一瞬、驚いた。
考えていることを見抜かれてしまったのかと思った。
…考えた事は寧ろ逆だったのだけれど。
「なんか考え込んでるみたいだったからさ」
「……」
いや、思考にふけってはいたが、それとは別口……まあいいか。
「……そうだね、やらなきゃいけない事もあるし……。でも、さんを1人にして行きたくない」
「もしさ、今突然戻れることになってそのチャンスが今しかなかったら、どうする?」
「どうしたの、そんな急に……」
「いいから、答えて」
俯き加減のが、なぜか痛々しい。
声は普段通りだというのに。
「………選べないよ…。僕らはもう何年も1つの探し物のために費やしてきたんだ。
今も諦めたりはしてない。けど…さんは、僕にとって大切な人だ。
敵に狙われている現段階で置いては行けない。それ以前に、離れたくないんだ……」
「……………なんか、告白みたい」
顔を上げて笑む。
「そう受け取ってもらってもいいよ」
「え?」
流れる沈黙。
私は少々固まった。
だってさ、アルが言ったことって、それ……。
いやいや、さらりと言った所を見ると冗談だな。
ドッキリカメラかなんかか?
「じゃあ私も告白ー。アル大好きvカワイイし優しいし!!」
「いや、そういう意味じゃ……」
「あー、でもエドも不器用な所がカワイイよね。大佐はカッコイイかな」
「………」
―――確か、大佐の告白無視事件の時もこんな感じだったのだとか。
もしや狙ってやっているのか?
いやしかし、そんな風には見えない。
本能による防衛(?)機能か?
それともそうなるように兄が呪いをかけたとか?
……あながちあり得なくないから恐い。
「あ、でさー。お父さんの研究記録どこまで読んだ?」
「へ?」
私の質問に素っ頓狂な声を出すアル。
いや、確かにどういう思考経路辿ったのやら分からん発言ではあったけど。
「うーん、大体隠し部屋にあったものの内半分位は読んだよ。
癖字だからちょっと手間取ったけど、暗号じゃなかったし。それに凄いことが分かったんだ」
「え?何?」
「……前にさん、無意識ではあったけどワープを使ったよね?」
「あ……あー、うん」
クリスマスに呪印が発動してアルが操られて、何とか制御して私もアルも気ぃ失ってその時私が全員を無意識に家までワープさせたんだよね?
うーん、もうあれからかれこれ2ヵ月強は経ってるよ。
「実はあれ、呪印の力を引き出してたらしいんだ」
「へー……。……………って、おぉ!?」
「呪印には賢者の石並の力があるってエルトさんが言ってたんだよね。そしてそれは空間を瞬時に移動することさえ可能だった。
さんのお父さんは初めからそれを知ってたみたいなんだ。それで呪印のワープ能力を分析して錬金術として使えるよう錬成陣の構築式を考えていたらしいんだ」
………。
えーと、つまり……………
呪印にはワープできる効力がある。
↓
お父さんはそれを知っていた。
↓
呪印を発動させて使うのではなく、錬金術で同じ事ができないかと考案。
↓
ワープの仕方を分析。
↓
錬成陣に書き入れる構築式を考えていた。
……とまぁ、こんなもんか?
お父さん、いくら錬金術でもそりゃ無理だろ………。
「ワープを錬金術でやるのって無理じゃない?錬金術ってエネルギー循環させるだけなんでしょ?」
「エルトさんやシキミさんは錬成陣を通じてこっちの世界と行き来してたんだろ?」
「あ、そっか」
「循環だって、向こうで体を分解してこっちで再構築してるっていうのなら有り得る」
「え……」
体を?
人間の?
ちょっと待て、それって……
「人体錬成じゃ……」
「ある意味、ね。でも、材料を集めて1から全部錬成するんじゃない。初めから存在する1つの固体を分解して再構築するだけだ。
それに、錬金術でワープを発動させるには呪印の力を多少借りないとだめらしいし、呪印程の力を借りれば可能性は大いにある」
「え、でも呪印の力を引き出さなくてもいいように錬金術でワープできないか研究してたんでしょ?意味ないじゃん」
「呪印だけでワープを発動させると体にかなり負担がかかるらしいよ。
さんがワープを使ったときは呪印を制御したのとほぼ同時刻だったからワープのダメージか制御のダメージか分からなかったんだね。
錬金術でワープすると、殆ど普段自分が使う錬金術と変わらないから負担も軽減する」
……話が難しくなってきたなぁ。
つまり、呪印だけでワープするとこの前みたいに気ぃ失いかねないのよね。
で、錬金術でワープすると大半は錬金術の循環エネルギーで補われるので、100%呪印を使うよりはマシだと。
私がハガレン知らない人だったらパニック起こしてのたうち回るんじゃなかろーか。
だって話が難しいんだもん。
でも結構易しい話し方なんだろーな。
一応これまでの話で理解不能な単語は出てきてないし。
「……えーと、話について来れてる?」
「え?あ、うん。大丈夫」
何とかね。
でも私、心配される程顔に出してたのかしら。
気をつけないと。
私としてはもう少し詳しい話も聞きたいから中断されちゃ困る。
「はーい、質問」
「何?」
「その研究は終わってた?」
「……それが……」
言葉を濁すアル。
おや、するとやっぱり……
「終わってなかったんだ?」
「…うん。15年前…さんが生まれて少し経ったくらいで止まってた」
残念そうだなぁ。
そりゃ帰る手段の希望が薄くなったんだもん。
「でもさ、エルト達は錬成陣を使ってワープしてたよね。じゃあ向こうでは既に完成してるのかな」
「そうだね。兄さんがその錬成陣を覚えてたから陣はもう既に分かってるんだけど、問題は発動のさせ方だよ」
「発動のさせ方?」
「そう。大佐が兄さんみたいな『物の錬成』を得意としないように、兄さんも『焔の錬成』は得意じゃない。それは何でかっていうと、イメージと構築式の構成が出来てないからなんだ」
まぁ、指パッチンするエドやら巨大神像動かす大佐がいたらちょっと…。
………いや、それも有りか。(をい)
そんなことになったら、エドが余裕ぶっこきながら敵に勝利したり!!?
