あの後の私達は、普段通りに家で自由な時間を過ごした。
アルに今日あった事を話してから昼ご飯を食べて、ちょっとだけ自分の部屋を掃除して、リビングでくつろいで。
今もリビングのソファに座ってテレビを見ている。
……いや、正確に言うと『視野に入っているだけ』で、『見て』はいない。
テレビの音声も、片耳から入ってもう一方の耳から抜けていくという感じで、『聞いて』はいなかった。
誰もいないリビングで、私は自分の全てが虚ろになっているのにさえ気付かずにただただ時を見送っていた。
私の中で“死神”という単語が、まだ渦を巻いて離れなかった。
stigmata・10
死神
〜lonesome〜
「さん?」
部屋の掃除から戻ってきたのか、アルがリビングに入ってきた。
「……何?」
自分に声がかけられていると気付くのに、1〜2秒かかってしまった。
「…今日のさん、何か変」
「え?何で?」
思い当ることが全く無かった。
「聞かれると分かんないけど、おかしいよ」
「何が?」
つ、ついに萌え心がバレてしまったのか!?
うわぁどうしよう。
厳戒態勢敷かれるやも………!!
……いや、それだったら今日に限ったことではないはず。
じゃあ何だ………?
「ぼーっとしてるっていうか……何か思い詰めてるっていうか」
「え………?」
そうだったかな。
自覚ないや。
「朝から…じゃないよね。帰ってきてからだ。攫われてる間に何かあったの?」
「え……っと………」
そこで初めて気が付く。
今まで自分が無意識に考えていた内容。
「……んー、脱がされたv」
「えぇ!?」
んふふぅ。
事実は事実だけど私的にはそんなに気にして……
「そいつがそんなこと気にしてる筈ないだろ」
突如、思考を代弁されました。
「こんな神経図太い奴が脱がされたくらいで」
リビングに入りながら言っているのは、エドだった。
「何よぅ!!私だって一応女の子なんだから!!」
「でも本気で悩んでるのは、そっちのことじゃない」
ぐっと言葉に詰まる私。
……図星だったから。
「べ、別に私……悩んでなんかないもん……」
「呪印のことか?」
「っ………!!」
エドに続いて大佐が入ってくる。
「あれだけ大変な事を知ってしまったんだ。悩むのも分かるが………」
「………いいよ」
「?」
私が呟いて、皆は次の言葉を待った。
「気なんか使わなくていいよ」
あぁ、もう、駄目。
「気付いたんでしょ?私が1人でいる訳に!」
「!」
私は、嘘をついた。
ひとときの温もりを得るために、嘘をついた。
全ては私の為に。
自分のエゴで。
手を差し伸べて、優しいふりをして、……そうまでして私は、安らぎと暖かさを求めた。
「じいちゃんもばあちゃんも…お父さんもお母さんも皆私のせいで死んだの!!!」
目の前が、霞む。
涙なんか出したくないのに。
「病気で死んだとか…事故で死んだとか……全部嘘なの……。
皆私の目の前で原因不明で死んだの。毎年1人ずつ、私の誕生日に」
私の生まれた直後に死んだのは、祖父だった。
「私の誕生日が 呪印の命を吸う周期だったのよ……。
私は家族どころかメイドさんや友達の命まで犠牲にして生きてきたの。
周りから見れば私はバケモノで、死ぬべき存在だった」
次に死んだのは、優しかったらしい祖母。
「殺人するわけにはいかないから一応生かされてみたいだけど、皆が私を見る時の目は氷より冷たかった………」
その次には、メイド。
「生みの親であるお母さんは私を殺したがってた………」
友達や家族、色々な人の命を奪って、私は生きて。
生きて生きて、何を求める?