で、更にもしや大佐が剣とか槍とかで戦ったり!!?
うわぁ…見てみたい………v
「……さん、聞いてる?」
「へ?あー、えへへへー。聞いてる聞いてる」
「(ほんとかなぁ)……錬金術は殆どイメージと構築式によって発動されるんだ。だから熟練者だとイメージするのも構築式を頭の中で組み立てるのも早いし、錬成にかかる時間も短い。
兄さんみたいに美意識が狂ってると錬成したものはディテールが悪かったりする」
……今さらりとすげぇキツいこと言わなかったか?
アル、恐るべし。(何)
「兄さんが焔の錬成を得意としないのは、錬成に至るまでのイメージが出来ないのと、何を何%の割合で空気中に圧縮すればいいのかっていう『式』が分からないからだね。
大佐が物の錬成を苦手とするのも同じ理由だよ」
「成る程……。じゃあつまり、ワープの原理を知ってる上で更にその事細かなイメージも出来ないとワープの錬成陣を発動させることができないってこと?」
「そういうこと。でも残念なことに僕らはそのどちらも知らない。研究が最後まで終わってなかったから、原理も分からなかったし。
しかも呪印の力を借りないと駄目ってことはさんにまで迷惑かけちゃうし。
さんのお父さんが途中で研究をやめたのも、さんに負担を掛けたくないと思ったからなんだと思うよ。さんが生まれた頃にやめたって事は、自分からさんに呪印が移ったのが理由って事だろうから」
「いや、私は構わないんだけど……発動できないんじゃ仕方ないなぁ」
私が多少体力削られる位でいいならアル達を送ってあげたい。
また1人になるけど……寂しいけど。
皆が喜ぶなら。
……………って、ちょっと待て?
「呪印がないとワープの発動は無理なんだよね?」
「? うん。どんな方法を取っても人を分解して再構築するくらいだから、呪印か賢者の石クラスの力がないと無理だよ」
無論、今ここにある呪印と違って、未だ存在情報の得られない賢者の石はすぐに手に入れて使える状態ではないが。
「てことはさ、シキミやエルトはどうやってワープしてきてるんだと思う?」
「あ………」
「もしかして向こうにまだ呪印を持つ人がいるか、それとも………」
「賢者の石が!?」
「可能性はあるんじゃない?」
「そっか!さん、ありがとう!」
「んーん。わたしは何にもしてないわよー」
「可能性を提示してくれただけでも充分だよ」
あー、アル嬉しそう。
カワイイなぁv
でも問題はどうやってその『可能性がある元の世界』に帰るか、だよね。
まぁ凹まれるのイヤだから言わないけど。
「でさ、そういえばお父さん、もう1つ同時進行で何かを研究してたんじゃなかったっけ?」
「あ、うん」
「何か分かった?」
「んー、錬金術とはちょっと違ったものの研究らしいんだ」
「違ったもの?」
「うん、魔術とかそっち系」
「魔術………」
そういえば、錬金術と同時期に魔術とか魔女狩りが流行したってどこかで聞いたことがある。
まぁ、こっちの世界の話だから向こうではどうなのかよく分からないけど。
「私のお父さんは魔術もやってた訳?」
「そうみたいだね。でも錬金術程は詳しくないみたいだよ。研究の進度も遅かったし」
「どんな研究だったの?」
少し考えて、アルは記録を思い出しながらといった様子で話し始める。
春独特の柔らかい風が、私の髪を緩く乱した。
〜To be continued〜
<アトガキ。>
妙な所で区切りました、18話。あまりに長いので切っちまいましたよ。(おい)
元は前後編一緒くたになってました。長い。
過去の殆どを暗いもので埋め尽くされたら人を疑う事が癖になってても仕方ないのかもしれないとか。
目の前で色んな人が死んだらトラウマは半端じゃないなぁとか。(何)
夢主さん、様々な意味で苦労人。
「錬金術はイメージと構築式によって発動させる」とか何とかアルが言ってますが、全部幻作の勝手な想像ですゆえ!!(ぇ)
実際の所はどうなんでしょう。スカーの技とかコピーできてた辺りを見るとこんな感じだと思うんですがね…。
魔法の様に特殊なものではないだろうから、式とイメージさえあれば誰でも同じ技が使える気がするのです。
回復とかいうのは相性もあるでしょうけど;
今回出てきた魔術系の話も、軽くスルーしてやって下さい;
まぁ、それは置いといて。
今回の話って本当は番外だったんですよ。
が、この話を書いてる内にドンドコドンドコ重要性の高い話が流出してきちまいまして。これはもう番外にはできないな、と。(をぃ)
少なくとも番外にするような話じゃないですよね。
あんまり「番外」って表示する意味がないような気もしますが、一応番外は読まなくても本編とストーリーが繋がるようにしてあります。
…アトガキが長いってどういうことだろう;
それではここら辺でおいとまさせて頂きます。
2005.5.19