「最愛の人であるお父さんが死んで、お母さんはどうしたと思う?」
“死神の思うようには、いかせない”
「私の誕生日の少し前…呪印の周期の前に自分で喉を掻き切って、死んだの」
“お前に殺されるくらいなら、”
“自分で死んだほうがましだ”
「でもお前のせいじゃないだろ?呪印が……」
「同じよ!!私が生きてる限り皆は死んでいく……だから私はこの家に1人になった。
ある程度距離を置けば呪印は効かないみたいだからお兄ちゃんには遠くに行ってもらった。
友達とも付き合って一年経つ前に縁切ってきたし……それでよかったのよ」
ただ、私は求めてしまった。
「お兄ちゃんに『生きろ』って言われたから一応生きてみたけど、私はやっぱりお母さんに言われたように“死神”でしかなくて……」
人の温もりを、求めてしまった。
「孤独を選んだ筈なのにまた人と関わろうとしてて……」
誰にも必要とされない私を、必要としてくれる人を、ずっと探して。
「優しいふりして近付いて、自分の為に捕まえて、死と隣り合わせなのにそこに繋ぎ止めた。私がやったことはエゴでしかないの」
それが無駄なことだと、気付きもせずに。
「何であの時助けたのよ!!私はあの後……」
私の願いは、そんなに無理なことだったのだろうか。
「死のうと思ってたのに!!!」
奪う存在でしかないのなら。
光を見ることが許されないというのなら。
全てを断ち切って、逃げようと思った。
「バカかお前はッ!!!」
エドが、大声で怒鳴った。
「死んだら全部終わりなんだ!『生きろ』って言われたならそうしろよ!!お前はまだ何も失っちゃいない」
「そうだよ。さんにはまだ家族が残ってる。
帰る場所だってあるし、僕らを引き止めたのがエゴでも何でも構わない。少なくとも僕らはさんを必要としてる」
「それに 私らはどうにもしぶといようで、死ぬ気がしないのでな」
「気って……根拠になってないですよ。ここにいたら本当に死……」
「他に行くとこねーんだよ」
エドに遮られた。
「大体今狙われてんのはだろ。ほっといて別の場所になんか逃げられるかよ」
「だって……」
「僕らを信じて」
「でも……」
「うるせぇ!!俺らがここにいてもいいのか、良くないのか!!どっちか言え!!」
少し、迷った挙げ句。
「……ここに、いてほしい……」
いてほしい。
けど、私のせいで皆が死んだら。
「よっしゃ、決まり!」
「でっ、でも!私のせいで皆が死んだら……」
「決まったことに変更はない。それに俺らは死なねーよ。ぜってぇ生き延びてみせる」
「だから心配しないで」
「ありがとう。……でも、私が怖いのは…皆が死ぬこともそうだけど、皆が死んで私が傷つくことなの……。
自己中心的にも程があるのは分かってる。でも……怖いの。そうなったら私…」
どうしようもなく怖いのは、自分が傷つくこと。また一人になる事。
自責の念に、押しつぶされて死にそうになること。
何もかも自分のことばかりで、笑ってしまう。
「バカ、どっちでも同じだろ?俺らが生きてりゃいいんだ」
「……へ?」
思わず間の抜けた声を出した。
「それなら君も文句はないだろう」
いや、ないけど何て強引な…。
「要は僕らが死ななきゃいいんだよね。それなら大丈夫だよ」
「君を悲しませるようなことはしないさ」
その発言、多少フェミニスト入ってませんか大佐。
「でも、そんなの分かんないよ…」
私が生まれてから、誰かが死ななかった年なんて無かった。
自分の誕生日が恐くて、恐くて。
―――――寂しくて。
気持ちだけで死を回避できるなら、どんなに良かったか。
だから。
「分からなくたって、いいよ」
アルが、私の頭をゆっくりと撫でた。
「それでも、僕らはここにいる。これは、僕らの意志」
「だ、だってっ」
「『でも』も『だって』も抜き。…アルの言う通りだ」
「エドっ」
「私も賛成だ。……君、大丈夫だよ」
「大佐……」
頬に当てられた、大佐の手のひらが温かい。
「……皆ありがとう………」
そして、ごめん。
私のせいで縛り付けた。
恐怖は拭えない。
けど。
少しだけ、信じたい。
だから、もうちょっと。
もうちょっとだけ、夢を見させてください。
現実から目を逸らしてでも。
それでも私は、あなた達と一緒にいたい。
「別に礼なんか言われる筋合いはねーよ。自分の命守るだけなんだから」
「兄さんそんな言い方しなくても……。」
―――守りたいと思った。
細い背に重いものを全て背負っている彼女を。
助けてみせるなんて驕った事は言えない。
けど、これ以上傷ついたら壊れてしまいそうな、そんな儚さを持った彼女を放っておくことはできなかった。
―――――失う辛さを、知っているから。
同情なのかもしれない。
憐れんでいるのかもしれない。
それでも自分は、彼女をこれ以上1人にはさせたくなかった。
血を吐くような懺悔を聞いて、彼女を自分と重ねて。
守ってそれで彼女が救われるかどうかも分からないくせに。
しかし、今はそれしか自分にできることはなかった。
だから。
………だから。
これで間違っていないのだと、自分に言い聞かせる。
進んで進んで、それが間違っていたらそれは仕方のないこと。
進まないよりは、いい。
彼女を守れれば、今はそれで、いい。
「………『生きろ』。今度は約束破るなよ」
「……うん」
涙を拭き、頷いた。
〜To be continued〜
<アトガキ。>
てか、この回は本当はもっとドリ主の心の内とか辛かったこととか細かく書きたかったんですけど、何を書いたらいいのかすっかり頭から抜けちゃってまして。(ぇ)
ボケの始まりですな。
最後の方に誰かの決意がありましたね。
あれ、実はエドでも大佐でもアルでもあるんですね。
……見えないって?それは私が文ヘタだからですよ。ごめんなさい……。
何にしても今回のことで3人が夢主を見る目はちょいとばかし変わった訳ですね。
どう変わったのかは、まぁ、微妙。
好きになった訳ではないと思うんだけども。
じゃあどうなのかって、うーん。私にもよく分からないです。(ぅをい)
ただ、守りたいなぁ…みたいな?
うーん、微妙………。
……では、次回ようやくクリスマスネタに突入。
随分前に書いたので、季節はずれにも程がある内容。季節感がなくてごめんなさい…!!
密度が濃い内容になりそうです。(ぇ)
それではここらで終了ということで、また次回。
2005.2.11